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面接の時間

自動ドアがピンポンと鳴り、扉が開く。神崎は「いらっしゃいませ」と言い頭を下げる。

店内に入って来たスーツを着た背の高い男の人は平日毎朝、決まって7時20分頃に来る。

お決まりの緑茶とイチゴジャムパンを持ってレジにやって来る。

この人がそろそろ来る頃だと思って、レジで待っていた。背の高い男は緑茶とイチゴジャムパンは袋に入れなくていいと言いながら、お金を出すのに大体もたつく。

そして、レシートを受け取ってクシャクシャにしてズボンの右ポケットにねじ込む。

この一連の動作も決まっているわけで、いわゆる「常連さん」。


「ありがとうございましたー」と神崎は頭を下げてお客様を見送る。

さて、自分の仕事をしようとまだ眠たいという体を引きずりながらレジから出る。

品出し、タバコの補充、陳列…やらなければならないことが頭を駆け巡る。


8時半が過ぎ頃になれば、騒々しい出勤ラッシュの時間帯が終わり少し平和な時間が流れる。

神崎の相方の高島とおしゃべりをしながら、色々と仕事を進める。

高島は神崎より年下で普通の女の子、神崎にとってはなんとも微笑ましい妹のような子。


「神崎さん、掛け持ちどうするんですか?」


神崎は少しうなり声を出しながら「まだ考え中。なんか楽しそうな仕事が見当たらなくてね」と返す。

「新配やって、チラシとティッシュ配り…こんなにやって、まだお金必要なんですか?てか、普通にバイトじゃなくてどこかに勤めればいいんじゃないんですか?」

ご最もなことを言われたと思った。

「ちなみに、地道な内職もやってるからね。ちなにみ、別にお金欲しいわけじゃないんだよ。何か、こう…」


神崎は少し言葉を溜めて「やりたいことやって生きていきたいんだよ、死んでも構わない覚悟だよ」

自信満々に言い高島の顔を見れば呆れ顔だった。

「神崎さんみたいな人は定職につけないわけですね…フリーターが言いそうなことです」

「いいんです。僕、フリーターですから」



「じゃ、私のところで働きませんか?」


いきなり声がして、神崎も高島も驚き声の方に振り返る。そこにいたのは、30歳ぐらいの男が名刺を差し出していた。

「私、こういう者です」と神崎は差し出された名刺を見る。

「マキモリ清掃社株式会社?」

「はい。私、代表取締役社長の牧森です」


神崎は、はぁ…と言う。隣にいる高島は胡散臭いと言わんばかり顔をしていた。

牧森は構わず話を進める。

「今、バイト募集していてね。若くて、体力があって、時間があって、秘密を守れそうな青年を」


ますます信憑性に欠ける口説き文句だと思いつつも神崎は頷く。

「君、フリーターって言ってたよね?よかったら、うちでバイトしない?君なら今すぐに採用だよ」

「あ、あの…そんな簡単に採用しちゃダメだと思うんですが…」

「大丈夫!私の目に狂いはない!どう?なんなら、1回会社見に来る?そうだよね、いきなり知らない人に誘われてホイホイついて来れないよね!うん、じゃバイト終わったら履歴書持っておいでよ。あ、まぁ形として履歴書用意してほしいだけだから!そんなに深く考えなくていいからね。じゃ、会社で待ってるね」


畳み掛けるように牧森はそう言い残し店を出た。自動ドアのピンポンという音だけが店にやけの響いたように思えた。

「変な人…てか、いつ来たんだろ?全然、気づかなかった」そう言った高島の言葉は神崎の耳を通り過ぎていった。

「面白い人だな…いや、本当に楽しみだ」


何故か胸が踊るような感覚に捕らわれた。貰った名刺をジーパンのポケットにしまい込んだ。




もう10分もすれば交代の時間になるのをソワソワしながら待っている神崎。

帰ったら、履歴書を書いてマキモリ清掃社に行こうとしていた。

発注も終わらせて、勤怠を押して急いで着替えて店を出た。

交代で入った里中主任に「彼女でも待たせてるの?」と冷やかされたのはスルーした。

バイトしてるコンビニから自宅までは徒歩5分の距離。

帰ってすぐに履歴書を書いて、ショルダーバッグに入れて名刺に書かれている場所に向かう。


「新光町か…意外に近いな」


神崎の住む青井町の隣町が新光町。閑静な住宅街で企業があるだなんて思ってもいなかった。

自宅から徒歩15分程度の距離。着いた場所は、見た目にも明らかな家だった。そこらに建っている家に比べたら少々立派で「マキモリ清掃社株式会社」と銀のプレートが目に付くぐらいで、プレートがなければただの家にしか見えない。

インターホンを押し、女の人の声で「どちら様ですか?」と尋ねられる。

「あの、面接にきた神崎という者です」

「神崎さん…少々お待ちください」


30秒程その場に放置され「コンビニ店員の方ですね、今お開けいたします」と半笑いで言われ立派なドアが開けられた。

ドアが開けられた向こうには、えらく美人な女性が立っていた。

女性はどうぞ、と言い玄関から真っ直ぐのリビングらしき部屋に通された。

その部屋は不思議と机と椅子が6つ並べられていてオフィスの雰囲気を漂わせていた。

奥の窓際の席に牧森がいた。

「篠ちゃん、ありがとう」と神崎を連れてきた女性は別の部屋に行ってしまった。


「来てくれて嬉しいよ」

「あ、いえ、とんでもないです」と神崎はショルダーバッグから履歴書を取り出す。

牧森はそれを受け取り、ぶつぶつと読み上げる。

「神崎 優君ね。23歳いいね。バイト色々やってるね」


これはよく聞かれることだと思いつつ質問に答える。

「バイトやりながら、資格取ったりやりたいことを探しています」

「いいね。どうりで資格の欄が溢れんばかりなんだね。掃除の経験は?」

「清掃専門のところには勤めたことないです」

「じゃ、秘密は守れる?口は堅いほう?」


少し怪訝に思いながらも「仕事上必要な機密は守ります」と言うと牧森は腰掛けていた椅子から立ち上がり手を2回叩く。

「神崎優君、君を清掃社に採用します。まぁ、3週間はバイトでも仮採用だけどね」

そういうと篠がコーヒーカップを2つ持って、部屋に入って来た。

「社長、またですか?そんな簡単に採用されても困りますよ。大変なのは、みんななんですから」

そういう言いながらコーヒーカップを牧森の机に置く。


「いいじゃないか、神崎君ならやっていけそう」

なんのことかわからないという顔をする神崎は「掃除ですよね?そんなにキツイんですか?」

その質問に牧森が答える。

「確かに掃除はするけど…他の掃除もするんだよね」

篠は少し渋りながら牧森の言葉に続けるように言った。

「他の掃除っていうのは、この会社の裏家業でもある暗殺の請負のこと」


神崎の思考回路は一瞬フリーズした。

そして聞いた言葉を繰り返すように聞き返した。

「暗殺の請負?暗殺って…スナイパー的な?ゴルゴ31みたいな?」


我ながら、暗殺という言葉を聞いて出た物の例えが随分と幼稚な発想だと頭の片隅を通り過ぎて行った。

否定してくれと願うかのような気持ちで確認した。

牧森は満面の笑顔で「大丈夫、下手しなきゃ死なないから!君ならできるよ」

神崎は、その自信はどこから来るのだろうという疑問を思い浮かべるだけで聞けなった。

牧森はそんな神崎を見ながら言葉を続ける。

「まだ決定事項じゃないからね、君に選択肢はあるよ。その異世界に飛び込んでみるか、今の話を聞かなかったことにするか」


手を組み神崎を見つめる牧森は満面の笑顔だった。

「あの、聞かなかったことにするとどうなるんですか?」

「そうだね、特に僕は何かするつもりはないけど…篠ちゃんがねー」

牧森は篠の顔を見て、神崎も篠の顔を見る。

「私の仕事はここの機密を守るのが仕事です、この会社にとって危険分子は排除します。もちろん、機密を知りながらも裏切った者、故意に関わらず知ってしまった者をね」

神崎は血が引くという感覚を初めて味わった気がした。

「そういうことなんだよね。で、神崎君どうする?」


ただの脅しに屈するしかない神崎は首を縦に振るしかなかった。牧森が楽しそうに机を荒らし始めた。

「契約成立だね、大丈夫。悪いようにはしないし、ちゃんと研修もあるし」

「ちなみに研修をクリアできなかったら排除対象になるから、覚悟してね」

篠がかけている眼鏡を直しながら楽しそうにそう言ってきた。牧森は契約書を取り出して記入欄の説明をしながら出勤日の話をし出す。

「夕方希望だもんね、じゃ17時出勤で。初日はミーティングを兼ねたブリーフィングになるからね」

気負いしないでね、と背中を叩かれた。



帰り道、もう日は暮れていて肩と足が重い。

このバイト三昧人生で危険な仕事に就くとは思いもよらなかった。正直、大変なことになったと安請け合いした自分自身に全力で後悔していた。

先の知れない不安に駆られていた。こんなにも、「生」や「死」を意識することがあるだろうか?と疑問を持つ反面、そんなことに恐怖とスリルとリアルを感じている自分は、本当に頭がおかしいんだと自嘲した。


「帰ったら、風呂入って寝よ。」ボソっと呟いた自分がなんとも吞気なもんだと思えた帰路だった。

覚悟は決めた、バイトであろうがなんだろうが全身全霊全力でやるのが神崎の信条であった。











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