遺伝子に対する特効薬
投稿が遅れてしまった事を深くお詫び申し上げます。
完全に言い訳ではありますが、7月初旬に新型コロナウィルスに感染し、症状こそ軽度ではありましたが体の気怠さが抜け切らず今日まで過ごしてきました。
3ヶ月程経った今、ようやく調子を取り戻してきたので以前と同じように投稿を再開したいと思います。
本作品を引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。
「……すみマセン。取り乱しマシタ」
「いいのよ。落ち着いた?」
ぽろぽろと涙をこぼし、嗚咽を漏らすトリスタンの背を左手で優しく撫で、子供をあやすように頭を撫でる事で美桜はトリスタンの興奮を鎮める。
「……はい。まだちょっと気持ちの整理が追いついて無いデスけど、今とこれまでのミャオミャオを見る限り特に異常は無さそうなので大丈夫だと判断しマス」
「うん。いいこね。実際半死還人と言っても普通の人間とそこまで大差がある訳じゃないし、死還人の優れた特徴の多くを劣化版とは言え受け継いでいるだけだからこれでも快適に過ごしているのよ?だから、あなたが思うような悲観する現実が私を襲った訳じゃないから安心して」
「ミャオミャオのその言葉を、信じマス。……改めて取り乱してしまって申し訳ありませんデシタ」
そう言ってトリスタンは美桜達3人に深々と頭を下げて謝罪する。
元々大してそんな事は気にも留めていない鈴と錬治は気にする事は無いと諫め、美桜も笑って受け流す。
「……さて、落ち着いた所で話を戻しましょう。続きを話して貰えるかしら?」
「え、あ、はい。あれ?……すみマセン。どこまで話マシタっけ?」
「院長がロシアの隕石から採取したウィルスと、社長がそれを元に量産を行おうとしたウィルスの2種類がある所で止まっているわ」
「そうだ!そうデシタね。なら、後は話す事はそこまで多くはありマセン」
「と言うと?」
「今回の騒動を収束に導く為の鍵は、鈴君にあると私は言いマシタ。そして、その根拠は鈴君が未だに自分以外の人間の肉を……自分以外のウィルスを体内に取り込んでいない所にありマス」
「自分以外のウィルスを取り込んでいない?……確かに鈴は一度も人を襲った事は無いし、食べてもいないけど、それだけよ?それがそんなに重要な事なの?」
「はい。むしろ、世界的に見ても鈴君のような存在はとても稀有で貴重なものだと思われマス」
「……僕が?」
突然の高評価に鈴は理解が追いつかない様子で首を傾げ、美桜と錬治もどういう事かと不思議そうな目でトリスタンを見て話の続きを待つ。
「先程も言いマシタが、鈴君達が感染しているウィルスは地球外由来の特殊なウィルスで、感染した生物の細胞を全く別の生物と言っても良いレベルで変異させる力を持っていて、かつ宿主が死んでも活動を行えるだけの効力を持っていマス」
「今までに見てきた死還人達はそうだったわね。それで?」
「そして、今回重要になってくるのは宿主が死んでも活動を行える効力の方ではなく、感染した生物の細胞を全く別の生物と言っても良いレベルで変異させる力の方になりマス」
「その力が鍵になるって言うの?」
「はい。合成魔人化計画によって生み出された3人の子供達は、その身に複数の生物の遺伝子を宿した新たな生命体と為ったと聞いていマス。彼らの有する複数の生物の遺伝子がもたらす恩恵は、あらゆる外傷や毒物を無効化する驚異的な回復力・再生力による擬似的な不死性デス。エイバンの話が本当なら、高火力の兵器を有していない私達に為す術はありマセン」
「……」
「デスが、合成魔人化をした子供達が合成魔人足り得るのはその身に複数の生物の遺伝子を宿しているからデス。仮にもし、子供達が宿しているその遺伝子を無効化する事が出来たのなら、私達にも勝機が生まれマス」
「……あなたの言っている事は理解出来るわ。でも、遺伝子を無効化なんて一朝一夕で出来る技術じゃない。少なくとも、私はそんな技術が世界のどこかで確立されたなんて話は聞いた事がないわ」
それはそうだろうと、この手の研究に疎い鈴と錬治は美桜の言葉に賛同するようにして無言で頷く。
素人の浅い知識であっても、生物の遺伝子を短期間で組み替えるのが容易でない事は考えるまでもなかった。
勿論、トリスタンは3人からそんな反応が返ってくるのは承知の上だったようで、特に気にする様子もなく続きを話す。
「ミャオミャオの言う通り、私も未だかつてそんな技術が世界のどこかで確立されたという話は聞いた事がありマセン。だからこそ、鈴君の存在が重要になるのです」
トリスタンはそう言って鈴の方に視線を向け、次に美桜に視線を向けると真剣な面持ちで話を続ける。
「私はこの施設に居る間にこのウィルスについて色々調べマシタが、鈴君の持つ根源のウィルスは他の生物の遺伝子を根源のウィルスと全く同じ遺伝子に変異させる性質がありマス。そしてそれはどんな生物であっても抗う事は出来ず、一度感染してしまえば根源型と全く同一の遺伝子を持つ生物へと為ってしまいマス。この事から、合成魔人の3人の不死性を無力化するには鈴君の体内を巡る根源のウィルスが最も有効になると私は考えマシタ」
「なるほどね。機器による手術では無く、死還人のウィルスに感染させる事で子供達の持つ遺伝子を変異させて不死性を無効化すると。……でも、あなたの研究結果が確かなら、別に鈴じゃなくても錬治の持つウィルスでも良いんじゃないかしら?それこそ球場の付近にいる普通の死還人とかでも」
美桜が投げかけた質問は鈴と錬治も考えていた疑問だった。
鈴も錬治も同じ死還人であり、それぞれ試した事はないが、生きた誰かに噛みついてしまえば自分達と同じような死還人を生み出す事が出来るのは間違いない筈だった。
しかし、トリスタンは美桜の質問に対して首を横に振る事で否定の意を示す。
「いえ、それでは駄目なんデス。鈴君は間違いなく未だ他の人間を……ウィルスに感染した他の生物の血肉を口にしていない稀有な個体デスが、錬治さんは何度か他の人間の血を啜った事があるそうなんデス。それが、駄目なんデス」
これまで鈴のみが未だ人を襲っていない個体として話が進んでいたが、錬治とてかつて久野に襲われた際に久野の触手に付着していたウィルスから感染し、死還人と為った後は常に美桜達と行動を共にしていたので錬治も未だ人を襲っていない個体に該当する筈だった。
けれどもトリスタンは鈴だけを鍵として識別し、錬治については何も言わなかった。
その理由がまさか錬治が他の人の血を啜った事があるからだとは思ってもみなかった美桜と鈴は驚いた様子で錬治に向き直る。
「いや、そんな怖い顔をしないで下さいよ。俺だって出来れば人は食べたくないし、襲いたくもありません。ですけど、こんな身になったからでしょうか。時たま何とも耐え難い渇きに襲われるんです。水やジュースを飲むだけでは癒える事のない激しい渇きに。それを癒そうとフラフラと歩いていると、本能的にそれを摂取すれば癒されると感じたのが人間の血だったんです。勿論、生きた誰かを殺した訳ではありませんよ。不運にも亡くなってしまって、人知れず事切れた遺体から啜らせて貰っただけです。それが既に事切れた死還人だとは思いもしませんでしたが……」
錬治の思わぬカミングアウトに再度驚く美桜と鈴だったが、半死還人である美桜にも小規模ながらも食人衝動はあるし、当然ながら死還人である鈴にもある。
それ故に2人には錬治の気持ちが酷く分かるし、責め立てるつもりも無い。
なにより、美桜に限っては以前に神崎の身体を食べる事で食人衝動を癒しているので血を啜ったくらいの錬治の事をとやかく言うつもりはなかった。
そんな2人の様子を横目に、このまま話を続けても特に問題は無いと判断したトリスタンは何事も無かったかのように話を再開する。
「ただ……仮に錬治さんが他の感染者の血肉を体内に取り入れていなかったとしても、やはり今回の件に関しては鈴君のみが事態を収束に導く存在である事には変わりありマセン」
「まだ何か他にも要因があるのかしら?」
「はい。鈴君の体内にあるウィルスが感染爆発初期から存在する根源のウィルスだとすると、錬治さんの持つウィルスは時間の経過と共に変異が生じてしまった、根源型とは似て非なる変異型である事が分かっていマス」
「変異型?」
「はい。別にこのウィルスに限った事ではありマセンが、感染力が強く他の生物への影響が強いウィルス程、より効率良く自身を増殖するよう常に変異を続ける傾向がありマス。それはこのウィルスも例外では無く、鈴君の持つ起源のウィルスを便宜上 《I型ウィルス》だとすると、錬治さんの持つウィルスは《II型ウィルス》となりマス」
「その2つのウィルスの違いは何?」
「《I型ウィルス》の主な特性は、感染によって他者の遺伝子を《I型ウィルス》と同型にする事で死後も活動を可能にし、自身の体内でウィルスを代償なく無限に、上限のある増殖を行いマス」
「代償なく無限に上限のある増殖……?」
トリスタンの矛盾のあるような説明に鈴は首を傾げ、どういう事かと説明を求める。
「トリスタン。もう少し分かりやすく説明してあげて」
「はい。今は鈴君は、例えるなら魔法の水筒のようなモノデス。どれだけ中身を減らしても、時間と共に水筒の中身が溢れるギリギリの所まで自然と補充され、その補充には何のエネルギーも追加の中身も必要としないのデス。なので《I型感染者》の鈴君は、どれだけ傷付きウィルスが体内から失われたとしても、極僅かにでもウィルスが残ってさえいれば活動が可能になるのデス」
「……マジ?」
「はい」
トリスタンの言葉に鈴は驚きを隠す事が出来なかった。
何せ鈴が美桜と行動を共にしたそもそもの理由が、体内からウィルスが失われる事によって活動を停止してしまう事を防ぐ為だったのだから。
トリスタンの言葉を信じるなら、この時点で鈴の目的は達せられたと言っても良い。
「勿論、それは鈴君が《I型感染者》のままである場合に限りマス。《II型感染者》は未だ分かっていない事も多いデスが、少なくとも《I型感染者》の特徴に加えて自身の体内でウィルスの増殖を行えないという事も分かってイマス。最初に感染した時は健常な他の細胞や常在ウィルスを《II型ウィルス》に置換させるので問題ありませんが、それ以降は減る一方で増える事がないので《II型感染者》は体内からウィルスが無くなった時点で活動を停止……つまりは死にマス」
ただ、そう上手い話ばかりではないようで、《I型感染者》の状態をキープし続けない限りは鈴にも死の危険性がある事を説明される。
そこで鈴はある疑問をトリスタンに聞いてみる。
「なら、《I型感染者》が《II型感染者》になる条件ってのは何なんだ?出来れば僕は今の《I型感染者》のままを維持したいと思うんだが」
「現状、2つの条件によってI型からII型になると推測されてイマス。1つは、他の生物の血肉を喰らい、時間の経過がする事。もう1つは、《II型感染者》の血肉を体内に取り入れる事デス。なので鈴君がこれから先、《I型感染者》のままを維持し続けようとするのならほんの僅かでさえも他の生物の肉を喰らう事を禁じ、他のゾンビの肉や体液を目や口や傷口に触れさせない事が必要となりマス」
そうして返ってきた答えは、他の生物の血肉や死還人の血肉を体内に取り入れなければ大丈夫と言ったモノだった。
鈴は生きた人間を襲うつもりはないし、死還人特有の人食衝動も最低限に抑えられている。
勿論、他の死還人を口にするつもりも無いので鈴にとっては今の《I型感染者》の状態を維持するのはそう難しくなさそうだった。
「ならついでに俺も聞いてみるんだが、《II型感染者》が《I型感染者》になる方法はあるのか?」
そうなると、《II型感染者》よりも《I型感染者》の方がほぼ無限に活動が行える以上、《I型感染者》で居た方が良いと考えた錬治はこのウィルスが可逆性のモノなのかを問いかける。
「……基本的には一度《II型ウィルス》に変異したウィルスが《I型のウィルス》に戻る事はありマセン」
「……そうか」
しかし、このウィルスは不可逆性のモノだったようで《II型感染者》から《I型感染者》になれない事を知った錬治は残念そうに肩を落とす。
「ただ、《I型ウィルス》を直接体内に注入すれば、《I型ウィルス》の持つ強制的な遺伝子書き換えの効力が発揮され、一度変異した《II型ウィルス》が《I型ウィルス》になると予想されマス。《I型ウィルス》の自身のコピーを作り出す効力は、それ程までに強いのデス」
「そうなのか?」
「はい。それを証明する為にも、これを使って鈴君の血液を錬治さんの体内に取り入れてみて欲しいのデス」
だが、一部の例外がある事を示したトリスタンは着ていた白衣の裏ポケットから大きな針と金具の付いた注射器のような物を取り出して見せる。
「これは……?」
「ゾンビ用に作りあげた血液採取器デス。チタン製の針は硬いゾンビの皮膚を容易く貫き、金具を引くだけで血液を中心のボトルに溜め込む事が出来マス。そして、溜めた血液は金具を押し込む事で針から排出をする事が出来マス」
それは市販のコントロール注射筒に良く似た形状をしており、誰でも簡単に扱えそうな事がその見た目から推測出来た。
「ちょっとやそっとじゃ壊れないので多少雑に扱っても大丈夫デスよ。本当はもっと持ち出したかったんデスけど、他のTypeシリーズに見つかってそれどころじゃ無くなったので」
そう言ってトリスタンは同じ物を更に2つポケットから取り出す。
「あなた、変な所から出て来と思ってたけど、これを取りに行ってたからあんなとこに居たの?」
「あはは……そうなんデスよ。合成魔人化をした子供達に対抗するには絶対にこれが必要になると思ったので予め用意しておきマシタ」
美桜はケリーが居るであろう第二放送室へ行く道中、トリスタンがTypeシリーズ達に追われて出て来た事を思い出す。
本来の計画であれば既に球場外に脱出している筈のトリスタンが何故未だに留まっていたのか、ようやく合点がいく。
「あんたねぇ……はぁもう。いいわ。今は何を言ってもしょうがないし、聞かないだろうから。とりあえずあなたのやりたい事は分かったわ。その3つの注射筒に鈴の血液を溜めて、合成魔人化をした子供達に一回ずつ注入してやればいいのね?」
「ハイ。あらゆる遺伝子を強制的に同型に変異させる《I型ウィルス》であれば、合成魔人達の複雑な遺伝子を1発で無効化出来ると思いマス」
合成魔人達の脅威的な回復力・再生力を並みの死還人と同じぐらいに弱体化出来れば鈴達にも勝ち目はある。
それ以外に勝ちの目が無い事に美桜は不安を覚えるが、無いものはねだってもしょうがないと諦めて割り切る。
「一応聞いてみるけど、《II型ウィルス》では合成魔人の子供達の遺伝子を書き換える事は出来ないのよね?」
「出来ない事はないと思いマス。《II型ウィルス》も《I型ウィルス》の特性を引き継いで、遺伝子の書き換えを行う事で生物をゾンビに変えマスから。ただ、《II型ウィルス》の遺伝子書き換え能力はI型に比べて酷く弱く、3人に1人がゾンビとならずそのまま死にマス。加えて《I型ウィルス》が変異して出来た《II型ウィルス》が他の生物の遺伝子に与える影響が未だハッキリとはしていないので、最悪の場合、合成魔人の遺伝子を更に強化してしまう事も考えられるので、確実に弱体化を狙える《I型ウィルス》が望ましいと私は考えマス」
なるほど、と美桜は呟き頷く。
不確定な要素を含む《II型ウィルス》を使用するよりかは、確実な効果が期待出来る《I型ウィルス》を使用するのは理に適っていると判断出来た。
「トリスタンの言う通りね。私があなたでも同じ事を考えたわ。……いいわ。あなたの策で動きましょう」
ほんの少しの思考の末、トリスタンの策が有効であると考えた美桜はトリスタンの策をそのまま取り入れる事を決める。
「となると……錬治。あなたはとりあえずコレを使って鈴の血液を取り入れなさい。少しでも活動停止のリスクは避けた方がいいわ。鈴、構わないわね?」
「好きにしてくれ」
「分かりました」
そう言って美桜はトリスタンから注射筒を受け取ると、鈴の左腕に突き刺して血液を採取し、その後それをそのまま錬治の右腕に突き刺して鈴の血液を注入する。
「どう?何か変化は感じる?」
「……特には?」
《I型感染者》である鈴も、《II型感染者》である錬治も見た目に差異は無いので本当にこれだけで錬治が《I型感染者》になったのかの判断が美桜にもトリスタンにも出来なかった。
鈴の血液を取り入れる事で本人の体感に変化があればそこから判断する事も出来たのだろうが、生憎と錬治も鈴の血液を取り入れたからと言って何かしらの変化を感じる事が無かったので現状は何も変わらないままとなってしまった。
「まぁ、詳しくは全てが片付いてからゆっくり調べるとしましょう。一応、これで錬治も《I型感染者》になった筈だけど、使う血液は鈴ので良いのかしら?」
「そうデスネ。錬治さんが《I型感染者》となったかは分からないので、確実に《I型感染者》である鈴君の血液を使うのが良いと思いマス」
「そう。ならそうしましょう」
トリスタンの言葉のままに、美桜は今錬治に使った注射筒を鈴に向けて再度血液を採取する動きをみせる。
「あ!気をつけて下サイね。今、錬治さんに刺した注射筒は鈴君には刺さないで下サイ。僅かに付着した《II型ウィルス》が鈴君の体内に入る事で《I型ウィルス》に変異をもたらす可能性がありマスから」
が、それを見たトリスタンは美桜が間違った事をしないよう制止する。
「……言われなくても大丈夫よ」
「なら良いんデス」
トリスタンに言われなければ錬治に使用した注射筒をうっかり鈴にまた刺す所だった美桜は、それを上手く誤魔化しつつ、さりげなく新品の注射筒を手に取り鈴から血液を採取をさせて貰う。
錬治に使用した注射筒には底の蓋を開けて直接血液を入れる事で鈴に触れないようにした。
そうして美桜達の手元に、合成魔人を倒す一手となる特効薬が3つ残る事となった。
「これで一先ずの準備は出来マシタ。後は、誰がこれをあの子達に注入するかデスガ……」
この場に居るのは鈴・美桜・錬治・トリスタンの4人だけ。
加えて、手元にある注射筒は3つ。
となれば、誰がコレを持つは明白だった。
「戦闘職じゃないあなたの役目はここまでよ。後は私達がどうにかするわ」
美桜は鈴と錬治に注射筒を1つずつ渡し、残った1つも自身が所持する事を決めてポケットにしまう。
鈴と錬治も最初からそのつもりだったようで、迷いなくポケットにしまった。
「……とても、危険な戦いになると思いマス。球場がこうなってしまった以上、子供達も既に放たれていると考えた方が良いデショウ。最悪、今すぐにでも襲われてもおかしくありマセン」
キョロキョロと辺りを見回し、敵が近くに来ていないかをトリスタンは確認する。
そんなトリスタンを前に、鈴達3人は落ち着いた様子で球場のグラウンド方向へ目を向ける。
「居るとしたら、多分グラウンドだろうな」
「そんな感じはするな」
「嫌な感じね。さっきまで全然感じなかったのに」
同じウィルスを持つ者同士、何か惹かれるモノがあるのか3人共が同じ方向を向いていた。
「大丈夫。トリスタン。私達はこれまで何度も死線を潜り抜けて来たんだから。今度もきっと大丈夫。だから、安心して?」
美桜はトリスタンにそっと抱きつくと、優しく頭を撫でる。
それに対してトリスタンも美桜を力強く抱きしめ、美桜の目を真っ直ぐと見て激励の言葉を強く言い放つ。
「絶対に生きて帰って来てくだサイね。死んで帰って来たら殺しマスから」
「えぇ。分かったわ。鈴、錬治。絶対に死んじゃ駄目よ?トリスタンに殺されるから」
「あぁ。気をつけるよ」
「なるべく気をつけるとしましょう」
鈴と錬治はトリスタンの手をしっかりと握り、一時の間の別れを告げる。
「それじゃ、行ってくるわ。目指すは合成魔人の子供達!行くわよ!」
「おう!」
「はい!」
美桜の号令と共に3人はグラウンドへ向けて駆け出し、あっという間に姿を消した。
残されたトリスタンは両目から一筋の涙を流し、ただただ3人の無事を祈ってその場に座り込んだ。