紅牙対少年
「いぃぃぃぃぃぃ!」
「おっと!」
最初に仕掛けたのは紅牙の戦斧を持つ少年だった。
少年は自分の背丈の倍程もある戦斧を両手で軽々と扱い、当たれば確実に致命傷になるであろう一撃を何度も繰り出す。
横に薙ぎ、縦に振り下ろし、斜めに裂く。
凡そ子供のモノとは思えない膂力に紅牙は驚くよりも先に素直に感心し、どうすればこれだけの力を得る事が出来るのかと興味を抱いていた。
「見た目は普通の子供。力は俺達と同等かそれ以上。回復力……再生力に至っては俺達を遥かに凌いですらいる。……面白いじゃねぇか」
「いぃぃぃぃ!」
ぶんぶんと戦斧を振り回す少年を前に、紅牙は然程慌てる様子もなく最小限の動きで少年の攻撃を避ける。
「いぃぃぃぃぃぃ!」
少年の攻撃を避ける事に大した労力を割いていないので、紅牙にはじっくりと少年の正体を観察する余裕が生まれている。
そんな紅牙の余裕な様子が気に食わないのか、はたまたどれだけ繰り出しても攻撃が当たらない事に苛立ちを感じているのか、少年の動きは激しさを増しながら紅牙を襲う。
「いぃぃぃぃ!いぃぃぃぃぃ!」
「お前達の力と再生力には少々焦ったが……冷静になって観察してみればそれだけだ。力と再生力以外は大した脅威じゃねぇな」
それでも尚、紅牙は変わらず最小限の動きで少年の攻撃を避ける。
「折角大層な武器を手にしたってのに、力任せに振り回すんじゃ武器が可哀想ってもんだ。ほら。俺に返してみろ」
「いぃぃぃ!?」
そう言って紅牙は少年が戦斧を振り下ろし、次の攻撃の為にまた担ぎ上げる一瞬の隙をついて懐に潜り込み、右手で少年の左手を、左手で少年の顔面を思いっきり殴って無理矢理に戦斧を叩き落とす事で戦斧を取り返す事に成功する。
「別に武器に拘りがある訳じゃねぇが、それなりに長く使っていると愛着も湧くし手に馴染む。悪りぃが返して貰うぜ」
「いぃぃ……!」
元々紅牙は素手のみの戦闘であるステゴロを得意とする人間だったが、死還人となり身体能力が向上し、生前では到底扱う事の出来なかった武器を得た事でその戦闘能力を飛躍的に伸ばす事が出来るようになった。
「そぉぉれっと!」
「ぃぃぃいっ……!」
勿論、紅牙に戦斧の扱いの心得なんてモノは無い。完全に独学での扱いだ。
けれども戦斧という武器の特性上、力任せにかつ自在に振り回す事が可能なら敵対する相手が生物でさえあれば武器の扱いを知らない素人と言えども無敵と揶揄しても過言では無い程の威力を発揮出来る。
事実、戦斧を取り戻した紅牙は合成魔人の少年に攻撃の隙を与えず、一方的な攻撃を繰り広げている。
「ぃっ……いいっ……!」
首を斬られ、手足を薙ぎ落とされてもその化け物じみた再生力によって即座に回復出来る合成魔人とは言え、それに匹敵するかそれを上回る速度で身体を傷つけられては攻撃する事を諦め、防御に徹するのは仕方がない事だと言える。
あらゆる角度から攻撃を繰り広げる紅牙の前に少年は為す術なくその場に座り込む他に出来る事は無かった。
「ガキを虐めているような気がしてならねぇが……見た目に騙されて寝首をかかれちゃたまらねぇからな。容赦なく行かせて貰うぜ」
第三者から見れば、大の大人が年端もいかない子供に悪辣な暴力を振るっているようにしか見えないだろう。
蹲る子供に鋭利な槍と刃が付いた武器で突いて薙ぐその様は見るに耐えない凄惨なものだ。
勿論、どれだけ紅牙が少年に戦斧を使って致命傷を与えようとも少年に死を与える事は出来ない。
それどころか、変に手心を加えてその隙を突かれて反撃でもされようものなら死を迎えるのは紅牙の可能性だってある。
だから、紅牙は攻撃の手を緩めない。
合成魔人の再生力を前に少年を殺し切る事は出来ず、また、勝利する事は出来ないが、少年に反撃を許す隙も与えないので敗北する事も無い。
それはまるで勝敗のつかない無意味な決闘のようだったが、紅牙にとってはそれで充分だった。
何故なら、
「俺じゃお前を殺せないみたいだが、水先さんや他の連中なら何か良い術を知っているかも知れねぇ。だから、今俺がやるべき事はお前をここに留めておく事だ」
少年を攻撃し続ける事で、この倒せない敵の対処の仕方が分かる者が現れるのを待つべきだと判断したからだ。
この異常な敵はどう考えても自分達の理解の及ぶ相手じゃない。となれば、自分達以外の誰かに任せるのが賢明だ。
水先さんか、或いは他の人か。
だから俺はこいつをここに留めておく。
こいつがここを抜け出して余計な真似をしないように。
そんな考えがあったから、紅牙は無駄な行動を起こさずただ少年に攻撃を続ける事によってこの場に留めさせ、時間を稼ぐ事を選んだ。
「いっ……」
そしてそれはこの場において最も有効な選択であり、最適解と言うべき判断だった。
戦斧を持つ紅牙だからこそ、合成魔人の少年を難なく斬り伏せる事に成功しているが、仮にこれがもし東や花木達普通の死還人が相手なら少年に呆気なく殺されてしまうのは明白だった。
精々が命を賭して手足に掴みかかり、足止めをするのが関の山。
合成魔人という個体はそれ程までに優れた力を有しているのだ。
「いぃぃぃ……」
だからこそ、少年もそんな力を有している自分に敵う敵は居ないという油断があった。
改造の影響で言葉を発する事こそ出来なくなったが、自我や感情は残っている。
故に、圧倒的な力を手に入れた自分に酔いしれ、自分に歯向かう敵を薙ぎ払う爽快感に脳が焼かれていた。
そんな経験があったからこそ、まさか自分を斬り伏せる相手が現れるなんて事は考えもしなかった。
その結果、少年は何も出来ずにただ斬られて治るのを待って耐える事しか出来なくなった。
咆哮をあげようとしても喉が潰れているので上手く声を発する事が出来ない。
戦斧を掴んで再度奪い取ろうとしても、少年が反応するよりも先に紅牙が反応して戦斧を遠ざけるのでそれも敵わない。
せめて、前に出て反撃に転じようにも足が斬られているので思うように前に進めない。
何も出来ない。
させて貰えない。
自身の油断と紅牙の強さが招いたこの現状に、最早完全にどうする事も出来ないと悟り、時が解決してくれる事を願って少年は考える事を放棄した。
「…………」
「沈黙した、か。懸命だよ。そうやって大人しくしてな。……後はどうすっかな」
攻撃の手を緩めるべきか。
このまま攻撃を続けるべきか。
何をされても動かず、声もあげなくなった少年に対して紅牙はこれで一段落ついたと安心しつつもこの少年をどうにか出来る人が来るまで待ち続けるのが1番だと理解していたので、変に自分の判断で動くよりかは引少年に何もさせない事が良いと考えたので引き続き攻撃をする事を選ぶ事にした。