学園生活
【第2章】Daily Activities -in Junior High school life-
1.学園生活
学園の寮は有名私立の学校と言うだけの事があり、完全個室で学生寮にしてはかなり広かった。
廉は、退院後直ぐに寮に入ることとなった。
時宗達に「退院はしたものの、すぐに寮での団体生活に入るのは………」と心配されたが、廉本人が「早く日常生活に慣れたい」という強い希望と「頭痛や体調が悪い様なら無理せず授業に出なくてもいい」と言う校長からの特例を貰うことで、学園生活に入った。
学園での生活が始まってからは、玲音はやたら廉の部屋に入り浸り、なんやかんやと干渉してくる。それは廉に、この部屋は自分だけの個室では無いような気さえ思わす程、玲音はいつも廉の傍に居た。
「ねぇ?廉。この部屋は何も無さすぎるよ!不便じゃない?テレビも無いなんて!ここにソファーを置こうよ。大きいのがいいな。
あとそうだな、ゲーム機があればいいかな?」
玲音は勝手な事を散々言っていたが、玲音の意見を素直に取り入れて言う通りにしていると、今まで以上にこの部屋に入り浸り、なかなか自分の部屋に戻ら無い様になるのは目に見えて解って居たので、少しでも多くの自分ひとりの時間を確保するために断り続けたのだが………。
ある日突然、玲音は廉に何の断わりもなく勝手に自分部屋からテレビやソファやら家具を搬入していた。
廉が部屋に戻って、自分の部屋の変わり様に唖然としていると、部屋の真ん中の大きなソファでくつろいでいた玲音が一言。
「やっぱり、この方が過ごしやすいよ!」 と屈託の無い笑顔でいい放った。
廉は、ムッとして「ふざけんなよ!勝手な事するなよ!」と怒ると、玲音は悪びれもせず満面の笑顔で答える。
「もう廉は、頑固者だなぁ~。 素直に喜ぼうよ?絶対にこの方が過ごし安いんだからさ」
それを聞いた廉は (頑固者?!お前だけには言われたく無い!)と内心思ったが敢えて口にはしなかった。
あの頃の玲音は他人対して物腰が柔らく、愛想がよかった。
いつものニコニコしており、容姿や行動は嫌がおうにも目立つ存在なうえに、更に【櫻グループ最有力後継者候補】という肩書きが他人から色んな意味での好意が集まっていたが、玲音はその好意を上手く見分け反対に利用していた。
決して他人に流されることは無く、自分がこうと決めると上手く相手の懐に入り、自分の思うように動かす。
自分が決めたことは、他人がなんと言おうと聞かず意思を貫き通す頑固者だった。
廉が、構ってやらないと玲音は、下田悠貴という初等科からこの学校に通っている一つ下の学年の生徒と、廉の部屋に来ては、テレビゲームなどして遊んでいた。
悠貴は屈託のない元気溢れる少年で、背が高いとは、お世辞でもいい難いが、運動神経は抜群で華奢な見かけとは裏腹に格闘技を愛好していてかなりの強者だった。
他にも、玲音と色々なスポーツの勝負をして遊んでいたようだ。
この学校には自分の身体能力を活かせる職業探しで入学したらしい。
悠貴は、ひょんな事からこの学園で玲音と出合い、尊敬するようになり、いつも側に居たがった。
そんな悠貴を玲音は弟の様にかわいがった。
玲音に出会ってからこの頃の悠貴は、「僕の将来の夢は玲音先輩のボディーガードになる。そのためにこの学校に居るんだ!」とよく言っていた。
この下田悠貴と同級生で入学してからずっと、親友関係にある葉月潤。
彼は、理工分野にずば抜けた才能がある。
悠貴は陽気で活発な少年だが潤は、はにかみ屋でおとなしい少年だ。
しかし、潤は悠貴程では無いが運動神経がいい上、機械いじりが大好きで、小さい頃から物を分解し、組み立てる事が大好きで成長するにつれ徐々に家電品の修理や、自作ロボットも意図も簡単に作って見たり、 バイクは愚か車までも簡単に整備する様になっていた。
悠貴からは【便利な修理家】と称されている。
彼は、宇宙飛行士になり宇宙ステーションで作業する事を夢見てこの学校にいる。
この葉月潤が、密かに憧れている女性が、玲音のいとこの藤春樹里亜である。
彼女も、この学校に初等科から通っており、一流モデルに憧れ、ファッション業界を目指していた。
玲音の親類というだけあって、かなり容姿に恵まれている。
ただ、才色兼備に恵まれ、お金にも恵まれた環境で、持て囃され育てきたため少々高飛車な女の子である。
玲音は、廉にこっそり「樹里亜はモデルなんかするより、報道の現場キャスターがお似合いだよ。
どんな紛争地だろうとあの弾丸トークとあの高飛車な態度はミサイルさえ避けて通るよ」といつも揶揄する。
玲音は、幼なじみの樹里亜を嫌ってはいないが苦手としており、いつも頭が上がらかった。
玲音は名字で呼ばれる事を心底嫌がっていた。【サクラ】と言う名字自体が女性の名前とよく間違われる。
その上、幼い頃の玲音は、声はクリアな高く響く声で、背は高めではあるが線が細く、少し長めのウェーブがかった茶髪に、色白の端正な顔立ちはボーイシュな女の子と間違われがちだった。
特に、黒髪の長身の樹里亜と並んでいると……よく女の子に間違われた。
女性から見ても、もし玲音が、女装でもして女性になりすませば、絶対に男だとばれないと樹里亜の太鼓判付きだ。
しかも、樹里亜はあえて玲音のことを名字で呼ぶ。単に意地悪にしか思えないが樹里亜いわく、「いつも一緒に居る2人の名前が、【レン】と【レオン】似通った発音では聞き取りずらいでしょ?レンの方が呼びやすいのだからレオンは【サクラ】と呼ぶのは必然的でしょ?それに、【タチバナ】と言う姓は呼びにくいし」といい放って変えようとしない。
なので、玲音は樹里亜だけは、名字で呼ばれることをあきらめていた。
玲音いわく、「親父とママが口喧嘩して親父がママをいいくるめたところは今迄見たことない。
樹里亜はママ以上に口がたつ。
口では男は女に勝てないのだから大人しくしておくほうがいい」と………。
ある日の放課後、廉の居る図書館に五十嵐千景と名乗る少年がやって来て親しげに廉に話しかけて来た。
「久しぶり。体の調子はどうだ?
噂は聞いてはいたが、なんか意外だな?
お前が玲音と一緒に居る事を選ぶなんてな」
見知らぬ生徒からその様に言われて、廉は、かなり困惑していた。
千景はそれを察したのか?親友が今までとは違うリアクションに戸惑い驚きながら尋ねる。
「もしかして、事故の前の記憶が無いと言う噂も、本当なのか?」
「すまない。記憶の全部が全部無いと言うわけでは無いんだが………。
事故以前の人間関係の記憶はすっぽりと抜け落ちて居るんだ。本当に申し訳ない」
廉は話しかけてきた少年に頭を下げて謝る。
「ふーん、そうなのか………。頭をあげなよ。謝る事では無いだろ?仕方無いさ。生死を別ける大事故だったんだ。記憶はなくてもこうして生きてここに戻って来てくれて良かったよ」と少し寂しそうに少年は答えた。
「ありがとう。よかったら教えてくれないか?先程の言葉の意味を………」
廉がそう言うと、明らかに少年は返答に困っていた。
「病気なんだ、無理して思い出すのも体に良くないだろ?ゆっくりと時間かければ良いだろ?」
少年は、退院後間もない廉の体調を気遣い返答する。
「無くした記憶を少しでも、取り戻したいんだ。どんな事でもいい、いい事でも悪い事でも。些細な事でも何でもいいから教えてくれないか?」
廉は真剣に少年に懇願する。
「玲音は何も教えてくれないのか?」
少年は参ったなぁ~と言う顔をしながら、遠慮がちに様子を聞く。
「ああ、玲音は俺に気を使っているのか、過去の話しは一切しない 。
それとなく聞いても、『過去なんか必要無いさ。これからの記憶が、有ればいいじゃ無いの?』と言うスタンスで話してくれないんだ」
「あの男らしいな。まぁ俺達が、玲音と意図的に距離を取っていたから玲音にも、俺や廉の記憶は余り無いだろうな」
千景と言う少年は、記憶障害に影響しない範囲ならと簡単ではあるが昔の俺達の関係を教えてくれた。
自分達は時々自分達の親に強要されて外国生活の多い玲音が日本に帰って来た時は、玲音の家に連れて行かれ遊びに相手になるように言われてた。
千景の父親は玲音の父親と友人で、多くのバックアップを受けて病院経営と病院長をしている。
そのせいもあり、玲音の父親から息子の遊び相手を頼まれれば自分たちの都合はそっちのけで連れて行かれた。しかも対等な友人関係を構築したくても親達が許さない。
「まあ俺達2人だけではなく他にも同じ様な親の仕事の関係の子どもが数多くいて玲音を何とか取り込もうと言う連中が数多く周りにいたからな。
その中で、そんなやり方が嫌で玲音と意図的に付かず離れずしていた俺とお前が、お互いの行動に気付いて意気投合して友人となり、玲音に会うと言うよりお前に会うために玲音の家に行っていたようなものだったよ。
親の手前、玲音には悪いと思っていたが付かず離れず形だけの遊び友達していたのさ。
まぁ余り玲音が、日本に居る事が少なかったから年に数えるほどの付き合いだったがな。まぁそういう事だ。
だから玲音がこの学校の編入試験を受けて、いつも廉と一緒にいると聞いてびっくりしたんだ」
千景はざっくりと今までの経緯を説明してくれた。
「そうか、今は秘書をしていた父親と母親は亡くなり玲音の付き合い方に指図する人間は居なくなったし、俺は玲音の両親に引き取られ家族の一員として櫻家に世話になっているから、玲音とは正面からきちんと向き合わないとなと思っているんだ。
それに玲音は、きちんと向き合う相手とそうでない人間を鋭く嗅ぎ分けているから言い寄って来るだけの人間には自ら距離を置いた付き合いしているよ。
病室で意識が戻ってから初めて玲音に会った時は、やはり俺の事は余り記憶にない存在みたいだったよ」
廉は今の自分の立場と心境を素直に話した。
「そうか、まぁこれからは同じ学校だから玲音とも顔合わす事も多少はあるだろうから、俺も少しは距離を縮められるかもな。
でも廉!玲音の世話ばかりで無く、昔のようにこれからも俺とも付き合いしてくれよ」
千景が廉の肩を叩きながら言う。
「もちろんだ。今迄の記憶が無いのが申し訳ないが、それでも許して貰えるなら喜んで」
廉は、千景と握手をして言う。
千景は、ニッコリと笑い廉の肩を叩いて「後で連絡先を教えろよ」といって去って行った。
五十嵐千景は余り外交的な性格ではなかったが、頭の回転が良く切れる男で手先も器用で何でもそつなくこなす。とりわけ情報システムの知識は半端なく、裏の世界でハッキングさせれば世界中のハッカーの中で3本の指に入るのではないかと噂されている程であった。
ただ、この学校には父親の強い望みで医者を目指すために居る。
2.試練
廉は記憶障害があると言っても世間一般の常識、学力は損なわれておらず学校の授業を申し訳程度出ていれば学力で困ることはなかった。
授業に出ても、出て無くても問題を読めば何か昔、習った様な感覚で手に取るようにその答がわかるからだ。
それとは反対に人間関係の記憶は、病室のベッドから目覚める前のものは皆無と言ってよかった。
時々、過去を顧みようとすると、激しい頭痛や立ちくらみが頻繁に起きてもいた。
その症状はすぐに治まるのだが、周りに心配かけたくないので出来るだけ一人で過ごすようにしていた。
この頃の玲音は、数学が致命的なほど残念な結果しか出せていなかった。
授業の半分くらいをさぼって、屋上や保健室や図書室で自習や考え事していた廉が、中間テストで各教科学年上位を独占した結果発表を見て、玲音は「ちゃんと俺は授業を受けて居るのに、出て居ない人間より成績が悪いなんて、人生は不公平だ!」と嘆いていた。
廉は(人生の不公平をお前が言うな!)と思ったが、玲音は追試で挽回しないと退学もあり得ると言う状況にあり玲音は廉に助けを求めてきた。
しかし数学は廉も余り得意ではないのは当然で、昔の記憶の断片があるから何とか分かる程度で、とても上手く玲音に教えてやれないと悩んでいた。
そんな時、先日訪ねてきた五十嵐 千景が数学は学年首位だと噂を聞き、廉は千景に玲音に教えて貰えるように頼んだ。
千景は少し戸惑っては居たが快諾してくれた。
それがきっかけで、千景も良く廉の部屋に入り浸るようになった。
悠貴も外国語が苦手な様で、玲音と同様追試の沙汰をくらい玲音に助け求めたが、当然玲音は数学に追い詰められており、そんな余裕有るわけがない。
悠貴があたふたしているのを見るに見かねた廉が、仕方なく玲音の代わりに教えていたら何処から聞き付けたのか、追試でもない樹里亜が中間テストの化学の理解できてない所を教えてと時々教室にやって来るようになった。
すると悠貴から樹里亜が時々勉強会に来ていると聞き、潤までもが勉強会に顔を出す様になりそのまま潤も廉の部屋にも入り浸るようになった。
これ以降、この男連中が廉の部屋に常時集まって来るのが日常的になってしまった。
千景のおかげでなんとか玲音は数学を克服し、悠貴と供に追試をクリアしていつもの余裕を取り戻してきた頃。
いつものように廉の部屋に集まって来ていた男連中に向かって玲音が目を輝かせて、突然ある提案を言い出した。
「ねぇねぇ、今年の夏休みはみんなで何処かに旅行に行こうよ!」
悠貴は速答で「マリンスポーツ出来るところがいいな」と同意し、それを聞いた潤は「悠貴が海と言うならそれでいいよ。ちょうど自分の作った簡易水上バイクの調整したいと思っていた」と同意した。
廉と千景だけが反応しないで居ると玲音は、廉と千景に注目して一言。
「海嫌なの?山?」
廉と千景が顔合わせて微妙な表情をして居ると玲音は「なんか予定あるの?千景?」と聞く。
「何もないよ。まぁ、夏休みは届出を出さないと寮には留まれないから強制的に実家に帰らないといけなくなるからな。実家に帰るよりは、みんなとどこかに行く方がいいけど……」
玲音から遊びに直接誘われる事に戸惑いながらぽつりと答えた。
「なら千景も参加って事で決まりだね!
廉は?廉一人だけ行かないなんて連れない事は言わないよね?」
玲音は廉の顔を覗く様にまっすぐ見つめている。
「わかったよ。どこでも付き合うよ」
「やったぁー!決まりだ!」
玲音は満面の笑み浮かべながら、大喜びしていた。
玲音は今までのうわべだけの取り巻きと過ごしてきた夏休みとは違い、今年の夏休みに自分の友人と過ごす夏休みに思いを馳せ喜ぶ。終いには悠貴と踊りだす始末だった。
玲音以外が各自、自分の部屋に帰って行った後。未だに廉の部屋で場所は何処にしようかと地図やネットで情報集めている玲音に廉が言う。
「行くのはいいが………。玲音お前、本当に大丈夫なのか?」
「なんで?」
玲音は豆鉄砲食らった様な顔している。
廉は、やっぱりと言う顔をして玲音に言う。
「お前は完全に忘れているようだが、おじさんとおばさんは、お前のために時間を作って夏休み日本に帰ってくるから、その期間は家族一緒に過ごせるように実家に帰ってくるようにと言われてなかったか?」
「!?」玲音の顔が青ざめる。
「そんな約束したっけ?」と慌ててる。
「お前が、学校の編入試験を受ける前の日に言ってたぞ。ちゃんと今年は1週間は家族と過ごす時間を取れるように、スケジュール調整を今からしておくから、お前達もスケジュール調整をしておきなさいと」
「ああああぁ」と大声を出して玲音は固まった。
「完全に、忘れていたな。お前」
廉は玲音の反応を見ながら呆れる。
「廉、そういう事はもっと早く教えろよ」
「教えるも何も、一緒に聞いて居たじゃないか!忘れるお前が悪い。
ついでに教えて置いてやるが、お前と悠貴は追試を受けた付録に特別補習の招待状が届くのは知っているか?
更にお前には、編入者の為のマンツーマンの特別招待状も届くよな?
ちゃんと編入時に担任から説明受けて居るはずだぞ?
人気者は、大変だなぁ~。
スケジュール管理」
廉は自分には関係無いと涼しい顔で言う。
玲音はそれを聞いて真っ白になっていた。
夏休みは、私立の進学校と言う事もあり1カ月と少し短い。校舎は、冷暖房完備の校舎だから季節を問わず快適に過ごせる環境なので夏休みと言う存在すら疑問視されるが、慣用なので1カ月ある。
但し、追試受講者と編入試験で途中から入学してきた者は、学校の学力レベルに追い付ける様に特別学力教化処置として学園の教員を総動員してマンツーマンの補習が行われている。それでも学力が付いて行けない者は退学となる。
なので玲音と悠貴には、ありがたい半月間の特別補習ご招待があるうえに玲音は編入者でも有るゆえマンツーマンの強化カリキュラムは確定である。
この事から必要に応じて夏休みが返上になる生徒も少なからずいるのである。
「時は金なり。時間は大切にしろよ」
廉は他人事のように言うと玲音は、八つ当たりをする。
「ずるいよ!廉より、俺の方が、よく勉強してるのに!」と玲音は拗ねる。
「何言っているんだ?結果が、全てだとおじさんはいつも言っているじゃ無いか?俺だって陰では、頑張っているんだよ」
廉は涼しい顔で反論する。
半ば夏休み満喫する気満々だった少年の心は、苛酷な現実にどう対処すべきか一人頭悩ませることになった。