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ゾンニート  作者: 竜獅子
第2章 神農製薬
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葉先の要求です

「……面白い事を言うな。お前は、今のこの日本の惨状を見てどうにかしたいとは思わないのか?」


「思わないしどうでも良い。折角滅んだこの国は僕達ゾンビにとってはとても過ごしやすいし、気に入っている。僕はこれから先、この身体が動き続ける間は可能な限り働きたくないし何もしたくない。どこか広い場所でゴロゴロと1日を過ごしていたい。そんな未来を掴む為に今働かなきゃいけないのは全くもって不本意ではあるけれど、それも自分の夢の為なら仕方ないと思ってる。だから、僕の夢の為にも日本はこのまま壊れたままでいて貰わないとならない」



 正直な話、これが僕の素直な気持ちだ。

 日本以外の国が無事だとはいえ、日本を再興したいとは思わないし、再興して欲しいとも思わない。

 僕はアニメや映画の主人公なんかじゃない。

 ただの普通の男子学生が死還人ゾンビになっただけの一般モブだ。

 国を救うなんて大それた事はこの国か、あるいは世界のどこかに居るであろう主人公ヒーローがやれば良い。

 もっとも、そんな奴がいたとしても、意地でも探し出して日本の再興なんて馬鹿げたことは阻止してやるけど。



「……なるほど。まぁ、お前の言っている事は分からないでも無い。実際の所、今のこの国は秩序も倫理も崩壊しているが、現状世界で最も自由な国だと言うのも事実だ。人を殺すも犯すも、物を盗むも壊すも何もかもが自由。誰かにその行動を咎められたとしても、それを裁く事の出来る組織も、法も、今や失われてしまった。そんな国だからこそ、お前達ゾンビは過ごしやすいというのは至極最もな意見だ」



 ……?

 葉崎の意図が良く分からない。

 てっきり僕は僕の思想を咎められると思ったのだけど、どうにも葉崎は僕の思想に同意してくれているようだ。

 それが見せかけのモノなのか、心からのモノなのかは分からないが。



「ゾンビとは言え、そこまでハッキリと自我と思想を持っているのなら、適当な言葉を並べて言いくるめるのは難しそうだ。……だからハッキリ言うぞ。今一度チャンスをやる。お前の血液を少しで良いから寄越せ。さもなければここに居るお前以外の全員の頭を吹っ飛ばす。これは脅しでも何でも無い。言葉は慎重に選べよ。間違っても俺に襲い掛かろうとしない事だ。俺の狙撃の腕はよく分かっている筈だからな」



 葉崎はそう言って狙撃銃スナイパーライフルの銃口と腰のホルダーから取り出したハンドガンの銃口を僕と美桜に向ける。

 僕達と葉崎の間との距離は5m近く離れている。

 仮に僕や菜絵や水先達が全力で襲いかかったとしても、僕達の身体が葉崎に触れる前に頭を撃ち抜かれる方が早いだろう。

 そうなると、如何に死還人ゾンビの僕であるとしても死は免れない。

 でも……


「随分と余裕なんだな。あんたは確かに射撃のプロなんだろう。だけど、こっちは8人。あんたは1人。もし仮に僕達が犠牲を顧みずにあんたを殺そうとしたのなら、僕達は確実にあんたを殺せる自信がある。あんただって死にたい訳じゃないだろう?」



 現状、今この場には僕•美桜•錬治•菜絵•ジェイク•水先とその仲間2人の合計8人が居る。

 戦闘直後とは言え、満身創痍という訳でもないから美桜以外は普通に戦えるだろうし、人数で言えば僕達の方が圧倒的に有利だ。

 勿論、葉崎を殺すというのはハッタリだ。水先達がどう考えているかは分からないが、それでも決定権を美桜に委ねている以上は勝手な事はしないだろう。

 その美桜も、きっと僕の意見を尊重してくれる筈。

 出来る事なら誰も殺したくないし、死んで欲しくない。

 脅しで引いてくれるならそれが1番だ。



「まぁ、そうだな。俺は別に死にたい訳でも無いし、死んででも任務を遂行しろと命令されているわけでもない。ケリーの研究成果を回収出来た以上、今尚俺がここに居るのは俺の自由意思だ。このままお前の脅しに屈して引き下がるのもやぶさかではない。……勿論、それは戦況的に()()が圧倒的に不利だった場合に限るが」



 葉崎がそう言ってハンドガンを構えていた左腕を真上に挙げると、上空10数m上には空を飛ぶ翼の生えた上半身だけの人間と、地上には僕達を囲うように整列した数十人の武装兵が現れた。



「これは……」


「葉崎……あんた……!」


「そう怒るなよ菜絵。こんな所に無防備に1人で居る方が怪しいってもんだ。むしろ手の内を明かした事を褒めて欲しいくらいだ」



 空を飛んでいるのは所在が不明だったVXガスを備えていると言われていたType-Wだろう。

 地上の武装兵は葉崎の部下か、アスクレピオス社の手の者か。着ている物や携行している銃器は素人目で見ても決して粗悪で間に合わせのような物には見えない。

 間違いなく、闘う為に正しく用意された装備だ。

 彼らの所属がどこなのかはどうでも良い。

 問題はそれだけの装備を整えた兵士達に囲まれてしまった事で数の有利が完全に覆されてしまった事だ。 そして、戦況的有利も。

 流石の僕達と言えどもこの数の兵士を相手では全滅は必死だ。

 滞在するだけで命の危険が伴うこの国で武装しているくらいだ。装備だけでなく、兵士としての熟練度もその辺の人間とは比べ物にならないくらい高いのだろう。

 愚鈍で知恵の無いTypeシリーズを相手にするとでは訳が違う。

 ここは大人しく葉崎の要求を飲むのが無難そうだ。



「美桜」


「そうね。でも少しだけ待って。1つだけ最後に聞いておきたい事があるの」


「?」



 最後に聞いておきたい事?

 なんだろうか?



「正直に言って今の私達ではあなた達に勝ち目は一切無いわ。あなた達に少なくない犠牲を出せたとしても、間違いなく私達は全員殺されるでしょう」


「あぁそうだな」


「でもそれなら何故そうしないの?別に交渉をする必要は無いわ。素直に私達を殺して鈴から血液を思う存分取れば良い。わざわざリスクを冒してまで交渉をする理由が分からない」



 美桜の意見は最もだ。

 僕の血液が欲しいと言うのなら、今ある戦力で僕達を無力化してからの方が安全に回収出来る。

 少なくとも、僕が葉崎の立場なら隠していた兵士を明かす事もなく早々に僕達を撃ち殺していただろう。



「理由は3つだ。1つ目は俺達は無傷で一切の犠牲なく帰還したい。戦えば俺達の勝利は確実だが、先の戦闘を見る限り、お前達が相手では必ず犠牲は出る。それだけは避けたい。2つ目は根源オリジナルのウィルスを余計な外因を与えず回収したいって事だ。殺して回収するのは最悪の場合だ。宿主を殺す事でウィルスが変異しないとも限らないからな。そして3つ目。単純にお前達にはケリー以上の利用価値があると考えているからだ。普通では無いゾンビ達にケリー最大の失敗作にして最高傑作の菜絵。そしてケリーに勝るとも劣らない頭脳の持ち主である天祢美桜。今ここで消してしまうにはあまりに惜しい。別にここでお前達を捕縛するつもりは毛頭ないが、もしかしたら今後お前達の協力が必要になる時があるかも知れない。そんな時の為に、備えておくのは当然の事だろう?」



 自分達に犠牲を出さず、確実に僕の血液ウィルスを回収し、後の為に役に立つかも知れない僕達を生かす。

 合理的かつ1番納得出来る理由だ。変に目論見を誤魔化すよりよっぽど信頼出来る。



「……鈴の血液ウィルスを回収した途端に皆殺しにするって訳でもなさそうね」


「犠牲は出したく無いからな。……どうだ?要求を飲む気になったか?少なくともお前達に損は無い筈だ。注射器一本分の血液さえ渡してくれれば俺達はここを去ると約束する。勿論去り際に爆弾でお前達をすっ飛ばすなんて事もしない。理由はさっきの3つ目の通りだ」



 僕の直感は葉崎に僕の血液ウィルスは渡すべきでは無いと告げている。

 それと同時に、今素直に僕の血液ウィルスを渡さないと取り返しがつかなくなる事も。

 この2つを天秤にかけた時、どちらがより重いか。

 それは考えるまでもないだろう。



「分かった。あんたの要求を飲もう。僕の血液ウィルスを渡す代わりに僕達の一切の身の安全を保証して欲しい」


「勿論だ。そうでなければ交渉とは言えないからな」



 要求を飲まれた事が嬉しかったのか、葉崎は上機嫌にそう言い、後ろに待機していた兵士の1人がアタッシュケースから注射器を持ち出し、僕に近づく。



「血液の採取、よろしいですか?」



 フルフェイスのマスクで顔を覆われているので素顔は分からないが、声からして女性のその兵士は礼儀正しく僕にそう言った。



「あぁ」



 僕は素直に右腕を差し出すと、女性の兵士は僕の腕に注射針を刺し、ゆっくりと血液ウィルスを抜いていく。

 注射器の中に血液ウィルスが溜まると腕に刺さった針をガーゼで抑えながら抜き、針を刺した箇所をそのままガーゼでしっかりと抑えているよう僕に告げて彼女は僕の血液ウィルスが入った注射器をアタッシュケースの中にしっかりと保管して葉崎の元へと戻った。

 ゾンビの身体は自然治癒しないから後で美桜に傷を塞いで貰おう。



「ご苦労様。よし。それじゃ思わぬ収穫が得られた所で俺達は帰るとする。……あぁそうだ。一応聞いておこう。菜絵。お前俺と一緒に来るか?」



 まさかの勧誘。

 菜絵の反応は?



「死ね」



 蛆虫でも見るかなような蔑んだ目でこれ以上ないくらい簡潔な一言で葉崎の言葉を一蹴していた。



「ははっ辛辣だな。最もダメ元だ。別にいいさ。まぁ精々長生きしろよ。それじゃあな」



 そう言って葉崎達は元から用意していたであろうヘリコプターに乗ってどこかへ行ってしまった。

 Type-Wも引き連れて。



「……はぁ。なんとか無事に切り抜けたわね。ありがとう鈴。血液を渡してくれて」


「別に良いさ。あいつが僕の血液ウィルスを本当に平和的利用をするのかはともかく、アレを渡すだけでこの場に居る全員の無事が保証されるなら大した事じゃない。……あ。注射針で傷が出来たから後で塞いでくれ」


「はいはい。それじゃ一旦球場に戻りましょうか」



 そうして僕達は一度球場に戻る事にした。


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