♯1
「――ねぇ、ショウ、覚えてる? あなたの世界にあたしはまだいる?
あたしのこと、探し続けてくれてる?」
* * *
朝。ガラスの窓から快く暖かな日ざしがさしこんでくるとともに、
少し離れた学習机から目覚まし時計のアラーム音が微かに聞こえてきた。
脳は起きなければならないことを知っているが、どうも身体がついていかない。
あと5分だけ。再び深い眠りに落ちようとすると、やかましいアラーム音が、いきなり耳のそばに移動した。
「うわっ」
思わず飛び起きる。
「一条 翔也様。お目覚めの時間でございます」
「…はぁ、おまえか。」
執事なんかではなくて。
「なっ、溜め息て何よ!せっかく起こしに来てあげてるのに」
「おまえが毎日勝手におせっかいしてるだけだろ、タコ」
「タコじゃないー!田中 春子、人間、15歳ですっ」
「…知ってるし。」
こちら春子は…良き友(?)であり、幼なじみでもある。
春子はだいぶおせっかいなヤツで、頼んでもないのに毎朝起こしに来る。
朝に弱い俺にとっては少しありがたいことでもあるのだが。
そして、その春子のことを情をこめて「タコ」と呼んでやっている。
適当につけたあだ名だが、あいつの丸い顔、それにフィットしている少し毛先の遊んだショートボブヘア、わりと大きな瞳、照れたらすぐ赤くなる頬とうにゅっと突き出す口などなどは、非常にタコと似ているので、これはあいつにぴったりだとつくづくそう思っている。
「ほら、ショウ、学校遅れちゃうよ、はやく」
春子がバタバタし始める。
「そんなに慌てるなよ、せっかくキメてきたタコヘアーがくずれるぞ?」
「サイドポニーだっつの、バカ!」
春子の投げた制服が顔面にクリティカルヒットした。けっこう痛かった。
「はやく着てよ、髪セットするから」
春子はもうワックスとくしを手に構えていた。
「はやくしないと、それこそタコ頭にするよ」
「ハイハイ」
大人しく制服を着る。さすがにタコ頭は勘弁してほしい。
実を言うと、自分はものすごく不器用で、ワックスもブローもまともにできないのでこうして朝から春子にセットしてもらっている。
わしゃわしゃとワックスがもみ込まれる。微かに香料の香りがした。
「ショウは相変わらず茶髪だねー」
「悪ぃかったな」
「いや、憧れてるんだよ?あたし、真っ黒だもん。」
憧れられても、あんまり喜べない。この色の脱けたような茶髪のせいで、何度容儀検査に引っかかったことか。
「でも平安時代ならおまえ、もててんな。」
あはは、と春子が笑った。
「よしおっけ。できたよ、ショウ。」
「おー、さんきゅ」
鏡をちら、と見るとやはり春子は器用なんだと再感した。
ぼけーっとしているともうキッチンに移動していた春子に「ごはんはやく食べて」とまた急かされた。
全く、どんだけせっかちなんだよ、あいつ。