第18話 月のシロップ
お話は前の続き。草壁圭介と長瀬ゆかりのふたりが、翌日にせまったひまわりが丘の縁日の下見に二人で出かけたあとのことになる。
交通規制に使用するためのバリケードが、すでに道路の片隅に用意されてあったりするのを横目で見ながら、夏の遅い日暮れの街を歩いて帰った二人。草壁が部屋の前でゆかりと別れて、中に入るともうすでにルームメイトの長瀬亮作とツルイチの二人が、軽く酒盛りの真っ最中だった。
二人とも本日のパチンコの調子がよかったのだそうで。
その割には、商店街の「タコ菊」で調達してきたというタコヤキとお好み焼きをつまみに飲んでいたりする。
「今日は遅かったね。どう、草壁クンも飲む?」
あいかわらず、暢気な奴等だなあと思いながらも、勧められたら断らないのが草壁という男。
基本的に調子がいい。
「いつもより早いんじゃない?飲むの」
「パチンコ調子良かったからちょっとした祝杯。草壁クン、ご飯まだだったら、ピザでも取る?驕るよ」
「いいの?」
「どうです?久しぶりにゆかりさんも呼んで4人でなんていうのは?」
そんな調子で、やっぱり宴会か?と思う草壁。それにしてもさっきまでゆかりとは一緒だったのがまた顔を合わせるというのも、微妙にどんな顔していいか分からない状況だ。
もちろんそんな話はルームメイトの二人には内緒だが。
ところが、話がそう決まったあと亮作が隣のゆかりの部屋に電話を入れたところ彼女からは「今、忙しいから無理」というふうに、珍しい断りの返事が返ってきたという。
「珍しいですね。ゆかりさんがお酒を断るなんて」
とツルイチが首を捻るが、草壁にしても、どうしたんだろう?と思うのだった。
あの不機嫌はもう直ったはず。
ということは、ゆかりさん、今晩なにか用事があるにも関わらず僕にお付き合いして、遅くまで一緒に散歩してくれたということか?
それにしても、一体、何が忙しいんだろう?
その晩、長瀬ゆかりは別に忙しかったわけではなかった。
彼女は悩んでいたのである。
明日の縁日に浴衣を着ていくべきか、否か?について。
ただし、ゆかりに浴衣の持ち合わせがない。
「けど、明日の昼間のうちにお店で買ったら、夕方には間に合う」
買ったところで自分で着付けができない。
「スナックmomoのミミママなら、たまに和服着てることもあるから着付けできるはず」
しかし……。
「あのママに借りは作りたくない。どんな利子がつくか分からない」
それに買ったところで夏祭りの時ぐらいしか着る機会はないだろう。
「逆に、夏祭りだからこそ浴衣を着る絶好の機会ともいえる」
結局、買おうか買うまいか随分と悩みながら、浴衣のネット通販のサイトをいくつも見たり。かわいい浴衣姿の画像をネットの中から探して、自分もこんなの着てみたいと思ったり。一人で簡単に浴衣を着付ける手順を解説した動画を見てみたり……。
しているうちに、すっかり夜も遅くなり、最終的にこんなことを考えた。
「ところで、私、何のために浴衣着なくちゃいけないの?」
しばらく、じっと考えた結果。
「やっぱり、普段着でいいか……」
とちょっと淋しそうな顔で一人呟いて、ゆかりの浴衣についての思案は終わった。
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そして、翌日となり、祭り当日。
祭りには、草壁、ゆかり、そして地元の人間である辻倉あやの3人で出かけようということで、彼らはひまわりが丘の駅で待ち合わせをした。
駅の一階中央ホールは、4台の券売機と駅員の常駐している窓口があって、他にも売店、コンビニ、洋菓子屋や立ち食いソバ屋などが周りに並ぶ結構大きなスペースである。二人ぐらい並んで背をもたせ掛けることができる大きな大理石張りの柱がホールの中に4つ四角く配置されあって、日ごろでも人待ち顔がその柱の影にスマホ片手にちらほら立っているという光景はよくあった。
しかし、ひまわりが丘縁日当日の午後5時をすぎる頃には、柱の影どころか、乗降客の通行の邪魔になりそうなぐらいの待ち合わせが、いたるところで立っていたり、数人のグループで話し込んでいたりして、もうそんなところから、祭りの賑やかさが始まっていた。
「おっ、居た!ゆかりさん」
学校帰りに駅で合流することとなった草壁が、2階改札口を出て、いつもより多い降車客に混じりながらエスカレーターを下ってゆく途中で、ホールの奥の柱近くに一人立っている長瀬ゆかりの姿をすぐ見つけることができた。
普段でも町を歩いていると、おっ!って感じですれ違う男性の視線を浴びてるなと思うことがあるゆかりである。
それぐらい、黙っていても人目は割りと引いた。
で、今日なのであるが、やはり、彼女の姿はちょっと目立っていた。
前日、長い長い逡巡の末、浴衣をあきらめたゆかりがその日着てきた服。
それは、薄いラベンダー色のハイネックノースリーブのトップスに、細身のデニム。
普段は、どちらかというとガーリーな服装が多いゆかりだったが、こういう服も似合う。シンプルな着こなしだが、スタイルがいいのでそれだけで良く映えた。
ちょっと豊か過ぎる胸以外は、割とスリムな体型。
結果、スタイリッシュで大人っぽいコーディネートである。しかし、敢えて言えば大人っぽすぎる気がする。しかも足元はハイヒール。
どう見ても、お祭りにワイワイ楽しみに行くカッコウじゃない。
お洒落なカフェやブティックが並ぶ、石畳のストリートを闊歩するモデル風だ。
なんにせよ、目立つことは目立った。
彼女の場合、着てみたかった浴衣を諦めた反動が、このコーディネートになったのかもしれない。
草壁と合流すると彼女もつい先ほど到着したらしい。
「人、やっぱり多いですね」
見渡すゆかりのそばでは、拡声器片手の駅員が「帰りは混雑が予想されますので切符のご購入はお早めに」とがなりたてている声がうるさい。
北口方向を指す矢印を書いた立て看板に誘われるように、いつもの数倍の人が流れてゆく。
裾丈のやたら短い浴衣を着た女子中学生の集団や、慣れないパナマ帽を手で押さえながら、小銭の音をチャラチャラ鳴らせているTシャツ短パンみたいな未成年たちが多い。
時間帯として、まだ大人組の合流にはまだ少し早いわけだ。
「まだあやさん来てないんですか?」
「うん。もう家には帰ってて、これからそっちに行くってさっき連絡があったんだけど……」
そんなことを二人が駅中央ホールの真ん中、なるべく人の流れに混ざらない中途半端なところに立って離していると、辻倉あやがやって来た。
「あっ、あやちゃん、浴衣着てきたんだ……」
呟くようなゆかりの言葉は、まるであやが浴衣を着てくることを予想していなかったようだった。
自分が浴衣着るかどうか考えることに夢中で、他人の服まで今まで気にしてられなかったのだ。
「せっかくのお祭りだから、お母さんに着付けてもらっちゃった……」
少し照れくさそうなあや。
濃藍の落ち着いた色の地の上に、薄桃色の桜を散した柄。
この辺りでもちらほら見える浴衣姿の女子たちは、もっと明るい派手な色の浴衣が目立った。学生服を卒業すると、ちょっと着れないかな?と思えるような。
それと比べるとあやの浴衣は、もう少しお姉さんでも着れそうなものである。
と言って、決して地味でもない。胸と腰あたりに特別大きく咲いている2輪の桜の花があでやかだ。
そして腰周りをキュッと締める帯は、タンポポ色。着物と同じ桜の花を織り出してある。
「いいなあ……」
おもわず、ゆかりがそれを見てポツリと口走った。
やっぱり私も着てみたかったなあという感慨が篭っている。
「そうですか?」
ゆかりに言われてあやが微笑んだ。
大きく片側に分けた前髪の向こう、ボリュームを持って上げたオダンゴの上でレースのついた白いアザレアの髪飾りが揺れた。
「似合ってる……」
まるで、似合ってちゃ悪いみたいにして、ゆかりが言った。
やっぱり、私もこういうの着てみたらよかった。
あやの姿を見て、さっきからそればっかり思っていた。
北口を出て、緩やかな坂道をニュータウン方面目指して歩いているころには、少しづつ空の色が朱にそまっているのがわかった。
もう駅は出ているというのに、まるでまだ駅構内を歩いているみたいな人の流れが続くなかを、ゆっくりと歩いていく。
屋台が出ている通りにはまだ遠いが、沿道のコンビニなんかはさっそく店舗前にテーブルを並べて、から揚げやアメリカンドックなんかをせっせと売り出していた。
いつでも食べれるようなそんなもんが、こんな日に売れるのか?と思ってみていたら、案外買っている人も多い。
人の流れに流されるままにしながら、5分も歩けば、安物スピーカーから流れるアイドルポップスの曲とともに、人の喧騒も響いてきた。
まだ明るい夕空のをバックに、キラキラと輝くビー玉細工のような色とりどりの提灯が光っているのがニュータウンの集合住宅群の隙間に見上げれるようになる。
そして、交通規制のバリケードを横目に通って、お祭り会場についてみると、もう人、人、人……。
「まだ陽が明るいのに、なに、この人だかり……」
あっけに取られるゆかり。名のある祭りならわかるが、これ、有名神社の初詣参道か?というぐらいの人手が、こんなところで見られるとは思ってもなかった。
「暗くなったら、すんごいですよ。毎年、痴漢騒ぎがあちこちであるぐらいに」
人手の多さを表現するのに、もうちょっと適切な言い方はないのか?と横で草壁が思ったが、あやがそういうぐらいに人が多いということである。
まだ、その祭りの雑踏の中に足を踏み入れる前の3人がそうやっているところ
「ちょっと、すみません!取材よろしいですか?」
と声が掛かった。
襟の大きく開いたブルーのカッターシャツの男が大きなカメラぶら下げて、にっこりと声をかけてきた。腕には「取材 press」と書かれた腕章。
聞くと「夏祭り浴衣美人特集」なるものの取材だそうだ。
雑誌ですか?と聞いてみたら、商業誌なんかではなくて、タウン誌らしい。聞いたことはある。頼んでもないのに、毎月ポストに投函されるあのタウン誌。
「地元?あっそう、南口の商店街の娘さん。すごい似合ってる。これ載ったら地元で話題になっちゃったり……」
「い、いや、そんなことはないと思いますけど」
ニュータウン祭りと書かれた横断幕の下、協賛者の名入り提灯が並ぶボードの前にあやを立たすと、軽い調子でおべっかを言いながら、パシャパシャをシャッターを押すその記者。
普段は目立ちたいほうじゃないが、本日はお気に入りの浴衣姿を褒められてすっかり上機嫌のあやがまんざらでもない様子で、フレームに収まっていた。
案外と自然な笑顔をリクエストなしでも浮かべていたりする。
被写体としての素質も実は申し分なかったりして。
記者の背後に立ってその様子を眺める草壁は、背後を通る人の流れを気にしながらぼんやりと見ているだけだった。時折「かわいい」という声が洩れ聞こえてきた。それが、意外と女子からだったりする。
そして、草壁と並んで、其の様子をぼんやり見ているゆかりは、若干味気ない思いをしていた。
何しろ、取材は「浴衣」限定。だから、傍らにいるゆかりの存在なんかその記者は気にもかけてくれなかった。「3人は友達?あっそう」って言われておしまいである。
やっぱり、私も着たらよかったかも、浴衣。
ずっとそればっかり思っているのである。
「せっかくだから、彼氏もいっしょに映ってもらえないかな?」
草壁がぼんやりしていたところ、記者はそう彼に声をかけた。
別に彼氏だなんて言った覚えはないが、記者にしてみたら、そんなことはどうでもよかった。なんだったら「夏祭りの浴衣カップル特集」というふうに企画を差し替えたほうが面白いかもしれないので、その保険として男も一緒に写しとけ、っていうぐらいのものだった。
「あっ、そうですか……じゃあ……」
横のゆかりの開いた口が塞がらないような顔に全く気づかない草壁は、記者のリクエストに二つ返事で応じると、やっぱり、何?この人は?って思いながら言葉を失っているあやの隣にちゃっかりと並んだ。
「僕は、浴衣じゃないけどいいんですか?」
「うん、まあ男のほうにあんまりそういうのは求めないからいいよ、その格好で」
「手とかつないだほうがいいですか?」
「普通に並んでるぐらいのほうが、べったりしているより素朴に見えるからそれでいいよ」
「肩とか抱かなくていいですか?」
「だから、それで良いって言ってるでしょ!」
バッカじゃないの。
目の前で草壁がヘラヘラしながら、記者とそんなやりとりをしているのをシレッとした冷たい目で見るゆかり。
妬くとか言うより、今、私完全に蚊帳の外に一人ぼっち。というなんとも空しい思いを噛み締めていた。
やっぱり浴衣買えばよかったなあ。そればっかりである。
「なんで彼氏ってことになっちゃうんですか?!」
「余計なこと言って空気を壊すよりいいかと思ったんですけど」
「調子いいこと言って!」
記者と別れたあと、ようやく屋台立ち並ぶ通りの喧騒に混じって歩く3人。空はまだ明るいが、頭上の提灯の明かりがまたそれに輪をかけたように明るい。
祭り主催者側がそうやって飾り付けをした照明に加えて、ずらっと並ぶ屋台にだってそれぞれの照明が真っ白に光っている。
焼き鳥やカキ氷、チョコバナナに、フランクフルト、綿菓子、タコヤキセンベイ……食い物系のお店ももちろんだか、ヨーヨー釣りとか金魚すくい、お面屋みたいな物販のお店はちょっとでも自分のところ商品をライトアップさせようとしているのか、吊り下げてある白熱灯の明かりが近づくだけで暑いぐらいに光っていた。
最初どの屋台に行こうか検討しているときに、真っ先に草壁が「型抜き」という提案をしたところ、女子二人からは大変な不評を買い、即却下。
この二人といて、自分の言い分が通ったことがないと、草壁がふくれたが、せっかくの縁日に来てそんな地味なことをしたくないという女子二人のほうが多分正論。
食べ物はもっとお腹すいてからにして、射的をやってみたい、というあやの提案が通って、3人はまずは射的の屋台を探すことになった。
ところで、こうしてみて祭りの人ごみにまぎれて見ると、草壁はあることに気づいた。
最初見たあやの浴衣姿が意外に映えるということがまず一つ。
空は夕刻だが、そこら一帯だけが真昼間みたいに光り輝く縁日の屋台通りの中では、彼女の少し落ち着いた色合いのほうが、艶やかに見えるのだ。
白地や、マリンブルー、ライトイエローのような着物は、あたりの明かりにまぎれてしまって、却って目立たなく見えた。
まあ、着ている子がかわいいというのも理由にはあるだろうが。
それともう一つ。
綺麗に着こなしているが、スタイリッシュなコーディネイトとなったゆかりが、これだけ派手な衣装があちこちに見られる雑踏の中では、地味な人に見えた。
都会を歩いたら、普通に美人さんなのだが、今はなんか、生徒の視察に来た学校の先生みたいにも見えなくない。
というわけで、3人連れ立って射的の屋台にやってきた。
いかつい顔をしたねじり鉢巻のオヤジが腕を組みながら、「足はちゃんと、地面につけるんだよ!」「この線から前に出ない!」とか怒鳴りつけている目の前で、コルク銃片手の小学生が仲間に見守られながら、狙いをつけている。
銃の調子もよくなければ、篭めてあるコルク玉もスカスカのせいか、狙っている割には玉はとんでもない方向にばかり飛んでいって、おしまい。
「あーあ、タイヤキ買っときゃよかった……」
と肩を落としながら、その小学生が去っていったあとに続いて、3人の番となった。
遠巻きに見ているギャラリーは多いが、オヤジの顔に恐れをなしてでもいるのか、やりたがる人は少ない様子。
景品はぬいぐるみとかお菓子が目立つ。お高そうなものとしては、ジッポライターとか腕時計とかもあるが、どうも倒れそうには見えない。
一番手は草壁
「あのタヌキのぬいぐるみ狙いで……」
と、言いながら丸太に細い鉄の管を差しただけみたいな安物の銃を構えて狙いをつける。
「兄ちゃん!あれはアライグマだよ!」
オヤジに突っ込まれながら、コルク玉を打ち出すが、狙いは軽くずれた。惜しくもアライグマの耳を掠めてぬいぐるみが横顔を見せてくれておしまい。
「はい、残念だったね」
まったく気持ちのこもってないオヤジのダミゴエを聞きながら、銃を二番手のあやに手渡す草壁。
「私、あのおサルさんがいい」
あやが狙いをつけているのは、茶色の全身タイツをはいたルパン三世みたいなヤツ。
すると、それまでは愛想の悪かったテキヤのオヤジが急に
「さあ、今度は浴衣の綺麗なお姉ちゃん!がんばって狙いのおサルさんを倒して見てね!」
相変わらずのダミゴエながら、取り巻きのオーディエンスにまで笑いかけて、盛り上げる。オヤジの声援を受けるようにオーディエンスから「がんばれ!」の声援がパラパラと上がった。
そんな声援を受けながら真剣な顔であやが狙いをつける。キュポッという音とともにはじき出されたコルク玉は残念ながら、先ほどの草壁と同じように、おサルの耳あたりを掠め、おサルはプイッと横を向いただけだった。
”あーあ”
一瞬釣り込まれるように見ていた取り巻きタチからも嘆息が洩れる。
しかし、次の瞬間。
「おっ、見事に当たった!これは着物姿のかわいいお姉ちゃんに、特別サービスだ!」
オヤジは景品台の上で横顔を見せているそのおサルの人形を手に取ると、あやにそれを渡した。
「いいんですか?」
あまりのことに驚きながらそれを受け取るあや。背後のオーディエンスからは「ひでえ!」「えこひいき!」のブーイングと、「おめでとう!」の賞賛の声。
最後に銃を構えるのはゆかり。
「はい、おねえちゃんもがんばってね」
明らかにテンションがおちるテキヤのオヤジ。再び気持ちの篭っていない白けた調子に逆戻り。で、ゆかりが構えている間も、そんな様子に興味もなさそうに、コルク玉を台の上に補充していたりなんかする。
オヤジが盛り上げないので、オーディエンスのほうも再び静かになった。
「私はあの犬のぬいぐるみがいいなあ」
寸胴のゴールデンレトリバーっぽいのが狙いの様子。
そして、そんなことをワザワザ口に出して言ったゆかりには、私もあやちゃんぐらいの当たりでオマケしてもらえるんじゃないか?という下心が、ちょっとだけ込められていたりする。
すると、まるでその微妙な当たりを狙ってそうしたかのように、ゆかりのコルク玉はレトリバー人形の胸元を掠めて、犬を真横に向けた。
後ろのオーディエンスから「おっ!」「これも当たりか?」みたいな声もちらほら聞こえる中
「残念!おねえちゃんにはこれサービスであげるよ」
景品台の上で横向くレトリバーの向きを直しながら、その下に並んでいた景品を一つ手にとったオヤジが、それを投げるようにしてゆかりに渡した。
隣であやが手に持つおサルのぬいぐるみと、今自分の手の中にあるそれとを交互に見比べながらゆかりが不満げに口をへの字に曲げた。
「あやちゃんはお人形もらえたのに、なんで私は酢昆布なの?」
ゆかりに気を使いながら、あやが言葉を詰まらせた
「や、やっぱり浴衣着てると、ちょっと違うのかな……」
草壁はなるべくそれを見ないようにしているだけだった。
続いて3人が向かった屋台が「くじ引き」
透明なアクリル板の向こうにはタコ糸に結ばれた景品がゆらゆらと垂れ下がっている。まるで本日の頭上の提灯みたいである。糸のもう一つの端はアクリル板の穴から客の居る側に垂れていて、その中から任意の紐を引張るという仕組みである。
トップバッターを草壁が勤めた。
ちなみに透明アクリル板の向こうでゆらゆらと揺れている景品はというと、普通のスーパーで売っているキャラメルとかチョコレート。あとプレートに「アイスクリーム」とあるのはきっと引き当てたらクーラーボックスにでも冷やしてあるそれをくれるのだろう。
洒落にならないのは、ちらほらと「ハズレ」のプレートがぶら下がっていることだ。店のオヤジ手書きらしいドラえもんやピカチューが「残念はずれ」と言っている吹き出しつきだが、そんなもの引き当てたくない。
それに混じって、真ん中には携帯ゲーム機の箱がぶら下がっていたりするが、これは簡単には引き上げさせてもらえないだろう。
と思いながら草壁が引き上げたものは……。
「これ、それなりにいい景品なんでしょうか?」
仮面ライダーのお面を手にした草壁が女子二人に聞いてみたが
「さあ……」
はっきり言って女子二人にはまったく興味のない景品だった。
2番手はあやである。
「どれにしようかな……」
目の前にぶら下がる糸の束を前に考え込む。番号でも書いてるとかクジになっているかならわかるが、この糸の束を目の前に考えてみたところでいいものを引き当てるヒントなんか全くないだろう。
普通だったら屋台のオヤジも「どれも一緒だよ!さあさあ早く引いてね!次のお客さんも待ってるから」みたいなクレームの一つも浴びせかけられるところなのが、やはりここでも。
「浴衣のお姉ちゃん、ぜひいいの引いていってね!ここのお店はちゃんと当たり入り!どこかのインチキとはわけが違う!どうせなら、お姉ちゃんみたいな子に当ててもらいたい!さあ、みなさんどうなるかご注目!」
やはり、愛想がいい屋台のオヤジ。
立ち止まってその様子を見守る人からあがる「当たるのか?」とか「ゲーム機当てて親父びっくりさせてやれ!」という声。
「ところでお姉ちゃんは地元の人?」
「はい、近くです」
「狙いは何?」
「じゃあ、ゲーム機で……」
本当に真剣になってあれこれあやが悩む間、オヤジ、場ツナギの司会みたいなことまでやりだした。サービスしすぎだろ?
「じゃあ、これ引きます」
やがて1本の紐を手に取って引き上げる。
”カラン!カラン!カラン!!”
次の瞬間、オヤジの手にしたハンドベルが盛大な音を立てて鳴ると、くじ引き屋台の周りには一気に人垣ができた。
「ついに出ました!一等賞!ゲーム機がとうとう当たっちゃった!これでオジサン、うちに帰ったら母ちゃんに叱られる!けど、こんなかわいい子に当ててもらったんだ、ゲーム機も本望だ!」
スゲー!スゲーの声に囲まれながら、あやが証書授与みたいにしてゲーム機をオヤジから受け取ると、ギャラリーたちがスマホ片手に其の様子を撮影したりして、ちょっとした騒ぎになってしまった。
一等ゲーム機の受け渡しの儀も無事すむと、くじ引き屋台の人だかりが急に少なくなった。しかたない、一番の目玉景品がなくなったのだから。
けど、さっきの射的のときよりちょっと大きめのかわいいぬいぐるみとかもあるし、あっまだ携帯カメラもあるしi-padもある。あのかわいい携帯ストラップが当たってもちょっとうれしいかも。うん、まだまだいい景品一杯残ってるから、私もいいやつ引き当てよう。
すっかり静かになったくじ引き屋台。
アンカーのゆかりがその静けさの中、なんとかそう心の中で必死に自分を盛り上げながら、引き当てる紐を選んだ。
「考えてもどれも同じ紐だから」
すっかりテンションの戻った親父の冷めた声に急かされたゆかり。あやほどゆっくり選ぶ余裕も与えられないまま適当に選んだ紐を引張るしかなった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
空もすっかり葡萄色に染まる日没時。ライトアップされた縁日の輝きがさらに増してゆく時間になってきた。
縁日はこれからが本番。
人出はさらに増える。仕事から帰ってきたお父さんが家族とともに練り歩く姿も目立ってきた。
「ゆ、ゆかりさん、今度は、何の屋台行きます?そろそろなんか食べたいかなあ……」
くじ引き屋台を終えると3人はとりあえず、さっさとその場を離れた。
屋台のオヤジから手渡されたものをじっと握り締めながら不機嫌な顔でぼんやりと立っているゆかりの手をあやが引張るようにして連れ出すと、ごった返す通りを抜けて小さなゾウの滑り台がある公園で、これからのことを話し合おうとした。
というか、明らかにヘソを曲げたゆかりの不機嫌が直るまでのクールダウンだ。
さっきから納得できない様子のゆかりが、関係ないはずのあやをジトッと睨んで口を尖らせて拗ねた
「浴衣の人ばっかり!ズルイ!」
「ゲーム機当てたのは浴衣関係ないと思いますけどっ!」
「なんで私は酢昆布ばっかりなの!」
「知りませんよ!」
本日二度目のゲットとなる酢昆布を握り締めながら、しばらくゆかりは不機嫌に黙り込んでいた。
”浴衣着てくるんだった!浴衣着てくるんだった!浴衣着てくるんだった!浴衣着てくるんだった!浴衣着てくるんだった!浴衣着てくるんだった!浴衣着てくるんだった!浴衣着てくるんだった!浴衣着てくるんだった!”
その様子を黙ってみているしかない草壁とあやの二人。
「ゆかりさん、すっかりむくれてる……私が浴衣着たのが悪いみたい……」
「子供じゃないんだから……」
こうして3人が小さなゾウさん滑り台の脇でゴチャゴチャやっていた頃である。
その小さなゾウさん公園というのはニュータウンのコンコース広場の脇にあって、周囲には公民館や、個人商店なんかに囲まれたちょっとした広場になっている。
おおよそサッカー場ぐらいのコンクリート打ちの地面が広がるその場所、夜も暮れると祭り本番とも言える大盆踊り大会の会場となる。
中央にはプロレスリングよりも一回り大きいぐらいの大きな盆踊り台が設営され、そこから放射状に大量の提灯が広場の隅にまで広がって光っている。
そして、その盆踊り大会のプレイベントとして、主催者である地元自治会の青年部有志によるバンド演奏というのが行われるのが、ここ数年の常だった。
好評かどうかは不明。
しかし、それなりに観客もあって、それなりに拍手も毎年もらっていた。
実際のところ、学生時代のバンド経験者たちによる同窓会的なノリでやっている、自分たちのためのレクリエーションだったりするのが実情である。
いわゆる主催者特権で、ちょっと楽しんじゃえ!ってところ。
そんな今年演奏予定となっている自治会青年部のバンドメンバーたちが、コンコース脇に設営してある白い三角屋根のイベントテントの中で腕を組んで考え込んでいた。
「どうする?結局、キーボード誰もやり手いないんだろ?」
「アイツもさ、連絡くれるならもっと早くにしてくれたらいいのに、午後2時とかになって『ごめん沖縄台風で飛行機飛ばないから、そっちに帰れない』とか言ってくるんじゃないってうの……」
「キーボードないと演奏が締まらないし、あの曲はやっぱりいるだろ?キーボード」
「その曲飛ばして、あとはギターとドラムでなんとかするか?」
「飛行機は飛ばないのにな!」
ところで、このメンバーの中の一人というのが、実はゆかりの生徒の親御さんだったりする。
キーボード奏者の欠員に悩んでいるちょうどそのとき、少し離れた象さん公園でふくれっつらして立っているゆかりの姿を目にした彼。
「なあ?ピアノ弾けるってことはキーボードできるよな?」
「ん?多分。……それがどうした?」
という訳で即席キーボード奏者にスカウトされたゆかり。
「キーボードの経験ありますか?」
「遊びで、友人のロックバンドに混ぜてもらったことがあるくらいですけど、まあなんとか」
「僕らも遊びなんで。ぶっちゃけ、ぶっつけ本番になると思いますけど」
呼び入れられたイベントテントの中で、お父さんから説明を受けていると、残りのメンバーたちは、よしっ!これで演奏の格好がつく!とか言いながら、テントの下に置いてあったキーボードをさっさと演奏の舞台となる盆踊り台に上に運んでいって、さっそく設置にとりかかっていた。
ゆかりが呼ばれたので一緒になってついてきた草壁とあやは、手持ち無沙汰気味にその様子を首をあっちこっちに振りながら見守っているだけである。
まだ演奏が始まるには早いのだが、盆踊り台の前にはここのところ恒例となったそんな前座イベントを見ようと集まってきている人たちの姿もちらほらと、提灯明かりに照らされていた。
「譜面もないんですけど」
「耳コピでやっつけちゃいます」
そういうと、ゆかりはお父さんから借りたmp3プレーヤーのイヤホンを耳につけた。
見ていると、「フンフン」と軽く鼻歌交じりに首を振りながら、目の前にまるで鍵盤があるみたいな指運びをしながらエア演奏。
演目4曲を一度そうやってかるくおさらいすると
「オーケー!じゃあ、なんとかやってみます!」
と自信ありげな顔をしてイヤホンを外した。
「はやっ!耳コピ、一発オーケー?!」
横で、お父さんが驚いていた。
あやと草壁も驚いた。やっぱり、ただの素人じゃないんだなあ。
という訳で程なく、ひまわりが丘自治会青年部バンドの演奏が始まった。
最初、客が来るのだろうかとおもっていたが、盆踊り台の上に、ボーカル、ギター、ベース、ドラムのメンバーがゾロゾロと上がるころには、舞台の前に人だかりが出来てきた。
因みに、祭りにちなんでか、全員「ニュータウン祭り」と染め抜かれたハッピ姿だったりするのはいかにもお祭りの余興らしい。
一曲目のボンジョビが始まるころには、案外と年齢層高めの観客が大勢あつまってきて、声援があがる。
おそらく、メンバーの知り合いだ。若干サクラくさくもあるが、そうやって盛り上げていると、関係ない人たちまで集まってきて、駅前の弾き語りなんかよりはよっぽど賑やかになった。
演奏も悪くない。
素人の余興の域ではないかもしれない。特にボーカルがきちんと歌いこなしているのはさすが。
で、一曲目が終わると、やおら演奏が止み、熱唱のために少し息が上がり気味のボーカルが、
「ええ、本日はですね。……キーボードにゲストを迎えております」
おおっ!誰?ヒューヒュー。ニヤニヤ顔のボーカルが、ジッと目の前のオーディエンスを見渡す。
ざっと見て百人ぐらいはいるだろうか?
「それでは、ひまわりが丘ピアノ教室の、長瀬ゆかり先生です!お前ら!驚くなよっ!!」
紹介とともに、盆踊り台脇の階段を勢いよく駆け上がってゆかりが登場。お祭りのヨーヨー玉を二つ入れてあるのか?みたいにして豊満なバストがユサユサなっているのが、遠目でもよく見えた。
驚くな、とのボーカルの紹介もなるほど。
一斉に”オーッ”というどよめきがあがった。
カワイイ!きれー!の声を受けながら、客席への挨拶もほどほどに、早速キーボードの前に座る。
祭りの華やかな人ごみの中に紛れると地味になったが、こうして個別に注目されると当然、目立つ。舞台の上のハッピ姿の男に混じると、余計そうだった。
しかも、ゆかりは元々プロの演奏家志望。舞台度胸は据わっている。
紹介されて壇上にのぼると、客が自分の登場に沸いている。その流れをぶった切るようにいちいちお辞儀かなんかしているより、登ったらすぐに演奏に限る。
鉄は熱いうちに打て。
打ち合わせなんかないけど、瞬時にそれぐらいの計算はできた。
ジャーン!!
2曲目は「クロコダイルロック」キーボードの華麗なイントロが始まると、いきなりのことに客よりも舞台の上の他のメンバーが一瞬面食らったような顔。
いきなりかよ!おもしれえ!さっそく行くか!
ゆかり以外のメンバーが苦笑するようにちらっと目を合わせたあと、彼女の打鍵に追随するように演奏が始まった。
紅白幕の垂れ下がる盆踊り台のふもとに集まった観客も、その演奏に引き込まれ、熱の篭った視線で仰ぎ見ている。少なくとも一帯の空気はちゃんと掴んだ様子だ。
3曲目はコールドプレイ ”A Sky Full Of Stars” 。引き続いてラストはビリージョエル、アップタウンガール、別にゆかりにちなんでではないのだろうが。
新旧取り混ぜながら、聞きやすい曲目でまとめてみた、というところ。
そして、演奏が終了すると、例年にない事態が起きた。
「今日は、僕達の演奏にお付き合いしてくれてどうもありがとうございました。このあと、ここでのど自慢大会もあるので……」
と、ボーカルがラストスピーチとこの次のイベントの紹介をしている最中、あきらかに関係者とは違うただの客のあちこちから「アンコール!」「アンコール!」という声が上がった。
「えっ、あっ、アンコールの声ありがとうございます……けど、次の準備もありますので……」
気持ちは嬉しいが、それよりも祭りの段取りが大事、さすが主催者である。
しかし、アンコールを求める声が次第に大きくなっていった。
「どうする?おい」
と、バンドメンバーたちが顔を見合わせる。
一曲だけやってみるか?そうしないと収まらないぞ。けどなにやる?
そんなことを舞台の上でコソコソ言い合っていたら、鍵盤の前のゆかりのほうから。
「スタンドバイミー、なんてどうです?」
この先生、こっちのレパートリー、把握してのか?よくわからないけど……締めにはちょうどいい!
「おっ!それ採用!」
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アンコールが終わると遅い夏の夕空もすっかり黒んでいた。
盛大な拍手に送られながらステージの盆踊り台を下りたあと、青年部のメンバーからお礼代わり、と下心混じりで今晩の打ち上げの参加を打診されたゆかり。いえ、私、友達とこれから一緒にお祭り楽しんできますから、気遣いなく。じゃあ、ビールでも飲んでってください。ありがとうございます。けど、やっぱりこんな時間に飲んでたら、お祭りどころじゃなくなっちゃうので……。
そう言って断ると、あやとともに、テントの下を去って再び祭りの人ごみに入っていった。
「上手だったです、ゆかりさん、即興であれだけやれちゃうんですね」
陽もとっぷり暮れて、いよいよ祭り本番に突入してゆく時間帯。人手はさらにすごいことになっている。普通に歩いているだけでもすれ違う人と肩がぶつかったりしないか、ちゃんと見てないと危ない。
「あんまり、褒められるほどの出来でもないけど」
演奏の後、すっかり機嫌も直った様子のゆかり。
歩いていると、今度は見知らぬ人から「演奏よかったよ!」とか声をかけてくる人も何人かいた。
「けど、それはいいとして……」
ゆかりが、背後をチラッと振り向く。さっきから変なのがずっと私達を付回してる。
「後ろの人、なんであんなふうになってるの?」
隣で苦笑しているあやに聞いた。
「ライブの途中で、恵ちゃんが歩いているの見つけたらしくて……」
二人の背後では、仮面ライダーのお面をつけた男がさっきから無言でついて歩いていた。
ところで、この仮面ライダーだが、しばらくそうやってお面をつけながら歩いていたのはいいが、お面からの視界というのは非常に狭くて、見難い。
ただでさえ人が多いところへ持ってきてこんなものを被っているので、ちょいちょい人とぶつかった。
ライダーちゃんと前見ろよ!ライダーぼんやり歩くな!ライダー綿菓子買ってかない?!
ずっとライダーライダー言われながら歩いていた草壁だが、そのうちそんな格好で歩いてるせいで、ゆかりたちとはぐれてしまった。
「やべっ!見失った」
仮面を脱いだ草壁が、祭りの雑踏の中で汗ばんだ顔をして思わず声をあげた。
普段は片側2車線の車道を通行規制をして作った夜店通りの途中。目の前は手前下がりの緩やかな勾配の坂となっていている。
そこに広がって見えているのは、強烈な照明の下、うごめく人の頭、頭、頭。
まるで、工場のベルトコンベヤの上に乗っかって運ばれてゆくチョコボールの大群みたいにして、ゾロゾロと流れている。
この人ごみのなかからはぐれた二人を探し当てるなんて簡単じゃないぞ。
もう仮面ライダーやっている余裕はない。
「草壁さんっ!」
しばらくキョロキョロしていると、背後からあやの声がかかった。見ると、草壁の知らない女子3名と連れ立っていた。
チラッと話をしたら、実はあやもいつの間にかゆかりとはぐれたそう。そうしていると高校時代の友人とばったり出会って、現在彼女たちと一緒なのだという。
「携帯つながりませんでした」
「あっ、そうか、ライブの時に携帯切ったままなんだ、きっと……」
「こっちはいいから」
久しぶりの友達との邂逅。そっちはそっちで楽しんでよ。ゆかりさん探せたら探すし、まあこっちのことはもう気にしないでいいからと言って、草壁はあやと別れた。
探せたら探す。なんてさっきは言ったが、本気で探してやるつもりの草壁。
ちょうどいいや、縁日デート。
しかし、すごい数の人と屋台。しかも土地勘なし。
こういうところで探し物をするのは簡単じゃない。
独力で探してたら、いつまで経っても埒があかない。
手がかりは……ある、にはある。しかし、その手がかりに辿りつけるかどうかがまずもって問題。
急がないと、彼女、帰っちゃうかもしれない。
ここは人に尋ねるのが一番だが、誰に尋ねる?やはり、それは客ではなく同業者が一番だろう。しかし誰でもいいはずはない。
そうだ!さっき行ったあの射的屋。アノ人なら商売被らないし、同業者の情報は知っているんじゃないか?
そこで、さきほどの射的の屋台に取って返した草壁、その店のおじさんのところに行ってこう聞いた。
「ラムネ売ってる屋台の場所、教えてください」
一方のゆかりである。
あの演奏がよっぽど評判だったのか、歩いていると「さっきのキーボードの人ですよね?写真とらせてください」とか言われて、握手なんかせがでくる人なんかもチラホラあって、そんな人の求めに応じているうちにあやとも草壁ともはぐれてしまっていた。
はぐれたのはいいけど、なんで連絡の一つもくれないの?と思ったりもするのである。
自分の携帯を切ったままになっていることには気づいていない。
だから、私のことを本当に探したいのなら、それぐらいのことしてくれたって良いじゃない?なんてことを思いながら、ちょっと拗ねてたりもする。
面白そうだから、向こうがどう出てくるか試してやれ。
試すもなにも、連絡は繋がらないのだが。
それに、もし自分のほうから連絡を入れるとして、どちらに入れる?あや?……普通はそうかも知れないけど。じゃあ、草壁?……ちゃんと私を探すつもりあるの?彼は。
ふと見ると人ごみの向こうに見えるピンク色した屋根の屋台に「綿菓子」の文字。そして、テントの柱には「ラムネ」と書いた小さな幟。
「はいよ、ラムネ。よく冷えてるよ!毎度!」
大きなクーラーボックスの中で氷の塊とともにゆらゆらと浮かんでいたラムネをタオルでぬぐいながらテキヤのオジサンがゆかりに手渡した。
ちょうどそのとき「綿菓子ちょうだい!」と言いながら、ゆかりの足元にスッと入ってきたチビッコに注意しつつ、空いているもう片方の手でお釣りの小銭を受け取る。
とりあえず、祭りと言えばラムネ。というのがなんとなくゆかりのイメージらしい。はぐれた仲間との合流は、これ飲んでから考えよう。
ラムネを受け取ったゆかりが、足元のチビッコを蹴飛ばしはしないか、俯いていると目の前の綿菓子屋のオヤジの声が響いた。
「はいはい綿菓子!ちょっと待っててね!おっ!あんたまた来たの?ひょっとしてライダーも綿菓子?」
振り返ると、仮面ライダーが立っていた。
「いつまでそのお面つけてるんですか?そんなんだからはぐれるんですよ」
「いつまで携帯切ってるんですか?そんなんだからはぐれるんですよ」
ニヤニヤ笑いながら草壁がお面を取った。
そ、そうでしたか?……すっかり忘れてた。照れくさそうな笑顔を浮かべたゆかり。手に持ったラムネを脇に挟むと財布に小銭を戻した。
そのとき、念願の綿菓子を手にしたさきほどのチビッコが草壁とゆかりの間を、ワーイって言いながら走り抜けた。驚いたゆかりはなんとか手に持っている財布だけは落とさないように注意してぎゅっと握り締めた。この人ごみの中で小銭なんかぶちまけたら確実に2、300円ぐらいは損しちゃう!
瞬間的にそんな計算してたりする。言っとくけど、実家は結構お金持のお嬢様である。
というわけでサイフは死守したが、脇にはさんだラムネのほうは無事ではなかった。
”ガッゴーン”
炭酸水で満タンなそのビンはアスファルトの地面に鈍い音をたてて落ち跳ねた。
結構な衝撃だったようだが、割れずには済んだ。
「よかった、割れずに済んだ……」
人ごみの中、もうすこしで蹴飛ばされそうになりながら、アスファルトの上でブレイクダンスしているラムネ瓶をさっと拾いあげた草壁がそう言ってゆかりにラムネを手渡した。
「でも、多分今ここではラムネ飲めないですね」
手元に帰ってきたラムネビンを見つめながら少し残念そうなゆかり。
「開けたら、シュバァア!ですもんね!」
草壁は暢気にそう言って笑った。
その後、草壁とゆかりは二人で縁日を回った。
”せっかくだから綿菓子も買っちゃいましょう”
”うまく食べないと、口のまわりがベトベト”
”ゆかりさん、ペコちゃんみたい……”
”ヨーヨー釣りしませんか?”
”僕は、どうせ狙うならこの大きなヨーヨー”
”私はこの小さいのでいいかな?”
”お姉ちゃん、おっきいの二つも持ってるもんな!”
”くじ引き、もっかいやる勇気、ゆかりさんあります?”
”……ない!一日に3つも酢昆布いらないし……”
”僕、リンゴあめ一つください”
”じゃあ、私はイチゴアメ”
さきほどのコンコースでは、のど自慢大会も終わってついに始まる盆踊り大会。
ステージの上には大きな櫓太鼓に並んで、民謡歌いのプロの姿。
祭りの端からでも、太鼓の音が遠い雷鳴のように響いて聞こえている。
別に練習もしてはいないだろうが、中央の舞台をぐるっと囲む何重もの人の輪っかが、綺麗にリズムに乗りながら、ワッカごとに交互に逆方に回って動くさまは、マスゲームみたいだ。
考えてみたら、相当長いことこの場にいることに気づいた二人。
まだ盆踊りの行列は踊り足りない様子で元気良く回っていたが、二人はそれを尻目に家路につくことにした。
そこで、一つの問題。
「このラムネ、どこで開けよう?」
地面に落としてからずっと手付かずのままになっているあのラムネ瓶を片手にゆかりが草壁に聞いた。
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「ここは、いつ来てもほんっとうに人がいないなあ……」
「不思議といつもガランとしてますね」
祭りの喧騒から離れた二人はひまわりが丘駅の構内を通り抜けて、いつもの商店街を通り抜け、そしてやってきたのが、お城公園。
これまでに何度か鋼鉄のバドミントンの支柱を背負わされた草壁とともにやって来た場所である。
周囲に広がる平坦地に囲まれて、そこだけポツンと盛り上がったその公園に立つ二人。
先ほどまでいたニュータウンの方をみると、夜空の下でその辺りだけ、もやが立ち込めるようにぼんやりと光を放っているがここからでも確認できた。
見下ろす町並みはいつもどおり。軒の低い家々の明かりは「宝石箱」とまではいかないが、見上げる夜空よりは明るく瞬いている。
標高なんて20メートルもあったらいいところだというのに、まわりに遮蔽物がないせいか、風が爽やかにそよいでる。
お城公園の広場は2段になっているのは以前触れたとおり。登ろうと思えば一番上の本丸公園まで登れたが、そこまで行くのも面倒だから、二人はそれより一段下に広がる二の丸広場で足を止めた。
一番上の本丸広場が学校のグランドのようにがらんとしているのに比べて、下のこちらには植栽の樹木も周囲に立っている。何本か混じるサクラの花は春には結構きれいだとか。
「じゃあ、ここでいよいよ行きますか?」
先ほどの祭りと比べるとずいぶん薄暗く感じる公園の灯火に照らされて、広場中央まで芝生を踏みしめて歩いてゆく二人。
別に真ん中にまで行く必要なんかないけど、人もいないから、せっかくだし、ということらしい。
瓶を覆っていたフィルムをピッと破ると、瓶のクビレに左手をかけて、右手はビー玉の栓の上にセットした玉押しにしっかり被せるゆかり。
万が一噴き出すようなことがあっても自分には掛からないように、手前に15度ほど傾ける。
「じゃあ、開けますね」
怖いのか、楽しいのか分からないが、まるで噴き出してくれるのを期待するかのように、ちょっと大げさに片目をすがめる。
「シャンパンじゃあるまいし!」
彼女のちょっと大げさな様子に草壁が思わず、笑ってしまう。
ゆかりはそんな草壁にふざけるような笑顔で笑いかけながら
「でも、ドキドキしません?」
「確かに!」
同じように草壁も微笑んだ。
ゆかりが玉押しにかけた右てのひらにぎゅっと力を篭めた。
「いきまーす!!」
となりで、両耳を手でふさいで、ゆかりにお付き合いしている草壁
「来るぞ、来るぞ……!」
”ギボン!”
ラムネのビー玉がビンの中に落ちると、甲高い音が広場一杯に響いた。
瓶の口から、発射したての銃口から洩れる硝煙みたいな煙がゆらゆらと立ったと思ったら、すぐに泡がニョロっと這い出てきた。
あふれ出た泡はすぐに、シャンパンファイトみたいにして吹き上がる。
いや、吹き上がった泡沫は、そのうちシャンパンファイトどころか、噴水のように吹き上がった。
それは、まるで消防出初式の放水デモンストレーション。
小さな瓶から吹き上がったラムネの噴水。ゆかりは吹き上がると同時に両手でしっかりと瓶をにぎっていたが、その水圧のために、思わずヨロッとなりながら後ずさった。
隣の草壁が驚いて、彼女の肩をしっかりと抱きとめて支えた。
小さな瓶の中の炭酸水がそうやって、派手に中身を夜空に撒き散らした。宙空高く飛び上がったラムネ水はそこで、一度小さな雨雲みたいにしてとどまったあと、パラパラと炭酸水を再び地上に舞い落とした。
金の紙ふぶきがヒラヒラ舞い落ちるようにしてゆっくりと炭酸水が降って来た。
流星群のスローモーションを見るみたいに、炭酸水の雨は小さく尾を引くようにしながらゆっくりと地上に降りていった。
目の前で小さな天体ショーが繰り広げられる様を二人は、しばらく呆然と見つめていた。綺麗と思う余裕もなかった。
やがて、その炭酸水の雨がやんだ。
「これ、縁日の会場でやらなくてよかった……」
「大惨事でしたね」
二人は顔を見合わせながら笑った。
すると、さっきからずっと自分の肩に乗っている草壁の手に気づいたゆかり。
わざとらしく、みぎひだり、肩の上の手を見て
「ちょっと!この手!」
あえて怖い顔を作って草壁を睨んだ。
言われて慌ててゆかりの肩から手を離す草壁。ガード、ガチガチじゃないか。別に肩抱こうとしたんじゃなくて倒れそうになっていたのを支えただけなのに。
そう思ってちょっとムクレル草壁である。
そして、ゆかりが手の中にあるラムネ瓶のほうを覗いてみると中身はほとんどさっきのシャワーで噴出してしまい、残っているのはわずかだった。
ちょうどツーフィンガー、といったぐらいの量が瓶の底でゆらゆらしているだけである。
「あーあ、楽しみにしていたのに、これだけしか残ってない……」
ガラス瓶を公園の灯火にかざしながら、ゆかりが残念そうに呟いた。
「けど、仕方ない……せめて残ったラムネを――」
そう言いながらゆかりはわずかに中身の残ったガラス瓶を夜空に浮かぶお月様のほうへ向けて掲げた。
そして、試験管を揺らす科学者みたいに、その瓶をゆらゆらと振ってみせる。
「おいしくなあーれ!」
「なんです、それ?」
不思議に思った草壁がゆかりにたずねた。
「月の光をラムネに集めて、甘くしてるんです。あまーくなーれー」
隣で思わず草壁も笑ってしまった。
やがて、瓶の中身を一口飲んでみるゆかり。
「すごく甘い!」
宵闇の広場に彼女の驚いた声が響いた。実験は大成功だよ、君っ!!!
「ほんとですか?」
博士は喜ぶが、助手のほうはまだ半信半疑という顔でニヤニヤしている。
じゃあ、君、飲んでみたまえ。すばらしい味だ。
ゆかりは、黙ってワンフィンガーだけ残った、その透明な液体の入った瓶を差し出した。
受け取った草壁が一瞬、戸惑ったような顔をしてゆかりを見た。
口着けて、いいのかな?
目の前でそんな顔をしている彼に気づいているのかどうかわからない。彼女は、”さあ、どうぞ”とでも言いたげにさらに目を緩めて笑うばかりだった。
飲み口の滑らかな感触を唇に感じながら彼が最後の一口を一気に喉に流し込んだ。
「ほんとだ!甘い」
気の抜けた炭酸水とは違う、芳醇で濃厚で淡白な甘さが、一瞬だけ口腔を満たした。
喉の奥にそれが消えたあとも、まだ鼻腔のあたりにどんな花とも違う甘い香りが微かにただよっていた。
ねっ、私の言ったとおりでしょ?
ちゃんとお月様の蜜で甘くなったでしょ?
ゆかりが月をじっと見上げながら、まるでさっきの甘露のお礼でも言っているみたいにして笑みを浮かべながらしばらくじっと立ちすくんでいた。
やがて、草壁のほうを真っ直ぐみると、何かいいことでもひらめいたのか、笑顔を弾けさせながら、両手をパッと広げて言った。
「きっとあの十三夜の月のおかげかな?」
第18話 おわり




