姿の見えない2つの存在があります
「……このまま進んで大丈夫なのかしら」
「ん?」
僕達がヘリの音がする方向へ向かっていると、ふと美桜が気になるような事を呟いた。
「大丈夫っていうのは、何の事だ?さっきの子供達を拘束もせずにあのままグラウンドに放置した事か?」
「ううん。違うわ。鈴は気にならない?私達や水先達が何故今も無事なのかを」
「?」
てっきりさっきの子供達の事を気にしているのかと思ったら、どうやら違ったらしい。
何故か美桜は今も僕達が無事でいる事に疑問を持っているようだ。
「錬治はどう?」
「……申し訳ありませんが美桜さんの言っている事が分かりかねます。俺達が無事なのは運が良かったからか、普通に敵の戦力を上回る力を示せたからではありませんか?」
「そう。そうかも知れない。……けど」
美桜は錬治にも同じ質問をするが、錬治もまた美桜が何に対して疑問を持っているかが分からないようだった。
何が美桜を惑わしているのかは分からないが、ここで変に悩んでいては後に支障が出そうだから美桜にハッキリと問い正す事にしよう。
「気になる事があるならハッキリ言ってくれ。こんな時ぐらいはちゃんと考えるから」
「……そうね。なら一応話しておくわ。私が気になっているのは、ある2つの存在よ。1つは『有翼型原始解放者Wing/Type-W』が未だに姿を見せて居ない事。トリスタンの仲間の話によれば、そいつらは空から兵器や薬品による攻撃を仕掛けてくる筈だった」
言われてみればそんな事聞いたな。
「単純にそんな奴らは居なかったって線はないか?」
「可能性は否定出来ない。けど、仮に居たとしたらさっきみたいに私達全員がグラウンドに集まっていた時なんかは一網打尽にする絶好のチャンスだった。それこそ上空から銃火器で乱射されたり、毒性の強いガスでも撒かれたら対処は困難だった」
「……確かに」
「でも、そうはならなかったという事は鈴の言う通りType-Wなんて者は初めから存在しないか、今も尚その戦力を温存する必要があったかのどちらかだと思うの」
温存する必要、か。
あの子供達以上にそれが強いとは思えないんだけどな。
「美桜さんはType-Wがケリーがここを脱出する為の最後の砦として温存してあると考えているのですか?」
でも、錬治の言う通りここから逃げる為の要員として僕達と戦わせなかったのなら筋は通るか。
「そう。鈴の言う通り初めから存在しないのなら私の杞憂だったで終わるから別に良いのだけど、一応警戒しておくに越した事はないから」
正直一連の出来事のせいでそんな奴の存在があった事を今の今まで忘れていた。
美桜の言う通り、警戒はしておいた方がいいだろう。
そうなるともう1つの存在も聞いておかないといけないな。
「それは美桜が正しいと思う。警戒はするべきだ。なら、もう1つ気になっている存在ってのは?」
「忘れた訳では無いと思うけど、私達がこの球場を攻め入る時、久野さんには遠方のホテルからグラウンドを目掛けてRPG-7を放ち、敵戦力を削ぐ為の先制攻撃を仕掛けて貰った」
「あぁ勿論覚えているとも。初弾だけ着弾し、後は全て撃ち落とされたんだよな」
「そうね。でも考えてみて?どこから発射されたかも分からない弾を……それもそれなりの速さで飛来してくる弾を初弾で見切り、後は全て撃ち落とすなんて並大抵の狙撃手には出来ないわ。と言うか現実的じゃない。そんな事が出来るのは神に愛された才能を持った超人か、最新鋭の兵器ぐらいよ」
「でも、実際に久野が放った弾は撃ち落とされた」
あの時僕達はRPG-7の弾が空中で爆散する直前に、銃を撃ったような発砲音を聞いていた。
だから誰かが、或いは何かが銃のようなもので弾を着弾する前に撃ち落としていたのは間違いない。
それが美桜の言う人間の狙撃手なのか、最新鋭の兵器なのかは分からないが。
「そうよ。仮にそれが機械や兵器ではなく、人間の狙撃手の仕業だとしましょう。だとすると、何故久野さん達がグラウンドで子供達と戦っている時に狙撃しなかったのかしら?あんな高速で動く小さな弾を撃ち落とすような腕を持った人よ?多少激しく動く程度の人間を撃ち抜けないなんて事はないと思うの」
「味方を誤って撃つのが怖かったんじゃないか?」
「まさか。そんなヘマをするような人があんな神業を披露出来る訳がないわ。同士討ちを防ぐ為にあの子供達との戦いの最中に撃たなかったって線は皆無だと思ってるわ」
「なら狙撃手の正体は人間ではなく機械や兵器であって、それは自由に動かす事が出来ず、それが設置してある場所ではグラウンドを目標にする事が出来なかったってのは?」
「一瞬それも考えたけど、そもそも久野さんにはグラウンドを目掛けて撃つように言っていたの。実際着弾したのも外ではなく中よね?そうなると、グラウンドが目標の範囲外って事は無いわ。必ずどこへでも狙撃は可能な筈よ」
ふむ。美桜の言う事は一理あるな。
凄腕の狙撃手が潜んでいるなら、被害が甚大になる前に僕達を一方的に殺す事は可能だった。
最新鋭の兵器が備えられていたとしても、被害が甚大になる前に対処をするべきだった。
でも、結果として僕らは一切の射撃や狙撃を受ける事なく無事に過ごせている。
おかしいと言えばおかしい状況だ。
「美桜は狙撃手と兵器、どちらが久野の弾を撃ち落とした犯人だと思ってる?」
「初弾から防がなかった事を考えると、兵器以外の狙撃手ね。初弾は弾がどこから飛んで来たのか、何が飛んで来たのか、どれだけの速さで飛んでくるのかを見極めないといけなかったからそもそも防ぐ事が出来なかったと考えてるわ。兵器なら自動で初弾から撃ち落としているでしょうし」
「その可能性は高そうだな。なら、何故その狙撃手は僕達を一切狙う事なく見過ごしていると思うんだ?」
「……そこが分からないのよ。私達の攻撃を妨害したかと思ったら、その後は一切手出しをしない。まるで私達がここを壊滅させるのを促しているかのような感覚にすら陥るわ。そんな訳はないのに」
あれだけの敵を生み出す事の出来る拠点だ。ケリーとしては何としてでも守り抜きたいだろうし、是が非でも僕達を排除したい筈。
何故確実に僕達を殺す術があるのにそれをしないのかは理解は出来ないな。
「ただ、可能性は低いけど、1つ仮説はあるの」
「どんな仮説ですか?」
「実はこの狙撃手の正体にある程度の目星はつけているの」
「何か根拠はあったんですか?」
「勿論。久野さんが聞かせてくれたケリーと葉崎の会話の録音が根拠よ。あの録音によって葉崎が自衛隊員であり、特異な体質を持っている事が仄めかされ、ケリーと葉先は薄くない繋がりがある事が分かった」
そんな感じの内容だったっけ。
少し忘れかけてるけど何となく記憶にはある。
「なら美桜さんは狙撃手の正体が葉崎だと、そう考えているのですか?」
「そうよ。葉崎が狙撃手だとしたら、銃の扱いは自衛隊の訓練で習得したと考えられるし、特異な体質があの神業的な狙撃を可能にしたのだとしたら筋は通る」
葉崎が狙撃手の正体?
でもそれだと変じゃないか?
「確かに筋は通るかも知れないけど、それは僕達が暴れるのを見過ごす理由にはならないぞ?まさか顔見知りだから見逃されたって思ってるのか?」
「そうは思ってないわ。……まぁケリーは私に用があるみたいだし、私だけは生け捕りにしたいのかも知れないけどそれも鈴達や水先達を見逃す理由にはならない。だとしたら……」
「だとしたら?」
「葉崎がケリーを裏切るに足る何か別の原因があったのかも知れない」
「!」
「!」
その可能性は思いつかなかったな。
葉崎の存在自体忘れていたし。
「葉崎がケリーを裏切ったから、俺達に手出しをしなかったんですか?俺達にケリーのこの拠点を壊滅させる為に」
「可能性は低いけど、そう考えるのが1番自然だと考えているわ。……まぁ他の可能性を考えるなら、最初の時点で何故か葉崎は死んで何も出来なくなった、とか私達に恐れをなして逃げ出したってのも否定は出来ないけどその可能性は限りなく0に近いでしょうね」
今の3つの中だと葉崎は今も生きていてケリーを裏切ったと説が僕も1番しっくりくるな。
……さて、何が真実なのやら。
「まぁどうせそれもすぐに分かる。もうじきヘリの音がする場所に出るぞ」
美桜達と話しながら向かっていたおかげでいつの間にか目的地に辿りつきそうになっていた。
音的に後は扉一枚抜けてしまえば外に出て、目の前にはヘリがあるだろう。
「了解。気を引き締めていきましょう」
会話には参加しなかったが、水先達や久野達は既に用意は出来ているようだ。
美桜のその言葉を皮切りに、それぞれが戦闘態勢を整え、ジェイクがまず扉を荒々しくぶち破った。
僕達はそれに続き、一気に扉を抜ける。
そして……
「「「「「「「「!?」」」」」」」」
「おや。思いの外早かったな。ご苦労さん」
「く……そ……」
扉を抜けた先には桜の予想通り葉崎が居た。
その傍らには、口から血を流しているケリーが。
「一体何が……」
現状が理解出来ず、僕達は仇敵を前にして立ち尽くす事しか出来なかった。