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序章

- Prologos -


 そして私ともう一人の彼――幽霊部員ではなくきちんと活動実績のあるもう一人の先輩のほうの――部長その人は、静かに、夢心地のように意志の曖昧な口ぶりで、呟くように言った。

「誰かが物語を終わらせようとしている」

 部長はこんな空気の悪い都会でいまどき流行らない――少なくとも当校に限ってはそれが厳然とした事実であるところの――天文部の首領を務めながらも、既に作家として何本かの作品を発表しており、そのうちの一つ「パラドックス・ビュー」というSF小説は新人大賞にノミネートされたりして、私などは「もう先輩の未来は安泰ですね」などと単純に喜んだのだけど、本人は不思議なことにあまりそれを誇らしげに受け取っていなかったらしく、今日も普段と変わりのない様子で、学校管轄の展望台の部室にて、持ち込んだ小説や漫画を読んだり、ポテトチップスの袋を広げたりするなどして、だらだらと星の見える時間帯まで過ごしていた。

 私はソファーのうえで部長に勧められたことのある、SF作家クロム・ロックラードの「有限世界」という小説を読みながら無言を守り、室内中央のテーブルでノートパソコンを広げてキーを叩いている部長の姿を、ときどき盗み見たりした。そうして顔を上げたとき――

「誰かが物語を終わらせようとしている……」と、ちょうど彼の呟く声が聞こえたのだ。

「先輩?」

 もしかしたら独り言かもしれない、耳聡くそれを聞き返したらウザがられるかなとか思いながら声を掛けると、部長の表情はどこか虚ろげで。

「止めなければいけない……誰かが……」

「あの、先輩?」

 執筆中はまれに作品に意識が没入(トリップ)して、うわごとを呟く姿も何度か見かけたことはあったけれど、今日の部長のは、何かが、いつもと、違っているような気がしてならず――

「……え、なんだい?」

 近づこうと腰を上げたところで、部長の双眸がこちらを見た。眼鏡の奥の色は、普段どおりの理性的な輝きを取り戻している。「なにか言った?」

「あ、いえ……、別に、なんでもない、ですけど。先輩、大丈夫ですか?」

「なにが?」

「何がっていうか……その、今日は体調が悪いとか」

「体調は別に悪くないなあ」

 そう、柔和に微笑みを向けてくる。

「ならいいんですけど……」

「ありがとうね。心配してくれて」

「いえ、まあ……」

 照れる私。部長は年上のくせしてナチュラルにそういう素直なことを言うからときどき困る。

「だいじょうぶ」

「え?」

「大丈夫だから」

 そのとき、部長の顔には笑みなんか無くて。木彫りの面のような無表情さで、そう自分に言い聞かせるように呟いていた彼のことを、もっとちゃんと心配していたならば、あるいは。

 あんなことにはならなかったかもしれない。あんな結末は避けられたのかもしれない。でも。

 もう熾きてしまったことは変えられないのだ。私は星を見上げるたびに、最後の日、彼と星を観測したときのこと、そのときには表れていた異変の片鱗を見抜けなかった自分の無力さを想う。


 ――あの日の翌日を境に、部長は姿を消してしまって。

 ――失踪から七日後のこと、彼は都内の廃ビルから飛び降りて死んでいるところを発見された。


 私は過去を見ている。何光年も離れた星々の輝きを眺めては、過去と現在の触れられない距離について考えるのだ。


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