3段階の計画
水先とジェイクが戦い、久野が穂波に連れられてグラウンドに向かっていた頃、鈴・美桜・錬治・トリスタンの4人はケリーが居ると目星を付けていた《第2放送室》へ向かって走っていた。
その道すがら、トリスタンはずっと伝えなければならなかったのにタイミング逃して伝える事の出来なかった事を鈴達話治始める。
「走りながらで良いので聞いて下サイ。実は1つ、皆んなに話さなければいけない事があるのデス」
いつになく神妙な面持ちのトリスタンに違和感を感じた美桜は一度立ち止まって話を聞くよう鈴と錬治に促す。
4人は適当に空いているスペースに身を寄せ、周りを警戒しながらトリスタンの話を聞く体制を作る。
「……ありがとうございマス。話というのは、この球場に居る筈のもう1つの実験体の事デス」
トリスタンは落ち着いて話をする場を設けてくれた事に簡潔にお礼を述べ、話しを始める。
「実験体?久野さん達や外のTypeシリーズの事?」
「いえ。外のTypeシリーズ達とは全く別のモノです。私もブラン達と一緒に救出したフォスター・エイバンという仲間の男性から聞くまでその存在を知らなかったのデスが、どうやらケリーはTypeシリーズ以外にも更に極秘でとある研究を行っていたようなんデス」
更に極秘でとある研究を。
その言葉を聞いて鈴はまた厄介な事が起きそうだなと思ったが、口に出してもしょうがないので黙ってトリスタンの話を聞く。
「極秘の研究って、まさか《幻想上の生物の再現》?」
美桜はケリーが神農製薬時代にドラゴンやペガサスなど幻想上の生物を人為的に生み出す研究を行なっていた事を思い出す。
「それに類するモノデス。彼は幻想上の生物を再現する為の研究の傍ら、Typeシリーズの様に人体に改造を施して兵士を作り出す研究を行っていたのは皆んなも知る所だと思いマス。Type-Sの久野さんや、触手を持つ巨人のType-GFなどデスね」
もしかしてこの球場にはそんな獣が存在してるのでは無いかと推察したが、そうでは無いようだったので美桜はそのままトリスタンの話を聞く事にする。
「……そして、それらの生体兵器達を生み出す研究にはどうやら3段階に渡る計画の構想が練られていたようなのデス」
「3段階?」
「はい。1段階目は獣人化計画と呼ばれる、人体に多種族の特徴を持った部位を作成・移植して兵士とする研究デス。これは久野さんやジェイク・グレイド達6人のType-Sの被験者達がソレに該当しマス。その他のTypeシリーズはType-Sを完成させる為の生贄だと考えて貰えれば大丈夫デス」
まだ見ぬ残り4人のType-Sの存在に鈴達はいつ自分達の前に現れて牙を剥くかと身構えるが、その4人は既に全員が亡くなっている事をトリスタンを含め鈴達は知らない。
「次に、2段階目は合成魔人化計画と呼ばれる、1段階目で成果を上げた全ての部位を1人の人間に移植する事で1段階目の兵士のハイブリッドを生み出す計画デス。現状私が確認出来ているType-Sは《触手》《鎌》《毒針》《鱗》《角》《鋏》の6人のみで、技術的にも、手術の成功率的にも恐らくこの6人以外はType-Sとなる手術が成功した者は居ないと考えても大丈夫だと思いマス。なので、合成魔人化計画の被験者となった者はType-Sの6人が持つ全ての特徴を持ち合わせていると考えるのが妥当デス」
「うわぁ……」
《触手》の久野と《鎌》のジェイクの戦闘能力を目の当たりにした今、まだ見ぬ残り4人のType-Sも先の2人と同等かそれ以上の力を持つのは容易に考えられた。
なのでそれら全ての強さを1人に集約すればとんでも無い化け物が生まれているのは必然だと鈴は即座に悟る。
そんな敵を相手にまともに戦えるのかが不安になるが、考えても仕方がないので諦め混じりに嘆息の言葉だけを漏らす。
「あの、大丈夫デスか?鈴君?」
「放っておいても大丈夫よ」
今の話を聞いて具合の悪そうな表情をする鈴を見てトリスタンは鈴を心配するが、その心配は無用だと美桜が切り捨てる。
「どうせあんたの話を聞いてヤバそうな敵と遭遇しそうって考えてるだけだから。今はこんなだけど、やる時はやるかは好きに悩ませてなさい。鈴の事は良いからとりあえず話を続けて」
「……分かりマシタ。話を続けマス。そして3段階目は、1・2段階目の計画を経て得られたデータを元に、ケリー自身が被験体となる事で竜魔人となる竜魔人化計画と呼ばれるものデス」
「竜魔人化計画?あの子、一体何をしようとしているの?」
聞き慣れない言葉に美桜は怪訝そうな表情でトリスタンにそれが一体どんなモノなのかを聞き返す。
「詳しくは分かりマセン。私自身、そんな計画が裏で進行していたなんてエイバンから聞くまで知りませんでしたし、その実態がどんなモノなのかもハッキリとは分かっていマセン。ただ、一連の流れから推測するに彼は自分自身を最強の兵士とする事を目指しているのでは無いデショウか?」
「最強の兵士、ねぇ……」
ケリーの事をある程度知っている美桜としては、自分の身体を犠牲にしてまで改造を施すとは到底考えられなかった。
それが生物として強大な力を得るモノだとしても。
ケリーは子供特有の残酷で無慈悲で純粋な心を持ったまま歪な成長を遂げた狂気の科学者だ。
年齢に沿った幼さはあれど、自身を犠牲にするくらいならまず適当な人間を犠牲にすると言われた方がまだ納得はいった。
それ故に美桜にはケリーの意図が全く分からないでいた。
「最も、エイバンの話では竜魔人化計画は未だ構想の段階で実用には至っていないそうデス。なので、今警戒すべきは合成魔人化計画によって生み出された人達デス」
「待て。と言う事はまだ他にこの球場には敵が居るって事か?それも久野達Type-Sよりも強い連中が」
「……はい。そうなりマス」
ここで声を上げたのは錬治だった。
「……ったく一難去ったと思えばまた一難か。そいつらはどんな奴らなんだ?」
「先も言った通り、合成魔人化計画によって生み出された兵士は久野さん達Type-Sが持つ他の生物の特徴のほぼ全てを持ち合わせています。《触手》《鎌》《毒針》《鱗》《角》《鋏》の6つデスね」
「久野の触手とジェイクって奴の鎌。それに加えて後4種類か。……そう言えばその残り4人のType-Sの連中はどこに行ったんだ?」
錬治はずっと気になっていた残りのType-Sの被験者達の動向をトリスタンに尋ねる。
「分りマセン。随分と前にケリーの指示でジェイク以外の4人はヘリに乗ってどこかへ移送されマシタから。Type-Sとしては完成していたのでどこかの戦場で戦っているのかも知れマセンし、今も何かしらの研究に付き合わされているのかも知れマセン。……少なくとも、今この球場には居ないと思いマス」
「そうか。それを聞いて少し安心したよ」
当面はジェイク以外のType-Sの脅威に怯える必要が無いと分かり、錬治は安堵する。
「それで?結局その合成魔人化された人達ってのはどんな奴らなの?せめて容姿だけでも分からないかしら?」
「私も直接見た訳では無いのでハッキリとは分りませんが、エイバン曰く小学生位の子供だそうです。男の子が2人に女の子が1人。もし、その話が本当なら見た目ですぐに分かると思いマス」
「子供にまで手を掛けているの!?アイツは!」
幼い子供がケリーの実験体になっている事を知り、美桜は激昂し声を荒げる。
いつになく荒ぶる美桜の様子にトリスタンは思わず怯んでしまうが、そんな事はお構いなしにと美桜は言葉を続ける。
「どこまで行ってもあの子はクズね。クズの極みよ。
ただの人体実験に飽き足らず、幼い子供達にまで手を掛けるなんて人の所業じゃないわ。……いいわ。皆、早く行きましょう。あの子だけは生かしておいてもロクな事は無い。さっさと殺してやるのが世の為よ」
そう言う美桜の目は据わっており、ケリーに対する明確な殺意が見て取れた。
「待って下さい!話はまだ終わってはいません!美桜の気持ちは分かりますが、合成魔人化の手術を受けた子供達は最早普通の人間とはかけ離れた存在となっているそうなんデス!」
しかし今すぐにでもこの場を発ってケリーの命を狙いに行く美桜を、トリスタンはその右腕を掴んで必死になって留める。
「どう言う事?」
「久野さん達のような獣人化計画の被験者は、適合した別種の生物の特徴を引き継いだ部位と遺伝子がその身に組み込まれていマス。その為、本来普通の人間が出せる限界以上の力を出す事が可能になったのは皆んなも知っている事だと思いマス」
「そうね」
「とは言えあくまでもその身に他種族の部位と遺伝子が組み込まれただけなので、姿形は多少変われどベースとなっている人間の特徴自体はそこまで変わりはありマセン。刃物や弾丸で傷つけられれば血は出るし、毒物なんかも普通に効いてしまいマス。有り体に言ってしまえば、久野さん達Type-Sは殺せば死にます。でも、合成魔人となった3人の子供達は違いマス」
美桜達は以前に久野と戦った事があるので久野が普通の人間と同じように傷つき、疲れ、弱る事を知っている。
けれどもそれは生物であれば例外なく共通する事なので別段驚く事では無かった。
しかし、トリスタンの言いぶりだと3人の子供達はまるで傷つく事の無い無敵の存在だと言う事を匂わせる。
一体どう言う事なのかと、美桜はトリスタンに尋ねる。
「詳しく説明して貰えるかしら?」
「合成魔人となった3人の子供達は、その身に宿した6つの多種族の遺伝子が変異を起こして普通の人間ではありえないような再生力をもたらしたそうなのデス。刃で切っても、弾丸で貫いても、毒物で犯しても即座に回復してしまうような再生力を。ある意味、不死の力を3人の子供達は有しているという事になりマス」
「はっ……ははっ。馬鹿馬鹿しい。そんな漫画やアニメみたいな事が実際に起こるモノか?何かの間違いじゃないか?」
そう言う錬治の声は多少震えており、その言葉が嘘であって欲しいと願っているようにも聴こえた。
「こんな緊急時にエイバンは無用な嘘を吐くとは思えマセン。十中八九、事実だと思いマス」
「……!」
しかし、そんな錬治の願いも虚しくあっさりとソレが事実であると念を押されてしまう。
「……私もにわかには信じ難いけど、あなたが嘘を吐くとも言えないからその言葉を信じる事にするわ。でも、だとしたらそんな子達をどうやって無力化するのよ?切っても撃っても駄目なら手の施しようが無いじゃない。まさか、その子達に極力出くわさないように動いて会敵したら逃げ出すべきとか言わないわよね?」
「それも1つの手ですが、有効な手段が無い訳ではありマセン」
「RPG-7のような強力な武器はもう無いわよ?爆弾なんかも持ってきてはいないし」
「いえ。武器に頼る必要はありマセン。何せ、合成魔人の3人を無力化する鍵を握っているのは他ならぬ鈴君なのデスから」
「僕?」
完全に蚊帳の外だと思っていた自分に突然白羽の矢が立った鈴は、一体何の事かさっぱり分からないと言った様子でトリスタンを見つめ返した。