守りたいモノの為に死ねと言う勇気
「ケリー……!」
「あっ……!」
突如場内のスピーカーから発せられた幼さを感じる男性の声に美桜とトリスタンが反応する。
ふいなケリーの呼び掛けにトリスタンは困惑してしまい、その場で固まってしまうが美桜は憎らし気にスコアボード下の部屋を睨めつけ、ケリーと会話を始める。
『やぁ天袮さん。ご機嫌麗しゅう……とは言えないみたいだね。そんなに眉間に皺を寄せてちゃ、折角の美人面が台無しだよ?』
「あんたに容姿を褒められた所で嬉しくも何ともないわね」
『そう?こんな世界になったんだ。そろそろ1人や2人、男を囲いたくなるんじゃないかい?』
「どうかしら。まぁ、仮にそうだとしても15歳のガキを相手にするつもりは毛頭ないわね」
『それについては同意見だ。僕も一回り近く歳の離れたオバサン相手に興奮する程飢えてないんでね。天袮さんと気が合うようで嬉しいよ』
「あらそう?てっきりあんたは未だに子供心を抱えるお子様かと思ってたから残念。甘えてくるならあんたのその荒んだ心を癒やしてあげようと思っていたのに。本当に残念」
『気持ち悪いなぁ!オバサンに甘える位ならその辺のゾンビに甘えた方がマシかなぁ?』
「ほざきなさい餓鬼が」
『言ってろ年増』
初手から始まった美桜とケリーの口論に3人に口を挟む余地がある訳も無く、黙って周囲の警戒に努めながら成り行きを見守る。
『……くだらない話はさておき、感動の再会を果たした所で、お前には聞かなければならない事がある。当然ながら拒否権は無い。変に逆らったり妙な真似をすれば即座に捕らえて僕の実験台になって貰う。いいね?』
ケリーがそう言うと、待機していたTypeシリーズが一歩鈴達に向かって前進し、これは脅しでは無いぞと圧を掛ける。
美桜もケリーの言葉が嘘では無いと悟ったので、鈴達3人に余計な真似はしないよう釘を刺す。
『僕の言葉を間に受けてくれて何よりだ。……それで本題だが、僕はお前の持つ《移植によって拒絶反応を無くす方法》の技術と知識が欲しい。かつて、お前はその技術と知識をまとめたデータを神農製薬の機密処理室に保管していたらしいが、日本がゾンビという災厄に見舞われ、インフラが遮断された今電子化されたデータを得るには酷く手間がかかる。だからその技術の第一人者であるお前に技術と知識の開示をして貰いたい』
「……あんなもの、今更どうするつもりよ?」
『それに答える義理は無い。お前はただ黙って情報の開示さえすれば良い』
「断ったら?」
『この状況で断れるとでも?』
場内のスピーカーからヒィィィンという金属が擦れ合わさるような音がすると、再び待機していたTypeシリーズが鈴達に向かって一歩前に前進する。
それを見た鈴達は美桜の会話が続く限りは襲われないとは言え、いつそれが終わるか分からないので引き続き臨戦態勢のままTypeシリーズに向き直る。
『勘違いして貰っては困るから一応言っておく。今、この場を支配しているのは僕で、そこに侵入してきたお前達は狩られるのを待つだけの哀れな羊だ。生かすも殺すも僕の自由。ただ、天袮だけは聞かなければならない事があるからすぐには殺さない。それに伴って、天袮にくっついて来たその他の連中も今は殺さない。そいつらを殺して天袮の機嫌を損ねると素直に情報を開示してくれそうに無いからね。まぁ最悪その他は半殺しにして、天袮の四肢を切断して無理矢理従わせるって手もあるからどうにもでも出来るんだけど。だから今の君達は僕の気まぐれと恩情で無事を保てているって事を理解して欲しい』
「……本っ当、良い性格をしてるわよあんた」
ケリーの狂気じみた言葉に美桜は思わず顔を顰めてしまう。
鈴・錬治・トリスタンの3人も難色を示す。
『それは褒め言葉として受け取っておくよ。それで、どうするの?素直に情報を開示するか、あくまでも僕に抗うか。僕が欲しい情報を得るという最終的な結果は変わらないから楽な道を選ぶのをオススメするけど?』
「ここで無様に命乞いをして私の持ちうる全ての情報をあんたにくれてやるのが1番無難なのでしょうね」
『あぁその通りだ。だから大人しく……』
「でも残念。あんたの思い通りにさせてやるもんですか。これは私のお祖父様から受け継いだ大切なモノよ。傷つき、病に倒れた善良な患者を癒す為の技術。それを、あんたみたいな外道に渡してやる程わたしはお人好しじゃないのよ!」
美桜は強い口調でそう言い放ち、手に持っていた拳銃を構え、すぐ後ろに控えている鈴達に謝罪を始める。
「……ごめんなさい。私が素直にあの子の言う通りにしておけば全員が生き残れる道もあるのかも知れないけど、どうしてもあの子の言う通りには出来ない。コレだけは、私が何としてでも守り抜かなきゃいけないモノなの。だから……」
私と一緒に死んで。
そう、言いたかったのに美桜には言えなかった。
震える口と乾いた喉から出るのは荒い呼吸だけで、その先の言葉を紡ぐ事が出来なかった。
気丈に振る舞ってはいるが、すぐ目の前に死が迫っているのは疑いようの無い事実だ。
そしてその死を回避する術を持っていながら、そうしないのは美桜のエゴであり、その結果間接的に美桜が鈴達を死に追いやるという事でもある。
それが美桜にとっては耐え難く、申し訳なさで一杯だった。
「だから、私と一緒に戦って生き延びましょう、だろ?変な事を考えるなよ?美桜が居なけりゃどっちにしろ僕の命は長く無い。錬治だってそうだ。トリスタンや久野は知らないが、2人も美桜が居ないときっと駄目だ。だからやるだけやってみよう。案外なんとかなるかも知れない。僕達は仲間だろう?」
だが、そんな美桜の不安を吹き飛ばすようにして言葉をかけたのは鈴だった。
普段のダレて面倒臭そうな鈴とは違い、どこかしっかりとした様子で美桜の右肩に手を置いて励ます。
「鈴の言う通りですよ。俺達の身体のメンテナンスをしてくれる美桜さんが居なければ俺達はきっとまともに活動も出来やしない。何より、ほんの数分前に死ぬ覚悟をしたばかりです。今更何を恐れる事がありましょうか!」
そんな鈴を見て錬治も負けてられないとばかりに自分を鼓舞し、鈴に習って美桜の左肩に手を置く。
「まだまだやらなきゃいけない事が沢山ありマスからね。こんな所で死んでやる訳には行かないデス。それに、美桜と一緒なら何でも出来そうな気がしマスから!」
トリスタンもそう言いながら無邪気な様子で美桜の背中から抱き付く。
『はぁ……嫌になるね本当。これだから馬鹿は嫌いだよ。大人しく僕の指示に従っておけば苦しまずに済むのにさ。仲間とか、絆とか、愛とか、本っ当馬鹿馬鹿しい。虫唾が走るよ』
「それはあんたが誰も信じていないからでしょう?」
『何?』
ケリーのうんざりとしたような言葉に、これまで地面に伏して体力の回復を待っていた久野が反論する。
「あんたの周りには生きた人間なんか誰も居なかった。居るのは死んでゾンビになった奴か、私達みたいに自ら実験台になりに来た子供達だけ。あんたがどこからか連れて来た研究者達も、力に物を言わせて行動を縛らなきゃ逃げ出す程。この球場に居た人間の誰もがあんたを信じちゃいなかったし、あんたも誰も信じてはいなかった。だから、羨ましいんでしょう?死を目前にして尚、美桜さんに寄り添う彼らの姿が」
『……死に損ないが分かったような口を』
「美桜さんはあんたみたいに冷酷で非道な奴とは違うの。復讐に駆られた私の心でさえ溶かしてくれるだけの優しくて温かい心を持っている。だから私は美桜さんが共に戦えと言うのなら戦うし、死ねと言われれば死ぬつもり」
久野はそう言って、自身の触手を鈴・錬治・トリスタンの手に重ねるように優しくそっと添えて残った2本の触手を美桜を守るように腰へ巻きつける。
「あんたがここの球場の支配者だかなんだか知らないけど、やれるものならやってみなさい。こんな雑魚共、私が1人で殲滅してやるわ」
『……分かった。もういい。充分だ。糞みたいな茶番劇はもう終わらせよう』
ケリーはもうどうなっても良いと言った感じで投げやりにそう吐き捨てると、球場のスピーカーから今度はTVの砂嵐のようなザーっとした音が微かに流れ始め、待機していたTypeシリーズがゆっくりと前進を始める。
「皆んなの覚悟、受け取ったわ。何が何でも生き残るわよ!」
「おう!」
「勿論です」
「やりマスよ!」
「掛かって来なさい雑魚共」
『やれるものならやってみろ!お前ら全員に地獄を見せてやる!』
ケリーの絶叫と共に、スピーカーから流れる音が大きくなり、それに合わせるようにしてTypeシリーズの動きが早くなる。
『兵士共!茶髪混じりの黒髪の女だけを生きたまま連れて来い!残りは殺せ!』
ケリーが今か今かと待ち受けていたTypeシリーズ達に美桜の捕獲と鈴達4人の殺害命令を出すと、それらは一切に鈴達に向かって走り出してケリーの命令の遂行を始める。
「……来るわよ!構えて!」
凡そ勝ち目の無い大群を相手に美桜は臆する事なく武器を構え、鈴達もまた一切の悲観を感じさせずそれぞれの持つ武器を構える。
そうしてTypeシリーズが鈴達の下へと辿り着くまでに残り数mという所で異変は起こった。
「総員放て!目標は人外の化け物共だ!」
聞き覚えのある男性の掛け声と共に、無数の発砲音が球場に鳴り響いたのだ。
『なんだお前達は!?一体どこから!?』
放たれた弾丸は鈴達のすぐ目の前まで来ていたType-MとType-G達の急所を正確に撃ち抜き、確実に仕留める事に成功していた。
「第二射放て!」
続く2度目の発砲でも多くのType-MとType-Gを屠る事に成功し、鈴達の前から一先ずの敵が居なくなった。
「何が起こって……?」
ケリーにとっては予期していなかった事態で、美桜にも何が起きているのか分からず混乱する。
なので美桜は状況を把握する為に声のする方向を探し求める。
「紅牙!蒼牙!好きなだけ暴れると良い!日々のストレスをここで発散してやれ!」
「おう!」
「よし来た!」
そして紅牙と蒼牙と呼ばれた男性2人が観客席からグラウンドへと飛び降りると、凡そ人間が扱うべきでは無い巨大なサイズの戦斧をぶんぶんと振り回しながらケリーの合図と共に暴れ始めたTypeシリーズの群れへと突っ込んで行く。
2人の扱う戦斧の威力は凄まじいモノで、近づく全ての敵を一振りで両断して行く。
2人のその余りに凄まじい武威に目を奪われそうになるが、美桜は何とか声の主がどこに居るのかを見つける事が出来、その姿を見て驚愕する。
「あれは……!」
「他の者達は引き続き安全な場所から敵を撃ち続けろ!弾が切れたら武器を放棄し、退避する事!」
もう何日も前に行動を別とした水先がそこに居たからだ。