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姉様の幸せのために  作者: 藤崎珠里


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22/74

22 それぞれのお題と一位

 エリクの手を取って、姉様はゴールに向かって走り出した。それを見ていた人たちは、ざわざわと騒ぎ出す。


「姫と騎士(ナイト)だ……!」

「え、もしかして初っ端から『好きな人』お題!?」

「俺のディアナさんが……」

「ディアナちゃーん、エリクくーん、頑張ってー!」


 ……待って。俺のディアナさんって言ったの誰。出て来い。

 なんて、本来は叫びたいところだけど。緊張と不安で、それどころではなかった。エリクが選ばれてしまった今、お題が『好きな人』でないことを祈るしかない。

 うん、『美少女(男子)』ってお題かもしれないよね。そうだと思おう。……ないよなぁ。いや、お題を考えたのはベラちゃんだから、有り得るかもしれない。ああでも、やっぱりないかな……。


 ぐるぐると考えている間に、姉様はエリクと共に一番にゴールした。お題が書かれた紙がベラちゃんに渡される。


『わ~、早いですねぇ。ではお題を読み上げまーす。お題はー……!』


 そこで切って、ベラちゃんは楽しそうにきょろきょろ周りを見る。うぅ、私も楽しめる立場でいたかったよ……。なんだかお腹も痛くなってきてしまった。

 お腹に手を当てて、続く言葉を待つ。

 ベラちゃんは、マイクを口元に持っていった。大きく息を吸う音が聞こえる。



『――好きな人!』



 そ、っか。

 うつむくと、弱々しく垂れ下がる自分の耳が目に入った。ああ、平気なふりをしなきゃいけないのに。


『あちゃー、最初からこのお題が出てしまいましたかー。それでディアナちゃん、エリクくんを連れてきた理由は何ですか?』


 ……姉様のことだから、そこに恋愛感情が一切ないということはわかっている。それでも……ううん、それなら、私を選んでくださってもよかったのではないですか?

 姉様がエリクを選んだ、という事実はショックだけど、私を選んでくれなかった、というのも少しショックだった。

 マイクを手渡された姉様は、『えっと……』と困ったように首をかしげる。


『本当は妹を連れてこようとしたんですけど、怪我をしてるので……。だったら、同じくらい好きなエリクでもいいや、って』



 ……ん?

 いや、えっと、えっと? え、ちょっと落ち着かせて。


 ……姉様がエリクを選んだの、私のせいか!


 自業自得!? 優先順位的に私が上だったってことは嬉しいけど、すごく嬉しいけど……! なんだろうか、この複雑な気持ち。(うーうー)


『妥協みたいな感じで言われたエリクくんから、一言どうぞー』


 ベラちゃん、辛辣……。

 マイクを受け取ったエリクは、苦笑混じりに答えた。


『それでこそディアナ、って感じですね』

『わあ、なんだか大人な発言ー。……すっごく嬉しそうにしている、ディアナちゃんの妹にも本当は話を聞きたいんですが』


 ベラちゃんがそんなことを言うものだから、近くにいた人たちの視線が一斉に向けられて、思わずぴしっと固まってしまった。

 ……すっごく嬉しそうに、してました? う、くすくす笑われた。


『まあ、時間も限られてますしー。えっと、好きな人の理由がちょっと残念ですけど、妹と同じくらい好きって言われちゃったら認めないわけにもいかないので。ディアナちゃん、見事一位でーす』


 パチパチ、とまばらな拍手が起きる。まだ競技の途中だしね。

 簡単なお題だった人が少しずつ、ベラちゃんのところへ向かっていく。泣きそうな顔で走り回っている人は、一体なんのお題だったんだろうか……。


『お名前はー? あ、ジルガさんですか。ジルガさんのお題はもやしでした! 見事二位です』


 ……え、もやしあったの? どこに? もうちょっとそこに突っ込んでほしいな、と思ったが、次の人が待っているのでそんな余裕がないらしい。残念。

 なんて、どうでもいいことを考えている場合ではなかった。


 私の代わりとして連れて行かれたことを、エリクはどう思っているんだろうか。それでこそディアナ、という発言からは、エリクの気持ちはよくわからない。……そういう姉様だからこそ、好きってこと?

 でもエリクって、姉様のどんなところも含めて好きだと思うんだよね。私と同じで。うん、だから……きっと今も、やっぱり好きだなぁとか再確認してるんじゃないかな。私と同じで。

 ……はあ、エリクに直接訊けたら楽なのに。訊かなくてもなんとなくわかっちゃうけど、それはそれで結構つらかったりもする。


『あー、使用済みの鬘! 貸してくださる方がいてよかったですねー。えーっと? あ、リノンちゃん、七位でーす。これにて、一組目は終了となりました』


 なんだその鬼畜なお題……! そんな軽い反応で終わらせるベラちゃんひどい! あ、そもそもお題を作ったのベラちゃんだから、この反応も普通なの、かな?

 でもリノンちゃん泣きそうだよ……。こういうのをネタにできなさそうな、真面目な子に見える。

 リノンちゃんはCクラスの生徒だったようで、姉様に親しげに話しかけられていた。おそらく慰められたのだろう、更に泣きそうになりながらこくこくと何度もうなずいている。


 そして、姉様が話しかけたからには、もちろんエリクも話しかけるわけだが。

 エリクに何か言われたリノンちゃんは、顔を真っ赤に染めてあわあわとし始めた。遠目から見ても、その表情は恋する乙女のそれだとわかるもので。

 ……え、何、そうなんですか?

 そ、そうだよね、エリク女子から人気あるんだもんね……。あう、でもちょっと待って、今大分精神的ショックが。

 いや、わかってる。エリクは誰に何を言われようと、姉様一筋だよね。そう、私が何をしたって、エリクが姉様一筋なのは変わらないはず。そうじゃないと私が許さない。……でもそれだとやっぱり、私に希望なんて全くないわけで。ああもう、私面倒臭い!


 駄目だ、このままだとドツボにはまっちゃいそう。

 これ以上余計なことを考えないようにするため、ぶんぶんと頭を振る。


「……大変ね、色々」


 はっと隣を見ると、笑いをこらえようとして全くこらえられていないナタリーちゃんの姿が。しばらくどう返事をしようか迷って、結局口をちょっと尖らせてみせた。


「大変ですよ、色々」

「ぷっ……ふ、ふふ、あはは、あー可愛い。ほんとウチの妹と交換したいわー」


 ナタリーちゃんは私の気持ちに気づいているんだろうか。訊いてうなずかれてしまったら怖いから、まだ訊かないでおこう。……訊く日が来るかはわからないけど。


「あ、次マリーもやるみたいね。でもつまんないわ、もう『好きな人』が出ちゃったし」

「好きな人より、使用済みの鬘のほうがきついと思うんですが……」

「あれはたぶん、ベラ自身もまずったと思ってるはずよ。そんなに受けなかったでしょ?」


 そもそも借り物競争に受けとか必要あるんですか。

 そんな言葉は飲み込んで、「そうですね」とうなずいておく。盛り上がるのは大切だと思うけど……受ける、とかそういうのはどうなんだろう。でもきっと鬘だって、クラスのムードメーカー的な存在の人が引いたら面白かったんだろうなぁ。


『では、二組目の人たちのスタートでーす。いきますよー? よーい、どんっ!』


 最初の組の人たちのお題を知ってしまったからか、なんだか皆どんよりとした表情だった。心なしか走る速さも遅い気がする。……好きな人くらいなら予想してただろうけど、流石に使用済みの鬘はね。

 マリーちゃんも例に漏れず、非常に嫌そうな顔のままお題の箱のもとへ行った。

 さて、お題は何だろうか。ちょっと身を乗り出してマリーちゃんを見ると、お題を引いたマリーちゃんは固まった。遠くからでも、悲壮感というか絶望感というか……そういうものが伝わってくる。

 ……そんなにひどいお題を引いたんだろうか。


「何引いたのかしら」


 対して、ナタリーちゃんはわくわくと目を輝かせている。


「……すごく難しいお題であることは確かですよね」


 何も言えずに固まるって、相当だろう。

 マリーちゃんは縋るようにベラちゃんを見る。それに気づいたベラちゃんは、にっこりと満面の笑みを浮かべた。うわあ、すごくいい笑顔。

 諦めたのか、マリーちゃんはきりっとした顔で深呼吸をする。そして、三年生の座っているほうへ走り出した。……向かってるのは、Aクラス? え、まさか。いやいや、まさかね。

 マリーちゃんはある人の前で立ち止まると、がばっと勢いよく頭を下げた。


「お願いします、一緒に来てください!」


 途端に、辺りがざわめく。


「うわ、会長にとかあの子勇気ある……」


 誰かがそんなことをつぶやくのが聞こえた。

 ……うん。マリーちゃんが頼み込んだのは、狐だった。『好きな人』とか『憧れの人』ってお題が、また出たんだろうか。でも狐大好きなベラちゃんのことだから、狐しか当てはまらないようなお題を作った可能性もある。

 どちらにしろ、マリーちゃんにとってはきついお題だろう。よく見えないが、狐はおそらく不機嫌そうな顔をしているはずだ。そしてよく聞こえないが、マリーちゃんがぺこぺこ必死に頭を下げていることから、すげなく断ったのだろう、ということもわかる。……もっと近かったら会話とかもちゃんと聞こえたのになぁ。(ちょっと残念)


『コーレイさんのお題は栗の実でしたー。一位です』


 わ、一位の人がもうゴールした。栗の実って簡単だし……と思ったけど、体育祭で栗の実をこんなに早く見つけてくるのは難しいのか。感覚が麻痺してるだけだね……。

 そんな間も、マリーちゃんは狐に頼み続けている。


「マリーならシャルル様が嫌がるのはわかってるはずだから、きっとベラが、シャルル様しか当てはまらないお題を作ったんでしょうね。ベラはシャルル様の不機嫌そうなお顔も好きだし……ま、ウチも好きだけど」

「ああ、やっぱりそうですよね。これって、き……生徒会長が嫌がってついてきてくださらなかったら、どうなるんでしょうか?」

「……さあねー。でもそんなことにはならないと思うわ」


 確信を持って放たれたその言葉に、私は目を瞬かせてしまった。


「伊達に、長い間シャルル様の非公認ファンクラブに入ってないってことよ」


 自信満々に、ナタリーちゃんは笑った。

 ……すごいな、そこまで言い切れるの。たぶん狐はナタリーちゃんたちのことを認識していない。それでもナタリーちゃんたちのほうは、狐のことを本気で好きで、よく見ていて。だから狐のことを理解しているんだろう。


 そしてその言葉どおり、狐がしぶしぶと立ち上がったのが見えた。ざわめきが大きくなる。ナタリーちゃんは「ほらね」と自慢げに少し胸を張った。

 嫌がっているのは丸わかりだが、一度やると決めたからにはちゃんとやりきりたいのだろう、狐はマリーちゃんの手を引っ張ってゴールに走り出した。女子の悲鳴は聞こえるし、マリーちゃんは狐に触られてるせいか放心状態だし……これもう借り物競争じゃないでしょ。違う何かだ。


『……まさかマリーちゃんがこれ引くなんて。はい、文句なしの二位です! お題は、生徒会長でしたー』

『くっ、ベラ、後で覚えててね!?』


 大声だったせいで、マリーちゃんの声がマイクに少し入り込んだ。『え、今の入っ……』と更に小さな声で続く。……どんまいだ、マリーちゃん。

 狐は何かを言った後、すたすたと歩いて席まで戻っていった。何を言われたのか、後でマリーちゃんかベラちゃんに訊いてみよう。


「いやー、楽しかったわね、借り物競争」

「……まだ終わってないですよ?」

「マリーが終わったら、終わったも同然よ。ウチ的に」

「うーん、確かに……これからはただのんびりと見ていられますね」


 親しい人以外がどんなお題を引いても、こっちがハラハラしたりすることはないだろう。……さっきの、リノンちゃんの使用済みの鬘は別だけど。ああいうお題がまだまだあるとしたら、そうのんびりと見てもいられないのかもしれない。

 それにしても、と私は狐のほうを見た。

 あの狐がこんなことに協力するなんて。馬鹿馬鹿しいとか言って、鼻で笑うんじゃないかと思っていたのに。


「一つ言っておくけど」

「はい?」

「生徒会長って、生徒たちの投票で決まるんだから」


 ナタリーちゃんはまたも自慢げに胸を張る。

 狐はナタリーちゃんたちにとって、大好きで尊敬すべき存在であるとともに、誇りでもあるんだろうなぁ。少し違うかもしれないけど、私にとっての姉様みたいな存在なんだろうか。


「ちょっと女嫌いだけど、ちゃんと優しいのよ。……妹と親友以外には、あんまりそういうところを見せないけど」


 ……それでも生徒会長に選ばれるってことは、二、三年生は狐のことをわかってるってことか。


「そういえば、以前も言っていましたか……生徒会長の親友ってどなたなんですか?」

「ああそっか、あんたは知らないわね。シャルル様の親友は魔力がないから、学院には通ってないの。シャルル様と同じ狐の獣人だけど……その、びっくりするほどお優しいわよ。心配になるくらい。で、シャルル様の妹の婚約者」

「婚約者!?」


 思わず大きな声を出すと、「なにびっくりしてるの」と怪訝そうな顔をされる。


「貴族なんだし、そんな珍しい話じゃないでしょ。まあ、学院に通う貴族には婚約者はあんまりいないけど」


 それはわかっているけど、身近に婚約している人なんていないし……。いや、関わっている人の総数が少ないせいもあるんだろうけどね。

 妹と親友にだけ優しい、か。身内には甘くなるってことなのかな。それでも、さっきのマリーちゃんのような場合はちゃんと助ける、と。……でも、姉様に『生徒会長は困ってる生徒を助けなくちゃいけない』って言われるくらいだしなぁ。よくわからない。


「関係ない話だけど、生徒会長って呼び方長くない? 会長でいいんじゃないの?」

「あ……う、そうですね。今度から会長と呼ぶことにします」


 あえて生徒会長と呼ぶことで、ちょっと嫌味感を出していたのに。いいんだけどね、別に……。


『これにて、借り物競争はおしまいでーす。楽しんでいただけましたかー?』


 ベラちゃんの声に、ノリがいい人たちは「おー!」と叫んだり拍手をしたりしている。わわっ、ナタリーちゃんと話している間に終わってしまった。

 私も楽しめたのは確かなので、それに便乗してパチパチと手を叩いてみた。……ショックなことも多かったけど。

 借り物競争の人たちがぐったりとしながら退場して、今度は長距離走の人たちが入場してくる。借り物競争の最中に招集がかかっていたみたいだ。


 あ、エリクだ。

 ……応援はしたくない。したくない、けど。一応心の中で頑張れ、と言って見ていると、こちらに気づいたエリクは笑顔で手を振ってきた。

 何その、私が応援してるのなんてわかってるよオーラ!

 手を振り返してやるのはちょっと癪に障るので、知らんぷりをする。


「手、振られてるわよ」

「……知ってます」

「振り返してあげたら?」


 ……ま、まあ、ナタリーちゃんがそう言うなら。

 小さく手を振り返せば、エリクは手を振るのをやめてコースに入った。まるで振り返すのがわかってて、それを待っていたようではないか。うー、本当悔しい。


『位置について……よーい、どん!』


 声がベラちゃんじゃなくなってる。ってことは、もう戻ってくるのかな。姉様とマリーちゃんも一緒かもしれない。

 それをわくわくと待ちつつ、長距離走を見る。長距離走って、なんだかそんなに盛り上がらないよね。長いから、最初頑張って応援してた人たちも疲れちゃうんだろう。

 ……と、思っていたのだが。


「うわぁ、すごいわね」

「…………」

「ほら、あんたも応援したら?」

「……いえ、もう十分でしょう」


 よっぽど大声を出さない限り、私の声はエリクまで届かない気がする。なんで今日は、エリクが人気だってことこんなに思い知らされるのかな……!

 エリクくーん、とか、エリクちゃーん、とか。そんな応援の声しか聞こえない状況だ。女子の黄色い声援に混じって、案の定というかなんというか、男子の声援も聞こえてくる。騎士っていうよりアイドルなんじゃないの、これ。


 ……この中にはきっと、リノンちゃんのように本気でエリクを好きな子もいるんだろうなぁ。


 それをやだな、と感じてしまう自分が嫌になる。

 気持ちを伝えられもしないくせに。


「応援なんてなくてもぶっちぎりで勝ちそうね」

「エリクですから」


 ベラちゃんの言葉に、即座に答える。

 私たちの……姉様の護衛が、こんなことで負けるなんて有り得ない。エリクの努力は、ずっと昔から見てきたし。人間なのに獣人の先輩方に勝ててしまうのは、さすがエリク、と言うしかない。……本当に人間なんだろうか、って疑いたくなるよね。

 二番目の人と、半周差はありそうだった。ペースが乱れず、苦しそうな顔もしていないのがすごい。息は流石に少し切れているみたいだけど、あくまで少しだ。


「……いつ見てもかわいいわねぇ」

「エリクですから」

「そっちじゃないんだけどね。まあ、エリク君だからって言うのは正しいけど」


 ナタリーちゃんは意味深な笑みを浮かべて、それ以上何も言わなかった。


「セレネー!」


 大声援の中で、姉様の声が聞こえた。

 たたたっと走ってきた姉様は、私の前で止まって「一位だったよー!」と嬉しそうに笑った。後ろからは、マリーちゃんとベラちゃんが言い争いながら歩いてくる。言い争いというより、マリーちゃんが一方的に文句を言って、ベラちゃんがのらりくらりとかわしている、と言ったほうが正しいかもしれない。

 笑顔の姉様に、私も笑顔を向ける。


「おめでとうございます、姉様」

「……あのね、ほんとにセレネを連れていきたかったんだからね? そんな顔されちゃうと、無理してでもセレネを連れていけばよかったって思っちゃ……あ、無理するんじゃなくて無理させるのか。うー、でもでも、セレネに無理させるわけにはいかないし……と、とにかく、ごめんね!」


 そこまで一気に言った姉様は、すごく申し訳なさそうな顔をしていた。

 ……姉様にそんな顔をさせてしまうなんて。笑顔を作っていた自覚はなかったんだけど、やっぱり上手く笑えてなかったってことかな。

 うぅ、私本当に駄目だな。

 反省しながら、姉様に言葉を返す。


「いえ、姉様にああ言っていただけて嬉しかったですよ。捻挫がなければ一緒にゴールできたと思うと、残念ですが……で、でも、言っても仕方ないことですし! それより、エリクの応援をしましょう?」


 嫉妬とか、そんな感情を姉様に悟られたくない。

 姉様は一瞬困った顔をして……それから、笑ってくれた。


「そうだね! でも、もうちょっとでゴールしちゃうみたいだよ?」


 え? とエリクのほうに目を向ければ、もう少しでゴールのところまで確かに来ていた。いやいや、さすがに早すぎ、だよね? 何周目かは数えてなかったし、もう一周残ってる可能性もある。

 ……まあ、体育委員がゴールテープを張って待ち構えてるんだけどね!

 エリクが速すぎて恐ろしい。後ろの人と一周差できてない?


 ゴールテープを切ったエリクに、辺りから歓声が上がる。隣の姉様も「わー!」と声を上げて、嬉しそうに拍手をした。

 ……姉様もエリクも一位なら、私も一位取りたかったなぁ。

 軽く拍手をしながら、そんなことを思う。

 三人で一緒がよかった、という気持ちもなくはないけど。というかたぶん、その気持ちも大きいんだろうけど。

 こんなことを考えても、何にもならないことはわかっている。でも、一位を取れたのだとしたら、それはきっと足をくじいていないということで。姉様は、エリクじゃなくて私を選んで。


 私がこんな嫌な感情を抱くことは、なかったのに。









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