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第19話 みなそこの宝石(いし)

 8月に入り、草壁の通う大学も夏休みに突入。


 実家からは「いつ帰って来るの?」という電話がたびたび掛かってくるのを、やってもいないバイトを理由にしたりなんかしながら、このまま帰らないでいてやろうという、親不孝なことを考えていたりする草壁。

 理由は簡単。

 長瀬ゆかりがいるこの町を離れるのが嫌だった。

 そばにいたところで、別にこれという進展はないのだが。

 

 たとえ友達としてでも、一緒に遊びに出かけたりできればそれはそれでうれしくもあった。


 今回はそんなお話。




 あまり関係ない話だが、現在、草壁はバイトをしていない。

 実家は小さな個人経営の商店である草壁の場合、ゆかりやルームメイトの長瀬亮作とは違って、仕送りの額もそうは大したものではない。

 しかし、亮作のルームメイトになることで家賃の負担が軽くなり経済的な余裕が生じていた。


 ここに来る前は大学近くのワンルームに暮らしていたのだが、学校に近くて、しかもそれなりに立地のいい静かなところとなると、ワンルームと言っても7万した。

 お安いところは古かったり、目の前が交通量の多い国道だったり遠かったりするのである。


 それが今現在、家賃15万円の2DKの一部屋に3万円で住めている。

 なぜか?


 引越し当初は草壁と亮作の二人でしばらく住んでいたのだが、このときの取り決めは草壁が家賃の4割を出すというもの。亮作のほうが大きい部屋を取っているから6割拠出ということなのだが、それでも6万円で、いいところに住めていたわけである。

 そして、その直後、ツルイチさんがここにやって来た。このオッサンは部屋をもらわずにダイニングで雑魚寝なのだから、安くでいいと亮作が言ったところ、オッサンが「ネットカフェに泊まっても一月3万以上はするのだから、それぐらいは出します」と言って3万出すことになった。

 つまりツルイチさん2割負担となる。

 その金額は当初の草壁負担分から差し引かれた。

 結果、家賃の負担は亮作が6割、草壁2割、ツルイチ2割ということとなった。


 この件に関して、誰も草壁に文句を言わなかった。ツルイチさんは気づいてないのかもしれない。同じ家賃払って、自分はダイニングで雑魚寝。もう一人は8畳の部屋をもらっているということに。

 亮作は知っているはずだが、こちらからも何のツッコミもない。


 しかも、ルームメイトのお坊ちゃん、金持ちだから細かいこと言わないのか知らないが、共益費とか一切請求してこない。

 草壁としては大助かりな話だった。




 そんなある日のことである。草壁がぼおっと商店街を歩いていた。

 ”ぼおっ”は余計かもしれないし、別に商店街を歩きたかったから歩いていたわけではない。ひまわりが丘の駅に出るためにはそこを通るのが一番手っ取り早いからである。

 何しろ屋根もついているから、雨の日だって濡れずに済むし、人通りが少なくて静かだし。



「おっ、草壁クン、ちょっと暇だったら寄ってかない?」

 喫茶アネモネの前を通ったときのこと、マスターがわざわざ店の中から出てきて草壁を呼び止めた。


「えっ!あ、あ……あの……」

 店の前で呼び止められた草壁は一瞬言葉を詰まらせながら、梅干の種でも飲み込んだ人みたいな顔になった。


「なんだよ、その顔は?忙しいの?」

「い、いえ……暇です。お茶ぐらいなら……い、頂いてもいいかと……」

 ちょっと目を見張りながら答える草壁。まるで葬式の悔やみでも言っているみたいな悲しげな表情。


「どうしたの?そんな顔して?」

「このお店、とうとうマスターが客引きまでしなきゃならなくなったのかって……」


「張り倒すぞ!こっちは用があったから呼び止めたんだよ!」



 用事?わざわざ自分に?

 訝しく思いながらも、とりあえず言われるままにとりあえず店の中に入ってみた。

 カランカランなるドアベルとともに、店の中へ一歩足を踏み入れた途端、草壁の動きが止まった。カウンターに並ぶ二人の姿が見えた。

 二人とは商店街組合長の仏壇屋と理事の靴屋の二人のジイサンのことである。

 ヤベッ!用ってきっとあの二人のジイサンからだ。けど、あの人たちから何か頼まれてロクな目に会ってない。


「アッ用事思い出した」

 咄嗟にクルット回れ右した草壁の手を引っつかむマスター。

「どこ行くんだよ。さっき暇って言っただろ?」


 マスターに腕をつかまれながらも、無理にでも引き払うつもりで、出入り口ドアのほうへそのまま歩いてゆく草壁の背後から、仏壇屋が声をかける。


「私らの顔みて逃げることないだろ?驕ってあげるから、まあ、こっちにおいでよ!」

 草壁の動きがピタッと止まった。




「で、僕に用ってなんですか?」

 どうせ大した用事でもなかろう。ちょっとしたお手伝いってことなら、暇だしやってもいい。したらしたでバイト代はでるのだし。それに、ご馳走もしてくれるっていうし。


「ご馳走って君ね、ワシらはコーヒーの一杯でもって……あっ、マスター、本当にミックスサンド作ってるの?」

 仏壇屋と靴屋が座るカウンターに並んで腰を掛けた草壁が、間髪いれずに「ご馳走してもらえるということなんで、僕はミックスサンドとアイスコーヒーをお願いします」と言ったものだから、靴屋と仏壇屋が驚いた。



「君、何時来てもお茶しか頼まないから、好みとかよくわからないけど、マスタードは大丈夫?多めがいいの?オッケー!マヨネーズも多め?はいよ!なに?ベーコン、卵、増量?それは追加料金掛かるよ?えっ、ツナ?うちの普通のサンドにはそれないけど、欲しけりゃ作ろうか?さらに追加料金かかるけど。野菜も増し増し?ラーメン屋じゃないんだけどね……」


 マスターは草壁から言われるままに、レギュラーとは違う特製サンドを作り出した。

 ジイサン二人はしばらく言葉を失いながらその様子を眺めているだけだった。



 やがて皿に乗って差し出された、「大盛り」とでも言ったほうが良さそうな具材でパンパンになったサンドイッチを頬張りながら草壁が


「で、用ってなんなんですか?」

「君な、それ食っといて、断るなんていったらタダじゃおかないからな!」


 まあ、そうだろうな。けど商店街の用事なんて大したことないだろう。と思っていると、驚いたことにマスターからこんなことを言われた。


「多分、頼めるのは君ぐらいしかいないんだよ」


 へ?僕限定?そんな特殊な仕事ってなんなのでしょうか?


 

 よくよく話を聞いたところ、商店街のPRパンフレットの作成のお手伝いなのだそう。

 それが、なぜ草壁しか適任者がいないのか?


「市の観光課から話が来たんだけどね。作成費の助成とかパンフの配布についてもバックアップするってことでさ、わりと本格的なのが作れそうなんだよ。チラシなんかとは違う。」

 仏壇屋が嬉しそうに話す。パンフ作ったぐらいで簡単に客が呼べたら苦労しないでしょう?と心では思った草壁だが、そんなことを話すより、零れ落ちたタマゴを拾い上げて食べるほうに忙しい。


「2万部とか刷って、駅や役場それから百貨店やデパートみたいなところにも置かせてもらえるってことなんだ」

「それは大きな話ですね」

「だろ?去年、別の商店街でやったのを見せてもらったけど、海外旅行のパンフレットみたいなが出来ててさ……」

「けど、効果のほうはイマイチらしい。ワシらも見たんだけど、はっきり言って地味なんだよ。店の紹介ってことで店主が商品持って笑っていたりするんだけど、そんな写真ばっかりな冊子、見てて面白いと思うか?」

「まあ、あんまり面白そうじゃないと思いますね……」


「やっぱり、『華』は必要だということに、組合の会議でも意見が出てさ」


 あの、元英会話教室でやったらしい。いつぞやの事務局会議室の様子では、おそらく会議と称して、連中、酒盛りしているっぽい。そんなところで碌な意見がでるものか。

 と思って聞いていたら、これだ。


 ジイサンたちの言う「華」とは何か?

 簡単な話である。「お色気」なのだ。


 もう、だんだん話の方向が読めてきた、と思ったら仏壇屋が


「ここのバイトの二人のウエイトレス。二人そろって綺麗じゃないか?だから、このまえ二人に「水着でパンフに出てくれって」って言ったらあっさり断られた」

 話を聞きながら、草壁が口の中のツナサンドを吹き出しそうになった。

「ちょっと、待ってください!本当にそんな頼み方したんですか?」

「そうだよ。それ以外にどう言えっていうんだよ……あっ『商店街のためにひと肌脱いで』とかのほうがよかったかな?」


「そういう意味じゃないですよっ!」



 サンドイッチパクつきながら、草壁は呆れるしかなかった。

 が、驚くのはまだ早かった。


「我々としても困っててさ……」

 靴屋が腕組みしながら黙り込んだ。靴屋と言っても販売だけでなく、修理もこなす職人である。今も靴墨でところどころ汚れた白い麻のエプロンをつけながら黙りこくっていると、頑固な職人肌のマイスターという雰囲気があったりする。年もサラリーマンならもう定年退職を迎えてるぐらいにはなっている。

 まさか、素人女子の水着姿をどうやって撮影するかを考えているとはとうてい思えない。


「そこで、ここのマスターに相談したら、君にお願いするのが一番じゃないかと……」

 仏壇屋は、ここで親子三代ずっと仏壇屋をやっているという商店街きっての古株である。

 小柄で靴屋よりちょっと恰幅のある体型だが、売っているものの割には気さくな人柄である。商店街の組合長以外にも、町内会長を兼務することがあったり、子供の小さいころはしょっちゅうPTA会長も数多くこなしてきた、意外に人望の厚い人柄。

 やはり、まさか、70超えてそんなジイサンが、孫より年下の女子の水着のことで悩んでいたりするとは。


「そうそう、草壁クンだけが頼りなんだよ」

 目の前で、マスターもそういって口ぞえしてくる。


「そう言いますけどね……」

 言われた草壁、アイスコーヒーを啜りながら、困り顔である。

 


 他に客の居ない店内。マスターを含め4人の男がジッと黙り込んだ。




 ズズッと草壁がアイスコーヒーを啜る音だけが響いている……。




 ズズズッー!……。おい、ちょっと待て……。




「ええっー!!話は、そこで終わり?!!!!」

 飲みかけのアイスコーヒーを吹き出しながら、叫ぶ草壁。


 

 実は、話はここで終わっているのである。

 草壁に与えられたミッションはそこからゴールまでの全般だった。計画とか、アテとかもまるでない。全く雲を掴むような話なのである。ワシらだめだった、あと君お願い。って、ノープランにも程がある。


「ちょっと待ってくださいよ。そんなもの、あの二人が簡単に応じると思うんですか?」

「自分の写真がパンフに載ってみんなに見てもらえるのは嬉しいっていうのが女心ってものじゃないのか?」

 知らないよ。この靴屋、何が「女心」だ!


「あの二人はそういうタイプじゃないです。ましてや水着写真なんか……」

「草壁クン、何か良いアイデアないの?」

「簡単に言いますね?」

「こんだけ、ワシらからたかっておいて知らん振りはさせないぞ」

 仏壇屋のジイサン、そっちの話がメチャクチャだって思わないのか?こんなもんサンドイッチぐらいじゃ完全に割りにあわん。



 再び静まり返る喫茶店内。

 草壁はいろんな意味で頭を抱えだした。なんとかするったって……。やがてこんなことを言い出した。


「あの……ちょっとぐらいは予算つけてもらえるんでしょうね?」

「ん?予算?」


”上手くいくかどうかわかりませんけど、プール?いや、海のほうがいいか?”

”海?ほう?”

”泳ぎに行ったら当然水着になりますよね?そこで写真を撮る”

”なるほど!それをパンフに載せるわけか?”

”なんですけどね、いきなり泳ぎに行こうだけじゃ、話が唐突すぎるんですよ”

”そんなもんか?”

”簡単に「じゃあ行こう!」ってなるとは思えないですね。小学生の夏休みとは違います。あれでもいい年した大人ですから”

”じゃあ、どうする?”

”せっかく誘うんだから泳ぐ、ってだけじゃなくてランチの一つも付けとかないと、魅力は薄い”

”それってどこかのレストランかどっかで食べるということ?”

”口実作って誘い出すには、もうちょっとまとまった日帰りプラン旅行みたいなほうが話しが早いと思います。”

”プランね……”

”ちょっと調べてみますか……”


 と言いながら、一同が見守る中、草壁が自分のスマホを使っていい日帰りプランの宿なんかないかと探し出した。

 どうなるかは分からないが、ジイサンたちはその様子をしばらく黙ってみていた。



「それはそうと、草壁くんの食べてるあのサンドイッチ、うまそうだな」

 

 さっきから黙ってスマートフォンをいじっている草壁をじっと見守っていた靴屋と仏壇屋がぽつりとつぶやいた。

 他人のお金だということで遠慮なく、ハムも入れろだの、タマゴも増量だのと言いながらパンパンになったサンドイッチは食べているソバから、ポロポロと中身が落ちた。

 彼は真剣な顔でスマホをいじりながらも、皿に落ちた具材を手づかみでつまんでは口に放り込む。行儀はよくないが、その様子は実においしそうに見えたのだ。



 インターネットとかにはあまりなじみのないジイサン二人は、手持ち無沙汰に待っている間、その様子を見せ付けられてすっかり、お腹が減ってきた。


「ワシらにも、彼とおなじもの作ってよ?」


 ということで、商店街理事の二人からも特製サンドイッチの注文が入った。



 カウンターのマスターがそんなわけで、草壁の注文した通りのサンドイッチをシレッとした顔で作りながら、内心ほくそ笑んでいた。

 草壁クンってのは、普段はドリンクしか頼まない売り上げ単価の非常に低い客なんだけど、今日は彼のおかげで売り上げも好調だよ。何しろ、ミックスサンドは軽食メニューの中で割とお高い値段に設定してあるのに加えて、草壁クンのヤツは特注だから、普通の倍は取れる。草壁クン、意外といい営業してくれる。



 やがて、カウンターのジイサン二人と草壁の3人がそろってサンドイッチ片手に頭を突合せて話し合いが始まった。


「これいいと思いませんか?このホテル有名だし、ここの日帰りデイユースプラン」

「ほう……ホテルのレストランのランチも付くのか?」

「ランチビュッフェですけど、豪華そうでいいでしょ?」

「温泉にも入れるの?」

「まあ、温泉のことは二人には黙っときましょ。それより、そのホテルのプールが使えて、しかも海水浴場が目の前、ってことは何よりの魅力です」

「なるほど、そこで水着の登場というわけか……」

「まあ上手くやってくれるなら、商店街組合活動予算からそれぐらい出すことにするか」


「で、どうやって誘うの?」

 ふと見ると目の前のマスターもサンドイッチを頬張っていた。

 大量の具材を使用して3人前、いや量としては多分倍の6人前のミックスサンドを作った端材を適当に集めて自分用にサンドイッチを作ったのだった。

 いくら客が他にいないからと言って、店主が客と一緒になって飯を食っているという、大変緊張感の欠けた状況。

 そうやって草壁といっしょになってよからぬ計画を練っていたりするのであった。



 ゆで卵サンドは横から見ると、ゆで卵スライスが2段になって満遍なく敷き詰められている。草壁クンがそれぐらい一杯入れろっていうから作ってみたが、大量に使われた固ゆで卵を飲み込むために、ジイサン連中はドリンクの御代わりまでしてくれた。

 今日は草壁クンのおかげで、売り上げ好調だ。

 

 

「それですけどね……」


 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 それで、どうなったかというと。


 翌日になると、ターゲットが昼ごろには揃って出勤してきた。夏休みになって暇をもてあまし気味の辻倉あやと、予定が空いていたら割りとランチタイムには顔を出す長瀬ゆかりの2人がそんな時間から顔をそろえた。という情報をマスターから受け取った草壁が、偶然を装って、喫茶アネモネに入店。そして

「実家から、長い夏休みとれるのは今しかないかもしれないから、一人旅でも行っておいで」

 とのことで旅行クーポンが送られてきた、という作り話を二人の前でした。

 もちろんそのクーポンは、草壁の求めに応じて商店街組合の活動費から捻出されたものである。

 実際のところは、一人旅でもしておいで、どころか、何時になったら帰って来るんだ?という矢の催促を受けていたのだったが。

 そんな話をしながら、「けど、一人旅っていうのもつまらない。やっぱり賑やかに楽しみたいし、いつも二人にはお世話になっているから、このチケットで日帰りで泳ぎにでも行きませんか?」と切り出す。

 言われて、まんざらでもないゆかりとあや。いいんですか?なんて言ってるが嫌とは言わない。

 そこで、あらかじめ調べておいたホテルのデイユースプランを二人に示して見せたところ「草壁さん、手回しがいいですよね」「初めっから誘うつもりだったんですね」とか言いながら笑っている二人。

 手回しがいいどころか、その裏でどのような計画があるかは知る由もない。

 そういうことなら行ってもいいかな?

 とあやとゆかりの感触も悪くないのを見て取ると、間髪いれずに二人の目の前でネット予約をとってしまう草壁。

 こういうことだけは、すばしっこい。とか言いながらゆかりとあやは笑っていたが、実はマスターと草壁もお互いに目配せをしあってニヤリ。




 というわけでお出かけ当日。

 ゆかりのラパンに乗った3人は、ランチタイムぐらいの到着になるようにホテルを目指した。


 片道4、50分は掛かりそうということで余裕を持って、11時にはひまわりが丘を出発した一同。ハンドルを握るゆかりの隣にはあやが座っていたのだが、車が走り出すと、隣のゆかりにヒソヒソとなにやら耳打ちしだした。


「本当?」

「うん……」


 あやの言葉を聞いて、ちょっと考え込むゆかり。後部座席でその様子を見ている草壁には何の話をしているのかは全くわからないが、あまりいいお話じゃなさそう。

 なんか、急用でも入って早く帰らなきゃいけない、みたいなことなんだろうか?

 と思っていたら。出発して間もないというのに、車はコンビニの駐車場に止まった。


「あやちゃん、ちょっと飲み物買ってきてくれる?」

「はーい」


 なんとなく、わざとらしくもありそうな感じでゆかりがそう言うと、あやが車を降りるべく、ドアに手をかけながらこちらも、とってつけたような声の調子。


「じゃあ、僕もなんか買って……」

 空気を読んでいない草壁が、一緒になって外に出ようとしたら。

「あっ、ちょっと待って……あやちゃん、3人の分買ってきてくれる?草壁さん何がいいの?コーラ?私もそれでいいから、お願いね」

 ゆかりが草壁の腕を掴んで引き止め、あやに使いっぱしりを命ずる。大体普段はそういう役目って僕なんだけどなあ、と思いながらも、それならと草壁も一旦浮かしかけた腰を再び後部座席に沈めた。


「わっかりましたー!」


 明るい笑顔で返事したあやがスッと車を飛び出して行った。

 一連の流れに、ちょっとした違和感を感じないでもない草壁だが、なんとなく、そこを突っ込んじゃいけないような気がしたので、ゆかりと車の中でジッと待つことにした。



 あやが店内に入っていく様子をチラッと確認したあと、ゆかりが何か、思い出したように

「あっ、ここに車止めてたら暑いですよね?あっちの日陰に移動します」

 そういいながら、コンビニ玄関前の駐車エリアから、店舗裏の一番遠いところまで車を移動させてしまった。

 コーラ買って来るだけなのに?と思う草壁だったが、やっぱり突っ込まないほうがいいような気がしたのでゆかりがしたいように任せた。


「草壁さん、泳げるんですか?」

「結構得意ですよ。ゆかりさんは?」

「自信ありますよ?競争しましょうか?」

「負けないですから」

「ところで、今から行くホテル、お部屋も借りれるんですか?」

「5時チェックアウトで一部屋借りれるから、着替えとか荷物置いたりできます」

「プール。大きいみたいですね?」

「やっぱり、プールより海でしょ?泳ぐなら。広々しているし」

「そうですか?ホテルのプールも興味あるけど……」


 コンビニ駐車場の隅でそんなことをゆかりとずっと話していたが、コーラ買いに行っただけのあやがなかなか帰ってこない。

 あれえ、何やってるんだろう?もう10分もそうしているけど?


 と思っていたら、やっとあやが帰ってきた。

 

「ごめんなさい。ちょっと自分の買い物してたら、遅くなっちゃった」

 と言いながら車に戻ってきたのはいいが、見たら、額から汗を流している。

 ん?冷房の効いた店の中でずっといて、そんなに汗をかくか?と思う草壁だったが、やっぱりそこを突っ込むことはなんとなく避けた。


「あーあ、あやちゃん、汗だく……」

 隣でゆかりがあやの汗をハンカチでぬぐう。


 そして、二人でヒソヒソとまたもや内緒話。


”……だった?”

”はい……けど”

”……かった?”

”……っと……”


 草壁には、まったく具体的な言葉のまとまりが耳に入ってこないのだが、悪い話ではなさそう。そんなことをヒソヒソ話ながら、二人ともニヤニヤと笑っているのだから。

 やっぱり、「何の話ですか?」みたいなツッコミは避けたほうがいいと思って草壁は窓の外に広がる真っ青な空を見上げていた。



「コーラ、今キャンペーンでこんなボトルキャップがついてるんですね……」

 やがて、二人の内緒話も終わり、あやがシートベルトを着けている間、買ってきてもらったコーラのペットボトルを手にした草壁が呟いた。

 ペットボトルの首には仮面ライダーのフィギュア付きのボトルキャップがぶら下がっていた。


「いいなあ、ゆかりさんのはライダーなのに、なんで自分はショッカーなんだ?」

「欲しければあげますよ」

「子供みたい」

 ゆかりが自分のペットボトルについてたライダーのボトルキャップを草壁に投げて渡すと、ちょっと長い駐車からやっと、青のラパンが動き出した。



 

 ボンネットに真夏の太陽の強烈な照り返し受けながら、車は渋滞に巻き込まれることもなく順調にめざすホテルに到着した。


 海沿いのリゾート地に立地している白亜の壁をしたそのホテルは、名前には、地元の人じゃなくても知っている有名ホテルグループの名前が冠してある。

 15階建てだという建物は横方向に長く伸びながら、途中で緩やかに折れ曲がった格好で海沿いの岸壁に立っていた。遠目で見ると白い屏風を広げてあるみたいだ。



 チェックインを済ますと、まずはランチ。

 時刻もちょうどいい。

 プラン内容としては、お昼は最上階15階にあるレストランでランチブッフェとなっている。

 

 さっそくレストランに足を踏み入れると、大きなレストランスペースは海の方へ向かって窓枠のない一面ガラス張り。

 ランチタイムで賑わう多くの客の姿が、窓から差す夏の日差しの中で影絵のように浮かんでいた。


 エリア中央に大量に並ぶお料理の数々やデザートのケーキ類が宝石みたいに並んでいたりする中、ローストビーフや、魚のムニエル、それから種類の豊富なパスタなんかは、コックさんが直接客に取り分けてくれるというスタイル。欲張りさんにはちょっと残念かもしれないが。


 そこそこお値段張りそうな様子。

 見てると、お客さんは皿にテンコ盛りなんてのはあまり見受けられない。

 まあ、たくさん食べたければ、テーブルと料理の間をたくさん往復すればいいだけであるが。



 3人もせっかくだからということで、すぐ眼下に海水浴場を見下ろすことのできる窓際に席を占めた。

 

 鮭のソテーはバジルソースを添えて。冷製タラバガニのボイルはトマトソースをかけて。ポークのグリルのシャンピニオンソース。

 3人おそろいはシェフ直々の切り分け特製ローストビーフ。芳醇な香りのデミグラスソースが大きなお皿に盛りつけられて、はいどうぞ。

 パスタはエビとクリームのパスタ。フォアグラのジュレ寄せは、お上品に香草が添えて切り分けてもらう。スープは夏っぽく、ガスパッチョもさっぱりとおいしいが、ゴロゴロお肉がしっかり存在感をアピールするビーフシチューもさすがに、本格ホテルの濃厚なお味。

 カラフルなところで夏野菜のバーニャカウダなんかで一皿使ってしまうという手もある。ソースが絶品。

 細かい氷を敷き詰めた上に並ぶカットフルーツはマンゴー、オレンジ、パパイヤにスターフルーツ、グランベリーに日高メロン、そのままでもおいしいけど、片隅にそびえるチョコレートファンウンテンで甘くコーティングしても味よし。

 

 それから、締めのデザート。

 アイスクリームには、巨峰がゴロゴロと煮詰まったソース、しかもこれ温かいんだよね。それをかけてと。

 けど、一番食べてみたいのは、やっぱりこれもシェフが切り分けてくる、大型液晶テレビを寝かせたみたいなでっかい四角いケーキ。上にはびっちりとチェリーやマスカット、イチゴが一面に敷き詰められている。

 ついでだから、ティラミスと杏仁豆腐もたべて、っと。



「結構食べちゃいましたね」

「でもおいしかった」


 

 草壁にしてみれば、目的はあくまでプール、というか、海だ。

 多分、ホテルのプールサイドは写真撮影はできないと思う。だから海に……。


「けど、せっかく来たんだから、プール見てきましょうよ」

「あっそうですか?」


 あんまり無理強いもよくないので、とりあえず水着に着替えた3人はプールサイドに出てみることにした。



 ホテル正面から見てその裏側、海沿いの崖の上に作られているプールは、泳ぐというより、水際でゆっくりとした時間を楽しむという雰囲気の漂う、なんとなく大人な空間。

 白御影石を敷き詰めたプールサイドがまぶしく光っていた。


 不規則な曲線を描いて広がるプールの真ん中には、半身を水の中につかりながらカクテルでも傾けることのできる、水中バーの椰子の葉の屋根が広がっている。

 お子様が、浮き輪抱えて走っている姿はなし。

 多分そういう子がいたら警備員が走ってくるっぽい。


 水に入っている人たちも、必死になって泳ぐというより、銀色に光るエアーベットを水の上に浮かべてのんびりと漂っている、大きなサングラスのお姉さま、なんかがいたりするようなところだった。


 

「がっつり泳ぎたい人向きじゃないですよね?」

 その様子を見ながら草壁が呟いた。そうしながら、そろりそろりと海の方へ誘導していく方針。


「ほんと、ゆっくりと日光浴して、体が火照ったらプールで冷やしてみたいな感じですかね?」

 あやが頷く。


「とりあえず、海行って泳ぎたいだけ泳いでから、疲れたらこっちに戻ってくる。って感じのほうがよくないですか?」

 ちょっと不満そうな声をあげる草壁。一応、今回の旅行の主催者でもあるし、自分は海に行きたいという雰囲気をしっかりだして、二人を海へと誘う。

 その計算があたってか、ゆかりも、草壁の言葉に頷いた。


「まあ、私もそれでいいかな」



 因みに水着のほうは、あやがネイビーブルーに白水玉模様のビキニ。見た目はカジュアル。お色気というより、元気に水辺を走り回りたいって感じ。

 そして、ゆかりは真っ白なビキニ。ブラの胸元にフリルのかざりがついているだけの見た目もシンプルなもの。ちょっと清楚?いや、清楚というには豊か過ぎるバストの存在が簡単にはそんな言葉を許さない。

 あやのほうも歩くたびに、水玉模様のカップが豊かに揺れる様にはかなりのボリュームと重量感が感じられるが、二人並ぶと、カップの大きさの違いは歴然。

 


 ここのホテルのプールなのであるが、片隅に小さなゲートがあって、そのゲートをくぐると、崖の下10数メートルほどのところに広がる海水浴場へと続くホテル利用者専用の小道があって、プールと海を自由に行き来できるようになっている。


 ホテルの人に聞いてみたら、パラソルの貸し出しやボートの貸し出しなんかも、下の海水浴場の海の家ではホテル客には特別割引で提供してくれるとのこと。

 

 それはラッキー。

 

 3人はゾロゾロ連れ立って、ゲートをくぐって海水浴場を目指した。

 つづらおれに続く、丸木組みの小さな階段の両脇には、ハマナスやハマゴウの小さな花の植え込みが綺麗に手入れされていて、足元に赤や紫のそんな小さな花をみながら、2,3分も歩けば砂浜に到着した。



 降りてみると、砂浜も人はそこそこ多い、が、首都圏直近の有名海水浴場とは違う。人の群れを縫うように歩かなきゃいけないほどではない。

 遠くまで続く砂浜の上に広がるパラソルは、さっき足元に見たハマナスの植栽みたいにあちこちにポツポツと開いていた。


 水際から沖にかけても、人の頭がいわゆるイモ洗い状態ってわけでもない。

 いや、むしろ、かなりゆったりしていた。ブイが浮く沖合いまでいかなくても、人の背がとどくかとどかないかぐらいのところを泳いでいたら、もう他人とぶつかる心配はあまりしなくてもよさそうだ。



 というわけで、場所ならいくらでも確保できた。

 サンダルのつま先に熱くなった砂を感じながらちょっと歩いて、海の家の程近く、水際にも近いところに場所をとることになった。


「じゃあ、まずパラソル借りて?あとシートと……。じゃあ草壁さん、お願い……」


「その前に!」


 いつの間にかゆかりがそんなふうに仕切りだした途端、その言葉を草壁が遮った。

 いよいよだ!

 ん?草壁さん、急に大きい声だして、自分のバッグの中をゴソゴソやってるけど、なんなのかしら?


「せっかく海に来たんだし、記念に、と思って……」


 ニヤニヤ笑いながらデジカメ片手の草壁。

 

「デジカメ……」

 草壁の手にしたものを見て、少し嫌そうな顔になるゆかり。写してもらうのはいいが、どうも動機が不純そう。

「撮るんですか?」

 あやもさほど乗り気ではなさそうな声。

 マズイな、もうちょっと簡単に乗ってくれると思ったけど、もうこなったら、勢いで押し切っちゃえ!



 というわけで、最初は普通の立ち姿の二人を勝手に撮影しだした。

”まあまあ、せっかくの日帰り旅行の記念だし”

”そうそう、立って立って!”

”今度は並んでくれる?……お願いだから笑ってください!楽しい思い出の写真なんだし”

”ちょっとポーズつけます?片手を膝の上において、前かがみになってこっちみて、二人並んで、そうそうだから、笑って!”

”いいねいいね、じゃあ二人手をつないでジャンプ!オケー。もっかい、ジャンプ!”

”砂浜の上に足伸ばして座ってみて、うんうん、こっちみて笑顔ちょうだい!”



 草壁の要求があんまり普通の記念写真とは違うと思い出したゆかりが途中で遮る。

「ちょっと待って!なんか記念写真にしては随分撮りますね?」

「まだメモリカードには空きがたくさんありますから」

「なんで使い切るまで撮るんですか!」

 あやも、ゆかりが隣でなんとなく言われるままにやっているからお付き合いしていたがその疑問はあった。

「こっちがたまにポーズ作っても『今のはいらないから』とか、なんのつもりなんです?」


「えっ、いや、一応僕のカメラだし、僕の好みで……」

「なんか怪しい!ちょっとカメラ貸してください」

 二人に突っ込まれて草壁が言葉に詰まっているのを見たゆかりが、サッと草壁の手からデジカメを取り上げた。

 そして画像を確認して、思わず叫んだ。

「ああっ!なにこれ?普通に撮っているのもあるけど、胸とかお尻とかのアップもある!」

「あっ、本当だ!」

 ゆかりとあやがそのカメラのモニタを揃って覗き込んで呆れていた。


 やがて、草壁をにらみつけたゆかりが、カメラのボタンを押しつつ

「消去します!」


「ま、待って!個人的に楽しむだけなんだから!」


「へんな言い方しないでください」



 拝み倒すように頭を下げる草壁をしばらくじっと見つめるゆかりだったが、そのときである。


「センセイ!」


 というカワイイ声が大きく響いた。


 カメラ片手に仁王立ちするゆかりの背後には、現在幼稚園に通うピアノ教室の女の子がそれよりちょっとお兄ちゃんらしい、小学校低学年ぐらいの男の子と手をつないで立っていた。


「あっサオリちゃん!どうしたの?」

「泳ぎに来た!」


 家族四人でこの海に来たというのだ。ちなみに隣の男の子は、タクロウ君、小学二年生のサオリちゃんのお兄ちゃんだ。


「センセイも泳ぎに来たの?」

「そうよ」

「じゃあ、一緒に泳ごうよ!」

「あっ、いいわね!」


 なんて言っているとすぐに二人の両親が追いついてきた。年のころは30いくかいかないか。水着のチョイスも草壁たちと余り変らない感じの若夫婦だった。


「こらっ!センセイたちのお邪魔しちゃだめでしょ!どうも、こんなところでお会いして、うちの子がどうしてもセンセイのところ行くって言っちゃって……さあ、お邪魔しちゃダメよ、こっちいらっしゃい!」

 と言いながら、大好きなゆかり先生と一緒に遊べると思っていたサオリちゃんを、お母さんは手を引張って連れ戻そうとした。お母さんに怒られて仕方ないけど、やっぱりゆかり先生と一緒に居たいな……って感じでサオリちゃんがチラッとゆかりを見上げた。


「あっ、全然かまわないですよ。ね、じゃあ、二人とも先生達と遊ぼうか?」


「うん!」

 タクロウ君とサオリちゃんが嬉しそうに頷いた。



 一連の流れの間草壁は「じゃあ、もう記念撮影はこれぐらいにしときましょう」と言いながらデータ消去の憂き目に会いそうなデジカメをさり気なくゆかりの手から奪い返した。ちょうどサオリちゃんが「一緒に泳ごう」って言ったあたりである。

 一応、これでミッションはクリアだ。




 そしてどうなったかというと。

 サオリちゃんのご両親は、せっかく家族で来たというのに遊び盛りの小さな兄弟を草壁たちに取られてしまって、ちょっと暇をもてあまし気味。

 しかし、これぐらいの子供を持ってから二人きりでゆっくりとレジャーに出かけるなんてなかったなとか思いながら、パラソルの下で、お互いにサンオイルを塗りあったりして、まったりとしていた。


 遠くでは、波打ち際あたりで、子供達と共に一緒になって楽しんでいる、いい年した若者達。

 草壁がトリコロールのビーチボールを抱えて、「早く逃げないと当てちゃうぞー」と言いながらキャッキャはしゃいでゆかりとあやとともに逃げ回る二人の兄妹を追い掛け回していた。


「うちの子たちも楽しそう」

「あんなお兄さんお姉さんと一緒に遊ぶってないもんな……背中向けて、そっちにも塗るから」

「うん、お願い」



 やがて、タクロウくんは草壁の肩車の上にのっかる。そして、サオリちゃんはあやの肩に乗っかりながら、波打ち際からだんだんとお馬さんの胸あたりまで波がかかるところまで進んでいった。「こわくない?」「うん」足元あたりでゆらゆら波打つ水面を蹴飛ばしながら、上機嫌そうなサオリチャンとタクロウ君。見ていると、ゆかりを交えて3人で、バレートス。

 それっ、アタック。いくよ!上手!ほらっ!次はサオリちゃん!お兄ちゃんのほうに打ち返して!上手!よし、行け!タクロウ!


 一方の若夫婦はというと――。

「そこ、くすぐったい!」

「脇、だめだったか?」

「ちょ、ちょっと……」

「紐、外すよ」

「うん」



 そして、あやと草壁の肩の上にサオリちゃんとタクロウクンが乗っかったまま一同は海の家まで向かっていった。「ジュースはいいけど、あんまり飲んじゃダメよ。お腹壊すから」「サイダーは?」「サイダーも一緒です」。


 ビーチパラソルの下で、今度は奥さんが旦那の肩にやけに丁寧にサンオイルを塗っていたりする。

「見て、うちの子たちジュースご馳走になってる」

「それにしても、5人そろってファンタグレープってのがすごいな……」




 ジュース飲んだら泳ぎたい人!あっサオリチャンは泳ぎたいのね。ん?タクロウ君は何したいの?

 


 サンオイルでテカテカになった奥さんの手が夫の胸のあたりにススーっと下りていったりする中。

「あのお兄ちゃん、どっか走ってったぞ……」

「ほんと。あなた、どうでもいいけど、ちょっとお腹まわり少しお肉ついてない?」

「やめろ!くすぐったいから。ってそう思ってたら、なんかスコップとか大きなバケツとか、なんか一杯抱えて戻ってきた」



 よし、タク君、じゃあ今からお城作るぞ!まず何をする?砂を山みたいにする?違うな!まずは足場を海水で軽くぬらして基礎工事からだ!オッケーこれぐらいの大きさならいいだろ。よし、じゃあこっちの大きなシャベルとスコップどっちがいい?シャベルのがいい?シャベルは土を盛る係りだぞ。嫌?じゃあスコップでペタペタ形ととのえてね、きみ結構調子いいな。

 

 ちょっと沖まで出たサオリちゃんはゆかりがバタ足で押してくれる浮き輪の中に入って、あやと競泳に興じていた。


 若夫婦のほうは、奥さんがかけてきたサングラスをなんだかわからないけど、お互いに掛けたり掛け合ったりしながら、子供のほうを見てるのか、二人でじゃれてるのかよくわからない感じ。

「あの3人、うちの子供たちといっしょになって楽しんでるな」

「遊んであげてる、っていうよりホントに一緒に遊んでるみたい」



 そして、パラソルの下で寄り添って座る若夫婦の奥さんのほうが、陽気のためか旦那の肩に頭を持たせて転寝を始めたころには、草壁とタクロウ君の合作の砂の城は、お昼のランチブッフェで食べた大きなケーキの上に、あそこのチョコレートファウンテンを乗っけたような堂々とした威容を現した。ノコギリ状のデコボコを乗せた立派な城壁とともに。



「できたー!」

 あやから貸してもらったちょっとブカブカの野球帽を頭に乗っけてずっと真剣になって城作りに興じていたタクロウ君が大はしゃぎ。


「ハッハッハ!この城は、わたしの城だっ!」

 途中で草壁からもらった仮面ライダーのボトルキャップを城の中央党の真ん中に立てて、自慢げな顔。


「なにを!こんな城などすぐに潰してくれるわ!」

 城門の前では草壁の持つショッカー人形が、はるか頭上のライダーを見上げていた。


「まずはこの攻撃に耐えられるかな?」

 ショッカー人形の隣で、手のひらの上に乗せた小さな貝殻を指ではじいて城壁へ攻撃を開始する草壁。ピッピッっと音を立てて、脆い砂の壁が少しづつ崩れる。

「うわっ、やめろ!」

 自分の城が崩されそうになり、必死になって手で城壁を直すタクロウ。

「あっちへ行け!このバケモノ!」

 タクロウ君からの反撃は普通に小石を草壁の手へ投げつけてくるという非常に直接的なもの。

「い、イテ、イテ、か、加減をしろよ、おまえ……」


 続いて草壁がスコップを手に取る。柄のほうを前に向けると、ショッカー人形とともに城門めがけて打ち込まれるスコップの柄。

「この破城槌を見よ!これで、この城は落ちる!」

 繰り返される棒の突撃で、城門がボロボロとさらに崩れた。

 そのショッカー人形に突っ込んでくる、タクロウ君の仮面ライダー。

「よし!ならばこちらも……ライダーキィーックッ!」

「や、やられたー!この次はかならずお前をたおしてやるからな……チュドーン」

「地球の平和はわたしが守るのだ!」

 城の上からライダーが高らかに声を上げていた。




「ああいうのを、子供好きとか面倒見がいいとか言うのかな?」

「同レベルって言ったりして」

 離れたところから、じっと眺める若夫婦のシートの上に付いた手は知らない間に重なっていた。



 

 お城遊びの最後は、タクロウ君と草壁が二人で揃ってジャンプしながら砂の塔の上に飛び乗って盛大に壊したあと、男子組も泳ぎに参加していった。なぜか二人とも全力疾走しながら波打ち際からさっきお城を壊したようにして海の中に飛び込んだ。

 ”サオリチャン、お兄ちゃんの背中に乗ってみ?立てる?泳ぐよ!”

 ”サーフィン!”

 ”アハハハ!”

 ”なんかサーフィンっていうより浦島太郎みたい。”

 そのあと浮き輪の中でゆらゆらしているタクロウ君をちょっと深いところまで連れ出す草壁。

 ”こわい?””ううん?””じゃあ、そのままジッとしててね。いくよ。”

 やがて、タクロウ君の足の下までジョーズさながらに潜水しながら近づく草壁、そのまま勢い良く浮上すると、浮き輪の中のタクロウ君を空中に飛ばした。

 ”水中バンジー!”

 ”わーっ!”

 ”こっちこっち!”

 向かう先は目の前で腕を広げているあやの胸の中。

 飛行距離にして2メートルもないが、よっぽど楽しいのか空中でキャッキャ言っている。そしてバシャッと海水を勢いよく被りながらもあやの胸の中にしっかり抱きついてきっちりランディング成功。

 ”こわかった?タクロウくん。”

 ”ううん!おもしろい!けど……”

 ”けど?なに?”

 ”あっちのお姉ちゃんのほうが大きい。”

 ”大きいって……。あのね!こういうのは大きさだけじゃなくて、形とか色とか!”

 ”あやちゃん、子供相手に何言ってるの。”



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「もう本当に、長い間うちの子たちがすっかりご迷惑かけちゃって」

 夕暮れには少し早いが、自分たちより体力のある大人組3人の本気の遊びに付き合っているうちに疲れてきたチビッコ二人組。

 砂浜に上がると、二人とも眠そうにしだした。

 それを見て、やっと奥さんの膝枕から旦那が起きだして子供らを迎えに来た。


「お兄ちゃん、お姉ちゃんありがとう」

 眠い目をこすりこすり母親に手を引かれながら去ってゆくサオリチャン。

 タクロウ君のほうは、まだちょっと元気ありそうだったが、やはりお父さんに手をひかれながら、特に一緒になってお城を作ってくれた草壁に向かって名残惜しそうに手を振った。


「今日はありがとう!草薙クサナギのお兄ちゃん」


 おい、名前間違えている!草壁は苦笑しながら手を振って二人の小さなゲストを見送った。




「うわぁ、風が気持ちいい……」

「子供の相手も疲れますね」

「草壁さん、きっちり楽しんでたくせに」


 小さな旋風みたいなチビッコ二人との時間が過ぎ去ったあと、3人は海の家で手漕ぎのボートを借りて、すこし沖合いにまで漕ぎ出した。


 艫と舳先にそれぞれ座るゆかりとあやに挟まれながら、オールを握る草壁。

 ボート漕いだことはなかったが、握ってみると別にコツもなにも必要はなかった。海の家で簡単な使い方のレクチャーを受けたら、さっそく漕ぎ出した。

 夕凪の海は波も穏やかで、まるで池の水面みたいに静かなせいもあった。

 

 あんまりスムーズに進むので、うっかり沖合いにまで出てしまわないように、むしろそっちのほうが気を使うぐらいだった


 草壁のオールが水面を掻くのに合わせて、船上を駆け抜ける風にもてあそばれて流れるゆかりの黒髪。彼女は気持ちよさげに、少し傾きかけた夏の夕空の下で目を細めていた。

「あのお城、すごかったですね」

 目の前で、ゆかりがそういって草壁に笑いかけた。

 半日ずっと太陽の下にいたというのに、彼女の肌は相変わらず透き通るように白い。クスッと笑うだけで、草壁のすぐ目の前で、その肌の色に負けないほど白いブラに窮屈そうに締め付けられている丸みがたわわに揺れた。

 思わず、見とれすぎたような気がして、目を逸らした。


「ねえ、ゆかりさん、その腕のブレスレット、なんなんですか?」


 そうしていると、草壁の背後で、舳先に座るあやの声が響いた。

 言われて、ゆかりの手首を見ると、青みがかった乳白色の玉をつらねたブレスレットが掛かっていることに草壁も今、気づいた。


「これ?水難除けのアクアマリン。今日のために買ったの。安物だけど」

 あやのほうに手首をかざすゆかり。泡立つ波のようにして、アクアマリンの玉が彼女の手首で揺れた。


「どんなの?見せてください」

「いいわよ」


 見てると、ゆかりは自分の手首からワッカを外し、それを舟の反対側にいるあやのほうへ、向かって投げた。

 

 しかし目測と力加減を間違ったらしく、玉は目の前でぼんやりとオールを持っている草壁のオデコにぶつかったあと、軌道を変えて、海の中にトッポンと落ちてしまった。


「何やってるんですか?草壁さん」

「あなたが勝手に当てといて何言ってるんですか!」


 背後で、あやも心配そうに「あーあ、落ちちゃった」と声を上げた。



 草壁は、すぐにオールを舟におくと、立ち上がった。

「探してきます」

 すぐに行かないと、船自体の位置も微妙にかわるだろうから、水中の落下位置を特定しにくくなるだろう。


「無理しなくていいですから……あれ、そんな大したものじゃないし……」

 それを見たゆかりの心配そうな声を聞き終わる前に、もう草壁は水の中にもぐっていた。



 草壁の姿が消えた船上で、あやとゆかりが心配げに水底に下りてゆく影を見送っていた。

 やがて、再びその影が上がってきて、「ありました」と言って、サザエを二つ舟の上に投げ込んだ。


「何探してるんですか?!」

「いや、珍しいから、とりあえず……」

「うわっ、草壁さん、使えない……」


「もう!私も行って来る」

 真剣に探しているのか分からない草壁に呆れたゆかりが立ち上がった。

 私だって泳ぎには自信あるし、あんなバカ鵜に任せてられない。

 そう思いながら、颯爽と立ち上がるゆかり。


「あやちゃん、ボートお願いね」

「はい、わかりました。けど……」

「けど、何?」

「まさか、飛び込もうとか思ってませんよね?かっこつけてそんなことしたら、この小さなボート転覆するかもしれないから、やめてくださいね」

 

 あやがたしなめるような目をしながら、どうせやるつもりだったんでしょって感じで上目遣いでジッと見つめる。


「ま……まさか……やるわけないでしょ?そんなこと……じゃ、じゃあ、行ってくるから。ほら、こう……ジャイアントストロークエントリー!」


 絶対やるつもりだったなという、あやの冷たい視線に見送られながら、片足をちょっと突き出した姿勢のまま、ゆかりの体も水の中に沈んで言った。



 水の中にもぐると、バカ鵜が底のあたりをウロウロしているのがすぐに目に入った。

 

 水面から白い砂の広がる水底までは深さにして、3メートルってところだろうか。

 泳ぎには少し自信のあるゆかりが、数回ゆったりと水を掻いたら、ゆうゆうと底までたどり着けた。

 鼓膜に感じる水圧もさほどではない、これなら耳栓なしでも大丈夫そうだ。


 水中の視界は暗くはないが、ミルク色した砂地のうえにおちた、水色の玉をはっきり確認するには少し薄暗いようでもある。


 先に水底に到達していた草壁と水の中で目が会うと、向こうはちょっと驚いたような顔をした。

 ゆかりが「このあたりにある?」っていう意味で、すぐ足元を指でさすが、草壁は「わからない」というジェスチャーで返すだけ。結局、彼もなんの手がかりもないみたい。


 見上げると、水面にはボートの影が夏の陽に縁取られている。波にゆられた水面から差し込む光がカーテンのように揺らいでいた。

 砂地の上を泳ぐ小魚の群れもホログラムの明かりを放っている。

 光は差し込んでいるんだけど、こんなところで小さな探し物をするにはちょっと足りない。



 やがて、先に体内の酸素を使った草壁が先にボートへ向かって浮上していくを見上げながら、ゆかりもすぐにそれに続いて、とりあえず水面を目指した。


「こんどはアワビだったりして」

「二度もボケないですよ!」


 一足先に浮上した草壁が船上のあやとそんなことを言っていると、ゆかりも草壁とは反対側の舷側につかまって顔を出した。


「水底の様子はどうでした?」

「そんなに深くないけど、ちょっと暗いからなあ……」

 草壁が呟く。

「安物だから、無理する必要ないですよ……」

 

 そんなふうに、しているとあやが突然こんなことを言い出した。

「先に見つけたほうが勝ち。で、負けたら帰りの車を運転するってのはどうです?」

 あやの言葉を聞いて、草壁がにやっと笑う。

「どうせなら、晩御飯もつけて……」

「強気じゃないですか」

 ボートを挟んだ向こうで、水中のゆかりの不敵そうな笑い。そういうことなら絶対勝ってやる!だって、晩御飯より、疲れたから運転代わって貰いたいし。


「よし!ならさっさと探しに行こう!」

 草壁がチャポッと音を立てながらさっそく再降下してゆく。


 しかし、あやが見ているとゆかりのほうは、あっずるい!とか言いながらなかなか潜ろうとはせずに、何か考えている様子。

 やがて、ボートの縁を掴んだままで、船上のあやにゆかりがこんなことを言った。


「鏡ある?なるべく大きいやつ」




 あやからもらった大学ノートぐらいの大きさをした鏡を手にゆかりが草壁の後に続いた。


 一方の草壁が水底に広がる白い砂地の上をまるで舐めるようにしながら探し物をしていると、キラッと差し込む光を感じた。

 彼がそちらを向くと、鏡を持ったゆかりが水面から差し込む光を反射させて水底を光らせている。


 見つかるのだろうか?と思いながらも面白そうだから、彼女がただようところまで草壁もゆっくりと水を掻き分けて行った。


 遠く巻きに銀鱗の魚たちの訪問を受けながら、二人は水底を滑る光のスクリーンの行方をしばらく目で追っていた。


 やがて、鏡の光が青い玉の輪を光らせた。


”あっ、見つけた!”


 ふたつの魚が、エメラルドグリーンの水を滑るように水底へと泳いでいく。

 ずるいっ!これは私が見つけたんですからね!ゆかりが睨んでやっても、となりの彼はなんのことでしょうか?何も聞こえないからわかりません。って言いたげに、ニヤニヤ笑っているだけだった。

 


 目指す玉のほうへそろって腕を伸ばしながら進んでゆくと、二人の体はやがてぴったりと張り付いていた。

 

 やがて二組の人差し指と中指に挟まれた玉の輪は、それを拾い上げた二人とともに、水中をゆっくりと浮かびあがっていった。


 チークダンスみたいにぴったりくっついて海中を浮かびあがりながら、彼女のほうは怒ったような顔で彼を睨んでいた。

 水の中で、互いの体温と肌を感じた。

 

 最初から手柄は向こうに渡すつもりだった彼は、それ以上この感触に触れていることにもちょっと怖くなって、ボートの影が視界に見えると、さっと玉から手を離した。

 それに、彼女、鏡持った手のほうで、彼のわき腹を笑いながら何度もつつくし。



 最初にボートの縁に頭を出したのはゆかりだった。

 少し息が上がった様子で、肩で息をしながら、拾い上げたそのブレスレットをポンっとあやのほうへ投げて渡した。今度は、落とすようなへまはしない。


「あった!」

「すごい!ゆかりさん!」

 アクアマリンのブレスレットを手にあやが拍手していると、残念そうな顔の草壁もゆかりと反対側のヘリから頭をもたげた。


「残念……」


「草壁さんの負け!ってことで、ゴチになります!」


「そっちにもオゴるのかよ!」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その後、消去の憂き目から無事生還したデジカメのメモリカードは商店街事務局の一室において、仏壇屋と靴屋の二人に草壁の手から引き渡された。

 そこで、中身の画像をニヤニヤしながら3人が頭を寄せ合って確認しているところで、草壁がこんなことをポツリと言った。


「ところで、無許可でこの写真をパンフレットに使って訴えられたらどうします?」



 結局、今年のひまわりが丘商店街のPRパンフも去年のものと大差ない地味なものとなったのだった。

 草壁の奮闘は無駄となったが、良く考えたら、この男が他人の金で女の子と海に遊びにいってタダメシ食っただけだった。




第19話 おわり

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