モーザの目覚め
「いぃぎ」
「はい。ご苦労様。ドゥーグ。……さて。あの人達が体勢を整えるのも時間の問題だろうし、ちょっと手荒だけど手っ取り早くいくよ。ドゥーグ、モーザをそこに立たせて」
「いぃぎ」
ドゥーグはモルガーナの指示に従い、戦意を喪失し完全に沈黙してしまっているモーザを両足で直立させる。
そしてモルガーナはモーザの左耳に顔を寄せると、グラウンド全体が震える程の大きな声量で
「起きろーーーーー!寝ぼけるなーーー!」
と、モーザに呼びかける。
「うわっ……!」
「むっ……!」
「ちっ……」
「うるさっ」
「やばっ」
そのモルガーナのあまりにも大きな声量をふいに聞いてしまった久野達は一瞬顔をしかめ、モルガーナ達の元へと向かう足を止めてしまう。
それと同時にモーザは正気を取り戻し、しっかりとした目でモルガーナを見据える。
「……うん。ちゃんと起きたね。それじゃはい。これ噛み砕いて」
「いいっ!」
そしてモルガーナはモーザの口にドゥーグに与えたのと同じ透明な液体が入った容器を咥えさせ、モーザはそれを咥えると力一杯に噛み砕き、中に入っていた液体を飲み干す。
「いぃぃぃぃぃぃぃ!」
そして容器の中身を飲み干したモーザは喪失していた戦意を完全に取り戻し、ギラギラとした目つきで5人を見据える。
ドゥーグに続き、モーザでさえも本調子になってしまった今、先程までの水先達5人の優位性は失われてしまい、それどころか謎の液体によって2人が強化された事を加味すると形勢は逆転してしまったと言ってもいい。
「全員アイツらから距離を取れ!今のままでは私達に勝ち目はない!」
ほぼ無敵の再生力を持つ3人に、決定的な有効打を持ち合わせている人が味方に誰も居ない事を悟った水先は一度距離を取って時間を稼ぐ事に決める。
「おう!」
「了解!」
水先の号令にまず反応したのは紅牙と蒼牙だ。
2人はそれぞれグラウンドの両端に行くような形で全力で駆け始める。
「菜絵!お前はあっちに!俺はあっちに行く!」
「分かった」
そしてジェイクと久野はそれぞれ紅牙と蒼牙の側に行く事を決める。
ジェイクは紅牙に、久野は蒼牙の元へと向かう。
「私はこっちだ」
1人残った水先はそのまま後退する事で距離を取る。
これで戦力を3分割する事が出来た水先達だが、これにはメリットもデメリットもある。
メリットは敵が3人である事から、上手くいけば相手も戦力を分散して各個撃破を望める事。
デメリットは3人が集中して1組ずつ殲滅を狙ってきたら、良くて2対3、悪くて1対3になるので戦力的に圧倒的な不利を強いられるという事。
デメリットの方の悪い展開にだけはなってくれるなと、半ば賭けで散開するよう指示を出した水先だったが、どうやらその賭けには勝ったようで、モルガーナは水先に、モーガは久野達に、ドゥーグはジェイク達の元へと向かって行った。
「2人はそれぞれあっちに。私はアイツをまず倒す。邪魔をさせないよう足止めしてて」
「いぎ!」
「いぃ!」
モルガーナの目論見は、この場にいる全員の指揮を取っている水先から先に殺す事のようだった。
先程からの水先の指示はモルガーナにとっては酷く煩わしく、一々的確な指示を出してくる為に嫌なやり辛さを感じていたからだ。
どんな戦でも、まず指揮官を倒してしまえば統率は必ず乱れる。それが一時的なものか、永続的なものかは倒すまでは分からないが、それでも指揮官を倒せば幾分の混乱が生まれるのは歴史が物語っているので、全体に隙が生まれるその瞬間を狙ってさえいけば水先達5人を難なく殺せるだろうとモルガーナは考えた。
そして事実それは当たっている。
水先を除く4人に誰かを導く才能は無い。
4人は戦う才能や能力は備えているが、それだけではモルガーナ達3人には勝てない。
武力でねじ伏せ、知力で出し抜く誰かがこの場には必要だった。
今、この場においてはそれが水先だった。
だからモルガーナは確実に水先を倒すべく、1対1で戦う事が出来るよう他4人をモーザ達に抑えこませるよう指示を出した。
邪魔が入れば勝敗は分からないが、1対1なら絶対に負ける事はないという自信がモルガーナにはあったから。
「まずはお前から殺す!」
「そう簡単に殺される訳にはいかないな。残念だけど、少し付き合って貰うよ」
しかし、それは水先も同じ事だった。
モルガーナの戦闘スタイルや身体能力を観察していた結果、1対1なら殺しきる事は出来なくても、戦闘能力を奪う事ぐらいなら可能だと判断したから。
単身突っ込んでくるモルガーナの両手からの爪撃をエクスカリバーの刃を使って防いでやる。
「まぁ、この程度はできるよね。ならこれはどう!?」
「……」
攻撃が防がれた事自体は想定内だったようで、モルガーナは大して焦った様子を見せる事なく次の攻撃に移る。
最初の爪撃が一撃の威力に特化した攻撃ならば、今繰り出した攻撃はまるで猫が素早い引っ掻き攻撃を繰り出したようなものだ。
ただ、猫は猫でも怪物じみた身体能力を持つ猫なので一撃一撃が達人の剣士が日本刀で切ったかのような鋭さを持っており、仮に腕にその攻撃が当たってしまえば簡単に腕が切り落とされるのは間違いなかった。
そんな強力な攻撃を水先は表情を乱す事なく完璧に捌いていく。
モルガーナは何度も何度も致命傷を与えてやろうとその鋭い爪を振り下ろすが、どれも水先は大した攻撃ではないといった様子でいなして行く。
「あぁぁぁぁぁもう!」
そんな余裕そうな水先に腹が立ったモルガーナは思わずイライラした感情を声と顔に出してしまう。
「そこだ」
「!?」
だが、それが良くなかった。
苛々とした感情はすべからく思考を汚染し、判断や対応力を鈍らせる。
モルガーナが見せたそんな隙を水先は逃す事なく的確に突く。
正に神業と言うべき速度で水先はモルガーナの首を的確に狙い、その刃をモルガーナの首に滑り込ませる。
圧倒的な再生力を誇るモルガーナとは言え、凄まじい速度で切られてしまえば完全に再生するまでほんの数秒もの時間を必要としまう。
それが何を意味するのか。
答えは水先の行動にあった。
「ここだっ!」
凄まじい速度でモルガーナの首を切ったので、一瞬モルガーナの首と胴体の間には薄い紙が一枚通り抜けられそうな間が空く。
それはつまり、今ならモルガーナの頭を蹴飛ばしてしまえばモルガーナ自身を無力化する事が出来るという事。
水先はそれを狙い、そして見事成功させた。
「……よしっ!」
モルガーナの頭は球場の観客席まで飛んで行き、容易にそれを回収する事は出来なくなった。
「…………」
身体を制御するべき頭を失ったモルガーナの身体は完全に沈黙し、両手をだらんと垂れさせたまま直立して動かなくなった。
「……念には念を、か」
普通であれば頭を切り落とした時点で勝敗は決している。
だが、今水先達が戦っているのは普通ではない異形の存在。
死還人でさえ無いこの3人はただ頭を切り落としただけで勝敗がつくとは思っていない。
だから、水先は頭を失い無防備になっているモルガーナの身体を細切れにし、再生を不可能に、或いは再生を困難にするべくエクスカリバーを構え、切りつける。
「……なっ!?」
しかし、それは叶わなかった。
頭を失い、制御する事は不可能な筈なモルガーナの身体は自身を傷つけるべく、迫り来ていた刃を右手で掴み、水先の攻撃を防いだから。
「この……化け物め……!」
そのあまりの異常さに水先は思わず悪態をつき、エクスカリバーを奪い返し、モルガーナから一度距離を取った。
自身の常識が当てはまらない敵を前にして、無謀に攻撃をする必要はないと考えたから。
「…………」
水先がモルガーナから離れた後はその身体は動く気配を見せず、不気味な沈黙を守っているままだった。