第一話『世界樹でできた世界』
序盤はなるべく長くならないように要所だけ抑えようと思っています。
「ユグドラシルオンライン」この画期的なゲームが発表された時、世界に走った衝撃を何と表現したものだろうか。
世界初のVRMMORPG、小説や空想の世界にのみ存在したジャンルである。世界中のゲーマーが受けた衝撃は尋常的ではなかった。
当然そのβテストに参加募集が殺到したのは言わずもがなである。日本人が作り上げたこのゲームに、まさに世界中の人々が期待を抱いていた。
その世界観もまた独特であった、タイトル通り世界樹が重要なこのゲームでは世界そのものが世界樹で構成されているのである。
人々が生活するのは世界樹の根の上であったり、枝であったりと文字通り世界を構成する樹がこのゲームの舞台なのだ。
その世界樹が宇宙に浮かんでいるのか、それとも宇宙はこの世界に存在しないのか、そういった事もプレイヤーが解き明かしていく謎として用意されている。
選択できる種族は人族、エルフ族、獣人族、ダムピール族、ドワーフ族、妖精族、竜人族、樹人族、マーメイド族等と現在明かされているだけでもかなりの種族が存在する。
職業も初期に選択できる12の職から派生する無数の上位職が用意されており、中には特殊な条件を満たさないとなれないようなEX職や、たった一人だけがなれるユニーク職等というものまである。
オンラインゲームでありながらオンリーワンの職業など、ゲームバランスを崩してしまうのではないかという不安の声も上がっている。
だが、オンリーワンということはテンプレートがないということでもある。その職についたプレイヤーが活かせなければ普通の職以下にもなる可能性もあるのだ。
職だけでなく自分でスキルを作ることが出来るという斬新なシステムもあってかユニーク職につけたからと言ってチートとは言えないというのがβテストプレイヤーの声だ。
高いカスタム性能と見たこともないような世界観、そしてどこまでもリアルな世界はまさにもう一つの世界と言える程の完成度を誇っているという。
だからなのかあまりゲームに興味がなかった彼「高杉新」はこのゲームのβテストプレイヤーとして募集し、運良く受かってしまった。
学校の教師として10年を超えた生徒思いのごく普通の教師かつ無趣味であった彼が、このゲームに興味を持ったのは一人の生徒に強く勧められたのが原因ではあった。
ちょっとした興味が、調べるにつれてみたこともない世界観に魅せられ無意識に募集参加のボタンをクリックしていた。新にとってゲームというのは○ァミコンでマ○オをしたのが最初で最後だ。
うっかりβテスターに受かってしまった彼が仕事を疎まう位ユグドラシルオンラインに嵌ってしまったのは、しょうがないことなのだろう今までが無趣味すぎた彼が初めて夢中になったゲーム。
どれだけ歩いても、どこまで行っても果ての見えない世界。人が歩くために舗装された道ではなく、道なき道を行く開拓者の道。敢えて苦難を行く冒険の時間。
しかし、リアルすぎるが故に彼は気づいていた。ここは虚構の世界、いつか終わりがくる世界。どこまでもリアルであるが故に夢のようなひと時の世界なのだ。
だからなのか、30を過ぎ最早少年の心を忘れてしまっていた筈の新は初めてこの世界が本物だったらいいのに、なんて子供じみた感想を抱いてしまうのだった。
そしてβテスト期間である半年が過ぎ、ついにユグドラシルオンラインは正式サービスの日を迎えることなる。そしてそれが夢が現実となる世界の始まりと終わりの日でもあった。
**************************************
―――ここはどこだ
新が眼を開くとそこは青空だった空の彼方には雲と薄らと影が見える。地面はデコボコとして、凹凸の激しい大地が広がっていた。
そこで気づく、これは大地などではない根の上だということに。ではここはゲームの世界なのかと思い安堵の息を吐き愕然とした。
臭いがある。それもどこまでも新鮮で嗅いだことのないような綺麗で清んだ美味しい空気。現実で山に行った時でさえ、感じたことのない空気の美味さ。
臭いがある・・・それはあり得ないことだった、ユグドラシルオンラインには食事も楽しめるように味覚こそ感じられたが臭いなどなかった。
時間が経てば経つほど混乱していく。確か正式サービスの始まったユグドラシルオンラインにログインした筈なのだ。なのに都市の中にいることもなく、周りに人っ子一人いない状況。
「やぁ、お目覚めかい?」
いなかった筈だ人っ子一人、新がそう認識した瞬間を狙いすましたかのようなタイミングでその人間はいた。
そもそもこれは人間なのだろうか?人間というには人間離れした雰囲気というか、羽も何も生えていないのに宙に座っていることから少なくともただの人間ではない筈だ。
男か女か判断がつかない、だが分かるのは恐怖を覚えるほどに整った美貌をもった人であるということだけ。
「ようこそ『私』の世界へ、歓迎するよライナ君」
「・・・ライナ?」
「おやおや・・・君自身のことじゃないか自分の名前すら忘れてしまったのかい?」
『ライナ』それはユグドラシルオンラインにおける新のキャラクターネームだ。確かに新はライナであり、ライナは新であるといえる。だが、それならこれはやはりゲームの中なのだろうか?
β時代には感じなかった新たな五感、そして始まり方からもしや正式サービスの追加要素なのかと勘ぐっていると
「あぁ、高杉新なら今頃は首都ユグドラシルでチュートリアルを受けている頃じゃないかな?」
「なっ!?」
『ソイツ』は何故かライナの、新の名前を知っていた。それ以前に今ライナと新がまるで別人のように言わなかったか・・・?
「君はライナであり、最早高杉新ではない。つまりあれだ君は高杉新という人格と記憶を持ったライナという冒険者ということだね」
「どういうことだ・・・貴方が言ってることがさっぱりわからない!ここはゲームの中ではないのか!?」
ますます混乱するライナに『ソイツ』は少しだけ考えるようなそぶりを見せると、適した言葉が見つかったと言わんばかりに笑顔でこう言った。
「ここは異世界ユグドラシル、歴とした一つの世界さ。そして君は『もう一人』の高杉新としてこの世界でライナとなった。今でも現実では君は高杉新として生きているよ」
つまりそれは・・・新は新であって新ではないということなのか?今ここにいる自分は偽物であって本物は今でも今まで通りに生活していると。
「んー偽物っていうのは違う気もするけど・・・まぁ、そういうことだから君たちの世界で何か問題になったりはしないから思う存分『ワタシ』の世界を堪能してくれたまえ」
「さっきから『私』のと言うが、貴方はこの世界の神だとでも言うのか?」
「ん?違う違う、私は神などではないよ」
そう言うと、『ソイツ』はまるで空中に椅子でもあったかのように跳ね降り、地面に着地した。そして両手を広げまるで自分のすべてを見せるようなそんな姿でこう言った。
「私はこの世界、世界樹そのものユグドラシル『本樹』さ、君達十万人の冒険者達の生末を見守り、そしていつかは還る場所。さぁ見せてくれライナ、君が綴る物語を」
そう世界樹が言い終えるとたちまち世界樹の姿が本来の樹に戻り、急速な勢いで巨大化していきライナはそのうねりに飲み込まれ意識を失った。
**************************************
目が覚めるとそこは街のど真ん中だった、尻もちをついた形で意識が覚醒したライナは意識を失う前の景色との違いに唖然とした。
見渡す限り、人、ヒト、ひと、人である。同じような恰好に体制をした老若男女がざっとみただけでも百人以上。それらが一斉に爆発した。
「ふざけんな!?こんなんデスゲームじゃねえか!?」
「悪い冗談よ、元の世界に返して!!」
「夢だ・・・これは夢なんだ・・・」
怒りに身を任せ咆哮を上げる男、絶望してヒステリックな声を上げる女、頭を抱え世界の終りのようにうずくまる男。
負の感情をぶちまけるものもいれば逆に喜んでいる者達もいた。
「いよっしゃ!!異世界キターーーーーッ!」
「うっはwwwモノホンの獣耳だwww」
「おい見ろよ、ロケットおっぱいってマジであるんだな!」
なんともこんな状況でお気楽だなと思わざるを得ない言葉の数々だった。
そしてしばらくの間、混乱が続き収集がつかないなという感想をライナが抱いた頃になって『彼等』はやってきた。
「貴様等、何者だぁっ!?突然大群で現れおって・・・新種の魔物か!」
全身完全武装の騎士団が剣をこちらに突き付け声を荒たげる。一方此方は初期装備である何のへんてつもない布の服、武器は杖やら銅の剣。
指揮官と思わしき大男の咆哮に今まで騒然としていた彼等は、その瞬間全員が黙り込むのは無理のない話であった。
「仕方ないか・・・」
ライナはため息を吐きつつも腰を上げ、隊長と思わしき男に向かい歩き出した。
誰もが息を飲む中、指揮官の殺気を正面から受けながらもライナは屹然と歩く、怯えを悟られてはならない第一印象は大切だ。
「失礼、我々は決して怪しいものではありません」
「むぅ?何だ貴様は・・・」
誰が見ても文句のつけようのない綺麗な一礼をするライナに、流石に指揮官らしい男もいきなり剣で斬りかかるということはできなかった。
顔を上げたライナは目に力を入れ、真っ直ぐに指揮官の目を見ながら口を開く。
「我々は冒険者、この世界樹によって導かれた異世界のものです」
冒険者と言われたライナと同じ境遇の者たちはその発言にざわめく、「え、俺らってそういう設定なの?」「そーいや、ここに来る前神様的な奴にあったな・・・」
「あぁ、確かに世界樹本にn・・・じゃない本樹とか名乗ってたな」「でも俺らってコピーなんだろ?現実には本物がいるみたいだし」
「世界樹により導かれただと・・・?」
指揮官の眉がピクリと動く、一先ずいきなり切り伏せられることはなさそうだなとライナは内心ほっとする。普通に生活していて剣を突きつけられたり、騎士の集団に囲まれる経験などある訳がないのだから。
だがここであまりにもリアルだったユグドラシルオンラインでのβテスターとしての経験が活きている。流石にこんなイベントはなかったが、それでもモンスターと戦ったりするのはこのリアル感の中ではかなり胆力を鍛えることにつながったと思う。
βテスターの時ライナは前衛職をやっていた、それはつまり常に魔物の目の前で戦うということだ、その時の迫力に比べれば意志の疎通ができる騎士団の方がまだマシとさえ言える。
「はい、世界樹が我々に何を求めてこの世界に導いたのかは分かりませんが、我々が導かれこの世界に来たことは間違いのないことです」
「むぅぅ・・・では貴様等はここで何をしているのだ?住民達から、突然現れ騒ぎだす変な集団がいると知らせを受け我らはここへ来たのだ」
なるほど・・・確かについさっきまでの状態を考えると住民が怯えるの無理はないだろう、しかも何もないところから突然現れたのだ。
騎士団を呼ぶくらいのことはするだろう。元の世界で考えるなら怪しい人がいたから警察に通報するようなものだ。
「それは、申し訳ありませんでした。ですが我々も突然このような場所に飛ばされ混乱していたのです」
「???何故だ貴様らは世界樹の導きによってこの世界に来訪したのだろう、何を混乱することがある」
「我々の世界はこの世界とは違い世界樹がないのです。世界樹によって導かれたとはいえ全く見たことのない世界、未知には恐怖し警戒するのが人間ではありませんか?」
「何!?世界樹がないだと!?馬鹿なそんな世界が存在するのか・・・?むぅぅぅぅ・・・」
よし、どうにか騎士団に攻撃されたり逮捕されたりするような状況は避けられそうだなとライナが一安心していると。民家の方から何人かの若者が慌てふためきながら指揮官の元へと走ってきた。
「き、騎士様!大変です!子供が街の外に!」
「何!?何故外に出したのだ!」
「その子供の親の病に効く薬草が丁度切れておりまして・・・それを取りに行くと出て行ってしまったようなのです」
「くっ・・・!今は魔物が活性化しており護衛がない限りは大人ですら街外に出てはならぬというのに・・・仕方ない、おい捜索隊を・・・」
「ちょっと待って下さい」
突然の事件の発生にライナは咄嗟に口を挟んでいた、ライナには心当たりがあったのだ。これはユグドラシルオンラインのチュートリアルと一緒だと。
これはチャンスかもしれない、ライナ達が世界樹によって導かれたという証拠になる。ならばここで動かないのは得策ではない。
「その子供の捜索、我々にも手伝わせてください」
「むっ、何だと?」
「我々が世界樹に導かれたという証拠をもしかしたら示せるかもしれません」
それからライナと指揮官は捜索の段取りを決め、ライナは同胞達に語り掛けた。
「皆聞いてくれ、僕等はこの世界に来てしまった。皆はゲームを楽しもうとこの事象に巻き込まれてしまったただの被害者とも言える。だけど、考えてみてくれ皆だってこの世界を見てみたいと・・・楽しみたいと思ってユグドラシルオンラインを購入してログインしたんだろう?」
「俺たちはゲームとして楽しもうとしたんだよ!それが異世界だ・・・?本物は今でも普通に今まで通り生活しているだぁ?ふざけんなっ!」
「そうだ、元の世界では元の僕達が今まで通り生活している。ここにいる僕等は本物から分かれたコピーみたいなものなのかもしれない、けれどこうは考えられないかな?僕達はチャンスを得たんだ」
「・・・チャンス・・・?」
うつむいた者達、怒りを露わにする者達、ただライナの言葉に耳を傾ける者達、それらの視線を一身に受けながらライナは話を続ける。
「僕はこのゲームのβテストに参加してたんだけど思ったんだ。勿体ないってね、こんなにリアルなのにこの世界はゲームなんだって、僕らはこの世界のお客さんにしかなれなかったんだ。でも今の僕等ならこの世界の住人に、この世界で生きていくことができる。誰も見たことのない景色を、誰もしたことのない経験を僕等だけが楽しむことができるんだ。」
「・・・・・・」
そう、βテスターの時から感じていた。この高揚感、現実世界では一度も味わったことのない間隔だ。おっさんと呼ばれるような歳になったというのに、少年の頃の心に返ってしまうのを抑えることができない。
皆が皆この感覚を共感できるとは思わない。だけど、このゲームを買おうとしたのなら、βテスターやVR機を通じて見たPV・・・。あれを見たならば少しはある筈だ。
人間は好奇心を持っている、それは誰もが持っているものだ。赤子が何にでも興味を示すように、大人になっていくにつれて忘れてるだけなのだ。世界のすべてを知りたいとさえ思うあの欲望を。
ならば、全く見たこともないこの世界をただ俯いて絶望して目を逸らすなんて勿体ない。人間は未知に恐怖する生き物だ、だがしかし同時に未知から目を逸らすことができない。
―――だからライナは宣言した。
「僕等はこの世界に冒険者として招かれた!世界は僕等に何も求めてはいない!だが僕等はこの世界でどこまでも自由に生きられる!ならここでうじうじしてどうする!自分の居場所は自分で作れ!誰かが作ってくれるなんて甘い考えは抱くな!この世界樹の世界でどこまでも自由に生きろ!」
腕を掲げライナの思いをありった込めて宣言した。これ以上言うことはない。後は彼等の自由だろう、教師として生きてきたからか誰かを先導しようとするのが当たり前のようになっていたが。
この世界ではそうする必要もない、やりたければやればいいのだ。どこまで自由に―――
反応のない皆を暫し見つめ、ちょっと寂しくなりながらライナは街道がある方角へと足を進めようとした。
―――その瞬間歓声が爆発した。
その歓声を聞きながら、ライナは静かに微笑んだ。
今日この瞬間から、冒険者ライナの新しい人生が始まったのだ。高杉新ではなく、ライナとしてこの世界でどこまでも自由に―――。
ここからが高杉新ではなく冒険者ライナとしての始まりです。