Prologue.
【第1章】死神との盟約
If you don’t stop wishing, your wish is sure to come true.
願い続ければ、いつか叶うと信じられる人生は素晴らしい
1.Prologue.
果てしない満天の星空の下
静かな海に浮かぶ小さな孤島。
誰も居ないはずのその島に、夜空からゆっくりと人影が舞い降りて来た。
満月の光を背にし星の光をまとい背に翼があるのではないかと思えるほど優雅に地上へと降り立つ。
その人影は黒づくめのスーツに身を包んでおりすらっとした長身で、銀色の頭髪に透き通るような蒼白い肌、整った顔立ちは男とも女とも取れる容姿をしている。
そして全身は半透明の様に存在感は薄く実態が不明瞭でこの世の者とは当然思えないいで立ちである。
その人影が降り立った場所のすぐ側に、その頭上の崖から落ちたのではないかと思われる人間の男が倒れている。
まだ、かろうじて息がある状態だろうか?
顔色はまだ血色があり、僅かに体温の熱が残っていた。
おそらく1分1秒を争って設備のある病院に運び適切な救命処置を行えば、もしかすると一命は取り止められるかも知れない容態だ。
しかしその人ならざる者は、倒れている男を興味深く観察するだけで救助は行う気は一切無いらしい。
「しかしえらくまぁ、あの方に気にいられた人間がいたもんだなぁ。でも残念ながら、君の人生はここで終わりだよ。まぁ私がいくらここで語りかけても当の御本人は、人生の走馬灯を見ている最中で、私の声は届かないだろうけどね」と呟く。
人影の面容はギリシャ彫刻のように彫りは深く肌は蒼白い。中性的で綺麗な顔立ちだが暖かみは一切感じられず人間と言うより人形と言う方がぴったりな風貌だ。
一方、倒れている男は、この島の山頂にでも登るつもりだったのか登山服を着ており、体幹は均整が取れた長身で、顔立ちから西洋人と東洋人のハーフのように見受けられる。
健康的に焼けた小麦色の肌に甘いマスクは、誰からも愛される暖かみを感じられる。
もし、この二人に共通点があるとすれば、容姿端麗というところか。
その人影は、倒れている男の頭上の空間にA6サイズくらいのスクリーンを2つ程写し出した。
片方のスクリーンには文章が表示されており、もう片方は映像が映し出されている。
その映像は、どうやら倒れた男が見ている走馬灯のようだ。
人影は「さぁ仕事だ」と言わんばかりに手際良くスクリーンの文章と男が見ているだろう走馬灯と照らし合わせ確認を始めた。
「ふーん………過去を変える方法ねぇ………。無い訳ではないけどね。生きている人間が見つけるには、ちょっと難しいかったよね」
倒れている男に関する文章と本人を見比べながら呟いた。
自分が死神と呼ばれるようになって、長い年月が経ち色々な人生を見てきた。
その人の人生の始まりから、終りまで様々な数多くの人生を………。
しかし、今ここに倒れている男は今まで見てきた人達に比べて格別だった。
恵まれた環境に、人の羨む容姿、財、人を惹き付ける魅惑、才能を全て持っている。
人生の半ばに深い絶望がなければ……。いやそれを乗り越える事が出来たなら満足のいく人生となった事だろう。
しかしまだ、かなり若い魂だ。これから何度も転生を繰り返し、魂の経験豊かにして行けばいい。
ただ、懸命に人生の大半を費やし探し続けた答えが死後になって叶える方法があると知ったら、この男はどうするだろう?
人生をかけて探し続けてたどり着けなかった答えがここにあると知れば………。
創造主。
俗に言う『神様』に気に入られなければ、ここまで恵まれた才能や環境には生まれない。
恵まれた環境や才能は、人生において懸命に努力して得る者と生まれ持っている者がいる。
ただ前者と後者はでは差は大きい。
それは生まれる時に創造主が与えた運命。
その決まった運命は努力ではどうにもならない物である。
『何のために生まれて来たのか?』と嘆きながら一生を終える者もいれば、最後の時に幸せだったと安らかに終える者。病気で苦しみながら終える者。ある日突然災いで本人の自覚無しにこの世を去る者。その最後の時を迎える長さでさえ大きく違う。
運命と言うのは、何ひとつとっても不条理で不平等なものである。
【世の中に平等なものがあるのか?】あるとすれば、『この次元に流れる時間の速さ』だけでは無いだろうか?
まぁ、創造主に気に入られたからと言って、幸せな人生が約束されている訳でも無い。ただ恵まれた環境には、多くの人間の羨望が集まるには違いない。
必要な部分の確認が済んだのか、死神はスクリーンを静かに閉じ呟いた。
「今日本日、【櫻 玲音】という男の人生は終わり次の人としての転生は280年後か………」と呟き、最後の仕事へと移ろうとしたその時。
「過去を変える方法とは?」
息、絶え絶えで走馬灯を見ているはずの男から問われる。
「えっ!」と死神は驚き、凄い執念だなと関心しながら応える。
「もしかして、私の声が聞こえたのか?」
「あぁ、聞こえたとも。過去を変える方法があるとはっきりとな」
「辞めておきな。お前の人生は今日ここで終わったんだ。知ってどうする?」
「教えろ!俺は人生の大半を費やし、探し求めてきたんだ!その答えを……… 」
しばしの沈黙の後、真っ直ぐ突き刺すような眼差しと気迫に負けたのか?他に思う事が有るのか?死神と称するの人物は、倒れている男の魂を別次元へと誘導しその魂にポツリポツリと話し初めた。
「どうしてもと言うならこの私、死神とゲームを行いお前が見事にクリアすることが出来たならお前の願いを叶えよう。
ゲームはクリアするまで何度でも繰り返される。しかし、もしクリア出来ない場合は、お前の魂は繰り返す度にダメージを受けながら消耗していく。
それは【Eternal Return】すなわち【永劫回帰】に陥り魂の消失するまで時間の牢獄に捕らわれる事になるぞ。
それにお前の願いの救いたい人達の魂までもが失敗する度に、来世で約束されていた幸せが減っていく。お前が不幸にするということだ。それでもゲームをするか?」
男は迷う事なく「もちろんだ」と答える。
その自信は、何処から出で来るのか?と死神はその男に今まで以上に興味を持つ。
「永久に戻れないからこそ、大切な事もあるんだぞ?時間の流れに逆らう代償は、簡単に答えれるほど軽いものでは、無いんだがな………」
「簡単に答えたわけじゃない。人生の大半を、探し求めた願いの糸口見えたんだ。何を、迷うことがある?俺が、ゲームをクリアすればいい。それだけのことだ!」
男は、真っ直ぐに答えた。
(かなり頑固で自信家の男のようだな)と死神は誰かと重ね合わせるかのように男の魂を見つめる。
「ゲームのクリアの条件は、お前が願う死んだ仲間の巻き込まれた事件の回避だ。
お前は事件の起こる10年前に、【櫻 玲音】としてではなく別人として生まれ変わる。だが意図して、玲音の傍においてやる。但し、記憶は、他人の体を使い生まれ変わるので、断片しか残らないが消失するわけではない。事件が起こるまでに記憶断片を繋ぎ戻し、玲音に事件を回避するように促す。生まれ変わったお前が回避するのではなく、生まれ変わる前の【櫻 玲音】が、回避するのだ。失敗するとまた事故の起こる10年前に戻り、一からやり直しだ。
魂の消失か?ゲームクリアまで延々と続く。
お前の存在は、生まれ変わった世界でいわば櫻玲音の【ドッペルゲンガー】だ。周りの者や、玲音自身に素性を気づかれたら、その時点でゲームセットだ。
もし永劫回帰に陥り、時間の牢獄に捕らわれて絶望し、魂の消失する前にゲームを降りたいと願う場合は、ゲームをドロップアウトすることもできるがそうなった場合、先程も言ったがお前の救いたいと願う人物達の魂は、来世では今約束されている幸せな人生を送れない。そしてお前自身は、私の僕となる。
ゲームの舞台は、お前が生まれ変わる事で、お前の歩んだ、【櫻 玲音】の人生とは、少し違う事になるが、それは、お前の生まれ変わった存在が、加味されるだけで【櫻 玲音】の人生が、大きくは、変わることはない。
しかしゲームの結果がどうであれ、このゲームすることでお前は、輪廻の輪から離脱することになり決して元の輪廻には戻れない。
魂が消耗し消失するまでゲームを続けるか、志し半ばで心折れて私の僕となるかはお前の自由だ。
念願叶い、ゲームに勝利した場合でも、【櫻 玲音】としての人生は歩めない。
そこからは、昔歩んだ【櫻 玲音】の人生の記憶は消失し、生まれ変わった人物の人生を引き続き最後の時まで歩む事になる。
それでもいいのか?輪廻の輪に留まり転生をしていけば、お前の魂はまだ若い。来世で死んだ仲間の魂に、また巡り逢う事もできるだろう」
男の目を見ると、迷うことすら無く、もう決心がついているようだ。
死神と名乗る人物は、男に向かってゆっくりと尋ねた。
「最後に問う、このゲームに挑戦するか?」
「もちろんだ!」
「今、ここで盟約は交わされた。
想いを重ね、お前の願いは時を越えていく。
さぁ、ゲームを開始しよう。
いつかお前の魂が消えて行くまで……。
思う存分、お前の答えを探すがいい」
死神は声高らかにそう叫ぶ。
突然辺りに輝いていた星空の光が消えて真っ暗となり、横たわっていた孤島の絶壁の下を見ていた別次元から、今度は何もない暗闇の空間にまた転移した。
そして佇んでいると、目の前に先程まで、見ていた【櫻 玲音】の走馬灯が、暗黒の空間に大きく映し出され先ほどとは逆に巻き戻しされながら流れていく。
「さて、お前の生まれ変わる人物だが、昔お前の父親【櫻 時宗】の秘書だった男【橘 准一】の息子【橘 廉】だ。お前の同級生で生前に何度か会っていたはずだ」
走馬灯が、12歳頃の記憶のなかの人物で止まる。
何となく覚えがある。確か12歳の頃、家族旅行中で事故に遭い不幸にも家族全員が亡くなったとしか記憶にない。
父親の信頼の厚い秘書だったのでイベントやパーティーとか、父親の招待で家族が遊びに来ていて何度か会った思い出がある。
だが、相手が立場を気にしてか?何処か遠慮していて親しくなれなかった。
「親戚も少ない、12歳で終わった少年の人生を、引き続きお前が受け継ぐ。今からゲームのタイムリミットまで、【橘 廉】としての人生を新たに送る。今まで生きてきた【櫻 玲音】とは同じ環境ではないぞ。それに初めに言ったように、全ての記憶が揃っている訳ではない、断片だけだ。どれだけ早く記憶を蘇らせ、玲音にどうやって事件回避させるかが鍵だ」
「では、お前の魂を蘇生させる。いいな忘れるなよ 。お前の使命を-----」
2.盟約
死神は、男の魂を現世に送り出した後、暗闇に何処からとなく現れた光包まれた人物と話しをしている。
「君が選んだ後継者は、彼かい?」
「ええ、随分とあなたのお気に入りでしょ?」
「何か意外な選択だね」
「そうでしょうか?」
「彼を、選んだポイントは?」
「私が見たあの男の走馬灯は、何時も過去を振り返りながら悔やみ誰も知らない世界の果てにあるかも知れないと僅かの希望を託し夢見て探し続けていました。
それが、形ある物なのかどうかも分からず、可能性があるかぎり一途に探していた。
『だだ大切な人達を守りたい。取り戻したい過去に戻って』
その想いが、驚くほど大きく、強かったってところでしょか?
それに、成り行きって要素も多分にありますけど」
「彼に、昔の自分を照らし合わせていたのかい?」
「まさか私は、あの男のように自信家でも、ひた向きでもありませんよ」
「でも選ばれ、夢敗れてここにいる」
「そうですね。私は夢敗れましたが、あの男なら叶えるかも知れませんよ?」
「そう思って選んだのかい?死神の任から解かれるチャンスは1度きりだよ」
「死んでも尚強い純粋な願いを残す者なんて、そうそう居ませんよ。
現に長い時間、色々な沢山の人生を見て魂を黄泉へと案内してきましたが、条件に合う魂があの男しか巡り会えませんでしたよ。
それに、あなたの思惑であの男にゲームを仕向けさせる為に、私を送ったのではないのですか?」
光の中の人物は、光りで死神には表情は見えなかったがニヤリと微笑みを浮かべている気がした。
「どうせあの男がドロップアウトしても、私を解放する気なんて無いでしょう?」
光に包まれた声の主は、否定も肯定もしなかった。
「なら、もしあの男がゲームクリア出来たなら、私も恩恵にあずかって解放してもらえませんか?」
「ほう。今まで数多くの挑戦者がいたが、誰一人として成功した者のいないゲームに、君は敢えて彼の成功に賭けるのかい? 面白いねぇ」
「では決まりですよ。あの男が見事ゲームクリア出来たなら私も解放して下さいよ」
「まぁ、ゲームを見届けようではないか 。私達は、見届けるだけ。手出しはできないよ」
「わかってます」
「そうか 。まぁ賽は投げられた。
さて何度目でドロップアウトするな?彼は。
しかし、私は彼と同等に十分に君の事も気にいっているのだがねぇ」と声を残し、光は消えていった。
死神は、暗闇の中ひとり佇んで考えていた。
何故あの男【櫻 玲音】の成功に賭けるなんて言ったのだろう。
ただ、自分の出来なかった事をあの男ならできるのではないかと一瞬でも思ってしまった。
「やれやれ、あのお方の罠にまた、はまったのか?俺は………。
まぁ、あの男がドロップアウトしてもあのお方は俺を解放なんてしないだろうしな。
あの男が成功すれば、解放すると約束を取り付けただけでもよしとするか?」
死神は、遥か彼方の色褪せた記憶たどりながら思う。
無限の人生の選択肢。
あの時ああしていたら人生が変わっていたとか、あの時違う選択肢を選んで居れば………。なんて事は幻想だ。
自分が自分である以上、多少の選択肢の差は有れどたどり着く道は同じ。
人は無意識下、自分に取ってベストの選択肢を選んでいる。大きく違う選択肢を選ぶなんてことは、全ての結末を知らない限り起こらない。
それを嫌というほど自分は味わった。
人間は忘れる事で精神を保つ。
これは一種の自己防衛だ。
嫌な事も、いい事も、記憶が薄れ自分の都合のいいように、彩りが加わり、心の傷を癒して行く。
自分は心折れても尚、忘れたい時を……場面を………何度も何度も、繰り返し再現してしまった。
その度に認めたくない出来事が、鮮明に激しく心に突き刺さる。
そしてその度に自分の無力と浅はかさに心打ち砕ける。
その苦悩は計り知れない。
だからあの男【櫻 玲音】には警告したのだが………。
『辞めておけ』と。
しかし今まで嫌と言う程、数多くの人生を見てきたがあの男には自分には成し得なかった事を『もしかしてあの男なら……』と思ってしまう何かを持っているのは確かだ。