ゾンビホイホイの完成
「うるっさいな!この馬鹿!ずっと奥で引きこもってたかと思ったら突然なんだ!」
「馬鹿とは酷いデス!私、1人で黙々と頑張ってたのにその言い様はあんまりデス!」
「うるさいのは事実だろうがこの馬鹿!」
「酷い!ミャオミャオ〜……ブランがイジメて来マス〜……!」
「あぁはいはい。よしよし。可哀想にねぇ」
「ったく。なんだそりゃ」
お店の全体へ響き渡る程の大きなトリスタンの声がキングスには耐え難かったらしく、開口一番にトリスタンへの憎まれ口を叩いた。
私も結構耳に響いたからキングスの言い分は理解出来るのだけど、この子があそこまで大きな声を出す時って大概何か良過ぎる事があった時だけなのよね。
間違いなくお店の奥で作ってた物が関係しているのでしょうけど、出来ましたって言ってたからアレが完成したのかしら?
「それで?何が出来たの?」
「聞いて下さい皆んな!さっき鈴君に沢山の質問をして、ゾンビ達の生体を詳しく知る事が出来マシタ。それで、もしかしたら私にもケリーが使っていたゾンビの行動を操る装置を作る事が出来るかも知れないと思って色々試行錯誤をしていたのデスが、ドンピシャデス!私の考えは間違っていませんデシタ!鈴君から得た情報と、私の知識と技術によって完成した装置、その名も【ゾンビホイホイ】デス!」
「ゾンビホイホイ……?」
日本人の私からしたら随分と馴染み深い感じのネーミングだけど、トリスタンが手に持っているソレはゴキブリを寄せ集める罠の形とは似ても似つかない代物だった。
形状だけならトランシーバーと大差はないような気がするけどアレのどこがゾンビホイホイなのかしら?
「ねぇトリスタン?それは一体何?僕にはただのトランシーバーにしか見えないのだけど?」
ルーランも私と同じ事を考えていたのか、まずゾンビホイホイと名付けられた装置の見てくれから疑問を尋ねる。
「よくぞ聞いてくれマシタデス!これはトランシーバーを改造して、ゾンビのとある器官に向けて特殊な周波数を発生させる装置なのデス!」
「とある器官に向けて特殊な周波数を発生させる?どこの器官に向けているんだい?」
「三半規管デス!」
「三半規管?そんなとこに電波なんか放ったって何の意味もないんじゃないかな?」
「ところがそうでもないみたいなんデス。鈴君の話によると、ゾンビとなった人達は皆んな階段などの連続した段差や急な坂を登ったり降ったりする事がとても困難なのだそうデス。その話を聞いて私は真っ先に三半規管に何かしらの異常が生じているのではないかと思いマシタ」
私もトリスタンと同じ結論には至っているから彼女の言っている事は理解出来る。
けど、原因の究明までは至っていないからトリスタンがどんな結論を出したのかは気になるわね。
「それで、鈴君に協力して貰って小型のカメラを使って耳の中を覗かせて貰ったのデスが、驚くべき事が判明したのデス」
「何があったんだ?」
「普通、耳の穴……専門用語で外耳道と呼ばれる道を真っ直ぐに進んで行くとまず最初に突き当たるのが鼓膜デス。そしてその奥に三半規管と呼ばれるモノがあるのデスが、なんと鈴君には鼓膜がそもそも存在していなかったのデス。勿論両耳とも」
「はぁ?それじゃ音を聞く事が出来ないんじゃねぇか?」
「鈴君だけが特別、って訳じゃないの?」
「実は錬治さんの耳も覗かせて貰ったのデスが、同じように両耳とも鼓膜は存在していませんデシタ」
いつの間に錬治と接触をしていたの?
いや、別に構わないのだけど隠密行動が過ぎるわよ……
「デスが、私が驚いたのはそこじゃないんデス。その先にあったモノに驚いたんデス」
「何があったんだ?」
「正直に言って良く分かりマセン。ただ1つ、確実に言える事はゾンビの三半規管は生きた人間のソレとは全く違う別物の器官へと変異しているという事デス。人間の三半規管はいわゆる【カタツムリ】のような形状をしているのデスが、鈴君と錬治さんの三半規管は例えるなら【イソギンチャク】のような形をしているのデス。耳の内壁に細い管のようなモノが沢山くっ付いていマシタ。アレがどんな役割をしているのかは分かりマセンが、ゾンビが階段や急な坂を正常に移動出来ないのはアレが原因で間違いないと思いマス」
以前、鈴達の身体を修復したり改造したりした時は手足や背中といった簡単に目に見えるような場所だけを主に手を加えていたから耳の中までは覗く事はなかった。
鈴も錬治も会話や物音を聞くのには不便していないようだったし、耳が聞こえにくいなんて事は一度も言わなかったから特に問題はないのだろうと思っていたから。
でもまさか問題がないどころか鼓膜が無くなってて三半規管が変異しているなんて誰が思いつくのかしら?
少なくとも、私にはそんな発想はなかった。
精々、死還人となった人はウィルスのせいで三半規管が傷ついて平衡感覚を保つ機能に支障が出ているぐらいだと、そう考えていたから。
「は〜……ゾンビってのはまだまだ未知の部分があるって事か。それで?お前が作ったそのゾンビホイホイ?だっけか?と、鈴達の変異した三半規管がどう関係してくるんだ?」
「それをこれから説明しマスね。とりあえず私はその仮説を立てた後、まず鈴君に耳の中にカメラを入れたまま軽く歩いたり飛んだりして貰いマシタ。すると、イソギンチャクのような細い管は伸縮を繰り返しているのが分かりマシタ。次に、私は鈴君の耳の近くで日本語の50音を順に唱えていきマシタ。そうしたら今度は三半規管の本体が伸縮と拡張と収縮を繰り返したのデス」
「それは鈴達の三半規管が重力や衝撃、音などによって形を変えているって事?」
「その通りデス。重力や衝撃による影響は細い管が形を変え、音などによる影響は本体が形を変えるみたいです」
通常、人間の三半規管は【外側半規管】【前半規管】【後半規管】と名付けられた3 つの半規管の総称の事を言い、これらの半規管は頭が回転した時などの方向と速さを感知する役割を持っている。
【外側半規管は水平回転(左右、 横方向の回転)】【前半規管と後半規管は垂直回転 (上下、縦方向の回転)】を感じ取る役割を担っているのだけど、三半規管が影響を受けるのは衝撃や重力(頭が回転した時と方向や速さ)のみで音の影響は基本的には受ける事はない。
ましてや、外部からの影響によって半規管のいずれかが形を変えるなんて事はあり得ないし、そもそもトリスタンの話だと鈴達の三半規管は最早三半規管と呼べる代物ではなく、単一の1つの規管であると言った方が正しい。
何故そんな変異が死還人に発生したのかは分からないけど、まだまだ死還人については私にも知らない事が多いかも知れないわね。
「とまぁそこまで調べてみて、色々と実験を重ねてみると1つ面白い事が分かったんデス」
「面白い事?」
「はい。変異した三半規管……私はコレを【多触規管】と呼ぶ事にしマスが、この多触規管の細い管は恐らく神経と直結していて、この規管が得た情報を直接脳に送り届けていマス。そして、送り届けられた情報を脳が処理をするのと同時に反応するよう指示を出す機能を担っていマス」
「どういう事だ?もう少し分かりやすく説明して貰えないか?」
「1番分かりやすいのはゾンビの近くで物音を立てた時、即座にその方向へ振り向くのがそれデス」
「あぁ、確かに。アイツらどんな小さな物音でもすぐに気付いてこっちに振り向いて来るよな。でもそれは単に物音がした方向に気づいて振り向いてるだけなんじゃないか?聞けばゾンビってのはかなり聴力が良いんだろう?」
「私も最初はそう考えていマシた。でも、鈴君の話を聞き、カメラで多触規管を観察する内に疑惑は確信へと変わりマシた。【ゾンビは物音がした方向へ自らの意思で振り向く】のでは無く、【ゾンビは物音がした方向へ機械的に向き直る】と」
「結果だけを聞けばどちらも同じように思えるが、結局どういう事なんだ?」
「多触規管の本体が音によって変化する事はさっきも言いマシタが、その時多触規管の本体は音のする方向へ小さなトゲのようなモノを出すんデス。そして鈴君曰く、『音のした方向へ向きたくなる時がある』と言っていて、試しに確認してみたらその方向とトゲが伸びている方向が一致していたんデス。つまり、多触規管の本体は物音がした方向へ身体が向くよう仕向ける機能も担っているって事デス。そこには本人の意思や感情は介在しマセン。ただただ無意識に向き直るだけデス。鈴君はちょっと特別みたいデスけど」
「なんでまたそんな面倒な機能が生まれたんだ?別に耳が良いならそれだけで良いじゃねぇか」
「私はあまり確証の無い推論を口にするのが嫌だから今はまだ全てを話しマセンが、ゾンビ達はとにかく生きた人間を効率良く食べる事が出来るように身体の仕組みが作り替えられているって事デス。聴力の場合は少しの物音も聞き逃さずその場所を狙って行けるように」
「なるほどな。ゾンビが人を襲って食べるってのは昔からある物語通りだから納得っちゃ納得だけどよ、結局その理由は何なんだ?何故ゾンビ共は執拗に生きた人間を襲いたがる?お前はもうある程度の結論を出しているんじゃないか?」
「はい。その通りデス。私はゾンビの生体について1つの結論を出しマシタ。でも、さっきも言ったように確証のない推論を口にするのは嫌だから今はまだ話しマセン。恐らく、私の推測を確証付ける証拠が揃うのはケリーの研究成果を手に入れる事が出来た時デス。彼ならきっと、ゾンビの生体について研究し尽くしているでショウから」
死還人の生体、ね。
これまで大して気にした事もなかったけど、言われてみれば気になる所ではある。
小説や映画などの物語に出てくるゾンビと、現実世界に発生してしまった死還人が何故同じような生体をしているのか、考えてみれば不思議な事ね。
何せ死還人の元となったウィルスは死んだ人間を蘇らせる為に作り出されたモノであり、人を襲って食べるようにする為に作り出されたモノでは無いのだから。
私自身、半死還人になっている以上他人事とも言えないし、球場に着いたらあの子の研究データを持ち出す事も考えないといけないわね。
「トリスタンの出した結論がどんなモノなのか気になるけど、きっと僕がどれだけ聞いても教えてはくれないんだろうね」
「はい。残念ながらルーランには話すつもりはありマセン。勿論キングスにも、ミャオミャオにも今の所は」
「ま、しょうがないか。それがトリスタンだもんね。……そう言えば別件で1つ気になってたんだけどさ、トリスタンが作ったその装置……ゾンビホイホイだっけ?それが完成したとは言ったけど、何で完成したって言えるんだい?ここに居るゾンビは鈴君と錬治さんしか居ないけど、2人ともゾンビホイホイに導かれるような動きはしてなかったと思うんだけど?」
ルーランがトリスタンにそう尋ねると、真剣な表情だったトリスタンの顔は一気に崩れて今にも泣きそうな表情へと様変わりしてしまった。
「あーーーーーーーーー!すっかり忘れてマシタ!ヤバイデス!ヤバイデス!ホントのホントにヤバイデス!」
「だからうるさいっての!落ち着け馬鹿!」
「落ち着いてられないデスよ!?早くここから逃げるデスよ!」
トリスタンのこの取り乱しよう、本当に不味い事が起きた時に見せるやつだから事態はかなり逼迫しているようね。
「トリスタン、落ち着いて。一体何があったの?」
「ミャオミャオ!私、ゾンビホイホイを作る過程で機能がちゃんと動作しているか確認する必要があったから、ゾンビがコレに呼び寄せられる周波数を色々試したいたんデス!で、いくつかその周波数を見つける事が出来て、ちゃんと呼び寄せる事が出来たんデス!」
「でも、鈴と錬治は微動だにしてなかったわよ?」
「実験段階のモノで2人に影響を及ぼしたくなかったから電力を弱めてもっと近い距離にしか周波数が到達しないように調整していたんデス!」
「で?結局何をどうしたのよ?」
「窓の外に見えたゾンビに向かって試してたんデス!」
「つまり?」
「入口の反対側……お店の奥の外の壁付近には大量のゾンビが集まって来てマス!」
「お前マジで馬鹿なのか!?そういう事は先に言えよ!?」
「ど、ど、ど、どうするんだい!?逃げる!?戦う!?籠城する!?」
「ごめんなさいデース!?」
なんだ。そんな事なのね。
それならどうとでも対処出来るわ。
幸いここには武器は沢山ある。
戦うにしても、逃げるにしても選択肢は何でも選べる。
さて、どうしましょうか。
「……僕達に任せてくれ。上手くやるから」
「だな。ただの死還人相手ならなんて事ないぜ」
「私はパス。無駄な労力を使いたくないし、あんた達でどうにかして」
何か良い策は無いかと考えていたら、鈴と錬治がおもむろに立ち上がってお店の外へと出て行こうとする。
錬治はともかく、鈴が自分から動くなんて珍しいわね。
「任せても良いの?」
「問題ない。だから美桜達は話を続けていてくれ」
「そう。なら任せるわ。よろしくね。鈴。錬治」
「あぁ」
「お任せ下さい!」
そうして鈴は気怠そうに、錬治は張り切った様子でお店の外へと出て行った。
「ふぇ……?」
「いいのか、アイツらを外に出して?」
「天祢さん……?」
「問題ないわ。相手は死還人だもの」
3人は未だに落ち着きが取り戻せていないようだけど、取り乱してもしょうがないから落ち着いて貰わないとね。
「最悪久野さんが居るから万が一の時は久野さんに任せましょう。その時は頼むわね?」
「ある訳ないと思うけど。まぁ、分かった」
今居るメンバーの中で最高戦力とも言える久野さんの言質を取った事で3人は若干の落ち着きを取り戻したように見える。
その調子でゆっくり落ちていて貰いましょう。
「さぁ。外は2人に任せて話の続きをするわよ」