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姉様の幸せのために  作者: 藤崎珠里


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21 仲直りと選んでほしくない人

 保健室に着いて、ラウナ先生にヘルガの怪我の処置を受けてから。私はヘルガに、ちょっとすみません、と断りを入れて、捻ったほうの足を先生に見せた。


「……これは、後から大分腫れそうだな」


 出された足を動かしたり触ったりして私の反応を確かめてから、先生は眉をひそめた。


「冷やした後、一応包帯を巻いておこう」

「え、冷やすだけにしようと思っていたのですが……」

「諦めろ」


 きっぱりと言われてしまった。

 うぅ、包帯巻かなきゃいけないのか。それで戻ったら、姉様とエリクに怪我をしたことがばれてしまうじゃないか。あ、しかも、うさ俺様には保健室に行くほどではありませんって言っちゃったし……きっと気にするよね。誤魔化そうとした私の自業自得か。(がっくし)

 ラウナ先生に渡された氷嚢を、足首に当てる。冷たい。……そういえばこの氷も、魔法で作ってるんだろうな。


「……捻挫、してたのね」

「はい」


 何を言えばいいのかわからなかったので、ただうなずく。そこで会話は終わってしまって、沈黙が訪れた。

 保健室に来る途中も、私たちは一言も発さなかった。お互い、なんとなく気まずかったのだ。


「あ、ヘルガは先に戻っていていいですよ。私はしばらく冷やさなければいけませんから」

「わたしが付き添ってもらったんだし、最後までいるわ」

「なんだかもう、私がヘルガに付き添ってもらっている感じですね……」

「別にいいのよ。どうせ暇だもの」


 ……一応、学年対抗の体育祭なんだけど。気持ちはわかるので苦笑してしまう。姉様とマリーちゃん、エリク、ナタリーちゃんが出る競技は、全部午後にあるし。それ以外はまあ、見なくてもいいかなとか思っちゃうんだよね。同じクラス、というか同じ学年の人のことを応援すべきなんだろうけども。

 やっと少し会話が続いたと思ったのに、また沈黙に逆戻りした。

 すると、目の前にお茶が入ったコップが差し出された。


「今日は暑いだろう? 水分補給をしっかりな」


 ラウナ先生はそう言って微笑んだ。ありがとうございます、とそれを受け取ると、先生はもう片方の手に持っていたコップをヘルガに渡した。


「まあ、その、なんだ。頑張れ、よ?」


 少し恥ずかしそうにしながら、自分の椅子に戻っていく先生。

 ……やっぱり、ラウナ先生って格好いい上に可愛いんだよなぁ。ついぷっと笑ってしまって、それを誤魔化すようにお茶を飲む。あ、緑茶っぽくておいしい。最近は紅茶とかハーブティーとかしか飲んでいなかったから、懐かしい感じがした。お茶はよく冷えていて、火照っていた体に気持ちよく染み込んでいく。

 こく、こく、と私とヘルガがお茶を飲む音だけが聞こえる。……外から歓声とか応援の声は小さく聞こえてくるんだけどね。

 よし。先生にも頑張れと言っていただいたことだし、ちゃんとヘルガと仲直りしよう。(喧嘩したわけではない、と思うけど)


「……ヘルガ」

「っん!? げほっ、うっ」

「わっ、すみません!」


 タイミングが悪かったようで、ヘルガは咳き込み始めてしまった。

 苦しそうに咳き込むヘルガをおろおろしながら見ていると、少し収まったのか「何を言おうとしてたの?」と訊かれる。

 う、咄嗟に謝ってしまったけど、元々言おうとしてたことと被って言いづらい。


「えっと……今違う意味で言ってしまったんですが、すみませんと言うつもりでした」

「さっきのことなら、謝る必要なんてないわよ?」

「訊かないほうがいいってわかっていたのに、つい訊いてしまったので……そこは謝らなくてはいけないな、と」

「……そこは?」


 ヘルガは訝しげに眉をひそめる。


「そこは、というか。もうこの気まずい雰囲気が嫌になってしまって、それなら私も謝ってお互い様ということにしちゃおう、みたいな?」


 そんな軽い気持ちで謝ったわけでは、もちろんない。でもこのほうが、謝罪を受け入れてもらえるような気がした。

 とにかく早く、この雰囲気をどうにかしたいのだ。


「ヘルガは私に何も言わなかったし、私は何も訊かなかった。そういうことにはできませんか?」


 無理やりな解決法だとは思うが、これが一番手っ取り早いのではないだろうか。

 ちょっと首をかしげてみせれば、ヘルガは黙り込む。そして一口お茶を飲んでから、呆れたような表情でうなずいた。


「わかったわ」


 でも、と続ける。


「これからも、変なこと言っちゃったりすると思うの。そういうときは、ああまたこいつ変なこと言ってる、って思ってくれて構わないわ」

「え、思いませんよ?」


 色々悩んでるんだな、とは思うかもしれないけど。

 そもそも、ヘルガの言葉は変というより、不思議な感じがするのだ。変と不思議の違いは説明に困るが、ヘルガの言葉を馬鹿にしたり呆れたりすることはない、と言い切れる。変なことだったら笑ってしまうだろうけど、そんな気持ちには全くならないのだから。


「……ありがと」


 小さな声でぼそっと言ってから、ヘルガは何事もなかったかのように「足はどんな感じ?」と尋ねてきた。


「残念ながら、大分痛いですね……」

「なら、後でディアナと一緒にテランスに話しに行かなきゃいけないわね」

「やめてください!?」

「ふふ、冗談よ」


 冗談に聞こえない!

 そこでふと、今のやり取りに違和感を覚えた。いや、元どおりに戻って嬉しいんだけど……そうじゃなくて。

 なんだろう、と少し考えて、気づいた。


「ヘルガって、フィーランドさんと仲がいいんですか?」

「え? 全然。話したこともないわよ」


 きょとんとするヘルガに、じゃあ今のは聞き間違いだったのかな、と思う。ヘルガとうさ俺様には、そもそも接点がないもんね。ヘルガがAクラスに来ることはまずないし。


「フィーランドさんのことをテランスと呼んでいた気がしたので……でも気のせいだったみたいですね」

「……あー、うん。無意識に呼んでた、かもしれないわ。わたし、人を家名で呼ぶの苦手だから」


 確かに、『フィーランド』より『テランス』のほうが呼びやすい。けれどやっぱり違和感は拭えなくて、「そうですか」と相槌を打ちながら内心で首をかしげてしまった。

 ……まあいっか。別にちょっと気になっただけだったし。


「そろそろ戻りましょうか。フェリクスさんも心配しているでしょうし」

「そうね。……あ、今のは戻ることに対してだから」

「はい、わかってます」


 フェリクスさんのことは関係ない、と言いたいのだろう。それが本心かはともかく、そういうことにしておきたい、というのはわかった。


「先生、氷嚢はここに置いておきますね」


 さあ帰ろう、と椅子から立ち上がる。


「……ちょっと待て。その前に包帯を巻くぞ」


 ぎくっと身を強張らせると、肩に手を置かれた。包帯を巻かずに戻ろうとしていたのは、ばれていたらしい。

 先生、気づくのも動くのも早いです……!


     *  *  *


 生徒席に戻ると、私たちに気づいた姉様が駆け寄ってきた。もちろんエリクも一緒に。


「ヘルガ、大丈夫? ……あれ?」


 一応、包帯を巻いたほうの足は隠すようにして立っていたんだけど。やっぱりそれくらいでは、姉様の目は誤魔化せなかったみたいだ。


「セレネも怪我してたんだ……。だ、大丈夫!? 歩ける!? か、肩つかまってね!」


 慌てる姉様は、とても可愛い。

 ほわん、と癒されていると、ヘルガがちらっと私を見た。


「この子、あなたたちに心配かけたくないからって、包帯しないつもりだったのよ」

「ヘ、ヘルガ!」


 まさかの裏切りだ! というかそもそも、姉様たちに心配かけたくないからって話したっけ? 私がわかりやすいだけなんだろうか……。

 ヘルガの言葉に、エリクは眉をひそめる。


「……二人三脚中に足捻ったのは、見ててわかったからね?」

「え」


 上手く隠してたつもりだったのに。しかもあれくらい離れてたら、足捻ったとか普通わからないでしょ……。流石はエリク、ってことなのか。

 しかし、気づかれていたのだとしたら、ちゃんと包帯をしてきてよかった。じゃなかったら怒られていただろう。

 ほっと安心していると、エリクはおもむろに私の頭に手を伸ばした。唐突な行動だったので、避けられなかった。


「うひゃっ!?」

「怪我を隠そうとした罰だよ」


 み、耳を! 卑怯だ! 罰って言ったって、ただ楽しんでるだけなんじゃない!?

 エリクは私の耳を優しく数回なでて、満足げに腕を下ろした。うぅ、触られていたのは数秒だったけど、どっと疲れた……。


「……私も悪かったけどさ、これはやりすぎじゃない?」

「そう?」

「長距離走、応援してあげないからね!」

「ああ、応援してくれるつもりだったんだ。ありがとう」


 飄々としているエリクに、ただ唸ることしかできない。

 ……もともと、応援してあげないという言葉は嘘で、応援するつもりはあった。

 けどさ、こういうふうに言われると応援したくなくならない? 応援してやるもんかっ、という気になってしまう。……するけど! 結局は応援しちゃうけど!

 ああもう、なんだか負けた気分だ。


「セレネは怪我してるんだから、そんなことしちゃだめだよ!」


 眉を吊り上げる姉様。可愛いだけで迫力は全くない。


「はーい。ごめん、セレネ」


 姉様にも言われてようやく、エリクは心がこもっていない謝罪をしてきた。そんな謝罪なら、してもらわないほうがいいんだけど。

 ……まあ、心配をかけたのは確かだ。そんな謝罪でも、許してあげないこともない。


「……痛くもなかったし、別にいいけど」


 ちょっとそっぽを向くと、今度は姉様の手が伸びてきた。でも姉様は、エリクのように耳に触ることはない。優しく優しく、私の頭をなでた。

 触るところはエリクと違うけど、手つきはそっくりで。……はあ、やっぱり負けた気分。


「よし、席戻ろっか。私の肩つかまっていいからね!」

「ありがとうございます。でも私、保健室からここまで歩いてきたんですよ?」

「……あ、ほんとだ」


 笑って言えば、姉様は目をぱちくりさせる。


「なんだぁ」


 その声が残念そうに聞こえたので、そっと姉様の肩につかまってみる。途端に顔を輝かせる姉様だったが、何かに気づいたのかぶんぶんと首を横に振った。


「あのね、セレネの怪我が軽かったのは嬉しかったんだよ? 今のはね、最近セレネから触ってもらってない気がしたから、触ってもらえたらもっと嬉しかったのになぁ、って思っただけなの!」


 どうしよう、姉様が可愛い。

 緩んでしまう顔を隠しもせず、私は姉様にぎゅっと抱きついた。そうですね、学院に入る前と比べたら、姉様に触れる回数が減っていたかもしれません! 姉離れを目指していたのなんて、もう過去の話だ。


「……君たち、注目を集めてるってことに気づこうか」


 エリクは呆れた顔をする。はっとすると、確かに周囲の人から視線を向けられていた。……そういえば、『姫』と『騎士(ナイト)』は目立つんだった。その二人と一緒にいて、なおかつ『姫』のほうに抱きつけば、そりゃあ注目を集めるだろう。

 姉様と私は慌てて体を離した。


「は、早く席戻ろう!」

「そうですね! あ、でもAクラスとCクラスの席って遠いですよね……」


 マリーちゃんたちがいるので寂しくはないが、少ししょんぼりしてしまう。

 姉様はふふっと笑った。


「セレネの席に私たちが行くよ。もうちょっとでお昼ご飯だし。一緒に食べようね?」


 そっか、別に自分の席にいなくちゃいけないってわけじゃないんだ。立ち話している人たちもいるし。

 はい、とうなずけば、にこにことまた頭をなでられた。


「……やっぱり、獣人って癒されるわね」

「でしょ?」


 ヘルガとエリクのこそこそ話が聞こえた。……え、私の今の言動のどこに癒し要素があったの? 姉様のほうにはたっぷりだったけど。


 午前最後の種目は、障害物競走だ。

 競技を見ながら席に向かっていると、ルカ君を見つけた。地面に広げてある網をくぐっているところだった。体が小さい分動きもちょこまかとしたものになっていて、微笑ましい。跳び箱を軽やかに跳び、高さがばらばらになっているハードルの下をくぐり。

 が、順調だったのはそこまで。と言っても、残りの障害物は一つだけである。

 高い位置に吊るしてあるパンを取ろうと、ルカ君はぴょんぴょん何度も跳んでいる。小人のルカ君には非常に難しい……パン食い競争だった。


「どうしたの?」

「いえ、ルカ君が出ていたので……」


 首をかしげる姉様にそう答えると、「あ、ほんとだ」とルカ君のほうを見る。

 あれじゃ不利すぎると思うんだけど……ルカ君のところだけ、低くしてくれたりしないのかな。あー、パン食い競争までは一位だったのに、どんどん抜かされていく。

 パン食い競争って、障害物なの? 一つの競技として独立させたほうがいいと思うんだけど。そもそも、手も使っていいパン食い競争はパン食い競争と言えるんだろうか。

 見かねた体育委員が、パンの位置を下げに来た。


「あーあ、絶対拗ねるわよ、あれ」


 ヘルガが顔をしかめる。

 ……拗ねる?


「もしかしてルカ君って、背が低いことを気にしてるんですか?」

「小人族は基本そうよ? 巨人族だって、女性の場合は背が高いことを気にしてる人が多いし」


 小人族が数センチという大きさじゃないのと同じく、巨人族も何十メートルの背だったりはしない。低くて百九十センチ、高くて二メートルちょっとくらいだ。

 だけど、そっか。そういう種族だから気にしてないのかと思ってたけど、仕方ないことだからこそ気にするんだね。

 無事パンを取れたルカ君は、のろのろとゴールする。……表情は見えないけど、うん、拗ねてるね。どうせ最下位なんだし、って思いが透けて見える走りだ。

 ルカ君がゴールしたことで、ようやく次の組がスタートした。あ、これが最後の組なのか。

 いつの間にか立ち止まっていたので、席に向かって歩き出す。


「……思ったんですが、あの人たちがゴールしたらもうお昼ですし、席に戻らなくてもいいのでは?」

「うーん、それはそうだけど……。あ、お弁当教室に置いてあるよね? 私が取りに行ってくるから、セレネは座って休んでて!」

「え、大丈夫です! 包帯なんてしていますけど、全然痛くないんですから!」


 慌てて断れば、「じゃあ、私が心配だから座ってて」と姉様は微笑んだ。


「僕も一緒に行くよ。……アウアーさん、セレネをよろしく」

「任されたわ」


 校舎へ向かっていく二人を追いかけようとしたら、ヘルガに腕をつかまれてしまった。

 いや、うん。包帯してても歩くたびに痛かったから、座って休めるのはありがたいんだけど。だけど歩けないわけでもないし、こんなことでわざわざ姉様に動いていただくのは……!

 悶々としていると、ヘルガが呆れ声を出した。


「足、大分痛いんでしょ? 素直に甘えておきなさい」

「……痛かったのはさっきまでですよ。今はそんなに痛くありません」

「そんなの嘘だって、あの二人だって気づいてるわよ」


 ……ですよね。私だって、姉様とエリクがこういう嘘をついたら、すぐ気づける自信があるもん。


「エリクが私を残したのは、私相手だったらあなたが無理しないって思ったからでしょうね」


 思わず口からため息がこぼれた。お見通しすぎて悔しい。

 姉様の前でも、エリクの前でも、私は心配をかけまいと多少の無理をする。だけど、ヘルガの前だったら別だ。ヘルガだけじゃなくて、マリーちゃんたちの前でも。

 誰にだってできるだけ心配をかけたくはないけど、『友達』相手ならそれもまあいいかな、と思えてしまう。姉様とエリクは……なんというか、説明する言葉は見つからないけど、特別な存在すぎてそういうふうには思えないのだ。


「さ、肩つかまって。体重思いっきりかけていいからね」

「はい。すみ……いえ、ありがとうございます」


 謝罪の言葉を飲み込んで代わりにそう言えば、ヘルガは満足げに笑った。


     *  *  *


 姉様たちに加え、マリーちゃんたちも一緒に、私を含めて七人というそれなりに大人数でお弁当を食べた。教室に戻って食べている人も多かったけど、私たちは生徒席で。……うん、私の足のせいです。でも普段と違う特別な感じがして、楽しかった。

 それに、体育祭だから、と母様がたくさんにんじんを入れてくれていて幸せだったしね! にんじんが嫌いらしいナタリーちゃんは、少し顔をしかめていたけど。


 ふう、お腹いっぱいだ。

 ちょっと食べすぎちゃったかも、と思いながらお弁当箱を閉めると、姉様が立ち上がった。


「走ってるときにお腹痛くならないように、散歩してくるね!」

「あ、じゃあ、あたしもご一緒していいですか?」


 姉様に続き、マリーちゃんも立ち上がる。

 ああそっか、借り物競争はお昼終わったらすぐなんだっけ。……体育祭のお昼休みって、長く取るべきだと思うんだよなぁ。四十分間だと、お腹休めも満足にできない。


「もちろんいいよー」


 にこにこと了承した姉様は、ふと表情を曇らせた。


「……でも、さっきから思ってたんだけど、なんで私にだけそんな丁寧な話し方なの?」

「う、そこ突っ込みますか」

「突っ込む!」


 姉様が勢いよくうなずくと、マリーちゃんは「うーん」と首をひねる。


「特に理由らしい理由もないんですけど、なんだかディアナさんは神々しいというか。あたしごときが普通に接していい人じゃない気がして」

「こ、神々しい……? 私、普通の人だよ? そもそもセレネのお姉ちゃんなんだし」


 マリーちゃんの褒め言葉に、姉様は困惑げに返した。

 まあ、神々しいというのはわからなくもない。本物の女神であるルナ様よりも、女神らしい気がするし。

 でも、自然と出てくる言葉じゃないよね。……いつも狐を褒めている弊害だろうか。


「できれば普通に話してほしいな」

「ぜ、善処します」

「……散歩しながら、いっぱいお話しようね!」


 引きつった顔のマリーちゃんと、にっこり笑う姉様。これは帰ってきたら普通に話すようになってるんだろうな、と確信する。



 しばらくお喋りして過ごした後、借り物競争の招集の放送がかかった。生徒は席に着いてください、と言われたので、エリクとヘルガはCクラスの席のほうへ戻っていった。


「わたしも行ってくるねー」


 手を振るベラちゃんに、いってらっしゃい、と手を振り返す。

 ベラちゃんは借り物競争のお題を読む係らしい。……お題を作ったのもベラちゃんなんだよね? どういうお題があるんだろう。楽しみだけど、ちょっと怖い。姉様とマリーちゃんに簡単なお題が当たるといいな。(どきどき)

 皆がいなくなって、残ったのは私とナタリーちゃんだけだった。

 入場門に集まっている人たちを見て、ナタリーちゃんは楽しそうに口を開く。


「好きな人ってお題、絶対あるわよね。マリーが引いたら面白そうなんだけど」

「え、マリーちゃんって好きな人いるんですか!?」


 驚くと、「違う違う」と笑いながら否定される。


「シャルル様のことよ」

「……そういう意味で好きなんですか?」

「まさか! ただの憧れよ。けど、好きな人って訊かれたら真っ先に思いつくのはたぶんシャルル様だから。選ぶのは友だちでもいい、って気づけば別なんだろうけど、マリーはあれで頭が固いから無理でしょうね」


 ……な、なるほど。好きな人っていっても、そういう好きな人を選ぶ必要はないのか。だとしたら、好きな人ってお題はそんなに怖いものでもないね。

 というか、気づかなかった私も頭が固いんだろうか……? でも好きな人って言われたら、その、そっちの意味での好きな人が浮かぶよね? 私だって、姉様よりもエリクが浮かんじゃうくらいだし。

 ……うわ、自分で考えて恥ずかしくなってきた。

 恥ずかしさに一人もだえていると、借り物競争の人たちが入場する。


『始める前に、競技の説明をしまーす』


 あ、ベラちゃんの声だ。説明もベラちゃんの役割なのか。


『お題は一人一つ取ってくださーい。そのお題にそったものを、一番早くゴールまで持ってきた人が優勝でーす。でも、お題が人のときは、お題の内容をゴールに着くまで誰にも言ってはいけません! あ、それから、ゴールしないのは駄目です。持ってくるのが嫌なものでも、なんとかお題に合ったものを持ってきてくださいねー。それではー、よーい、どん!』


 誰にも言ってはいけないってきついんじゃないかな……。お題の内容によっては、借りられるのを嫌がる人もいるだろうし。わからないなら借りられたくないんじゃないだろうか。

 ベラちゃんの掛け声とともに魔法の音が鳴って、最初の組の人たちがスタートする。……あ、姉様だ! 他の人よりも一テンポくらい遅れて走り出していた。

 数メートル先にいる体育委員が持っている箱から、皆それぞれお題を引く。


「はあ!?」

「げっ!」

「なにこれ!」


 はずれ(ある意味当たり?)を引いたらしい人たちが大声を上げた。それを見て哀れむようだったり、ガッツポーズをしていたりする人は、きっと簡単なお題だったんだろう。

 お題がものだった人は、「金縁の眼鏡持ってる人ー!」とか、「もやしどこ!?」とか叫んでいる。……もやし? 体育祭でそんなものあるんだろうか。

 そんな人たちとは違い、遅れてお題を見た姉様は、ちょっと考えた後一直線に目的のものがあるらしい方向に歩いていった。姉様、一応これは競争なのですが……。まあ、この感じなら走らなくても平気そうだけど。


 姉様が歩いていったのは、Cクラスのほうだった。お題はなんだったんだろうか。人だった場合……エリクか、ヘルガか。

 ……もしかしたら、『好きな人』なのかもしれない。こういうイベントが、ゲームになかったとは思えない。『好きな人』で選んだ人の好感度が上がる、とか。

 そうだとしたら……エリクは選んでほしくない。だって、好きな人に『好きな人』として選ばれたら、たとえゲームの世界でなくても更に好きになってしまうだろう。エリクは姉様のことがずっと前から好きなのに、そんなことになってしまったら。

 私はもう、どうすればいいのかわからなくなる。


 どうかヘルガでありますように。


 二人三脚のときとは違った緊張に、ぎゅっと拳を握りしめる。

 しかし、そんな願いも虚しく。


 姉様が選んだのは、エリクだった。










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