蒼牙対少年
紅牙の戦斧を持つ少年が紅牙に攻撃を仕掛けていた頃、それと同時に蒼牙の戦斧を持つ少年もまた蒼牙に襲いかかっていた。
「いぃぃぃぎっ!」
「危なっ!ちょっ……!頼むからそれ返してくれよ!」
「いぎっ!」
少年はまず、戦斧の刃の部分を縦に振り下ろす事で蒼牙の身体を縦半分に一刀両断をする事を狙う。
予備動作が大きく、戦斧という武器の性質を良く知る蒼牙は少年の攻撃が自身の身体を真っ二つにするモノだと簡単に予測出来たので、なるべく慌てず後ろに飛び退く事で少年の攻撃を回避する。
「……にしても参ったな」
ただ、幸か不幸か、戦斧という武器の性質を良く知るだけに少年が放ったたった一度の攻撃で戦斧を持つ少年が決して侮る事の出来る存在では無いと悟ってしまう。
少年の戦斧の扱い方こそ素人そのものであると判断したが、それを補って余りある膂力が生み出す破壊力はほんの少しの油断で自身の命を刈り取ってしまう程であるとも悟ってしまう。
その事は紅牙も早い段階で悟っていた。
そして、そんな危険な存在である少年に対して取るべき紅牙の答えは、なるべく早期に戦斧を取り返して、まずは少年の戦闘力を下げるというモノだった。
兄である紅牙がその答えに辿り着いた以上、弟である蒼牙もその答えには辿り着いていた。
ただ、紅牙と戦っている少年と蒼牙と戦っている少年は別人だ。
故に、その戦闘パターンは大きく異なる。
「いぎっ!」
「よっと。さぁさぁどうすっかねぇ」
紅牙と戦っている少年が直情的な脳筋タイプの戦士だとすると、蒼牙の戦っている少年は真剣にふざけて戦うタイプの戦士だ。
まるでバトンのように戦斧を頭上でクルクルと回転させたかと思うと、その遠心力を利用して縦に鋭い一撃を放つ事もあれば、戦斧の先端に備えられている槍で蒼牙の身体を蜂の巣のように穴だらけにしようと連続した突きを繰り出す事もある。
一見すれば隙だらけなようにも見えるが、変に遊び心が加わっているだけに次にどんな攻撃を仕掛けてくるのかが読めないので蒼牙は迂闊に近づく事が出来ないでいた。
「遊んでいるように見えたと思えば、真剣に殺しに来ているようにも見える。……ちっ!苦手なんだよなこういう奴」
「いぃぃぃぎっ!」
勿論、所詮は戦闘経験の少ない子供の放つ攻撃なので幾度となく修羅場を潜ってきた蒼牙にとってはそれら全ての攻撃を避ける事は造作も無い事だ。
ただ、避けてばかりでは決着がつかないのも間違いないので蒼牙はどうにかして避けるばかりでは無く攻撃に転じたいと考えていた。
「……せめて何か武器代わりになるものでもあれば」
とは言え今の蒼牙は丸腰で、それに対して少年はリーチが長く破壊力もある戦斧を持っている。
戦闘において丸腰と武器を持っている者とではどちらが有利なのかは語るまでも無い。
加えて蒼牙は紅牙程肉弾戦に優れた者では無いので、少年の攻撃を見切って懐に潜り込むなどという芸当は出来ない。
だから蒼牙が少年と渡り合う為には何かしらの武器を持つ必要があった。
「何か……何か……」
「いぎぃっ!」
蒼牙は危なげなく少年の攻撃を避けつつ、同時に周囲に視線をやって武器になりそうな物が落ちていないかを探す。
「いぎぎっ!」
「おっととっ……!」
しかし、あるのはTypeシリーズの残骸ばかりで武器になりそうな物は落ちていない。
しかも、ここは球場のグラウンドなので街中やビルの内部のように手頃な配管やガラスなど簡単に武器の代わりになるような物が手の届く範囲にある事もない。
「……アレしかねぇかっ!」
「いぎぃ?」
しかしそれでも、何か武器となるような物を得なければ決着が付かない事は確実だったので、蒼牙は咄嗟の閃きでソレに駆け寄る。
「頼むから、1〜2発くらいは持ってくれ!」
蒼牙が駆け寄ったのは先程自分達で倒したType-GFの死骸であり、蒼牙はType-GFの剥き出しになっている肋骨を無理矢理引き抜いてへし折ると、1本の木刀のような形に整えて即席の武器を作り出した。
「いぃぃぃぃぎっ!」
武器を手にした蒼牙を見た少年は思い通りにはさせないと言わんばかりの様子で戦斧を大きく横に薙いで蒼牙の身体の両断を狙う。
「ぬっ……くくっ……!いけるかぁっ!?」
何も手にしていないついさっきまでの蒼牙であれば、その攻撃は間違いなく蒼牙の身体を捉え、命を奪う事に成功していただろう。
けれども、今の蒼牙はType-GFの肋骨から作り出した武器を持っている。
蒼牙はソレを使って戦斧の刃を受け止め、少年の力を逆に使う事で攻撃の軌道を逸らし、危機を回避する。
「……ちっ!だがまぁ上等だ。さっさとケリをつけるぜ!」
「いぎぃぃぎ!」
だが、如何に強靭的な身体を手に入れたType-GFの巨大な肋骨と言えど、鍛え上げられた鋭い刃による一撃を難なく防ぐ事は出来なかったようで、刃を受け止めた部分の周りに微細なヒビ割れが出来ているのが確認出来た。
これでは持って1発、最悪次の一撃すら受け止め切れずに破壊されてしまうと考えた蒼牙は早期決着を狙って今度は蒼牙から攻撃を仕掛ける。
「あぁぁぁらよっとぉ!」
蒼牙は少年の背後に回り込むような形で駆け出し、少年の死角に到達すると一気に距離を詰めて肋骨刀で少年の心臓部を背中側から突き刺す。
「……ぎっ!?」
これまで回避に専念していた蒼牙が攻撃に転じた事で驚きが勝ったのか、少年の判断は幾分鈍り、蒼牙の攻撃を許してしまう。
「これくらいじゃ死なねぇのは、分かってんだよっ!」
勿論、心臓を刺されたぐらいでは少年の命は尽きない。
油断をして攻撃を受けてしまったものの、挽回は可能だと判断した少年は心臓に突き刺さった肋骨刀を引き抜こうともせずにそのまま内臓を傷つけながら振り返り、持っていた戦斧を構えて蒼牙の身体に狙いを定める。
「まぁ、そうするよな。馬鹿みたいな再生力を持っていたら自分の身を顧みずに攻撃を仕掛けてくる事なんざお見通しなんだよ!」
「ぎっ!?」
だが、ソレは蒼牙にとっては予想の範囲内だったようで、少年が蒼牙に向かって振り向いたと同時に戦斧を握る両手首を掴む。
「返して貰うぜ?」
「いぃぃぃぃぃぎ!」
そして、蒼牙は力任せに少年の両手首を握り潰す。そうした事で少年は戦斧を持っている事が出来なくなり、そのまま落としてしまった。
「やれやれ。これを取り返す為だけに随分と苦労をしたもんだ。……さて?これで形勢逆転だな?」
「……ぎ」
蒼牙は芝生の上に落ちた戦斧をすぐさま拾うと、安全であろう場所まで少年と距離を取る。
折角の武器を奪われた少年は悔しそうに顔を歪ませ、蒼牙を睨みつける。
その間に身体の再生は進み、ものの数十秒で完治を終えていた。
「全くその再生力は反則だぜ。……でもな?さっきは慌てて対抗策が無いと思ってたが、実はそうでもないんだぜ?」
「ぎ!」
そう言って蒼牙は戦斧を右横腹辺りに構え、少年に向かって駆け出す。
武器を失った少年は、武器が無いなら無いでも構わないと言った様子で蒼牙の攻撃に備えて防御の姿勢を取る。
だが……
「ねぇあぁぁぁっ」
「……っ!」
蒼牙の放った横薙ぎの一撃は少年の防御をいとも容易く貫通し、首を斬り落とす。
そして、その斬り落とした首を遥かに遠くに投げ捨てる。
「てめぇの身体が再生するのは頭部が付近にある時だけ。そうだろう?だから、斬り落とした頭部を投げ捨ててやれば再生はしないって訳だ。まぁ、んな事言っても聞く頭が無いんじゃ分からねぇだろうがよ」
現在、少年の頭部と胴体との距離は100m以上離れている。
蒼牙の予想が正しければ、一定以上頭部と胴体が離れていれば身体の再生は行われない。
事実、頭部を喪った胴体から新たに頭部が生える気配は見られない。
「まぁとりあえず様子見だな」
一応の勝利を収めた事を確認した蒼牙はその場に座り込み、紅牙と久野の様子を眺める事にした。