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ゾンニート  作者: 竜獅子
第2章 神農製薬
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東と花木⓶

「……まずいな。全員今の場所を動かないでくれ」



 東達がショッピングモールを離れてから約1時間。

 水先達の元へ帰るべく徒歩で地道に歩みを進めて今は市街地の中にいたが、不意に東が全員に今の場所を動かないよう指示を出す。

 何事かと思って東のすぐ後ろに居た花木は東の視線の先にあるモノを凝視する。

 そして、それを見て何故東が移動を止めたのかを理解した。



「この辺、人っ子1人居ないのかと思ったけどそう言う訳じゃなかったんだね。成人っぽい男性が2人に、成人っぽい女性が1人と中学生位の男の子が1人。見える範囲には4人の人間が居るみたいだけど、どうするの?逃げる?やり過ごす?回り道をする?」


「そうだな。逃げるのは違うし、周り道をするのは時間が勿体ない。俺としてはどうにかしてやり過ごしたい所だが、見える範囲に居る4人以外にも人間が居るとなると少々厄介だからな。どうするべきか……」



 現在の時刻は昼の13時を過ぎており、空には雲1つない快晴の為に地上は太陽に照らされてとても明るく視界は良好。

 死還人ゾンビの人間の限界を越えた視力を持ってすれば数百m先に居る人間の判別など造作もない事。

 当然聴力も限界を越えているのでどこでどんな物音や話声がしているのかをかなりの範囲をカバーして聴き取る事が出来る。

 が、夜に比べて昼間は少し騒がしくなるので聴力だけでは誰がどこに潜んでいるのかまでは分からない。

 今が夜なら見えている範囲の4人以外にも近くに他に人間が居るかどうかくらいは分かったのだろうが、それが分からないので東はどうやり過ごすべきか悩んでいた。



「悪いが一度全員集まってくれ。……よし。んじゃちょっと皆んなに聞かせて貰いたいんだがよ、この中に生きた人間を見ると食べたくなるって衝動を抑える事が難しいって人はどれくらい居る?」



 東の問いに対し、18人が手を挙げる。東と花木を除く全員が食人衝動を抑える事が難しいようだ。



「18人、か。分かった。ありがとう。少し考えるからこのままあいつらに見つからないよう物陰に隠れて待機していてくれ」 



 東が生きた人間をどうやり過ごすのかを悩み、食人衝動がある人がどれくらい居るのかを聞いたのには理由がある。

 まず、水先の指導の元に集まった死還人ゾンビは水先本人や東や花木を含め60人全員が死還人ゾンビとなって尚も自我と記憶を維持する事に成功した者達である。

 何故自我と記憶を維持したままで居られるのかは以前に美桜が解明した通り、誰かや何かに対して憎悪や未練など強い感情を抱いたまま死還人ゾンビになる事で自我や記憶を維持する事が出来るからである。

 しかし、自我や記憶を維持する事が出来ても、死還人ゾンビの本能とも言える食人衝動が消える訳ではない。

 死還人ゾンビとなってしまった以上、人を食べたいという衝動から逃れる事は困難を極めるし、我慢をする事も難しい。

 鈴が当然のように食人衝動を抑え込んでいるから勘違いされそうになるが、どんな死還人ゾンビでも基本的には生きた人間を食べたくなるし、襲いたくなる。

 半死還人ハーフである美桜でさえ食人衝動はあるし、錬治も表に出さないだけでギリギリの所で耐えている。

 勿論東と花木も例外ではなく、目視で人間の姿を確認した時点で食人衝動が発生はしたが、人間を襲って食べたくないという理性と感情で抑え込む事に成功している為に通常通りに動く事が出来ている。

 これがもし、後ろに控えている18人が東よりも先に生きた人間を見つけていたら真っ先に襲いかかっていた事は間違いない。

 本来ならばそうやって本能に従うのが1番無難で楽ではあるのだが、自我と記憶が維持されたままである以上どうしても人を食べるという人類の禁忌に触れるような真似をしたくないのが本音ではあるし、何より彼らが忠誠を誓っている水先が無関係な一般人を襲わないようにと命令を下しているのでそれを破りたくないが故に東はどうにかして仲間である18人と見つけてしまった人間を接敵させないように悩んでいるのだ。



「東!マズイよ!」


「全員なるべく物音を立てないように後ろへ下がれ!」



 花木が急に叫んだと思うと、東は後ろで待機していた18人に後退するよう指示を出す。

 4人の人間のうち、女性が1人で東達が居る方向へ歩いて来たのだ。

 何故こちらへ向かって来ているのかは分からない。

 単純に歩いてるだけかも知れないし、自分達の存在に気づいたから接触を図る為に来たのかも知れない。

 ただ、どちらにしてもあまり人間に近づき過ぎると食人衝動が発動してしまうのでそうなる前に東は全員を後ろに下がらせた。


 現在の東達と人間達はほぼ直線である長い広く道路の両脇に商業ビルや飲食店などが建っていて脇道や交差点が無いような場所に居る。

 そして両者の位置関係は、東達が倒れたバスの裏側に隠れており、人間達は歩道橋の階段部分で休んでいた。

 故に、隠れる場所は基本的には無いし正面突破は不可能とも言える。

 建物の中に入ろうと思えば入る事は出来るが、近場の建物はどこも入口がシャッターが降りているので、中に入るにはガラスを割るしか方法がなく、防ぎようのない物音が立ってしまい結果的に人間達に気付かれてしまうのでそれはなるべく避けたい手段だった。

 故に、東は18人をただ後ろに下がるよう指示を出した。幸いにも乗り捨てられたトラックや大型のバスなどが良い感じの遮蔽物しゃへいぶつになってくれていたので上手く移動すれば東達の方へ歩いて来ている女性に気付かれる事は無さそうだった。



「こっちに気づくなよ……」



 そろりそろりと後退する東達。

 時折り立ち止まって女性の動向を確認するが、以前としてこちらに向かって歩いて来ていたので後退を止めさせる事は出来なかった。



「にしてもあの女、一体何を考えてこっちに向かって来てるんだよ。特に意味がないならさっさと仲間の所へ帰れっての」



 女性は無表情で一言も発する事なく歩いてきていた。

 もし、女性が東達の存在に気付いていて自分達と同じような生存者であると思って向かって来ているなら『生存者の人ですか?』とか『そこに誰か居るんですか?』などと何かしらのコンタクトをしてきそうなものだが、そういった気配は一切ない。

 逆に、東達の存在に気付いてはいるものの死還人ゾンビが居ると思って向かって来ているなら身の安全を確保する為に武器や防具になるような物を1つぐらいは持ってくるのが普通だと思われるが、女性は手ぶらで何か武器や防具になるような物を持っている訳ではなさそうだった。

 女性の目的が読めない以上後退するしか道はないのだが、ゆっくりと物音を立てず、それでいてバレないように移動する東達と、何も気にする事なく歩く事の出来る女性とでは移動出来る距離に差があるので少しずつ距離が詰められていく。


 姿を現す事が出来ず、後退にも限界があり、距離が詰められ過ぎてしまった今はバレずに建物の中に入る事も出来ない。

 女性との距離は100mを切っているので東達の存在がバレるのは時間の問題だった。


 もうなるようになるしかない。


 そう考えた東だったが、すんでの所で女性を引き離す一か八かの策を思い付き、即座にそれを実行する。



「ちょっ!それはヤバいって!」



 花木が東を制止しようとするが、既に止まる事は出来なかったので東は手に持ったソレを女性の後方に行くよう投げ捨てる。

 そして、その数秒後に



 ドガァァァン!!!



 と激しい爆音が静かな市街地に響き渡る。



「キャアッ!?な、何!?爆発!?ちょ、ちょっと皆んな逃げるよ!今の爆発絶対変だよ!」



 そして女性は悲鳴を上げた後、歩道橋の下で休んでいた3人の所へ駆け寄りすぐ近くの建物の中へ逃げ込んで行った。




「今だ!全力でここを走り抜けるぞ!」


「「「はい!」」」



 視界から人間が居なくなったのを確認すると、建物から人間達が出て来る前にここから立ち去る為に後退していたメンバーを全力で前進するよう指示を出す。

 今度は身を潜める必要はない為、さっきとは打って変わってとてつもない勢いで移動を始める。

 死還人ゾンビは一度死んだ事により脳が身体を傷つけまいと無意識に掛けている限界リミッターが外れているので生きた人間と比べると身体能力が飛躍的に上昇している。

 なのでほんの少しの隙さえ出来ればこの場を立ち去る事など雑作もない事であり、爆煙が東達の姿を消してくれている間に4人の人間達から離れる事に成功した。



 ☆★☆★☆



 安全な距離を取る事が出来たと確認すると、その途端に花木は東に物凄い剣幕で詰め寄った。



「ほんっっっっと!無茶するよね!馬鹿なの?馬鹿だよね?馬鹿って認めなさい!」


「そう怒るなよ。結果的に上手くいったんだからいいじゃねぇか」


「そういう問題じゃないの!もし失敗してたらどうするつもりだったの!?」


「それはまぁ……成り行きに任せる?」


「ほら!行き当たりばったりじゃない!最悪あそこに居た4人を私達が食べる羽目はめになってたんだよ!」


「女の子がハメって言うとなんかエロいよな」


「話を逸らしながら茶化すな!」


「お、おう」



 東が先程投げつけたのは回収していた手榴弾の1つである。威力は世界的に普及しているソレと大差はないが、それでも直撃すれば人ぐらいなら簡単に死んでしまうだけの威力はある。

 そんな物を突然東は女性の方へ向かって投げつけようとするのだから花木としては穏やかな心持ちではなかった。

 花木も死還人ゾンビになってからの期間が長いとは言え、出来る限り誰にも傷付いて欲しくはないし傷付けたくないと考えている。

 そんな考えの持ち主だったから食人衝動を抑える事に成功しているのだが、東のそんな暴挙に温厚な花木も激怒せざるを得なかった。



「いい?確かにさっきはかなりヤバい距離まで近づかれたけど、手榴弾なんかを投げてもし落ちた場所が悪かったらあの人死んでたんだよ?今回はたまたま死なずにそのまま逃げてくれたから良かったけど、もしあのままこっちに向かって来られてたら結局私達があの人を襲わなくいけなくなっちゃってたんだよ?」


「じゃあどうすれば良かったんだよ?」


「まずは私達に相談して。その為のチームなんでしょ?相談すれば手榴弾なんか投げずに済んだかも知れないんだから。なるべく誰にも危害を加えず、誰にも加えられないような方法を取って行こうよ。私達が報復する相手は神農製薬だけなんだから」



 花木が死還人ゾンビとなって尚も自我と記憶を維持出来ているのは、自分は傷ついても他人は傷ついて欲しくないという慈愛の心を持っていたから。

 そして、多くの人を傷つけた神農製薬だけは許せないという気持ちがあったから。

 そんな花木だからこそ、東の突拍子もない暴挙を咎められるし東もそれに従おうという気になる。



「……そうだな。悪い。次はちゃんと相談する」


「お願いね。……でも、ありがとう。方法は最悪だったけど、確かに結果的には上手くいったから。お陰で誰も傷付かずに済んだ。そこはちゃんとお礼を言っておく」


「素直じゃねぇな全くよ」


「褒めてんのに茶化さないで!」


「痛っ!頭を叩くなよ。……ったく」


死還人ゾンビなんだから痛覚なんてないでしょ。ほら。早く先へ進もう」


「へいへい」



 相性が悪いようで上手く噛み合っているこの2人。

 水先も、東をグループのリーダーとするなら東が間違った選択をした時にいさめる人が必要だと思い花木を同じグループに入れたのかも知れない。

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