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第22話 約束の場所

 お話は前回からの続き。それから数日たった頃である。

 某大型ショッピングモールで、草壁がファイナルチャンスクイズに見事失敗してからのこととなる。



「ねえ、あやちゃん、またかい?」

「何のことですか?」


 客の絶えた喫茶アネモネの中では、マスターとウエイトレスの辻倉あやの二人が雑談に花を咲かせていた。

 ただし、マスターのほうは少々弱り顔をしていたりする。


「ゆかりちゃん、ここのところ姿を見せないし、草壁クンもうちを素通りするんだけどね」

「あ、そうなんですか……」


 水玉柄した緑のエプロンは腰のところについた大きなリボン付き。そのリボンが揺れると、あやはなんとなくマスターの視線から逃げるように、顔をそむけた。


「ケンカしてるの?またあの二人」

「さあ、私は第三者だからケンカしてるのかどうかはよくわかりませんが」

「丸っきり知ってる人みたいにしてとぼけないでよ」


 マスターが、カウンターを挟んでこちらに背を向けるようにして立っているあやの背中に問いかけた。

 言っていいものかどうか、あやのほうは悩んでいた。


「だって……」

「だって、何?」

「ケンカのレベルが低すぎて、他人に話せないんです」


 

 あやの言葉を聞に、マスターは不思議そうな顔をして言葉をつまらせるだけだった。




 その後のことである。

 そんな調子なので、あやが姿を見せないときは喫茶アネモネはマスターが一人で切り盛りしていた。

 前にも言ったとおり、それで別に不都合はない。だいたい自分一人で店は回せる。

 が、あれでも立派な客寄せパンダなのだった。


 ランチタイムになって、馴染み客がやって来て「あれ?ゆかりちゃん居ないの?」と言われることがちょくちょくあった。

 ここのところずっと見ないけど、やめちゃったの?いいえ、まあ、用事があるということで……。

 そんなやりとりの後、その客の足が遠のく。

 もっとアカラサマなのになると、扉を開けて首だけ覗かして「ゆかりちゃんいないの?」と声だけかけて、いないとなったら、さっさと帰ってしまう。


 ただでさえ、客が少ないのに、これはマズイ。

 

 そんなことを思っていると表を通る、バカヤロウの姿だ。

 彼が何やったか知らないが、ゆかりちゃんの機嫌損ねるようなヘマばっかりするから、彼女が寄り付かないじゃないか!

 なんであんな売り上げ単価の低い、居てもいなくてもいいような常連の存在のために、うちの経営が左右されなきゃならないんだよ!ったく、困った客だ。


 けど、恐らく諸悪の根源をとっ捕まえて、事態を把握しないと、ゆかりちゃんがいつまでたっても出勤してこなくなる。

 しかたないので、マスターはさっそく店を飛び出し、どこへ行くのか知らないが、真昼間の商店街をぼんやりと歩いていた、でくの坊の手を掴んで店の中に引っ張り込んだ。



「一体、君とゆかりちゃんの間になにがあったんだ?」


 えっ、僕、今手持ち全然ないからお茶も飲めないですけど。

 マスターが無理に店に引き込もうとするので、草壁は咄嗟にウソをついて、さも店に入りたくなさそうな様子を偽装した。きっとそう言ったら、「じゃあ、コーヒーの一杯ぐらいご馳走してやるから、とにかくおいで!」と言ってくるに違いない。――そういう計算だけは、なぜか瞬時にしてしまうのがコイツである。


「いいよ、今日は君からの売り上げなんて期待してないから」

 草壁の期待を裏切り、マスターからはただのお冷が差し出されただけだった。

 ただの水の入ったグラスを目の前にちょっとむくれていたりすする草壁。


「ケンカ、してるんだろう?」


 目の前で不満そうにお冷をジッと見ているカウンターの草壁に向かってマスターがまるで尋問するみたいな調子で聞いた。


「ケンカって言うか、向こうが理不尽に怒ってるんですけどね」

 今度の草壁の不満顔は、お冷にではなくて、先日のゆかりのことを思い出して、である。


「なんだよ?その理不尽、って?」

「どうでも良いじゃないですか?なんでそんなことマスターが聞きたがるんですか?」

「ゆかりちゃんの不在は店の売り上げに響くからだよ」

「いい加減、その他力本願な営業姿勢をなんとかしてください!」

「いいだろ?そんなもんうちの勝手だよ。それより、何があったの?」


 そうやってマスターが問い詰めるが、草壁はしばらく押し黙ったままである。

 こいつは、何か出さないと喋らないつもりか?ってマスターが内心呆れていた。何度となく、コイツのそういう厚かましいところは目にしていたから。

 しかし、今現在、草壁の口が重いのは、あの詰まらないケンカを果たして他人に喋っていいのだろうか?と考えていたからに過ぎないのだが。


「しっかし、君というやつは、図太いというか、厚かましいというか、こっちの弱み見つけるととことん付けあがってくるんだな……しょうがない、これは正式メニューじゃなく、僕がおやつにでも摘もうと思って作っておいたものだけど」



 そういって、マスターが草壁の目の前に出してくれたのが、ピザトースト。


「ソレ食べたら、黙ってないで喋りなよ、ケンカの原因。力になれるならなってあげたいし」


 まるで、泣き落としで責めて来る捜査員の尋問みたいにしんみりとした口調で草壁に声をかけながら、マスターがピザトーストを出した。


 

 この喫茶店、メニューの中に「ピザ」はあるのだが、「ピザトースト」はない。もちろんピザと言っても出来合いの生地に具を載せて普通のオーブンで焼くのである。

 そして、こちらの裏メニューというか、マスターのおやつがわりに作ってあったというピザトースト。客に出すものではないが、その代わり、あまった食材をふんだんに使った、てんこもりトーストになっていた。

 一枚しか乗っていないサラミの代わりにはハムの切れ端が乗っていたり、ピーマンも輪切りではなく、なんとなく大きさの不ぞろいな千切りだったりするのだが、その代わり、こんもり盛られたベシャメルソースの中に、マカロニ、エビ、肉の細切れ、アボカド、などなどが端材ではあったがふんだんに使われたボリューミーなもの。それが、モーニング用の厚切り食パンの上に乗っかっている。

 多分、客用に作ろうとしたら、普通のピザより高くつく。



「フッフォイ、アフゥ……チールも、ホホッ、ホローヒ……アッフ、アッフ」

「熱いんだったら無理に喋らなくてもいいから、ああ、チーズいっぱい垂れてる!」


 くっそー!自分が楽しみに作っておいたピザトースト、目の前でうまそうに食いやがる、この野郎。

 

 ムッとしているマスターから注意を受けながら、草壁が山のような具材の乗っかったピザトーストをパクついた。

 しばらく、その様子を見せ付けられたマスター。絶対あとで同じもん作って食ってやると心に決めながら、遠慮なく目の前で、タバスコを大量に振りかけている草壁に


「で、ゆかりちゃんとなんで揉めてるの?」


 タバスコだけでは足りないらしく、粉チーズまでも、「おいいい加減にしろよ!」と言いたいくなるぐらいの勢いで振りかけながら草壁が、ポツリと言った。


「タコヤキですよ」

「た、タコヤキーぃ!!?」



 それからことの顛末を聞かされたマスターであった。

 そして、まさに開いた口が塞がらないという顔にならざるを得なかった。

 あやちゃんじゃないが、これは想像以上に低レベルだ……


「いい年して、そんなことで大喧嘩か?」

「こっちだってたまりませんよ!」

「そうかも知れないが、そもそもは忘れた君が悪いんだから、先に頭下げるべきだろ?」

「いやですよ、なんでそんな理不尽な怒りにいちいちこっちが頭下げなきゃならないんですか?」


 目の前でふくれっつらする草壁の気持ちは分かるが、このままズルズルと諍いが長引いてはこっちがたまらない。


「お代、出してあげるから、タコヤキ持って、彼女のところ行って頭下げてきなよ……」

 ピザソースでベトベトになった指をペロペロ舐めているカウンターの草壁の前に、500円玉を置いてみせるマスター。

 指を舐めているこの男の動きが一瞬止まった。

「そんなことしたら、まるで僕が一方的に悪いみたいじゃないですか?」

 不満げにマスターを見上げた。彼にはわかるのである、この目の前のお金が欲しいなら、これに指1本触れてはいけないと。



「とにかく、ゆかりちゃんが戻って来るまで、君、うちの店出入り禁止だから」

 ピザトーストを食べ終わった草壁は無理矢理500円玉を押し付けらて、店を追い出された。

 多分、こういうことを「泥棒に追い銭」というような気がする。

 ちょっと違うかもしれないが。

 なんにせよ、あわよくばお茶の一杯でも御呼ばれしちゃおうの目論見は、大盛りピザトーストと500円のおまけつきに化けたのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 こうして、喫茶アネモネのマスターから先に頭を下げるように言われて、軍資金の支援までしてもらったはいいが、やはり草壁は自分のほうから折れる気にはなれなかった。



 互いに顔を合わそうとしなければ、普段はそんなに出会うこともなくなるわけだが、一応お隣同士。

 草壁が部屋のドアをあけて廊下に顔を出したりすると、お隣の部屋の前で同じように戸締りしているゆかりの姿に出くわすこともあった。


 あえて無視はしない。

 ただし、同じマンションの住人同士にすぎないような様子で互いに「おはようございます」と手短に挨拶をしてみる。

 ドアに向き合ったままちょっと固まっているようなゆかりも、草壁の言葉を聞いて、素っ気無く鸚鵡返しに答える。


 そんなとき、先に玄関前を離れた草壁はエレベーター前まで足早に歩いてゆくと、それには乗らずに、脇の階段を使ってさっさとフロアから姿を消すのだった。


(そんなに嫌味なことしなくたって、口聞いてやらないわよ!)


 ジッと階段に消えてゆく草壁の後ろ姿を見送るゆかりである。

 あのときは注文忘れられた怒りもあって、随分とヒートアップしたが、普段はいつもこっち向いてる彼のほうから背中を向けられると、やっぱりちょっと淋しい気もしていた。


 

 確かにちょっと言い過ぎたような気もしていた。




 随分と以前の話となるのだが、実はこのひまわりが丘という町は草壁にとっては、友人である大原の住んでいる町としてだけ、彼にとって馴染みだったことがある。


 事故の怪我から退院後、まだしばらく松葉杖姿のまま大学に通っていたこの草壁がよっぽど憐れっぽく見えたのかどうかはわからないが、そんな彼に結構気軽に話しかけてくれてからはじまった付き合いである。


 話を息子経由で聞いたりした、この大原んちのお母ちゃんからも「その年でいきなりその体で大変でしょ?」なんて同情を買っちゃったりして、そうして、時々だがこのうちに遊びに来てご飯なんかをご馳走になったりしている。



 草壁たちの住むマンションからはちょっと距離があるのだが、同じひまわりが丘南口に広がる住宅街のとある一角にある、ごく普通の一戸建て。

 見た目似たような縦に細長い家が、窮屈そうに立ち並ぶ建売り住宅の一つである。

 目の前に車二台ほど駐車できる空間があるが、庭らしいものはない。



 必要最小限の身の回り品だけもって、小さな部屋で一人暮らし。

 ということは、ある意味、自分の過去とたくさんお別れをすることだったりする。

 本やCD・DVD、ビデオやゲーム、そんな暇つぶしの小物はアラカタ実家に置きざり、もちろんなつかしの卒業文集やアルバムの類などもこっちにはない。そういういろんな「無駄なもの」からは遠ざかっていると、時にそんなものが妙に懐かしく思えたりした。



 そんなとき、この大原のうちに遊びにゆくと、実家住まいというのは、思い切って処分でもしない限り、そういう、「思い出」や「過去」がいっぱいあった。生活に必要じゃない余計なものがいっぱいあるというのが、食生活や家事の面以上に実家暮らしを微妙にうらやましく感じたりする草壁だった。




 かといって、じゃあ具体的にそれはなんのこと?と言われて、実は、ちょっと古めの格闘ゲームがそれだったりする。

 大原の家でそんなことで時間を潰しながら。


「なあ、お前さ、彼女とケンカしたこととかある?」

「ん?まあ、大喧嘩ってほどじゃないけど、つまらないことで口ゲンカみたいなことなら、そりゃ付き合ってたら誰だってあるだろ?」

「そうか……」


 本日もなつかしの格闘ゲームにうつつを抜かしてたりするこの二人。

 そして、そんなところに、大原のお母ちゃんが

「お昼、こっちで食べるんでしょ?」

 と言いながら、カレーの入ったお鍋を持って部屋にやってきたりする。

 草壁がここに遊びに来るとよくある光景だった。というより、コイツは、大体食事時を狙ってやってくるというのは、いつの間にか大原家では誰もが承知することになっていた。



 シングルベットと勉強机の存在のために、二人で向き合って食事するには大原の部屋はちょっと手狭だ。

 が、仕方ない。大原が物置から引っ張り出してきた、古くて小さなちゃぶ台を部屋の茣蓙の上にどんと置いて、そこで向かい合わせで、大原マザーお手製のカレーを二人してかっ込んだ。

 

 お手製といっても、もちろん市販のルーを使ったものである。具もシンプル。おそらく隠し味とかもない。

 


「相談があるって言ってたけど、お前、とうとう彼女できたのか?」


 ちょうど前日、草壁のほうから、相談があるからお前んとこに遊びにいっていいか?という連絡を受けていた大原だった。

 適当な理由つけて、昼飯たかりに来たんじゃないか?

 その日の晩御飯の大原家ではそんな話題が出ていたりした。


「彼女って言えるようなものじゃないんだけど……」

「あの子だろ?たしか恵ちゃん」

 ときどき草壁にくっついている、物好きな女子の存在は草壁の友人の間では有名だった。いつの間にかちゃっかりこっちの輪の中に入って、いっしょに昼飯を食べたりもしていたから。


 が、草壁からは「恵ちゃんとは、別に恋人とかじゃないよ」という言葉を聞いていたのだが、かと言って他に誰かいるとは思えない。いつぞやの喫茶店の辻倉さんは、多分ない。

 友人の勘としてわかる。こいつにあんな彼女が出来て、黙っているわけがないから。


 そんなふうに大原が思っていると、目の前でカレーを掬っている草壁の様子はなんとなく、いつもより沈んで見える。

 こいつ、マジで悩んでるのか?珍しい。と思っていたら、草壁がおもむろに口を開いた。


「なあ……」

「ん?なんだよ?」


「女って、どういうときに怒るの?」

「お前、バカか?」

 草壁の質問に、カレーを噴出しそうになる大原だった。


「なんだよ、その『はじめてのハムスターの飼いかた』みたいなのは!?」

「そんなふうに言うなよ……」


「そんなもん、ケースバイケースだろ?お前、怒らせるようなことした覚えないのに、怒られてるのか?」

「いや、覚えはある」

「じゃあ、それじゃないかっ!」


 言われた草壁は、煮え切らない様子で、まあ、それだっていうのはあるんだけどさ、その怒りが理不尽でさ、とかゴニョゴニョ言ってるだけだった。

 なんか、こいつが恋愛の話しだしたと思ったら、訳のわからないことだらけだと、大原はあきれ返っていた。

 なんで怒られてるの?と理由を聞いたところ、大したことじゃないんだ、と言ってやはり草壁が逃げるのだ。


 おい!相談したいとか言うが、肝心の相談事の詳しい話もしないで、相談なんか成り立つもんかよ……。

 

「おまえ、本当にメンドクセエ奴だな、話す気ないなら別に相談しにこなけりゃいいじゃないか」


 煮え切らない態度のまま、食べるペースも遅い草壁を尻目に一人さっさとカレーを食べ終わった大原は、それまでゲーム機に入っていた懐かし格闘ゲームをさらに懐かしいシューティングゲームに入れ替えて、一人でゲームを始めた。


 やがてカレーを掻き込みながら、草壁が大原の背中に向かって言った。


「いや、実は本当に聞きたかったことは、彼女とケンカとかそんな話じゃなくてさ」

「なんだよ、まだ本題に入ってなかったのか?で、本当に聞きたいことってなんだよ」

 もうプレーすることもないまま3年はほったらかしのゲームだったが、敵キャラが降らしてくる雨のような弾幕をどう避けるかは、体が覚えている。

 中ボス相手の戦いで遅れはとらない。見ると敵の装甲はすべてはぎ落とした。最後の弾幕を潜り抜けて、あと少しで、このステージクリアだな……。


「あのさあ?」

「ん?」

 よし、敵の色が赤くかわった、あと少し!




「タコヤキとグラジオラスの関係ってなに?」


「お前、それ食ったら、さっさと帰れ!」

 このバカのおかげで、一機損した……。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その晩のことである。

 草壁が台所に立って一人で晩飯を作っていたところに、揃って帰ってきたのが、長瀬亮作とツルイチのふたり。おそらく、連れ立ってパチンコだろう。それなりに戦果もあがって、早めに切り上げたか、そんなところだろうが、そのへんの事情はどうでもいい。



”あっ、草壁クン夕飯作ってるの?ひょっとしてカレー?”

”そう”

”その匂い嗅ぐと、おなか空いてくるなあ……ねえ、軽くでいいからちょっと分けてくれない?いくら出したらいい?300円ぐらい?”

”軽くってどれぐらい?お茶碗一杯ぐらい?じゃあ、150円でいいよ”



 なぜ、昼にも大原の家でカレーを食べといて、また夜にカレーを作るのか?

 あのとき、黙って大原マザーのカレーを食べていた草壁だが、彼は恋愛の悩みに沈んでいるような顔をして裏ではこんなことを考えていた「このカレーなんか、物足りない」と。


 あそこのお母ちゃん、何作らせても普通に手抜くから、いっつも料理に一味たりない。

 せめてタマネギは飴色になるまでしっかり炒めて、あと、ちょっとシメジなんかをしっかり焦げ目がつくまでソテーしたの入れて、摩り下ろしニンニクとバターをちょいと多めに入れたら市販のルーでも、もうちょっ上手くできるのになあ。


 

 大原家で、草壁がどんなに言われているかを彼は知らないが、まさか、その草壁が毎回シレッとした顔で飯をたかりに来て、腹でこんなことを思っているとはむこうも知るまい。



「おっ!うまい!草壁クン、普通のルー使ってるのに、料理上手だね」

「ありがとう」


 結局、ツルイチも少し食べたいというので、その後できあがった草壁カレーを3人でつつくことになった。

その最中である、草壁が二人にこんなことを聞いた。


「この辺で花屋さん知りませんか?」



 未だにフラワーパークのことに思い至っていない草壁だった。

 が、彼なりに「グラジオラス」というキーワードについて何か思い出そうと必死ではあった。

 そこで、実物を見たら思い出すのではないかと思ったのである。という訳で花屋。ただ、草壁もひまわりが丘に越してきて日も浅いので、普段使わないそんな店の存在が近場に思いつかなかった。商店街にもそんな店がない。


「僕も地元じゃないから詳しくないんだよな……」

 長瀬亮作が首をかしげる。

「そういえば、この駅周辺では見ないですね。隣駅になら駅を出てすぐのところに大きいのがありますけど」

 そこそここの町は古いらしいツルイチさんが、そう言っているところを見ると本当に近くにはないらしい。




 という訳で、さっそく、翌日になると隣駅に降り立った草壁である。


 今まで用事があったわけでもないし、地元でもないので、降り立つのは初めてだった。

 ひまわりが丘の隣の結構大きな駅である。ひまわりが丘駅よりは多分一回りぐらい小さいが。

 この辺は、線路の高架化がすっかりすんでいるので、ひまわりが丘の駅と同じく、ホームは地上3階部分に掛かっている。階段を降りて改札を出ると、すぐ目の前には、売店が見えたりする。

 駅舎の通路脇には本屋とか100円ショップ、飲食店などが並んでいたりする。

 そこを通り抜けると、一階へ続くエスカレーターが見えて、そこを下りると、ファーストフードの店や回転寿司なんかもあったりして、下りてキョロキョロすると、件の花屋がすぐ目の前となるのだが……。


 草壁の知ったことではないが、改札を出て目の前に伸びる通路の脇に並ぶ店舗の中に混じって、小さなカウンターだけの店舗区画があったりする。

 間口一間、つまり、大の大人が横にごろんとちょうど寝転べるていどの広さのところである。

 かつては、お持ち帰り専門の小さな洋菓子屋がちょっとしたケーキとかシュークリームなんかを売っていたところである。母体の会社が倒産してから、ずっと空き店舗となっていた。

 そして、そこにやっと数ヶ月前からテナントを出している店があった。


 が、ここにやってきた草壁にはそんな店の存在などどうでもいいことだった。

 改札を下りて、慣れない初めての駅にちょっとキョロキョロしたら、ちょっと先にくだりのエレベーターが旅客を階下に流しているのが目に入ったので、すかさずそちらへ向かって歩いた。



 彼がわき目も振らずに下りエレベーターに向かって店舗に挟まれた通路を歩いているときである。



「ちょっと!そこの彼!お久しぶりっ!」


 やけに明るい女性の声が大きく響いてきた。そんなところでそんなふうに声を掛けられる覚えは無いが、どうも自分に向かって話しかけてきているみたいな気配は伝わった。


 草壁が声のほうをちらっと見た。


 例の小さな間口のテナントの中で、「占い」と書かれた白いクロスの垂れ下がる机の前にいるのは、メガネ姿のまだ若そうな女性である。

 

 誰だろう?見覚えないけど?

 そう思って、しばらく、その女を見ていた。見覚えがないということは、自分以外の誰かに声を掛けているのか?

 そうとも思ったが、その女、こっちに向かって手を振っている。周りには自分以外に他には居ない様子。


 誰だろう?

 

 しかも、その女、腕でも骨折しているのか、左手を三角巾で釣っている。

 首には頚椎カラー。首長族みたいだ。

 そして、ほっぺにも四角いガーゼをテーピングで貼りつけてある。

 なんだ?そのいかにもけが人みたいなナリは?

 其の格好で、「占い」って書いた机の前に座っていた。



「アノ……どこかでお会いしましたっけ?」


 不審げな顔をしながら、草壁はその占い師のほうへ近寄っていった。


 で、その占い師、手をヒラヒラさせて笑う

「あっ、あのとき、私、これじゃなかったわね……ちょっと、待ってね」


 そういうと、やおら草壁に背中を向けて、足元においてあるカバンをごそごそと引っ掻き回す。そして、メガネを外して、カバンから出してきたマスクをかけて、


「これで思い出した?」

 と振り返った。




 あああああっっ!!!あの時の!!!


「つながったっ!!!今、すべてがつながった!!!!」



 そう、ついに草壁も思いだした。目の前の占い師、武内奈保美を見てあの病院での約束とゆかりの誕生日、そして誕生花!!

 グラジオラス!

 あのとき、たった一度、会話の端っこにチラッと現れたあのキーワードと、そして、自分が何気なく行こうって誘ったフラワーパークのこと。

 あのとき彼女は、「いつか機会があったら」。そう、拒否はしなかった。これか!



 武内にしても、いきなり草壁が大声あげて、なにかよくわからないけど、一人で興奮している様子にはしばらくキョトンとするしかなかった。

 



 どうしたの?あなたこの辺に住んでいるの?ああそう、隣のひまわりが丘なの?私?前は松木町に居たけど、どうもあの辺り、自分にとっては良くなさそうだから、最近引越しして、こっちに住んでるのよ。お店もここに新しく開いて、心機一転ってね。


 まるで、自分ちに遊びに来た友達みたいにして、草壁に目の前の席をすすめると、武内は一人でよく喋った。

 ああ、思い出した。あのときもこの人こんなんだったわ。


「あのときの彼女とは、どうなの?」

「それが、なかなか……」

「よかったら、私が見てあげましょうか?」

「お金払って見てもらうほど占いって信じてないです」

「そう……」


 まさか、声をかけたのは占いの営業のつもりだったんだろうか?けど、今目の前にいるこの首にカラー巻いて、腕を三角巾で吊って、ほっぺにガーゼあててるこの人の姿……。

 

 見ていると武内は、草壁の前でふぅっとため息をついた。


「あーあ、ここのところお客が全然こないのよ……なんでだろう?」


「そんな格好の占い師に誰が相談すると思ってるんです!?」

「だから、こうして伊達メガネかけてるのよ」

「どういう意味ですか?」

「ちょっと頭良さそうに見えるでしょ?」

「その包帯姿のほうがインパクト強すぎて、メガネ程度じゃなんともなりませんよ!」


 この人、わざとボケてるだろう。と最初は思った。が、話していると、どうもマジでそう思っているっぽい。


「しょうがないでしょ……治療費も稼がないといけないんだから」

 見れば、その一言だけで、そっちの事情も察せられる。

 

「そのケガ、どうしたんです?」

「自転車に乗ってたら、車と衝突して」

 なるほど。ん?けど、車対自転車、この占い師が自転車と言うのなら……。

「事故相手からの補償は?」


 草壁の質問に、なぜかこの武内笑って答えた。聞くと笑い事じゃないと思ったが。

「私の自転車のブレーキが壊れて、駐車中の車に勝手にぶつかったから100パーこっちの責任!」

 そのちょっとドヤ顔みたいにしている意味がわからん。


「しかも、ぶつかった車の、キズや塗装の修理費用まで出さなきゃいけないから、結構これが大変なの!」

 まるで、どこかの誰かの話みたいに言う武内だった。


(ほんとに、この占い師の言うことあてになるのか?)

 さすがの草壁も、他人事ながら、話を聞きながらちょっと怖くなってきた。それぐらいに、明るい。のはいいが、ちっとも懲りてない。

 良しにつけ悪しきにつけ、人生経験が、その人の人生観みたいなものに全く影響を与えないというタイプの人っぽい。要は、反省というのをしないタイプ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その日、長瀬ゆかりは本日のピアノレッスンに備えるべく、教室開きの準備をしていた。

 準備といっても、教室の前を掃き掃除して、小さな手書きの立て看板を出したらおしまいである。教室の掃除はだいたい、レッスン後にしてしまうのが常である。


 

 先日のショッピングモールでのことについて、当初あれほど激昂したゆかりだったが、怒りそのものはやがて小さくなっていた。

 もともと、彼のほうが忘れてたならあっさりと諦めるつもりだった。

 そもそも、草壁が約束を覚えていたところで、じゃあ二人でソコに行くのか?となると、簡単に「いっしょに行く」とも考えられなかった。

 なぜなら、彼とはただのお友達だから。


 そして、自分が随分とつまらないことで怒りを爆発させて、結果、自分自身もちょっと窮屈に感じ出しているころでもあった。

 そろそろ、折れてあげてもいいし。アネモネにも顔出さないと。



 生徒募集の立て看板を出しながらそんなことを考えていると、紅生姜とスパイシーなソースの香りがただよってきた。

 この匂いは?



 振り返ると、草壁がタコヤキの包みを下げて立っていた。


「タコヤキ、買ってきました」

「遅い!今頃!」





「生徒が来る前に、さっさと食べちゃいましょう。これからレッスンだし」

 その後、経木で作った舟の中に並ぶ大粒のタコヤキを、教室のソファーで向かい合った二人がつまみあげた。

 もちろん、タコヤキのお供には、香り高いアネモネ特製ブレンドコーヒーである。


「忘れててすみませんでした」

 草壁はわざと「何を」という目的語を省いて謝った。

「いえ、私もちょっとキツク言い過ぎました」


「完全に忘れてたわけじゃなかったんです」

「わかります。こうしてちゃんと買ってきてくれたんだし」

「ただ、忙しかったというか」

「いいんです、ああいう状況ですから」


 ゆかりと話していて、草壁は微妙な空気を感じていた。

 自分はタコヤキの話をしているのではない。そして、彼女にとっても肝心なのはタコヤキではないはず。

 が、こうしていると、彼女はなぜかタコヤキのことを言っているようだ。いや、花の話を避けようとする空気。



「いえ、タコヤキじゃなくて、去年、病院でした話です」

 そういって、目の前のゆかりをチラッと見る。彼女は結構なハイペースでタコヤキをつまんだ。やっと食べたかったタコヤキにありつけた、なんて冗談ぽく笑いながら。まるで、グラジオラスのことには触れたくなさそうに。

 それが証拠に、草壁がそういって本題に切り込もうとしたら、途端に、ゆかりは明るく笑って首を振った。


「いいんです。もう、そんな古い話は。お互いいい思い出ってことにしときましょうよ」


 これだ。またもや、こっちの気持ちを拒否しようとする。まさか、まだ怒りが収まらずに当てつけ言っているのか?行きたそうにしてたんじゃなかったのか?


「まだ、約束は生きてるはずでしょ?」

「もう時効ですよ。1年以上も前の話でしょ?」

「一緒に行きませんか?」



 草壁の一言は確かに彼女に聞こえているはずなのに、ゆかりはしばらく草壁の言葉に返事しようとせず、取り澄ましたような顔で、食べ終わったタコヤキを片付けだした。

 経木の舟と包装紙は、燃えるゴミっと。手提げのレジ袋と中敷のビニールシールは、プラスチックゴミだから分けて、別々のゴミ箱に入れなきゃね。


 立ち上がったゆかりが、教室の片隅に置いてあるゴミ箱へそれらを処分しながら、小さく言った。


「あの……勘違いしないでください」


 勘違い?静かだけど、厳しい言葉だ。草壁は心臓のあたりにグサリと突き刺さる何物かを感じながら黙ってゆかりの背中を見た。


「私達、ただの友達でしょ?それなのに、二人きりでどこかに行くなんてちょっと私には考えられません」

「あのとき、そんなことは……」

「あのとき、私うっかり、あんなこと言っちゃいましたけど、本当は行くつもりなんかなかったから、お付き合いで社交辞令を言ったまでなんです」


 それにしても、キツイ言葉をサラッと言うよな、この人は。


「周りからも、誤解されるようなことはしないほうがいいと思います。うちのフミコ叔母さんに知られたら、なんて言われるか分かったものじゃないですし」


 そこまで言うと、ゆかりは、再びソファーに戻ってきて、草壁の目の前に腰を下ろした。

 そして、にっこりと笑った。


「タコヤキぐらいで、あんなに怒っちゃったけど、もう私、怒ってないから。迷惑かけてごめんなさい」

 わざと殊勝らしく頭を下げる。


「また、暇だったら、こうしてここでお茶でも飲みましょ。あんまりそんな顔しないでください……あっ、そんなこと言っているうちに、もうそろそろ生徒が来る時間……」



 複雑な顔をして黙り込む草壁を置き去りにして、ゆかりはさっさと立ち上がってピアノの前に腰を掛けた。

 草壁も、「じゃあ、これで失礼します」と静かに挨拶をすると、ゆかりのほうをロクに見もせずにすぐにその場を立ち去った。




 なんなんだよ、あの人は。

 上げたり下げたり、難しい人だよな……。

 デート一つ誘うのにもこれか。

 こっちが忘れてたのも悪いかもしれないけど。


「けど、約束、守りたいな」



 またもや、見事にゆかりから拒否された草壁だった。慣れっこになりつつあると言っても、振られたらいい気はしない。

 あれから、真っ直ぐに部屋に帰ると、自室に閉じこもって、ぼんやりしながら、そんな独り言を呟いていたりするが、誘おうったってもう来ないということは、さきほどの様子からも明らかだった。


 外はまだ夕暮れには少し早い時間である。

 同部屋のルームメイトはいずれもお出かけの様子で、草壁一人。



 そんなとき、部屋のチャイムを鳴らすものがあった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その翌日のことである。

 長瀬ゆかりは午前9時45分に部屋を出た。喫茶アネモネに顔を出すにもピアノレッスンに行くにしても、少し早い時間だった。


 花柄のあしらいのある、桜色した薄い生地のワンピースは、彼女がなぜか焦るような早足で歩くたびに、少し短めの裾から、膝より随分上のところまで彼女の白い肌をあらわにさせた。

 マンションの駐車場にやってくると、そこには、ゆかりの愛車の青いラパンが、大人しく主の乗り込むのを待ち構えていた。

 上に羽織った半袖の白いカーティガンがあんまり風にヒラヒラするのを軽く手でおさえて、カバンの中からキーを取り出す。

 車のフロントガラスには、白い雲を浮かばせて綺麗に晴れた夏空が映って見えた。


 足首のアンクレットの光を最後に駐車場に残すと、青いウサギは町へと駆け出した。



 そのまま、時間にして、信号待ちの時間を含めてもものの数分後である。

 鉄道沿いに伸びる国道をゆっくりと進むと歩道橋に掛かる信号が見える。「ひまわりが丘駅前」というプレートのついたその信号をウインカー出して左折。もうそこは、駅の南口ロータリーである。



 タクシーや送り迎えの車たちとともに、大きなロータリーをゆっくりとめぐり、駅前の人通りに目をやる。


 すぐに、確認できた。


 

 彼は確かに見覚えのある服を着て立っていたからである。

 そう、つい先日自分が買ってあげたあのシャツを着ていた。


 

 草壁は、駅南口出口のどまんまえに、ゆかりが押し付けたあの「東京クルーズ」片手に立っていた。

 そして、彼の目の前まで、あの青いウサギがゆっくりと駆け寄ってくると、車の中からゆかりが彼に向かって声をかけた。


「こんなところで、何やってるんですか?」

 そう言って、ゆかりは、左手で助手席のドアロックをポンっと跳ね上げた。




「ふぅぅぅぅぅぅ……」

 ロータリーのガードレールをピョンと飛び越えた草壁が、さっそく助手席にもぐりこんだ後、駅舎が見えなくなるぐらいまで、二人は並んだままずっと黙っていた。

 やがて、草壁が口を開いたと思ったら、彼の口から洩れたのは、深いため息だった。


「なんなんですか?そんなため息ついちゃって」

「そりゃあ、ため息も出ますよ」


 

 前日、ゆかり相手にまたもや玉砕を果たして、意気消沈の草壁のもとへ訪れた客というのが、ゆかりの叔母である長瀬文子だった。

 定期報告を聞きにやってきたわ。

 とか言いながら、またもや部屋へずけずけと入ってくるのはいいが、この人、別に定期的に訪れていたわけではないのだ。間違いなく気まぐれに来ただけであった。

 

 そこで、草壁は一芝居打った。それが、見事に当たった。そして、その結果に思わずため息を漏らさずにいられなかった。


 ふう……なんとか伝わった。なんども「秘密ですよ」を繰り返して、わざとにやけながら「明日の10時に彼女と花を見に行くっていうデートの約束があって……あっ、こんな話誰にもしないでくださいよ。なんか照れくさいし」なんて、我ながらわざとらしい芝居をしたと思ったが、あの叔母さん、こっちの読みどおりに、ゆかりさんに洗いざらい喋ってくれるんだもんな……。ある意味、怖い人だよ、ゆかりさんの叔母さんって。



 というわけで、車中の二人の会話はしばらく、困り者のゆかりの叔母、フミコについてだったりする。


「なにか怪しいことはないか?とか真顔で聞くけど、あの叔母さん、ゆかりさんのことなにか怪しいと思ってるんですか?」

「多分、完全に面白半分。そうやって、まるで自分が名探偵か名刑事にでもなったつもりみたいです。わたしの日常のことレポートにして送ってるらしいし」

「マジですか?」

「はい。いい加減にしてほしいです」



 海のほうめがけて車を駆りながら、助手席では草壁が地図を見ながら道をナビゲートしたりしている。見ると、いつぞやの狂ったカーナビは健在の様子。

「あれから、何度か使ったけど、別に異常はなかったですし、普段使わないから買い換える必要もあんまりないんです」

「ふうん」

「でも、今日は草壁さんいるじゃないですか?またおかしくなったら大変だから、地図見てナビしてください」

「僕が悪いんですか?!」



 そんなことを言いながらも、車は夏休み渋滞なんかに巻き込まれることもなく、順調に目的地に向かってすすんでいた。


「初めて会ったとき、杖を拾ってくれただけでなく、ジュースも買おうとしてくれたでしょ?」

「そうでした?よく覚えてないんですけど?」

「なんか普通以上に親切だったなあ……なんて」

「たぶん、ことのついでだと思います。お年寄りに座席ゆずるぐらいの感覚」


 せっかくこうやって来てくれたというのに、もっと気持ちを確かめようと話題を振っても隣の彼女はいつも軽くかわしてしまう。

 苦笑するしかない草壁だった。

 まあ、いいや、今日はこうやって来てくれただけでも、よしとしよう。



 そんなとき、もう一つ「なぜ、自分が『雨だれ』弾いたとき、あんな様子だったのか?」という疑問も頭をよぎったが、この空気で切り出す気になれずにそこはまたもや、聞けずじまいだった。



 そして、地図の表記どおりなら、そろそろ目指す「フラワーパーク」はすぐ近く、というはずだったのだが、目的地に近づくにしたがって、本来なら人手や車の出入りで賑わっていそうなはずの道がどんどんと閑散としだした。


 高いフェンスに囲まれた広大な駐車場が目に飛び込んできたが、白線で区切られた駐車スペースには車の一台も駐車している様子がない。


「あれっ?今日、ひょっとして定休日でしょうか?」

「おかしいなあ。夏休み期間の7月下旬から8月いっぱいは無休って書いてありますよ」


 草壁は持参したあの「東京クルーズ」を見ながら呟いた。

 

 車はそのまままっすぐ進むと、フラワーパークの正面で入り口ゲートにまで到着した。

 やっぱり人影はまったくない。どう見ても営業中には見えなかった。


 いや、近づくにしたがって、二人にはそれ以上の「嫌な予感」がビシビシと伝わってきた。


 もはや誰一人その前にいない、フラワーパークの正面ゲート前に車をつけて、とりあえず大きなアーチの下に並ぶ、改札機の前にまで歩み寄ってきた二人が目にしたもの、それは――



「長らくのご愛顧、まことにありがとうございました。誠に残念ながら当園は3月31日をもちまして閉鎖となりました」




 改札機を閉ざす鎖から下がったそのプレートを見ながら、しばらく言葉もなく突っ立っているしかない二人だった。



 

 ようやくたどり着いた、ふたりの「約束の場所」は、なんと、閉鎖されていたのだ。



 不審に思い改めてあの「東京クルーズ」に目を通したゆかりが、、呆然と立つ草壁の隣で、驚きの声を上げた。



「あっ!!この雑誌、去年のだ!」




第22話 おわり


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