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姉様の幸せのために  作者: 藤崎珠里


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62 無自覚の嫉妬と罪悪感

 年末年始は家族とゆっくり過ごした。このときばかりは、お忙しい父様もお母様も、私たちと一緒に過ごしてくれるのだ。食事だって毎食一緒に食べられる。

 冬休みは一週間ちょっとしかなかったが、充実した一週間だった。


 そして冬休みが明け、数日後の昼休み。

 お弁当を食べながら姉様がしょんぼりとした様子で切り出した。


「セレネには言ったよね? ルナキュルテの日に、セルジュ先生の様子がなんだかおかしいって。……今はなんか、様子がおかしいっていうか、よそよそしいんだよね……」


 ぎく、とつい手が止まってしまった。しまった、私から真相を伝えるわけにはいかないから、怪しまれるような態度を取ってはいけないのに。

 ひやりとしたが、幸いなことにヘルガは姉様のことを見ていて、姉様もうつむいていたおかげで、私の動揺には気づかれなかった。

 ヘルガはほんの少し何かを考えるような素振りをしてから、小首をかしげた。


「それって、あなたの気持ちがばれたってことじゃないかしら」

「きっ……ヘ、ヘルガ! 教室でそういう話は」

「ああ、ごめんなさい」


 謝るヘルガに「ううん、私が悪いんだけど」と眉を下げ、姉様は焦り顔で周りを見回す。私もつられて確認してみたが、こちらに意識を向けている人はいないように感じた。……姉様は学院のなかでも有名人だし人気もあるが、さすがにこのクラスではずっと注目されているわけでもない。特にヘルガや私などのいつもいる人と一緒なら、だ。

 大丈夫そうだと判断したのだろう、姉様は視線を元に戻してため息をついた。


「……わかりやすかった、のかな、私」


 小さなつぶやきに、どう返そうか困ってしまう。私からすればすっごくわかりやすかったのだけど、客観的に見たらどうなんだろう。ヘルガの意見も客観的とは言えないだろうし……。

 逡巡する私よりも先に、ヘルガが曖昧にうなずいた。


「誰から見ても、かはわからないけれど、わたしやセレネとか、あなたのことをよく見てる人なら気づくかもしれないわね」

「うぅ、そんな……あ、でも別に、私のことをよく見てるってわけじゃないよね……!? それはそれで悲しいけど、気づかれるくらい見られてるとは思えないし、大丈夫、だよね」


 ヘルガと顔を見合わせてしまった。……やっぱりヘルガも気づいてますよね? ええもちろん。という会話は私の頭の中でだけの想像だが、あながち間違ってもいないだろう。

 姉様の態度だけじゃなくセルジュ先生の態度だって、見る人が見ればばればれなのだ。それこそ自覚以前から。

 ……まあ、当人たちは絶対、お互いの態度に何も疑問は持っていないんだろうけどね。


「でもディアナ、それだとどうしてよそよそしくされるのか、説明がつかなくない?」

「……そうだね」

「とはいえわたしも、本気で言ったわけじゃないわ。誰かから言われでもしない限り、あの人がディアナの気持ちに気づくことはないだろうし。そしてあなたの気持ちを知っているような人の中に、勝手に言ってしまうような人もいない。となると……」


 言葉を途切れされたヘルガに、姉様は「となると?」と真剣な顔で促す。


「……まあ、推測はできるけど、わたしからは言えないわね」

「えーっ、なんで!?」

「なんでも、よ。ねえセレネ?」

「そこで私に振るんですね……」

「セレネもわかるの!?」


 悲しそうな姉様に、うっと言葉に詰まる。

 ……私はラウナ先生から聞いた、いわばずるをしたから事情を知ってるけど、ヘルガはなんでわかったんだろう。あーいや、セルジュ先生はわかりやすかったし、自覚したからそんなふうになってるのかも、と考えるのは簡単なことか。

 そろりと視線を逸らしながら、「一応、そうですね」と答える。


「私からも言えませんが」

「……二人がそう言うなら、ほんとはたぶん、私が自分で気づかなきゃいけないことなんだろうね。でもほんとになんでだろう……何か変なことしちゃったかな。それでもしかして嫌われちゃったとか? 優しいから突き放せなくて、とか……?」

「それはないわ」

「それはないです」


 ほぼ同時に、即座に否定する。姉様はネガティブな性格ではない、というかどちらかといえばポジティブなほうだが、やっぱり恋愛に関してはそうなってしまうらしい。

 ……姉様にとっての初恋、だもんね。しかも姉様は恋愛関係の知識すら学院に入るまでほぼなかったくらいだから、初めての恋に振り回されるのも当たり前だ。


「でもそれくらいしか思いつかないよ……」


 うっすら涙目で落ち込む姉様に思わず真相を伝えてしまいたくなったが、ぐっとこらえる。

 それでも少しくらいのヒントは出したくて、そうだ、と思いついた。


「……そういえば姉様。最近、ラウナ先生とは話されましたか?」


 ヘルガがはっとした顔で私を見た、気がした。どうしたのかとそちらを見れば、いつもどおりの表情。……気のせいか。

 ともかくラウナ先生の性格からして、セルジュ先生に振られたと姉様に報告する機会をきっと窺っているはず。ラウナ先生も細かい部分までは話さないだろうが、セルジュ先生のよそよそしさの理由に、姉様がもしかしてと思うきっかけになるかもしれない。


「え、うーん、最後にお話しにいったのはテスト前かな」

「進展が、あったようですよ」


 目を見開く姉様。言い方が悪かった、と言ってから気づいた。……これだと、ラウナ先生とセルジュ先生の関係がまた一歩近づいたとか、そういう意味に取られてしまう。


「し、んてん?」

「……詳しくは、ラウナ先生に聞いてみてください」


 震え声の姉様の誤解は、結局解かないことに決めた。

 姉様をわざと不安にさせるのは心苦しいが、これも姉様の背中を押すための……こと、だと思いたい。こうやって、セルジュ先生が誰かに取られるかもしれない、という不安を感じさせることで、姉様はよりいっそう気持ちを深める……のではないか。

 自信を持って言えないのは、私だって恋愛経験がほぼないからだ。基本的に本や漫画など、物語で得た知識しかない。初恋だってエリクだし。

 まあ、ラウナ先生のことだから、セルジュ先生の気持ちを勝手に姉様に伝えるようなことはしないだろう。それにラウナ先生のお話を聞けば自然と誤解も解ける。何も言わなかったことを後から姉様に怒られてしまうかもしれないが、それは甘んじて受けるしかない。


「……何があったか、セレネは知ってるの?」

「はい、この間保健室に行ったときに偶然」

「そっか」


 姉様が、どうしよう、という顔をした。それでも、聞かなくてはいけないと思ったのだろう。息を吐いた後、私の目をまっすぐに見てきた。


「セレネにも、一緒に来てほしいな」


 少しためらった。ラウナ先生にどんな顔で会いにいけばいいのかわからなかったから。……だって、あんなふうに気持ちを押しつけて傷つけておいて。いつかはまた謝罪をしなければとは思っていたけど、まだ心の準備が整っていなかった。

 けれど、そんなことは言っていられない。一人で聞くことを怖がっている姉様の傍にいなくてはいけないし、ラウナ先生から逃げるのは不誠実だ。


「……わかりました」


 覚悟を決めてうなずくと、姉様は「ありがとう」とふにゃりと笑った。


「わたしは完全に部外者だし、教室で待ってることにするわ」

「うん、ごめんねヘルガ」

「いいえ。……もし万が一、落ち込むようなことがあれば慰めるから。遠慮なく帰ってきて」


 そういうわけで、お弁当を食べ終わった後、姉様と私は保健室を訪ねることになったのだった。


     * * *


 姉様が保健室の扉をノックする。はい、という声に、姉様が少し身をこわばらせたのがわかった。……うぅ、ごめんなさい姉様。本当はそんなに不安にならなくていいんです……。

 小さく深呼吸をし、姉様は「失礼します」と扉を開けた。緊張した面持ちで中に足を踏み入れた姉様に、ラウナ先生が目を見開く。ついで後ろにいる私を見て、納得したような顔になった。

 保健室の中に生徒の姿はなかった。つまり、出直す必要はないということ。


「あの、ラウナ先生。訊きたいことがあるんです」

「……生徒が誰か来ればいつもどおり話は中断になるが、それでよければ話そう」


 話が早い。さすがラウナ先生だ、と思うと胸が痛んだ。ラウナ先生と顔を合わせたのは、どうか伝えてください、とお願いしたあの日以来だ。あの日も今日も……悪い言葉で言えば、私はラウナ先生を利用してしまっている。ラウナ先生の優しさに甘えてしまう自分が嫌になった。

 たぶん、ラウナ先生には『利用された』という感覚すらないだろう。それがさらに罪悪感を増幅させた。


「さて、どこまで聞いている?」


 私たちにソファに座るよう勧めつつ、その前に持ってきた椅子に腰を下ろす先生。

 ソファに座って、姉様は硬い表情で口を開いた。


「進展があった、とだけ」

「進展?」

「……違うんですか?」

「……まあ、進展とも言うな」


 ちらりと視線が私に向いた。


「も、申し訳ありません。言葉選びを間違えてしまったのですが、訂正の必要もないだろうと判断してしまいました」

「いや、別にいいさ。間違っているわけじゃないからな」

「あの……?」


 私と先生のやりとりに、置いてけぼりになった姉様が首をかしげる。


「すまない。不安にさせたな、ディアナ・ルーナ。私がセルジュと交際することになった、とかそういう話ではないから安心してくれ」

「そうなんですか!? ……あ、いえ、その、別に不安になっていたわけではなくて、もしそうなっていれば私もおめでとうございますって言いたかったですし、今のは嬉しかったわけじゃなくて!」

「落ち着け。わかってるから大丈夫だ。……ああ、わかっているとも」


 慌てる姉様に、先生はふっと笑いをこぼした。

 ……わかっている、というのは、本当にそうなんだろうな。先生と生徒という関係上あまり親しくはしてこなかったが、それでも姉様の人柄を知るには今までの時間で十分、ということだ。

 そうでなければ、ラウナ先生だってわざわざセルジュ先生の自覚を促したりしなかっただろう。

 あのな、とラウナ先生は苦い声で言う。


「セルジュに告白したんだ」

「……え」

「振られた、がな」


 姉様が完全に言葉を失った。膝の上できゅっと握られた手に、そっと私の手を重ねる。大丈夫です、という気持ちを込めて。


「振られることはわかっていた。それでも伝えることくらいはしたくてな……結果、抜け駆けした形になってすまない」


 私のことを言わないつもりだ、と息を呑む。そんな私に向けて、ラウナ先生は小さく笑ってみせた。……本当に、格好いい人だった。

 姉様が泣きそうな声で言い返す。


「……ぬ、けがけ、なんて、そんなこと! 謝らないでください! 気持ちを伝えるのはラウナ先生の自由です、私が口出しできることじゃありません。私に悪いなんて思う必要はないんです」

「そうか? それならもしディアナがセルジュに告白すると決めたとして……私に何も言わずに、ということはありえるか?」

「そ、それは……」


 ありえないだろうな、とは私でもわかる。ラウナ先生の気持ちを知り、そして恋話までしたのだ。そんな相手に何も言わずに、なんてこと姉様はしないだろう。

 でもそれはきっと、ラウナ先生だって同じだったはずなのだ。……あんなタイミングで私が背中を押さなければ。

 姉様に、セルジュ先生の気持ちだけ隠してすべて話してしまおうか、と一瞬考える。しかしさっきの微笑は、私に「何も言うな」と言っていた。これ以上、ラウナ先生の気持ちをふいにしたくはない。……ない、けど、やっぱり。

 私が迷っている間にも、会話は進んでいく。


「でもそんなの、私が勝手にすることです! 私が気にしていないんですから、本当に、先生が謝る必要なんてないんですよ」

「……お前はさすがだな。いや、なんでもない、忘れてくれ」

「え? えっと、はい? とにかく、ラウナ先生は悪くありません。絶対に、です」


 強く言い切った姉様のことを、ラウナ先生がじっと見つめる。姉様はわずかにたじろいだが、引くことなく見つめ返した。

 数秒間の見つめ合いの末、なぜかラウナ先生がぷっと吹き出した。


「わかったわかった、完敗だよ」

「勝ち負けの話でしたか……?」

「そうだったんだよ」


 困惑する姉様に、ラウナ先生がまた笑う。「すがすがしいまでの完全敗北だ」と言う声は明るかった。……空元気、なのかな。その判断がつくほど、私はラウナ先生と親しくない。それが悔しかった。

 笑いがおさまってから、それでも笑顔のまま、先生は言った。


「一応、私は保険医兼カウンセラーのようなものだ。これまでどおり、セルジュへの気持ちを話しにきて構わないぞ。お前が気まずくなければ、だがな」

「……それは先生を傷つけることになっちゃいませんか?」

「はは、気にするな。もう吹っ切ったさ。早いだろう? 私は大人なんだ」


 少しおどけた口調は、姉様に……いや、姉様と私に、罪悪感を抱かせないためのもの。


「――あいつは私にとって、大好きな友人だよ。それだけだ」


 だから大丈夫だ、とラウナ先生は姉様の頭をくしゃりとなでた。わ、と小さく声を上げた姉様は、しばらくなでられるままになっていた。

 ……その光景を見て、うん、と心に一つ決める。姉様には、あの日のことは言わないことにしよう。でもラウナ先生には、どうしてあんなことを言ったのか理由を話す。ゲームについて言うことはできないが、ぎりぎりのところまで話そう。

 昼休みは残り十分ほどになっていた。予鈴後の十分休みも含めれば二十分時間があるということになるが、次の授業の準備もあるしあまり長居はできない。


「……姉様、先に戻っていてくださいますか? ラウナ先生に、少しお話ししたいことがあるんです」

「……そうなの? わかった、行ってるね」


 私が聞いてちゃ駄目なんだ、と思っていそうな寂しげな顔でうなずき、姉様はラウナ先生に挨拶をしてから保健室を出て行った。

 緊張を押し殺しながら、ラウナ先生と向き合う。


「お前も悩み相談か? セレネ」

「いいえ、悩み、ではないのですが……」


 今から言うことは、誰かに対してはっきりとは言ったことがないこと。心臓の音がうるさくて、それをかき消すように深呼吸をした。

 左手首につけた腕時計を、右手でそっとさわる。


「エリク・ノエ・オリオールをご存知ですよね?」

「ああ。以前お前たちと一緒に来ていた男子だろう?」

「私は、あの人のことが好きなんです」


 先生がわずかに目を見開く。

 マリーちゃんたちやテランス君には、私は肯定の反応を返しただけ。こうして自分からはっきり言うのは、初めてのことだった。

 声は震えていないだろうか。泣きそうにはなっていないだろうか。頭がなんだかぼんやりと熱くて、ちゃんと口を動かせているか自信がなかった。


「エリクはいわゆる幼馴染のようなもので、ずっと前から好きでした。ですが私には、その気持ちを伝えることができません。できない、というより、許されないと表現したほうが正しいのかもしれません。とある理由から……本当は、私が彼を好きになること自体がいけないことだったのです」


 ラウナ先生は、静かに聞いてくださった。


「いけないとわかった時点で、捨てなければならない気持ちでした。それでも私は、捨てられませんでした。最後まで、好きでい続けたいと願ってしまいました」


 姉様がエリクを選ぶのなら、そのときまで。他の人を選ぶのなら、いつかエリクが大事な人を作るまで。……それまでは、と願ってしまったのだ。バッドエンドになんかさせないと決意した日にも。

 姉様はこのままいけば、セルジュ先生を選ぶだろう。だから、猶予が延びた。本当は猶予なんて存在しない、のだけど。私のわがままで、勝手に作った猶予だ。


「セルジュ先生に思いを伝えるようお願いしたのは、そのせいなんです。伝えることが許されない私とは違って、ラウナ先生は、伝えようと思えば伝えることができました。だから私は――ずるい、と思ってしまったんです」


 そう、そうなのだ。たぶん、嫉妬だった。今話していて気づいた。あのときも身勝手な気持ちだと自覚はしていたつもりだったが、それが嫉妬だったとは思いもしなかった。

 ラウナ先生のことを思うような言葉で表面を固めて、その実中身は、そんな感情しか入っていなかったのだろう。


「失礼を承知で言えば、私は、先生を自分の身代わりとして利用してしまったのです」


 無表情に近い真顔からは、ラウナ先生が何を考えているのかはわからなかった。相槌も打たずに聞いてくださっているから、声音から判断することもできない。


「本当に、本当に申し訳ありません。そんな身勝手な気持ちでラウナ先生の優しさにつけ込んで、先生を傷つけました」


 頭を深く下げる。エリクからもらった白い腕時計が視界に入って、思わず奥歯をぐっと噛みしめた。心臓はまだばくばくとうるさい音を立てている。

 セルジュ先生に自覚を促したのはラウナ先生だ。振られることをわかっていながら告白する、なんて、とても勇気のいることだっただろう。


 ラウナ先生は、しばらく言葉を発さなかった。予鈴の音に、いつの間にかそれほど沈黙が続いていたのか、と知る。


「……ルーナ。いや、セレネ」


 姉様がいないからだろう、家名だけで呼んできた先生は、しかし思い直したように名前を呼んできた。顔を上げろ、と言われたような気持ちになって、おそるおそる頭を上げる。

 目に入ったのは、先生の呆れ顔だった。ぴ、とラウナ先生は人差し指を立てる。


「まず一つ。私はお前に感謝している」

「へっ?」


 変な声を出てしまった。

 え、いや、感謝? あのとき確かにお礼を言ってくださったけど、こんな話を聞いても?


「セレネが背中を押してくれたから、セルジュに私の気持ちを知ってもらえた。振られてすっきりした……というとさすがに強がりのようになるが、いい感じに吹っ切ることができたんだよ。未練はまあ、残っていないとは言えないが……それもしばらくすれば綺麗に消えるだろう」


 先生の言葉を呆然と聞く。


「それに、傷つけられてもいない。セレネが私に申し訳なく思う理由はわかったが、気に病む必要はないさ。結局は私が選んだことだ。もし本当に私が傷ついていたとしても、お前を恨むのはお門違いというやつだよ。わかったか?」

「……」

「その顔はわかっていないな? お前たち姉妹は二人揃って頑固だな……。似ていないと思っていたが、考えを改めるべきか、これは」


 くく、と喉の奥で笑う先生。

 ……ど、どれだけ先生は人間ができてるんだろう? それとも私が身構えすぎていただけ? いやいや、それはない。だってこんなこと言われるなんて……これっぽっちも想像、していなかった。

 一人で勝手に罪悪感を覚えて、決死の覚悟で話して謝って。その結果がこれだと……自分がすっごく情けなくなる。つまり私は、ラウナ先生がこの程度で怒るような人だと思っていたとか、そういう意味のことを話してしまったわけだ。失礼は承知で、とか言ってしまったが、全然承知じゃなかった! それ以上に失礼極まりないことをしてしまっていたのだ。

 かあっと顔が熱を持つのがわかる。さっきまでとは違う意味で申し訳ない……!


「す、すみませんでした……なんて失礼なことを……」


 消え入りそうな声で謝罪すれば「待て待て」と更に呆れられた。


「お前の思考回路は今なんとなくわかったが、その謝罪も必要ない。必要ないからな? いいか、必要ないんだぞ。返事は?」

「…………はい」

「よし。わかったら早く教室に戻るように! 遅刻するぞ!」


 はっと時計を見る。そうだ、さっき予鈴鳴ってたんだった。五時間目は教室移動のない授業だとはいえ、もうそろそろ出なければ本当に遅刻する。

 大慌てで立ち上がり、もう一度深々と頭を下げた。また謝りかけた口を一瞬止め、別の形を作り直す。


「ありがとうございました」

「ああ、それでいい。どういたしまして。私のほうこそ、打ち明けてくれてありがとうと言うべきだ。これからも何かあれば聞くから、遠慮なく相談に来てくれ」


 満足げにうなずいてそんなことを言ってくださった先生に、最後にまたお礼を言って、急ぎ足で保健室を出る。走らなくてもいい、だろうけどかなり急がなくては遅刻する。

 ……まだ、心臓がどきどきしていた。

 初めてエリクへの気持ちを、自分から口にした。静かに、ただ聞いてもらった。「セレネが私に申し訳なく思う理由はわかった」としか、言われなかった。少しも踏み込まれなかった。

 それが――初めて、()の気持ちを誰かに認めてもらえたような気がして。


 ほんの少し、ほんの少しだけど嬉しいと思ってしまう自分がいて、そんな自分に苦笑がこぼれた。






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