特技に分析を追加してもいいですか?
ゾンビに噛まれて死ぬ瞬間は2度と味わいたくもない恐怖があったけど、いざ殺されてゾンビになってみると思いの他悪くないのだから不思議だ。
そしてゾンビになった事でいくつか気付いた事がある。
まず、利点から挙げていくとしよう。
1つ目に、ゾンビになってしまったせいか、疲れや痛みといった類いのモノを感じなくなってしまった。
どれだけ動いても、どれだけ活動していても生前に比べると疲れというものを一切感じる事が無くなってしまった。
疲れ自体は蓄積されているのだろうが、人体の構造とゾンビの構造については医学的知識の無い僕からしたらさっぱり分からないので原因は不明。
だから夜更かしをしてゲームをするのには最適だ。
そして2つ目。ゾンビになってしまったからか、食事の必要が無くなったみたいだ。
ゾンビよる感染爆発が発生した事により秩序が失われ国としての機能が崩壊した今、コンビニやスーパーに残っていた食料は数多の人々がそれらに押し寄せて我先にと持ち出し、奪っていってしまった。
故に、今や日本のどこを探しても食料を見つける事は至難を極めてしまうので多くの人が飢餓に苦しんでいるという。
普通は僕もその災禍に巻き込まれて餓死する運命にある筈だったのだろうけど、ゾンビとなってから早2週間程たったが未だに空腹や喉の渇きで苦しむ気配が無い。
確か1週間飲まず食わずで人は死ぬって聞いた事があるから、2週間飲まず食わずで活動が出来ている僕はきっと食事の必要が無いのだろう。
ただ、生きた人間を見ると無性に襲いたくなって人の肉を食べたくなるからその辺は要注意。
まさか人を食べる訳にはいかないからな。
理性で何とか抑えているけど、この理性を抑える事が出来なくなったらと思うと恐ろしい。
そして最後に3つ目。ゾンビの体は常にリミッター解除状態にある。
つまり、火事場の馬鹿力を常時発動している事になる。
これは僕の予想だけど、元々人間は本来かなりの力を有しているけど、その本来の力を発揮すると体が壊れてしまうから幾分力をセーブしていると何かの本で読んだ事がある。
その力を制御するのが脳なのか、細胞なのか、はたまた別の要因なのかは分からないけど、多分ゾンビになった事でその制御が外れてしまって常に馬鹿みたいな力を発揮するようになってしまっている。
腕力・脚力なんかは特にその影響が顕著に現れている。
ちょっとした物なら簡単に壊せるし、走ればかなりの速度が出せる。
きっと今の僕ならオリンピックに出たら優勝間違い無しだろう。
簡単な利点としてはこんなものかな?
次に欠点。
1つ目。自己治癒が行われない。
僕は首を噛まれて死んでしまったから、首の周り以外はあまり傷が無いけど、これ以上どこか何かの拍子に傷つけてしまったら首の傷も含めて治癒されることは無い。
早い話、転んだり引っ掻いたりして傷が出来たら生傷のまま過ごさなきゃならない。
なんてグロイ。
まるでゾンビ。
あ、ゾンビか。
2つ目。常時火事場の馬鹿力が発動しているお陰で大抵の障害物は難なく除去出来るのだが、少しでも限度を越えてしまうと骨や筋肉が粉砕されて動かなくなってしまう。
当然それも治癒しないのだからそうなってしまったらお手上げだ。使い物にならないものをぶら下げておくしかない。
故に、僕は無理をしなければ通れない所は通らない。
安全第一。
これは本当に大事にしないといけない。
僕自身はまだそこまで無茶をしてないから五体満足のまま過ごす事が出来ているけど、偶に無茶をやったであろうゾンビが手や足を引きずりながら歩いている姿を見るから僕もそうならないように気をつけないといけない。
3つ目。2つ目と似たような感じだが、実は僕達ゾンビはリミッターが外れているが故に生前よりもかなり速く移動することが出来る。
100m走なら本気で走ったら多分5秒台は出る。
世界記録から約4秒程速く走ることが出来る。
でも、それをしないのはあまり速く走りすぎると肉体が壊れてしまうから。
僕達ゾンビが普段ノロノロフラフラ歩いているのはその歩き方が一番体に負担を掛けないからなのだ。
普通に走る分には問題ないのだけど、まだ体の変化に慣れてないせいか、走り始めるといきなり普通じゃない速度で駆け始めてしまうので出来れば今はまだ走りたくはない。
練習を重ねれば身体に負担をかけずに素早く走る事も可能になるのだろうけど、今はまだ無理っぽい。
この辺は要練習だ。
4つ目。これが特に重要。
まだ生き残ってる人間は僕達を見つけると銃だったり日本刀だったりバールのようなものだったりどこから調達してきたんだ!っていう武器を装備して襲ってくる。
話しかけようとしても問答無用で襲ってくる。
しかもあいつら超足早い。
まだ走る事に慣れてない僕からしたらかなりの脅威だ。
向こうは問題なく走れて、僕は問題を抱えながらで走らなければならない。
何この理不尽。
だから人間を見つけたら速攻避難をする。
ただ、他の人は違うみたい。人間の事なんかお構い無しに突っ込んで行って人間を襲っている。
多分人を襲って食べるというゾンビの本能(?)のようなモノがそうさせるのだろう。
あぁはなりたくないものだな。
欠点はこんなものかな?
よし、最後に身をもって判明したゾンビの特徴を振り返ろう。
1つ目。ゾンビ同士なら会話が出来る。
基本的に僕達は『アァァァァ』とか『ウゥゥゥゥ』とか呻き声しかあげることが出来ず、生きていた時のように喋ることが出来ない。
何故喋る事が出来ないのかはよく分からない。
多分ゾンビになった時点で喉に何らかの変化があったのだと思う。
そんな感じで僕達は呻き声しかあげられないのだけど、ゾンビ同士なら何故かそれで会話が成立する。
英語を聞いているのに日本語に翻訳されて頭の中に入ってくる感じだ。
理由は不明。
2つ目。1つ目で分かるように、ゾンビにも意思はある。
というか僕がそうだし。
元々死者を蘇らせる前提でこのウイルスを作っていたからなのか、死して尚僕達には意思がある。
勿論その意思の強度も様々で、ゾンビによっては異なる。
多分、僕みたいにここまで意思がハッキリしているのは稀なんだと思う。
さっき出会った友達は残念な感じだったし。
でも割と普通に会話出来るゾンビは多い。
3つ目。ゾンビになった時点で必ず何かを消失している。
あ、生じゃないですよ。
生でもありません。
どちらかと言うと僕達は生物に近いですけど。
例えばさっきの友達なら記憶能力。この前見た人なら理性。意外と多いのが方向感覚。つまり、方向音痴になるゾンビ。
生前なら当り前だったことがゾンビになってから出来なくなったり無くなっているものが必ずある。
僕とてそれは例外じゃなく、僕は殆どの感情を失ってしまった。
喜怒哀楽なら喜と哀。
親友や家族が生きていたとしても僕は別に嬉しくないし、死んでいても悲しくは無い。
当然この世界が破滅するきっかけとなった製薬会社にも恨みはない。
他にも恋心や何かを慈しむような心も残ってはいない。
勿論完全に感情が消えたというわけでは無いが、それは無いにも等しいカケラ程の感情だ。
……もっとも、そんな感情あったところでって感じなのだけど。
だって僕ニートだし。
余計なこと考えたくないし楽して過ごしたいし。
4つ目。五感が敏感。
特に聴覚は敏感だ。
多分、1㎞ぐらいなら人間の足音や会話を集中すれば聞こえるし、視力も両目3.0以上には上がってる。
そのお陰で人間を早期発見してすぐに逃げることが可能だ。
触覚も言わずもがな。これが無いと多分ゲームは出来ない。
あ、でも味覚は微妙かも。
食事はしないし、そう言えば最近臭いというものを感じた覚えがない。
訂正。
わりと四感に敏感。
5つ目。やたら人間を食べたがる。
理由は分からないが、ゾンビは人間を見ると体が壊れるのもお構いなしに襲いまくる。
で、食べる。
で、死んでゾンビになる。
何がしたいのか全くもって不明。
腹が減るわけでもないのにね。
僕にも一応そんな感じはあるのだが、理性で抑えている。
だって嫌じゃん。人間食べるのって。
気持ち悪いし返り討ちにされたら本末転倒だし。
何よりわざわざ食べるメリットがない。
ハイリスクノーリターン。
ニートは危険を冒さない。
特徴はこんな感じかな?
こうして改めて考えてみると不自由なことが多い気がしないでも無いが、結論僕にとっては大した問題にはならない。
いくつも欠点があったとしても、不便なことがあったとしても、それでも尚僕にはこの世界を楽しむことの出来る理由がある。
その答えは当然……
大前提としてこの世界が崩壊しているからだ。
もう学校なんて面倒な所に行かなくてもいいし、勉強をする必要も無いし、就職進学を考える必要も無い。
当然働く必要が無ければ誰かを養う必要も無いし、何もしなくても日々を活動出来る。
生きていれば誰かを助けたり平和な世界に戻ったらまた何気ない日常へ少しずつ戻るのかも知れないけど、既に死んでしまった僕には関係が無い。
むしろまともな世界に戻れば真っ先に排除されるのが僕達ゾンビだろう。
だから僕としてはこのままの世界が続いてくれる事を望んでいる。
まぁそういうわけでゆっくりダラダラが正義の僕には今の世界は正に理想郷!
あぁ素晴らしきかなゾンニート。
やりたいことを何でもしがらみ無く出来るのがこんなにも素晴らしいなんて。
生きていたら絶対に味わえない感覚だ。
皆も早く死ねばいいのにね。