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09 責任のありかと不機嫌の理由

 保健室では、さっきのことで怪我をしたらしい生徒が数人、ラウナ先生に治療を受けていた。あんなに大きな魔法だったのに怪我人がこれだけで済んだのは、やっぱりセルジュ先生のおかげだろう。

 魔法学院の保健室は広いので、ベッドも多い。そのため私と姉様もベッドを使うことができた。

 ……怪我もないし、別にベッドを使わなくてもいいと思うんだけど。姉様も同じ意見だったから、二人で一つのベッドに座ることにした。


「ディアナ、セレネ。……ごめん」


 ベッドに座った途端、エリクが謝ってきた。ここに来るまでの間言葉が少なかったのは、謝るタイミングを探していたのかもしれない。

 思いつめたような顔のエリクに、姉様は明るい声で答える。


「どうして? エリクは私たちとは違うグループだし、守れなくて当たり前だよ」


 声は明るいし、表情も明るい。だけど、涙の跡がまだ残っていて。

 エリクを励ますために、大分無理をしてるんじゃないかな、と思う。


「だけど僕は、ディアナの護衛だ。へ……二人の父君も、僕を信じて君たちが学院に通うことを許してくださったんだ」

「父様を説得したのは私だよ。それに学院に通う、って決めたのは、私と姉様。護衛のエリクに今回の責任がないとは言わないけど、私たちにだって責任はある」


 エリクのせいじゃない、とは言わない。そう言うのは姉様だけで十分だ。

 確かに姉様が言ったとおり、エリクは私たちと違うグループだった。だけど護衛として、魔法学の授業では常にこちらを気にするべきだ。そして何かが起きそうだと思えば、すぐに駆けつける。

 ……まあ、起きそうだと思った次の瞬間には起きてしまうし、すぐに駆けつけても無駄な場合が多いけどね。


「というか今回は……私にほぼ全部の責任があるって言っても言いすぎじゃないし」

「え、気を抜いちゃったのは私だもん、私が悪いんだよ!」

「姉様が気を抜いたのは、体調が悪かったからですよね? 先ほども言いましたが、その原因は私です」


 隣に座っている姉様の顔を、じっと見つめる。


「姉様が魔法を使うとき、私も気を抜いていました。少なくとも、姉様だけが悪かったということはありません」

「そうだよ、ディアナ。でもセレネ、ほぼ全部っていうのは流石に言いすぎ。護衛として何もできなかった僕のほうが、責任は重いと思う」

「ううん、セレネもエリクも悪くないよ! 体調が悪そうだけど平気かってセルジュ先生が訊いてくれたのに、大丈夫だって答えたのは私なんだから」

「いえ、私はそこで止めるべきでした」


 いや僕が、ううん私が、私です、と堂々巡りになる。……あれ? つい最近こんなことがあったような気がするんだけど。

 考えてみて、ああ、と思いつく。

 そうだ、マリーちゃんたちだ。誰が一番シャルル様とやらを好きか、とまさに今の私たちみたいな会話になっていた。話している内容は全く違うが、全員が自分だと主張している点では同じだ。


 今日のことなのにすぐには思い出せなかったのは、姉様のことのほうが印象が強く、頭の中からかき消されてしまったからだろうか。

 そういえば、あの言い合いは結局どう収まったんだろう? マリーちゃんが正気に戻って私に話しかけて……そのまま終わったのか。

 言い合っているとき、三人とも楽しそうだったなぁ。


「セレネ?」


 姉様とエリクの声で、はっと我に返る。思い出すことに集中していて、話すことを忘れていたらしい。

 あ、姉様にまだマリーちゃんたちのこと話してない。


「今日できた友達のことを考えていたんです。姉様にまだ話していなかったな、と」

「え、セレネに友達ができるなんて」

「ちょっとエリク、それどういう意味?」


 何だその、意外だ、とでも言いたげな顔は。失礼な。そもそもエリク、私と姉様がどうしてよそよそしくしてたか知ってるはずだよね? 友達を作るためだったんだけど?


「だってセレネは、ディアナがいればそれでいい、って感じだし。歳が近い貴族の人と遊ぶこともなかったから、こんなすぐに友達作るのは無理だと思ってた」


 失礼な。(二度目)

 姉様だけじゃなくて……エリクもいてほしいし。姉様だけじゃなくて。うん。……ついでのようで申し訳ないが、母様も父様もいてほしい。

 昔は確かに姉様だけでもよかったが、今は違うのだ。そこのところを、エリクにちゃんとわかってほしい。


「まあ、ディアナの友達に関しては心配してなかったけどね」

「……ふーんだ、どうせ私より姉様のほうが人に好かれますよ」

「私はあんまり人見知りしないからねー。人に好かれる、とかは違うと思うよ? 嫌われる人には嫌われちゃうし」


 何!?

 ……いや、姉様が誰かに嫌われるのは、別にびっくりすることじゃないんだけどね。そういうのは人それぞれだから、納得したくないけど納得できる。

 しかし、今の言い方は何か引っかかる。


「姉様」

「あ。わわっ、今のなしっ。嫌われる人には嫌われるけど、違うー!」

「もしかして、相手は私が知っている奴ですか?」

「だから違うんだって!」


 確信した。私が知っている誰かが、姉様のことを嫌っている。

 姉様が気にしていないのなら、私も気にしないが……。気にしてる、みたいだ。


「ほんとに、違うからね!」


 だけど、姉様があまりにも必死だったから。それについては、もう何も言わないことにした。関わることもしないでおこう。過保護すぎるのも駄目だろうしね。

 少し興奮気味の姉様に、つい笑みがこぼれる。


「はい。頑張ってくださいね」

「……うぅ、頑張るけど」


 気にしている、ということは、その相手に嫌われたくないということだ。だとしたら姉様は、好きになってもらえるように頑張るはず。だから頑張ってください、と言ったのだが、私の予想は当たっていたようだ。


 はっ。

 ふと気づいたことがあって、ぐるぐると頭の中で考える。

 もし相手が男だったら? というか、もしかして相手は攻略対象なんじゃ! だとしたら、私はどうするべきだろう? 姉様は、その人を選んだということなんだろうか。それなら普通に応援するのだが……もし選んだわけではないのなら、その相手が勘違いしないように釘を刺しておかなくては。

 相手が誰かは、姉様の行動を見ていたら自然とわかるだろう。


「そ、それで、セレネの友達ってどういう子?」


 さりげなく、のつもりだろう。話を逸らしてきた姉様に、ああでも最初に逸らしたのは私か、と思い出す。姉様は逸らしたのではなく、戻しただけだ。


「ええっと、エルフのマリーちゃん。猫の獣人のベラちゃん。赤い髪の……たぶん人間、のナタリーちゃん。この三人です」

「わあ、三人もできたんだ! 頑張ったねー」

「はい。姉様のためにも頑張りました!」


 にこにこと微笑む姉様に、癒される。こうやって微笑み合うのも、すごく久しぶりな気がした。

 ああ、こうやっているだけで姉様成分が補給されていくのがわかる……! 嬉しくなって、姉様にぎゅーっと抱きついた。

 が、すぐに私の体は姉様から離されてしまった。


「姉離れ、を忘れたわけじゃないよね?」

「エリクー……」


 恨めしげな声を出してしまったのは仕方ないと思う。

 だって、姉様に抱きつくなんて久しぶりだ。いや、久しぶりではないが、気分的にはものすごく久しぶりなのである。

 それなのに、何でこんなこと!

 睨むと、ぷいっと顔を逸らされた。むぅ、その反応は何。


「ふふっ。やっぱり私、まだセレネ離れできないかも」


 私たちのやり取りに笑いながら、姉様は言う。


「私も、当分姉様離れできません!」

「……君たちねぇ。ここがどこだかわかってる? そういうのは帰ってからやるべきでしょ」


 ここ?

 姉様と一緒に周りを見れば、保健室内の生徒たちがばっと視線を逸らした。それはつまり、今まで私たちを見ていたということで。

 あー、そっか。保健室でこんなに騒がしくしてたら当たり前か。姉様の外見は目立つし、余計にだろう。自分たちの怪我の原因が、姉様の魔法であることもわかっているだろうし……。


 でも、よかった。向けられていた視線に、姉様のことを責めたり嫌悪したり、そういう悪い感情は含まれていない。

 姉様は悪い感情には敏感だ。もし今の視線にそういうものが含まれていたら、姉様は絶対に傷つくだろう。そんなことにならなくてよかった、と安心する。


「ディアナもセレネも、自分たちの容姿をもっと自覚したほうがいいと思うよ」

「異議あり。姉様と違って、私はちゃんとわかってる」

「それ、わかってない人のセリフ」


 呆れたようなエリクの言葉にむっとする。

 確かに姉様だって、私やエリクが言うと「わかってるよー」と返してくるが。私の場合、本当にわかっているから言っているのだ。

 ルナ様には八十七点と言われたし、普通よりは整っている外見なんだろう。しかし、自覚したほうがいいと言われるほどの外見じゃないと思う。姉様とエリクが月だとしたら、私なんてすっぽんだ。


「とにかく、保健室なんだからあんまり騒いじゃ駄目だよ。大人しく休んでて」


 はーい、と姉様と声を揃えて返事をする。

 休むと言っても、ただぼんやりするだけだった。目を瞑るとさっきのことが浮かんで、眠ることはできない。姉様やエリクと話していたほうが、よっぽど心が落ち着くと思う。

 姉様もそうのようで、私が視線を向けるとにこっと笑ってくれた。


「話してるほうがいいよねー」

「はい。何かを話していたほうが気が紛れます。……保健室にいる意味、ありませんよね」

「うん、ないない」


 ぼんやりするだけだったら、保健室にいる意味はないだろう。というか、邪魔になってはいないか心配だ。

 ラウナ先生のほうを窺うと、生徒たちの治療を終えたのかこちらを見ていた。目が合うと慌てて逸らされたが、どうして見ていたんだろう。……って、さっきの子たちと同じで、私たちがこの騒ぎの原因だからか。

 なんてことを考えていると、ラウナ先生は急に立ち上がって、私たちに近づいてきた。


「怪我はないか。ディアナ、セレネ」

「はい。迷惑をかけてしまって、すみませんでした」


 姉様が頭を下げようとしたのを、先生は手で制した。


「謝らなくていい。生徒の魔法が暴走することは、年に数回は必ずあることだからな。これから魔力の制御を学んでいけばいいだろう」

「……すみません」


 縮こまった姉様に、先生はため息をつく。苛立ったわけではなく、単に呆れたようだった。姉様と……たぶん、いい励まし方ができなかった先生自身にも。


「謝らなくていいと言っているのに。何はともあれ、怪我がないのならよかった。……ああ、よかった、が」


 先生はそこで口ごもった。

 しばらくして、視線を泳がせながら口を開く。


「その、だな。教師と生徒にはしかるべき距離感というものが必要であって、あまり親しくしすぎると色々とまずい。し、あれだ、あれ。えーっと、そもそも、二十四のセルジュが十五歳の純粋な少女を相手にするのは、問題がある。教師と生徒の恋というのは、あってはならないもので、だな。教師である私には、止める義務というものが生じて。つまり、その……セルジュを好きになるのはやめたほうがいい、というか」


 言いながら、先生の顔はだんだん赤くなっていった。

 ……これは。もしかして、ラウナ先生はセルジュ先生のことが好きだったりするんだろうか。今回のことで姉様がセルジュ先生に恋をしたのではないか、と不安になって、わざわざ釘を刺しにきた、とか。

 先ほどこちらを見ていたと思ったのは、姉様のことを見ていたのかもしれない。


 対する姉様は、顔一杯にはてなを浮かべている。周りの空間にも、はてながぴょんぴょんしているように見えるのは気のせいだろうか。(何だか可愛い)

 姉様は困惑気味に口を開いた。


「えっと、セルジュ先生はいい先生ですよね」

「え、あ、ああ」

「どうして好きになってはいけないんですか?」


 ……姉様。それは誤解を招くような言い方です。

 ますます赤くなって必死に答えようとする先生が可哀想だし、ちゃんと言っておいたほうがいいか。


「ラウナ先生、姉様の質問はあまり気にしないでくださいね。セルジュ先生はいい先生だから、好きになるのは生徒として当然のことではありませんか、と言っているので。恋とかそういう感情は関係なしに……そう、私たちがラウナ先生を、教師として好ましく思うのと同じです」

「そ、そうか。ついでに訊いておくが、セレネは……」

「有り得ません。というより先生、セルジュ先生が生徒に手を出すとでも思っているのですか?」

「手を出すって?」


 姉様がきょとんとしているが、今は放っておこう。と思ったら、エリクが説明をしようとしたので、キッと睨んで止めておく。私はよくエリクを睨むが、本気で睨むことは少ない。だからなのか、エリクは引き攣った顔で口を閉ざした。

 視線をラウナ先生に戻すと、先生はもごもごと言う。


「いや、思っていないが……」

「それなら、セルジュ先生のことを信じたらいいのでは?」

「し、しかし。人間、気の迷いというものが」


 ……格好いい先生だと思ってたけど、今日からは認識を改めよう。

 この人、すごく可愛い人だ。(きっぱり)

 笑いを噛み殺しながら、私は小声で言葉を続けた。


「セルジュ先生が迷う前に、告白してみたらいいのでは?」

「こっ!?」


 顔を真っ赤にさせて、ラウナ先生はあたふたする。だが、我に返ったのかこほんと咳払いをした。


「……その、私の気持ちを?」

「気づかない人は、姉様とその他少数くらいだと思います」

「うっ。セ、セルジュには秘密で頼む」

「もちろんです」


 セルジュ先生、こんなにわかりやすい好意に気づかないって。セルジュ先生への認識も改めたほうがいいのだろうか。

 ちらっと姉様を見ると、今の会話の意味を理解していないようだった。鈍感なのは可愛いと思うが……鈍感すぎるのも考えものだ。父様の過保護を止めなかったのは、やはりまずかったかもしれない。


「同じ環境で育って、何でこんなに違うんだか」


 エリクが姉様と私を見比べて、ため息をつく。

 父様の過保護の中で育ったのは、私も同じだ。しかし私には、前世の記憶がある。彼氏がいたことは一度もないが、恋話は結構好きだったし、恋愛ものの小説や漫画もよく読んだ。それなりの知識は持っている、と思う。

 姉様も、恋とかそういうもの自体は知っている。どういうものかも何となくはわかっているだろう。でも家族への好きと、異性への好きの違いがよくわかっていない。


「……姉様はしばらく、そのままでいてくださいね」

「うん? わかったー」


 他の人との関わりが多くなれば、自然と理解していくはずだ。だけどそれまで、純粋なままでいてほしい。


「ディアナにはもうちょっと、知ってもらったほうが安全だと思うんだけど」


 エリクが難しい顔でつぶやく。


「説明したからって、姉様がすぐに変わると思う?」

「それはまあ、無理だろうけどね」

「だったら、学院生活の中でだんだんと知っていくほうがいいんじゃない?」


 そうかも、と彼はあっさり納得してしまった。

 父様と私、それにエリク。姉様がここまで純粋に育ってしまったのは、私たち三人の責任だ。だけどゲームでの姉様もこんな感じらしいから(茜が話していた)、これはこれでいいだろう。

 ラウナ先生の心配事は消えたのか、他の生徒の様子を見にいっていた。


 そろそろ教室に戻ったほうがいいかな、と考えていると、保健室のドアがガラッと開く。

 もしかしてセルジュ先生だろうか。入ってきた人物を見るが、その予想ははずれていた。


「ディアナ、セレネ、だいじょーぶ?」


 そう言って近づいてきたのは、ルカ君だった。同じグループである私たちを心配して来てくれた、のかな。


「大丈夫だよー。ルカくんこそ、自習してなくて平気なの?」

「んー、たぶん? おみまい行ってきます、って言ってから来たけど、先生たちに止められなかったし」


 姉様の言葉に、ルカ君はこてんと首をかしげる。

 自習とは言え、教室に一人は先生がいるのが普通だ。その先生が止めなかったのなら、こうして保健室にお見舞いに来て平気なのかもしれない。


「ねえ、この人は?」


 ルカ君は、私たちの傍にいるエリクを見て不思議そうな顔をした。しかし、何かを思いついたような表情に変わる。


「もしかして、噂の騎士(ナイト)くん?」

「ぷっ」


 ちょっ、いきなりそれは……! 思わず吹き出してしまった。

 いやいや、だって我慢できないでしょ? さっきのお返しとばかりにエリクに睨まれたが、私は悪くないと思う。いきなり言ったルカ君が悪い。

 だが、一応謝っておくことにした。


「ごめ、ん。ぷっ、あはは……おかしいな、聞くのは二回目なのに、ははっ、威力が変わってない!」

「何がそんなにおかしいのかな、セレネ」

「だからごめんって」


 笑いを何とか押し殺して、それでも緩む口元を手で隠す。

 姉様は「ナイトくんかー」と楽しげな顔で言っている。私のように大笑いしないのはなぜだろうか。私の笑いのツボが浅すぎるとか?

 少し首をかしげる私に、ルカ君は少し目を丸くして言った。


「セレネって、そんなふうにも笑うんだね」

「へ? ああ、はい。ここまで笑うことはあまりありませんが」

「セレネの大笑いは貴重だよねー」


 姉様がにこにこする。そこまで言われるほどじゃないと思うけど……姉様が嬉しそうだし、いっか。


「ルカ君、わざわざお見舞いありがとうございました。私はそろそろ教室に戻りますね」

「なら私も。ありがとね、ルカくん!」


 姉様の満面の笑みに、ルカ君も笑顔で返している。むっ、ルカ君やるな。姉様のこんな輝かしい笑顔を見たら、普通の男の子だったら真っ赤になるはずだ。一発で落ちたって不思議じゃない。贔屓目なしに、そう言いきれる。

 だというのに、ルカ君はそんな反応をしなかった。まあ、ルカ君の容姿も姉様レベルのものだし……流石攻略対象。美形慣れしてるんだろうか。


「ディアナたちが帰るんなら、僕も帰るー。一緒に帰ろ?」

「うん。セレネとエリクもいいよね?」

「……私だけ、階が違いますが。いいですよ」


 ルカ君はBクラスだったはず。B、Cクラスは二階で、Aクラスは三階だ。途中までは一緒に帰れるが、階段で皆と別れることになる。

 ちょっと拗ねながら言うと、姉様に笑われてしまった。


「大丈夫、セレネをちゃんと送ってから戻るよ」


 ……そういうことじゃないんだけど、いいや。

 ルカ君は「送ってから?」と目を瞬かせる。


「そう、セレネは方向音痴なんだー。だから送ってかなきゃ、Aクラスまで帰れないの」

「帰れないの、って姉様、決めつけないでください。……帰れませんけど」


 ここが一階だということはわかっている。階くらいはわかっていないと。……うん、階くらいはね。


「へー、意外っ。しっかりしてると思ってたけど。そっか、セレネは方向音痴かー」

「ルカ君、その言い方はやめてください」

「え? 方向音痴なんでしょ?」

「そうですが! もうちょっと、何というか」


 続く言葉が思いつかなくて、仕方なくむすっとした顔を作る。

 方向音痴、とただ言われるのはいい。いや、よくないが。ルカ君の言い方は、何だかいつも以上にむっとする。


「もう帰るんじゃなかったの?」


 苛立ちが混ざった声にびくっとして振り返れば、なぜかエリクが不機嫌そうにこちらを見ていた。

 そういえば、ルカ君が一緒に帰ってもいいかという質問に、エリクは答えていない。もしかしてルカ君が嫌いなんだろうか? でも、今日初めて会っただろうし……。

 あ、エリクは一方的にルカ君のことを知っているのか。姉様と関わりのある子のことは、護衛としてある程度調べてあるだろうし。


 ということは過去に、ルカ君は何か悪いことをしたんだろうか。いい子に見えるんだけどなぁ?


 首をかしげていると、ぐいっと腕を引っ張られた。誰か、ってエリクに。今日のエリクは乱暴のような気がする。

 姉様の腕も引っ張って(私相手よりも優しく)、エリクはすたすたと歩いてしまう。どうしてこんなに不機嫌なんだろう?


「エ、エリク? ルカくん置いてっちゃうよ?」

「ついてくるでしょ」


 慌てた姉様の声にも、そっけなく答えている。

 エリクの言ったとおりルカ君はついてくるが、エリクらしくない行動だ。ルカ君は「そういうことかー」とつぶやいているので、エリクの行動の意味がわかっているらしい。

 ……私のほうがエリクのことはわかってるはずなのに。悔しい。


「では先生、ありがとうございました」


 唖然とするラウナ先生にぺこりとお辞儀をして、エリクは私たちを引っ張りながら保健室を出る。

 いつもなら私たちに合わせて歩いてくれるのだが……。そんな気遣いができないほど、なぜか機嫌が悪いようだった。

 だけど、このスピードだとルカ君が可哀想だ。小人であるルカ君は、私たちが普通に歩いていてもついてくるのが大変だろうに。

 腕をつかまれたまま後ろを見れば、ルカ君は身体強化の魔法を自分にかけているようだった。詠唱が聞こえなかったということは、無詠唱で使ったのだろう。


 ……うちのグループ、優秀すぎる気が。うさ俺様も私もルカ君も、無詠唱で魔法が使えるなんて。まあ、グループはある程度同じレベルじゃなくちゃ教えるのが難しいし。事前に調べてあるとしたら、不思議なことじゃないんだろうけどね。この分だとフェリクスさんも無詠唱ができそうだなぁ。


「……セレネ。次の授業は教室?」

「ん? あ、そうだよ。確か数学だった」


 急に話しかけられたことに驚きながら返せば、エリクは「そっか」とうなずく。もしかして、教室移動だったら送ってくれるつもりだったんだろうか。

 無言になったエリクに困って、姉様に目を向ける。姉様も困ったように見つめ返してきた。

 ルカ君が何だかすごく楽しそうな笑みを浮かべているのだが、どうしてだろう。


 Aクラスに着くと、エリクは無表情で私の肩に手を置いた。


「ごめん、何でもないんだ」

「ええ!?」


 こんなに不機嫌で、『何でもない』ってことはないよね?


「ディアナもごめん。ってことで、教室に戻ろうか」


 なぜだか、エリクはすっきりした顔をしている。歩いているうちに気持ちの整理がついたのかもしれない。その不機嫌さの理由を、私たちにも説明してほしかったんだけど?

 不思議そうな顔で、姉様はエリクの言葉にうなずいている。

 そして、三人は教室に戻っていった。「またねー」と手を振ってくるルカ君に手を振り返して、私は首をかしげた。


 えーっと? 結局何だったんだろう?






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