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06 こげ茶の毛とコンプレックス

 乙女ゲームには、ルートというものが存在する。

 と、茜から聞いたことがある。『ムーン・テイル』ではゲームの最初のほうで、誰のルートにするかという選択肢が出ることも。

 だからルナ様が言ってた『大切な選択』とは、そのことだろうと思う。


 しかし……その選択のとき、私は姉様の傍にいられるんだろうか? そもそも、いつその選択肢が出るのかも知らない。

 姉様が誰を選ぼうと、私に何かを言う権利はないのだが……その場にいられないのは、少し不安だ。


 ぼんやりと、前の席のうさ俺様の頭を見ながら考える。

 ただ今、魔物学の授業中。授業中にぼんやりとなんてしたくはないが、姉様のことが気になって仕方ない。もし私が授業を受けている、この時間が選択の時間だったらと思うと。

 ああ、やっぱりゲーム機代をけちるべきじゃなかった。今更後悔しても遅いんだけどさ……。


「セレネ・ルーナ。俺の授業でぼーっとするとは、いい度胸だな」


 びくっと体が震える。

 黒板をカツカツとチョークで叩きながら、ニルス先生がこちらをじろりと睨んでいた。どうして私が授業に集中していないとわかったんだろう? 前を見て、ノートも一応取ってるのに。


「チェンランの能力は何か、言ってみろ。答えられなかったら、お前にだけ宿題をやろう」


 チェンラン? ノートには書いていないから、先生が話していただけなのかもしれない。先生の話を聞いていなかった私には、難しい問題だ。

 チェンラン……城にある魔物図鑑に、そんな名前が載っていたような。

 あ、そうだ。兎の魔物だったから、記憶に残ってるんだ。……えーっと、確か能力は。


「敵を自分と同じ姿に変える、ですか?」

「……正解だ」


 悔しそうに言った後、ニルス先生は授業の続きを始める。

 危なかった……。いや、まあ宿題が出るのはいいんだけどね。ここで答えられないのは、Aクラスとしてまずいと思うんだ。

 ぼーっとしていてもいいように、予習復習をしっかりとしようか。(ぼーっとしなければいいんじゃないの、という突っ込みは受け付けない)


 それからは、姉様のことを考えてぼーっとするたびに先生から睨まれてしまい、授業に集中せざるを得なくなった。

 魔物学は前世ではもちろん習っていないから、授業は真面目に受けたほうがいいんだろうけど。それでも気になってしまうのだ。


 ……でもよく考えたら、授業中にそんな大切な選択肢ってない気もしてきた。姉様のことだから、授業はちゃんと受けるだろう。

 でもでも、もしもの場合もあるし。


「セレネ・ルーナ。チェンランについてのレポート、明日の朝までに提出な」

「げっ」


 思わず下品な声を出してしまう。だが小さい声だったので、周りの人には聞こえなかったようだ。と、思いたいのだが、どうだろう。

 王女として、姉様の妹として。それに相応しい人であれるように、努力はしてきたつもりだ。いや、エリクに対する態度は別としてだけどね?

 いくら努力していても、たまにこういうことはあるのだ。前世では、一度もお姫様とかに憧れたことのないような人間だったし。


「返事は? ま、はい以外認めねぇが」


 だったら、返事がなくても同じじゃないですか。

 しかし私の自業自得であるので、しぶしぶ「はい」とうなずく。


 やっぱり私、姉様に関することだと冷静ではいられないんだなぁ……。姉様が選択を間違ったとき、本当に私は正しい選択ができるのだろうか。

 ……ううん、今から不安になっては駄目だ。自分を信じると決めたのだから。

 ひとまず今は、授業に集中しよう。


     * * *


 チャイムが鳴り、授業が終わった。エルフの女の子の号令に合わせて、礼をする。


「はあ……」


 私はため息をついた。何だか授業がすごく長く感じた。

 そういえば、授業の号令をしたエルフの子の名前は何だったっけ? その子だけでなく、クラスの子の名前を一切覚えていない。

 ……これはやばい、よね。こんなんじゃ友達なんてできないだろう。三年間ずっと、一人寂しく教室移動することになるのは嫌だ。


 少しでも名前を覚えようと、椅子に座りながら周囲の人の会話に耳を澄ます。

 えーっと、赤い髪の女の子がナタリー? それで、猫の女の子がベラ? あ、エルフの子はマリーって言うのか。ナタリーちゃん、ベラちゃん、マリーちゃん……三人くらいは覚えておかないと。

 男子の名前も覚えておいたほうがいいだろうか?


 なんてことをこっそりやっていたら、声をかけられた。


「おい」

「はい?」


 声のほうを見れば……何だ、うさ俺様か。

 あれ?

 しまった、と心の中でつぶやく。周囲の人の名前を確認するついでに、うさ俺様の名前も思い出そうとしたのだが。家名がフィーランドであることは思い出せるのに、名前が思い出せない。昨日は覚えていたはずなのだが、私ってこんなに忘れっぽかっただろうか。

 確かテ、テ……テラ? テランス?


「それだ!」


 思わず声に出してしまって、慌てて口を押さえる。しかし思ったよりも大きく響いていて、教室にいた子たちの視線が集まるのがわかった。

 うー……顔が熱い。


「す、すみません。その、考え事をしていまして。急に答えがひらめいたので……つ、つい」


 とりあえず、うさ俺様に謝っておく。たぶん、何か用があって私に話しかけたんだろう。それを言う前に急に「それだ!」なんて言われたら、いい気はしない。

 案の定、うさ俺様は顔をしかめた。


「俺様が話しかけたのに、考え事だと?」

「すみません」


 貴方の名前を思い出そうとしていたんです、と言う代わりに、もう一度謝罪の言葉を口にする。……忘れていて本当にごめんなさい。魔法学のグループも同じなのに。

 うさ俺様って呼び方は変えたくないのだが、変えたほうがいいのだろうか。勝手な名前で呼んでいて、その上本名を忘れてしまうのは失礼すぎる。

 だけど、変えたくないんだよね。どうするべきだろう?


 ひとまずそれは保留にすることにして、うさ俺様に訊く。


「それで、何のご用でしょうか?」

「……何を考えてた?」


 質問に質問で返された。え、私の言葉聞こえてたよね?

 何を考えてたか、と訊かれては、黙り込むことしかできない。名前を忘れてたとか言ったら、何をされるかわからないし。


 それでも何とか答えようと、視線をさまよわせる。何か答えにできそうなものはないだろうか。

 クラスの人たちは、もう興味がなくなったのかそれぞれでお喋りを楽しんでいる。数人、まだ私たちを気にしていたが、助けを求められそうにもない。……誤魔化してみようか?


「えーっとですね。私の考えていたことなど、貴方にとってはつまらないことかと」

「それもそうだな」

「え」


 それで納得しちゃうんだ。

 いや、助かったけど。助かったけど、さ。Aクラスにいるから頭はいいはずなのに。あれか、頭が悪いのとバカなのは違う、ってやつかな? バカというか、単純というか。

 ……駄目だ、この言葉で姉様のことを思い出してしまうなんて。姉様の単純さは、長所なんだから!(けなしてるわけじゃないよ?)


「私などに、何のご用ですか?」


 気を取り直して、もう一度尋ねる。

 するとうさ俺様は、普通に戻っていた顔をまたしかめてしまった。


「……授業中に、俺様のことを見ていただろう」

「……え?」


 何だか、うさ俺様に対して「え?」と言ってしまうことが多くなりそうな予感が。そんな予感、どうでもいいんだけど。


「何だその不思議そうな顔は」


 不思議()()じゃなくて、不思議なんです。

 私、いつうさ俺様のこと見てたんだ? 授業中なんだろうけど、というのは置いといて。

 見に覚えがないことが言われたって、首をかしげる以外反応ができない。それ以外、私にどうしろと?


 ……うん? ちょっと待った。

 授業中と言えば、ほとんど姉様のことを考えていたはずだ。つまりぼーっとしていて……ああ、そういうことか。

 私は、うさ俺様の頭を見ながらぼーっとしていたんだった。視線を感じたうさ俺様が、私が彼のことを見ていたんだと勘違いするのもわかる。実際に見てはいたから勘違いではないが、見ていたというより視界に入っていた、と言うべきだろう。


「思い出しました。授業中ですね? あれは、ぼーっとしていたら貴方の頭が目に入っただけです」


 ああでも、『見ていた』が正しいのだろうか。うさ俺様のこげ茶の髪と耳を見ていると、何だか考え事に集中できたから。

 目が痛くなるような色より、やっぱりうさ俺様のような落ち着いた色のほうがいいんだよね。私もこういう色の髪の毛がよかった。今ではもうないが、小さい頃は鏡を見るたびにびっくりしていたし。これ誰? と何度思ったことか。


 昔のことを思い出しながら、うさ俺様の髪の毛を見る。

 そのせいか、うさ俺様は居心地悪そうに顔を背けた。


「とにかく、もう見るな」


 確かに、誰かにずっと見られていたら気が散る。さっきの授業では申し訳ないことをしちゃったなぁ。うさ俺様は、授業にちゃんと集中できただろうか?

 あまり何度も謝るのも失礼かもしれない、と思ったが、また「すみません」と謝った。


「前を向けば自然と目に入ってしまいますが、できるだけ見ないようにします」

「そうしろ」


 それだけ言って、うさ俺様は次の授業の準備を始めた。次の授業は……うっ、歴史か。歴史の先生はおじいちゃんと言ってもいい歳で、何を言っているのかもごもごとしていてわからない。それなのに黒板を書くのはどの先生よりも早いから、歴史の授業はちょっと苦手だったりする。


 時計を見るために、視線を前にやる。と、うさ俺様に睨まれた。

 ……これも駄目だとすると、うさ俺様を見ないって無理な気がするんだけど。というか、うさ俺様をちらちら見る人は普通にいるのに、なぜ私は駄目なのだろうか。


「時計を見るのも駄目ですか?」

「俺様を見ないならいい」

「見ているつもりは全くないのですが」


 ため息をつきながら言う。これだけで気にするのなら、家に引きこもっていればいいのに。

 まあ、見られるのが嫌である理由はわかるが。


 うさ俺様の家……フィーランド家は、兎の獣人の家系だ。そして、毛の色が白に近いほどいいと言われている。だからなのか、フィーランド家の人たちはほとんどが白い髪の毛である。まれにうさ俺様のような人も生まれるが、あまりいない。

 最近ではそこまで差別されることはないと聞いているが、うさ俺様にとってはコンプレックスなのだろう。


 ……あ。

 今気づいた。他の人たちが見ていてもそれほど気にしないのに、どうして私に対してはここまで言うのか。


「私の毛が、白いからですか?」


 うさ俺様は、ぴくっと耳を揺らした。図星らしい。

 ……何も言わなければよかった。今の私は、王女ではなくただの貴族。一応、男爵家の者という設定だ。公爵家の人であるうさ俺様には、無礼者だと思われてしまうかもしれない。というか、思われるだろう。


 しかしこれを訊いてしまったらもう、言いたいことを全て言ってもそう思われるのは同じだ。だったら、もっと言ったほうがいい。

 後悔しながらも、言葉を続ける。


「毛の色など、何の意味もありません。フィーランド家の方たちも、それはわかっていますよね? 茶色い毛であることを、気にする必要はないと思いますが」

「黙れ!」


 威嚇するように、うさ俺様はこちらに鋭い目つきを向ける。大声に反応してか、クラスの人たちは私のことを心配そうに見てきていた。


 兎なのに、うさ俺様の目つきは肉食動物のように思えた。

 反射的に体はびくっと震えてしまったが、それを隠して、うさ俺様の目を見つめ返す。少し睨むような形になってしまったが、それは仕方ないだろう。


「私としては、毛の色を交換してほしいくらいです」


 正直にそう言うと、うさ俺様は唖然とした顔になった。


「そもそも私は、暗い色の方が好きなので。貴方の髪の色は、見ていて落ち着きますよ。おかげで、考え事にも集中できました」


 嫌味っぽく聞こえてしまうだろうか。お礼を言うともっと嫌味っぽくなる気がしたので、それはしないことにする。


「感じ方は人それぞれですが、そこまで恥ずべきものではないと思います。フィーランド家の二代前の当主は、真っ黒な毛だったのではないのですか? それでも、立派な方だったと聞いています。貴方が茶色い毛を恥じるということは、その方をけなしているのと同じです」


 フィーランド家で白以外の毛の人が当主になったのは、確か五代前が最初。そのときからフィーランド家の人たちは、それほど白い毛に固執しなくなったはずだ。実際、二代前の当主は、今言ったとおり真っ黒な毛だった。


 うさ俺様は、複雑な表情をしていた。怒っているような、泣きそうな、困惑しているような……色々な感情が混ざっている。

 何かを言いかけ、彼は結局口を閉じる。

 丁度そのときチャイムが鳴ったので、そのまま授業となった。先生が教室に入ってきたので、号令がかかる。


「きりーつ、礼!」


 ……よかった。

 号令が終わって、先生の聞き取れない話に耳を傾けながら、ほっとする。

 いざというときは身分を明かせばいいが、入学して三日目にそんなことはしたくない。学院に通えなくなったら、姉様が悲しむだろうから。姉様だけでなく、父様やエリクにも迷惑がかかるだろう。

 それに、うさ俺様を傷つけてしまったかもしれない。私はただ、彼にうなずいておけばよかったのだ。


「……すみませんでした」


 小さなつぶやきが聞こえたのか、うさ俺様の耳が揺れる。だけど、返事をしてはくれなかった。

 仕方ない、よね。

 少しショックだが諦めることにして、猛スピードで書かれる黒板の字をノートに写していった。


     * * *


 昼休み。

 私はそわそわとしながら、姉様のことを待った。これで来てくれなかったら悲しいが、きっと来てくれるだろう。

 大切な選択は、終わっていないだろうか。終わっていたとしても、姉様がそれをそうだと認識していない可能性もあるが……。変わったことがなかったか訊けば、何か答えが返ってくるはずだ。


 まだ来ないのかな、と教室の入り口を見ると、丁度姉様が来たところだった。


「姉様! ……あれ、エリクも?」

「僕がいたらいけない?」


 むっとした顔のエリクに、どう答えるべきか悩む。

 姉様がいてくれれば十分だが、そこにエリクがいてくれたらもっと嬉しい。しかし、それをそのまま言う気にはなれないのだ。

 素直に言って、エリクの反応を見るのも一つの手だけど。答えるまでに間が空いてしまっているのに、今更言うのは白々しくなっちゃうよね。


「駄目とは言ってないけど。友達はどうしたの?」

「今日はセレネと食べようと思って」

「……姉様と、の間違いでしょ」


 嬉しくなったのを隠したくて、わざとぶすっとした顔を作る。あ、これだと耳が動くかもしれない。できるだけ耳に力を入れて、動かないようにしてみた。

 だが遅かったようで、二人はにこにこと微笑ましそうにしている。うぅ、次こそは耳を動かさないんだから!(ばたばた)

 ……無理かも。決心した直後なのに、ばたばた動いちゃったし。


「あ、そういえば。姉様、何か変わったことはありませんでしたか?」


 色々となかったことにして、姉様に尋ねる。会ったら真っ先にこれを訊こうとしていたのに、タイミングを逃してしまっていたから。


「変わったこと?」


 姉様は首をかしげた。しばらく考え込んだ後、「そうだ」と口にする。


「教室移動のとき、遅刻しそうだったから走ってたんだけどね? 三年生の先輩にぶつかって、すっごく怒られちゃったんだ」


 しょんぼりとうつむく姉様。

 わわっ、姉様を落ち込ませてしまった。


「しょ、初対面の相手をそんなに怒るなんて、失礼な人ですね!」

「ううん、走ってた私が悪いんだよ。今度から、もっと早めに教室出ないとなぁ」


 ……墓穴を掘ってしまった気がするのは気のせいだろうか。

 でも、普通の人だったら初対面の相手をそんなに怒らないよね? 私の言ったことも、一応間違っていない。はず。


「どんな人でしたか?」

「えーっと……狐の獣人で、綺麗な男の人だったよ。しっぽがふさふさだったんだー」


 ん?

 ぱちぱち、と目を瞬いてみる。

 いやいや、三年生の狐の獣人と言ったって、あの人だとは限らない。


「ディアナ、怒られてるときにそんなとこ見てたの?」

「だって、ゆさゆさ揺れてたんだもん。気になるでしょ?」


 でもたぶん、あの狐って攻略対象だし。『大切な選択』の前に会っておかなくてはいけないのだろう。

 だとしたらやっぱり、姉様が会ったのは私が会ったあの狐なんだろうか? あいつ、姉様にまで失礼なことをしや……こほん。いけないいけない、口調が崩れてしまった。


 それにしても狐、姉様を落ち込ませるなんて。何てことをするのだ。

 まあ、姉様が落ち込んでいる……反省しているということは、私のときとは違って正論を言っただけなんだろうけど。姉様は理不尽なことで怒られたって、反省なんてしないから。

 だから狐だけを責める気にもならない。(むぅ)


「セレネはどこで食べたい?」

「へ?」


 どうやら、考えているうちに話題は違うものに移っていたらしい。

 大体の人は食堂で昼食をとるが、私たちは今日、お弁当を持ってきている。何だか母様が気合を入れちゃってね。今日は姉様とエリクの分まで作ってくれた。母様のあの様子じゃ、しばらくはお弁当だろう。


「姉様といられるのなら、どこでもいいですよ」

「その答えが一番困るんだよー」


 言葉どおり、姉様は困った顔をする。


「でも姉様。私はまだ、どこに何があるのかわかっていないのですが」

「……よし、決めたよ。今日はこの教室で食べて、その後は学院の中を案内するから。エリクも手伝ってね」

「了解。ディアナが案内しなきゃ、セレネは道を覚えようとしないからね」


 失礼な! 訓練場と中庭までの道は……ぼんやりと覚えてるのに!

 え、自慢できることじゃない? 私的に、この短期間でぼんやりとでも覚えているのは、相当すごいことなんだよ。


「あの、この教室で食べるとなると、私とエリクの分の椅子がないですよ?」

「何でディアナだけが座ることになってるのさ」


 エリクが呆れたような声で言う。


「姉様に立たせるわけにはいかないでしょ?」

「私は大丈夫だよ。……うーん、誰かの席を借りられないかな」

「ここじゃなくて、別の別の場所で食べませんか?」


 どうしようか、と姉様と話していると、エリクがきょろきょろと周りを見た。何かを探しているらしい。何か、ではなく、誰か、かもしれない。

 見つかったのか、エリクは大きな声を出す。


「ナタン!」

「……ぼくの席を貸せと?」


 振り返った男の子は……えーっと、見た覚えがある。いや、同じクラスだから当たり前なんだけど、そうじゃなくて。

 どこで見たんだっけ。

 考え込んでいるうちに、ナタンさんと、そのお友達の机と椅子を貸してもらえることになったみたいだ。


「すみません。ありがとうございます」

「ナタンくん、ありがとう」

「ルーナさんたちが気にする必要はないよ。今から食堂に行くところだったしね」


 男の子は落ち着いた笑顔を浮かべる。

 ……あ、思い出した。魔法学の授業で並ぶとき、教室の席順だって教えてくれた子だ。そっか、エリクと知り合いだったのか。


「さ、食べようか」


 早速、エリクがナタンさんの机にお弁当を広げている。いつの間にかお友達の机まで、私の机とくっつけてあった。

 え、ちょっとくらい遠慮しようよ? どれだけナタンさんと仲がいいのか知らないけど……。


 とりあえず私は、ナタンさんのお友達の椅子に座った。

 本来なら自分の椅子に座るべきだろうが、姉様を知らない人の椅子に座らせられない。……なんて、借りてるのに失礼なんだけど。ナタンさんのお友達に、ごめんなさい、と心の中で謝っておく。

 姉様至上主義、みたいなところ、直さなきゃ駄目だよね。


「姉様。ルナ様が仰っていた『大切な選択』をしたら……いえ、そうだと思う変わったことがあったら、教えてくださいね」

「うん、教えるよー」


 でもこれは気になるので、姉様と約束しておく。

 これで、午後の授業には集中できるだろうか。大切な選択の場にいられなくても、姉様の選択を信じて、誰を選んだのかという結果だけを聞けばいい。


 ……でも、狐は選ばないでほしいです。






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