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ゾンニート  作者: 竜獅子
第2章 神農製薬
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東と花木⓺

次回から本編に戻ります。

「あの時3班に分かれてそれぞれの持ち場所まで移動を開始した後、しばらく進んでいると1人の少女に遭遇したんだ。

 その少女はゾンビではなく、かと言って生きた人間とも言い難い不思議な存在だった」


「不思議な存在、ですか?」


「あぁ。少女を見ても食人衝動が起こらない事から生きた人間ではないという事は分かったのだが、どこをどう見てもゾンビのようには見えなかった。私は最初、少女の存在が酷く曖昧なモノに思えて仕方が無かったんだ」


「曖昧なモノ……」


「少女は真っ白な病衣を着ていて、裸足でおぼつかない足取りでフラフラと歩いていた。そんな人を見つけて放っておける訳もないから、私は少女に近づいて声を掛けたんだ。大丈夫かい?って」


「それで、どうなったんですか?」


「少女は酷く怯えた様子で私にこう言ったんだ。

『コレをジェイクという名の男の子に渡して欲しい』

 と」


 そう言って水先は懐から白い封筒に入った手紙と、先程錆色之肉塊(スライム)の蒸発跡から拾った物と同じ銀色のドッグタグを東達に見せた。

 ドッグタグには【MAKI FUJISAKI】と先程のドッグタグと同じように名前だけが刻まれていた。



「マキフジサキ……フジサキマキって読むのが普通ですよね?ならその少女は日本人って事ですか?」


「恐らくは。でももうそれを確かめる術はない」


「どう言う事でしょうか?」


「その少女はもうこの世には居ない。私達が殺したからだ」



 水先の言葉に東達は驚愕する。

 東達の知る水先とは、無闇やたらに人を殺すような狂人ではないし、どんな事情があるにせよ敵意を見せない相手には慈しみを持って接する人だったから。

 それが例え生きた人間であったとしても、武器を構えず対話を望む人なら絶対に手出しはしないし誰もさせない。

 そんな人柄であると知っていたから、たった1人の少女を殺したと言った水先の言葉が東達には信じられないでいた。



「誤解しないで欲しい。何も無抵抗の少女をこの手にかけた訳じゃない。私としても出来る事なら助けたかった。ただ、それが不可能だっただけなんだ」



 聡明であらゆる事柄に対応力のある水先は基本的にはどんな無茶でもやり通す力がある。

 そんな水先が不可能だったと断言した以上、何か余程の事があったのだろうと東達は考える。



「少女は私達と出会った時点で酷く衰弱していた。手足は傷だらけで、意識も辛うじて保っているような状態だった。すぐに手当をしなければ危険だというのは見るだけで分かった。けれども、少女にそんな手当をする暇も無く、少女はあの化け物へと変貌してしまった」


「あの化け物、とはもしかして……?」



 東達の背に嫌な汗が流れる。



「東君が錆色之肉塊スライムと名付けたソレにその少女は変貌したのだ。聞くに耐えない悲鳴を上げながら、醜く巨大な肉塊へ急速に膨らんでいき、先程山﨑兄弟が倒したモノと寸分違わぬ容姿にな」



 水先の言葉を聞き、1人が嗚咽し1人が吐き出した。

 死還人ゾンビとなって尚もそんな反応を示す者が居る事に水先は幾分の興味を感じたが、流石にソレは不謹慎だろうと誰にも気取られないよう真顔で話を続ける。



「少女から錆色之肉塊スライムへと変貌したソレは最早私達の言葉を理解するだけの知性は無く、ただ闇雲に近づく者を襲う化け物に成り下がってしまった。もしかしたら、化け物に変貌した直後であれば何か少女を元に戻す方法があったのかも知れないし、無かったかも知れない。それは今となってはもう分からない。だが、少なくともあの時の私達に赤の他人の身を案じる余裕は無かった。だから、私達に迫り来る死の脅威に対抗するべく、化け物を……少女を殺した。その少女もまた、死ぬと溶けて蒸発してしまったよ」



 水先の言葉の後、しばらくの沈黙が流れた。

 何をどう言えば良いのかその場に居た全員が分かりかねていたが、何も言わない訳にはいくまいと東は己が疑問に思った事をいくつか水先に尋ねる。



「やむを得ない事情があってその少女を殺したのだと言う事は分かりました。その場に居たのが俺達であっても、きっと身を守る為に同じような決断を下していたと思います」


「そう言って貰えると助かるよ」


「ただ、水先さんに聞いてみたいのですが、あの化け物は一体どういう存在だとお考えですか?俺達もいずれはあのような化け物になると結論が出ているのですか?」



 東が水先に尋ねた事は皆が気になっていた事だった。

 もし、普通の人間が突然あのような醜い化け物変貌するのだとしたら、それは他でもないゾンビとなってしまった自分達こそその可能性が高いのではないかと思ってしまったからだ。

 だが、そんな皆の不安を消しとばすようにして水先は自信を持ってこう答えた。



「いや、その可能性は限りなく低いとは思う。ある特定の人物が東君の言う錆色之肉塊スライムに変貌する可能性は高いとは思うが、私達に限ってはそのような事はない筈だ」


「何か根拠があるのですか?」


「その少女からドッグタグと一緒に受け取ったこの手紙がその根拠だ。読んで見るといい」


「……?」



 水先に渡された白い封筒から一枚の手紙を取り出し、その内容を皆が把握出来るよう花木が読み上げる。



 ……まずはごめんなさい。あなたの忠告を無視してあの男に付いて行った事を先に謝っておく。

 あなたの言っていた事は嘘では無かった。

 ……いいえ。真実を語っているというのは他でもない私が1番よく知っていた筈なのに、あなたの言葉を無視してしまった。

 何故、あの時あんな選択をしてしまったのかは今でも分からない。

 あなたの言葉を真摯に受け止めてさえいれば、こんな事にはならなかったのかも知れない。

 鷹斗たかとも、天空スカイも、白羽しろはも、そして私も皆あの男の実験の犠牲となってしまった。

 私に残された時間はきっともう少ない。

 皆と同じように、私もいずれ意志の無い怪物に成り果ててしまう。

 だから、私が私で無くなる前にこの手紙を残しておく。

 万が一にも誰かが私を見つけてくれて、これをあなたの元に届けてくれる奇跡を信じて。

 だからどうか……お願い。もし、この手紙があなたの元に届いたのなら、私達を作り出した連中に従うのは止めてあなたの……あなただけの命を想って生き抜いて欲しい。

 死に行く運命にある私達に代わって、この世界を生き抜いて欲しい。

 ……最後に一目だけでもあなたに会いたかったな。

 さようなら。ジェイク。


 藤崎真希



 花木が手紙の内容を読み終わると、その目には何故か涙がうっすらと浮かんでいた。



「……大丈夫か?」


「だって……この手紙……これ……!」



 そう言って文字が書かれた面を東に見せると、涙と血で汚れたであろう跡がいくつも残っているのが確認出来た。

 1つ2つではない。それこそ、文章そのものが読めかねなくなる程に汚れていた。

 どれだけ辛い思いをしながら書いたのだろうか。

 どれだけ微かな奇跡に託して書いたのだろうか。

 藤崎真希という少女がこの手紙に込めた想いを知るには、手紙に残された跡を見るだけで充分だった。

 何よりも、自分に関係ない者などどうなってもいいと切り捨てた花木が手紙に残された想いに共感しているのがその証拠だと言えた。



「皆にも理解して貰えたと思う。どうやら今の日本には生きた人間に非道な実験を行い、あんな醜い化け物を生み出そうした愚か者がいるという事を。……だから少なくとも、そんな実験に関与していない私達があんな化け物になる事はない。それは断言しよう」



 自らが信じ、付いて行くと決めた水先がそう言った事で幾分の不安が消えて少しばかりの笑顔が皆に戻っていた。



一先ひとまず目先の脅威が無くなったのは安心しました。それでこの後は俺達は一体どうすればいいんですか?見た所水先さんの率いる第1班と、池森さんの率いる第2班のメンバーの姿がないみたいですが」



 現在ここに居るのは東達第3班の20人と、水先・紅牙・蒼牙・穂波の4人の計24人だけだった。

 総勢60人から構成される水先グループには後36人が足りなかった。



「現在私達以外の第1班は第2班と合流し、特定の場所で待機するよう指示を出した。本来なら私達も同行する予定だったのだが、道中あの化け物の凄まじい咆哮が聞こえたのでね。もしかしたら君達が襲われている可能性も考えられたから最低限の人数だけ連れて残りは先に行って貰ったって訳さ」


「それで……いや、本当に助かりました」



 何故水先が自分達の危機にタイミング良く現れてくれたのかが合点がいき、納得する。



「いいんだよ。藤崎真希という前例と戦っていたお陰で何をどう対処すれば良いのかはある程度分かっていたし、あの動けなくなる程の咆哮の対策として耳栓も用意出来ていたからね。何より君達の無事を確保出来て良かった。だからもう礼を言う必要はない」


「……はい!」


「さて、それでこれからの予定だが、一度第1・第2班と合流してどこかで落ち着ける場所を見つけて態勢を整えたいと思う。幸い、東君達が武器を手に入れてくれたお陰で戦力の増強を行う事が出来る。その先の事は皆が揃ってから考えても遅くはないだろう」



 水先の考えは至極真っ当で理に敵っていると言えた。

 現状を考えると無闇に動くのは下策であるし、特に目的が無いのなら万全の準備を整えるのが最善だと言う事は当たり前の事だった。

 けれども東には言わなければいけない事があった。

 それこそが、東が水先の元へと急ぐ理由でもあったのだから。



「あの、水先さん。少し俺の話を聞いて貰えないでしょうか?」


「なんだろうか?」



 東は鈴達と久野に出会った時の事を話した。

 数時間前の戦いや、鈴達が何を目的に大和ドームへ向かい、久野がどういった人物であるのかを。

 東の話を聞いて水先はしばらく俯いて思考にふける。


 東としては一刻も早く鈴達と合流したいと考えていた。

 久野という少女の存在と、先程の水先の話が合致したように思えてならなかったから。

 もし、東の予想が正しければ大和ドームには今回の騒動の元凶とも言える人物が居る事になる。

 そんな奴を野放しにしておけば後々自分達にも被害が出る。

 ならば、そうなる前に鈴達という協力者が居る今共闘して未来の災厄の芽を摘んでおこうと、そう考えたから。

 だが、そんな東の考えとは反対の結論を水先は出した。



「言いたい事は分かった。だが、それは現在私達が関与するべき事柄ではない」


「何故です!?十中八九先程の話と繋がりのある人物達でしょう!?」


「だろうな。私もそう思う。でも、だからこそだ」


「!?」


「東君の聞いた話が本当なら、現在大和ドームにはかなりの敵対戦力が居る事になる。それも尋常ならざる改造を施された者達がだ。そんな所に無謀にも突っ込む理由がどこにある?そこに攻め入る事で何か私達が得るモノはあるのか?」


「それは……」



 水先の問いに、東は答えられないでいた。

 得るモノが何かあるのかと問われたら、分からないとしか言いようがなかったから。



「天祢さんや藤堂君がそこに向かったのは分かった。だが、彼らは私達の仲間ではない。臨時に行動を共にしていただけの間柄だ。彼らの経験や知識は惜しいモノがあるが、だからと言って私の仲間を危険に晒す訳にはいかない。その久野という少女によればかなりの危険が伴う場所なんだろう?今の大和ドームは」


「そう、聞いています」


「ならば私は仲間の身の安全を優先する。それが私の役目でもあるからな。東君の気持ちは理解したが、仲間の命と天祢さん達3人の命ではどう考えても仲間の命の方が重い。君にも思う所はあるだろうが、今回は縁が無かったのだと諦めてくれ」



 そうきっぱりと切り捨てた水先の言葉には、絶対に譲らないという固い意志を感じられた。

 東は自分達の身の安全を第一に考えてくれる事を酷く嬉しく思ったが、同時に鈴達の力にもなってやりたいという気持ちが入り混じり東の心境は複雑だった。



「さぁ皆!数十分休んだら移動を始めるぞ!未だ恐慌状態にある者を複数人でフォローし、手の空いている者は移動の準備を整えろ!」



 これ以上は話す事はないと判断した水先は気持ちを切り替えて次の指示をその場に居る全員に出す。

 その様子に最早取りつく島はないと考え、東もこれ以上の説得は諦める事にした。




「……しょうがない、か。俺1人の気持ちで皆んなを危険に晒す訳にはいかないし、俺1人がアイツらの所に行っても何の力にもなれない。……すまない」


「いいの?本当に?」



 誰に聞かせる訳でもなく、ぼそっと呟いたつもりだった独り言はしっかりと花木に聞き取られていたようで、東の顔を覗き込むようにして問い掛ける。



「力になりたいんでしょう?あの人達の」


「……まぁな。でも、それは俺1人じゃ駄目だ。花木が一緒でも駄目だ。水先さんの力が必要なんだ」


「なら、説得してみなよ。水先さんを」


「さっきの話を聞いていなかったのか?駄目だったんだよ。もう手は無い」


「本当に?私はそうは思わない。だって、水先さん言ってたじゃない。『そこに攻め入る事で何か私達が得るモノはあるのか』って。なら私達の命を危険に晒すにだけに値する何かを提示出来れば水先さんも協力してくれるって事でしょ?」


「それは……」



 東にとって花木の考え方は盲点だった。

 自分の命だけではなく、仲間の命も一緒に賭けるなんて事は東には最初から選択肢に無かったから。

 そして、そんな事をしても良いと思ってすらいなかったから。



「そりゃあ私だって怖いのは嫌だし死ぬのは嫌だよ?でも、触手之巨人ギガンテス錆色之肉塊スライムみたいな化け物が他にも居るのなら、襲われる前に殲滅した方が私達の生存率も上がるってものじゃない?未来に生き延びる為に今この身を危険に晒すのは決して愚策とは言えないと思うんだ」



 目から鱗とはこの事かと東は思った。

 自分が抱いていた価値観が崩れ去るような音がして、それと同時にこれまで自分に無かった考え方がふつふつと湧き上がって来るのを東は感じていた。



「……そうか、そうだな。そうだよな。ありがとう花木!」


「痛っ!……くは無いけどその表情を見る限り吹っ切れたみたいだね」



 バン!と音がするような勢いで花木の肩を叩くと満面の笑みで話を続ける。



「あぁ!時間はかかるかも知れないが、絶対に水先さんを説得して見せる!花木も協力してくれるな?」


「嫌だって言っても、無理矢理協力させるんでしょ?……全く。まぁ焚き付けたの私だからね。いいよ。協力してあげる」


「いよっしそうこなくちゃな!それじゃ手持ちの情報を一度精査して何か説得に使えるモノがないか探してみよう!」


「うわぁ……面倒臭そう……やっぱり止めていい?」


「駄目だ。さぁこっちに来て一緒に考えるぞ!」


「やる気が凄いよ……!誰か助けてぇ……!」




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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です ありゃ、鱗の時点でうん?と思いましたが、あれはType-Sの成れの果てですか ということは久野も時限爆弾抱えてるってことになるのか、それとも適性の問題なのか……なかなか先が…
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