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第48話 ランチ物語

 季節も早いもので、3月も上旬。気が付けばカレンダーの上ではすっかり春。


 この時期まとまった休みをもらえるのが大学生。しかし、草壁圭介はそんな長期休暇の最中だというのに、帰省もしようとはせずに、ここひまわりが丘でのんべんだらりと過ごしていたということは、前回触れたとおり。

 しかし、前のお話の直後、彼はちょっとの間、実家に帰省したのだった。



 それもここのところ帰ると言ったら2泊3日と言った、小旅行みたいな日程だったのが、どういうわけかたっぷり1週間も実家に滞在したのちの帰宅となったのだ。



 一体、どういう風の吹き回しか?

 とはいえ、新年度の始まりまでのことを考えると、まだまだ親不孝な帰郷と言えるものだったが。



 その日、ひまわりが丘に帰ってきた草壁は大きな旅行カバンを引きずるように提げながらマンションまでやってくると、なぜか自宅のドアをソウっと、なるべく音を立てないようにして開けた。

 まるで、空き巣にでも入るような様子である。

 そもそも、ここにやってくるまでだって、駅を出るとわざわざ商店街のアーケードを避けて遠回りするルートを選んでの帰宅であった。

 まるで、誰かさんから逃げるようにして。



 ノブを慎重に回すと、ほとんど音もなく307号室のドアは開いた。

 これなら気配を悟られることなく部屋に入れると思いきや。


「あっ、今お帰りですか?」


 お隣の308号室のドアが開いたと思ったら、お隣さんの長瀬ゆかりが顔を覗かせた。いつもどおりの笑顔だ。

 しかし、声を掛けられた草壁のほうは、まるっきり職務質問された泥棒みたいな様子でそわそわと落ち着かない様子で答えた。


「あっ、どうも。今帰ってきました。あの……お、おみやげ持ってきたので、よかったらどうぞ」

「それは、どうもありがとうございます。ところで、お昼、食べました?」

「いえ……まだですけど」

「それならちょうどご飯作ったんですけど」

 ゆかりがそう言った途端である。彼女の背後から、もう一人の人間がにゅっと首を出してきた。

「一緒に食べませんか?偶然、3人分あるんです」



(来た!)

 思わず、唾を飲み込む草壁だった。



 通されたダイニングへは、久しぶりの訪問となる草壁だった。相変わらず、一人暮らしの割にはいつお客さんを迎えてもいいようにさり気なく飾りつけがしてあるのが、ゆかりの部屋だった。


 小さな花瓶に梅の枝を数本挿したガラスの花瓶が置いてあったりするのが3月らしい。そういえば、テーブルクロスもこの前来たときのものとは違って、薄い桃色に白い唐草もようがうっすらと浮かんでいる光沢のあるデザイン。色あいは桜を意識しているのかもしれない。たしかにそのうち桜の枝も小さな蕾を膨らませている頃だし。


「いやあ、いつ来てもゆかりさんの部屋って綺麗にしてますよねえ……」



 わざとらしく感心する草壁の言葉にゆかりはあまり反応せずに、すこし儀礼的な固い様子でダイニングテーブルの椅子を勧めた。



「そんなことは、まあさておき、どうぞ座ってください」

「はあ、あっいい匂いがしますね。お昼なに作ってるんですか?」

「それはじきにわかりますから」


 すぐ目の前のキッチンにはあやが立って、お玉で鍋の中をかき回していた。プンとカツオ節の香りがよく立っている。

 草壁がすすめられるままに、あの頑丈そうな高い背もたれのついた椅子に座ると、ゆかりが草壁の目の前にスッとついた。

「まあ、私たちとしても言いたいことが色々あるので、ゆっくり話をしましょうよ」


 思わずゴクリと唾を飲み込む草壁。そして、お盆の上に鉢を3つ乗せたあやが、テーブルへとやってくると草壁の目の前にそれをトンと置いた。


「それじゃ、カツどんでも食べてもらって……」



「取調べかよ!」




 結局、前回のお話の最後で草壁が田村に対しておかした失態について、あやから責められる羽目となった。



「はい、あれは僕も悪いと思ってます」

「横で聞いてたら、田村クンの誘導尋問にホイホイ乗るんだからびっくりしちゃいましたよ」

「仲よさそうにしてたって聞いたけど、二人でどっかに遊びに行ったりしてるの?」

「いいえ、ときどきアネモネで顔合わすぐらい。あのときも偶然通りかかっただけですよ」

「そういうことはどうでもいいですから、ちゃんと責任とってくださいね」

「せ、責任って……なに?」

「草壁さんのミスで今まで積み重ねたことがパーになったんだから、なんとかしてください」

「どうやって?」

「彼に諦めるように説得してください」


 そのうち、あやが草壁に無理難題を押し付けてきた。この場合、説得もなにもあったものじゃない。なぜから……

「でもさ、あいつ、たまにアネモネに来てデートに誘うぐらいなだけでしょ?」

「そうですけど」

 迷惑行為でもされているならいざ知らず、可愛いものじゃないか?と思うのである。


 こうして、あやと草壁が話していると、今度はゆかりのほうから責められる草壁。


「カノジョが困ってるのに、知らん顔なんだ?」

 目の前で知らぬ顔でカツどんを食べながら、皮肉な笑いを浮かべるゆかり。

 少し甘めのツユをほどよく吸ってフワトロ卵に覆われたカツどんのお味は文句なしだが、話が妙な方向にばかり進むので草壁はゆっくり味わう暇もない。

(また、この人のこれが始まった……)

 と思いながら


「何が言いたいんですか?」

 とゆかりに聞くと

「楽しかったですか?水族館」

「だからね、あれはもう半年以上も前のことで……」

「けど、一緒に行こうって誘ったんでしょ?」

「ま、まあ時間が空いたから、どっかで暇つぶしでもって」

「結局、デートしちゃってるんじゃないですか。まっ、お二人が楽しくなさることに、私は関係ありませんから」


 と言いながらも、への字に曲げた口は明らかに楽しくなさそうな表情をわざと作って見せているのは明白。


「なにもしてませんよ」

「何かしようって気ぐらいはあったんでしょ?」


 次第に会話が草壁とゆかりの二人の話に変わりつつある。気が付いたら、自分が会話の流れから弾かれたような気分のあや。すっかり二人きりみたいになって話し込んでいる、ゆかりと草壁の間に慌てて割って入ってきた。



「ちょ、ちょっと待ってください!二人とも。私のことがどっか行っちゃってるんですけど。まずは田村君のことを……」


 と、あやが言った途端、急に隣のゆかりが顔をあやのほうへ向けて、そっけなく言い放った。


「どうせだったら、一度、デートしてあげたら?」

「えっ?なんですか?急に」


 ゆかりの急変に驚くあや。

 というのも、そもそも今日のこの昼食会を開いた経緯というのがあったのだ。

 今まで田村相手についていた、『草壁と付き合ってる』という駄芝居がダメになったということで、あやがゆかりに今後どうしたらいいか相談した。そんなこと相談されても、とゆかりは困るというよりも呆れかえったのだが、ちょうど亮作からの情報で草壁の帰宅スケジュールを知っていた彼女が、それなら一度草壁さんも交えてなんか考えましょうか?この前の彼の失態を弾劾するついでに、という感じで決まった食事会だった。


 それなのに、ゆかりのほうから相談そのものを全否定するようなこと言われてあやが驚いていた。

 

 しかし、それだけじゃない。まるで、ゆかりと打ち合わせでもしていたかのように草壁もゆかりの言い分に追随して、あやを責めてきた。


「そもそも僕を彼氏に仕立てるなんて芝居が無茶でしょ?」

「ええ!私が悪いってこと?」

「そうそう、そんな恋人ごっこするぐらいなら、はっきり断ってたらよかっただけの話じゃないの?」

「ゆかりさんまで、そんな言い方を今更するんですか?」


「あの田村クンって、遊んでるっぽいけど、あやちゃんにはずいぶん一途なんじゃない?」

「付き合ってみたら、遊びグセも直るかもしれないし。あいつ、あやさんの前では割と大人しいから」

「ちょ、ちょっと待って!なんで私が責められなきゃいけないの?!」


 急に風向きが変わって焦るあや。草壁を責めてたはずがいつの間にかどうしてこうなってるの?


 そしてゆかりのほうは、静かに隣のあやに語りかけた。


「そんなふうに、好きだって言ってもらっているうちが花かもよ?――」


 そう言って笑顔になると、やさしく教え諭すようにこう続けた。


「――たまには彼の気持ちに応えてあげても、バチはあたらないと思うけど」


 ちょっと年上の貫禄も滲ませながら静かにゆかりが話している間、いつの間にか草壁とあやはそんな彼女を不思議そうな顔をしてみているのだった。

 そして、一瞬、あやと草壁は顔を見合わせると、二人揃ってこうゆかりに呟いた。


「それ、誰に向かって言ってるんです?」



「急に二人でシンクロしないで!」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 そんな春と言ってもまだ肌寒い日の続く頃のこと、まだお昼には少し早いような時間、やることもないので草壁が部屋でゴロゴロしていたら、珍しくそんな時間に同じく部屋にいた長瀬亮作が部屋を訪ねてきた。

 どうしたのかと聞いたら、これまた珍しく臨時収入が入ったからお昼おごってあげるというのだ。

 パチンコでも勝ったのだろうか?と思いながら、タダめしを断る理由もないので、草壁はありがたくご馳走になることになった。


 やがてお昼時になると、角刈り頭に白衣をつけた料理人っぽいなりのお兄ちゃんが小ぶりな塗りの寿司桶をふたつかかえて玄関にやってきた。



 さっそくダイニングテーブルについた草壁は中身を見てちょっと驚いた。

「これ、結構高い寿司だろ?」


 そう、寿司桶の中身はというとウニやイクラの軍艦巻きの混じる、見るからに上、いや特上寿司だ。マグロだって赤身じゃなくて多分トロ、脂がしっかり入っている大き目のネタが黒光りする寿司桶の中でひときわ存在感を放っている。


「まあ、たまにはいいでしょ?草壁クンにはいろいろとお世話にもなっているし」

 と草壁と向かい合って座る亮作は暢気そうな顔で高いネタを平気な顔してつまんでいる。たしかにこのお坊ちゃまにはそれほど高い食事ってわけじゃないのかもしれない。



 申し訳なく思った草壁はとりあえずお茶ぐらいは淹れることにした。

 と言ってもお湯を沸かしてお茶っぱを急須に入れて湯飲みへと注ぐだけであるが。


「あ、ありがとう、草壁クン。アチチ……ああ、でもお茶、すごいおいしいわ。やっぱり寿司には緑茶がよく合うよね?ところで、草壁クン午後予定あるの?」

「ないよ」

「いっしょに釣りに行かない?近所の池だけど」

「遠慮しとく。寒いし」


 このお坊ちゃまの趣味というのが釣りで、たまに釣竿かかえてどっかに行くことも知っていた。そしてたまに草壁も誘われるのだが、あんまり興味がないので大抵は断るのだった。

 しかし、亮作にとって釣りというのは第二の趣味みたいなもの。

 実家に居るときにはよく行ったらしいが、こちらに来てからはあんまり釣竿を握ることも少なくなっているそうだ。それというのもそれ以上の趣味があるからである。

 それはパチンコ。

 というより、ギャンブル全般。

 のめり込むとまではいかない様子だが、それでもツルイチとつるんで、休日には競馬場やパチンコ屋へと足を向けることが多いのが彼のレジャーのはず。


 それが、ここのところ釣竿ばかり握っているみたいだ。

 

 草壁はだいたいの様子しかしらないのだが、そんなことをふと思い巡らして、ふとあることに気づいた。

 あれ?こいつがギャンブルから遠ざかるというのは、それってつまり……。


「なあ、お前最近釣りばっか行ってないか?」

「うん。昨日も一昨日も行った」

「だよな?ってことは、金ないんじゃ?」


 そうなのだ、このお坊ちゃま、以前もパチンコで大負けしたと言って卵掛けご飯とか、目玉焼きトーストばっかり食ってることがあった。その頃と行動パターンが似ているのだった。

 しかし、そうなると……。この特上寿司であるが……。


「わかる?パチンコ行くお金もなくてさ」

「じゃあ、この寿司は、一体なんなんだ?臨時収入とか言ってたけど?」

 金ないやつが、なぜ他人に特上寿司をおごるのか?


「そう、臨時収入」

 亮作の箸がパタッと止まった。

「なんだよ、それ」

 草壁に答えるまえに、一瞬ゴクリと唾を飲み込んだ。


「実家から送られてきた電車の切符」

「マジか?それを換金したってわけか?」

「うん」

 草壁も驚いた。こっちはさっき口に入れたばかりの中トロを思わず飲み込んでしまった。くそっ!もっと味わおうと思ったのに!


「いいのか?」

「もう、帰れない、帰らない」

 やや悲壮感のただよう亮作だった。


「お前、本当に帰りたくないんだな」

 亮作が実家に帰りたがらないことは草壁も百も承知していたが、送りつけられたチケットをだまって換金してしまうという暴挙にまで出るとは。


「その寿司。草壁クンも共犯だから、いざという時はいっしょに実家まで付いてきてね」

「寿司おごったのはそのためか!!」




 そんなことをウダウダ喋りながら亮作と一緒に寿司をつまんでいた草壁。そこで、ちょっとした疑問をぶつけてみた。


「なあ、高校の時って昼は弁当だった?」

「僕の高校?そうだよ。学食もあったけど普段は弁当だった」

「ひょっとして、お重とかになってたりするの?」

 草壁としては、そんな想像も膨らむものである。もちろん半分冗談だ。

「普通だよ」

「ちゃんとお母さんが作ってくれるんだ?」

「そうだよ。普通のこれぐらいのお弁当箱に結構、前の晩の残り物とか入れられることもあったし。周りの人と似たり寄ったりの中身だったよ」

「へえ」

「ただ、お父さんの出張に一緒についていったりして留守になるときには、懇意にしている調理師さんに作ってもらうこともあったけど」

「おまえんちの話は、いつも微妙に普通じゃないんだな」



 しかし具体的にどんな弁当を持っててたんだろう?

 というわけで今度は中身についての疑問をぶつける草壁。


「一番おいしかった弁当ってどんなのだった?」


 聞かれた亮作は寿司をつまむ箸を休めると急に懐かしそうな顔になった。そしてしみじみとした顔で言うのだった。


「やっぱり焼肉かな?」

「焼肉……焼肉弁当ってこと?」

「ううん。焼肉」

「……」

「あれはおいしかったなあ」

 よっぽどおいしかったに違いない。味を思い出してうっとりとした顔をしだす亮作。

 草壁はその様子をしばらくじっと見つめた後、急に大きな声をあげた。

「……おい!おまえまさか!……」

「あっ、そんなに本格的なやつじゃないよ。炭火とかは無理だから、ホットプレート持ち込んで」

「本当に教室で焼き肉パーティーやったのか?」

「……もうさ、みんなの注目を浴びまくりで、『クレクレ』ってよってくる奴等をブロックしながら、こんな感じで片手には白飯だけつめてきた弁当箱持って、焼いては食い焼いては食い。お肉余計に持ってきたけど、すぐなくなっちゃうんだよなあ」

「そりゃ、昼休みに教室で焼き肉パーディなんかされたらみんなびっくりするだろうな」

「そんないい肉を買って来たわけじゃないけど、あの雰囲気だよなあ。たださ、問題もあってね」

「問題?」

「うん……おしかったんだけど、あれって煙がでるじゃない」

「まあ、出るわな」

「その煙が教室に沁みついちゃってさ。午後からの授業にやってきた先生が入室するなり開口一番『おい!なんでこの教室は焼き肉臭いんだ?』って言うもんだから」

「バレたか?」

「まあ、そんなこんなでその後3日ほどのお休みを頂いたわけだよ」

「ちょっと待て、それって、キンシ……」



 だいたい一人前の寿司なんか二十歳そこそこの男子の胃袋には小さすぎるのかもしれない。そんな話をしながら二人とも桶の寿司を平らげたあとは、残った紅しょうがをつまみにしてお茶を飲みながら、亮作のお弁当話の続きを聞くのだった。


「でさ、そんなことがあってから、やっぱり反省して、今度からは屋上でやろうということになって……」

「反省のポイントが違うだろ!」

「今度は校舎の屋上で鍋をしたんだ」

「焼き肉はもうしなかったんだ?」

「草壁クン、何もわかってないなあ」

「うるさいよ」

「屋上には電源とれるようなコンセントないからホットプレートは無理でしょ?まさか炭火でやるわけにもいかないし。だからカセットコンロで鍋、さ」

「なんで、ちょっと勝ち誇ったような顔してるんだよ!……まあ、いいや、で、どんな鍋したの?」

「まあ、寄せ鍋かな?みんなで適当に具材を持ち込んでダシでぐつぐつ煮てって感じの。」

「うまかったか?」

「うん、最高のシチュエーション。青空の下、学校の屋上でつつく鍋のうまいこと。……計画は完璧だったんだよなあ。屋上で鍋……けどさ……」

「けどって……だんだん話の雲行きがあやしくなりそうだな?」

「鍋っていうのは、どうもまったりしちゃうもんみたいで。すっかり盛り上がって鍋食っている間にいつの間にか午後の授業が始まっちゃったんだよ。シメのオジヤ作ったのがまずかった。それ食べるまではとか思っているうちに気づいたら5時間目」

「チャイムの音も聞こえないぐらいに盛り上がったか?」

「それで、教室にやってきた教師が僕らだけが居ないのにすぐ気が付いて『おい!この前の焼き肉の4人組どこ行ったんだ?』ってことになって。見たら窓の向こうの屋上に座り込んでいる背中が丸見えだったんだよなあ」

「なんで教室から丸見えのところで鍋やってたんだよ?」

「いや、こっちから教室の様子を伺いつつ鍋をするつもりだったんだけど、こっちから見えるってことは向こうからも見えるってことだから、必然の成り行きで」

「なにが、成り行きだよ……で?それからどうなったの?」

「まあ、一週間ほどお休みをもらってから……」

「だから、おまえそれは休みじゃないんだろ?」

「みんなで反省して、これからは調理器具の持ち込みはやめようと」

「だから、反省のポイントがずれてないか?」

「というわけで、手巻き寿司をすることにしたんだ」

「ぜんぜん、懲りてないじゃないか!って、いうかまたやらかしたのか?」


「そのころはお昼になると、うちの教室に先生が見回りにくるようになっててさ」

「お前らの監視のためか?」

「そうそう。あんまり派手なこともできないから、地味に手巻き寿司なんかをねこうやって巻いて食べてたわけだよ」

「当然、見つかるだろ?」

「うん。けど、あれは調理器具使ったりするわけじゃないからオーケーということになったんだ」

「……おおらかな学校だな。もっとも校則に『校舎内での手巻き寿司を禁ずる』なんてのは聞いたことがないけどな」

「ま、それで晴れて許可も出たことだし、それならということでさ」

「お前の話、まだ続くのかよ!それにしても嫌な予感しかしない続き方だな」

「こんどはクーラーボックス持ち込もうとしたら、校門のところで捕まっちゃったんだよなあ……」

「なんだって!?どうしてそんなもんがいきなり出て来るんだよ!」

「僕らの夢が詰まったあのクーラーボックス、没収だもんなあ……」

「なんだよ?その『夢』って?」

「イカ、マグロ、タコ、玉子焼き、サーモン、カニカマに、張り込んで買ったイクラとウニ。そしてレタスにアボカド。さらにシーチキンとノリと醤油とワサビとマヨネーズまで。全部あの中のものがなくなっちゃった」

「っていうか、お前ら昼メシじゃなくて、手巻き寿司パーティーを昼休みにする魂胆だったのか?」

「なにが悲しいったってさ、そのあと残ったのが酢メシだけっていうね。これは各自弁当箱に詰め込んでたから。で、おかずもなんにもなしに、ただ延々と酢メシだけ食べるっていう、多分、今までで最悪のお弁当も経験したわけ」


「……さよか。けど、話を聞いていると、なんだかんだで楽しそうだな」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 そんなこんなの春のある日のこと。

 草壁がダイニングルームで一人、少し遅めの朝食を食べていたとき、お隣に住むゆかりがふとたずねて来た。


「どうしたんですか?」

 

 と、聞いてみたら片手に大き目のハンカチか何かを巾着結びみたいにして包んだものを小脇に抱えていた。

 見ていると、やがて亮作が自分の部屋から釣竿を持って現れたかと思ったら、姉からその包みを受け取った。


「ありがとう!助かるよ」

「本当に、パチンコも好い加減にしときなさいよ。お昼も食べれないほどお金がないなんてちょっと洒落にならないんじゃない?」

「そう思うなら、お金貸して」

「ダメ。貸したらまたギャンブルに使うかもしれないもん。次の仕送りまでちょっとは反省しなさい」


 どうも、ここのところ金欠のお坊ちゃんがお昼まともに食べる予算がないもんだから、お姉ちゃんにお弁当作ってもらっているらしい。


「へえ。けど、わざわざ作ってくれるなんてやさしいお姉ちゃんですよね」


 横でそんな様子を見てだいたいのことを知った草壁が関心した。

 すると、ゆかりが言うには


「別にいつも作ってあげてるわけじゃないんですけど。今日とかは午前に教室でレッスンがあって午後もまたあるから、お昼に自分で食べるために作ろうかと思ったのをもう一人前増やしただけですし」

「明日も頼めるんでしょ?」

「まあ、明日もそのつもりだから、あんたの分ぐらい作ってあげてもいいよ」


 そんな姉弟の会話を聞いていた草壁がポツリとつぶやいた。


「いいなあ、弟ばっかり……」

 

 草壁の言葉を聞いてゆかりが苦笑した。


「なに、訳のわからないこと言ってるんですか?」




 さて、その晩のことである。

 ゆかりのもとへ亮作から連絡が入った。

「あっ、お姉ちゃん。実はね明日の釣りだけど、草壁クンとツルイチさんも一緒に行くって言ってるんだよ」

「……だから、何?」

「いや、別に、ただそういうことになったということだけは伝えといてほしいと、二人から言われたもので一応連絡を入れておくよ」


 亮作との電話を終えたゆかりは少し苦い顔をして黙り込んだ。




 ――たけのこご飯。春を意識して。鮮やかにボイルしたエンドウ豆をチラシ。

 ロマネスコのコンソメ煮。淡い緑の色が新緑のさわやかな季節を意識しています。

 ベーコンはアイスプラントとチーズ、ちくわをロールして彩り重視の一品に仕上げ

 メインはカレー風味も香ばしい鶏肉のタンドリーチキン風フライ。外は時間がたってもカラッと中はジューシー。

 そして、得意の卵焼き。今回は焼きたらこと海苔を巻き込んで作ってみた様子。――


 なんの話かというと、その翌日の朝。

「あなたたち、好い加減にしてよね!」

 と言いながら、ちょっとふくれっつらのゆかりが307号室の住人3人に渡したお弁当の中身である。


「4人分のお弁当なんて簡単な量じゃないんだからね」

 と言いつつ、ちゃんと連絡を受けたあと100円ショップに行って弁当箱まで調達してきたりする。

 案外と洒落は通じるのだ。

 もちろん、そんな洒落は二度もやったら洒落にはならない。



 

 というわけで、こんどは307号室の3人がゆかりにランチをご馳走する番である。

 後日、亮作がその旨をゆかりのもとへ電話を入れた。


「ん?何?明日?お昼からピアノ教室があるけど、それがどうしたの?」

「だったら、ちょうどいいよ。お昼、この前のお弁当のお返しに、ぼくらのほうからご馳走したいから、教室で待ってて、そこでみんなで食べようよ」

「おごってくれるの?何を?」

「それは明日のお楽しみということで」


 そんなふうに亮作から、連絡を受けたゆかり、ちょうど12時の時分には商店街にある自分のピアノ教室でスタンバイしていた。


(ご馳走って言っても、こっちで食べるということは、何か出来合いのお弁当かお惣菜でも買ってくるのかしら?まさか草壁さんの手料理のお弁当とかってことはないと思うけど)



 と、そんなことを考えていると、ちょうど約束の時間になって、草壁、亮作、ツルイチの3人が大きな紙袋を提げてやってきた。


「さ、お姉ちゃん、ランチ。お待ちどうさま」




 それで、どうなったか?


「じゃあ、お姉ちゃんも遠慮せずに、どんどん食べてよ、お肉一杯買って来たから」

「おお!これがお前の言っていた『教室焼肉』ってやつか?やっぱり教室で食べるのはなんか違うな」

「さ、ゆかりさんも、黙ってみてないでそっちのお肉ちょうどいい焼き加減になってるからどうぞどうぞ」

 亮作たち一行が持ってきたのは、ホットプレートと肉だった。

 ゆかりが驚いている間に、3人はさっさと焼肉の準備を済ませると、固まっているゆかりを尻目にどんどんと肉を焼いては食べだしたのだった。



「……って、あんたたちバカじゃないのっ?!教室が焼肉臭くなるでしょ!どうしてくれるのよ!!」


 亮作は怒ったゆかりに頭を張り倒されながらも久しぶりの教室焼肉をしっかり堪能したとさ。




第48話 おわり

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