表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/52

第3話 2 VS 1

 こうしてはじまった、ひまわりが丘での生活。カレンダーは4月も終えようかという頃。


 草壁圭介のほうは、住む場所が変ったぐらいで、生活そのものは、それ以前とさほど変わりばえのない、キャンパスと自宅との行ったりきたり。ただ、その距離と時間が延びたぐらい。


 なんで、わざわざ大学の遠くに部屋を借りなおしたの?おまえバカか?

 という友人たちの評判はうなづける。

 彼自身は、そのかわり、けっこういい部屋をお手ごろ値段で借りれて、むしろ今の生活のほうがいいぞ。といい訳していた。自分がバカなことぐらい自覚していたから、薄々は。


 ところで、一方の長瀬ゆかりのほうである.


 ピアノ教室を開くにあたって、実はちょっとした事情があった。

 彼女の先輩がこの近くで、子供相手のピアノ教室を開いていたのだが、旦那の転勤に伴い、教室を閉めなきゃならなくなった。

 そこで、知り合いである彼女のところに、その話を持ち込んだ。

 ただし、最初の話は「心あたりでいい人がいたら、新しい先生を紹介してくれないか」であって、彼女自身に頼んできたわけではない。まさか、彼女自身にはそれは無理だろうとその先輩は思っていたからである。確か長瀬さんって、いずれ実家に戻らなきゃいけないはず。ところが……


 なんだったら、私が面倒見てもいいよ。

 そう言われて、先輩は驚いた。それどころか、本人、なぜかやる気マンマンで、

「実は、その近くに手ごろなテナントがあったから、借りちゃった」

「えっ、もう決めちゃったの?!」

 先輩がびっくりするほど手回しよく、教室を開いちゃった。

 教室もう開いたから、さっさと生徒を渡しね、じゃあ、バイバイ、お元気でね!

 まさか、そう言うつもりでないんだろうけど……と思いながら、ゆかりの話を聞いた先輩、まるで半分教室を乗っ取られたようになりながら、この地を離れたのでした。


 それが3月の下旬ごろのこと。

 その頃は、教室があると、愛車である青のラパンに乗って、教室へ通ってレッスン。

 そして、週に4度は神社でお巫女さんのアルバイト。

 そんな毎日をそれまでの一ヶ月ばかり過ごしていたわけである。

 住居をひまわりが丘に移すのは、その後のこととなる。


 さてその教室、看板に「ひまわりが丘音楽教室」とあるだけあって、実は商店街の中に存在している。


 5メートルほどの間口で、前面はガラス張り、出入り口ドアもガラス扉。

 中に並んでいるグランドピアノとアップライトピアノが外からも良く見えるようになっている。

 チビッ子の生徒と並んでゆかりがレッスンしているときなんかは、おっ、綺麗な先生だ……なんて、思いながら商店街を通ってゆく人も多かったりして。

 教室の中には、その2台のピアノ以外にも、ソファーセットに小さなテーブル。


 見た目、小奇麗だが、それはあくまでアーケードに面した1階部分だけの話。

 実は、3階建てとなっているこの建物自体は、なんと築50年という代物。ゆかり自身も、「怖いから2階より上にはほとんど行ったことがない」らしい。


 ところで、このピアノ教室、一体商店街のどのあたりにあるのかという話のだが……。




「うーん、今日も、お茶飲んで行こうかな?」

 今日も今日とて、喫茶アネモネに行こうかなんて思いながら店の前でサイフを確認している草壁。学校帰りとなるとこの場所を決まって通ので、いつもここで喫茶店のほうを向いてぼんやり突っ立っていることが多い。

 そこへ……

「だーれだ?」

 なんて、背後から草壁の目を、白い手のひらが、ふんわりと包んだ。”目隠し”……なんというクラッシック!実際された人いるんだろうか?いや、する人がいるんだろうか?ここにいるんですが。


 振り向くと、微笑みを浮かべた長瀬ゆかりの姿。

「ゆかりさん!」

 どうして彼女は、振り向くといつも嬉しそうな笑顔をしているんだろう。

「お帰りですか?」

「ええ、はい……ゆかりさんは、どうしてここに?」

 触れた手の柔らかさにうっとりとなりながら草壁が聞いた。少し頬が熱いような気がした。

「わたし、ここでピアノを教えてるんです」


 反対側の喫茶店にばかり気を取られていたし、音楽教室なんて興味のないし。外観だって、シンプルなただのガラス張りに小さな看板がだしてあるだけだし。ここの白いカーテンが今日みたいに両端に寄せてあることもそんなに多くもなかったから……気づかなかった。


 だから、驚いた草壁がおもわず口走った

「なんと、目の前……」

「ん?目の前って、何の?」

 そう、ピアノ教室の目の前には喫茶アネモネ。


「まさか、そのあやさんってウエイトレスのいるお店って?」

「ええっ!その話、覚えてたんですか?」

「覚えてますよ、ついこの前のことじゃないですか」

「あの時、かなり飲んでたから、酔っ払ってて覚えてないんじゃないかと」

「それほど飲んでませんから、忘れたりしませんよ」

 そうですか、一人で一升瓶ほとんど空けたあとも、ワインとかお飲みでしたが、そうですか。本人がそういうなら仕方ない。


 するとゆかり、ちょっと待っててくださいねとか言いながら、一度教室に帰って戸締りすると、すぐに戻ってきて草壁の手を引張って、一緒にアネモネのドアをくぐろうとしだした。


「ちょっと、待って!どこ行こうとしてるんですか?」

「あなたの好きなあやさん見物に」

 完全におちょくるっている。なんなんだよ、このひとは!俺が誰好きだろうと、あんたに関係ないだろ!それにそんなもん見て、そっちに時間の無駄以上のなにになると言うんだ。

 と、草壁は思うものの、妙に照れているのも、初々しいというか。こいつ絶対童貞なんだろうな、っていうような反応。

「なに動揺してるんです。行きましょって!」

「わ、悪ふざけはやめましょう!」

「私は真面目です!」

「そ、それに、今日は出勤してませんから」

「へえ……店の奥にちらっと、女の子立っているのが見えるんだけど。外から見て居ないけりゃ、寄り道せずにまっすぐ帰るんでしょ?で、毎日のようにここ通るようになってから、回数券買って通ってた頃より、出費が嵩むんでしょ!?」

「大きな声で言わないでくださいよ!」

 亮作のボケ!あいつ説教だ!と草壁が焦りながら怒っていたりする。

 ……というか、草壁の反応が、童貞というより、幼稚園児の初恋以下。


「マスター、なんか店の前で草壁さん、女の人ともめてますよ」

「お尻でも触ったんじゃないか?……ああいうタイプは溜め込んだものの発散の仕方が歪んでいそうだし」


アネモネの店内で、そんなことを言いながら、二人を見ていると、なんと女の人のほうが、笑いながら、草壁の手を引張ってやってきたものだから、あやがびっくりした。


「うわあ、綺麗な人……」

「あら、可愛い」


 初対面でのゆかりとあやの会話がのっけからこれ。

 そして、二人、なにがおかしいのか、二人とも顔を見合わせてクスクス笑い出した。そんな様子を見ているマスターと草壁のほうがポカンとなってしまった。

「な、なんだかおかしいですね」

「ね!なんかね……」

 ひとしきり、二人して笑いあったあと、あやがゆかりに軽い調子で切り出した。

「お時間あったら、お茶のんでいきませんか?」

「そうしようかな」

「じゃあ、カウンターにどうぞ」


 ご注文なににします?じゃあ私、アップルティーいただけます?じゃあ初来店のご挨拶がわりにクッキーをサービスしちゃおう!マスターありがとうございます。わたしはこの時間ぐらいには店にいること多いから、ちょくちょく来てくださいよ。そうなんだ、じゃあ、また来ますね。

 ゆかりの着席から、なんだか、アットホームな雰囲気が流れ出す店内。

 ちなみに、今日も、客は他に居ない様子。


「ところで、彼、お客さんになにかしたの?」


 マスターがずっと出入り口付近で、ポツンと突っ立っている草壁を指差してゆかりに聞いた。




「……まっ、よかったよ、警察沙汰でも起こしたんじゃないかと思ってさ」

「こんなところで痴漢するわけないでしょ!」

「『こんなところ』じゃなきゃするのか?!」

 マスターが、草壁にホットコーヒーを差し出しながら言った。さっきから、ゆかりにだけサービスで出したクッキーの小皿をチラチラ見ていることは無視である。こいつにサービスなんかしても、メリットはない。

「まさかとは思うが、まさか彼女とかではないんでしょ?」

「当たり前じゃないですか。ただの知り合いですよ」

 即座に言い切るゆかり。彼女がこんなふうに言い切るときに、少し険があるように草壁には思えて、それが余計に彼にこたえた。


 それにしても、あやである。

 初対面からウマが合う。ということなのだろう。ピアノの先生ってなんかかっこいいですよね?とか目をキラキラさせたりしながら、ゆかりとは瞬時に仲良くなってしまった様子。

 しまいにはマスターから

「あのさあ、いくら彼女以外客がいないからと言って、カウンターに座って話し込まないでよ、あやちゃん」

 とまで言われる始末。

 あっ、僕って客じゃないんだ。

 注文したお茶もそこそこに、あやと話し込んでいるゆかりの隙をついて、彼女のクッキーをつまみながら、草壁は思った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 そんなことがあったとある休日。

 草壁が自室でくつろいでいると、誰かが尋ねてきた。

 で、誰だろうと思うと、玄関ドア前にはあやが立っていた。

 わざわざ、僕の部屋に来てくれたのかな?と思って、ドキドキしながらドアを開ける草壁


「ど、どうしたんですか?」

 きっと、ありえないような、自分にだけ都合のいい妄想に頭をふくらませているような顔をしていたに違いない。実際そうだったから。

「付き合って欲しいんです」

 夢のような現実。

 今、たしかにあやがそう言った。ただしとても、事務的な口調で。

「えっ!あっ、あの……は、そうですかっ……」

「いや、そう意味じゃないですから」

 あやの背後から、ニュッと現れたゆかりが、呆れ顔で呟いた。


 3人して、ゆかりの愛車、青色のラパンに乗り込むと、ゆかりがカーナビに目的地を入力しだした。

「まだ、この辺慣れてないから近場だけど、行き先入力しとこ……」

 それは、とあるショッピングモール。

 助手席のあやが、シートベルトを締めながら、後部座席の草壁を振り向いて。

「ごめんなさい、せっかくの休日なのに」

「いや、いいですよ、暇だし」

 と言うと、ゆかりがカーナビの画面を操作しながら、クスクス笑った。あやと顔を見合わせながら”ネッ、ホラ””言うと思った”……

 女子からこういう扱いを受けることに慣れてない草壁。なんだかなあ……とは思いながらもこんなかわいい女の子二人からおちょくられるのもまんざらじゃなかったりする。


 休日ということもあり、家族連れやカップルなどでごったがえした、まるでスタジアムのような外観の巨大ショッピングモールにつくと、草壁は、でっかいカートを引かされて、美女二人のお尻を追っかけながら、あっちフラフラ、こっちフラフラ。

 ゆかりが、新しい部屋に合わせて買い換えたいものがあるので、そのお付き合いだというのだが、目的の買い物を済ませた後でも、草壁ひっぱりまわす。

 ぺちゃくちゃ喋りながら、単に「おもしろそう」とか「あっ、これかわいい」ってだけで、買うつもりのないものだって、気になったらそっちのほうへ行っちゃう。


 冗談じゃない、こっちはあんたらの召使か?つまりはただの荷物持ちをさせられたに過ぎなかった草壁。心中ちょっとムッとしている。


 私、ペットショップでネコ見たい!そのあと、靴、見ていかない?

 そうだ!スーパーがあるから、今晩の買い物、ついでにやっとこうかな?


 とか、あやとゆかりの二人が言い合っているその後ろで、とうとう、草壁の足が止まった。でっかいカートひっつかんだまま、とあるカフェの前でジッとしている。


「ん?どうしたんです?草壁さん」

「もう行きますよ」

 ゆかりとあやが、草壁を振り返って言った。

「疲れました、もう動けません」

 草壁、ふてくされている。

「そうですか?そんなに歩いてませんけど」

「このでっかい、カーテンとラグマットとマクラと布団カバーで満載になった重いカート引きずって、あっちこっち引張りまわされてるんです!いたわってください」

「労わるって、どうするんです?」

 とゆかりが聞いた

「ここのカフェでお茶でもおごってください。じゃないと一歩も動きません」

 草壁、本気の顔だ。こいつは人にものをねだるときは、いつも本気である。


「躾の行き届いていない、バカ犬だわ……」

「お散歩、拒否ですか」

「しょうがない。ま、私も自分の買い物付き合ってもらってるし……」

 ゆかりにしても、それぐらいのお礼は最初からするつもりではあったのだ。


 というわけで、3人は、カフェに入って休憩することになった。

 ファミレスのボックス席のような、ビニール張りのソファにどっかと腰を下ろした3人。パフェみたいなのにカブり付いている小さな子供や、ワッフルにシロップをこれでもかってかけているカップルを横目にみながら、メニュー片手にオーダー。


「ブラッディオレンジジュースとショコラドーナツ」これはあやの注文

「アイスラテとレモンスコーン」つづいてゆかり

「グリルチキンのクリームソースパスタ……のサラダ、スープセット」さり気なく2人に続く草壁のオーダー。

 それを聞いたゆかりが叫んだ。

「ああっ!何、勝手にフードメニューなんか頼んでるんですか!」

「何がですか?」

「さっき”お茶”って言いましたよね?」

「”お茶でも”です。はっきりお茶とは言ってません」

「ズルイ!」

「僕は、お昼食べてないところを無理矢理つれてこられたんです。」

「草壁さんって、平気な顔して女の子にたかれる人なんですね」

「ゆかりさんって、平気な顔して男にただ働きさせられる人なんですね」

 なかなか注文が確定しない様子で、端末片手に弱っているウエイトレス。あやがそんな彼女に、すみません、もうちょっと待ってもらえますか?と苦笑しながら、なんとかフォロー。


「お茶ということなんで、ホットコーヒー450円分までです。超過分は自腹を切ってもらいます。」

「今手持ちが200円しかないので、無理です」

「それじゃあ、サラダとスープは取り消し」

「わかりました、パスタは100円安いカルボナーラに変更して、セットもサラダだけにしますから、代わりにメープルクリームチョコココアをつけるということで、どうでしょうか?」

「最初のオーダーより、110円高くなってるじゃないですかっ!」

 やりとりを聞きながら、ウエイトレスとあやは、思った。

 どうでもいいから、サッサと決めてくれ。


 しかし、こうやって3人でお出かけしてみて、草壁にも、アレッと思うことがあった。

 それはあやの様子の変化である。

 以前は、もうちょっと大人しい、というか引っ込み思案というか、あからさまに言うと少し暗いかな?というようなナイーブさを彼女に感じることが時々あった。

 だから、草壁のほうからもあまり気軽に喋ることができなかったわけだが、今、ゆかりといっしょに3人で過ごすと、寧ろ、明るい様子がする。冗談でも、気軽に言ってきた。

 それが証拠に、喋っていると、あやがこんなことを切り出した。


「結局、草壁さんのタイプってどっちなんですか?」


 グリルチキンを頬張る草壁の手が止まった。

 目の前には、なんだか、冗談気もなく、ジッと自分を見つめているゆかりとあやの姿。何?いきなり、その質問は?今まで話してた「うちの小学校に伝わる7つの怪談話」ってお題がから、急に怪しげなトピック

スに話題転換。もしかして、それを聞くために、僕を呼び出した?


 急なことで言葉に詰まる草壁。

「えっ、……」

 草壁、目の前に並んでいるゆかりとあやの双方をチラチラ。するとあやがキツイ口調で。

「もう心変わりですか?!私、そういうのショックです!!」

 絶句する草壁、今度は隣のゆかりからの叱責。

「進展ないって言うから、期待してたのに!」

「それは、草壁さんが何も言ってくれないからでしょ!!」え、あやさん、待ってた?

「さては両天秤にかけるつもりなんでしょ?」

「ゆかりさん、喫茶店連れてきたのも、私に見せびらかしたったからですか!?」

「私に、嫉妬させるつもりだったんでしょ!?」

 おいおい、なんで、そんなにこの二人の美女から、俺きゅうにモテてんだ?

 すると、二人、声を合わせて

「どっちが好みなんですか!!」


 しばしの沈黙。二人に睨まれ、固まる草壁。


「草壁さん、本気で悩んでる……」

「落ちぐらい付けてくれないと、このコント、洒落で終わらせられないじゃないですか……」

 あやが、残念そうな顔で呟いた。

 あんたらといっしょにいると、こっちは心身ともに疲れるわ。


 あきれた顔でサラダをつつく草壁。

「今のミニコント、なんなの?」

「知らないです。なんか、あやちゃんが、言い出したから、一応お付き合いしただけです」

「草壁さん、からかうと面白そうだし」

 そんなふうに言って、笑っているあやさんって、本当は面白い子だったんだなあ、と彼女の以外な一面を再確認できた日である。


 そういえば、と思うのである。

 あやとこうして一緒にでかけるのも初めてなら、ゆかりとゆっくりと過ごすのも亮作やツルイチたちと開いた歓迎会以来だなあと。

 そんなことを草壁が考えていると、あやが席を立った。


 ゆかりと二人きりになった草壁、すかさずこうゆかりに言った。


「ご無沙汰でしたね、お元気でした?」

 ”ご無沙汰”とは、歓迎会以来ということではない。病院で初めての出会い。それからという意味だった。だから、お元気でした?とも言ったのだ。

「え、ええ……」

 そして、入院のことに話が及びそうになると、彼女はあの歓迎会のとき同様に、口調が曇る。あんまり触れてもらいたくない話題なのかもしれない。


 ついでに、あの歓迎会のとき、草壁にもう一つ気になっていたことがあった。

 彼女は今、ピアノの先生をしているのだが、かつてはプロのピアニストを目指して音大に通っていたということである。

 その彼女が2つ上なら、今、音大の4年生のはず。

 ……アレッ?大学は?

 そのことをアノ歓迎会の夜、ふと疑問に思ったので、口に出した。すると今度は、ゆかりだけでなく、亮作までもが、妙に態度が変った。あの、何を言うときもでもハキハキと喋るやつがゆかりの代わりに、「まっ、ちょっと事情があってね……」と口ごもりながら言った。


 別に構わないのだ。それはそれで。

 草壁とゆかりの関係はただの顔見知り。友達とも言いがたいぐらいの関係。そんな人間が他人のこと、しかもあんまり触れたがらないことに無神経に口を突っ込む必要はない。

 だから、草壁も黙った。そして、話題を変えた。いかにも、コイツが言い出しそうな方向へ。


「今日は、ありがとうございました」

 スープをズズッとすすりながら、能天気な様子で草壁が言った。

「何のお礼ですか?」

「アレでしょ?『応援』」

 あやと草壁を接近させるために誘ってくれたんでしょ?と言いたいわけである。実際、そう思っていた。

「なんです?その応援って」

 ラテを飲みながら、シレッとしているゆかり。

「ほら、ぼくとあやさんとのこと応援してあげるって言ったじゃないですか?」

「そんなこといつ言いました?」

 チラッと草壁を睨むゆかり。

「あの歓迎会のとき……」

「あのとき、酔っ払ってたので覚えてません」

「……」

 言葉に詰まる草壁。と、そんな草壁とは目を合わせずに、相変わらずシレッとラテ飲んでるお嬢様。女がこういう顔をしているときはウソをついているものである。

「覚えていないと?」

「はい、忘れたようですね」

 そもそも、草壁を誘ったのだって、あやの提案らしい。今、暇そうで気軽に使える男手、あやが言うにはそうなのだそうだ。あやさん、俺のこと、そんなふうにしか思っていないのか?

 躾の悪い犬が、再びムクれた顔をした。


 仕方ないので、ゆかりが駄々っ子に付き合った。

「『応援』って、どうしろっていうんですか?」

「手紙を書くので、渡してくれるとか?」

「なに、内気な女子中学生みたいなこと言ってるんですか?」

 草壁の言葉にあきれたゆかりが、まるで説教するみたいに続ける。

「そんなこと言って、じゃあ、なんでさっきあやちゃんが、『どっちがタイプ』って言ったときにはっきりとさせなかったんです?」


 それは、病院と神社で2度もほったらかしにされた挙句、嬉しそうに他の女の子とのことを応援してあげるなんて言われたら、いくらなんでも、気がくじけるから。


 ところで、草壁というのは今まで恋人がいたとか言うわけでもなく、しかも、異性の友人というのも極端に少ないタイプ。

 あやとのことで、ものすごいオクテっぷりを発揮したことでもわかる。

 それが、ゆかりに対しては、告白とまではいかなくても、いつもの図々しさを発揮できたり、割と気軽に話せたりできたりする。

 それが、何故なのか彼自身、あまり意識していない様子だが。


 そして、今、ゆかりに突っ込まれて草壁が急に口ごもった。

「だって、それは……」

 チラッと、もの言いたげにゆかりを見ると、一瞬、二人の視線がぶつかって、そして、なぜか慌てるようにしてゆかりのほうから、目をスッとそらした。

「はっきりしないんですね……」

 ポツリと一言。

 はっきり、とは、何をどうハッキリさせるということなんだろうか?しばらくの間、手付かずのままになっている、大盛りのクリームパスタを目の前にしながら、草壁の頭にそんな疑問がよぎった。


「ゆかりさんって、お付き合いしてる人いるんですか?」

「いえ、いません」

「本当ですか?」

「なんですか?その疑るような顔して!そんなこと、草壁さんにウソついたって仕方ないでしょ」

「そうですけど、なんでそんなに胸張って言うんですか」

「だって本当のことだから」

 そして、いつの間にか、つまらないことで笑いあって話している二人。




「でも、さっきの二人って妙に仲良かったですよね」

 その後、あやがそんなことを言い出した。席に戻ってきたときのゆかりと草壁の様子が仲睦まじそうだという。

「ないない」

 ゆかりが笑って否定した。

 こういうとき、ゆかりは草壁にとってはちょっと残酷な仕草をする。

 笑顔なんだが、100%の否定。それも本当は否定するのもバカらしいけど、一応きちんと言っておかないと、もし勘違いでもされたら、こっちが迷惑だ――たった一言にそれぐらいの意味を込めてくる。

 だから、草壁も、そのたびにガッカリさせられた。

「草壁さんとあやちゃんのほうこそ進展してないの?」

「ないない」

 あやも100%の否定だが、こっちは相手を切りつける鋭さのない、ごく普通の「ないない」

「だって、草壁さん、あやちゃん狙いなんでしょ」

「本当にそうなんでしょうか?なんかはっきりしない感じだし」

「あやちゃん付き合ってる人いるの?」

「いないです」

「よかったじゃないですか」

 会話のキャッチボールではなく、あやとゆかりが草壁というボールをお互い蹴りあってる構図。

「でも、草壁さんってゆかりさんと相性よさそうじゃないですか?」

「ないない」

 またもや、ゆかりの残酷な「ないない」

「さっきもどっちがタイプかって聞かれて、ゆかりさん気にしてるふうでもあり……」

 あやの言葉を聞いたゆかりが目の前の草壁に笑顔で言った。

「ほら!はっきり言わないからダメなんですよ!」

 コーヒーカップを持ったまま草壁はさっきからずっと固まっていた。


 

 その後カフェを出ると、店の会計?なにそれ?という顔をする草壁から、きっちり200円を取り上げたゆかり。あやと草壁にショッピングモールの正面玄関まで車を回すのでそこで待っているようにと言うと一人パーキングまで向かおうとして立ち去りざま、草壁にだけ聞こえるように、小声でこう呟いた。


「仕方ないから、応援してあげます」

「?」

「二人きりじゃないですか?今、告白しちゃいなさいよ」


 マジか?!と驚いたような顔でゆかりを凝視する草壁。

 ムチャ振りだっ!!

 目顔でそう叫ぶ草壁。そんな草壁を若干、挑発的な笑顔で見返すゆかり。またもや二人の短い目視劇。


「ん?」

 その間、2,3歩知らずに歩を進めていたあやが、クルッと振り返る。

「じゃあ、がんばって!」

 明るい笑顔で、そういい残し、ゆかり、駐車場の方向へとサッサと歩き去ってゆく。


「どうかしました?」

 ぼんやりしているところをあやに声かけられるが、草壁、それにはしばし無反応で去ってゆくゆかりの後ろ姿を見送った。


 おい!勝手にシチュエーション作って、あとほったらかしの丸投げか……

 が、しかし、それでも応援してくれているには違いないのかもしれない。

 さあ、そんなこと考えている間にもう正面玄関来ちゃったぞ。どうしよう……

 しかも、告白って言っても、こんな、まわり家族連れでガキとかが走り回っているこんな場所でできるか?

 なんか、効果的な言葉を考えないと時間もない。

 ゆかりさんがゆっくり歩いてゆっくりと車を回してくれたとしても5分がせいぜい。

 いや、待て、違う。

 順序が違う。

 まずはデートに誘う、だ!

 告白はその後だ。

 そうだった!


「あ、あの……」

 ショッピングモール正面玄関に立つあやと草壁。足元には山ほど積んだ買い物の数々。

「はい?」

 草壁を見るあや。

 その目の前に飛び込んできた、青色のラパン。

「お待たせっ!!!」

 ――えっ!!


 ゆかりさん……。

 は、早いですね……ものすごく。

 あれから多分1分も経っていないですよね……。

 さっきものすごいエンジン音が聞こえたんですけど、あれ、この青のラパンですか?

 駐車場でタイヤ軋ませるような運転は危険ですよ。

 ブレーキ、そんな勢いで踏んだら、車、壊れちゃいますよ。

 シートベルト、してくださいね。危険ですから。

 窓、そんなに全開にして、”お待たせっ”ってものすごい声で叫ぶから、みんな、見てますよ。

 なんで、そんなに肩で息してるんですか?

 なんで、ドヤ顔で、僕を見るんですか?


 この人は、なんか、謎な人だ……。




第3話 おわり

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ