表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/52

第38話 サンタとマフラー

 ついにジングルベルのカネの音がやたら響きまくる時期の到来。お正月と並んで、何の予定もない人までがソワソワしだすクリスマスが目前に迫ってきた。

 考えてみたら、主人公の草壁圭介と長瀬ゆかりがひまわりが丘の住人となって8ヶ月経とうとしていた。

 ただし、現在片っ方は主にそこからちょっと離れたところにあるオンボロ寮に生活しているわけだが。




 その日、クリスマスを目前に控えたそんな時期に、長瀬ゆかりはとあるショッピングモールの中を一人でウロウロしていた。

 ここに来るにあたって、しばらく考えた。

 百貨店に行こうか?とも。

 で、結局、お値打ちショップの多いこちらへと足を運ぶことになった。

 場所としては、ひまわりが丘近くである。


 

 目的はあるものの、のんびりと賑やかな場所を眺め歩くというのも久しぶりなものだから、一人であちこちとウインドーショッピング。


 中央出入り口をくぐったすぐの大ホールで、浴槽ほどもある植木鉢の中に立っているでっかりクリスマスツリーのお出迎えを受けて、左右のテナントをキョロキョロすると、どの店のウインドウもスノースプレーや、金銀のモールで飾りが施されている。

 もうクリスマス祝わないと罰でもくらうかのように、これでもかってぐらいクリスマス。



 普段は生クリームたっぷりのロールケーキが名物だと謳っている洋菓子屋の前まで来ると、バニラとバターのあのネットリとした甘香ばしい匂いが漂ってきた。

 このお店はシュークリームも人気のようで、このモール内を歩いていると、手にシュークリーム用の細長い折包みを持った人とよくすれ違う。ウナギ屋商法みたいなものである、こうしていいにおいで客を呼び寄せているに違いない。


 その店のガラス窓一面に張り出されているでっかいポスターを見上げてみると、クリスマスケーキの宣伝だ。

 このお店ではまだご予約承り中だとか。


 大粒のトチオトメが押し競饅頭してるみたいに、表面ギュウギュウに敷き詰めたケーキの画像に引き寄せられて近寄ると、白いクリームのぽってりとした肌理がとてもおいしそう。

 こういうケーキでは、サンタさんはかわいそうだが、隅っこに追いやられてしまっちゃっている。

 おもわずその場で一つ買っちゃおうかと思う。

 けど、どのみち、イブもクリスマス当日もお仕事。


(一人で食べても仕方ないし。別にクリスマスだからケーキ食べなきゃいけないわけじゃないし。いらないもん)



 あんまりこんな場所でジッとしているのは危険。

 ついつい買うつもりもないものに手を出しそうだ。お腹の虫が騒ぎ出す前に、そんな物騒な店の前からは離れることにした。



 実はゆかり、こんなところにやってきたのはいいが迷っていた。

 どこで買い物をしようか?をである。




 とりあえず2階にも行ってみよう。そっちにもお店はあったはず。


 床に引きずりそうなほどの大きな荷物を下げた、イヤーマフやマフラーをした厚着の買い物客たちに混じって、小さなバックを両手に抱えたゆかりもエスカレーターのステップの上へと足をのせた。


 中に着込んでいるものが違うのか、それともコートの材質のせいなのか、首元をファーが被う青い深海色したゆかりのウールコートだってちゃんと冬本番仕様なはずなのに、他の人たちに比べて彼女だけがやけに、スリムに見える。

 ひょっとしたら、この時期に着るには少し丈の短すぎるスカートから覗く黒いタイツのシルエットの細さのせいかもしれない。


(何がいいだろうなあ?……)



 天井から下がる、煤がっかたような緑色をしたヒイラギの葉で編んだクリスマスリースの赤いリボンが空調の風を受けて揺れているのを見上げながら、ゆかりはずっとそればっかり思っていた。



 二階フロアに降り立つと、ちょっとキョロキョロしながら案内板で売り場を確認してみる。


 再び言うが、ゆかりは悩んでいたのである。

 何を買おうか?について。

 実はクリスマスのプレゼント、なのだが、適当なものが思いつかない。

 最初、百貨店に行こうかと思ってやめたのには訳がある。値の張る高級ブランドもののプレゼントでは誤解を受ける可能性があると思った。あくまで普段お世話になっているお礼として。だから、何を買うかだけでなくプレゼントの値段にも気を使わなければならなかった。



 アクセサリーって言っても指輪とか好んで着けるタイプじゃないし。衣料品かな?


 紳士衣料のショップは……、あっ、あっちに何軒かある見たいだと思ってそっちに向かおうとした瞬間。


「何かお探しですか?」


 そんな声に振り向くと、親友の辻倉あやが立っていた。

 開け放したダブルボタンの薄桃色のコートの下に、胡桃色の濃淡ボーダーをしたカットソーが覗いていた。

 フリルの飾りのある袖に掌を半分も隠すようにして立っていると、長身の彼女がとても子供っぽく見えた。事実、子供みたいな顔をして笑っている。

 片手に下げた四角い紙袋は他所のフロアのとあるショップのもの。

 取っ手のところが、赤と黒の組み紐でできているそれ、お菓子屋のやつよりはちょっと上等の作りとなっているのは、きっと客単価が食品よりそれだけ上だからだろう。


 一瞬、あやちゃん、何買ったんだろう?と思ったが、目の前のあやが、面白いもの見つけたみたいな顔でゆかりをじっと見るから、ゆかりは少し慌てるように


「ま、ちょっと……」

 と言葉を濁すと、さらにニヤニヤしながらあやが

「ちょっと、男の方へのプレゼントですか?」

 

「違います!」

「けど、案内図見て、あっちのメンズのフロアに行こうとしてたじゃないですか?」

 さては、こっちの様子を確認してから声をかけてきたな!と思うが、努めて動揺は隠して


「あの向こうにカバン屋さんがあるから、いいバックないか見に行こうとしてたの!」

 ちょうど、そんなショップがあって助かった。ところで……


「あやちゃんこそ、なにやってるの?」

「両親へのクリスマスプレゼント買ってたんです」

 そう言ってあやは手に提げていた紙袋をゆかりのほうへ掲げて見せた。


「へえ……そうなんだ。じゃあ、私はこれで」


 ゆかりはそっけなくそう答えると、あやに背を向けて、売り場へ向けて2,3歩足を踏み出す。ちゃんと手を振ってお別れの意思は伝えたつもり。……だったのだが。


「ん?」

 後ろを振り返ると、あやがぴったりと後ろをついてきている。

「どうしたの?あやちゃん」


 さっき会計済ませたばかりの客がすぐに戻ってきたみたいな顔しているゆかり。

 あっ、ゆかりさん、私のこと微妙に無視しようとしている。と、あやも少し勘付いたが、ただのバック見に行くのになんでその反応?と思う。


「ゆかりさんがどんなバック買うか、面白そうだから見てみたいんですけど」

「あっ、そう……ま、別に今日どうしても欲しかったわけじゃないから」

「そうなんですか?」


 あっけにとられるあやを他所に、今度は反対方向に歩き出そうとするゆかり。

 近所の顔見知りとすれ違ったあとみたいにして、すぐにあやを置いてどこかに行こうとする。

 

「暇だったらどっかでお茶でも飲みませんか?」

 さっきから、ゆかりが何をやりたいのかどこに行きたいのかよく分からないが、あやの目の前であっちいったりこっち行ったりする。おしっこ我慢している子供みたいだ。

 けど、あやがお茶に誘うと、普段はわりと気軽に応じてくれるはずのゆかりが、とても素っ気無く

「私、今日は忙しいから」

 と言って、その場を離れたがる。

 つまり私がいたら邪魔ってことですね。これからメンズのショップで誰かさんに何かを買うのを見られたくないってことですか?


「じゃあ、私もこれで帰ります」

 仕方ないので、あやがゆかりに手を振ってさっさと下りエレベーターに乗った。下って数秒たってからだろうか、クリスマス大売出しの大きな横断幕のかかった、二階フロアの手すりから身を乗り出すようにしてゆかりがあやに手を振っていた。


「また、こんど電話するねー!」

 

 あやがどっか行くとなったらとたんに笑顔になって手を振っているゆかりに同じように手を振り返すあや。だが、こっちの顔に笑顔はなかった。

(まったく、なんなんだろう、あの人は……)




 その日、悩んだ挙句ゆかりが買ったのは、ベージュ地に黒いラインの入ったチェック柄のマフラーだった。

 見た目も、お値段もごくありふれたもの。

 ウール素材のそれのお値段は5000円也。

 一応ラッピングも施してもらってのご購入ということで、帰りはさっきのあやみたいに、そのショップの紙袋を一つさげて、ショッピングモールを後にしたゆかりだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ちょうどその頃、草壁圭介のもとへ実家の母からとあるもの届いた。


 宅急便の伝票を貼り付けて届けられた包みは、地元のデパートの紙袋だったが中を開けると出てきたのは黒い紙の箱。

 光沢を消した表面の加工の手触りがなぜかツルンとしている。開口部が若干湾曲しているので全体はラグビーボールの両端を切って平たくしたみたいな箱。デザインがちょっと凝っている。

 箱に書いているブランド名は草壁にはよくわからないが、多分そこそこお高そうなイメージだ。


 で、その箱に何が入っているのだろうか?と思って取り出してみると――。

 

 真っ白なマフラーだった。



 さっそく草壁が実家に電話を入れてみた。


「マフラー届いたよ。ありがとう。けどこれいいものじゃないの?」

「ああ、それ?福引の景品で当てたんだけど、メンズって言うし、それに見たらホントウに真っ白でしょ?私やお父さんが着けるとちょっと派手みたいだから、あんたのほうが似合うと思って」

「あ、そう……」


 その後、ちゃんとご飯たべてるの?お金あるの?といかにも母親らしい話が受話器越しに実家の母と続いた草壁。

 若干、この時期に触れられたくない話題があるものだから、さっさと電話を切ろうと思ってなんとかきっかけがないか探していると、その前に向こうからそれを聞いてきた。


「ところで、あんた正月休みはいつ帰ってくるの?」


 来た……。この話題だけは避けて通りたかったのである。


「あっ、それだけどね!――」

 草壁はなんとか笑い飛ばして一気にこの話題を終わらせようと必死。受話器を握りながら、作っても意味のない笑顔を作っていた。


「――実は、こっちのバイトが忙しいから今年は無理だと思う!」

 いやあ、まいったまいった。もうバイトの後輩っていうのが、全然仕事覚えなくて、それで向こうの女将からは書き入れ時には、休まないでくれって言われちゃってるもんだから。僕も、そう言われたら断り切れなくて!


「いい加減にしなさいよ!あんた夏も2泊しただけで帰ったじゃないの!一体どういうつもりなの?……ひょっとしてそっちにいい人でもいるの?」


 うっ!さすが母。妙なところでカンがいい。なんなら一緒に連れてきなさい……って違う、違う。っていうかデートにもマトモに誘えてません。まあ、そんなことはどうでもいい。さっさとこの電話終わらせちゃえ!


「ま、まあ勉強も忙しいし、バイトもそんなのだから。マフラーありがとう!また電話するから、おやすみ!」


 最後は、一方的に受話器を切った草壁だった。




 かくして、純白の高級カシミヤマフラーを手にした草壁。


 ちゅうどいい具合にマフラーを持っていないところに、こうして高級品が自分のものとなったので、さっそく部屋の鏡の前でちょっと巻いて見て、自分とにらめっこをしてみる。

 似合ってるかどうかはよくわからないが、いいものだ。

 別におしゃれに特別興味があるわけじゃないが、新しい衣料品を手に入れるというのは、気持ちがいいもんだった。


 ただ、巻いてみてちょっと気にならないわけでもない。

 やはり少し派手かな?と思った。


 確かに実家の親が自分たちが巻くのに躊躇する気もわかる。

 あまりに真っ白すぎるのだ。

 もうすこし、クリーム色がかっているとか、アクセントにラインでも入っているならいいが、端から端まで白一色。

 それも雪のように白い、といようりも、晴天の雪原のように、眩しいぐらいの白。

 生地は、のっぺりとした100パーセントカシミヤ地。

 コーディネートに気をつけないと、このマフラーのせいでキザに見えなくもないような気がする。



 けど、手に触れてみるとさすがに、高級品というのはよくわかった。

 生地自体は決して分厚くなくて、むしろ薄いぐらい。しかも軽い。けど首に巻いてみるとわかる、ずっしりとした暖かさ。

 防寒具としての機能も一流だと思われる。




 その晩、買い物を済ませて双葉荘の寮に帰ってきたゆかりは、買ってきたマフラーをちゃぶ台の上に置いて一人で悩んでいた。


 これ、どうしよう?



 まず渡す理由がはっきり言って見つからない。

 クリスマスプレゼント?

 それは恋人同士なら問題ないだろう。けど、わたしたちただの友達のはず。友達同士でプレゼント交換しちゃいけないわけじゃないけど、じゃあ、他の友達にプレゼント渡したりしているのか?と言われるとそんなことはしていない。


 しばらく贈答用に綺麗にラッピングされた包みを見ていたゆかり。


「こういうラッピングがあると、ちょっとやりすぎかも?」


 そう考えるとラッピングは余計だった気がする。これはがしちゃおうかしら?と考えてみたりするゆかり


「けど、ラッピングはがしたからと言って渡しやすくなるわけでもなし」


 マフラーの包みを前にゆかりの煩悶は続く。


「そうだ!双葉荘ではお世話になっているから、クリスマスプレゼントじゃなくてお歳暮という名目で!じゃあ、紅白の熨斗袋を着けて見たらいいんじゃないかしら?」


 って、どこの世界にお歳暮にマフラー送る人がいる?っていうか、余計不自然。



 って調子で色々と考えるが、さり気なく相手に手渡す名目も方法もわからない。

 やっぱりこんなもの調子に乗って買わないほうがよかったかもとつくづく思った。

 けど、12月に入ってから実は何かというとこのことばっかり考えてたものだから、もう買わないと収まりがつかない自分にも気づいていた。


 そして、買って後悔である。


 彼がマフラーを持っていないことは事前にリサーチ済み。

 それを踏まえての買い物だった。


「プレゼントって言うと重いから、ついでに渡すみたいな格好がつかないかな?……あっそうだ、むき出しのヤツを手渡すっていうのはどうかな?『草壁さんマフラーもなしじゃ冬は寒そうだから、これ使わないマフラーだけどあげます』とか言って」


 いや、待て、子供服のお下がりじゃないんだから、そんな渡し方は却って失礼か?それに私の使い古い渡すみたいに思われかねない。


「けど、そのほうが向こうに喜ばれたりして」


 私、何考えてひとりでニヤついてるんだろう?我ながらちょっと気持ち悪い人だった……。



 結局、いい案も浮かばないまま、マフラーの包みはちゃぶ台の上に置かれたまま夜は更けた。

 クリスマスまであと数日というある日のことであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌日、草壁は両親からもらった白いマフラーを首に巻いて大学に行ってみた。

 以前、ミッキーマウスのTシャツを着ていったときみたいに、ちょっと友人たちの話題になるんじゃないかと期待していた。もちろんあの時とは逆ベクトルの反応を、である。

 しかし、予想していたが、見事に無反応。

 そりゃそうだろう。冬にマフラーしている?それがどうした?である。

 さりげなく、寒いからついにマフラーしちゃったよ!なんて言ってヘラヘラ笑ってみたが、返ってきた答えとしては「そう?ここのところ結構暖かくないか?オマエそんなに寒がりだったの?」というもの。

 さらにカシミヤのマフラーだとも言ったが、「あ、そう」でおしまい。


 分かっちゃいたが、普段の自分が身に着けないような高級品を付けていったというのに、とオシャレには疎いほうの草壁もがっかりせざるを得なかった。



 たった一人反応してくれた人がいた。


「先輩、そんな白いマフラー持ってたんですね」

 大学の帰りに『偶然』いっしょになって帰宅した今木恵である。

 出会ったころほど、頻繁かつアカラサマに草壁を追い回すことも少なくなったが、まだこういうことはちょいちょいあった。


 ところで今木恵のほうであるが、いまだに草壁と辻倉あやが付き合っているといういつぞやから、ずっとあやがつきとおしているウソには半信半疑ながら、草壁が自分になかなかなびいてくれないものだから、ちょっとテンションも下がり気味であった。


 そんなときに、ふと見ると草壁が真っ白なマフラーをしている!


 こういうとき、妙な勘の働くのが恵だった。

 咄嗟に思ったのは、「あれは、間違いなく誰かのプレゼントだ!」というもの。草壁の普段の服の趣味を知っている彼女にしてみたら、遠目でもちょっと目立つようなあんな真っ白な長いマフラーは草壁のチョイスじゃないと気づいた。


 ということは、まさか彼女(辻倉あや)からのプレゼント?


 そう思った恵が草壁を速攻で追いかけて今に至っている。



「そのマフラーとっても似合ってますよ」

 草壁と並んで歩きながら、さり気なく恵が探りを入れてみた。

 初めて人から、マフラーの話題を振ってもらってちょっとうれしい草壁。ありがとうと照れたような笑いを浮かべた。


「彼女さんからのプレゼントですか?」

 うらやましいですね。とでも言いたげにからかうような笑顔で草壁を覗き込む恵。

 すると、草壁は

「違う、違う、親が福引であてたものをもらっただけだよ」

 というので、思わぬ答えに一瞬キョトンとなる恵だった。なーんだ、そんなことだったの。けど……

「私、てっきり恋人からすこし早めのプレゼントもらったのかと思いました」

 

 草壁もうかつな男だった。恵の言葉に笑ってこんなことを言いかけた


「残念ながら、そんな人は……」


 そこまで言って、口をつぐんだ。マズイ、まだあの設定生かしとかないとマズイのかも?と。


「あれっ?辻倉さん?……」

「うん、まあ、そうだよ。うん……」


 慌てて口を濁す草壁だったが、これで、また恵のアタマの中では、「草壁辻倉恋人説」の判定が相当クロのほうへ振れることになった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その後、電車の中で恵と別れた草壁が向かったのは双葉荘。

 本日も夕方からバイトの予定であった。



 件の白いマフラーを巻いて旅館までの道のりを歩きながら、これを見たゆかりがどんな反応をしてくれるのか、ちょっと楽しみな草壁。


(大学の友達みたいに無反応ってことはないと思う。恵ちゃんみたいに『似合ってますよ』ってぐらいは言ってくれると思う。いやいや、待て待て、案外もっと食いつきよかったりするかもしれないぞ。『うわぁっ素敵なマフラーですね。いいなあ』なんて言いながら、目をキラキラさせて。そうなったら『ゆかりさんもこんなの欲しいですか?』とか聞いてみたりして。それで向こうが『欲しいなあ』なんて言い出したら……)



「クリスマスプレゼントを渡す絶好の口実だよ!」


 妄想は一方的に広がる。夢だけはいくら見てもタダだし。

 草壁だって、ゆかりに何かしたいとは思っていたのだ。が、ちょっと二人でどっか出かけようって誘っても来てはくれない彼女だ。クリスマスにプレゼントなんか渡したって突っ返されるかもしれないと思っていた。

 今さら断られるのが怖いわけじゃないが、あんまりシツコイのも本気で嫌がられるかもしれない、とは気になっていた


(そのときは、色違いで御そろいのカシミヤのマフラーをプレゼントしてみようかな?)


「こういうのをペアルックって言うんだよなあ」


 勝手に二人で揃いのマフラーをして歩く姿を想像しては、一人ニヤつきながら双葉荘への道を歩く草壁だった。



 浮ついたことを考えていると足元まで軽くなるのか、あっと言う間に双葉荘に到着となった。




 双葉荘正面入り口近くにまでやってくると、大きなガラス自動ドアの前で腰のところにハンドワイパー差したツナギ姿の人間が、スプレーボトルの洗剤をガラス面に吹き付けている姿が目に入った。


 ズングリとしたツナギ姿だって、スタイルのよさは後ろからでもはっきり分かる。

 帽子のフチから垂れる、束ねた長い黒髪を揺らしてガラス窓の拭き掃除をしているのはまちがいなく長瀬ゆかりである。


 

 草壁にしてみたら、ちょうどいいタイミングに出会えたわけだ。

 屋内に入ったらいつまでも寒そうにマフラーたらしているわけにもいかない。そのうちマフラー見せることなくクリスマスも終わっちゃうかもしれない。

 さっそく彼女の反応を確かめるべく、ニヤニヤしながら、ゆかりの背中に近づいていった。


 草壁、わざと立ち止まって、ゆかりにマフラーをアピールするように、心持ちアゴを上げ気味にしてご挨拶。

 さあ、このマフラーを見て、どんな反応を見せる?

「お仕事ごくろうさまです」


 ゆかりのほうも自分が向き合っているガラス面に背後から迫ってくる人影が映っていたので、彼の接近は気づいていた。

 草壁の声と同時にクルッと彼のほうへ振り返った。

 

「あっ、こんにち……」

 振り向きながら、そこまで声を出しているところまでは、ニコやかだったゆかり。

 しかし、そこに立っていた草壁の姿を確認すると同時に、表情がすぐに変った。

 突然。



「あああっーっ!!」

 大きく目をむいて、叫ぶじゃないか。なんだ?このまえ岩城がパーティー用の伊万里の大皿割ったときみたいな顔をしてるけど?



「どうして今頃になってそんなもの買うんですかぁ?!」


 まるで買っちゃいけないみたいなことを大きな声で言うゆかり。

 どういうこと?と、草壁のほうはまったく意外な反応に驚くばかりだった。


「い、いきなり何なんですか?……別に買ったわけじゃないですよ」

「じゃあ、どうしたんですか?」

 なんだ?夫の風俗通いの証拠でも見つけた奥さんみたいに詰問してくるゆかりに、わけがわからないまま草壁が一頻り事情を説明した。


 すると、ゆかりがなぜかふてくされている。

 あっそうですか?ソープ行ったのも仕事のお付き合いで仕方なくってことですか。あっそうですか。って様子だ。


「へえ、もらい物ですか?カシミヤですか?高級品ですか?暖かいんですか?お気に入りなんですか?……よかったじゃないですか!」


「人のマフラー見て唐突に機嫌悪くならないでくださいよ!!」


 まったく見当つかないところでヘソを曲げているゆかりに草壁も混乱するしかなかった。

 やがて、

「私は忙しいんで……」

 そういうと、窓拭き道具を抱えて、ゆかりはどこかへと足早に去って行った。

 

 なんなんだ?あの人は?

 まだ窓拭き途中じゃないのか?



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 結局その後、ゆかりの買ったベージュのチェック柄マフラーはどうなったか?

 その後、しばらくは双葉荘のゆかりの部屋に置かれたままであった。


 草壁の話では、両親からのもらい物だというし、それなら、改めてマフラーを渡してあげてもいいかも?別にマフラーが二本あってはいけないわけじゃなし。

 

 しかし、相変わらず悩みは「いかにしてさりげなく渡すか?」であった。



 そうして、クリスマスイブの日がやってきた。

 その日、ちょうどピアノ教室のために一時的にひまわりが丘の商店街にある自分のピアノ教室に戻っていたゆかり。

 

 そこで、あることを目撃していしまう。

 2軒先のお隣さんである、「今木整骨院」の娘、今木恵が、ちょうどそこを通りがかった草壁を『偶然』ピアノ教室の前で捕まえると、なにやら包みを手渡していた。

 この時期にきちんとラッピングしてあるフデバコほどの『何か』を手渡している!

 中身はわからなくても、間違いなくクリスマスプレゼントだ!


 この件に関して、草壁に悪いところはまったくないはず。

 それはゆかりにも分かっちゃいるが、にやけながら、教室のまん前で恵からなにか受け取っている草壁を見ていると妙にムカついてきた。


 結局、マフラーはラッピングをすべて剥がされたあと、ゆかりのカバンのなかに押し込められた。


(もういいわ。どうせ渡すアテもないし。なんだったら私が自分で巻けばいいし)


 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 そして迎えたクリスマス当日。

 本来は当日、ということでクリスマス本番のはずが、なぜか日本ではイブの夜が本番みたいになっているせいで、12月25日というのは、もう意識がお正月に半分向かっていたりする。


 その日のお昼のちょっと長めの休憩を双葉荘の自分の部屋で寝て過ごしていたゆかりも、もう今年のクリスマスは終わったものと半分諦めかけていた。

 結局、一人でマフラー買って、自分用にしておしまい。

 ケーキもご馳走もない淋しいクリスマスだったなあ。



 灯油ストーブの発するトロッとした揮発臭がかすかにただようワンルームの畳の上で毛布を被ってゆかりが寝ていると、ドアをノックする音が響いた。


 

 こんなところにこんな時間にやってくるなんて、だいたい相場が知れている。

 いやな人が来たみたい。

 すばやく、ツナギ姿のまま起き上がるゆかり。


 すると来客は思ったとおり、若女将の芳江だった。

 この人が急にやってくると、大体急な仕事の依頼だ……と思ったら、今日は違うらしい。


 本日は着物姿の芳江。しかし、本日はクリスマス仕様らしい。黒地の帯びには、赤……といっても少し明るめのアズキ色に近いような赤無地の着物は、多少サンタさんを意識しているみたいだ。見た目も派手やかだった。

 その芳江、今日は珍しく仕事の依頼で来たのではなかった。

 お盆の上に、ショートケーキほどの大きさにカットされたクリスマスケーキを乗せてやってきたのだった。


「これ、昨日のうちで食べたケーキなんだけど、よかったら召し上がってくれない?」

「ありがとうございます」


 断面に生クリームの層を幾重にも見せて、大きなイチゴをゴロゴロ乗っけたケーキ。一人で食べるにはちょうどいいようにカットされてたが、素人仕事の断面は、スポンジが所々ささくれ立ってこぼれていたりする。いかにもなご愛嬌。


 かわいい飾りなんか載っていない素っ気無いものだが、


「うちの子の真奈美がね、『ゆかりちゃんにもこのケーキをあげる!』って言うものだから、一晩とっておいたのよ」

「あ、そうなんですか?真奈美ちゃんにもありがとうって言って置いてください」

 今でもときどき家政婦として葉月家に出入りしているうちにすっかり仲良くなっていた、若女将の娘からのささやかなプレゼントにゆかりは思わず微笑んだ。

 けっこうチビッコには人気のゆかりである。


 が、この若女将、せっかくゆかりがほんわかほのぼのとした気持ちでケーキを受け取ったと思ったら

「どうせ、今年のクリスマスは何にもなかったんでしょ?せめてケーキぐらいどうぞ」

 と余計なこと言って、ゆかりをムッとさせた。


(余計なお世話よ!)



 その手の気遣いが却って侘しさを増すとは思いつつも、ケーキはケーキ。

 仕事が終わったら食べよう!

 本日はプッチンプリンじゃなくて一応ケーキが食べれる!ゆかりにとってはちょっとしたご馳走であった。



 今日は洗い場に応援に入ったら、翌日はお休みなゆかりだった。

 仕事終わりに、あのケーキを食べて、ひまわりが丘に帰って今日はあっちのお部屋でゆっくり寝ましょう。

 という予定であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 結局、その後、ゆかりはこのケーキを食べれなかった。


 その日のシフトは、渡辺、福田、草壁、そしてゆかりということだったが、仕事中に渡辺に食われてしまったのだった。


「渡辺君どこ行ったの?」

 と大声で呼んだところ、口のまわりを真っ白にしながら厨房の奥から出てきたときにはさすがのゆかりもその場にへたり込んでしまった。

 


 だが、仕事自体は無事に終わり……



「あの……ゆかりさん、この前から機嫌ちょっと悪くないですか?」

「別に、悪くないです」

「けど、今日は口数少ないし」

「今日はショックなことがあったからです」


 そんなことを話しながらゆかりは、草壁とともに、ひまわりが丘へ帰るべく駅へと歩いていた。

 本当なら、愛車である青のラパンのハンドルを握っているのだが。


「そういえば、ゆかりさん今日はクルマじゃないんですね?」

「私のウサギちゃん、弟が貸してくれっていうから貸してあるの」

「へえ……」


 彼女とデートだとか。


「ショックなことって、渡辺がケーキ食べられたことですか?」

「もう、名前書いてないから大丈夫だと思ったって、本気で言われたときには私、目がクラクラしちゃいました」


 駅まではゆるやかな坂を下って15分も歩けばつくような道のりだ。

 こんな夜は、普段静かな住宅街の家々もイルミネーションを輝かせているところがチラホラあって少し明るく賑やかだった。


 しかし、ゆかりが少し機嫌が悪いのはケーキだけのことではなかった。

 そう、マフラーだ。結局、クリスマスも終わろうとするのにもう渡すきっかけはつかめなかった。

 昨日、恵からプレゼントをもらっている草壁を見て、半分腹立ち紛れにラッピングも破ってしまっている。

 今さらどうしようもないまま、今も自分のバックに仕舞いこんだままであった。


「そういえば、草壁さん、今日はマフラーしてないんですね?」

「それほど寒くないじゃないですか?天気もいいし」


 草壁の言うとおりだった。

 この時期、夜更けすぎに雪でも降ってくれたらクリスマスムードもさらに盛り上がりそうだが、残念というべきか昨日も今日も暖かい夜だ。

 見上げると、冬のオリオン座の3連星が澄んだ夜空にくっきりと輝いていた。



「じゃあ、ゆかりさんは今年はクリスマスケーキは?」

「食べ損ねました」

「それなら、ひまわりが丘についたら、ケーキ屋探してみませんか?僕も今年は食べてないし、部屋に帰ってみんなで分けましょうよ」

「あっ、そうですね。今だったら売れ残りが安く手に入ったりして」



 という訳で、ひまわりが丘の駅に降り立った二人はさっそく駅の北口、つまり商店街や自分たちの住むマンションのあるほうとは反対側に出てみることにした。

 商店街に気のきいた洋菓子屋はない。それにくらべて、北口にはコジャレタ洋菓子屋がいくつかあるのは知っていたからである。



「あやちゃんがね、この辺でイチオシだっていうお店があっちの通りにあったけど、やってるかしら?一度モンブラン食べたけど、おいしかったですよ」


 有名店では、予約販売のみというところもよくある話なので、簡単に売れ残りが手に入るかどうかは分からないが、どうせ食べるならおいしいところのがいいということで、二人はとりあえずその店を目指してみた。


 時間帯としては営業そのものが終了している可能性もあるのだが。


 

 立地ではなく完全に味で勝負しているようなその店は、賑やかな表通りからは少し入った路地裏というような場所に並んでいるのだった。

 二人は駅を出るとすぐに、細い路地へと入り込んだ。

 あんまり土地勘がない二人。だが、方向さえ間違わなければ道というのはどっかに続くモンだろうと思って歩いていると、じきに見知らぬ場所に出てしまった。


 まだ駅の近くだが、商店の並びが途切れて、一戸建てやマンションが道の両側に並んでいるようなところだ。自動車一方通行となっているような細いアスファルトの通りである。



 軒並み並ぶ商店のネオンやライトアップされた街路樹のあかりのせいで夜でも眩しいぐらいのオモテ通りから少しはいるだけで、まばらな街灯がともるだけの薄暗い路地であった。「痴漢注意」のポスターもさもありなん。



 二人の靴音だけがやけに響くような、粛としたそんな夜道を草壁とゆかりが歩いていたときである。


「おーい」


 やけに弱弱しい声が耳に入ってきた。道路脇の家から洩れるテレビの声かとおもうぐらいに小さなその声。二人がそちらをちらっと見て、途端に揃ってギョッとなって立ち止まった。


「あんたたち、ちょうどよかった。いいところに通りがかってくれたよ」


 汚れた入居者募集の張り紙がペタペタと何枚も壁に貼ってある、すこし古びた賃貸マンションに両側を挟まれたその場所は、いちおう公園のようだった。

 遊具らしいものはなにもないが、中央の灯火が地面に敷き詰めたストーンタイルのカラシ色したオモテをぼんやりと照らしている。

 元は小さな民家でもあったその跡地を都市計画法とかそんなもののために、無理矢理行政が公園にしちゃったみたいな小さなスペースである。


 その公園のど真ん中、ちょうど灯火の下に、焦げ茶色をした全身タイツ姿のオジサンが突っ立っていた。

 オジサンの前には全身タイツと同じ色の長机にパイプ椅子が一脚。ここからでは何の箱かよくわからないが、足元に空き箱が10個、いや20ぐらい、口を無造作に開けたままアチコチ転がしてある。


 そのオジサンの恰幅がちょっといいせいか、クリスマスのブッシュドノエルが立っているのかと、その色味から思った。


「そこのあんたたちのことだよ!いいから、こっちおいで!」


 ちょび髭生やしたオジサンが、アタマの先まですっぽりと包み込んだ着ぐるみから丸っこい顔だけ出しながらしきりにゆかりたちを手招きした。

 見渡したところ、他に人通りもないこの辺りである。


 多少不審には思ったが、怪しくはあっても、危なそうな雰囲気がないものだから、草壁とゆかりは手招きに応じて、その公園へと入っていった。


 近寄ってみて、オジサンの着ている全身タイツがなんなのかわかった。

 これはトナカイの着ぐるみだ。

 が、シンボルのはずのトナカイの立派な角は、芝エビみたいなのがちょこんと乗っているだけなので近づかないと分からない。

 それも、近づいて頭に角があるとわかるのじゃなくて、首元のチョーカーから、小さなクリスマスリースらしき飾りものがぶら下がっているのを見てようやく正体が推察できる、というような着ぐるみであった。

 

 

「よかったよ、やっと人が通りがかってくれた」


 まるで遭難した人みたいなことを言うトナカイオジサン。

 だが、近づいて顔をよくみると、ホントウに遭難していたみたいに衰弱しきった顔をして肩で息をしていた。


 が、口の周りが真っ白に汚れているのであんまり深刻な感じがしない。というかこんな街中で遭難なんかありえないだろうが。



 草壁とゆかりが公園に足を踏み入れると同時にオジサンが机の上に置いてあった箱を指差し

「ケーキもらってくれんか?」

 と言った。



 近づいて良く見ると、トナカイオジサンの足元に散乱しているたくさんの空き箱と同じ箱である。


「どうしたんですか?」


 突然のことに驚く草壁。もらってくれと言われてもいきなりそんなもの、言われもなくもらえるわけもない。もちろん隣ではゆかりも目を丸くしていた。



「聞いてくれ……」

 そういいながら、トナカイオジサンはパイプ椅子に座った。公園のど真ん中に広げていた長机の上には半分ほど食いかけのクリスマスケーキが置いてあった。

 なぜかはよくわからないが、トナカイオジサンはそこでずっとケーキを食べていたようだった。

 椅子に座るなり、黙々と食べさしのホールケーキの断崖にフォークを差し入れ、そして掬い取った固まりを口に文字通り押し込む。

 時々、エヅイたような唸り声をあげながらも、手と口を休めない様子はまるっきりフードファイターそのものである

 虚ろな目にはうっすら涙が滲んで見えた。



「私は、ケーキ職人なんだ」


 必死の形相でケーキを口に押し込みながらオジサンが話だしたときである。


「あっ、雪だ」

 ゆかりの声に思わず目を上げてみると、夜空から白いものが舞い降りてくるのがわかった。

 風のないその夜に、花びらのようにゆっくり降りてきた雪片がとても軽やかに地面に落ちた。粉雪というのは冷たく、そして積もりやすいものだ。


「今日は、わりとあったかいと思ったら、急に……」

 草壁もゆかりの隣で舞い降りる雪の行方を幾筋も追いながら驚いていたが、ケーキに必死のトナカイオジサンはそんなことはどうでもいいようだった。

 聞いてもいない話を勝手に続けだした。



「どうして、ケーキ屋がこんなところでケーキを食べているか知りたいだろ?」

 別に知りたくない。というか、ケーキ屋じゃなくてもこんなところで一人でケーキを食べている人なんていない。


 が、そんなことお構いなく、トナカイオジサンはケーキを口に押し込みながら話を続けた。


「毎年のようにこの時期になったらケーキを作っていたが、去年思った以上によく売れたんだよ。イブの夕方には作った分が全部売り切れちゃって、せっかくうちのケーキを楽しみに買いに来てくれたお客さんががっかりした顔で帰ってゆく姿を何人も見ちゃったんだ。

 それがあって今年はがんばった。

 いつも以上にたくさん作った。だが、一緒に店をやっているうちのカミさんは売れ残ったら大変だからそんなに作るなと言うんだ。

 けど、私は商売人じゃなく職人だ。去年みたいなお客さんをもう一人も出したくない。カミさんに、大丈夫だ全部必ず売れる!とそう大見得きって、いつもより大量にクリスマスケーキを作ってしまった。

 だが、イブの夜の商売が終わってみると、作ったケーキが大量に余ってしまった。

 怒ったのはうちのカミさんだ。もうクリスマス当日になったら、そろそろ半額にしないと売れなくなってくるが、それでも今日は朝から誰一人クリスマスケーキに見向きもしなくなってしまった。

 売れ残りをすべて捌くまで家に入れないと言われてしまった。そこで、こうして、残ったケーキを持って私は売りに出ているんだ――」


 トナカイオジサンの独白の間、降りしきる雪は、その勢いを増していた。

 が、草壁もゆかりも目の前で、聞かれもしない話を一人で話しながらケーキを食べるおじさんに目が釘付けとなっていたせいで、そのことにはあまり気がついていなかった。

 アタマの中では、いっぱいのクエスチョンマークが乱れ飛んでいたせいでもある。


「――しかし、ケーキは売れない」


「こんなところで、そんな格好の人から誰がケーキ買うんですか?」


 非常に冷静な草壁の突っ込みだったが、オジサンには聞こえていない様子だ。そのうち、スポンジくずをボロボロこぼしながらも、ケーキのほうは残り4分の1ほど残すばかりとなっていた。


「もはや自腹を切るのは仕方ないが、職人として自分の作ったものを捨てるなんてことはできない」

 

「それで、ここでずっとケーキを売らずに、食べてたんですか?」

 オジサンの事情をあらかた理解したゆかりが驚いた。

 

「ようやく、これだけ食べた。しかし残った最後の一個はもう喉を通らない……限界だ……」

 オジサンの目の前のケーキは、フォーク一刺し分ほどにまで減っていた。

 そして、机の上にはオジサンがもう食べることのできない最後の一箱のケーキとその小さなケーキ片だけが残ることとなった。

 

 頬の辺りまで生クリームの白い跡を点々とつけたまま疲れきったような様子のオジサンが、まるで今わの際の遺言でも言い残すように『限界だ』といい終わったあと、最後のひとかけらのケーキを口に押し込んだ。


 見ていると、その一口はもう咀嚼することもせずに一気に飲み込んでしまった。



 やがて、うつろな目のまま、しばらく宙を見つめていたオジサンがようやく発した一言


「積もったか……どうりで寒いわけだ……」


 という呟きに、やっと我に返ったようになったゆかりと草壁がふと、あたりを見渡してみると公園は一面真っ白な雪に覆われていた。

 そのかわり、オジサンが独り言を言いながら黙々とケーキを食べていた間、まるで炭酸水の中を泳いでいるみたいにも見えた粉雪の勢いが、いつのまにかぱったりと止んでいた。

 公園灯の向こうの夜空は、やはり何事もなかったみたいに綺麗に澄んだ星粒を輝かせていた。


 ただ、さすがに雪が降っただけのことはある。

 気がつくと、急に冷え込みを感じた。かじかんだ指先がちょっと痛かった。


「マフラーしよ」

 最後の一口をやっつけ終わったオジサンが、足元に散乱した箱を片付けている様子を目の前にみながら、草壁は自分のカバンからあの白いカシミヤマフラーを取り出した。


 何気なく、そのマフラーを見たゆかりがそこにあるものを発見した。「あっ、ちょっと貸してください」と草壁の手からマフラーを取り上げると、表面についていた小さなゴミを摘み上げた。

「ほら、糸くずついていますよ。このマフラー白いからこういうの余計に目立ちますね」

 

 そのとき、急に一陣の強風が二人の足元から立ち昇った。

 二人の前髪がふわっと翻ると同時に、ゆかりの手にあった白いマフラーをその風が奪い取るようにして空高く吹き上げてしまった。


「あっ!!」


 一瞬で白いマフラーは夜空高く舞い登ってゆく。漆黒の夜空に長く白いシルエットをくねらせている姿は、ヒレの長い深海魚が立ち泳いでいるようだ。

 やがて、風が途切れたのか、急にガクンと空のある一点で止まると、こんどはすごい勢いで地面に落ちてきた。

 


 雪白のカシミヤマフラーが、降り積もった公園の雪の上に落ちた。

 まったく同じ色の中に紛れてしまったせいで、二人はすぐにマフラーの行方を見失ってしまった。


 そこと思しき場所に二人が近づいて色々と探してみたが、どうしても見当たらなかった。

 こんな小さな場所のどこにもないなんておかしい。それとも、いつの間にか、またどこかに吹き飛ばされたのだろうか?


「このへんのはずなのに、どこにもない……」


 積もっていると言っても、一歩雪を踏みしめれば靴跡で雪が消えてしまうぐらいのものでしかない公園の雪の上のどこをどう探しても、不思議なことにマフラーは見つからなかった。

 二人で、あちこち探しているうちに公園のほぼ隅々まで積もっていた雪がすっかり靴跡で汚れて白いところなんかなくなってしまっているのに、である。


「ごめんなさい」

 申し訳なさそうに俯くゆかり。しかし、草壁は笑っていた。あんまり気にもしていないようだ。

「いいですよ。別にあれそんなにお気に入りの柄でもないし。ちょっと派手かな?って気になってたし」


「もっとありふれたもののほうがいいですか?」

 草壁の言葉を聞いたゆかりが、少し恥ずかしそうに俯いた。まるで告白でもするみたいにモジモジしている。

「ん?」

「あの、お詫びと言ったらなんですけど、わたし買ったものがあるんです。このマフラー。まだ使ってないんで、あれと比べたら安物ですけど、よかったら……」


 かじかんだ指先でちょっと慌てているものだから、少し乱暴な手つきで自分のカバンをまさぐったあと、ゆかりはあの自分が買っておいたマフラーを取り出した。

 むしろ、包装破っといて正解だったかもしれない。

 草壁は、急に嬉しそうな顔をしてマフラーを取り出したゆかりの様子にちょっと呆気にとられていた。

 なんで、そんなに嬉しそうなんだ?


「これ、もらってください!」

 ベージュ地のチェック柄のマフラーをゆかりから草壁が手渡されたときである。


「どうぞ、もらっておくれ……」


 二人が必死にマフラーを探している間、即席ケーキ販売所の店じまいをすっかり終えたオジサンが、折りたたんだ机と椅子を小脇に抱えて二人の下に近づいてきて、最後に残った手付かずの一箱のクリスマスケーキを二人に手渡した。



 オジサンは最後のケーキを手渡すと、あっけにとられる二人を公園に置き去りにしてイソイソとどこかに帰って行った。


「やれやれ、やっと全部さばけた……ゲップ!……もうケーキ見たくない……ケーキ屋だけど」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 マンションに帰った二人は、さっそく草壁たちの部屋で件のケーキを食べることとなった。

 

 そのとき、このケーキを食べたツルイチが

「これは、なかなかいいケーキですよ。私は昔、ケーキ屋にいたからわかりますけど、この大きさでこの味なら5000円は下りませんね」


 と言い出したときには、その値段とこの同居人のギャンブラーの次から次へと出てくる多彩な過去に目を丸くしたものである。



 が、ツルイチのそんな経歴はさておき、確かに結構お高いケーキには違いないとは食べてみてわかった。


 円筒形をしているのだが、幅より厚さがあるせいで、洋食のコック帽みたいな形をしている。

 中身はクリームだけでなくチョコレートクリームが段々の層になったちょっとしたミルフィーユ状。使ってあるフルーツもフレッシュなものばかり。塗りこんであるドライフルーツがクリスマスのイルミネーションみたいにカラフルで、丁寧に何層にも重ねてあるスポンジには、シェリー酒の香りがほんのりとしていたりする。

 こんなものを何十個も無駄に作ったら、そりゃ奥さんに怒られる気持ちも分かる。


「おいしい!」


 とうとう今年はクリスマスケーキ食べ損ねたと思っていたゆかりも、思わず頬を緩めるようなおいしさのケーキだった。


 ただ、草壁はちょっと疑問に思った。


「けど、あのオジサンが食べてたのって、これでしたっけ?」

「あっ、たしかに、ちょっと違うものだったような……」

 

 大満足のケーキにありつけたはいいのだが、公園でのことを思い出した二人がちょっと考え込んだ。


 二人があの公園でチラッと目にしたトナカイオジサンの食べてたクリスマスケーキはたしか、表面が擬宝珠アタマをした生クリームのデコレーションにぐるっと囲まれたものだったはず。

 そういえば、ヒイラギのかざりが机の上にいくつも散乱していたのも目にしていた。


 ところが、二人がもらった箱に入っていたケーキというのは、円筒形に成型した生地のまわりを真っ白な生クリームでのっぺりとコーティングしてあるだけのシンプルなものだった。

 表面をペタッと塗り均しておしまい。デコレーションなるものは表面にはない。そのかわり、ナイフを入れたらさっき言ったように、味に関してはとても手をかけてある本格派。それだけに高いと、ツルイチは言うのだ。


 ただ一つ、、マジパンでできたサンタの人形が雪原のようなケーキの真ん中に立っていることだけが、唯一の飾りなのだ。

 

 

「なんでもいいか?こんなにおいしいケーキただで食べられたんだし」


 草壁はそう言って、真っ白なマフラーを巻いて笑っているサンタを口に放り込んだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 完全に余談だが、その後、草壁はあの白いマフラーを古道具屋「宇宙堂」の茂夫叔父さんが巻いているのを目にした。


「おじさん、そのマフラー?」

「これか?いいだろ?奮発して買ったんだよ、暖かいぞ」

「ウソばっかり。それ駅の裏で拾ったんでしょ?」

「なんで知ってるんだ?」




第38話 おわり

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ