02 魔法学の授業と心の傷
入学式の次の日。仲間はずれにされて拗ねていた私は、昨日のうちに、エリクのお手製キャロットケーキによって機嫌をすっかり直していた。
だって、大好物のにんじんと、ケーキが組み合わさってるんだよ? これで機嫌を直さないほうが難しい。それに、エリクのキャロットケーキは、どういうわけか他のキャロットケーキとは味が違う。普通のキャロットケーキもおいしいが、やっぱりエリクのものには負けるのだ。
ということで、今日も姉様とエリクと一緒に学院へ行くことにした。昨日のことを踏まえて早めに城を出てきたので、ゆっくりと歩いている。
早い時間だからか、周りを見ても魔法学院の生徒は少ししかいない。
「そういえば一時間目の授業って、魔法学?」
エリクの言葉に、私はうなずく。昨日の先生から聞いた話だと、そうだったはずだ。
姉様は忘れていたのか、はっとした顔をした。だがその顔は、すぐに不安そうなものに変わる。
エリクは、姉様の様子を気遣いながら、しかしそれを表情に出さずに微笑んだ。
「一緒のグループになれたらいいね」
「……私、クラスが違うんだけど」
誰のせいでこうなったのか、エリクは忘れてないだろうか。いや、別にエリクのせいではないんだけどね? やっぱりエリクのせいでもあるというか。
そういえば、どうして私を仲間はずれにしたのか訊いていない。訊いてみよう、と口を開いたとき、エリクが先に私の言葉に答えた。
「魔法学の授業は、学年全体でやるよ?」
え?
思わぬ言葉に、言おうとしていたことが頭から吹っ飛んだ。
学年全体、ということは、姉様と一緒に授業が受けられるのだろうか。でもエリクの口ぶりでは、グループに分けるみたいだし……。グループの人数によっては、姉様やエリクとなれる可能性もあるが、どうなのだろう。
「エリク、一グループが何人かわかる?」
「五、六人じゃなかったかな。だから、一緒になれる可能性は結構高いね」
一年生全体の人数が、百十人ちょっと。少ない、と思う人もいるだろう。私もそうだった。生まれたときから周りに魔法を使える人がたくさんいたから、ほとんどの人が魔力を持っていると思ってたんだよね。だけど実際は、あまりいないらしい。魔力がある人が魔法学院に通わなくてはいけないのは、そういう事情があるからなのだ。
それは置いといて。百十人の中で五、六人なのは、高いと言えるのだろうか。そこまで低くもない、のかな?
うーん、と考えていると、姉様が私に笑いかけた。
「セレネと一緒になりたいな」
「はい、姉様っ。私も姉様と一緒のグループになりたいです!」
少し強張ってはいるが、相変わらずの輝かしい笑顔。これのおかげで、一日頑張ろうと思える。あ、何だか姉様と同じグループになれる気がしてきた!
姉様ほどではないが、私も結構単純だ。
「……僕と一緒になりたいとは言ってくれないの?」
「姉様がいれば、それで十分だし」
「私はエリクとも一緒になりたいよ!」
慌てたように、姉様は付け足す。それでも本心からの言葉だとわかるから……いいな、と思った。「ありがとう」と微笑むエリクを見て。
私も姉様のように、素直になれたらいいんだけど。エリクがいてくれたらもっと嬉しいよ、と本当は続けたかった。たぶん、言った後に恥ずかしくて悶えてしまうだろうけども。私がそんなことを言っているところは、自分でも想像がつかない。
姉様がいれば十分だという言葉に、嘘はないしね。だから、まあいいのだ。……うん、いいんだ。
そんなことを思っていたら、なぜか姉様とエリクに苦笑いされた。ついでのように、エリクには頭をなでられる。
それだけで嬉しくなってしまう私は、やっぱり単純だ。
「ってだから、耳は触るな!」
* * *
帽子をしっかりとかぶり、杖を持つ。準備はオーケーだ。さっそく魔法訓練場に向かう、としたいところだが。
忘れてはいけない。私は方向音痴なのである。魔法訓練場? そこどこ? な状態だ。姉様もエリクも私のことはよく理解しているので、迎えに行くから教室で待っているようにと言われた。むぅ、言い返せなかったのが悔しい。
「セレネ!」
呼ばれたので教室の入り口を見ると、姉様がいた。後ろにはエリクもいる。
よし、次からは一人で行けるように、頑張って訓練場までの道を覚えよう! 毎回迎えに来てもらうのは申し訳ないからね。
そう思いながら二人のほうに小走りで行くと、エリクにじろじろと見られた。
「よし、セレネはちゃんと帽子も杖も持ってるね」
それだけで、何があったのかわかってしまう。
だがそれがあっているとは限らないので、一応尋ねてみる。
「もしかして、姉様は帽子と杖を忘れてたの?」
「当たりー。信じられないよね、魔法学の授業で必要なのは、その二つだけなのに」
ついうなずいてしまうと、姉様が頬を膨らませた。
「もう、二人ともひどいっ!」
「あ、いえ、その……ごめんなさい」
何かを言おうとしたものの、結局謝ることしかできなかった。……ちょっとエリク、笑ってないで君も謝ろうよ。
ぷんぷんと可愛らしく怒る姉様に癒されながら(え、癒されちゃ駄目かな?)、私たちは訓練場に向かった。
訓練場には、もう結構な人数が集まっていた。私たちは少し遅かったようだ。まだチャイムが鳴っていないから、遅刻ではないが。
最初はクラスごとに並ぶようなので、姉様たちとは別れる。
Aクラスはどこだろう。きょろきょろ辺りを見ていると、あのうさ俺様の姿を見つけた。ということは、あそこがAクラスだ。顔を覚えておいてよかったぁ。
うさ俺様が並んでいる列の、一番後ろに並んでみる。
すると、近くの男の子が私に声をかけてきた。
「ルーナさん、これは教室の席順みたいだよ」
「あ、そうなんですか。ありがとうございます」
こんな子Aクラスにいたっけ? と失礼なことを考えながら、うさ俺様の後ろに入る。うさ俺様の教室の席は廊下側の一番前だ。そのため、うさ俺様が列でも一番前。私は二番目となった。
……なんかなぁ。
眉をひそめてしまってから、慌てて通常の表情に戻す。
前を向くと、自然とうさ俺様の姿が目に入るのだが。こっちを見るな、という、オーラというか。そういうのを出しているわけだ。
見たくて見てるわけじゃありませんよ? というか、貴方を見ているんじゃないですから。
と、言えたらどんなにいいか。話しかけたらもっと機嫌が悪くなりそうだから、言わないけど。
でもこの人、今日の授業どうするんだろう? グループでやるから、どうしても誰かとしゃべることになると思うのだが。うさ俺様と同じグループになる人たちは大変そうだ。
と思ったところで、チャイムが鳴る。
「さて、チャイムが鳴ったところで、これから授業の説明を始める。最初に自己紹介をしておくな。俺はセルジュ・シヴィード。一年Cクラスの担任だ。担当教科はわかると思うが、魔法学だ」
……そう思ったのが駄目だったのか。ねえ、駄目だったの?
「以上が、各グループにつける教師だ。教師の出した課題に、協力しながら取り組むように」
協力なんてできるの!?
魔法学の担当の先生の言葉に、心の中で思わず叫ぶ。
……はっ、この先生、一年Cクラスの担任だって言ってた? ということは、姉様の担任。攻略対象である可能性が高い、というか、見た目的に間違いなく攻略対象だ。警戒しなきゃ。でも名前は何だっけ。グループが発表されたときのショックで、先生の名前を忘れてしまった。
いや、そこまでショックなグループではないんだけど……さ。
何かね、うさ俺様がいるんだよ。同じグループになった人は大変そうだな、と他人事のように考えたのに。まさか同じグループになるなんて。
名前がわからないのに、なぜうさ俺様が同じグループだとわかったか。それは、テランス・何とかって名前が呼ばれたとき、ほとんどの人の視線がうさ俺様に向けられたからだ。
昨日の彼に話しかける人の多さから、たぶん有名な人なんだろうとは思っていた。でも学年のほとんどの人が知ってるって、すごいね。
まあ、そんなことはどうでもいい。
なぜなら、姉様と同じグループになれたから! 私の勘も、案外侮れないものである。エリクがいないのが残念だが、姉様と一緒になれただけで十分だ。……一応、『ショック』の中に、エリクと同じグループになれなかったことも含まれてはいるけど。
……あれ? 私のグループの担当の先生って、誰だろう。聞いていなかった。
「セレネ、同じグループになれたね!」
「姉様」
姉様が駆け寄ってきた。
そうか、姉様と一緒に行けばいいんだ。姉様のことだから、先生の話をちゃんと聞いていたはずだ。
「ラウナ先生のところ、早く行こっ」
私たちの先生は、ラウナ先生というのか……。名前的に、女の人かな。
姉様についていくと、そこにはやっぱり女の先生と、うさ俺様を含めた三人の生徒がすでに集まっていた。……え、何だか美形ばっかりなんだけど。これってもしかして、全員が攻略対象ってことだろうか。いやいや、まさか……違う、よね?
「遅いぞ、セレネ・ルーナ、ディアナ・ルーナ」
「「すみません」」
先生の言葉に、二人で頭を下げる。他の人たちは私たちとは違い、すぐにラウナ先生の元に向かったのだろう。
顔を上げて、ラウナ先生を見た私は……ぽかんとしてしまった。
さっきはよく見なかったから、てっきり黒に近い色だと思っていたのだが……ラウナ先生は、完璧な黒目黒髪だった。綺麗な黒髪は、高い位置で一本にまとめられている。いわゆる、ポニーテールだ。
何というか……和風美人? ちょっと日本人に見えなくもない。
……こんな人が、この世界にいたんだ! と、感動してしまう。
だってだって、目も髪も黒い人なんて、滅多にいないんだよ。エリクの金髪碧眼は普通の世界でも有り得るが、この世界では青とかピンクとか、カラフルな配色の人が多い。私なんて、白い髪に赤い目だし。しかも赤と言っても、普通の赤とは違う色味だ。それに慣れてしまうと、日本人らしい容姿の人に本当に憧れるのである。
ラウナ先生をじっと見つめたまま、着物が似合いそう、などと考えていると、怪訝そうな顔をされてしまった。
「セレネ・ルーナ? 間抜けな顔をしてどうした?」
「す、すみません! 考え事をしていました」
慌てて返事をする。考え事は一旦中断しよう。
ラウナ先生は、私たちの顔を見回した。
「先ほどのセルジュ……先生の話でわかると思うが、私はラウナ・ヘルカ。保険医だが、一通りの魔法は使える。授業を始める前に、まずは簡単に自己紹介をしてもらおう。そうだな……セレネ・ルーナから」
「はい」
先生が私を指名したのは、問題児っぽいと判断されたからか。(そうじゃないといいな)
Cクラスの担任の先生は、セルジュ先生というらしい。覚えておこう。
ちなみに、先ほどから先生は私のことを『セレネ・ルーナ』と呼んでいるが、真ん中の名前……私でいう『ヴィーヴァ』は省略して構わないことになっている。真ん中の名前があるのは貴族の証なのだが、この学院ではあまり身分の差は関係ないからだ。
「一年Aクラスのセレネ・ヴィーヴァ・ルーナです。得意な魔法は風魔法です」
貴族であれば、魔法を使えるのはそれほど珍しくない。そのため、得意な魔法を言ったときの反応は特になかった。
先生の視線は次に、隣にいた姉様に向けられた。その視線の意味を受け取って、姉様は口を開く。
「一年Cクラスのディアナ・ヴァ――」
「姉様」
小さな声で、姉様を呼ぶ。ここで本名を言ってしまうのは、まずいだろう。『セレネ』と『ディアナ』が同じだと、あまり偽名の意味がないかもしれないけどさ。
私に呼ばれて、姉様ははっとしたように言い直した。
「ディアナ・ハーヴァ・ルーナです。魔法は苦手です」
……まあ、私はまだ何も言わなくていいか。
次に、うさ俺様が不機嫌そうに自己紹介をする。
「Aクラスの、テランス・ティモケ・フィーランドだ」
どこかで聞いたことがあると思ったら、公爵家の長男の名前だ。なるほど、だから有名だったんだね。
「ボクはBクラスのルカ・クラリーだよ。よろしくねっ!」
そう言って、ルカ君はにっこりと無邪気な笑顔を浮かべる。
種族は小人らしく、ぱっと見は小学校低学年だ。……そう。この世界での小人は、その年齢辺りから成長が止まる。見た目がおじいさんの小人とかは存在しないわけだ。
そして、前の世界の友達は「ルカ君超可愛い!」と言っていた。だからルカという人がどんな人なのか、気になっていたんだけど。……茜、君はショタコンというものだったんだね。
茜、というのは、わかるかもしれないがその友達の名前だ。同じ年の男子に興味がなさそうに見えたが、そういうことか。
「Cクラスのフェリクス・カアンでーす。いやー、こんな綺麗な子たちが同じグループなんて、超ラッキー!」
フェリクスさんは、そう言って私の手を握ってきた。いや、そこは姉様の手でしょう。そんなことをしたら、私がひっぱたいてやるが。
フェリクスさんはエルフのようだ。とがっているその両耳には、ピアスがつけてある。制服も着崩していて……えーっと、こういう人をチャラいって言うのかな?
何だか苦手な雰囲気だ。
「フェリクス・カアン。無駄口を叩くな」
呆れたように先生が言うと、フェリクスさんは「はーい」と唇をとがらせた。
以上が、私たちのグループ。
あれかな。ゲームを作った人が、ここで一気に攻略対象のキャラを出しちゃえ! とでも思ったのだろうか。だとしたら、私の代わりにもう一人キャラが出るはずだったんじゃ? それか、エリクが一緒になるとか……。
「では、自己紹介が済んだところで授業を始めよう」
ラウナ先生の言葉に、余計な雑念を振り払う。
「最初は、一番簡単な『火の玉』をやってみよう。皆、自分の魔力を感じることはできるな?」
それに対し、皆がうなずく。とは言っても、姉様だけは不安げにだったけど。姉様は魔力を感じるだけなら、それこそ息をするのと同じくらい自然とできる。
「魔力を体の外に押し出しながら……フ・バーロ」
ぽんっと小さな火の玉が、先生の指先に現れた。普通の大きさより小さい火のほうが、出すのは難しい。それをぱっとやってしまうとは、流石魔法学院の教師だ。
「これだけだ。一人ずつやってみろ」
うさ俺様(この言い方を気に入ったので、変えるつもりはない)は、つまらなさそうに呪文を唱える。たぶん私と同じで、呪文など唱えなくとも『フ・バーロ』くらいはできるのだろう。
うさ俺様の次にルカ君、その次にフェリクスさんが魔法を成功させる。
「次はディアナ」
ルーナまで一々言うのは面倒なのか、先生はそこも省略するようになった。
先生に指名されても、姉様は呪文を唱えようとしない。うつむいて、唇をきつく噛み締めているのがわかった。……やっぱり、まだ駄目なんだ。
姉様の手は冷え切っていて。しかし、汗をかいていた。その手を、できる限り優しく握る。
「姉様」
私の声に、ぴくっと姉様の手が動いた。
「大丈夫です。ここは、魔法学院です。先生もたくさんいます。私だって、ついています」
姉様が魔法学院に行きたいと言い出して。たぶん、一番心配したのは私だ。父様よりも、誰よりも、姉様のことを心配した自信がある。
だけど姉様の望みだから、父様に頼み込んだ。姉様が、変わりたいと願っているから。
「大丈夫。あの頃よりも、私は強くなっています。あのときのような失敗はしません。だから、大丈夫です」
大丈夫だと、何度も言い聞かせる。
私たちの様子を見て、ラウナ先生が尋ねてくる。
「セレネ。ディアナは魔法を使えないのか?」
今姉様への声かけをやめたくはなかったが、答えないわけにもいかない。
「その逆です。魔力が多すぎて、簡単な魔法でも暴走してしまうのです。……ラウナ先生。姉様の魔法が暴走したら、すぐに止めていただけますか?」
あのとき。姉様が初めて魔法を……『フ・バーロ』を使ったとき。それが暴走して、近くにいた私は火に巻き込まれた。水の魔法で火を消しても、すぐにまた燃え上がってしまって。他の人たちも止めようとしたが、結局父様が来るまで、姉様の暴走は止まらなかった。
幸い死者は出なかったが、あのとき人を傷つけたことが、姉様の心の傷になっているのだ。
先生がうなずいてくれたのを確認して、姉様に視線を戻す。
「ほら、姉様」
「……わかった。やってみるよ」
決心がついたのだろう。
姉様は大きく深呼吸をした。その間に、いつでも火を消せるよう、水の魔法の準備をしておく。私の最大出力でやらなければ、姉様の魔法を消すことなんてできないから。
そして姉様は手を前に出し、口を開いた。
「――フ・バーロ」
その瞬間、姉様の魔力が膨れ上がり、巨大な火の玉が出現した。
だが、それだけだった。
「……あれ?」
思わず、首をかしげてしまう。
今姉様が出した火の玉は、確かに巨大だ。だけどあのときは、火の玉、なんてものじゃなかった。
姉様自身も驚いたように目を見開いて、それからすぐに真剣な顔になる。火などの魔法は、使うよりも使った後に消すほうが大変だ。
ほどなくして、火の玉は霧散した。
「……できた。できたよ、セレネ!」
嬉しさに顔を輝かせて、姉様は私に抱きついてきた。
……できた。姉様が、魔法を暴走させなかった。
そのことをじわじわと理解していって、嬉しくてどうにかなりそうだった。とりあえず姉様を抱きしめ返して、二人で笑い合う。
「目の保養だねぇ」
「だねー」
……今、感動のシーンだったと思うんだけど。
フェリクスさんと、彼の言葉に同意したルカ君をちょっとだけ睨みつける。だけど怒りは嬉しさに負けて、結局また笑ってしまった。
ラウナ先生が、「ふむ」と手を口元に当てた。
「なるほど、魔法を暴走させるのもうなずける。あれほどの『フ・バーロ』を、久しぶりに見たな。……このグループの担当は、次の時間からセルジュに変えることにしよう。あれが暴走したら、私は止められる自信がない」
え、ラウナ先生のほうがいい……けど、もしかしてこれって、ゲームのシナリオなんだろうか。だとしたら、何も文句を言えない。セルジュ先生のほうが魔法の腕はいいようだし、セルジュ先生に魔法を教わることができるのは幸運なんだろう。
「とりあえず、今日はこのまま授業を進めることにする。次、セレネ。やってみろ」
あ、そういえば私、まだ魔法を先生に見せてなかったんだ。
* * *
――魔法学の授業が終わり、教室に戻ってから。
私は、震える体を腕で押さえつけた。
……大丈夫。
姉様にかけた言葉と同じものを、自分に言い聞かせる。
姉様に心配はかけたくなかった。だから言ったことがなかったが、私はあのとき以来、火が苦手になった。火を見るだけで息苦しくなって、体が勝手に震えてしまうのだ。火の魔法もあまり使わないようにしていた。
しかし今日、『フ・バーロ』を使っても全然平気だった。自分でも納得がいくレベルの魔法を使えたくらいだ。だから、もう克服できたのかと安心したのだが……震えは時間差でやってきた。
「……邪魔だ。体調が悪いのなら、保健室にでも行け」
驚いて顔を上げると、そこにはうさ俺様の姿があった。不機嫌そうな顔だったが、その目にはこちらを気遣うような色が宿っている。
ん? うさ俺様って、自分より劣ってる人とは口も利きたくないって言ってたよね。ということは、今日の授業で、私の魔法の腕を認めてくれたってことだろうか。魔法の腕に関しては、私も結構自信があるから嬉しい。
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」
お礼を言ってから、椅子に座る。
さて、次の授業は数学だ。教室移動はないから……少しだけ、休憩しよう。
そうすれば、きっと震えは止まるから。