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第0話 プロローグ

 話はちょうど1年前にさかのぼる。

 草壁圭介は怪我で入院していた。

 理由は彼がトラックに跳ね飛ばされたからなのだが、そのことはどうでもいい。

 大事なことは、長瀬ゆかりと草壁の出会いがこのときだったということだ。


 入院先は、下宿近くにあったとある総合病院。

 大きくて、新しくて、診療科も多くて、設備も施設も充実していたので……


「完全看護なんでしょ?よかったわあ……」

「なにがよかっただよ!何が!!」


 実家の母のその一言に、思わず松葉杖から転げそうになる草壁。電話での第一声がそれじゃあ、彼じゃなくても叫びたくなるだろう。


「第一声が、息子の体の心配じゃなくて、それかよ!」

「だって、こっちのお店もあるから、うち何日も空けるわけにいかないのよ……」

「俺のことほったらかしにしておくつもりか?」」

「あら、元気そうな声してるじゃない?命に別状はないんでしょ?」

「ちょっとは、息子の体の心配ぐらいしたらどうだよ!」

「お見舞い、何か欲しいものある?」

「…あ…一応、ちゃんと来てくれるんだ…」


 そりゃそうだよな、息子が怪我して入院してるって言うんなら、ちょっとぐらい遠方だって、親なら来るよな、と思ってホッとしてると、母親が平然とこう言った。


「宅急便で送ってあげるから」

「……」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 そんな入院の最中、草壁はゆかりと出会った。


 一目見て、美人だなと印象。

 上品で整った顔立ちに、綺麗な長い黒髪。

 道ですれ違って、”オッ”って思ってしまうような美人は、時々いるけれど、こっちは、振り返って思わず後ろ姿をジッと見送ってしまうような感じ。

 整った目鼻立ち。と言ってしまえばそれでおしまいだけど、その割にはあんまり人から見られているという意識の感じられないような無防備さがあって、そのせいで小さな子供みたいに見えることがあった。

 瞬き少なくじっと震える睫の先に、時々、悲しそうな色が浮かぶことがあって、少し気にはなったけれど。

 

 そんな女性と、ひょんなことから知り合いになった草壁。向こうも患者として入院していて、お互い暇を持て余していたせいか、毎日顔を合わせるようになったのだが……


 最初、彼女の様子で気になったことがあった。


 例えて言うと、二流の美人画。

 目に生気が薄い、ちょっと虚ろ。体調のせいかもしれないが。

 ただ、そんなゆかりと毎日のように顔を合わせて雑談するようになると、少しずつ向こうの様子も明るくなっていった。


 仲良くなったって言っても、暇な入院患者同士の雑談。

 こっちは、まあ見た目もせいぜい十人並み。向こうは、自分が今まで実際に出会った中でも一番の美人。

 こうして親しくなれただけでも、儲けもの。

 うん、そうだよな。そうだよな……。

 けど、ひょっとしたら……そうなったら……自分を跳ね飛ばしてくれたトラックさん、ありがとう!

 ……だな!!……なんて草壁が思っていたその矢先――。



「えっ!?長瀬さんですか?今朝、退院されましたよ」

 


 彼女は草壁に何も告げずに、黙って退院したという。

 草壁に残されたのは、彼女の名前が「長瀬ゆかり」だったという情報、たったそれだけ。


(そっか……長瀬さん、俺に黙って……そっか……)

 草壁は、ゆかりの退院を教えてくれたナースの目の前で、松葉杖をついたまま、なんとも言えない表情で、突っ立っているしかなかった。

(彼……)

 そのナースもそんな様子をじっと見ているしかなかった。状況は容易に察せる。

 


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ねえ、なんで驕りで天丼なんか食べてるの?」

「賭けに勝ったから」


「私もさあ、『あの二人はないわ!』って思ったけど、そんなの、二人ともいつの間にか退院しちゃって、後のことなんか、私たちナースにわかるわけないじゃん」


「『あの二人って』あの長瀬さんっていう綺麗な娘と、なんだっけ?草なんとかって学生さん?」

「そうそう、だから、軽い気持ちで『でもひょっとしたら、このまま仲良くなって、お付き合いするかも』って言ったら……」


「『じゃあ、賭ける?』となってね……このエビ天、ちっさ……」

「こっちも『まあ、いいけど』と、安易に受けたら、こんな目に会うハメに。でも、まさかこれほど見事に決着が付くとは思わなかった!」


「もうさ!目の前で彼が呆然と松葉杖にすがりつくようにして立ってるの見て、笑いこらえるの必死!!頭の中をかけめぐる『ヨッシャ、てんどーん!ヨッシャ、てーんどん!!!』コールの嵐!!!」


「あなた、悪いナースだよね……」



 翌日、草壁担当のナース(天丼をおごらされた人)が、彼にいつもよりちょっとだけ優しかった。具体的に言うと、いつもよりちょっとだけたくさん、微笑んでくれた。

(ああ、この顔か……この顔して、天丼コール受けてたんだ……)

一晩たっても、まだ彼の様子は、ちょっと情けなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 そして、こんな二人の出会いを知るものは、二人以外に誰もいなかった。


 両人とも誰にも話さなかったからである。

 草壁のほうは、なんとも残念な結果となり、なんとなく話す気になれなかったから……そして、ゆかりのほうは……なぜなんでしょうね?





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