2種類のウィルス
「鈴が鍵になるってどういう事かしら?確かに私は鈴はやる時はやると言ったけど、戦闘能力は他の死還人とそこまで大差は無いわよ?ある程度死地を経験しているから多少は他の人達よりかは強いのかも知れないけど……それだけよ」
美桜の言っている事は正論で、鈴は死還人の特異体質を活かして力任せに何かを投擲して甚大な損害を与えたり、人間離れした身体能力を使って機動力を上げる事が出来ている。
けれどもそれは死還人と成った者であれば全員が例外なく持ち合わせている特異体質なので鈴が特別という訳では無い。
勿論鈴に出来る事は錬治にも出来るし、東や花木、水先や穂波達にも出来る事になる。
当然、鈴だけに何か特別な力が備わっている訳ではない。
それは鈴自身も自覚しているし、美桜にも分かっている事だった。
だから何故鈴が3人の化け物じみた合成魔人を倒す為の鍵になるのかが美桜には見当も付かなかった。
「大丈夫デス。別に私は鈴君に戦闘能力を求めている訳ではありマセン。私が鈴君に求めるのは、鈴君の身体に流れるウィルスの原液でデス」
「僕の身体に流れるウィルスの原液……?」
ますます話が分からなくなってきた鈴は首を傾げる以外にやる事が無く、説明を求めようと美桜に視線を向けるが美桜にも良く事情が分かっていないようだった。
「ミャオミャオはもう知っているかも知れマセンが、鈴君達ゾンビが生まれるきっかけとなったのはとある1種類のウィルスデス。名称は特に決まっていないみたいなのでコレを仮にゾンビウィルスとしマス。このゾンビウィルスに感染した者は自我と記憶を失い、本能のままに生きた人間を襲い始めるという創作物さながらのゾンビとなってしまいマス」
「そうね」
「このゾンビウィルスデスが……詳しい話は長くなり過ぎるので省略しマスが、感染した人間の遺伝子を大きく変異させる特性を持ち合わせていマス。どういう事かと言うと、鈴君や錬治さんは既に生物学上人間が本来属するべき《サル目ヒト科ヒト属》では無くなっているという事デス」
「……?」
「どういう事、だ?」
難しい話が得意では無い鈴と錬治はトリスタンの話について行けず、何となく自分達が既に人間では無いと言われたような感じしか掴めていない。
そんな2人を見て、もう少し分かりやすく話そうとトリスタンはそのまま話を続ける。
「数多くのゾンビをこの球場で研究している内に、ゾンビの持つDNAと生きた人間のDNAにはその本数に差異が発生している事が分かりマシタ。ソレはウィルスの影響で遺伝子が破壊されたとか、使用した機器の不具合で確認を間違えたとか、そんなレベルの話では無くDNAそのものが別種のモノへと置換されていると言っても良いモノデシタ」
「?」
「?」
トリスタンの話している内容が理解出来ない鈴と錬治はお互いの顔を見合わせて首を傾げる。
「人間の細胞の核には46本のDNAが存在していマス。これはどんな人間であれ変わる事がなく、その個体が生物として人間であるという事を定める絶対条件と言っても良いモノデス。デスが、普通の人間が持つDNAの本数が46本に対し、ゾンビとなった人達のDNAの本数はそれよりも20本も多い66本という結果が研究の末証明されたのデス。ゾンビである以上、恐らく鈴君と錬治さんも検査をすればソレが判明すると思いマス」
ますます何がなんだか分からなくなってきた2人に助け船を出したのは美桜だった。
「この2人にそんな事を言っても無駄よ。基本馬鹿なんだから」
「酷い。前言撤回を僕は求めるぞ」
「事実ですがグサっときますね……!」
2人を単純に馬鹿と切り捨てた美桜は、話を円滑に進めるべくトリスタンの話を簡潔にまとめ始める。
「私もあなた達の身体を詳しく調べた訳では無いから断定は出来ないけど、トリスタンの話が本当ならあなた達はもう人間では無く死還人という新しい種族に生まれ変わったって事。見た目はそのままに、生物学上はね」
「もっと分かりやすく」
今一つピンときていない鈴は更に簡素な説明を美桜に求める。
「RPGで例えるならNPCの村人が敵キャラの魔物になった感じよ。この場合は《腐った死体》とかかしら?」
「漢字表記でギリギリな表現だがなんとなくは理解した。でも、だとすると僕達死還人は結局何なんだ?今の話だとただ単純に死んで蘇った死体が死還人になるって訳じゃないんだろう?」
「死んで蘇っただけでDNAの本数が20本も増える事は絶対に有り得ないわ。……でもそうね。いっその事新種の生物を名乗れば良いんじゃ無い?それか地球外生命体でも名乗る?」
「何を馬鹿な事を」
美桜のあまりに適当なモノ言いに、鈴は若干呆れた様子で淡白な返事をする。
「言い得て妙かも知れマセンね。今のミャオミャオの表現は」
「ん?」
「ぅえ?」
しかし、軽く冗談混じりにやりとりをしていた2人だが、思いの外トリスタンが真剣な表情で今の会話を拾ってきたのであっけに取られて変な声を漏らしてしまう。
「元々このゾンビウィルスは地球由来のモノでは無いとケリーから聞きマシタ。何でも、神農製薬の院長がかつてロシアの研究所に勤めている際にその研究所の近辺に飛来した隕石のカケラから採取をしたウィルスを培養したモノがこのゾンビウィルスだと、そう聞いていマス」
「……そんな筈は無いわ。今世界中で流行している感染爆発の元となったウィルスは神農製薬の社員が総出で《死者の復活》という夢物語を目指した過程で生み出された失敗作のようなモノよ。初めからウィルスの元が存在していたなんて、聞いた事も無い。仮に存在していたとしたら、実際に私達が作り出した挙句封印したウィルスは何だったって話になるわ」
「……?」
鈴は以前にこのウィルスがどういう過程で生み出されたのかを聞いている。
その時の美桜の説明でもやはり《死者の復活》を目指している神農製薬がその秘薬の製作の過程で生まれた薬が今の感染爆発の引き金となった元凶であり、亡くなった親族を蘇らせる為に1人の研究員がソレを持ち出し親族に投与した事で最初の死還人が生まれ、そこから世界の崩壊が始まったと、そう聞いていた。
だから何故元々内部の事情に精通している美桜とトリスタンのウィルスに対する認識に差異があるのかが分からず混乱する。
「私はミャオミャオのようにこのウィルスを製作した当事者では無いので詳しい事は分かりマセン。デスが、ケリーはこう言っていマシタ。『このウィルスには2種類のモノが存在する。院長がロシアの隕石から持ち帰った根源のモノと、社長が命じてソレを元に人工的に改良を加えて量産を可能にしようとした劣化版のモノがある』と」
「……!」
トリスタンの言葉を聞いて、美桜の中で何かが繋がったような感覚が全身に迸る。
「だとしたらアレは……いやでもそうとしか……」
考えを巡らせ、これまでに見てきた事とトリスタンの話を照らし合わせる。
「……恐らくケリーがあなたに話した内容は本当の事よ。以前からおかしいとは思っていたのよ。私達3人が取り逃した研究員が持ち出したウィルスと、現在世界中で蔓延っているウィルスの感染力や効力はそれらにあまりの差があり過ぎるって。最初は感染を経ていくうちに変異が生じただけかと思ったけど、最初から2種類のウィルスが存在していたのだとしたらその差にも説明がつく」
そうして色々と考えた末、美桜自身が感染して死還人としては中途半端な存在に変えてしまったウィルスと、鈴や錬治達が感染したウィルスは全くの別物だとここでようやく確信する。
「……でも、だとしたら変じゃないか?全く別のウィルスが存在していたとして、片方は地球外から採取されたモノで片方はそれを模したモノなんだろう?」
「そう言う事になるわね。でもそれの何が変なのかしら?」
「だって美桜は僕達死還人の言葉を理解する事が出来るだろう?今の話の流れだと、死還人の特徴の1つである『死還人は死還人同士で特殊な意思疎通が可能である』に美桜は当てはまるにも関わらず、感染したウィルスは別のモノだと言っている。これはどういう事だ?」
色々と納得しかけていた所に口を挟んだのは鈴であり、まさか鈴からそんな指摘が入ると思っていなかった美桜は面を食らってしまう。
「驚いた。あなたそこまで頭が回るのね」
「馬鹿にしてる?」
「いや、別に馬鹿にしてる訳じゃないけどこういう考え事は鈴には向いてないって思ってたから少し驚いちゃって」
「やっぱり馬鹿にしてるな」
不服そうな鈴を横に置いておき、美桜は鈴の疑問に答え始める。
「とりあえず今の鈴の言い分は分かるけど、そこは多分そんなに変な事じゃないのよ。だってトリスタンも言っていたでしょう?うちの社長が院長が持ち帰ったウィルスを元に改良を加えて量産したって。だから、私が感染したウィルスにも多少は元になった地球外のウィルスが混ざっているのよ。だから死還人の言葉も分かるのだと思うわ」
「……あーなるほど。そう言う感じか」
美桜が感染したウィルスは地球外のウィルスを真似て作った別物だと勘違いしていた鈴は美桜の説明を受けて納得する。
「理解して貰えたかしら?まぁ、あくまでも推測の域を出ないのだけれどね。『あー』とか『うー』で意思の疎通が可能だなんてウィルスだけの影響とも断言出来ないし」
「まぁ、それもそうか」
「えぇ。今は難しく考えないでおきましょう」
とりあえずの会話に区切りがつくと、青ざめた表情のトリスタンが美桜を見つめていた。
そのあまりの異常な様子に美桜は心配になって声をかける。
「……トリスタン?大丈夫?あなた今、凄く顔色が悪いわよ?」
「え、いや……だって……うぇぇぇ?」
心配そうに声をかける美桜に対してトリスタンは素っ頓狂な声をあげて再度美桜を見つめる。
「何?私の身体に何か付いているかしら?」
美桜は着ている白衣に何か変なモノが付着していないか確認を始める。
煤や泥、血なんかはこの球場に来てからの戦闘で付着してしまっているが、それは全員がそうなので別におかしな事ではない。
では一体何がトリスタンの顔を青ざめさせているのか。
ソレを再度問う前に、トリスタンは今にも泣きそうな顔で美桜に訴える。
「ミャ……ミャオミャオ……!あなたゾンビになっているデスかぁ〜……!?」
「あぁ、そう言えば言ってなかったっけ。そうよ。と言っても院長製のウィルスじゃなくて社長製のウィルスだからそこまで普通の人と変わりはしないけどね?死還人というよりは半死還人だから安心して?」
「もっと早く言って下サイよ〜……!」
美桜が半死還人だという事実を今の今まで知らなかったトリスタンは遂にその目から大粒の涙を溢しながら美桜に抱きつき幼い子供さながらに泣き始める。
「あなたにだけは言っておくべきだったかしら?それにしても大袈裟ねぇ」
美桜は久野に連れられてトリスタン達3人に会う際に、自分が感染していると伝えると変な不安を与えるかも知れないと思い、自分が感染した事を隠していたのだが、こうまで自分の心配をしてくれて尚且つ手放しで信頼出来るトリスタンには話しておくべきだったかも知れないと今更ながらに思う。
「大袈裟じゃないデスぅ……!」
「全くもう……」
大粒の涙を溢しながら抱きつくトリスタンを美桜は愛おしそうに抱きしめ、頭と背中をぽんぽんと優しく撫でて子供をあやすように慰める。
そんな2人を鈴と錬治は自分達は声をかけるべきでは無いと悟り、2人に変わってトリスタンが落ち着くまで周囲の警戒をする事に努める事にした。