無償の提供の裏に
「ん?あぁ俺ならずっと菜絵達が必死になって戦ってるのを見晴らしの良い所で見物してたぜ?」
「そうじゃない!お前の役割はその狙撃銃で天袮以外の全員の排除だっただろう!何故何もせず奴らを見逃した!」
「まぁそう怒るなって。一旦落ち着こうぜ」
「貴様……!」
怒るケリーに対して葉崎は落ち着いた様子で懐から煙草を取り出し、火を付けて吸い始める。
ぷかぷかと白い煙を上げてのんびりとする葉崎をいっそこのまま殺してやろうかとケリーは考えるが、ここで葉崎を殺すと後に支障が出かねないと思い至ったので後一歩の所で踏み止まる。
そんなケリーの怒りを他所に、煙草を吸い終えた葉崎は側に置いていた狙撃銃に右手を添え、続きを話し始める。
「お前が怒るのもまぁ理解出来ないでもない。俺程の優秀な狙撃手が居ながら敵を殺さず見逃したってなったら俺がお前の立場でも怒っただろうさ」
「なら何故何もしなかった!?まさか久野に情が移ったとでも言うんじゃないだろうな!」
「確かに菜絵は短い時間ながらも共に過ごした友人みたいなものさ。でも、それはアイツを殺さない理由にはならない。必要であれば俺はアイツを殺すし、別に情が移った訳でもない。それこそ必要なら今からでも殺しに行ってもいい」
久野やジェイクを含む全てのType-Sの被験者には護衛兼監視要員として必ず1人は担当の人間が付き添っていた。
葉崎もその1人で、久野がType-Sの被験者として成功してからはずっと側に居た。
だからケリーは葉崎が久野に情が移ってしまった為に久野を殺し、久野が悲しむ事が出来なくなってしまったのだと考えたが、それは違うようだった。
「なら今からでも殺して来い!今モルガーナ達を相手にさせているが、完成体で無い以上モルガーナ達を倒し、ここへ向かってくる可能性も皆無じゃない!手遅れになる前にさっさと奴らを殺して後顧の憂いを絶て!」
「……」
情が移って殺せないという訳では無いのならば、早急に久野達を殺しに行けとケリーは葉崎に命じるが、葉崎はケリーに従う様子を見せなかった。
「どうした!何故行かない!?」
何か様子のおかしい葉崎にケリーは一抹の不安を覚える。
昨日までの葉崎であれば、気怠そうにしながらも葉崎はケリーの指示に従い、きっちりと仕事をしてくる優秀な人材だった。
だが、今日に限っては何故かは分からないが勝手な行動ばかりをし、自分を困らせてくるので何が葉崎をおかしくしているのかがケリーには分からなかった。
「まぁ、確かに俺は言ったよ。必要なら菜絵達を今からでも殺しに行っても良いと」
「なら早く!」
「でも、菜絵達の死が必要かどうかはお前が決める事じゃない。勿論、俺が決める事でも無い」
「……葉崎?何を言ってるんだ……?」
「お前にしちゃ勘が鈍いじゃねぇか。これまで色々とお前をサポートしてきたが、それは俺がお前の部下になったからじゃない。俺がお前をサポートするよう上の連中から指示をされたからそうしたまでだ」
「……待て。待て。何を言っているんだ?話が見えない。どういう事だ!?」
ケリーは葉崎が何を言っているのが分からない。
ケリーの感覚としては、葉崎は自衛隊の任務を自ら放棄して流浪の旅人になっていた所を自身が保護し、衣食住を提供する代わりに仕事を与え、お互いに利のある関係を結んでいるという感じだった。
衣食住を与えている以上、自分の方が立場が上だというつもりもあった。
だが、葉崎はそれは全てを否定し、今日まで自分がケリーの元に居たのは他の誰かの指示であったからと説明する。
「東に神農、西にアスクレピオス有りって言われる程にその業界ではお前達が勤めてた神農製薬はデカい企業だったんだな」
「……ん?あ、あぁ」
突然昔の話を始める葉崎に少し不信感を感じるが、とりあえずケリーは葉崎の言葉に耳を貸す事にした。
「デカい企業ってのはやっぱりそれなりの努力もしているし、その裏では表に出せないような後ろ暗い努力もしている。そうだよな?」
「まぁ……」
かつて美桜が鈴に語ったように、神農製薬に勤めていた幹部達は全員表に出せないような後ろ暗い研究を独自に行っていた。
神崎であれば人間を原始の姿に戻す研究であったり、ケリーであれば想像上の動物の再現を目指したりと研究テーマこそ夢のあるようなものだったが、その裏では非道な人体実験を行っている者が殆どだった。
神農製薬のトップである社長と院長も当然幹部達がどのような事をしているかは完全に把握していたが、それを辞めさせようとする事はせず、それどころか後押しさえしていた。
何故なら幹部達の研究が身を結べば莫大な利益を見込めるからだ。
神農製薬が死者の蘇生の実現を目指している以上、それに費やす資金は多いに越した事はない。
何より幹部達の多くは自身の研究テーマに思う存分に着手出来るお陰で本来の業務へのモチベーションも向上し、結果として神農製薬に利のある相乗効果を生み出していたので彼らの研究を辞めさせる理由は無かった。
勿論、そんな事を公にすれば一般人からの非難は必至であるし、他企業に知られれば致命的な弱みを握られる事になるので幹部達の裏の研究に携わる関係者には厳しい箝口令が敷かれていた。
だから基本的には外に漏れていない筈の情報が、漏れていた事を匂わせるような言い方をする葉崎にケリーは警戒心をより強める。
「アスクレピオス社はそこに目をつけた。表に出せない非道な研究、されども実用的価値のある稀有な研究に。その白羽の矢が立ったのがお前って訳だ」
「……待て。それじゃあなんだ!?お前は自衛隊を抜け出した負け犬じゃなくて、Asklēpios Inc.の社員だったのか!?」
「ここまで言ってやっと思い至ったか。より正確に言うならば、自衛隊を抜けた後すぐに俺を拾ってくれたのがアスクレピオス社だ。初めから俺はお前達神農製薬の味方でも無ければ自衛隊を抜けて当てがなくなった浮浪者でもない。お前に接触したのも、お前の研究が必要だったからさ」
「……っ!」
ケリーは元々葉崎の事を得たいの知れない妙な奴という認識ではいた。ただそれは普段の態度や性格からきているもので、まさかAsklēpios Inc.の息が掛かった人間だとは考えもしなかった。
そもそもこれまでケリーがTypeシリーズの研究の援助をして来た企業こそがAsklēpios Inc.であり、彼らと内密にドローンを使ってやりとりをしていたのが他ならぬケリー自身だったのだから。
日常の報告や研究の進捗報告、必要な機材や薬品の手配、トリスタン達のように派遣されてきた社員の様子など事細かくケリーは報告をしていた。
本来であれば人に知られたくは無い研究ではあったが、神農製薬にある自身の研究室が使えない以上誰かの援助は必須だった。
何より世界が崩壊した以上道徳観や倫理観に囚われる必要は無いと考えたので、ケリーは一定の距離は置きつつ手放しで協力してくれるAsklēpios Inc.の事を利用しつつも信頼をしていた。
だからそこまで密接に関わっている以上、葉崎がAsklēpios Inc.の人間だと言う事を知らせるチャンスはいくらでもあったのに、知らせるどころか隠していた事にケリーは強い憤りを感じた。
「最新鋭の設備と優秀な人材をお前に与えたのは、お前の研究がより強い兵士を産む為の糧になるからだ。そしてお前は見事に結果を出してくれた。数多くの異形の化け物達に、菜絵達のような改造人間に、モルガーナ達のような半不死の人間を。そこまでやってくれたのなら充分だ。後は俺達が研究を完成させてやるからお前は安心して死ぬと良い」
「何を……!」
ケリーが怒りの表情で葉崎に飛びかかろうとした瞬間、葉崎は右手を添えていた狙撃銃を手に取って構え、ケリーの心臓のすぐ下付近を撃ち抜いた。
「かはっ……」
ケリーの着ている白い白衣は、胸と口から流れる大量の血によってみるみるうちに赤く染まっていく。
ケリーはそれを必死に手で抑えて止血を試みるが、効果は薄い。
失われていく血の量に比例してケリーの顔から生気がなくなっていく。
「悪く思うなよ。お前の研究がある程度進んだらお前を殺せと上から命じられていた。研究が完成しちまうと横から無理矢理奪う事が難しくなるからな。……だからまぁ、遅かれ早かれ、こうなる運命だったって事だ。恨むなら俺の正体を見破れず、無償でお前に協力していたアスクレピオス社の狙いを見抜けなかったお前自身の愚かさを恨むんだな」
「く……そ……」
最早ケリーは言葉を発するのも難しく、激痛と出血で意識を失いかけていた。
……そんな時だった。
美桜達が2人の所へ到着したのは。
「おや。思いの外早かったな。ご苦労さん」
目の前の光景に困惑している美桜達を他所に、葉崎は軽い感じで美桜達を出迎えた。




