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第44話 ママチャリで行こう

 物語のカレンダーも、2月に突入。年明け早々のビッグイベント『バレンタインデー』にやたら街は賑わしい。しかし、よくよく考えてみて、このイベントが実際に大きな関心事になっている人なんて、日本の全人口の10パーセントもいないのじゃないだろうか?

 


 

 さて、前回のお話までで、下働きをさせられていた叔母の下を辞した長瀬ゆかり。

 ひまわりが丘の町での、彼女の日常がまた再び戻ってきたわけである。


 それをもっとも喜んだのはおそらく喫茶「アネモネ」のマスターだろう。ゆかりが帰ってきて、また喫茶店のウエイトレスに復帰してくれたということで、それまで遠ざかっていた常連客もボチボチと帰ってくるようになった。


「辞めちゃったのかってホントに心配したよ」

「また今までみたいにこっちで働くの?もちろん、それならこっちも通っちゃうよ」

「ゆかりちゃんの顔みないと寂しくてさ」



 そんなことを常連客から言われると、ゆかりは文字通り「帰ってきた」という思いを感じるのだった。が、よく考えたら自分がこのひまわりが丘に住むようになってまだ1年も経っていないのである。

 不思議な話だった。




 ちょうどそのころのゆかりのことである。

 彼女が再びひまわりが丘で住むようになった時がちょうど2月に入った早々。

 節分を横目に見ながらも、それよりもバレンタインデーのデコレーションが町では幅を利かしていたりするそんな時期。

 ここひまわりが丘の商店街のアーケードも、世間のそんな華やかなイベントに合わせてデコレートされたりするのだった。


 一番の目玉はなんと言っても、商店街出入り口、それも駅側のゲートに大きな「ST.バレンタインデー」と書かれた看板が飾られることだ。

 毎年看板屋に発注するそんな看板を掛けて世間のムードとともに盛り上がろうというわけである。


 折りしも、薄い桃色をした背景の中に大きなバラを真ん中に咲かせて、白い文字で「2・14 VALENTINE DAY」のロゴが入った横長の看板がゲートに掛けられようとしていたそんな時である。



 クレーン車で吊り上げた幅4,5メートルもあるそんな看板を、アーケード天井の足場に陣取った二人の業者の人間が、手早く金具でぶら下げたあと、落ちないようにさらに針金で固定している。

 

「今年もいい看板ができたねえ」

「なんか華やぐもんですなあ」


 吊り下げ作業をぼんやりと見上げながら、なんとなく満足そうな顔をしているのが、ここひまわりが丘商店街組合の組合長である仏壇屋と、理事の靴屋の二人だ。

 世間のサラリーマンならもう定年退職していてもおかしくない年なのだが、自営業のこの二人はまだ現役。しかし仕事をほったらかして、こんなものを見学に来るぐらいに暇らしい。

 そんなことで、商売やっていけるのか不思議だが、やっていけている不思議。



 ひまわりが丘の駅を出たゆかりが、自宅へ帰ろうと、帰宅ルートの途中にあるこの商店街に差し掛かったとき、アーケードのゲートではそんな作業の真っ最中だった。



「おっ、センセイ!お帰り?」

「こんにちは。はい」


 頭上で行われている看板の取り付け作業を見上げる二人の爺さんからそう声を掛けられたゆかりも、同じように今、頭上でぶら下がっている大きな横長の看板を見上げてみた。

 なるほど、もうバレンタインデーが近いもんね。



「先生、どう?今年のバレンタインの看板は?」

 組合長のずんぐり爺さんが、なぜか自慢げに聞いてきた。まあ、看板としては普通にバレンタインっぽくて可愛いと思うものだから

「いいと思います。かわいくて」


 ゆかりがそう答えると、隣のほっそり爺さんの靴屋がうれしそうに言うのだった。

「こういうイベントごとに、ちゃんと看板を変えるのがこの商店街のポリシーでさ。やっぱり若い女性に好かれるようにならないといけないと思うし」


 と言いながら、ウンウン頷いていた。

 そこで、言わなくてもいいのだけど、ゆかりがうっかりとこんなことを言ってしまった。


「でも、私、クリスマスの時もちょっと思ったんですけど……」

「何?」

 靴屋と仏壇屋が揃ってゆかりに聞いた。


 すると、ゆかり、首を捻りながら、不思議そうに言うのだった。

「世間のこういうイベントって、この商店街には、あんまり関係ないような……」



 この言葉を聞いた、靴屋と仏壇屋がゆかりの目の前で文字通り、膝からがっくり崩れてしまった。


「先生の言うとおりだよ……しかし、こんな寂れた商店街だって、世間の一部なんだ。少しは、余慶にあずかってもいいじゃないか」

「われわれだって、頑張ってるんだ。これ以上どうすれば、いいって言うんだ?」


 綺麗なバレンタインの看板の下で、急に葬式みたいになってしまった組合長と理事の二人の姿を見て、ゆかりは改めて思うのだった。



(想像以上に、状況は深刻みたい)

 と。




 ちょうどその時、草壁圭介のほうはどうしていたかというと、実は自転車に乗っていた。


 彼もバレンタインデーの看板の取り付け作業を見上げながらアーケードを通りかかった口なのだが、こっちは爺さん二人とは軽く挨拶する程度。

 野郎の感想なんか聞いたって仕方ないとでも思ったのかもしれない。

 そのまま自宅に帰るつもりが、途中で叔父に捕まった。


 草壁の叔父。つまり、この商店街のちょうどど真ん中あたりで「宇宙堂」という古道具屋を営んでいるケチオヤジである。


「おい!ちょっと圭介!」

 と手招きをする叔父に、また、やっかいなのに捕まったな、と思いながらも親戚としては無視するわけにも行かず、店の中に入ってみた。



 すると、叔父が一台の自転車を草壁に押し付けて。

「この自転車、一応直してみたんだ……ちゃんと走れるかお前、近所をちょっと走って試乗してくれないか?」

 というのだ。



 これ、ただのママチャリである。しかし、見た目は相当に汚れている。

 この店の品物である以上、間違いなくどこかに捨てられていたものに違いない。それにしても、至る所サビだらけで、グリップも長年の放置の結果、樹脂が風化してカサカサにひび割れている。

 前についているカゴも、すっかりゆがんでしまって、もとの形が真四角だったのか、丸かったのかすらよくわからない状態。

 

 さらに怖いのが、後ろの荷台。一本支えのネジが取れているのでグラグラ。人が乗ったら荷台が取れそうになっている。


「さすがに、こんなボロボロの自転車、走ろうが走るまいが売れないでしょ?」

 ここの売り物がこんなものなのは、店を何度も手伝っている草壁には意外なことではなかったが、いくらなんでもこれは、と草壁も思った。


「それは俺の仕事だ。お前は試乗してくれればいいんだよ」

「はいはい」

 


 というわけで、そんなボロチャリにまたがった草壁は言いつけどおり、近所をひとっ走りすることとなった。




 乗ってみると、動くには動く。

 一応、直したというだけのことはあった。

 しかし、ペダルは重いし、直しただけで油を差したりもしていないみたいで、チェーンが回るたびキーキーとうるさい。

 タイヤの空気圧も足りないから段差を乱暴に走ると、サドルの上の尾てい骨にとんでもない衝撃を食らった。



 かろうじて歩くよりは早いっていう程度のものだ。


 草壁にしてみたら、久しぶりにまともに自転車に乗ったという感慨のほうが深かったかもしれない。ボロでも走るには走るのだから。

 

(うん、まあ、こんなのだけど、久しぶりに乗る自転車ってのも悪くはない!)


 試乗というよりサイクリングを楽しむみたいにしてしばらく乗ったあと、あと10分も近くを漕いで見たら帰って、調整不足を指摘してみようか?と思っていたときだった。


 バスケットボールがすっぽり入りそうなデカイ箱をぶら下げているせいで、歩きにくそうな足取りでよろよろと路地を行く人影を見かけた。


 長い黒髪を背中に揺らせている、ロングコート姿は見覚えのある彼女と思しき。


 草壁は、スッと自転車に乗ってゆかりに近づいた。


「どうしたんです?大きな荷物を抱えて」




 草壁よりすこし遅れて商店街アーケードに到着したゆかりがゲートのところで、組合長と理事の二人としばらくお話していたのは、さきほど触れたとおりである。

 その後、ゆかりは商店街をまっすぐ進むと、ちょうど駅前側から見て、もっともアーケードの外れに近いところにある「辻倉電気店」の扉を潜っていた。

 言うまでもなく、ゆかりの親友である辻倉あやの実家である。


 実はその日、急に壊れてしまった炊飯器をそこで新しいものに買い換えたのだった。

 「配達しようか?」と向こうは言ってくれたが、たかが炊飯器一つ。しかも、帰ったらすぐに夕飯の準備にとりかかりたいので、すぐに使いたい。

 というわけで、支払いを済ますと箱に取っ手をつけてもらい、そのまま現物を持って自宅マンションに帰る途中だったのである。



 草壁に声をかけられたゆかりが、彼のほうを向くと、突然、驚いたように眉を開いた。


「あっ、草壁さん……その自転車……あの、たしか10万ぐらいするっていうロードレーサーを買いたいって言ってましたよね?」


「よく覚えてますね?ええ、そうです」

「それが、なんでそんなママチャリになっちゃったんですか?」


「僕のじゃないですから!これは!!」


 

 軽くゆかりにボケられつつ、互いの事情を理解した二人。


 見ていると重そうに、ゆかりが炊飯器の包みを提げているものだから、草壁はそれを乗っていたボロ自転車の荷台に置くように言った。


「送ってきますよ」

「いいんですか?」

「ただの試し乗りをしてただけで、暇ですし。そっからまた叔父さん所まで漕いで行ったら試乗もちょうどいいでしょうから」

「それなら、お言葉に甘えちゃおうかな?実はちょっと重かったし」



 本当なら、二人乗りしてゆかりをマンションまで送ってあげてもいいのだけど、あいにくこの自転車である。


「ゆかりさん後ろに乗っけたら確実に壊れると思いますから」

「私が重いみたいなこと言わないでください」

「別に、そんなつもりじゃなくて」


 そんなことで、草壁が押すボロ自転車の荷台にゆかりが持っていた炊飯器の箱をちょこんと乗っけて、軽く手で落ちないように支えると、二人は前後に並ぶようにして、マンションまでの道のりをゆっくりと進んだのだった。


「本当は、二人乗りで送れたら早いんだろうけど」

「二人乗りって、ちょっと怖いけど、この自転車じゃ余計にそうですよね?」


 ゆかりが放った何気ない一言に草壁はこんなことを言った。


「僕、二人乗り得意なんですよ!」


 荷台に置いた炊飯器とともに歩く背後のゆかりに向かって、自転車のハンドルを握って押す草壁が振り返ると、つまらないことを自慢げな顔をして言うのだった。


「そんなものに、得意とか不得意とかあるんですか?」

 ゆかりにしてみたら、そんな特技を自慢する人なんて多分彼女の人生で初めてのことでもあった。



 すると、草壁はゆかりの目の前でこんなことを喋りだした。


「僕の実家の近くって結構坂道が多いんですよ。うちからちょっと行ったところにある住宅街の真ん中を走っている道路っていうのが交通量があんまりないけど、道幅が結構広くって、それで、ずっとずーっとまっすぐ続いているんですけどね?」


 といいつつ、チラッと背後のゆかりを振り返る。

 聞いているゆかりのほうは、彼が急に何を言い出すのかよく分からずに、ただ「はあ」と簡単な相槌を打って相手の話を大人しく聞いていた。

 正直、だから、それがどうしたの?みたいな話だった。今のところは。


「そこがちょっとした下り坂になっているんですよ。ちょうど学校から帰るときには」

「へえ、そうなんですか」

「その道を二人乗りで駆け下りていくときの気持ちよさ……」

 

 草壁の話しの間、前の彼のうなじあたりをゆかりはじっと見つめていた。

 すると、ここまで話した草壁が、なぜかちょっとしばらく黙り込んだと思ったら、ふと空を見上げていた。


 雲ひとつない冬の空が、スカッと抜けるような青い色で広がっていた。

 残念ながら、ゆかりにはそのとき彼がどんな表情でその空を見上げているのはわからなかった。

 しばらく、そうして黙り込んだと思ったら、再び草壁は勝手に話を続けた。



「あと、海にも近いところだったから、風がきついんですよね。追い風のときはいいけど、向かい風のときはしばらく立ち漕ぎしていると足が痛くなるぐらいに。そんななかを、電車で二駅も三駅も離れたところから延々二人乗りで漕いで行ったりして……」

「ふうん」


 次第にゆかりの口調が重くなってきた。

 そのとき思うのだった。ところで彼はそのとき誰を乗せていたのだろうか?と。


「……なんてことをしょっちゅうしてたから、後ろに人を乗せるのは得意なんです」


 ゆかりが草壁の後ろで唇をへの字に曲げて、ちょっとそんなことを考えていると、草壁がまた、後ろを振り返って、つまらない特技を自慢するのだった。


「それ、女の子ですか?」

 それというのは、もちろんそのとき後ろに乗せていた人のことである。ひょっとしたら不特定の人かもしれないが、なんとなく聞いていると、誰か特定の人のことを言っているような気がするのだった。

 すると、聞かれた草壁は、わざとからかうような軽い調子で

「さあ……どうでしょう?」

 と言ってはぐらかす。


「男友達でしょ?」

 ゆかりはどうせ、そういうことに違いないと思って聞いてみたが、草壁の返事は相変わらず笑って


「それはナイショです」

 と言うばかりだった。


(思わせぶりなこと言って……)

 目の前で自転車を押している草壁の背中を見ながら、ちょっとゆかりは拗ねていた。

「それ、今作った話でしょ?」

 そんなふうに向こうを炊きつけようとしてみても、草壁は背を向けたまま

「そんな話つくってどうするんですか?まあ、そう思うならそれでもいいですけど」


 とゆかりを軽くあしらって、もうこの話題から逃げようとするのだった。


(何よ、その余裕の態度は……)

 なぜか、つまらない草壁の思い出話にちょっとイライラさせられたゆかりだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 さて、そんなことのあった翌日のこと。

 長かった叔母のところでの花嫁修業も無事に終えたゆかりの慰労会を開こうということになった。

 「慰労会」と名前を付けると、大げさに聞こえるかもしれないが、実際のところ、草壁たちの部屋に彼女を呼んで、草壁、ゆかりの弟の亮作と、ツルイチとの4人で飲みましょう、というだけのこと。

 要はそれまで頻繁に行われた、部屋での飲み会にすぎない。



 そんな日の夕方、お呼ばれとなったゆかりが、草壁たちの部屋であるマンションお隣の307号室に顔を出すと、さっそくキッチンに立つのだった。


「お姉ちゃん、一応ゲストなんだから、おつまみ作ることないのに」


 ダイニングに入ってくるなり、持参のエプロンをつける姉を見た亮作がそういうのだが、姉のほうにも言い分がある。


「あなたたちに任せておいても、お菓子とか出前ばっかりじゃない?たまには手作りのもの食べたいし」


 ゆかりはそういうと、すっかり勝手に他所の部屋のキッチンを占領して、お料理を作り出した。


「まあ、ゆかりさんが作ってくれるものなら間違いないでしょうから、今日は主賓のお言葉に甘えましょうか?」

 その日はゆかりの慰労会に合わせるように早く帰ってきたツルイチも、ダイニングのテーブルに大人しく座って、お嬢様が立ち働く様を見守っていた。

 因みに、もう亮作とツルイチの目の前には宴会前だというのに、いつの間にかカクテル缶が一本ずつ口をあけていたりする。



 キッチンに立つゆかりの背後ではすでにメンバー二人が宴の始まりを待ちきれないらしい様子をしているからあんまり時間も掛けてられない。

 とりあえず、今は買い置きのスルメと柿ピー齧らせて時間稼ぎ。



 その間に、まずは小松菜のお浸し。お醤油の代わりにナンプラーを使ってエスニック、かつピリ辛に仕上げてお酒にもあうように。


 あとはお魚コーナーで白身魚が刺身用でお安く売ってたから、それを使って、ニンニク風味の利いたピリ辛バルサミコドレッシングを作って和えたら、お魚のマリネの完成。彩りと香り付けに紫たまねぎと万能ねぎも添えて。


 お菓子のポテチもいいけど、新ジャガ出回ってきたからシンプルに皮ごとザッと油で揚げて、軽く塩コショウ。、アボガドディップも添えたら、これも一品。


 サラダは芽キャベツとクコの実をローストしてから、レーズン、パルメザンチーズとざっくり混ぜ合わせて、レモン風味を聞かせたドレッシングと絡めて一皿。


 ラビオリは既製品を買ってきたけど、それに軽くパン粉をまぶしてローストするのは一工夫。ついでだから、マリナラソースは手作りしてディップにしていただきましょう。


 

 というわけで……。


「草壁さん、トマトの皮むいといてくれます?」

「はい!」


 

 そう、今現在キッチンを占領しているのは、長瀬ゆかりとこの部屋の住人草壁圭介の二人である。

 ゆかりのおつまみ作りのお手伝いをさせられているのだが、実は彼もエプロンをつけた理由は他にある。


「草壁クン、から揚げあがったら、熱々のやつ一つちょうだいよ」

「おまえ、あんま食うなよ、ほら、熱いから気をつけろよ」


 そんなふうに、揚げたての草壁お手製のから揚げを亮作がホフホホフ、ってなりながら頬ばるのだった。

 

 いつかにも触れたが、なぜか草壁の作る鶏のから揚げが皆に妙に評判なのだ。そこで、飲み会やらなにやらとなると必ずと言っていいほどリクエストが皆からでるのである。



 見ているとゆかりは作らされているというわけじゃなくて、本当に楽しそうにお料理をするのだった。

 菜箸片手に、お鍋をかき回して

「なんか、こうやってちゃんとお料理作るのって、久しぶりだなあ」

 ちょっと、うっとりした顔になっている。


 隣でトマトの皮をむく草壁が聞いた。

「寮では作ってなかったんですか?」


「はい……あんまり設備も整ってないし、冷蔵庫もないから材料のストックもできないし」

「そういえば、あの部屋、何もなかったですもんね」

「だっていつまでいるか分からなかったし、お休みの日はこっちに帰ってきてたから、家財道具そろえてもやがて処分する手間がかかるだけじゃないですか?」


「結局、買った家具って?」

「ちゃぶ台と、お鍋とヤカンと包丁と食器。全部草壁さんの叔父さんのところで」


「……親戚の僕がこんなこと言うのもなんですけど、よくあそこで買い物なんかする気になれましたね?けど、お鍋とか包丁は一応買ったんですね」


 草壁がそう聞くと、ゆかりは急に俯いてしまった。何事かイヤなことでも思い出したらしい。急に静かになってつぶやいた。



「はい……実はあの部屋で、一度ジャガイモの煮っ転がしを作ったんです。そしたら……」


「そしたら?」


「ちょうど夜でした。部屋の周りをゴソゴソ動き回る足音が聞こえてきたんです」

「ゆかりさんの部屋の周りを?夜中に?」

 草壁もよく知っているが、あの寮の周辺は夜に誰かがあんまり足を踏み入れるような場所ではないのだった。

 話を聞いていると、泥棒でもやってきたみたいな雰囲気がする。


「私、カーテンの隙間からそっと外を覗いたら、居たんです」

 ゆかりの表情がさらに曇った。何か恐ろしい目にでもあったみたいな様子だ。


「誰が居たんですか?」


「渡辺君です」

「渡辺が?」


 そう、あの双葉荘の洗い場のバイト、食いしん坊のデブ渡辺のことである。

 彼は外に出てみると、なぜか裏庭のどこかから香ばしくておいしそうな匂いが漂ってきたのだった。その匂いに引き寄せられるように、彼は裏庭をさまよいだした。隙あらば食ってやろうという魂胆のもとに。

 そして、部屋のカーテンの隙間からゆかりが見たのは、ケダモノのような目をしながら夜の闇を匂いの元をかぎまわって徘徊するオーガ(鬼人)の姿だった。


「私、一瞬で怖くなっちゃいました」

 そろそろ、お鍋の中のポテトの色が気になるところだが、それ以上によほど回想の中の渡辺が不気味だったのだろう。ゆかりの手は完全に止まったまま、遠い目をしていた。


「あいつに食い物が絡むと、怖いな……」

 横で草壁も深く頷く。


「あの人、ほっといたら私の留守中に部屋に忍び込んで、鍋のもの食べそうでしょ?」

「大いに考えられます」

「一度、そんな捕食ルートができたら、二度三度とやってきそうだし」

「アリですね。まるで」


「私、すっかり怖くなって、3,4日ぐらいかけて食べようとしてたお鍋のお芋をすぐに全部食べました」


 しかもそのとき、ゆかりは渡辺に見つからないように部屋の電気を全部消して、暗闇の中で鍋から直に芋の煮っ転がしを食べたのだった。

 まだ完成に至っていない、芯のあるジャガイモの煮っ転がしを鍋一杯に……。


「あの、ろくに味も染みていないジャガイモの煮っ転がしを一気に全部食べたら、いろんな意味で死にそうになりましたよ」



 とは言え、今は昔の出来事。今となっては笑い話だった。そこまで泣きそうな顔で振り返ったあと


「ゆかりさん、あそこでロクな目にあってませんよね?」

 と言う草壁とともに、二人で大笑いするのだった。



 そして、そんなふうにしてキッチンに立つ草壁とゆかりを背後でお酒片手に見守る亮作とツルイチは

「なんか、訳の分からない話して二人でもりあがってますね?」

「あの旅館、、お二人にはよっぽど楽しいところだったみたいですね」

 と、不思議そうな顔をしていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 それはともかく、やがておつまみの準備も始まると、全員そろって

「カンパーイ!」

 ということとなった。



 いつもより、ちょっと手の込んだおつまみがある以外はいつもの部屋の飲み会。

 と思っていたところ、突然、草壁が立ち上がって手を上げてこんなことを言い出した。


「ハイ!本日は慰労会以外に、もう一つビッグイベントがあります!」


 急に何を言い出したのかわからない一同がキョトンとして草壁を見守る中、彼は突然席を離れて自分の部屋へと帰っていった。


「ちょっとお待ちください」

 

 やがて、自分のノートパソコンを抱えてダイニングに帰ってきた草壁、すでにパソコンは起動済みであり、さらにモニタ画面には、どこかの通販サイトらしきページが開いていた。



「どうしたんですか?パソコンなんか持ち出してきて」


 すると、まだ始まってビール一本も飲んでいないはずなのに、妙にご陽気な様子の草壁が立ち上がったまま、高らかにこう宣言した。


「ええ……宴会も始まったばかりですが、これより、ワタクシ草壁圭介、10万円のロードレーサー購入イベントを執り行いたいと思います!」



 ノートPCの画面には、おそらく彼が前から目星をつけていたらしい自転車通販サイトのホームページがすでに開かれているのだった。


 草壁の宣言を聞いて、ツルイチと亮作がとりあえず、お付き合いで拍手する。

「おおっ!そういえば草壁クン、自転車買いたいって言ってましたものなあ……」

「10万円の買い物!確かに大イベント!」


 ゆかりだけが急な展開にちょっと驚いていた。



 すっかりMC気分の草壁、テーブルの上に用意して会ったペリエのペットボトルを手に取るとそれをマイクにみたてて、司会進行。

「まずは、メインのイベントに先駆けて、特別ゲスト、長瀬ゆかりさんの歌声をお楽しみください。それでは、歌姫どうぞ!」


「ちょっと、待ってよ!急にそんなこと言われても……」

「よっ!お姉ちゃん、待ってました!」

「亮作!あんたちょっと調子乗りすぎ!」

「ママママ!ゆかりさん、理由はどうでもよろしいでしょ?すこし早めですが、早速一曲行きましょうか?」

「あっツルイチさんまで、もうギター持ってきて……」

「なんで、お姉ちゃん不満そうな顔してるの?どうせ歌うつもりだったんでしょ?」

「だって、なんで私の歌が草壁さんのイベントの前座みたいにならなきゃいけないの?」

「ええっ!そこに怒ってたの?」



 そんなやりとりがありながらも、ツルイチがギターを抱えてポロンとやりだすと、それに合わせるように草壁の名調子が被さってくる。


”馬鹿な女と言われても、ほれた男にゃ敵わない。浪花節だと笑わば笑え。流した涙を笑顔に変えて、今日も歌うは女の生き様。それでは歌っていただきましょう。長瀬ゆかりで『浪花節だよ、人生は』……ドウゾ!”



 そういわれると、もはや嫌がりもせずに箒の柄をマイクに見立てて、酔っていようがいまいが、同じようにお嬢様もイベントの前座をこなすのだった。




 そしてゆかりの歌が終わるといよいよ10万円のお買い物タイム。


 相変わらずご機嫌の草壁の司会進行が続く。彼にしてみたらこの冬の数ヶ月はこのために過ごしてきたといっても過言ではないのだから。

「それでは、本日のメインイベント!」

 すると、歌い終わったばかりですぐに、手酌で日本酒のおかわりをしているゆかりが突っ込む。

「あの、今日は私の慰労会なんでしょ?」

「けど、メインが僕の自転車購入式です」

「なんですか、それ……」

「どうでもいいじゃん、そんなこと、お姉ちゃん細かいこと気にするよね?」


 

「では、さっそく商品のご紹介からいかせてもらいます」

 草壁はそういうと、自分の席についてブラウザを操作して目的のロードレーサーのページにまで飛んだ。そして、それが映し出されているノートPCを皆に見せびらかすようにして、ご披露。


「では、商品のご紹介より。『軽量アルミフレームを採用した耐久性にもすぐれるパーツを使用。ギアは18段変則となっており、ツーリングからロングライドに際しても快適な走行が可能。本物のロードバイクの走りが堪能できます』……ということです!」


 草壁は一人ご満悦だが、正直商品紹介まで読まれても興味のない人間にはなんのことやら。

 草壁の隣に座るゆかりは、お酒片手にPCの画面を覗き込むと、草壁に尋ねた。


「もう色とかも決めてるんですか?」

「シルバーがいいかなと」

「ふうん……」

「さっ、もう購入画面に到着しました」


 見ると、確かに草壁のブラウザには大きく「購入する」ボタンが映し出されている。マウスのカーソルもその上にスタンバイしてあるので、あとは左クリック一発……。

 そこで、草壁が隣のゆかりにペコリと頭を下げた。

「じゃあ、あとよろしくお願いします?」

「何を?」

 言われて、ゆかりがすこしキョトンとなった。




「はい!それでは、皆様、お待たせいたしました。いよいよ本日のメインイベントでございます、主賓の草壁リーダーによる、ロードレーサー購入式に入らせていただきたいと思います……リーダーどうぞ!」


 草壁から司会を託されたゆかりが、さっきの箒の柄を握り締めながら、即席MCに代わる。

 すると、対面に座る亮作とツルイチからも大真面目に盛大な拍手が鳴り響き、立ち上がった草壁は一同に神妙に一礼。

 再び、ノートPCの前に座ると、人差し指を立てた右腕を一度頭上高く持ち上げた後に、ゆっくりとマウスの上に置く。


「では、購入いたします」

 という言葉とともに、左クリックポチッ。

 そして、一同に向かって再び深々と頭を下げて一礼する、草壁。


「それでは、無事購入式も終了いたしました。みなさま、どうか、今一度、草壁リーダーへ盛大な拍手をお願いします」

 というゆかりのスピーチが4人の大きな拍手とともに部屋に響き渡り、一応、無事購入式も一応の完了。


 ――と、なるはずだった。



 茶番のほうはこれで終了。しかし、ネットショッピングというのは、ボタン一発だけで購入が決まるわけじゃない。

何度か確認画面を通り抜けて手続き終了だ。うっかり防止のために。

 というわけで、草壁も購入ボタン一発押してから、やはり何度かの購入確認ページを通らないといけなかった。

 

「もう手続き完了なんですか?」

 ノリだけでなんとなくMCまで勤めたゆかりが、PC画面とにらめっこでクリックを繰り返す草壁の隣に再び戻ると、彼の見ているブラウザ画面を一緒に覗き込みながら聞いた。


「あと、確認画面を何回かクリックしたら、完了だと思います」

 草壁が、そう言いながら、PCを操作していた時だった。



 ダイニングにあった電話のベルが鳴った。

 

「ん?」

 一応、部屋の固定電話というのはあるものの、各自携帯を持っているのであんまり鳴ることのない部屋の電話だ。草壁はふと手を止めた。


「誰だろう?」

 草壁の背後で鳴っている。ということは部屋の人間でもっとも電話に近い場所にいる彼が受話器をとるのがもっとも自然。

 草壁は購入手続きを完了する直前で手を止めると、立ち上がって受話器を手に取った。



 電話に出てみると、電話の相手というのが草壁の母だった。

「あっ、お母さん……」

 受話器を持つ草壁が第一声に放った一言で、部屋の一同は誰からの電話かを悟った。あんまり邪魔しちゃ悪い。しかも部屋で暢気に宴会しているような様子がバレちゃまずいだろうから、一同もフッと静まった。



 ところで、ゆかりである。

 草壁が席を立ったあと、彼がいじっていたノートPCをそっと覗きこんだ。

 画面には、草壁が買うつもりでいるロードレーサーの画像と、そのしたに「確認」ボタン。


 徐々に、酔いも回ってきているせいもあるのだろう。彼女はわりと遠慮もなく、草壁のPCを手元に引き寄せた。


 高く持ち上がった小さなサドルと、綺麗な流線型を描くバッファローの角みたいなハンドルを持った、細身のフレームのそれ。

 町乗りにも競技にも使えるらしい、無駄を排除したストイックな見てくれ。いかにも早く走りますよ。って感じなのは、興味のない人間にもよくわかる。


 しかし、自転車に興味のない人間にとっては『こんなもの』にしか見えない。


「よく、こんなものに10万円も使えるわよねえ……」


 すでに赤くなった顔をしたゆかりにとって、自転車と言ったら……。

 サドルがあんまり高いのなんて乗りにくいだけ。サドルはハンドルよりも低いほうが体をまっすぐに起こせて楽だと思う。前にカゴは必須でしょ?あんまり大きくなくていいけど。フレームが軽いとかそんなことより、ハンドルとサドルをまっすぐつないでいる部分は不要。これだとスカート履いてたら、足を大きく上げてまたがるなんて無理だし。

 つまり、ゆかりにとっての「自転車」とは……。



「あんなのじゃなくて……」


 なんだかよく分からないが、背後で草壁が母親相手になんか言いにくそうにゴニョゴニョやってなかなか席に戻ってこないものだから、ゆかり、いつの間にかブラウザを操作して、ママチャリのページを開いてみていた。


「これで充分よ」


 ブラウザは、同じ通販業者の別ページに記載されていたママチャリのページへと移動していた。


 カラーは赤。まあ、色なんかあんまり変な色じゃなきゃなんでもいいけど。



 一方の草壁、母親との電話が妙な方向にこじれていた。

 最初は何の用か?と思っていた。元気か?金あるのか?ちゃんと食べてるか?そんな型どおりのおしゃべりが続いていた。こっちも宴会の途中なんだけどと思うが、そんなことうかつには言えない。

「なんで、こっちに電話したの?」

「あんた、今携帯切ってるでしょ?」

 あっ、そうか宴会の邪魔だから切ってたんだ。

 けど、それでいきなり部屋のほうへ直接電話してきて、なんなのだろう?

「年度末の休み。今度はちゃんと帰ってくるんでしょうね?」

 また、それか!と思う草壁。だが、実はあんまり帰る気がしない。だって、お隣さんとあんまり長い間ご無沙汰してたくないし。けど、正月もバイトを理由に実家をぶっち切った手前、こんども帰らないじゃあ、収まりつかないだろうなあ。

 そんなわけで、草壁、帰るような帰らないような、曖昧な返事を繰り返していたのだった。



「いや、まだ予定はなんとも……こっちも忙しいんだよなあ」

 なるべくうやむやなまま電話を切っちゃおうとする草壁。電話の向こうでは母ががなりたてた。

「あんた、なんで2年生になってから、そんなにうちに帰りたがらないの?!」




 そして草壁の背後ですでに赤い顔をしながらPCをいじるゆかりは、だんだん他人のPCをいじっていることに遠慮がなくなってきた。


 ブラウザで開いた赤いママチャリの画面をじっと見つめながら、価格を調べてみる

「1万円で充分いいの買えるし!これでいいじゃないの?」


 他人がどんな自転車を買おうが関係ないはず。

 しかし、ゆかりは草壁がロードレーサーを買うのが気に入らないのだった。


 まず第一に、危険。


(街中でこんな自転車乗ってスピード出したら危ないでしょ?事故でも起こしたらどうするつもり?)

 

 それから、カゴがないとか、乗りにくそうとか、高すぎるとか……。

 草壁のPCのブラウザに表示されているママチャリを見ているゆかりの目がだんだん据わってきた。

 が、そんなことは実はどうでもいい話。実はゆかりがこの自転車をもっとも気に入らない理由は……。


(こんな自転車じゃあ二人乗りもできないじゃない?高校時代の誰かさんとは、二人乗り出来ても私とはできないていうの?……)


 いつか、草壁が二人乗りが得意という自慢ついでに言ったそんな話をいつまでも引きずっているのだった。




 草壁の背後でそんなふうにゆかりが一人ちょっとふくれっつらになりながら、ママチャリの通販ページを開いていたそのとき、受話器越しの草壁母子の会話がこのようになっていた。


「わざわざ今日電話したのも、あんたが帰ってくるの楽しみに待ってる人とお話させてあげたかったからなんだけどね」

「誰それ?」

「……ちょっと、待ってて……あっ、ほら、圭介から電話よ。」


 受話器の向こうでボソボソ話し込んでいる様子になったと思ったら、元気な女の子の声が聞こえてきた。


「圭介おにいちゃん!こんばんわ!」

「あっ、美香子ちゃん、久しぶり!元気にしてた?」

 受話器の向こうで無邪気に話す相手をすぐに悟った草壁、彼も相手に負けないぐらいの元気さで答えた。




 草壁の放った『美香子』なる女性の名前が響いてくると、それまで大人しく酒を飲みながらPCの画面を覗いていたゆかりがピクリとなった。


 思わず振り返ると、草壁がなにやらうれしそうに受話器の相手と話している。「今日はうちに来てたんだ?」「ああご飯食べてたの?」「こっち?元気だよ」

 随分と親しそうに話す草壁。様子からすると、姉弟とか家族じゃないらしい。たしか妹は居たけど名前は「加奈子」って言ってたと思うから、それじゃあない。

 

(誰だろう?美香子ちゃんって……)


 草壁の話し相手のことがどうも気になるゆかり。しばらく考え込んだ。

 

 ゆかりは左手で頬杖付いて遠い目をしながら上目遣いで視線を泳がせて思案中。それはいい。


 が、頭の中でそんな思案に沈んでいる間、マウスの上に置かれたままの右手への意識がまったく途切れてしまっていた。

 普段考え事をするときにそんな癖があるのかどうかはわからないが、無意識にマウスの上の人差し指を上下に動かしていたりする。

 心、ここにあらずのせいで、そのときスピーカーから流れる小さな「カリッカリッカリッ……」というクリック音には気づいていない。


(ひょっとして、高校時代いつも一緒に二人乗りして家に帰ってた彼女?……それにしても、実家からの電話に出てくるってことは向こうの実家に上がりこんでいるわけじゃないの?つまりは両親公認の仲?……なによ!みんなの飲み会だって言うのに、いつまでもいやらしい顔でヘラヘラと女の子とおしゃべりなんかしてる場合?話したければ、あとでゆっくり二人っきりで話でもなんでもすればいいのに!ホンット空気読めないんだから!)




 草壁のPCを前に急にふて腐れた顔になって、右の人差し指をトントンやっているゆかりを見た亮作とツルイチがヒソヒソ

「なんか、お姉ちゃん急にイラついてないですか?」

「女の人というのは、男にはとかく謎なものです……」




 一方、電話の前の草壁。

「そっかあ!ところで美香子ちゃんの小学校は、春休みいつからだっけ?」




 草壁の発した一言で、急にゆかりの顔色が戻った。

(なあんだ!小学生のいとこかなにかみたい……なーんだ!)




”うん。お兄ちゃんもお勉強忙しいからよくわからないんだ……ごめんね。うん。じゃあ、うちのお母さんにまた代わってくれるかな。じゃあね……って、なんだよ!美香子ちゃんまで使うことないだろ!こっちだって都合ってものがあるんだから!もう切るからね!)




 草壁のほうも、少々長かった実家との通話をそんな感じで終えようとしていたちょうどそのとき。

 今度は、ゆかりの携帯が鳴った。


「あっ、こっちもごめんなさい」


 ゆかりは手元に引き寄せていた草壁のノートPCを元の場所に戻すと、携帯片手にダイニングの扉を開けて廊下に出て行った。

 そして、それと入れ替わるように、草壁が自分の席に戻ってきた。



「す、すみません、宴会の途中で……そうだった、いつまでも自転車の購入式だって言ってもいられない……おっと、もう注文確定画面だったっけ。よし、じゃあ、これをクリックしてっと」



 かくて、草壁の自転車の購入注文が最終的に確定した。




 ゆかりの電話はレッスンの予定変更の連絡ということで、簡単なやりとりの後に彼女もすぐダイニングに戻ってきた。

 もうそのときには、草壁のPCは用事も済んだということで、畳んで脇の戸棚の上に置かれていた。


「じゃあ、改めて、ゆかりさんの慰労会ということで!」

 席に戻ったゆかりを待ち受けるようにして二度目の乾杯が始まると、PCの話も自転車の話もどっかに飛んでいっていつもの宴会として大いに盛り上がったのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 それから、数日後、草壁のもとに真っ赤なママチャリが届いた。




第44話 おわり



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