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第37話 ズルイ女

 気がつけばサンタの足音も近づきつつあるような12月の中ごろ。

 街のクリスマスイルミネーションもあらかた完成して、もう本番を待つばかりとなっているようなときである。



 毎日が安い仕出し弁当という夕食続きのゆかり。そんな彼女があやと電話で話しているとき、それならたまにはみんなで鍋でもつついてのんびりと夕食でも食べようということになった。

 鍋?どんなのにしようか?

 すき焼きなんかは関東、関西で趣味が違ったりするから、ちゃんこなんてどうです?

 うん、じゃあそうしようか?で、面子はどうするの?

 ゆかりさんの部屋でするんでしょ?だったら、草壁さん呼んで3人で食事会ってことにしませんか?

 そうね。こっちにはあんまり人呼べないものね。



 そんなふうな会話から、クリスマスを目前に控えたそんな時期、双葉荘のゆかりの部屋でちゃんこ鍋パーティを開くことになった。




 どうでもいいような話だが、この話をあやが草壁にしたのが、喫茶「アネモネ」でのこと。

 草壁も現金なもので、ゆかりがいないとその頃はぱったり姿を見せなくなっていたのが珍しく客としてやってきたので、ついでそこであやが持ちかけた。

 この男がその手の話を拒否するわけがない。

 二つ返事でオーケーを出した。

 のはいいのだが……。


「そうか……3人で鍋パーティか……いいなあ。楽しそうだなあ」

 と横で話を聞いていたマスターがうらやましそうに言い出したのには、草壁もあやも驚いた。

「いつもの3人でウダウダ鍋つつくだけですよ」

 ただそれだけのパーティとも言えないような地味な集まりだというのに、この人なんなんだろうと思っていたらしまいにはマスターがこんなことを言うのだ。


「それでいいんだよ。僕もさ、一度女房を持ってるから一人の味気なさっていうのが身にしみてねえ……冬は人恋しいんだよ」


 えっ、マスターってバツイチ?

 あやも草壁もそのとき初めてその事実を知った。

 と同時に二人とも思った。

 こんな人、飲んだら絶対荒れるから、呼んじゃダメだと。




 そんなわけで草壁、ゆかり、あやの3人のスケジュールを調整してみた結果、ゆかりが夕方で早上がりの日が近いのでそれに合わせて、双葉荘のゆかりの部屋でチャンコパーティ開催と相成った。

 ちょうど具合よく草壁もバイトで双葉荘に行くし、あやも夕方には空いていたのだった。

 それなら、草壁のバイト終わりを待ってお鍋つつきましょう、という段取りだ。



 当日は辻倉あやと草壁圭介がひまわりが丘から連れ立って電車に乗り込んだ。

 最寄の駅を降りたらスーパーで買い物を済ませて、双葉荘のゆかりの寮の部屋へ。

 で、あやとゆかりが鍋の準備をする間、草壁はバイトの皿洗いを済ませて、バイト終了後、その部屋でチャンコ!


 だいたいそんな行動予定である。


 ちなみゆかりもその間に食材の買出しに出かけるのだが、こっちは自家用車持ちということで、重くてかさばるお酒と飲み物担当。



 気軽なお鍋。しかし3人がてんで勝手に買出しをしたら、食材が被ったり、肝心なものが足りなかったりするので、買出し品目のリストアップは慎重に。


 まずは、お野菜。

「これは、私の受け持ちです。まあ定番のニンジンとか大根とか水菜におネギ。ま、そんなところかなあ?」

 草壁といっしょに並んで電車のつり革を握りながらあやが言った。なるほど彼女が野菜担当ね。

「フンフン」


 それから、お酒はゆかりさんがクルマで運ぶらしいけど

「ほかにもキノコとかお豆腐とかそんなのも買うそうです」

「あっそう……それにしてもリストアップって言っても、結構ざっくりした分担ですよね?」

 メモでも出してきて買出しの指示でも受けるのかと思ってた草壁が少し意外そうな顔をした。すると、あやの言うには


「けど、そのほうがどんなお鍋になるか互いに良く分からなくてちょっとワクワクするでしょ?変なものさえ入れなければチャンコって大体おいしいから」

「まっ、そうですね……あれっ?」


 もうすぐ駅に近づきつつあるそんな時間になって、急に買い物の分担を命じられた草壁。なんか変な予感が……。


「これって、会計はどうなの?」

「いちいち、領収書とってあとで割り勘なんて面倒だから、自分の割り前は自腹。それが会費代わりです」

「ちょっと待って!肉とか魚の担当は?」

「当然、残った草壁さんです」

「不公平でしょ?あやさんが野菜で、こっちが肉と魚?」

「何言ってるんですか。お酒、ゆかりさんが出すって言うし、調理は私達がして、草壁さんただバイトが終わったら食べに参加するだけでしょ?電気コンロだって私の家のもの使うためにこうして持ってきてるんですからそれぐらい出して当たり前ですよ?だからお願いしますね」

「……」


 あやの言うことが正論っぽいので反論できない。が草壁にとって不満なのは、それはいいが、どうしてそういう肝心なことをこっちに相談もなしに女子二人で勝手に決めて、ルールを押し付けるのか?ということである。


 そう思って、言葉に詰まる草壁だが、不承不承ながらも頷いた。

「わかりましたよ」

 

「あと、鍋だけってのもなんだから、副菜になりそうなお惣菜、買ってもらえますか?私達鍋つくるのに手一杯なんで」

「……」




 ちょうど駅を降りたところすぐのところにスーパーがあるので、双葉荘に向かう前にそこで食材の買出しをすることにした草壁とあや。


”野菜、何にしようかな?”

”白菜は当確でしょ?あとニンジンといいダシが出そうなタマネギとか?”

”草壁さん、鶏のひき肉だけは忘れないでくださいね。鶏のつくね団子作るから……ってなに勝手にシラタキ買おうとしてるんですか!”

”だって僕はシラタキ好きだから”

”肉と野菜以外の食材はゆかりさんの担当だから、それ以外の人間が買っちゃいけないんです!”

”ええー!”

”不満そうな顔しないでください。そういうルールですから。それより、お惣菜何にしようかな?”

”これいいんじゃないですか?”

”草壁さん、何考えてるんですか?鍋だって言ってるのに、油っこいもの満載のオードブルプレートなんか必要ないでしょ?”

”じゃあ、これ?”

”こんどは地味すぎ!ほうれん草のおひたしに高野豆腐?草壁さん、どういう趣味してるんですか?”

”わかんないですよ!そんなこと言われても”

”そうですねえ……チーズなんていいと思いません?”

”それいいかも……や、やめてくれ!その高い輸入チーズに手を出すのは……こっちのベビーチーズでいいでしょ?”

”ケチクサイこと言わないでくださいよ!バイトで儲かってるんでしょ?”

”だって、それ、肉より全然たかいじゃないか!”



 なんていいながら、二人とも結構楽しく買い物をしている。

 時間としては、一人で買いものに来ている主婦が多いのだが、こうしていると遠目には新婚カップルのように見えなくもない、和気藹々な二人。


 そんな二人が野菜売り場に足を伸ばしたところ、片隅のワゴンに「特別タイムセール」という書き出しの下で、「大特価・大根1本10円」という値段で売りだしているのが目に入った。

 めちゃくちゃ安い!

 ということでさっそくワゴン近くまでやってきたのだが、もうすっかり人だかりも消えたワゴンの中には売れ残りらしい大根が2本残っているだけだった。

 一つはそこそこ大きさもある普通サイズ。だが、もう1本は大きめのニンジン程度のちっこいヤツ。


 当然、どちらを手に取るかは明白。

「これが1本10円なら買いでしょ?」

 そう言って草壁が大きいほうを買い物籠に放り込もうとしたところ、あやからさっそくダメダしを食らった。

「それダメです。大きなキズがついてます」


 言われて良く見たら、たしかに「く」の字をした大きな傷がぱっくりと口を開けていて、その周囲が茶色く傷んでいる。

 道理で売れ残ったはずだ。


「うわっ、こっちにこんなでっかいキズ……」

「草壁さんちゃんと品物見て買ってくださいね」

 とあやにちょっと説教くらったりした草壁だった。




 二人揃って双葉荘にまでやってくると、そこでお別れ。あやは駐車場を通って直接裏庭の寮へ。草壁は正面出入り口をくぐって厨房へ。



 少し早い時間の到着となった。実は本日の草壁のシフトは洗い物オンリーである。

 ま、しかし、早めにきたからついでにお手伝いに入ってみようか、ということで厨房に顔を出して驚いた。

 

 宿泊客もまだ少ないシーズン前。本日は特に少ないようで、洗い場3人組もかなりのんびりと仕事をしている。

 忙しいと、とたんに殺気立つ厨房の職人さんたちも笑顔混じりだ。

 そんな白衣に和帽子をつけて厨房を行ったりきたりする職人たちの中に、一人、背の低いのが混じっているのだが、あんまり厨房では見たことないかわりに普段よく目にするような顔の人だと思って、ジッと見ると……。


「あっ!ツルイチさん!」

「ああ、草壁さん、あなたここで働いてたんですか?」


 ルームメイトのパチプロがなんでここの厨房で働いているんだ?



 後で話を聞いて知ったのだが、この人、料理人のキャリアの最初が旅館の厨房だと言っていたのだが、なんとそれがここだったらしい。

 しかし、なんでここに今いるの?


「これから忙しくなるシーズン前に一人職人が病気になったらしくて、急な補充って言ってもまるっきり素人のバイトを入れるみたいには簡単にはいかないから、それで私のところに連絡があったんですよ」



 へえ……。って話だ。ということはこのオッサンしばらくは堅気の仕事するのか?

「あくまで正月明けまでですがね」




 そんなちょっとしたサプライズがありながらも、皿洗いは楽勝で終了。

 先日の戦場みたいな皿洗いの経験が生きたのか、3人組もちょっとは動きがよくなった……ような気がする草壁だった。



 それから、3人組と別れた草壁が、すでに陽もとっぷり暮れた暗闇のなかで、ポツンと明かりを漏らしているオンボロ寮の一室にやってきた。

「こんばんわー。ごちそうになりにきました」


 努めて愛想良く中に入って行った。行けばもう鍋がグツグツコンロの上で湯気を立てているだろう。と思っていたし。

 が、

「いらっしゃいませ。草壁さんも手伝ってくださいね」

 部屋のちゃぶ台の上で、あやがまだ鶏肉団子を丸めているじゃないか。


「今日は順調だったみたいですね。時間がいつもよりちょっと早いみたいで」

 こちらは玄関脇にすえつけてある小さな流し台の前にたって、脇でグツグツ言っているまだ具材もなにも入っていないダシスープをオタマでかき回しているゆかり。

 見たところ、調理が進んでいないみたいだぞ。まだまだこれからみたいな様子じゃないか?



 とりあえず、部屋に上がりこむと、ちゃぶ台の前のあやが草壁に包丁とまな板を差し出す。

「お野菜、切っちゃってください」


 ちょっと待ってくれよ。今まで2時間も3時間もなにやってたんだ?

 と思って、ちゃぶ台の上を見た草壁が叫んだ。


「あっ、遅い遅いと思ったら!」


 見ると、あやに無理矢理買わされたお高い輸入もののカマンベールチーズが見事に、外側のカビのところだけ残して中がみんなえぐり取られてしまっている!

 一緒に買ったクラッカーも中身がない。

 うわっ、ビールの空き缶が3本も……。


「今まで二人で飲んでたんですか?」


「何もせずに呑んでたみたいな言い方しないでくださいよ。チャンコの鶏スープを煮出す時間潰しです」


 ゆかりがシレッと言うのだが、なら今まで野菜が手付かずで放置されているのはどういう意味か聞きたくなる。


 この状況に一人ぶつぶつぼやく草壁だったが、女子二人はそれは無視してとっとと仕事を押し付ける。

「野菜切るぐらいで文句言わないの!みんなで食べる鍋なんだから」

「なら、このなくなったカマンベールチーズはどういうことですか?」


 が、抗議をしたってもう後の祭りだ。

 台所とも言いがたい小さな調理スペースは、ゆかりがスープの味つけのために使っている。二人で並んで作業する余裕などはなかった。だからこそ、あやはちゃぶ台の上で鶏団子を丸めているのだが、野菜を切る草壁もそういうわけで、ちゃぶ台の上での作業となった。


 正座で野菜を切るというのははじめての経験だ。


「けど、洋式のキッチンが普及する昭和の初期の頃までは、土間の上にまな板を置いてそこで切りモノしてたらしいですよ」


 あやが豆知識を披露した。そんなことはどうでもいい話なんですがね。


「はい、じゃあこれ、お野菜さっさと切っちゃってください」

 袋に入ったままの野菜をあやから草壁が手わたされたときである。

 背中を向けて台所に立っていたゆかりが、振り向きもせずに、サラッとこんなことを言い出した。


「あっ、私もちょっと野菜買ってきたんで、それも切っておいてください」


 ん?ゆかりさんが野菜買ってきた?どうして?分担は肉野菜以外じゃないの?

 意外なことを言い出すもんだと思って、草壁がキョトンとしていると、ちゃぶ台を挟んで目の前に座るあやもそんなことを今まで知らなかったらしい。

「えっ?ゆかりさんお野菜買ってきたんですか?なんで?」

 と、ちょっと驚いていた。


「その隅っこに袋あるでしょ?草壁さんのずっと右手に。その袋に入ってますから」

 相変わらずこっちを見ずに、ゆかりが言う。心なしか冷たい響きが……。けど、向こうを不機嫌にするようなことをしたつもりはこれっぽっちもないし。


 言われたとおり、右手を見るとたしかに部屋の隅っこに、スーパーの袋が置いてある。

「これですか?」

 と手にとってみるが、ちょっとずっしりとした重さはあるが、たいして中身は入っていない。中身があんまり透けていないので、白い袋の中身がなんなのかすぐには分からなかった。


 そこで、ちゃぶ台の上で中身を取り出してみたところ。



「……」


 袋の中から出てきたその野菜を見て、あやと草壁が揃って黙り込んだ。


 

 大根だ……。しかも見覚えのあるでっかいキズがある。これは間違いなくあのときのスーパーの特売品だ。



 一瞬だけだが、自分がしたと同じ失敗をしてうっかり知らずに買ってきたのか?と思った草壁だが、目の前のあやが、サラダの中に青虫見つけた人みたいな顔をしているので、咄嗟に理解した。


 チラッと、左手に目をやる。

 ゆかりはさっきからずっとこっちを見ずに黙々と調理に夢中みたいな様子だが、これは違う。わざと喋らないんだ。

 つまり、例のアレだ。

 またかよ、この人は……。


 この大根が発しているメッセージ――

”さきほどは、お二人そろって仲良さそうにお買い物していましたね?楽しかったですか?”

――だ!



「草壁さん、早く切ってくれないとお鍋いつまで経っても出来ませんから急いでくださいね。こっちはもうスープ出来上がりましたから」


 3人でいると、これという話題がなくてもなんとなく賑やかなのだが、しばらく妙に静かな中で、草壁が野菜を切る音だけが響いていた。




 とは言え、作業自体は切るのみ。

 ザックザックとやっているうちにものの10分で仕込みは終了。

 あやが家から持ってきたちゃぶ台のIHヒーターの上に、丸々一羽分の首つき鶏がらが中でゆったり泳げるほどのアルミ鍋をセットしたら、あとは具材を入れて火が入るのを待つばかり。


 本当は土鍋でも用意できたら少しはそれっぽくなるだろうが、ここであんまり贅沢は言えない。

 両手持ちのちょっと使用感のあるそのお鍋でグツグツやっていると、町内会でトン汁でも炊き出ししているみたいな素朴な雰囲気になる。それでも厨房から貸してもらえただけで、よしとしよう。



 ヒーターの上にお鍋をセットすると、菜ばしを握ったゆかりが準備の揃った食材をキチンと鍋に入れてゆく。

「あら?大根ないけど、どうして?」

「あ、あれ、痛んでたから……」

「あ、そうなの。知らなかった」


 さあこれから鍋パーティだということで、ちゃぶ台を囲む3人だったが、ゆかりのあの大根が登場してから若干、空気が重い。

 じゃあ、あとは、仕上げにちょっとバターを落として風味付け。あとは10分もあったら大丈夫かしら?ちょっと待ってましょうね。


 と言って、ゆかりが食材を詰め終わると鍋の蓋を落とす。

 そして、ちゃぶ台を囲む3人は、お鍋をなぜかジッと見ながら、再び黙り込む。


 段々と居たたまれなくなったあや。そっと隣のゆかりのもとへ近づいて、彼女に耳打ちをした。


「あの……ゆかりさん、駅前のスーパーにあのとき居ました?」

「あのとき?ってなんのとき?」

 あやがちょっと釈明しようとすると、ゆかりがわざととぼける。草壁は仕方ないので、「あっ、ここもうまいなあ!」って言いながら、残ったカマンベールのカビの部分を摘みに、一人でさっさとビールを飲んでいた。



 そのとき、部屋のドアをノックする音が。


「はい、どなたですか?開いてますからどうぞ」


 ゆかりの呼びかけを聞いて、のっそりとドアから顔を覗かせたのはツルイチだった。


「草壁さんからちょっと聞きましてね。若い人の集まりにあんまりお邪魔するものじゃないとは思ったんですが、楽しそうなのでつい。……これ、つまらないものですが、手土産がわりにどうぞ。それから、草壁クン、言ってたシラタキも買ってきましたよ。これでいいんですか?」


 手土産に一升瓶抱えてきたのはいいとして、このオジサン、なぜかいっしょにギターまで抱えている。

 一体、こんなものどうしたんだ?

 が、そのときにはそれは謎のまま放置された。


 

 ツルイチの登場で一応、場の雰囲気が盛り返した。

 草壁はルームメイト。ゆかりはお隣さんで草壁たちの宴会にちょいちょい顔を出しているので随分と顔見知り。だが、あやだけは初対面。


「どうも、本名は鶴山寿一ですが、アダ名のツルイチで結構ですから」

「こちらこそ。お話はゆかりさんから、いろいろと聞いてます」


 と初対面同士がペコペコしている横では


「急病の板前さん知ってるでしょ?代打でしばらくの間ここで働くみたいです」

「昔ここに居たんですか?本当にいろいろな経歴の持ち主ですよね」


 驚いたゆかりと草壁のほうは、それまでのいきさつはあっちに置いて普通に会話が弾みだした。




「えーっ、本日は、お若い方々の宴席にお招きいただき、恐縮でございます。年は、親子ほども違いますが、今宵は、無礼講ということで一つよろしくお願いいたしたいと思います。それでは僭越ながら乾杯の音頭を取らせていただきます」


 とりあえず乾杯の音頭をお願いしますとツルイチに振ってみたら、立ち上がって妙にしか爪らしい挨拶を真顔でやりだしたときには、それ以外の3人も面食らったが、それでも

 乾杯!!

 と、それまでの雰囲気は仕切りなおしで賑やかに鍋パーティーが始まった。




 さすがに酒飲みながらじっくりとっただけあって、鶏がらベースのスープはスッキリとしているがコクがあって絶品。適度に火が通ったところで片っ端に引き上げて、フウフウ言いながら食べる鍋のウマイこと。

「シメにはラーメン用意してるから、鍋は腹八分目にしとかないと」

「けど、スープが絶品ですよ。これだけ呑めちゃう」

「ストックはまだあるけど、そればっか呑まないでくださいね」



 素朴なアルミの丸なべのせいか、見た目も本物の相撲部屋のチャンコっぽくなっている。

 

 出会いの時もそうだったが、突然一同に合流してきたツルイチさん、基本的には口数少なくニコニコしているだけなので、邪魔にはならなかった。不思議とこういうところで、違和感を感じさせない雰囲気を持っている。別に上品とかそういうわけじゃないのだが。


 それでときどき、自分の買ってきた一升瓶を持って。

「さあ、あやさんもお近づきにどうぞ一杯……おっ、コップ酒でいきますか?こっちもいける口なんですね?じゃあ、ゆかりさんも……なに遠慮してるんです。いつも受けるくせに。……いやあ、このチャンコお世辞抜きになかなかイケますよ。売り物にもなりそうなぐらいだ」

 場の雰囲気を壊さない程度に動くのだった。普段気配り上手とは感じさせることのないただのオッサンだが、ギャンブルを生業にしているぐらいだから、それなりに空気を読むということも心得ているのかもしれない。



 というわけで、草壁もそんな様子を見ながら

(よかった、ゆかりさんの皮肉もツルイチさんの登場でなんかうやむやになったみたいで……)

 ちょっと胸をなでおろしていたりしていたときである。



 持参のギターを抱えてツルイチが立ち上がった。


「さっそくいつものように一曲、いっときますか?」

 ゆかりを見てニッコリと笑った。

 もちろん自室での飲み会なら、だいたいこのパターンだ。しかも、面子はゆかりにとっては顔見知りばかり。

「えっ?こんなところでですか?」

 ツルイチからそう振られたゆかりも、そんな感じで一応遠慮するような顔をするが。


「きゃー!ゆかりさん歌って、歌って!」

「待ってました!歌姫!」

 あやと草壁がちょっとはやし立てたら、ゆかりは空き缶片手に立ち上がった。



 何を歌うんだろう?

 いつもなら、草壁に曲目を告げて、「紹介お願いできます?」とか聞いてくることがよくあるのだが、今回はツルイチとヒソヒソと歌う曲の打ち合わせをしているだけである。


”……ってできますか?”

”ああ、知ってる曲だから、なんとか”


 一体、何を歌うのだろう?

 草壁はいつもと少し違う進行に不思議そうな顔をして、そしてあやはこんな状況で初めて聞くゆかりの歌を純粋に楽しみにして、ゆかりの歌を待った。



 そこで、お嬢様が歌いだした曲を聴いて、再び大根の時みたいになる草壁とあや。


 ゆかりが歌いだしたのは「悲しみがとまらない」。

 親友に彼氏をとられて悲しい、っていう、アップテンポの割にはとてもウジウジとした失恋のグチをこぼす女の子の歌である。


 まだ、そこにこだわるか?

 ホントウに一度ヘソを曲げるとしつこい。そのくせ、こっちがデート一つ誘おうったてオーケーしてくれないくせに。

 それと、オッサン、余計なことしてくれたな。

 


 再びサラダの中に青虫を見つけた人みたいな顔しているあやの横で、草壁も同じような顔で手拍子するしかない。

 そして、空き缶片手に失恋の歌を歌うゆかりとその隣で何も知らないでギターをかき鳴らすツルイチの二人だけが上機嫌であった。



 そんなゆかりの嫌味オンステージが終わろうとしかかっていた時である。

 わざと笑顔で暗い失恋の歌を歌いあげたゆかりが軽く一礼したあと、目をあげたと思ったら、いきなり

「キャーっ!」

 って窓の外を見て凄い声を上げて叫んだ。



 草壁とあやも、その声に窓のほうを見てみる。あやもゆかりと同じように叫んだ。草壁も心臓がヒヤッとなった。


 窓の外に不気味な生首が3つ並んでこっちをじっと見ている。

 農家の人がチカラを入れる方向性を完全に間違えたせいで、カラスにとってより人間にとって怖いものとなったリアルカカシみたいなヤツが3つ窓の外にいる!


 すぐにあの3人組だと分かったが、暗がりの中で恨めしそうにこっちを黙って睨んでいる姿は不気味の一言だ。


「おまえら、そこで何やってるんだよ!」

 さっそく草壁が部屋の窓を開けて外の3人に声をかけたら、奴ら、鍋の匂いに引き寄せられたとのこと。渡辺がしきりに「うまそう……」って言っていた。


「うまそうって、おまえらタダメシ食らうつもりか?」

「僕らもちゃんと具材買って来ました!だから、混ぜてください!」


 岩城の手にはちゃんとなにが入っているかわからないが確かにパンパンになったスーパーの買い物袋があった。こいつら最初からこのパーティーに合流するつもりで、先回りして買い物してやがる。仕事の段取り悪いクセにこういう時だけはすばしこいじゃないか!


「どうします?」

 窓際の草壁がゆかりに聞くと

「食材買ってきてるって言うし、今ここで追い返すのもかわいそうじゃないですか?」

 というので、洗い場のダメ3人組も、鍋パーティーに合流ということになった。

 最初、3人で地味にお鍋楽しもうというつもりが、いつのまにか7人の大所帯に変っていた。スープストック足りるか?




 ところが、である。

「おい、おまえらいい加減にしろよ!」

 お許しが出たとなったらさっそくゆかりの部屋に上がりこんできた3人組が、ろくすっぽ挨拶も抜きに勝手に鍋にがっつきだした。

 ……のはいい、としてだ!


「なんだよ、おまえらの買ってきた食材って、モヤシとカイワレじゃないか!やっすいモンばっかり大量に買ってきやがって!」


 彼奴らの持参した買い物袋片手に草壁が怒っているときには、もうゆかりやあや、ツルイチを小さなちゃぶ台の周りから追い出すようにして、3人組がいっせいに鍋のものにがっついていた。

「しかも、とりざらまで持参してきやがって!これ旅館のだろ!おまえら、こういうことだけ手回しいいな!」




 当初の予定では、あと1時間やそこらはゆっくり食べれるはずだった鍋が10分ほどで、ただのモヤシ鍋に変った。


「あっと言う間になくなった」

「腹減った……」

 とくに、今こうしてモヤシばかり掻きこんでいる岩城と渡辺の二人は相当にたちが悪い。いや、前に肉を大量に食べると吐くとぬかしてた福田も見てると、わりと平気な顔で肉ばっかり食べていた。

「おまえ、そんなに肉たべていいのか?もう肉団子20個ぐらい食ってるぞ」

「このお鍋のおだし、おいしいからグイグイ食が進みます。とてもおいしいです」

 人の良さそうな笑顔でそう言うのだった。オマエの虚弱体質って随分都合がいいな?



「腹減った……」

 ドンブリをトリ皿代わりに持参してきたこのブタ野郎の渡辺。見ていたら、すごい勢いで鍋の中のものをドンブリに乗せれるだけ乗せたあと、それを卵賭けご飯みたいにして啜るのだ。

 こんなもの2、3回もやられたら大きな鍋って言っても、すぐに中のものがなくなるのは当たり前だ。


 そして、岩城と二人で鍋のものを食い尽くしたあと、モヤシとしなびたカイワレが泳いでいるだけの鍋を恨めしそうに見て、いつものセリフを言っている。


「欲しけりゃ、もっとましな食材買って来い!おまえら、最初からたかるつもりだっただろ!」

 もうこいつらと鍋ものをつつく気もうせた草壁、ちゃぶ台を離れて壁にもたれて、突っ込むことしかできなかった。


 すると、渡辺が自分のカバンの中をゴソゴソとあさりだした。

「仕方ない、今日の夜食にとっとこうと思ってたけど……」

 そう言って、自分の例ブタエプロンを取り出した。ん?と思った草壁が、思わず渡辺に近寄った。


 渡辺のほうは、そのエプロンのポケットに手を突っ込んで、中から赤鉛筆の束みたいなものを取り出した。よく見たら、夕食に出たカニの足だ!こいつまさか……。

「とっておいたカニだけど……」

 

 間一髪で、草壁が渡辺を背後から羽交い絞めにすることに成功。


「バカヤロー!オマエ、何を鍋に放り込むつもりだ!やめろ!」

「ちゃんこ鍋なんて、何入れてもおいしくなりますよ?」


「オマエがやろうとしてるのは、たちの悪い闇鍋だ!!」

 あのポケットに入ってたものなんか、普通の人間が食えるか!




 結局、あっという間に鍋パーティが台無しになってしまった。

 考えてみたら3人分の食材しか用意していないところに、4人が加わったのだ。普通に考えても食材が足りないのは明白だった。ましてや、あのデブが一人いるだけで、3人分ぐらいは平気で食うのだから。


 部屋の中央では、いつまでたっても未練たらしく3人組がちゃぶ台を囲んでモヤシしかない鍋をつついている。肝心のゆかりと草壁とあやの3人はバカらしくなって、ちゃぶ台から離れて壁にもたれて座っていた。台所前で正座して座り込んでいるツルイチは鍋よりも酒、みたいな人らしい。ずっとニコニコしながら、持参の一升瓶の酒をチビチビと呑んでいた。


 するとだ。

「キャー!」


 本日2度目となるゆかりの絶叫が部屋に響き渡った。

 またもや窓の外に何者かを見つけたようだ。



 見ると、暗闇の屋外には、部屋の明かりにぼんやり照らされた生首がニヤッと笑っていた。


「みんなで楽しそうじゃない。私も混ぜて欲しいわ」


 生首が喋ったと思ったら、それは旅館の若女将、芳江だった。



 相手の正体を確認して安心したゆかりが、芳江と話をするために窓をあけた。

「そう言われても今は、ふやけた、もやし1本で、壮絶な奪い合いが起こっている状況で……」

 と言ったあと、彼女は「わあっ!!」と今度は歓声のような声をあげたのだった。

 部屋の一同が一瞬、何があったのかと驚くぐらいに。




「これなら文句ないでしょ?」


 すぐに部屋に呼び入れられた芳江。両手には相撲の優勝祝賀会の杯みたいな皿一杯にてんこ盛りの食材を抱えての登場であった。


「クエのアラ、鍋コースの余りモノだけどいいところを持ってきたのよ。タラの白子なんてのもあるわよ。それとこっちはこの時期に、特別コースで出してる牡丹鍋のお肉、切り落としだけど、文句ある?これだけのシシ肉そこらじゃちょっと食べれないわよ。お豆腐だってね、禅寺の御典座さんお手製のすごいものよ。お客さんのキャンセルが入ったから食べれるような特別製だからね。いらないんだったらいいけど……」


 壊滅寸前の鍋パーティーに、突然、伝説の戦士が合流した。

 勇者一行は再び立ち上がり魔物の群れへと力強く歩みだしたのだった!



 もう、あの失敗は許されない。


「渡辺も岩城もそのでっかいトリザラは却下だ!それから、勝手に鍋に近づくな!もうお玉はお前らには渡さない!」


 勇者(草壁)は再び立ち上がり、宝剣オタマを装備すると、神殿(ちゃぶ台)を取り囲んでいた魔物たちを追い払った。そして魔物たちのせいで神殿に近づくことの出来なかった神官ゆかりは、聖なる杖(菜ばし)と聖杯(新しい具材の入った皿)とともに祭壇(アルミ鍋)で封魔の儀式(鍋に具材投入&お鍋に蓋する)を執り行うことと相成った。かくして、王国に再び平和が訪れた。



「いいか!適当に小皿にとったら、さっさと場所あけろよ!」

 以後、ずっと鍋の前に張り付くこととなった草壁とゆかりであった。



 さっきまでは、壁にはりついていたのが草壁、あや、ゆかりだったのが、今度は3人組が壁際に追い詰められたわけだ。が、とりあえず適当に皿に具材を乗っけてやると、黙って舌鼓を打っているのだった。

 なにしろ前半戦に用意してあった余裕で3人は食べれる鍋をこいつらがほとんどやっつけたのだ、それなりにこいつらも満腹しているようである。

 

 基本的に食うことは食うが酒は飲まないらしい渡辺と岩城。もちろん福田は下戸だ。



 一方、魔物から王都奪還なったチーム勇者のほうはどちらかというとお酒は呑む。

 ただ、あやがどれだけ飲むのか?

 草壁はあまり知らない。というのもスナックで働いているところは見ているが、深酒しているところは見たことなかったせいであるが。今こうしてみていると……。


「辻倉さん、どう?一杯。私にお酌させて」

 なんて若女将から酒を注がれたら、

「アハハハ!私、あんまり飲めないからすすめないでくださいよ」

 と言いつつ、結構飲んだ。



 さすが若女将、客商売はよく心得ている。きっと旅館の宴会に挨拶に顔を出したりすることはしょっちゅうだろうし、そういうところで、酔客の相手というのも数こなしている様子だ。


「じゃあ、私も今日は少し飲んじゃおうかな?あやちゃん注いでくれる?……あ、ありがとう、じゃあ、お近づきのシルシに二人でカンパーイ」

 なんていいながら、自分も飲みつつ、相手にもしっかり飲ませるところはさすが。

 よくよく考えてみたら、彼女、草壁が合流する前にゆかりとちょいと一杯ひっかけていた。それなりにご機嫌だったのだろう。見ているとちょっとハイペースに杯が進んでいるみたいだ。


 けど、なぜ若女将はずっとあやの横に張り付いているんだろうか?

 まあ、二人とも楽しそうだから別にいいか。

 

 

 結局その日、あやがどれだけ飲んだかはよくわからない。

 ツルイチのギターに乗せて草壁が「勝手にシンドバット」を熱唱したあと、すかさず、若女将とともに「待つわ」を上機嫌にデュエットしていたところを見ると、酒量はともかく相当酔っている様子はわかった。



 3人組は壁にもたれて、大人しく鍋を食い、ときに歌に合わせて手拍子いれる。

 ゆかりはずっと鍋にはりついて鍋奉行だ。

 草壁もオタマ片手に、鍋奉行、というか鍋警察。

 ツルイチは黙って飲んでるか、ときどきギターを演奏するか。


 そんな中で一番のんびりと鍋を楽しんでいたのがあやと芳江の二人だったかもしれない。

 息もぴったりに懐メロのデュエットを終えた二人が、狭い寮の片隅に並んで座ると、お酒と熱唱のためにほんのり頬を染めた芳江があやの手をとって目を輝かせていた

「あやちゃん、いい子ねー。私、すっかり気に入っちゃった!決めた!やっぱり、あやちゃん、うちにおいでなさい!冬休みの間だけでいいから。ね、そうしなさい!」


 突然のことにびっくりするあやだったが、酔っているせいか、反応が普段とは微妙に違った。

「でも、ここで働くと、ゆかりさんみたいな目にあうんでしょ?」


 ゆかりから、ここでの苦労はさんざん聞かされているので、その二の舞は嫌らしい。しかし、逆に言うとそこまでキツくなければやってもいいという言うニュアンスのはっきり読み取れる言葉だった。


「あやちゃんをあんなふうには絶対しないから!」

 芳江がアゴでゆかりを差してそんなことを言う。


「どういう意味ですか!」

 菜ばし持って鍋をひっかきまわしているゆかりが思わず叫んだ。



 結局、あやは冬休みの間ぐらいならという条件付でここ双葉荘でのバイトを承諾したのだった。

 ゆかりの言葉ではないが「押しには弱い」のかもしれない。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 前半戦のカオスに比べて、若女将登場以後の後半戦は結構盛り上がり、「パーティー」の名にふさわしい賑やかななものとなった。

 狭苦しいワンルームが、最終的にちょっとしたカラオケボックスの中みたいになって宴も終わり……。


「草壁さん、今日は鍋楽しかったです。またみんなでやりましょうよ」

 後半は大人しかった3人組。あんまり遅いと実家の親が心配するというので、少し早めに帰っていったが皆楽しそうだったのはなによりだ。

 

「じゃあ、私も明日の仕事に差し支えるから、これでお暇するわ!じゃあ、あやちゃん、来週の3時にうちの事務室来てくれる?お仕事のお話詰めましょうね」

 若女将もそのすぐあとに部屋を出て行った。


「私も明日の厨房。朝食の準備から入るから、これぐらいでお暇します。今日はどうもありがとうございました」

 ツルイチさんもそう言って、丁寧にアタマを下げて出てゆく。


「じゃあ、後片付けも出来る分やっちゃいましたけど、残ってる分はこれ、そのままでいいんですか?……そうですか。じゃあ僕もこれで帰りますけど、大丈夫ですか?」

 草壁がそう言いながら、ゆかりの部屋を出て行った。


 そうして、残った一人であるが――。



「あ、もしもし、長瀬です。どうもこんばんわ。……あの、あやちゃんですけど、今日うちの部屋に泊まってゆきますから、ちょっとあやちゃん――」


 携帯片手のゆかりがあやの自宅にそんな電話を入れているすぐ横では、すっかり出来上がった様子で上機嫌のあやが顔を真っ赤にしながら、ゆかりの肩にアタマを乗っけていた。

「おかあさん、ごめんなさい!ちょ、ちょっとよっぱらっちゃいましたー」

 部屋の外にまで響きそうな大声だ。

 ゆかりの携帯越しに娘の酔態を知ったあやの母親は、まあ、どうしちゃったの!ゆかりちゃんごめんなさいね、ご迷惑かけて、としきりに謝っていた。




 すっかり酔いつぶれた様子のあや。

 それはいいのだが、潰れたというわりには、なかなかダウンというところまでは行かなかった。

 ゆかりの部屋にお泊りということが決まったとたん。

「そうと決まれば、飲みなおし」

 と言って、新たなカクテル缶に手を伸ばす。

「もうやめときなさいよ」

 心配するゆかりを他所に、手酌でグイグイとやりだした。



 草壁の押さえが良く効いたからかどうかは分からないが、後半戦には3人組が大人しかったせいもあって、若女将持参の具材も結構いいところが残っていたりした。

「けど、この白子なんか、ナマモノだからさっさと片付けないとまずいでしょ?捨てるのももったいないし」

 そんなふうな感じで女子二人の二次会の開始である。

 そうなったら、ゆかりだって決して遠慮しないのはいつものこと。


 時刻にしたら結構遅い時間だ。泊まりじゃなければそろそろ終電の心配もしなければいけないような深夜。



 シメとして投入されたラーメンを二人で啜っている時だった。

 急にあやがキツイ目をしてゆかりを睨んだ。


「だいたい、ゆかりさんはズルイですよ!」


 いきなりそういわれて、焦ったゆかり。思わず啜っていたラーメンを吹きそうになった。

「い、いきなりなに言い出すのよ!」

 このとき、あやは酔っ払っているせいでよく気づいていないみたいだったが、明らかに動揺したような顔で慌てふためいていた。


「口では友達です。なんて言って、相手を束縛したがる」

 親友とは言っても2歳年下のあやである。普段は、ゆかりに対しては丁寧だったが、今日は完全に説教でもするみたいになっている。

 あやちゃんのこんな怖い顔、あんまり見たことない。とゆかりは思った。

 と、同時に、あやが何に腹を立てているかもようやく察しがついた。


 見ているとお酒片手にやおら立ち上がるあや。どこに行くのかと思ったら部屋の隅に置いてあったゴミ箱に手を入れて、あるものを取り出した。

 そして、それをゴロンと、ちゃぶ台の上に投げるように転がした。

 そう、例のあのキズもの大根だ。


「これ、何ですか?――」

 そう言って再び怖い顔でゆかりを睨む。


「――嫌味ったらしく、こんなもの買ってきて……結局、私まで悪いみたいになっちゃってるじゃないですか?」

 酒の勢いのせいかわからないが、キズ大根に関して完全に攻守が逆転となった。

 ゆかりもそんなにストレートに言われたら、悪いとは思う。すっかり大人しくならざるを得ない。

(この子、飲むと絡むのかしら?)

 仕方ないので、大人しくお酒のお付き合いをしているしかなかった。


 すると、急に様子の変るあや。酔っ払いの調子がアップダウン激しいのはよくあることで、こんどはすっかりご陽気な笑顔になると

「私思うんですけど!」

 と言いながら、ゆかりのほうへ笑顔で擦り寄ってくる。

「なに?」



「婿養子取るとか家業継ぐとか、そういうのはこのさい置いといて、一度、草壁さんと寝てみたらどうです?」


 今度はホントウに飲んでいたお酒を噴出すゆかりだった。

 何を言い出すの?この子は?


 ゆかりの反応なんかそっちのけで、言いたいことをいい続けるあや。

「仮に別の人と結婚するとしても、ゆかりさん経済力あるんだから、草壁さんを手近なところで、こっそり飼うぐらいのことはできるんじゃないですか?」


「あなたが言うようなセリフじゃないでしょ!それ」


「それで通い妻としてやってゆく、ってのもアリだと思います!」


「やかましいわよっ!!」



 やがて、ゆかりもそんなあやのペースに引き込まれていくうちに、酔いが回ってきたのだろう。少し寝てしまったようだった。

 そして、気がつけば時計は3時を回っている。

 

 明かりもつけっぱなしの部屋の中には、ちゃぶ台の上のお鍋から小さな湯気がまだ立ち昇っていた。まだ一人分ぐらいは残っていたラーメンはすっかり伸びているみたいだ。

 布団も引かずに寝ちゃってたんだ……あやちゃんも。


 ゆかりは、伸ばした自分の足を枕にしてすっかり眠りこけているあやの額をそっと撫でた。

 

「ずるい女か……そうかもね」


 そして、一人ポツリと呟いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 後日、双葉荘の事務室で仕事のシフトの打ち合わせに訪れたあや。

「学校もあるだろうし、クリスマスは彼との予定もあるだろうから」というまったく余計なお世話を焼かれた結果、クリスマス明けからの出勤ということにバイトが決まった。

 もちろん、仕事は和服を着ての旅客の接客。つまり仲居である。


 ただ、そこまで話が決まったとき、あやはあることに気がついた。


(そういえば、あのお鍋パーティーの時の若女将。まるであらかじめゆかりさんの部屋でお鍋すること知ってるみたいに手回しがよかったなあ……)




 ちょうどその頃、トイレの床をデッキブラシでこすっていたゆかりはこう思っていた

(一応、計画通りだったけど、最後で読みが外れちゃった。ひょっとしたら掃除要員に引っ張り込めると思ったけど、仲居じゃあ、私のトイレ掃除の負担は減らないわ)




第37話 おわり


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