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姉様の幸せのために  作者: 藤崎珠里


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31 カップケーキと妹自慢

 あ、やばい、と思ったときにはもう手遅れだった。

 慌てて()()に流していた魔力を止め、『水の盾(オ・キリー)』を使う。ただの『オ・キリー』ではなく、対象物を包み込むように改良してあるのだが、そんなことはどうでもよくて。

 盾の中で、それは爆発した。


「ルーナさん!? 何やってるんですか!」


 家庭科の先生が真っ青な顔で駆け寄ってくる。


「すみません……爆発しちゃいました」


 先生に引き攣った笑みを返す。いや、ここで笑うのは反省が足りないとか思われるんだけど、これは笑うしかない。ここまでは流石に予想していなかった。

 今爆発したもの。それは――電子レンジだった。

 なんでこの世界でも電子レンジって名前なの、ゲーム制作者さんたち適当すぎでしょ。なんて現実逃避をしてみるも、現実は変わらない。


「魔力をこめすぎたようです」

「少しずつこめるように言ったでしょう!?」


 その『少し』がすでに電子レンジの容量オーバーだったんですよ……!


「ああもう、とにかく怪我はないですか? 念のため保健室に行きます?」


 怒るより先に心配をしてくれるのは、いい先生だという証なんだろう。「大丈夫です」と言って、もう一度謝っておく。

 現在、家庭科の授業中。そして今日は、初の調理実習の時間だった。課題はカップケーキ。

 ……いわゆる電化製品系(この世界では魔化製品と呼ばれる)への魔力の調節は、以前から苦手だった。自分の魔力を使う魔化製品はあまりないから、困ったことはないのだが。一般の家庭にあるものは、魔力がこめられた石とかが動力源なのだ。

 魔化製品の仕組みはおそらく、電気の代わりに魔力を使っていること以外、電化製品とそう変わらない。この世界は科学と魔法が入り混じってて、それでも魔法優先なものだから、大分おかしな世界になってるんだよね。ゲームではどうだったのか知らないが、きっとゲームでそれほど細かく設定していなかったから、こんなことになっているんじゃないだろうか。


 ともかく今は、調理実習だ。自分の魔力を使う魔化製品はあまりないと言っても、魔力操作力を高める練習に向いているので、学院のものはほぼ全てそうなのである。

 ……魔力を解放されてから魔化製品を使うのって初めてだよなぁ。もともと苦手だったところに魔力が増えたのだから、こうなることを予想できなかったのは私の落ち度だ。ちゃんと反省しなきゃ……。

 でもこれ、どうしたらいいんだろう。電子レンジの前に立って途方に暮れる。

 材料はまだあるし、作ろうと思えば作れるけど、電子レンジは爆発してしまったし。他の電子レンジを借りるにしても、ちゃんと使えるだろうか。


「……しょうがない。ルーナさん、急いでカップケーキを作り直してください。魔力を使わない普通の電子レンジを貸しますから」

「……すみません」

「いいえ。怪我がなくてよかったです。でもできれば、次の調理実習までにはなんとかしてくださいね」


 微笑みながら言われてしまったら、ただうなずくしかない。いや、元からそうするつもりだったけどね。電子レンジさえ使えないなら、コンロとかも使えないだろう。

 私の爆発騒動でざわざわとしていたが、そろそろみんな出来上がってきた。うっ、マリーちゃんたちが心配そうにこっち見てる。ごめんなさい。……そしてなぜか、うさ俺様が出来上がったカップケーキを持って自慢げにこっちを見てるんだけど。意外と負けず嫌いだし、勝ったとでも思っているのかもしれない。勝ち負けは別にないだろうけど、これは完全に私の負けだ。

 黒板に書かれている手順どおりに急いでカップケーキを作り直して、電子レンジのボタンを押す。ボタン一つでもうおしまいとか、本当便利だな……。


 でもどうせ美味しくないんだろうと思うと、気分が重くなる。一回目は気をつけて作ったけど、今は急いで作っちゃったし、何か間違えたような気がするのだ。間違えてなくてもなぜか美味しくないのが私クオリティなのだけど……。

 カップケーキって失敗しないイメージがあるのに、なんで私はできないんだろうなぁ。

 課題は三つだったが、みんなそれ以上作っているので私も五個作ってみた。一つは私が食べるとして……もしも食べられる味だったら、姉様とエリクにあげたい。私の料理下手は知っているから、食べられることにびっくりしてくれるはずだ。

 まあ、食べられる味だったら、の話だけどね!


「ルーナさん、大丈夫そう?」

「味はきっと悪いですが、なんとか。お騒がせしました……」


 マリーちゃんが声をかけてくれた。それを見て、ベラちゃんとナタリーちゃんも近寄ってくる。


「びっくりしたぁ。電子レンジって爆発するんだねー」

「対応早かったわね、流石だわ」

「すみませんでした……!」


 いたたまれなくなって、すぐに謝る。皮肉じゃないっていうのはわかってるんだけど、つい……。

 電子レンジの中のカップケーキが膨らんできた。あ、見た目は結構普通だ。もしかしたら普通に食べられるかもしれない。


「もしかしてセレネちゃん、姫と騎士(ナイト)君にあげるの?」

「うっ……はい。食べられるものができたら、ですが」

「そんな変なものに見えないけどなー」


 ベラちゃんが電子レンジを覗き込んで首をかしげる。

 どれどれ、という感じであとの二人も一緒に覗き込んできた。


「うん、匂いは普通だよね」

「これでまずかったらびっくりするんだけど」

「それで美味しくないから不思議なんです。この感じだと、今回は食べられるくらいのものはできると思いますが……」


 焼けるのを待つ間に、三人のカップケーキを見せてもらうことにした。課題のレシピから大幅に外れたものは作ってはいけないため、大体同じような感じだ。

 一口ずつもらってみると、それでもやっぱりそれぞれ味が違った。マリーちゃんのが一番無難で、ベラちゃんのはとにかく甘い。ナタリーちゃんは中にチョコチップがたくさん入っていた。

 ベラちゃんのは甘すぎる気もするけど、全部おいしいなぁ……どうやったらこんなの作れるんだろう。

 ちょっぴり落ち込んでいると、電子レンジが音を鳴らして終わりを告げる。

 そっとカップケーキを取り出して、お皿に乗せる。五個作ったけど、どうしようかな。食べれたら姉様とエリクにあげて……あとは私が処理しなきゃか。


「セレネちゃん、一口食べてみていい?」


 わくわくした顔でベラちゃんが尋ねてくる。


「え、いいですけど……待ってくださいね。毒見は私がしますから」


 毒見……、と三人は微妙な顔でつぶやいた。

 いや、美味しくないだけで、人体に危険はないとは思うんだ。だけどあまりに不味かったら、危険な可能性もあるから。

 まだ熱いが、熱いときに食べたほうがましな気がして、おそるおそる口をつける。


「……あれ!?」

「え、どうしたのルーナさん!?」

「なんか変なものでも入れてたの?」

「セレネちゃん、無理せずぺって出していいよ!」


 変な声を上げたせいで、三人に慌てたように心配されてしまった。ベラちゃんが差し出してくれたお皿を首を振って断って、もぐもぐと咀嚼を続ける。

 ……普通に美味しくない、けど。


「これ食べられます!」


 感動して言えば、がくっとされた。


「そりゃあ食べられるよ……」

「セレネのことだから、ちゃんとレシピどおりに作ってるんだろうし。それで食べれなかったら、むしろびっくりよ」

「私の今までの失敗作を知らないから言えるんです」


 少しむぅっとしてしまう。

 私にとっては、食べられるお菓子ができただけで感動するほどすごいことなのだ。美味しくはないけど。……美味しくはないけど!

 まず、食感がすごくもそもそしている。もっそり、もさもさ、なんだかそんな感じ。それで、味が薄い。食べる場所によっては甘いけど、しょっぱいところもある。おかしいな、私ちゃんとレシピどおりに作ったはずなのに。


「セレネちゃん、それじゃ食べてもいい?」

「美味しくはありませんが、それでもよければ」

「うんうん、全然いいよー。マリーちゃん、ナタリーちゃん、三等分しよ」


 嬉しそうに笑いながら、ベラちゃんはカップケーキを持って二人に見せる。それなら三人にそれぞれ一つずつ、とも思ったが、美味しくないものを丸々一つあげるのも申し訳ない。……姉様とエリクは、あれだ。食べられるものを作っただけでも褒めてくれると思うから。(褒められたいってわけじゃないけど!)


「いただきまーす」


 ベラちゃんたちがぱくりとカップケーキを頬張る。


「あ、わたしこういうの結構好きだよー」

「……えっと、頑張ったんじゃないかしら」

「ルーナさんの心がこもってるよね」


 無理しなくていいのに。ベラちゃんは美味しそうに食べてくれたが、ナタリーちゃんとマリーちゃんは反応に困ったようだった。面と向かって美味しくないとは言えないだろうけど、マリーちゃんには絶対それ適当だよね、と思ってしまった。

 うぅ、でもいいんだ。あと一つ食べたら残りは姉様とエリクに渡すんだ。

 もそもそとカップケーキを食べながら、そう心に決めた。


     *  *  *


「あ」


 昼休み、カップケーキを渡すためにCクラスへ向かっていたら、ばったり狐と会った。別に学院内なら会っても不思議ではないし、狐とはよく出くわしているけど。……周りに人がたくさんいる廊下だと、どう挨拶すればいいのかわからないな。

 なんとなくカップケーキを後ろに隠しながら、「こんにちは」とぺこりとお辞儀をする。

 だってこのカップケーキ、見た目が意外と普通だったっていっても、やっぱり他の子のものに比べると歪なんだよ。絶対馬鹿にされる。わざわざ自分から馬鹿にされにいく気はないのだ。


「こんにちは」


 狐は私を訝しげに見る。しまった、隠さずにそのまま会釈だけで通り過ぎればよかった。

 失策を自覚しながら、それでは、と立ち去ろうとすると、狐のしっぽがぴくりと動いた。


「カップケーキですか」

「……いえ、違いますが」

「なぜ誤魔化す必要が? 匂いでわかりますよ」


 ぐっ……そうだ、狐は狐だった。そもそも獣人ってだけでも、大体の人が鼻が利くのだ。特に犬系の動物にとって、この距離から持っているものを当てるのは容易いのだろう。カップケーキ、と言い当てたのはきっと、狐も一年生のときにカップケーキを作ったからかな。

 諦めて、しぶしぶと手を前に戻す。姉様たち用に軽くラッピングしたそれを見て、狐は少し首をかしげた。


「隠すほどひどい出来ですか?」

「……へ?」


 予想外の言葉に、ぽかんとしてしまう。

 私の反応に、狐は不機嫌そうに眉をひそめた。


「何ですか」

「いえ、ぼろくそに貶されるのではと……あ、すみません」

「謝っても遅いですよ。貴女が私をどう思っているかはよくわかりました」


 嫌味ったらしく言う狐にちょっとカチンとしたが、今のは私が悪い。素直にもう一度「すみません」と謝っておいた。

 びっくりして、つい気が緩んでしまったようだ。学院内で身分が関係ないとはいえ、一応男爵家である私が公爵家の長男にこんな口を利くなんて……いや、それも今更か。そもそも狐だって、私と姉様のことを勘付いているんだろうし。

 気にしなくていいや、と気を緩めたままにする。


「言ったでしょう。それほどひどい出来ではないと。貶すために労力を使うのは無駄だと判断したまでです」

「ひどい出来だったら貶す気だった、と言っているように感じますが?」

「貶す、という言い方は違いますね。ただ事実を言ったことでしょう」

「……これでも一応、私には有り得ないくらいの成功作ですからね」

「それでですか?」

「嫌味ったらしく言われるよりも、純粋に訊かれるほうが傷つくって初めて知りました」


 どうせそんなものですよ、と心の中で舌を出しながら、狐を軽く睨む。すると狐はばつが悪そうな顔をした。


「……すみません」

「あ、えーっと、私のほうこそすみません。……というか謝らないでいただけますか。調子が狂います」


 我ながら無茶なこと、というか失礼なことを言っているのはわかっているが、やっぱり狐に謝られると変な感じがするのだ。

 後半をぼそっと小さな声で言えば、狐はむっとする。


「せっかく私が頭を下げたというのに、その言い様は何ですか」

「会長とは、ぽんぽんと口論するくらいが丁度いいです」

「まあそれは……私も同感ですが」


 あれ、そうなんだ、と思わず目を瞬いてしまう。立場的にも年齢的にも、しちゃいけないような態度を取っていると思っていた。敬語も雑になっているし。いやまあ、思っているならやめるべき、って話なんだけどね。

 でも、狐もそういうふうに考えていたというのは意外だった。

 私は最近、狐との口論を楽しんでいた感じもするしなぁ……。むかつくけど、お互いに遠慮なく言い合うのは結構楽しいのだ。姉様やマリーちゃんたちとはもちろんできないし、エリクには相手にされないし。(私が空回っているだけとも言う、かも)

 これで姉様のことを悪く言わなかったら、話し相手として結構合っているんじゃないだろうか。そう思ってついじっと狐のことを見れば、狐は居心地が悪そうにしっぽを揺らす。


「遠慮なく私に物を言う相手が珍しいだけです」

「……今更周りの目が気になってきました」


 思えばここは廊下で、普通に人目につく。好意的な視線だけではなく、数人の女子からの敵対心溢れる視線もあった。……公爵家長男、そしてこの美しさだと、そりゃあ狙う子も多いよね。今日のことを話してもきっと羨ましがるだけの、マリーちゃんたちとは違うのだ。


「気にしなくて構いません」

「私が気にするんです。……ではそろそろ失礼します。姉様たちに渡したいので」

「まあ、あの二人なら喜ぶでしょうね」

「二人以外なら喜ばないとでも言いたそうですね。実際そうでしょうけど」


 美味しくないのだから仕方ない。

 はあ、とため息をつけば、狐は続ける。


「家族からのものなら、何でも嬉しいものですよ」


 ……柔らかく微笑みながら、狐は言った。狐の微笑みを見た女子たち(たぶん男子も混ざっているだろうけど)がざわざわと騒ぎ出し、悲鳴さえ聞こえてきた。

 あー、えっと。これはたぶん、妹さんの話をしている? ナタリーちゃんが前に、狐は妹さんにだけは甘いとか言っていたけど。

 目の前にいるのが私でもこの顔だし、相当溺愛しているんだろう。

 なんというか、生温かい目を送ってしまった。その視線に気づいて、狐はすぐに微笑みを消す。


「何ですか、その目は」

「いえ。そういえば会長には、妹さんがいらっしゃるんでしたっけ」

「ええ。自慢の妹です。誰から見ても完璧な淑女ですよ」


 ふん、といつものような馬鹿にした笑みを浮かべる。

 いちいち引っかかる言い方だ。まるで私がそうではないと言っている感じ。確かに私は淑女とは言いがたいですが、それでもちょっとは傷つくんですよ。

 むすっとしていれば、狐がふと何かに気づいたような顔をする。


「貴女に妹の話をしたことがありましたか?」

「ないですが、いらっしゃるというのは人づてに聞いていたんです。今の言葉から考えると、きっと仰っているのは妹さんのことなんだろうと思いまして」

「察しがいいですね。妹が私に初めてお菓子を作ってくれたときは、あまり出来栄えがいいとは言えませんでしたが、非常に嬉しかったです。まあ今では完璧なお菓子を作ってくれますけどね」


 あ、なんか妹自慢が始まりそうな気配がする。私が姉様のことを語りたいときと同じようなことを言ってる。察しがいい、とか私のことをあっさり褒めているし。

 少し聞きたい気もしたが、姉様にはできれば早めにカップケーキを食べてほしい。それに朝のうちに、昼休みは教室で待っていてほしい、と二人に伝えてあるのだ。あまり待たせるわけにもいかない。


「すみません会長、その話はまた後日でよろしいでしょうか。時間が経つほど味が落ちてしまう気がするので……」

「……そうですね。それでは」

「はい」


 心なしか、というか絶対に残念そうにしながら、狐は去っていく。

 私もCクラスへと再び歩き始めたのだが……視線が痛い。うー、でも魔法実技の授業で私が狐と同じグループだということを知っている人は多いはずだし、こうやって話すのもおかしくはない、はずだ。狐は狐で有名だし、エリクや姉様、不思議さんも有名だから、同じグループの私も自然とそれなりに知られている。……姉様()の妹、っていうのが大きいんだろうけど。



 Cクラスを覗き込めば、すぐに姉様もエリクも私に気づいてくれた。ヘルガもいて、三人でお弁当を食べていたようだった。……あ、私もお弁当持ってくればよかった。


「すみません、お待たせしました」


 ちょっとでもびっくりさせたくて、カップケーキを後ろに隠しながら近寄る。さっきの狐のときとは違って、別に怪しまれてもいいのだ。見た目が普通なことにびっくりしてもらいたいだけなんだから。

 私の言葉に、姉様はにこにこと首を横に振る。


「ううん、待ってないよー」

「でもちょっと遅かったね。何かあった?」

「会長と立ち話しちゃっただけ」

「……シャルル先輩と、立ち話?」


 エリクが訝しげにこちらを見てくる。エリクだけじゃなく、ヘルガまで私を窺うように見てきた。

 そんなに変なことを言っただろうか。確かに立ち話するような仲には見えないだろうし、私もそこまで仲良くなってはいないと思うけど。

 心の中で首をかしげつつも、カップケーキを渡してしまうことにした。


「姉様、今日は調理実習でカップケーキを作ったんです」

「わー、カップケーキ? やったー」


 嬉しそうに小さくばんざいをしてくださる姉様がとても可愛い。

 対して、エリクは微妙な顔をして訊いてくる。


「……どうなった?」

「一度目は電子レンジが爆発しました」

「え、ちょっとセレネ、冗談よね?」


 エリクの問いに不思議そうにしていたヘルガが、ぎょっとした。


「アウアーさん、セレネの料理はそういうものなんだよ」

「料理以前の問題じゃないかしら……」

「で、でも、二回目は結構上手くいったんですよ!」


 引き気味のヘルガの前に、ずいっとカップケーキを出す。

 電子レンジの爆発は、確かに料理以前の問題だった。細かい魔力操作を頑張らなきゃ……。

 私のカップケーキを見て、姉様が歓声を上げた。


「すごい! セレネ、おいしそうだよ!」

「……本当だ、見た目は普通だ」


 やった、びっくりしてくれた。二人の反応に、ついふふふっと笑いが漏れる。エリクには失礼なことを言われた気がしなくもないけど、まあ許そう。

 ヘルガがいるんだったら、無理してもう一個食べてこなくてよかったかな……。でも出来立てのときよりもおいしくないだろうし、半分こしてもらうのが結局はいいのか。


「姉様とヘルガで半分こしてもらうのがいいかもしれません」

「僕は?」

「エリクは一人で食べて。私もう二つも食べたんだから」


 この言い方だと、何も食べてなかったらエリクと半分こしてもよかった、というふうにも聞こえる気がする。そう気づきはしたものの、わざわざ訂正するほどではないかな、とそのままにしておいた。が、耳でも動いていたのか、三人にちょっと笑われてしまった。(うぅ)

 三人がお弁当を食べ終わるのを、誰かの席を借りて待つ。カップケーキでそれなりにお腹はいっぱいだから、今お弁当を持ってこなくて正解だったかもしれない。


「じゃあいただきまーす」


 お弁当を食べ終わったのはエリクが一番だったが、最初にカップケーキに口をつけたのは姉様だった。カップケーキを手で半分にして、片方をヘルガに渡してから。

 もぐもぐと咀嚼する姉様を、じーっと見る。……どうだろう、姉様のことだからおいしくないとは言わないだろうけど。やっぱり反応がはっきり出るまで緊張してしまう。

 笑顔だった姉様が、だんだんと驚いた顔になる。ごくり、と飲み込んで、姉様は興奮したように口を開いた。


「セレネ、ほんとすごい! おいしいよ!」

「わー! 本当ですか? ありがとうございます」

「ヘルガも食べてみてよ。エリク、そんなにびくびくしないの!」


 満面の笑みでヘルガに言った後、エリクにはむっとした顔を向ける。……うん、私の料理の一番の被害者はエリクだったから、食べるのが怖くても仕方ない。

 将来きっと、料理なんて必要ないんだろうけど。それでもやっぱりできるようになりたくて、たまに厨房を借りている。母様だって私に毎日お弁当を作ってくださるし……できて損になる、ということもないだろうから。

 作ったら自分で味見して、いつも不味さに呻いている。健康に害が出そうなものは流石に捨てるが、それ以外はもったいなくて捨てられないのだ。前の世界での、もったいない精神みたいなもののせいかな。

 昔は「私たちが使ってるお金って、もしかして税金?」と考えていて、お金を使うのを控えていた時期もあった。けれど、私たちのおこづかいは父様が稼いだお金だと聞いてからは、普通に使うようにしている。あくまでも、前世での金銭感覚を大事にしながら。


 まあともかく、自分がぎりぎり食べられるものは何とか食べきるのだが、そこにエリクも来てくれることが多い。二人で顔をしかめ、不味さに苦しみながら食べるのは……実を言うと楽しかったり、する。

 いつもいつも、エリクはこうやって嫌がるような顔をしながらも食べてくれるのだ。


「……いただきます」


 ヘルガも食べたのを見て、いよいよエリクもかじる。そして目を見開いた。


「ほんとだ、普通のカップケーキだ」


 ……それだけ?

 いつもの惨状を知っている分、もう少し大きな反応をしてくれると思ったのに。ついむすっとしてエリクを見つめてしまう。

 その視線に気づき、エリクは慌てたように言う。


「いや、ちゃんと美味しいよ」

「いつものよりは、でしょ?」

「う、それはそうだけど、それでも美味しいよ」

「……ふーん」


 やった、初めてエリクに美味しいって言ってもらえた。自分で食べても微妙な味だし、これで美味しいって言ってもらうのは複雑だけど、それでも嬉しい。


「セレネ、耳動いてるわよ」


 ヘルガに言われて、ばっと耳を抑える。「あっ、それは言わなくてよかったのに!」と姉様が抗議の声を上げた。……気をつけなきゃ。というか姉様、それは私の反応を面白がっているんでしょうか!

 微笑ましくこちらを見てくる三人の視線に、うーっと唸り声を上げる。

 嬉しいんですから仕方ないでしょう、と開き直ったらいいんだろうか。それができたら苦労しないんだけどさ。


「ごちそうさま」


 でも三人のその言葉を聞いたら、やっぱり嬉しくて。

 うなずきながら、今度はわざと耳を動かしてみた。







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