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姉様の幸せのために  作者: 藤崎珠里


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41 好意の形とぎこちない笑顔

 最後のテストが回収され、教室の空気がふっと軽くなる。私もちょっとはしたないけれど伸びをして、大きく息を吐いた。

 よし、終わった!

 ニルス先生の「まだ席についてろよー」という指示には従いつつも、皆浮かれた様子で近くの席の子とお喋りを始めている。その内容は遊びの約束だったり、あの問題どうだった? ということだったり。

 私も誰かと話したかったが、あいにくと近くに仲がいい子はいない。そもそもが、一番右の列の前から二番目という席は、教室の真ん中のほうに比べて周りの席が少ないのだ。決して私の友達が少ないわけでは……いや、あるんだけど、うん……。


 流石にもう九月も半ばを過ぎた今、クラスの全員の名前は覚えた。けれど席替えをしないので、席が遠い人の中には女子でさえ話したことがない子がいる。

 私も、積極的に関わっていかないとなぁとは思っているんだけど。マリーちゃんたちといれば楽しいし、Cクラスにいれば姉様たちがいるし、という状況に甘えてしまっているのだ。

 正直のところ、このままでいいかな、という気もしている。……ちょっと訂正。一人、仲良くなりたい人はいる。


 前の席に座るうさ俺様を、じいっと見つめる。

 私が仲良くなりたい人というのは、何を隠そううさ俺様のことである。体育祭やエリクの誕生日のときの励ましによって、第一印象とは随分違う人物であることはわかった。彼にライバル視されているせいで、負けず嫌いで案外子どもっぽい人なのだというのもわかっている。

 悪い人ではない、どころか、きっと根はいい人だ。だから、というと私が単純なように思えるかもしれないが、だから彼と仲良くなってみたいのである。


 しかし、うさ俺様とは魔法学の授業のとき以外滅多に話さない。私がマリーちゃんたちや姉様たちと一緒にいることが多い、というのもあるだろうが。

 ここは話しかけてみようか……? 最初の自己紹介のときに「話しかけるな」と言い放っていたが、その割にはうさ俺様のほうから話しかけてくることもごくたまにある。でも明確な用がないのに話しかけるのは不愉快に思うだろうか。


 そんなふうに思案していたら、私の視線に気づいたらしいうさ俺様が振り返る。その顔には思いきり不愉快だと書いてあった。

 ですよね……。思い返せば、私が授業中にぼうっと後姿を眺めていただけで、敏感に反応したのだ。意識的にじっと見つめられれば嫌に決まっている。


「何の用だ」

「すみません、じろじろ見てしまって……」

「何の用かと訊いている」


 どうやら答えるまで解放してはもらえないみたいだ。眉をひそめているうさ俺様に、視線を泳がせる。ここで何の用もない、と答えようものなら、更に怒らせてしまうだろう。


「……な、夏休みはどうお過ごしでしたか」


 悩んだ末に絞りだしたのは、そんな今更感溢れる質問。この質問をしたいのなら、せめて夏休みが明けてすぐに訊くべきだった。

 は? という顔をしたうさ俺様は、実際に「は?」と低い声を出す。


「すみませんやっぱり何でもないです!」


 自分の耳がぺたぁっとしょげるのを感じた。や、やっぱり高圧的な態度は怖いんだよな。変なこと訊いて申し訳ありません!

 うさ俺様のこげ茶色の瞳が、先ほどの仕返しのようにじっと私を見る。


「……別に、何も。しいて特別なことを挙げるとしたら、また弟と妹が産まれたことだな。それから姪たちも産まれた」

「え、わあ、おめでとうございます!」


 フィーランド家は基本的に、兎の獣人しかいない家だ。そして兎の獣人同士の夫婦の間には、かなりの確率で双子や三つ子が産まれるし、子ども自体できやすい。私のような人間とのハーフの場合、一人で産まれることが多いのだが。

 出産が特に珍しい出来事でないにしても、おめでたい話である。あんな反応だったのに話してくれるんだ、という安堵もあって声が明るくなる。


「姪、ということは、お姉様がご出産されたんですか?」


 うさ俺様はフィーランド家の長男である。弟や妹の娘、という可能性もあるが、お姉さんの娘と考えるのが自然だろう。


「ああ。姪が二人増えた」

「羨ましいです……。私は姉様以外に兄弟がいないもので。姪や甥が見られるのは、早くとも卒業後ですね」


 ……自分で言っていてショックを受けてしまった。姪、甥……姉様に娘、息子……うわあ、考えたくない。結婚まではいい。よくもないのだけど想像する分にはダメージは少ない。けれど子どもって、姉様がつまりあの、誰かとそういう行為をする、というわけで。

 ――か、覚悟をしておこう。そう、「私妊娠したよ!」と嬉しそうに報告してくる姉様を今から想像しておけば……おけば。

 泣きそう。

 でも、いつか必ず訪れる未来だろう。そのときに私が姉様のお傍にいられるかはわからないが、イメージトレーニングはしっかりしておかないと、いざというときに何かしでかしてしまうかもしれない。

 それに悪いことばかりでもないはずだ。姉様の子どもなら天使のように可愛いに決まっているんだから。ぜっったいに可愛い。



「よし、お前らもう帰っていいぞー。ちなみに知ってるとは思うが、平均の半分以下だった奴らは補習だからな」


 ニルス先生の言葉に、教室内のざわめきが大きくなる。ひらひらと手を振って出て行く先生を見送って、私も席を立つ。ちょっと話せたし、成果は十分だろう。もっと会話を膨らませようと思えばできなくはないが、先生がいなくなった今が切り時だ。


「ではフィーランドさん、よい週末を」

「ああ」


 明日は日曜日。休日の前日にテスト最終日を持ってきてくれるのは、学院の親切なところだと思う。

 マリーちゃんたちにも声をかけてから、荷物を持って教室を出る。今日のテストは午前中で終わりだったので、お昼は姉様たちと食べる約束をしていた。

 今日も無事Cクラスに辿り着くことができて、一人で軽くガッツポーズ。ほぼ毎日のように行くので覚えて当然なのだが。まあ、迷わず行けるようになった場所も増えてきたし、私も成長したということでいいんじゃないだろうか。(ふふん)


 Cクラスももう終わっていたらしく、帰る支度をする人、お弁当を食べ始める人がいた。机の上にお弁当を出して待っていた姉様とヘルガは、入ってきた私を見て手を振った。


「お待たせしましたか?」

「ううん、ちょうど今終わったところだよー」

「おはよう……っていう時間でもないわね。まあいいわ、おはようセレネ」

「おはようございます」


 エリクは私が入ってきたドアとは逆のドアから、友達と一緒に出て行くところだった。……どうせまたすぐ後で会うことになるのだが、思わずほっとしてしまう。二週間ほどが経ち、もう普通に接することができるようにはなったものの、心の奥ではあの出来事がいまだに引っかかってしまっていた。

 ……あの日からちゃんと眠れるようになったのは、きっとベルの子守唄のおかげだけでもないんだろう。頑張って色々な思いを込めたありがとうを伝えたが、エリクにはどれくらい伝わったかなぁ。


 三人でお弁当を開き、「いただきます」と手を合わせる。最初の話題は、ヘルガの誕生日のことだった。


「え、ヘルガの誕生日って今月なんですか!? っていうか二十日って、明々後日じゃないですか……」


 まったく知らなかった。姉様もヘルガも言っていなかったっけ? と首をかしげているが、私は聞いてません!

 ……あ。いや、ちょっと待って。言われた、ような気が、する? う、うん、言われてた、エリクの誕生日のちょっと前に。エリクの誕生日プレゼントで頭がいっぱいで、メモるのを忘れた、のだ。……うわー、ヘルガごめんなさい!

 こんな直前だと凝ったプレゼントもできやしない。うなだれつつも、ヘルガに欲しいものを訊いてみた。


「お米、かしら?」

「……お米?」


 冗談かと思いきや、ヘルガの表情はいたって真面目だ。

 誕生日に、お米。いや、実用的なものが欲しいという気持ちもわかるが、それにしても、誕生日にお米が欲しい? た、誕生日らしく特別感のある米のほうがいいだろうか。この国は意外と米の生産が盛んだから、探せば誕生日プレゼントに適した米も……いや、どうしたって米は米だ。

 思わず黙り込んでしまった姉様と私に、ヘルガがあっという顔をする。


「よく考えたら、誕生日にお米をねだるって変ね?」

「変ではないけど……学校に持ってくるのは大変かなぁ」

「そうよね……ごめんなさい。それじゃあ、えーっと……あ、ペンとか石鹸とか、そういう実用的なものが嬉しいわ」


 よかった、それならまだプレゼントっぽい。 いや、ヘルガがすっごく欲しい、と言うのなら、別にお米でもよかったのだけど。プレゼントは結局、受け取った側が嬉しいと思ってくれるかが大事だしね。自己満足で終わっちゃいけない。

 ペンとか石鹸……うーん、いい匂いの石鹸はどうかな。あーでも、実用的なもの、ということは効能重視のほうがいいか。そこはもう、お店の人と相談しよう。幸いなことに明日は日曜日のわけだし。姉様と被ってもいけないから、帰ったら何にするか訊いてみることにした。


「わたしの誕生日の話はもう置いておいて。ディアナ、今日から放課後の訓練を再開するのよね?」

「うん、やっとテスト終わったからね!」

「頑張ってね」


 満面の笑みでうなずく姉様を、ヘルガは微笑ましそうに見つめる。

 テスト一週間前から、姉様はセルジュ先生との放課後の訓練を休止していた。姉様の担任であるセルジュ先生は前回のテスト結果をもちろんご存知なので、放課後の勉強時間を削るのは駄目だということで。最近は姉様の魔法の扱いもかなり安定してきたしね。二週間程度なら休んでも問題ないとのお言葉をもらった。

 姉様は訓練の再開を心待ちにしていたようで、今日は朝から……昨日の放課後からすでに、うきうきとした表情を浮かべていた。訓練の再開、というより、セルジュ先生との訓練の再開、といったほうが正確か。


「今回のテストは結構自信あるよ! 赤点取ったら、その分訓練の時間が減っちゃうもん。手応え的に、数学以外は平均取れたと思う!」


 えへん、と胸を張る姉様。そんな姉様に、ヘルガが意地悪そうに笑う。


「解答欄は間違えなかった?」

「間違えてないよ! ……た、たぶん……うううう、そんな怖いこと言わないでよぉ」

「ふふ、ごめんなさい」


 途端に青ざめた姉様を見て、ヘルガは更に笑った。

 テストって、後からじっくり考えるとどんどん不安になってくるよね。見直ししててもうっかりミスはしているときはしているし……。まあでも解答欄間違えとかの大きなミスは、見直しさえしていれば流石にないだろう。


「訓練は何時から?」

「ええっとね、先生も色々しなくちゃいけないみたいで、普段の放課後の時間からだよ」


 六時間目が終わる時間は十五時なので、あと三時間ほど時間がある。お昼を食べ終わったら図書室に行こう、と姉様とエリクとすでに話してあった。エリクが戻ってくるのを待ってから、三人で行くつもりだった。

 そう言うと、ヘルガは少し考える素振りをしてから、教室の前の方で女子数人とお喋りしているフェリクスさんに一瞬だけ目をやった。


「……わたしも一緒に行こうと思ったけど、今日はやめておくわ」

「そう? じゃあまた今度行こうね!」


 今の視線の意味はなんだったんだろう。そしてフェリクスさん、せっかくヘルガが自分から貴方を見たのに、それはないんじゃないですか……!

 せめて一瞬の視線に気づいてくれればよかったのに、と恨めしげに見つめていれば、ぱっと目が合った。


 気づいてるよ、とーぜんでしょ。そんな声が聞こえてきそうな、苦笑い。少し諦めが滲んだその表情に、きゅっと胸が痛くなった。

 フェリクスさんは何事もなかったかのように、お喋りを続ける。

 ……諦めないでくださいね、フェリクスさん。貴方が諦めたら、本当にそれで終わってしまうんですから。


「そういえばディアナ、セルジュ先生とは最近何もないの?」


 フェリクスさんに引っ張られていた意識が、一気にこちら側へ戻される。耳がぴくぴく動いてしまいそうになるのを堪えた。


「最近? 最近はそもそも、テスト週間だったから全然お話してないけど……?」

「あー、言葉が悪かったわね。とにかく、セルジュ先生とは何もない?」

「特別なことは何もないけど、どうして?」


 きょとんとした姉様には答えず、「ならいいけど」とヘルガは話を切り上げた。

 やっぱり気になる、よね。セルジュ先生は基本的に生徒との距離感が近いが、姉様とは二人で過ごす時間が多い分、更に近く感じる。姉様と一番仲がいい友人として、そこに危機感を覚えるのかもしれない。

 うーむ、先生と生徒、というのがネックだよなぁ……。


「……あっ、もしかして、そういうこと心配してる!?」


 はっとした姉様の白い頬が、わずかに赤く染まる。その反応を見るに、どうやら私たちが何を気にしているのか思い当たったらしい。

 ……これが(健全な)恋愛小説を数冊読んでもらった成果か! 姉様のそっち方面の知識は皆無に等しかったから、読んでもらって正解だった。


「な、ないよ、大丈夫、ちゃんと真面目に教えてもらってるだけだよ!」


 慌てているのが怪しいが、姉様はこんなことで嘘をついたりしないだろう。

 まあ、現段階で本当にセルジュ先生との関係を心配しているか、と訊かれれば、答えは否だ。これから先はどうなるかわからないが、少なくとも今は、そういった意味での好意を少しでも抱いているのは姉様だけのように思える。……それはそれで問題だし、むっとなってしまいもするのだが。

 ほっとした私とは違って、ヘルガはなぜか驚いたように目を丸くしていた。


「ディアナ、そういうことがわかるようになったのね……」

「えへへ……実は、セレネから恋愛小説を色々薦めてもらったんだ。だからわかるよ! 大丈夫、いい先生だなぁって思うけどそれだけだし、セルジュ先生だって私みたいな子供をそういうふうに見たりしないよ」


 恋愛小説を読んで知識を得ても、自分の気持ちを自覚するには至らなかったらしい。あるいは本当に、自覚できるほどにはその気持ちが育っていないのか。……きっとそうなんだろうな。姉様のセルジュ先生への気持ちは、まだせいぜい『憧れ』なんだろう。それも、頼りになるとか目指すべきとか、そういう大人、という意味での。

 あの天然さはどうかとも思うのだが、私だってセルジュ先生のことは尊敬している。魔法の腕もだし、もちろん先生としても。


「この先どうなるかなんて、わからないのよ?」

「……そう、かな?」

「そうよ」

「でもそういうことを言うなら、私はヘルガと……フェリクスくんのほうが気になるよ」


 声を潜め、姉様は言う。それを聞いて、ヘルガは数瞬固まった。まさか姉様からそんな反撃がくるとは予想していなかったのだろう。


「ヘルガはフェリクスくんを嫌いだって言うけど……。それって、本当? 本当だとしても、フェリクスくんが諦めずに話しかけ続けたら、きっとヘルガはほだされちゃうでしょ」


 ほだされる、なんて言葉を姉様が使うなんて思わなくて、私もびっくりしてしまう。

 ……そうか。姉様は、ヘルガとフェリクスさんのことをそんなふうに思ってたんだ。

 我に返ったヘルガが静かに口を開く。


「嫌いよ。大嫌い。わたしがあの人にほだされることなんて、一生ないわ」

「でも『この先どうなるかなんてわからない』よね?」


 言われたことをそのまま返す姉様に、ヘルガの顔が歪んだ。


「――あなたに、」


 声は途切れる。泣きそうな表情で、ヘルガは「なんでもないわ、そうよね、ごめんなさい」と取り繕ったように言った。

 続く言葉はなんだったんだろう。『あなたに何がわかるの』?


「私のほうこそごめんね……。本当に、ごめん」

「いいえ。ディアナの言ってることは正しいもの」

「ヘルガを傷つけたなら、正しくないってことなんだよ。傷つけるのをわかってて言ったから余計に、ごめん」

「……そう」


 何かを言いかけて、飲み込んだようだった。

 この会話が聞こえていたらどうしよう、と先ほどまでフェリクスさんがいたところに目をやれば、いつの間にかいなくなっていた。お喋りしていた女の子たちもいなくなっているので、どうやら一緒にどこかへ行ったようだ。

 ……聞こえなくてよかった、のかな。むしろ聞こえていたほうが、何かが変わったかもしれない。


「セレネ、さっきからお弁当を食べる手が止まってるわよ」


 ほんの少しだけぎこちない笑顔のヘルガに、あ、と手元に視線を落とす。時間に余裕はあるとはいえ、夏場なのだから一度口をつけたら早めに食べてしまわないといけない。

 慌てて食べて、そして最後に花形にくりぬかれたにんじんを口に入れる。

 大好きなにんじんが、今日はあまり美味しいと感じられなかった。


     * * *


 夏休みやテストがあって、時が経つのがとても早く感じた。今日も満月で、ルナ様と会う日である。カレンダーにちゃんと書いてあったので、今日は質問したいことを覚えていた。

 姉様たちと庭園に行くと、すでにそこにはルナ様が待っていた。相変わらずお疲れではあるようだったが、先月に引き続き、いや先月よりも機嫌がいい。


「まだまだ忙しいけど、ようやく終わりが見えてきたわ。もうちょっとで一安心できそう」

「よかったです……! おめでとうございます」

「それはまだ気が早いわよ、ディアナ。まあでも、せっかくの祝福の言葉だから受け取ってあげる」


 ふふ、と笑ったルナ様は、椅子に座って足を組んだ。


「この一ヶ月、花火の日以外は特に面白いことなかったわよねぇ。色々進展してきてることはあるけど……はー、青いわね、人間くさくていいわ」


 その『青い』には、私たち以外のことも含まれている気がした。

 全知全能の神ではない、とルナ様自身が仰っていたが、それでも神様は神様だ。ルナ様からしたら、そりゃあ私たちの悩みなんて『青い』という形容がぴったりだろう。


「だから今回は特にこっちから言うことはないけど、あんたたちは何かある?」

「あ、はい! ちょっとお訊きしたいことがあるのですが」


 はい、と思わず授業のときのように手を挙げてしまって、慌てて下げる。返事よりも先に笑われるかとも思ったが、ルナ様は「何?」とただ首をかしげた。


「綺麗な満月、という言葉を聞いて、何か思い当たることはありませんか?」


 私の問いに、ルナ様は怪訝そうな顔をする。


「綺麗な満月……? この世界は月の女神であるあたしが管理してるから、満月は綺麗で当然だけど、それがどうかした?」

「いえ、何か知っていることはないだろうかと思いまして……。ここのところルナ様がお忙しかったのは、月が関係していたりはしませんか?」

「特にそういうことはないわよ?」


 嘘をついているようにも、隠し事をしているようにも見えない。……ということは、ルナ様もご存知ないということか。

 それとも、サーラちゃんの警告自体に何も意味がなかった? そういうふうにも思えない、のだけど。


「そうですか……」

「まあ、気になるようなら来月までには詳しく調べてみるわ」

「いえ、お忙しいのにそんなことをお願いするのは心苦しいので……」

「そんなに負担でもないわよ。それに、もうちょっとで一安心できそうって言ったでしょ。もうそれくらいする時間はあるわ」

「……それなら、お願いしてもよろしいですか?」


 ええ、と了承してくださったルナ様にお礼を言う。

 ルナ様が調べてもわからなかったら、もう気にしなくてもいい、のかな。自分で考えたってわかるはずもないし。


「他には何かある? ディアナでもエリクでもいいけど」

「私は特にありません」

「僕も何も」

「そ。じゃあ、今日も魔力解放するわよ。……セレネは前回は少なめにしたけど、今日は今までどおりの量を解放するわ。心の準備はいい?」


 こくりとうなずく。どうせ、最終的には全部を解放するのだ。自分の魔力量に早く慣れていかなくてはならない。私よりも更に魔力量が多いという姉様が、最後まで耐え切れるのかが心配だ……。

 それに、セルジュ先生との訓練のおかげで、せっかく現在の魔力の扱いに慣れてきたところだったのに、また解放したらどうなるんだろう。また魔力が増えました、どうも一ヶ月周期で増えるようです、とは私からもセルジュ先生に言うつもりではあるが、大丈夫かなぁ。

 ルナ様に近づきながら、今は自分のことに集中しなくては、と思う。もしまたふらついたりするようなことがあれば、姉様に心配をかけてしまうし。


「――――」


 ルナ様がいつものように何かをつぶやくとともに、体が軽くなる。ぐらりと傾きそうになったのをこらえて、こちらを窺うようなルナ様の瞳を見つめ返すと、ふっと笑われた。


「やるじゃない。じゃ、次はディアナ」

「はい」


 緊張した面持ちでルナ様に近づく姉様の邪魔にならないよう、エリクがいる位置まで下がって見守る。……前回はふらついていたが、今日はどうだろうか。

 こつ、とルナ様が姉様と額を合わせて――そして、姉様はほんの少し顔をしかめただけで、それを耐えた。


「ふーん、二人ともいい感じじゃない。この調子なら、セレネは三年、ディアナは五年くらいで全部終わりそうね」

「三年ですか!?」

「五年……!?」


 うわあ、これがまだそんなに続くのか。二人してげんなりする私たちに、ルナ様はおかしそうに笑う。こちらからしたら笑い事ではないのですが……!

 また来るわ、と言い残して、ルナ様は去っていった。


 これでサーラちゃんの言葉の謎も解決するかもしれないし、考えなきゃいけないことが一つなくなった。

 一番優先してやらなきゃいけないことはヘルガの誕生日プレゼント、か。


 やっぱり石鹸がいいかなぁ、なんてことを考えながら、私は自室に戻ったのだった。





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