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姉様の幸せのために  作者: 藤崎珠里


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29 エリクの誕生日と刺繍のハンカチ

 さて。ついにこの日が来てしまった。制服に着替え、一度すーはーと深呼吸をしておく。

 どうしてこんなに緊張しているのかというと、何てことはない。今日がエリクの誕生日だからである。……いや、普通に考えて緊張するのはおかしいよね。わかってる。けど緊張するんだ。

 鞄の中に今日の授業の教科書と、そして刺繍したハンカチが入っているかを確認し、私は部屋を出た。


「エリク、誕生日おめでとうー」


 三人で合流すると、姉様が早速エリクにプレゼントを渡した。綺麗に包装してあるそれを、エリクは「ありがとう」と受け取った。


「開けていい?」

「えへへ、いいよー」


 姉様が何を買ったのか、私も教えられていない。気になって、エリクが包装を外していくのをじっと見てしまった。

 手作りじゃない、はずだよね。細長くてちょっと大きめ……なんだろう。

 包装の中から現れたのは、革でできたペンケースだった。シンプルだが、だからこそ格好いい。ファスナーの持つところには青色の宝石がはめ込まれている。エリクの瞳の色に合わせたんだろうか。使いやすそうだし、すごくセンスがいいなと思った。流石は姉様だ。

 ……ううう、どうしよう、ますます緊張してきてしまった。やっぱり買ったもののほうが使いやすいし嬉しいよね!?


「ありがとう、今日から早速使ってみるよ」


 姉様に微笑んでから、エリクはちらりと私に視線を向けた。


「った、んじょうびおめでとう! ごめん忘れてた!」


 思わずばっと目を逸らしながら、そんなことを口走ってしまう。

 なんだよ忘れてたって……最悪な言いわけじゃないか! 恥ずかしいにしても、もうちょっとましな言いわけあったでしょ私……!

 口から出た言葉を取り消すわけにもいかず、内心で自分を責める。

 しかし察してくれたのだろう、エリクは苦笑いするにとどめてくれた。ごめんねエリク、いっつもいっつも……でもこれは素直になるとかならないとかの問題じゃないの! ただ単に、このプレゼントがものすっごく恥ずかしいだけ!


 ああもう、毎年こうなんだよなぁ……。どうせ渡すのに、渡すまでに時間がかかってしまう。普通のプレゼントだったら割とすぐ(と言えるほどすぐでもない)渡せるのだが、今回のプレゼントは手作りという恥ずかしさ倍増どころではない代物だ。うああ、普通にどこかで買えばよかった! 今日中に渡せるかな!?

 昼休みはエリクは食堂に行っているだろうし、放課後かなぁ。そもそもあまり人目のある場所で渡したくはないし。

 渡せるか不安だけど、頑張ろう。最悪、デザイン的に私が使っていてもおかしくはないものだから、自分用にしてしまってもいい。今日中に渡せなかったら、今度商人が来たときに何か買って、それを渡そうかな……。

 姉様が仕方ないなぁという顔をする。


「帰るときまでにはちゃんと準備しなきゃ、だよ!」

「はい……」


 準備というのは、プレゼントの話ではなく心の準備のことだろう。昨日の夜したつもりだったんだけど……足りなかったか。(はあ)

 こんなプレゼントにしたことを、渡してもいないのに後悔してしまう。……ま、まあ、作ってる最中は楽しかったけどね? エリクをイメージしながら作ったから、うん、その、普段よりもエリクのことを考えてる時間が長くて。……姉様のことと同じくらいというか、むしろ姉様のことのほうがいっぱい考えてたけど!


「じゃあそろそろ行こうか」

「だね! ほら、セレネも行こ?」

「ありがとうございます……」


 落ち込んでいるように見えたのか、姉様が手をつないで微笑んでくれた。優しい、かわいい……よし、ちょっと癒された。こそっと「がんばって」と言われたので、またまたほんわかする。姉様も応援してくれていることだし、頑張って渡さないと。



 そんなふうに思っていたものの。

 昼休み、鞄からハンカチを取り出して、ついため息をつく。時間が経つにつれ、ますます勇気がしぼんでいくんだけど、どういうことなんだ。

 ……この花、結構上手くできたと思うんだけどなぁ。

 やっぱり渡さなきゃいけないだろうし、そもそも渡したいのだ。


「セレネちゃーん、お弁当食べよー」

「あ、はーい」


 最初のころは食堂で食べることが多かったマリーちゃんたちも、たまにお弁当を持ってきて、一緒に食べてくれる。

 鞄は開けたままだったので、中からお弁当を取り出し、ハンカチをしま……おうとしたところで、がしっと力強く腕を掴まれた。嫌な予感がしておそるおそるベラちゃんの様子を窺えば、ものすっごく輝いた目をしていた。


「ねーねー、それってもしかして? もしかして?」


 にやにやと、ベラちゃんは私を突っついてくる。


「ち、違いますよ、これはただ……そう、自分用に刺繍したハンカチです!」

「絶対騎士(ナイト)君の誕生日プレゼントでしょ?」

「違いますってば」

「だって、どこからどう見てもナイト君イメージして作ったようにしか見えないのー」


 ……ベラちゃんにまでそう言われてしまうのか。ということは、エリクに渡したら絶対ばれるじゃないか。うわぁ、余計に渡したくなくなってきた。

 ベラちゃんの言葉につられてか、マリーちゃんとナタリーちゃんも近寄ってくる。


「お、本当だ。ナイトのイメージだね」

「それで誤魔化せるって思うのがわかんないわ」


 心底不思議そうなナタリーちゃんに、うぐっと言葉に詰まってしまった。

 えー、誰から見てもそうなの? それって、エリクがこのハンカチを使ってるのを見た人は、誰かがプレゼントしたものだとわかるということだろうか。……それはそれでいいかもしれない。牽制というかなんというか。いや、そんなことをしなくともエリクは姉様一筋だろうから、心配はいらないのだろうけど。


「あれ? でもルーナさんって、毎朝姫……じゃない、ディアナさんとナイトと一緒に来てるよね? 渡さなかったの?」

「あ、ほんとだー」

「エリク君体調崩してて来れなかったとか?」


 ……正直に答えてもいいだろうか。

 少々ためらったものの、見つめてくる三組の目に耐えられず、結局口を開く。


「……ただ単に、渡せなかっただけです」


 ぽかんとしていた三人だったが、その意味を察したのか、視線が生暖かいものに変わった。だからためらったんだよもう! いっそ馬鹿にしてくれたほうが楽だ……。なんでそんな勇気もないの、と言ってくれたほうが、ごもっともです、と撃沈できる。あ、撃沈はしちゃ駄目か。

 さりげなく耳に触れながら、「よーしよし」とベラちゃんが私の頭をなでた。


「がんばれー、セレネちゃん!」

「恥ずかしがって渡さなかったら、後悔しちゃうよ?」

「そうそう、絶対エリク君も喜ぶんだから、ちゃんと渡しなさいよ」

「……はい、ありがとうございます」


 これは……渡さずにもし自分で使ったら、後が怖い感じだな。そう思いながらも、励ましてくれた三人に素直に感謝する。

 さあお弁当を食べるか、となったとき、私の前の席のうさ俺様が振り返った。何だ何だと思っていると、ハンカチを見つめたうさ俺様は「……いいんじゃないか」とぼそっと言った。

 ……何がですか?

 困惑しつつ、続く言葉を待つ。


「あいつ……オリオールに渡すんだろう?」

「え、は、はい」


 家名だけでエリクを呼ぶ人は少ないから、一瞬誰のことかわからなかった。


「俺様から見ても、これはあいつに合っている。自信を持って渡せ」


 ……これは、励まし?

 うさ俺様の声に耳を澄ましていたらしい数名の女子が、羨ましげな声を上げている。

 まさかうさ俺様にまで励まされるとは思ってなかった……ちょっと自分が情けなくなる。(なんて思ったらうさ俺様に失礼なのだが)

 自信を持って渡せ、か。命令されてしまった。でも耳なんかを見ると、そういう偉そうな上から目線ではなく……なんというか、普通に励ましてくれてるんだろうな、と思える。やっぱり獣人って耳とかしっぽとかわかりやすい。

 出来栄えへの自信はある、のだ。後はちょっと恥ずかしさを我慢すればいいだけ。その『ちょっと』が、私的にかなーり難易度が高いのだが。


「ありがとうございます。頑張りますね」


 お礼を言って微笑めば、ふん、とうさ俺様は前を向いた。

 ……こんなに色んな人から励まされて渡せなかったら、私はあまりにもあれだよなぁ。なんだかちょっと渡せる気がしてきたようなしてないような。


     *  *  *


 放課後。姉様はセルジュ先生の訓練を受けるため、魔法訓練場へ行っている。

 ……うん、ここ最近、エリクと二人で姉様を待っているんだよね。基本的に図書室で待つようにしているから、会話をあまりしなくていい分、気恥ずかしさは少ししかないのだけど。

 昼休みはともかく、放課後の図書室はがらりとしている。私たちの他の利用者は三人しかいない。その三人も本を読んでいるのではなく、勉強をしていた。


 これはハンカチを渡すチャンス? 他の人たちは勉強に集中しているし、こっそりとエリクに渡しても気づかれない気がする。あ、でも、集中してるからこそ、ちょっとでも話し声が聞こえたら気になるだろうか。じゃあやめておこう……と、びびりな思考に陥る。

 いや、勉強している人たちが理由ではないかもしれない。

 本を選びながら、そうっとカウンターへ目をやる。

 今日のカウンター当番は……不思議さんだった。いつもは本棚の上で寝ている猫を膝に乗せ、静かに本のページをめくっている。確か以前、不思議さんが凶暴だと教えてくれた猫だと思うんだけど、そんなふうにしていて大丈夫なんだろうか。気持ち良さそうに寝ているけど。

 あ、そっか。不思議さんは動物の言葉がわかるんだっけ。それなら凶暴だという猫が心を開いてもおかしくはないのかもしれない。


 視線に気づいたのか、不思議さんは本から顔をあげ、私を見て小さく首をかしげた。し、視線に敏感なんですね……。曖昧な笑みを浮かべながら会釈をし、本選びに戻る。エリクはすでに今日読む本を決めたらしく、テーブルで読み始めていた。

 姉様の訓練が終わるまであと一時間ほど。その間に読みきれる軽い本がいいなぁ。別に読みきれなかったら借りて帰ればいい話なのだが。

 昨日まで読んでいた本はもう読み終わってしまったから、あちこちに目移りしてしまう。うーん、こうなったらもう『おすすめ本!』コーナーを見てみるか。


 おすすめ本! と言っているとおり、この本棚は中々に良作が多い。以前借りた『桜の妖精』もよかったし、その後ちょくちょく読んでみているが、どの本も楽しめた。

 どうしようかなー、短編集とかを読みたい気分なんだけど。

 本棚の前で考え込んでいると、誰かが近寄ってくる気配がした。エリクだろうか、と振り返って、少しびっくりする。


「……これは?」


 不思議さんは一冊の本を取り出して、私に見せた。魔法実技の授業で何度か一緒に戦っているというのに、いまだにこの声に慣れない……。


「『終焉の勇者』? ……アンクリス・フェカさんって、見覚えがあるような」

「桜の妖精」

「あ、そうでした。あの本と同じ作者さんですね。おすすめですか?」


 こくりとうなずく不思議さん。


「ありがとうございます」


 笑顔で受け取って、エリクの近くの席へと向かう。短編集ではないようだけど、あの本と同じ作者さんなら、期待していいだろう。

 そういえば猫はどうしたのだろう、と図書室内を見回してみると、カウンターへ戻った不思議さんの膝でまた眠っているのが見えた。すごくほのぼのする光景だなぁ。

 癒されながら、エリクの隣の隣の席に座る。あまり近いと緊張するし、せっかく二人で来ているのに離れた席に座るのもね。これくらいの距離なら、エリクのことをあまり意識することなく読書に集中できる。……隣の隣、と言っても、結構近いんだけどね。


 しかし、図書室の静かな空気って心が落ち着くなぁ。一ページ目を開きながら、ほっと息を吐く。うん、これなら帰るときまでには決心つくかも。

 ページをめくる。

 ああ、やっぱり描写が丁寧だなぁ。このお話は『桜の妖精』とは違って少し重苦しい雰囲気の話のようだが、丁寧な描写のおかげでするすると読める。この作者さんの本、他にもあれば読んでみたい。



「セレネ、そろそろ行こう」


 エリクの声にはっとする。いつの間にか一時間が経っていたようだ。読めたのは三分の二ほど。……これを明日に回すのは嫌だし、借りてしまおう。


「ごめん、これ借りてくるね」


 一言断って、カウンターへ向かう。

 自分の貸し出しカードに本の題名なんかを書いて、不思議さんに渡した。貸し出し作業ももう慣れたものだ。

 カードをしまって、不思議さんは言う。


「……他の、今度教える」

「他の?」

「アンクリス・フェカの」

「ああ……ありがとうございます」


 アンクリス・フェカさんの他の作品を教えてくださるということだろう。私がこの作者さんを気に入ったことが伝わったらしい。


「では、次の魔法実技の授業のときにでも」

「ん」

「今日はありがとうございました」


 ぺこりと小さくお辞儀をして、待っていてくれたエリクのもとへ早足で行く。私が借りることを見越して早めに声をかけてくれたようだから、姉様の訓練が終わるまでには少し余裕があるけど。待たせてしまっているのに、のんびり歩いていくのも申し訳ない。

 魔法訓練場に向かいながら「何借りたの?」と訊いてくるエリクに、本の表紙を見せる。


「これ。前に同じ作者さんの読んだことあるんだけど、それでミミル先輩が教えてくださって」

「ふーん。かなり集中してたみたいだけど、面白い?」

「うん。なんというか、独特な雰囲気の本だよ。伏線もちゃんとあって読み応えあるけど、読みやすい文章だし」

「そっか、今度読んでみようかな」


 ……私、なかなか自然に会話できてるんじゃない?

 内心で自画自賛していると、エリクは本の表紙をじっと見た。


「……アンクリス・フェカ?」

「うん? どうしたの?」

「……いや、何でもない。気にしないで」


 そう言われると気になるんだけど。

 しかしエリクは答える気はないらしく、そのまま前を向いた。えー、と唇を少し尖らせつつ、私も前を向く。

 会話は途切れた。けれどこの前とは違って気持ちのいい沈黙で、こういうのもいいなぁ、と思う。穏やかな空気というか、少しほっとでき――


「ところでセレネ、準備はできた?」


 たと思ったのに、ここでその話題か!

 まさかこの流れで来るとは思わなかった……。


「あ、後で! 後でね! まだできてないから!」


 できたような気がしていたが、不意打ちを食らったら無理だ。

 むー……せっかく落ち着いていたのに、また緊張してきてしまった。駄目だな、本当。


     *  *  *


 訓練場で待っていた姉様は、へとへとだった。初日はかなり心配したが、姉様自身がとても満足そうでもあり、訓練の内容については何も口出ししないようにしている。

 私たちを見た姉様は、へにょりとした緩んだ笑顔で近づいてきた。


「あのね、今日は先生に褒められちゃったよ!」


 えへへー、と緩みきった顔の姉様。

 ……ただ褒められただけで、この反応? それだけに思えないのですが、何をしたんですかね先生は。

 不穏な気配を感じたらしく、セルジュ先生が顔を引き攣らせる。


「あー、今日は初めて、魔力が急に膨れ上がらなかったからな。……無茶な訓練はしていないから、そう心配しないでくれ」

「……わかっていますが、姉様の喜びようを見ると、疑いたくもなってしまいます」

「俺もここまで喜ばれるとは思ってなかった」


 戸惑っている様子の先生に、姉様は慌てて顔に手を当てた。


「え、私、そんなに喜んでました!?」

「どこからどう見ても喜んでるよ」

「そっかー……すごい嬉しかったのは本当だから、いいんだけど」


 エリクの呆れ声にもそんなお返事。……いいんですか。

 もしかしてこれ、姉様が攻略されるほうだったりしないよね? セルジュ先生に対する姉様の好感度が上がってるような気がするんだけど。

 そもそも……ゲームのシステム自体、何も関係なかったり、する?

 ……『ムーン・テイル』について説明書に書いてあることしか覚えてない、なおかつその記憶さえ確かじゃない私に判断できることではないか。セルジュ先生のルート、というものでは、こういう姉様が普通だったりするのかもしれない。もしかして、かもしれない、と考えていったところで、それはあくまで私の想像に過ぎないのだけど。


 ルナ様に最近悩みすぎと言われてしまったのは、こういうことなんだろうか。

 姉様が何か間違った選択をしているとは、今のところは思わない。だからやっぱり、私にできるのは姉様を信じてただ見守ることだけだ。

 わかってはいる、わかってはいるのだ。


「それじゃあ先生、また明日お願いします!」

「ああ、今日の感覚を忘れるなよ」


 姉様とセルジュ先生の会話に、はっと意識が持ち上がる。……考えても仕方ないことを考えるより、エリクに誕生日プレゼントを渡すことを考えよう。

 先生に挨拶をして、三人並んで帰り道を歩く。

 プレゼントを渡すタイムリミットは城に着くまで、か。


 気分が重くなってきたところで、こちらに向けられているかすかな魔法の気配に気づく。……これは、見られてる?

 エリクに視線を向けると、小さくうなずかれた。ということは勘違いではない、か。

 姉様が気づかないように無詠唱で魔法を使い、相手の魔法を相殺させる。加えて、嫌がらせもしようとして……流石に無理だと感じ、やめた。魔力が解放される前ならともかく、今の魔力でそんな微妙なコントロールをできるとは思えない。朝練のおかげで結構ましになってきたけれど……うん、まだ無理だ。

 エリクに口パクで「ごめん」と言うと、エリクが何かしてくれたようだった。


「あれ、二人ともどうかしたの?」

「いいえ、何でもありませんよ」


 いつもと違う雰囲気を感じ取ったのか、姉様が私たちの顔を見比べる。

 実はこういうことは、初めてではないんだよね。先月も一度あった。……まあ私たち三人は、よくも悪くも目立ってしまうし。

 直接城へ帰っているわけではないから、王女だとばれる可能性はそう高くないのだが……うーん、二度目ともなると、もっと何か対策をしたほうがいいか、と思う。


 あ、直接城へ帰っているわけではない、というのは、途中にある転移魔法が込められた魔法具(というより家と行ったほうがいいか)を経由しているからだ。

 転移石とは違って光は生じない。家の中のとある部屋の扉を開けたら、もう城の一室と繋がっている感じだ。魔力を登録してある人しかこの扉は使えないから、安全面での問題はない、はず。


「でも今、何か魔法使ったよね?」

「……え、ディアナ、わかるようになったの?」

「なんとなく……?」


 首をかしげる姉様。

 ……これは、魔力が解放された影響? 無詠唱で、注意しながら魔法を使えば、今までなら姉様に気づかれなかったんだけどなぁ。こちらを見ていた魔法には気づいていないようだから、察知能力はまだそれほど高くはないのだろうけど……。


「大したことではありませんから、お気になさらずに」


 笑顔を浮かべれば、姉様はむぅっとした顔をしていたものの、それ以上何も訊いてこなかった。姉様の優しさにつけこむのは卑怯だとは思うが、姉様の心に余計な負担をかけたくない。

 とは言っても。伝えないのも、私とエリクが対処できなかったときには危険か……。

 そう結論付け、正直に告白することにした。


「すみません、こちらを窺っている何者かがいたので、ちょっとお灸をすえただけなんです」

「えっ……全然気づかなかった」

「かすかなものでしたしね」

「でも僕たちの魔法に気づけたってことは、これから段々そういうのにも気づけるようになると思うよ」


 そうかなー、と姉様はしょんぼりとつぶやく。ああ、せっかく先生に褒められたことで嬉しさ全開だったのに……。



 そんなこんなで、城に着いてしまった。

 渡さないという選択肢は、すでに私の中から消えている。けれど、どう切り出すべきか……。普通に誕生日おめでとうと言えばいいんだろうか? でもここまで待たせてしまったのだし、もっと何か言ったほうがいいかなぁ。


「じゃあ私は部屋に戻るね! エリク、また明日ー。セレネはまた後で」

「え、姉様?」


 姉様はさささっと立ち去ってしまった。もしかして、私が緊張しないようにですか……? ありがとうございます、でも姉様がいてくださったほうが安心して渡せた気がします!

 ……よし、渡すぞ。

 と思ったのに、エリクと目が合って固まってしまう。なんだか知らないけど、いや十中八九緊張のせいだと思うけど、顔が熱くなっていくのを感じた。

 よし、出直そう!

 ついさっきとは真逆のことを考えて、鞄に伸びていた手を戻す。


「セレネ?」


 そんな私に、にっこりとエリクが笑う。何か言いたいことは? とでも言いたげなその笑みに、慌てて鞄の中からハンカチを取り出す。だってここで渡さなかったら後が怖い気がして!


「う、あ、朝も言ったけど、誕生日おめでとう!」


 ありがちな言葉とともに、プレゼント渡しはあっさりと終了した。……うん、毎年こうなのだ。私の馬鹿。

 買ったふりをするために、ベルにハンカチ専門店に行ってラッピングをしてもらった。ラッピングだけなんていう注文は受け付けていなかったけれど、何枚か他にハンカチを買ったので、何とかしてもらえた。白い箱に、上品なつやつやの青いリボンが結ばれている。


「開けていい?」

「……どーぞ」


 もとから開けるつもりなんでしょ、訊かなくていいのに。

 リボンをほどき、箱を開けたエリクは軽く目を見開いた。しげしげとハンカチを見つめ、「……この刺繍はセレネがしたんだよね?」と確信を持った訊き方をしてくる。

 なんでわかるの……。ひとまず首を横に振ってみた。あ、やばい、耳がすごく動いた気がする!

 ああうう、もう、絶対ばれた。


「渡したから! 私! もう行く!」

「あ、ちょっと待って」


 立ち止まる気なんてなかったのに、つい体が止まる。


「ありがとう、嬉しい」


 ……短い言葉だけど、本当に嬉しがっているのが伝わってきて。

 またまたつい振り返り、目に入ったのはその、なんというか、すっごく笑顔のエリクだった。とろけるようなというか、うん、嬉しそうで何よりですけどこっちの恥ずかしさが限界なので逃げるねごめん!

 返事もできずに走り去る。


 うぅ……来年こそは、ちゃんと渡そう。







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