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ゾンニート  作者: 竜獅子
第2章 神農製薬
131/149

子供達との開戦

「「「いぃぃぃぃぃぃぃぃぎぃぃぃぃぃぃぃ!!!」」」


「っ!?」


「うるさっ!?何っ!?」



 この世の生物が出したとは思えないような強烈でおぞましい咆哮を近距離で耳にした久野と穂波は思わず顔をしかめ、両手で両耳を押さえて咆哮の遮断を図る。



「ぎぃぃぃぃ!!!」


「いぃぃぃあ!!!」


「くっ……はっ……!」


「なっ!?ちょっ!?えぅっ……!?」



 しかし、それが良くなかった。

 咆哮の主達は合成魔人化キメライズの手術を施された3人の子供達であり、子供達はケリーによって()()()()()()()を全て殲滅するよう命令が下されていた。

 故に、子供達はType-Sである久野と死還人ゾンビである穂波を目視した時点で殺害対象として認識し、行動を開始していた。


 対して久野達は、見た目は普通の子供の合成魔人キメラの3人に敵意を持っていなかったし、それどころか保護対象として見ていたので子供達による攻撃を予期しておらず、突然の咆哮による不快感を両手で両耳を塞いで凌ぐという行為によって少なからずの隙を見せてしまった。


 その結果、子供達による初撃を許してしまい、穂波は懐に重いパンチを。久野は寝転んだ状態で顔面に重いパンチを食らってしまう事となった。



「はっ……はっ……!」


「んのっ……!」



 ただの子供にしては余りにも重過ぎるパンチを食らった2人はその場から動けなくなり、息を切らしながら患部を両手で押さえて回復に努める。



「ぎぅぎぅぎぅぎぃぃ!!!」



 だが、3人目の子供がそんな状態の2人を見過ごす訳も無く、トドメを刺そうと2人の心臓を目掛けて抜き手で迫る。



「……!2度も食うものかっての!」



 今の状態でまともに攻撃を食らえばただでは済まないと判断した久野は、悲鳴を上げ続ける体に鞭を打って立ち上がり、穂波の体に2本の触手を巻き付けると全力で逃げ出した。



「ぎぅ?」


「いぎ?」


「いー?」



 子供達の思考回路に敵が逃げ出す事など想定になかったのか、3人は逃げ出した久野達を不思議そうに眺めると、何かを察したような様子で笑顔になり、お互いに顔を見合わせると楽しそうに久野達を追い始める。



「ぎ!」


「い!」


「いー!」


「……勘弁しろっての!こっちは思うように体が動かないのに!」



 本来、全力で駆ける久野に普通の人間が追い付く事は出来ない。

 それは身体能力が大幅に上がった死還人ゾンビであっても覆る事は無く、子供達から受けたダメージを加味したとしても、この球場においては乗り物を使わず自力で久野の速度に追いつける者は居ない筈だった。

 だが、久野が穂波を抱えて逃げ出し子供達がそれを眺めている間に開いた距離は約50m。

 それだけの距離がじわじわと追い詰められているのが現実だった。

 あり得る筈のない事態に久野は思わず悪態をつくも、それで状況が変わる訳では無い。

 しかも、球場の距離は決まっているのでこのままいけば1分と持たずに壁際に追いやられる事は免れない。

 それだけは何としてでも避けたかった久野は、恥を覚悟で助けを求める。



「……っ!誰でもいいから助けて!今の私達じゃどうにも出来ない!このままじゃ死んでしまう!」



 この状況で誰が助けてくれると言うのか。

 頼みの綱の美桜はこの場におらず、鈴と錬治も居ない。

 そもそも、その3人以外にこの球場には久野の仲間と呼べるような者は1人として居ない。

 にも関わらず助けを願ったのは、背後から迫る死の予感に恐れを抱き、それを自力でどうにかする術が無いから。

 そして、誰でもいいから助けて欲しいと声に出して願う他になかったから。



「駄目よね……!」



 だから、そんな淡い願いを口にしつつもそれが叶う事は無いと諦めていた久野はせめて一矢は報いようと子供達に向き直り、残った3本の触手を構える。



 その瞬間だった。



「誰でもいいだなんて水臭えよなぁ」


「だが、思えば自己紹介すらしていなかった気がするぞ」


「それもそうか。なら仕方ない」


「おうとも。だからここは生き延びて改めて名を名乗るとしよう!」


「……ぎっ!?」


「いぃぃぃ!?」


「いーぃ!いーぃ!?」



 子供達に向き直った久野の前に、紅牙と蒼牙が並び立ち、持っていた戦斧ハルバードで子供達を薙ぎ払って3人共の体を両断したのは。



「あんた達……」


「大丈夫か?」


「うちの姫さん、守ってくれてありがとな」



 紅牙と蒼牙によって子供達が両断された事により、迫る危機から逃れられた事を知ると久野は惚けた様子で2人を見つめる。



「にっしてもビビったなぁ。グランドに残った化け物共を切り捨ててたらいきなり馬鹿みたいな叫び声が響くんだからよ」


「しかもその声の主が小学生くらいのガキ達で、うちと姫さんと大量の化け物を瞬殺した女の子を一撃でノした挙句、殺すギリギリまで追い詰めてるんだから尚ビビる」


「こりゃまずいと雑魚は放っておいて救援に駆けつけて正解だったな」


「違いねぇ!」


「とりあえず間に合って良かった」


「だな!」



 にしし、と笑う2人を見てもう大丈夫だろうと安心した久野は触手に巻き付けた穂波を解放し、2人に引き渡す。



「おっと。大丈夫か?姫さん」


「……その姫さんっての、止めろって言ってるでしょ……!」


「やなこった。ま、憎まれ口を叩く余裕があるなら大丈夫だな」



 すっかり弱り切った穂波を受け取った紅牙は戦斧ハルバードを地面に突き刺し、両手で優しく抱き抱えるように穂波を支える。

 穂波もそれが満更でも無いのか、その身を紅牙に預けて未だ乱れている呼吸の回復に努める。



「にしても変ね。死還人ゾンビってのは疲れ知らずの痛み知らずだと思ってたけど、そうでもないの?」



 久野がケリーや葉崎、美桜や鈴・錬治に聞いていた話だと死還人ゾンビはどれだけ動いても疲れる事が無く、ダメージを負っても痛みを感じないと聞いていたので今の穂波の状態が不思議に思えてならなかった。

 それ故、素朴な疑問として穂波達に聞いてみたのだが、返ってきた答えは思いもよらなかったものだった。



「……分かりません。はぁ……はぁ……今までこんな事はありませんでしたが、あの子供の攻撃を食らったのと同時に痛覚が戻りました……」


「んだそりゃ?」


「マジ?」



 それは紅牙と蒼牙にとっても同じなようで、穂波の言葉に驚きを隠せないでいた。



「久方ぶりの痛み……随分と応えますね……ゾンビの身体となって以来無茶な動きをしてばかりでしたから、その代償が今返ってきているような感じです……」



 死還人ゾンビは疲労も痛みも感じない。

 それは戦闘においてはどんな攻撃を前にしても怯まずに戦えるので利点とも言えるが、同時に自分の消耗率を知る事が出来ないので弱点とも言える。

 これまで穂波達は水先の指導の下、極力生きた人間と鉢合わせないように人間離れをした動きで各所を巡ってきていた為に自分では気づかない内に痛みと疲労をその身体に蓄積し続けていた。

 しかも、死還人ゾンビの身体には自然治癒能力が失われた事で備わっていないので、その蓄積された痛みや疲労が時間と共に癒やされる事も無い。

 別にそれは死還人ゾンビである以上は特段気にする事では無いのだが、今の穂波のようになるのなら話は変わってくる。

 何せ、これまで無茶をしてきたツケを一気に味わう事になるのだから。

 その為穂波は全身を襲い続ける極度の痛みと疲労に苛まれ、未だに動く事が出来ずにいた。



「姫さんがこの調子じゃ暫くは自力で動けそうにないな。とりあえずこの球場に居る敵は粗方片付いたみたいだし、一旦水先さんと合流するか?」


「その方が良いかも知れねぇな。残った雑魚は東達が掃討してくれてる……し?」



 紅牙が水先の下へ戻る事を提案し、蒼牙がこの場の現状を把握する為にグラウンド全体を見回していると、視界に奇妙なモノが映り込んだ事に気づく。



「どうしたの?」



 変な様子の蒼牙に気付いた久野は蒼牙に語りかけると、蒼牙はある方向に指を差す。



「……おいおいマジかよ」



 蒼牙が指を差した方向に紅牙と久野が向くと、そこには紅牙と蒼牙が両断した筈の子供達がゆっくりと立ち上がろうとしていた。



「うちの姫さんを倒した割にはエラくあっさりと殺せたと思ったが……いくらなんでもそりゃねぇだろうよ。生物としての範疇はんちゅうを越えてやがる」



 2人が両断した筈の身体は綺麗にくっついており、胴体と共に斬れた筈の指や腕も一切の傷跡無く綺麗に治っていた。

 その余りにも現実離れした回復力に紅牙は悪態をつき、



「何を今更。ここに居る連中を見れば既に俺達の常識なんて通じない事なんか分かりきっていただろうがよ!」



 蒼牙は目の前の非常識を真っ向から認め、その上で子供達が復活する前に再度倒し切ろうと3人を薙ぎ払うように戦斧ハルバードを振るう。



「んなもんだよ!」



 どちゃ、という生々しい音と共に3人は再び胴体を真っ二つに斬り裂かれ、その場に崩れ落ちる。

 それを見た蒼牙は誇らしげに戦斧ハルバードを天高く掲げる。

 が、



「うぇぇ?マジ?」



 先程とは比べ物にならない程の速度で切り裂かれた身体が治っていき、3人は再び立ち上がろうとする。



「……なら何度だって!」



 蒼牙も負けじと戦斧ハルバードを振るい、子供達を切り裂くが、その度に子供達は復活し、しかも回復速度が跳ね上がってきているのが明確に感じられた。

 斬っては治り、斬っては治り。

 まるで玩具のスライムを相手にしているように、無抵抗の子供達を殺し続けた蒼牙だったが、倒す度に向上する子供達の回復力に音を上げたのは蒼牙の方だった。



「いや、無理だってこれ!マジで無理!死なねぇじゃん!紅牙!逃げるぞ!」



 殺しても殺しても復活する子供達を相手に、為す術が無いと感じた蒼牙は紅牙に逃げる事を提案する。



「倒し方がまずいんだろう。ちょっと姫さんを預かっててくれ」



 しかし、紅牙は抱き抱えていた穂波を蒼牙に預けると、グラウンドに突き刺していた戦斧ハルバードを手に取ると、それを大きく掲げて子供達の頭上を目掛けて振り下ろす。


 ……振り下ろそうとした。

 振り下ろしたかった。

 でも、出来なかった。



「なっ!?」



 戦斧ハルバードの刃を1人が片手で掴んだから。



「ねぇ……これってかなりマズイんじゃない?」


「俺も……そう思うぜ」



 紅牙の戦斧ハルバードを受け止めた少女の身体は既に完治し、その身に傷は1つとしてない。

 けれども少女は声を上げる事をせず、ただ片手で戦斧ハルバードを受け止めたまま俯いて微動だにしない。



「ぬっ……クソっ!離せ!」



 余程強い力で掴んでいるのか、受け止められた戦斧ハルバードを取り返そうと紅牙は力を込めるが、少女はソレを離す気配すらさせず黙って俯いたままの状態を維持する。

 そして、そんな2人を他所に今まで沈黙していた残り2人の少年も立ち上がり、ゆっくりと久野達を見据えると、2人揃って口を開く。



「耳を塞い……違う!離れて!」


「クソが!」


「少し雑に扱うぞ!穂波!」



 久野は2人の少年がまたあの咆哮を上げる事を察知すると、一度は耳を塞ぐ事を提案しかけるが、ソレが無意味な事だと数分前に身をもって体感しているので即座に撤回して子供達から離れるよう紅牙と蒼牙に伝える。

 2人も久野の意図を理解し、指示の意図を頭で考えるより先に指示通りに体を動かす事に集中する。

 紅牙は戦斧ハルバードを手放し、蒼牙もまた戦斧ハルバードを手放すと穂波を抱えて久野と同じ方向に走って子供達から距離を取る。



「「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」」



 そして、久野の予想通り2人の少年は咆哮を上げる。

 その後、紅牙と蒼牙が手放した戦斧ハルバードを手に取り、構える。



「アレを手放したのはミスったか?」


「言うな。取り返せば問題ない」



 敵にみすみすと武器を渡してしまった事を悔やむ2人だったが、やってしまったものは仕方がないと割り切り自分の獲物を取り返すべく、意識をそれぞれの獲物を持つ2人の少年に向ける。



「斬っても斬っても死なない敵、ね。ホント、どれだけ命を馬鹿にすれば気がすむのかしら。あのクソ餓鬼は」



 久野もまた、自身に施された改造とはまた違ったモノを施された子供達を前にケリーに対する怒りを露わにする。



「姫さんの様子もおかしいし、とっとと済ませて水先さんのとこへ行くぞ」


「だな。穂波、悪いがちょっとここで寝ててくれ」



 子供達に対する警戒を緩める事はせず、蒼牙は抱き抱えていた穂波をその場に寝かせる。



「くっ……ふっ……!」



 最早言葉を発せない程に衰弱してきている穂波を見て、紅牙と蒼牙に激しい怒りが燃え上がり始める。



「……てめぇらをもうただのガキとは思わねぇ。俺達と同じ化け物なら容赦なくぶっ潰す!」


「生きて帰れると思うなよ……!」


「いぎ!」


「い!」



 紅牙達の言葉を理解しているのかいないのか、2人の少年は待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべて紅牙達から奪った戦斧ハルバードを構える。



「あんたも、せめて苦しまずに殺してあげるわ」



 久野もまた、紅牙の戦斧ハルバードを受け止めた少女に向くと、5本全ての触手を構える。

 それに応えるようにして、少女は真顔で左手を掲げ……



「ぎぃ!」


「いぃぃぃぃ!」


「いぎぃぃ!」


「やってやるぜぇぇぇ!」


「かかって来いやぁ!」



 久野達に向かって振り下ろす。

 それが開戦の合図となった。



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