ゾンビ達と交渉だけの筈だったのに。
「珍しいな?鈴。お前が自分から仕事を買って出るなんて」
「別に。僕だって自分からやりたかった訳じゃない。ただ単にあの空間から少しでも早く脱出したかっただけ」
「と言うと?」
「さっきからよく分からない事をベラベラベラベラと話してて聞いてるこっちが頭が痛くなるような話ばかりだったじゃないか。なまじ耳が良いだけに聴くまいと耳を背けてもしっかり会話の内容が聴こえてくるのに、その内容はさっぱり理解出来ないときた。あんな苦痛、そうそうあるものじゃないぞ」
「あぁ……なるほどな。そういう事か」
実際、美桜達が話していた会話の中で僕が理解出来た話は1割にも満たないと思う。
辛うじて理解出来たのは僕達のような死還人は耳の内部構造が変わってしまったという事だけ。
それにしたってあのトリスタンとか言う人がギャーギャー騒いでたから記憶に残ってるだけで、多分本来ならそれさえも理解しようとせずに聞き流していたと思う。
会話のレベルが同じ者同士なら心地の良い話し合いだったのかも知れないけど、僕のような大した知識もない元学生からしたらつまらない事この上ない。
それ故に僕はわざわざ仕事をする事を選んでまで店の外に出る事を決めたのだ。
「まぁそんなとこだ。つまらない話を聞いているよりは外に出て気分転換でもした方が良いからね。……さて。それじゃこいつらはどうしようか?」
僕達が居たお店は所謂ビル街の一角にあり、どこの建物も左右と後ろは何かしらの建物に囲まれていて基本的には前面以外は死還人が集まって来れるようなスペースはない。
ただ、僕達が居たお店の後ろだけは例外だったようで、元々あった建物が取り壊されたのかお店の後ろは綺麗な空き地となっていて、反対側の大通りが目視で確認出来る程の広さが出来上がってしまっていた。
なのでトリスタンが呼び寄せた死還人は向こう側に見える大通りを徘徊していた奴らが空き地を向かってかなりの数が集まって来ていた。
放っておけばいずれは店を壊してでも直進して来そうだったからここに普通の人間しか居なかったらかなり絶望的な状況になってたんじゃないかと思う。
マシンガンとか爆弾でも使えば一掃出来るのだろうけど、そんな血生臭い事は出来るだけしたくない。
だから僕は話し合いで解決するつもりだ。
「ウーガー?(お前達、こんな所に集まって何をしてるんだ?)」
「ウガ?(さぁ?なんとなくこっちに来たくなったから来ただけ)」
「ウガーガ?(そうか。ならお前は?)」
「アガガ?(分かんない。なんでだろう?)」
「ウー?(そっか。そっちの君は?)」
「ウガガガ(天気は良いし鼻毛日和だよね)」
「ウガ……?(鼻毛日和……?とりあえず、皆んな特に何か目的があって集まった訳じゃないんだろう?)」
「「「ウガウ(うん)」」」
ゾンビホイホイなる奇妙な機械の影響で集まっただけあってどうやらここに居る全員が大した目的もなくここに留まり続けているみたいだな。
これなら適当に他所へ行くよう促してやれば自然と散開するだろう。
「ウーガーガ(ここには何もないぞ。だから他のとこに行った方が良い)」
「ウガウ?(なんで?)」
「ウガア(他の所にはもっと楽しい所があるからさ)」
「ウー?(そうなの?)」
「アガ!(勿論!)」
正直知らん。
なんだもっと楽しい所って。
でも僕の語彙力じゃこれが限界だからなんとかして納得して貰わなければ。
「アーウ(錬治、そっちはそっちで適当に話を付けてみてくれ)」
「アウ(任せろ)」
死還人もそれぞれに個性があるからな。
生前の記憶通りに動く奴、適当にフラフラしてる奴、訳も分からず彷徨っている奴、人を食べたくて仕方がない奴など出会って来た限りでもかなりの数の奴が居る。
そんな連中が集まって来ている以上、一度に説得するのは難しいだろうから凄く面倒だけど1人1人声をかけて他所へ行くよう誘導するしかないな。
「アガーウ(そこの兄さん。ちょっと向こうに行こうか)」
「ウガガーア(あーそこそこ。地面に寝転がらないで良いから反対側に行こうか)」
そうして僕らは地道に1人ずつ声をかけて、聞き分けの良い人はそのまま送り出して、聞き分けの悪い人は多少手荒に扱って明後日の方向は送り出す事に成功した。
体感的には2時間程で殆どの死還人を追い払う事が出来たけど、最後の1人がどうにも曲者で困っている。
「アウ?(なぁ?そんなとこで膝を抱えて小さくなってても楽しくないだろう?他に別の所へ行こう?)」
「イガ!(い、嫌だ!俺はもうここから動きたくない!どこにも行きたくないんだ!放っておいてくれ!)」
ボロボロの白衣を着た元医者らしき男性は何かに怯えるようにしてこの空き地から動こうとしないのだ。
正直、1人ぐらいなら放っておいても良いかも知れないと思ったのだけど、もしこいつがトリスタン達3人の普通の人間を見たら襲ってしまう可能性がある事を考えるとやっぱりこのままにしておくのはマズイ気がするからさっさとどこかへ行ってくれるのがベストだ。なのに、そんな僕の思惑とは裏腹に中々どうして移動してくれない。
「ウーガガ?(何をそんなに怯えているんだ?別にこの辺には僕達が恐れるようなモノなんて居ないだろう?)」
「ガウガ!?(それは違う!君はアレを見ていないからそんな呑気な事が言えるんだ!アレは……アレはこの世界に存在していいモノじゃない……!あんなモノを見てしまったら誰だって恐怖のどん底に陥るのは当然だろう!?)」
うーむ……
何やらまたきな臭い予感がぷんぷんするんだけど、現状この人が言っているアレの正体が全く分からないから対処のしようがない。
「アーウーガ?(アレってのは何なんだ?見た目の特徴だけでも教えて貰えないか?)」
「……アウ(……口にするのも恐ろしいが、元々アレは道を行く普通の人間だったんだ。私はそれを何気なしに眺めていたんだが、突然その人間が膝から崩れて落ちて苦しみ始めると、みるみるうちに身体が膨張して巨大な肉の山のような塊に変貌したんだ。そして、アレは目に付く物を手あたり次第に飲み込んで吸収していった。あんな化け物、この世のモノじゃない……)」
人間が巨大な肉のような塊に変貌した?
……この男の話を信じるなら、ソレはまだ僕達が会敵していない新たな敵の可能性が高い。
でも、だとするとおかしいな。
「ウーアー?(錬治、球場に居るって話のTypeシリーズだっけ?の、種類ってどんなのが居たか覚えてる?)」
「アガウ(あぁ覚えてるぜ。
【獣型原始解放者/Type-M】
【触手装備巨人型原始解放者/Type-GF】
【廃棄用非適合者/Type-G】
【有翼型原始解放者/Type-W】
【生体兵器移植型試験者/Type-S】
の5種類だな)」
「アー(だよなぁ。Type-WとSはまだ見た事ないけど、絶対そんな肉の塊みたいな姿はしてないよな。これってどういう事だと思う?)」
「ガウーガ(まぁ考えられる可能性としては4つあるな。
1つ目は、この男が幻覚か何かを見ただけでそんなモノは実在しないって事。
2つ目は、久野達4人が把握出来ていないだけで本当にそんな化け物が裏で造り出されたって事。
3つ目は、肉の山のような化け物は誰も関与していないのに何かしらの要因を受けて突然変異を起こしたって事。
4つ目はそのどれでも無い別の理由。
とりあえずこんな所だろう。俺としては2か3の可能性が高いと思うがな)」
「ウアア(僕もそう思うよ。これだけこの人が怯えているのに、まさか幻覚でしたってオチは流石にないと思う。ただ、そうなるの気になるのはその化け物に変貌した人間の方だ)」
「アーガ?(と言うと?)」
「ア(ちょっと待ってて。……なぁ兄さん。兄さんがその化け物になる前の人間を見た時には兄さんは既に死還人になってたのか?)」
「ギーア?(あ、あぁ。そうだな。私は既にゾンビになっていたよ。それがどうかしたのか?)」
「アーアー(いや、何でもない。だそうだ)」
「ガーガ(だそうだって。それじゃ何の事か……あぁそう言う事か。この男が死還人になった時にその人間を見たのだとしたら、落ち着いて眺めるんじゃなくて食人衝動のままに襲いかかっていたのだろうと、そう言いたいんだな)」
「ガーアガー(そう言う事。だから多分その人間は見た目だけは普通の人間で、実際には死還人になってたんじゃないかと僕は思う)」
「ガガ(その可能性は高そうだな。……って事は、もしかすると普通の死還人がそんな化け物に突然なってしまう可能性があるって事か?)」
「アーウガ(考えたくはないけど、その可能性は否定できない)」
「ガ(マジかよ)」
もし、僕達の仮説が当たっているのだとしたらこれは大変な事だぞ。
僕はこの姿のままのんびり過ごしたいのに、そんな化け物になってしまったらもう何も出来なくなってしまう。
そんなふざけた結末だけは何としてでも回避しなくちゃいけない。
「アーウ(とりあえずコイツはこのままここに放置しておこう。どうせ暫く動くつもりはないのだろうし、地面に根強く足の指を食い込ませているせいで僕の力でも引き抜く事が出来ないからな。あの3人を鉢合わせなければ問題は起きないだろう)」
「ガ(そうするしかないか。なら一旦店の中に戻るか?)」
「エウア(あぁ。今の話を美桜達とじっくり検証したい。あの3人も何か知っている事があるかも知れないしな)」
というか何か知っていて貰わなければ困る。
「ガウア(それじゃ戻ろうか)」
「グア(よし)」