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19 不安と初戦闘

 ――いつもどおりの、魔法学の授業。


「では、今日は『火の大玉(フ・グホン・バーロ)』をやってみよう。『火の玉(フ・バーロ)』よりも威力が強くなる分、制御が難しいだろうが……ディアナ・ルーナ、そんなに不安そうな顔をするな」


 セルジュ先生の苦笑に、姉様はますます顔をくもらせた。

『フ・グホン・バーロ』は、『フ・バーロ』や『火の弓(フ・アーク)』よりも魔力を多く使う分、先生が言った通り制御が難しい。魔力量が他人よりも多い姉様なら、尚更だろう。


「大丈夫ですよ、姉様。セルジュ先生だっていらっしゃるんですから」

「うん……そうだよ、ね」


 ……まあ、今回魔力が暴走したら、『フ・アーク』のときよりもまずいことになるだろうけど。だけどそれでも、きっとセルジュ先生が防いでくれるだろうと信じないと。


「じゃあ、まずはセレネ・ルーナがやってみてくれ」

「はい」


 一歩前に出て、的に向かって意識を集中させる。今回使う的には魔法無力化の魔法がかけられているので、危険は少ない。大幅に外さない限り、全部の魔法を消してくれるし。

 だからきっと、油断したのだろう。


「フ・グホン・バーロ!」


 火が、爆発した。

 私の近くに出現した火は、そのまま弾けとんだ。私はもちろん、近くにいた人々が皆、火に包まれる。

 先生が魔法を唱える声が、やけに遠く感じた。


 熱い。苦しい。


 だけど、私はいい。

 姉様は、どうなった?


 必死に視線を動かせば……エリクが、動かない姉様を抱えて、何か叫んでいた。

 そして私は、姉様に駆け寄って。


 ……ねえさま?

 どうして、目を開けてくれないのですか。どうして、息をしていないのですか。

 私の、せい?


 わたしが、ころしてしまった――?



     * * *



「――っ!」


 声にならない悲鳴が、口から零れた。

 息を荒げながら周りを見れば、私の部屋で。


「……夢、か」


 独り言は滅多に言わないのだが、あれが夢で、これは現実だとはっきりさせたくて、わざと少し大きめな声でつぶやいた。

 額に浮かんでいた汗を、手で拭う。


 よく考えてみれば、火に包まれていたら姉様に駆け寄りようがない。セルジュ先生の魔法だって発動していなかったし、『フ・グホン・バーロ』はすでに習った魔法だし、おかしいことだらけだったのだ。

 茜との会話の夢みたいに、夢の中で夢だと気づけたらよかったのに。


 動かなくなった姉様を思い出すと、ぶるっと体が震えた。

 あんな絶望、現実で味わいたくない。もしも姉様を殺してしまったら、私は生きていけないだろう。何かを考える間もなく、後を追ってしまう自信がある。


 時計を見れば、いつも起きる時間よりも一時間は早かった。また夢を見てしまうのが怖くて、二度寝する勇気は出なかった。

 ベッドから降りて、時間割や宿題を確認する。


 あんな夢を見てしまった理由は、わかっている。

 昨日の……魔力の解放が、原因だろう。昨日の動揺はきっと、姉様や他の誰かを傷つけることへの不安だったんだ。

 私の魔力は本来、今の姉様よりもある。姉様は今でも魔力の制御が大変なのに……その姉様よりも多くなってしまったら、どうなるか。


 自分だけが魔力の暴走に巻き込まれるのなら、まだいいのだ。しかし私は、一人のときに魔法を使うことなんてない。必ず誰かが傍にいる。その誰かを傷つけてしまったら……想像するだけで怖くなる。


 姉様はいつも、こんな不安に襲われていたんだ。


 そう気づいて、今まで軽々しく大丈夫などと口にしてきた自分に腹が立ってきた。

 早く謝りたくて……いや、笑っている姉様を見て安心したいという自分勝手な思いで、ちらちらと時計に目をやる。だけど時計の針はちっとも進んでくれない。


「……フ・グホン・バーロ、か」


 夢では言われてすぐに魔法を唱えていたが、実際はあんなふうにはできなかった。

『フ・バーロ』や『フ・アーク』でさえまだ少し怖いのに、それよりも大きな火を出す。そんなこと、簡単にできるはずもない。……まあ、魔力の使い方が上手い人は、『フ・バーロ』でも通常の『フ・グホン・バーロ』より大きな火の玉を出せたりもするのだけど。

 とにかく、恐怖心でためらった私に気づいて、セルジュ先生は最初に魔法を使う人をうさ俺様に指名し直した。


 フェリクスさんとルカ君も成功し、姉様も(姉様はまだ魔法の制御が甘いので、『フ・バーロ』の練習だったが)終わって、最後に私の番が来た。

 魔法自体は問題なく発動した。けれど身体は震えそうだし涙は出そうだしで、大変だった。姉様に心配をかけたくないので必死に抑えて、授業が終わったらすぐにトイレへ飛び込んだ。目はもともと赤いけど、涙のせいの赤みとの違いはすぐにわかってしまうから、他のことを考えて気を紛らわせ、涙を流さないように気をつけた。


 魔法の怖さは十分理解しているつもりだ。しかし、あくまでつもりなので、いつ気が緩んでしまうか自分でもわからない。実際、この間の姉様の魔力の暴走は、私の気の緩みも原因だったのだから。


「理解している『つもり』が、一番危ないよね」


 つぶやいて、自分の両頬をぱん、と叩いた。

 これからどんどん解放する、と言われたのだ。だとすれば、こんなふうに不安になっている暇があれば、魔力の制御の練習を始めたほうがいい。いや、始めなくてはいけない。

 昨日のあれで魔力が解放されたとは言え、まだ大幅に変わったというわけでもないのだ。少しずつ慣らしていけば、きっと暴走なんてしない。


「……そうと決めたら」


 時間割も宿題も問題なかったので、鞄をもとの場所に置く。

 まだ朝食の時間までは結構あるし、早速練習しに行こう。城には、魔法の訓練場もあるのだ。

 ぱぱっと身支度を済ませ、部屋を後にする。

 火の魔法をいきなりするのは怖いし、まずは風魔法から練習して……土魔法、は訓練場でやるのには適さないかな。今日は風メインで、火はちょっとでいいか。光魔法と闇魔法もいつかできるようになりたいとは思うけど、それは今優先すべきことじゃない。

 練習の計画を立てながら、私は訓練場へ向かったのだった。


     *  *  *


 ……失敗した! 思いっきり失敗した。


 今日が魔法実技の授業だってことが、すっぽりと頭から抜けていた。……直前に時間割確認してたはずなのに、馬鹿なのかな私。

 朝に結構な魔力を使ったが、一応ほとんど回復してはいる。けれど、そういう問題ではなくて。

 魔法を使うとき、確かに魔力は大事な要素だ。でももう一つ、何というか……気力? 精神力? 魔法はたくさん使うと、なんとなくそういったものがなくなるというか、内側から疲れるというか。とにかくそうなれば、魔法は失敗することが多くなる。

 前回は兎になっちゃうし、今回は最初から魔法が使いにくい足手まといだし……。もう本当にすみません。


 マロングという栗の魔物(すごくかわいい)を風魔法で切り刻む。うぅ、拷問だ。どうしてこんなに可愛い魔物ばかりなんだ。……国の近くの弱い魔物だからなんだろうけど!

 マロングが落とした栗の実を拾いながら、はあ、とため息をつく。


「何ですか、先ほどから。鬱陶しい」


 途端に、狐から冷え冷えとした目で見られた。


「しかも、マロングに対して火魔法を使っていませんよね?」


 思わず、ぐっと言葉に詰まってしまった。

 朝の練習で、火魔法を使うのに特に支障がないのはわかった。使わないのは……単に、疲れているだけだ。

 たぶん、この状態で何も問題なく使えるのは得意な風魔法だけだろうなぁ、と判断して。植物系の魔物に一番有効なのは火魔法だけど、風魔法もそれなりに効くので今の所風魔法しか使っていない。


「それは私も思ってたんだけど……大丈夫? セレネ」

「体調悪いなら早く言ってくれないと、万が一のときに僕たちも助けられないよ」


 心配げな姉様とエリクの言葉に、ますます押し黙ってしまう。不思議さんは今気づいた、とでも言いたげに、ゆっくりと瞬きをしてこちらを見つめてきている。その瞳にも心配の色が映っていて、更に申し訳なくなってきた。


 朝の練習の件は姉様にも話していない。少し言いづらかったので、ばれないように姉様が起きる前には部屋に戻って、本を読んで時間をつぶしていたのだ。

 魔法実技の授業がある、と思い出した時点で、話しておいたほうがよかったのはわかっている。……話さなかったのは、私のわがままだ。不安を、姉様に知られたくなかったから。


 でも、そうか。私が話していなかったせいで、誰かが怪我をする可能性があるのか。

 そんな簡単なことが思いつかない程度には、まだ動揺が残っていたらしい。ここで意地を張って何も言わないよりは、言って怒られたほうがましだろう。


「実は今日、魔法実技の授業があることを忘れていまして。朝にその、魔法の自主練習というか……結構な数の魔法を使ってしまったというか……」


 今日の課題は、栗の実を十個持ち帰ること。ニチリンソーと違い、マロングは毎回アイテムを落とすことはないので、十体以上倒しているにも関わらず、栗の実は六個しか集まっていない。

 その六個を集めるまで黙っていたという後ろめたさから、もごもごとはっきりしない声が出てしまった。


「……馬鹿ですか、貴女は」


 思い切り呆れている狐の声に、うつむきながら「すみません」と謝る。

 ……あれ? でも、意外なことに怒気は感じられない。内心首をかしげていると、姉様が納得がいったふうにうなずいた。


「そっか、朝から疲れてたのはそのせいなんだね」

「……なるほどね」


 きっとエリクは、私がなぜそんなことをしたか気づいたんだろう。どこか複雑そうな表情でつぶやいた。

 と、そのとき。私の横を、『フ・バーロ』がすごい速さで通り抜けていった。びくっとして後ろを見れば、燃え尽きていくマロング。ころん、と栗の実が地面に落ちた。

 それを狙ったのだとはわかる。わかる、けどさ……危なかったよね?


「先輩。セレネにもしも当たったらどうするつもりなんですか」

「ぼうっとしているのが悪いのです」


 エリクの非難の声に、今の魔法の発動者である狐はふん、と鼻を鳴らした。

 狐のことだから、きっと魔法のコントロールに自信があったんだろう。私に当たっていたとしたら確実に故意だが、そうではなかったし。


「エリク。き……生徒会長は、私たちよりずっと魔法が上手いんだから。私に当てたりするわけないよ」


 私の言葉を聞いて、姉様と狐が意外そうな顔をし、不思議さんはこくりとうなずいた。

 うわ、危ない危ない、狐って言っちゃうところだった。(ひやひや)


「……ふーん?」


 エリクはぶすっとした表情で、首を傾けた。

 ……あ、私を心配して言ってくれてたのに、狐を庇ったのは駄目だったか。いや、庇ったんじゃなくてただ事実を言っただけだけど、結果的に狐を擁護する感じになってしまったし。エリクにとっては面白くなかっただろう。

 しかも私、これまで狐にはことごとく反発してきたしなぁ……。

 えーっと、と言葉を探す。けれど上手い言葉が見つからなかったので、仕方なくありきたりなセリフを口にした。


「ごめんね、エリク。心配してくれたのに」

「いや……別にいいよ。セレネが言ったことは確かに事実だし」


 はっとしたように、エリクは苦笑いした。しかしすぐに真剣な表情になって、狐を見据える。


「ですが先輩。もしセレネとディアナを傷つけるようなら、ただでは済みませんから」

「……貴方がたは本当に、似た者同士ですね」

「幼馴染だからでしょう」

「ふっ、私に威嚇している暇があるのなら」


 フ・バーロ、と狐が使った魔法は、こちらに向かってきていたニチリンソーを的確にとらえた。



「――もう少し、周りに気を配ったほうがいいのでは?」



 そう言って、狐は(あで)やかに微笑んだ。

 ……綺麗すぎて何だか悔しいんですが、と思わず顔が引き攣ってしまう。神様って不公平だ。いや、それはまあ、ルナ様に会った時点でわかっていることだったが。


『もしセレネとディアナを傷つけるようなら、ただでは済みませんから』


 先ほどは聞き流してしまったエリクの言葉が、なぜかぱっと耳に蘇る。

 セレネとディアナ、って。話の流れ的に私を先に言ってしまうのは仕方ないけど、エリクはどちらかというと姉様の護衛なんだから、姉様を先に言ったほうがよかったんじゃないかな。もしも私たちが同時に危険な目にあったとき、姉様を先に助けなきゃ許さないんだけど?


 とは言っても……やっぱり、私の名を先に言ったことが嬉しくもあって、だね。

 うぅ、複雑だ。というか、名前の順番とかそういう細かいことを気にしちゃうのって、もしかして気持ち悪い? はっ、とりあえず喜んでるのがばれないように耳を止めとかなくちゃ!

 ぐっと耳に力を入れて姉様やエリクの様子を窺ったが、何も気づいていないようだった。(ほっ)

 こっそり胸をなでおろしていると、狐が辺りにさっと目をやった。


「そろそろ戦闘を再開しましょう。……ああ、貴女は足手纏いなんですから、何もしないでくださいね。自分のことにだけ集中しなさい」


 先ほどの微笑みが嘘のように、いつも通りの仏頂面だ。しかし、今の言葉は要するに『下手に戦闘に参加すると危ないから、自分の身だけ守っていろ』ということだろう。

 ……どうしたんだろう私。自分でもびっくりなんだけど。狐のことを全否定せずちょっと冷静になるだけで、よくここまで好意的に受け止められるものだ。

 姉様やエリクについて何か言われたら、冷静でいられる自信はないんだけどね。でもきっと、狐だって私の性格を理解し始めているだろうし、これからも付き合いが続く相手と気まずくなるようなことはしないだろう。


「では、お言葉に甘えることにします」

「……本当に、この間からどうしたんです?」

「何も? 私からすれば、生徒会長のほうこそ変わられたように感じますが」


 訝しげな狐の声に、小さく微笑む。

 実際、狐も変わった気がするのだ。

 今のこの関係は、私も狐もほんの少しだけ変わった結果。これ以上の関係になることは全く望まないし、そもそもそうなることはないだろうなとは思うけど。

 ……もしも万が一、億が一、姉様が狐と恋人になったときのために、仲良くしといたほうがいいかも? 未来のお義兄様……うわ、すっごい嫌な響き。狐に対しては絶対使いたくないな。

 いや、誰に対してもお義兄様とか言いたくないんだけども。……エリクがお義兄様、とかもやだなぁ。


 そんなことを考えながら、無詠唱で『風の手(ヴェ・マイン)』を使い、ニチリンソーが落とした薬草を回収する。薬草を集めることは課題ではないけど、あるならあるだけいいものだからね。

 課題完了まで、残りは栗の実三つか……。



「あの!」


 姉様が、ぎゅっと拳を握って口を開いた。視線は真っすぐに狐のほうを向いていて。


「次に魔物が出たら……私が、倒してもいいですか」


 その言葉に、私は思わず目を見開いた。

 ……そう。姉様は、今日もまだ魔物を一匹も倒していない。この間とは違い、魔法は使っているのだが、ためらいからか一発も当たっていないのだ。そんな気持ちで魔法を使われるのは迷惑です、と狐に言われてからは、姉様は敵を探したり、攻撃を避けたりすることにだけ集中していた。

 けれどおそらく、私も魔法を禁止されてしまったから。姉様の気持ちはしっかり定まったのだろう。

 一瞬驚いた顔をした狐は、少々の沈黙のあとにうなずいた。


「貴女にできるのであらば」

「……できる、とかは、言い切れないんですけど……」


 うつむいた姉様は、すぐに顔を上げた。


「でも、強くなりたいんです。セレネを守れるくらいに」

「……それは、随分長い道のりですね。まあ、精々頑張ってください」

「はい! ありがとうございます!」


 姉様はぱあっと顔を輝かせてお礼を言ったけど、違うと思います。今、馬鹿にされていませんでしたか?

 私のむっとした雰囲気を感じたのか、狐はちらっと私を見た。


「大人しく守らせてくれるようには見えませんから、苦労するでしょうね」

「たぶん、そうなると思います。だからこそ頑張るんです」


 にこにこしながら言った姉様に、むっとした気持ちが消え去った。

 ……大人しく守られたりはしないけど、もしも姉様が完璧に魔法を使いこなせるようになったら、守られるしかないんだろうな。



 少し歩いて魔物を探せば、すぐにマロングが見つかった。

 この国の周りの魔物はマロング、ニチリンソー、チェンランの三種が主で、しかも結構……えーっと、何だっけ。エンカウント率? が高い。たまに他のグループに先を越されたりもするけれど、たくさんのグループが魔物を倒しても、魔物に遭遇できなくて課題が終わらなかった、なんてことにはならないのだ。

 ……これがゲーム世界の不思議、ってものなのかな。


「姉様、大丈夫ですか?」


 険しい表情でマロングを見つめる姉様に、心配になって声をかける。その表情を崩さないまま、姉様はうなずいた。

 エリクと私が姉様を心配しているのとは違い、狐と不思議さんはそんな様子もなく辺りを窺っている。あのマロング以外に警戒しなくていい状況、というのは、姉様の初の戦闘にはいいだろうけど。ちょっとは心配してくださってもいいんじゃ?


 こちらに気づいたマロングは、ごろごろごろごろっと転がって向かってきた。姉様は一歩足を踏み出し、それと対峙する。


 マロングはそのまま止まらずに、「くるくるぅっ」と可愛らしい鳴き声を上げて姉様に体当たりしにいった。運動音痴の姉様と言えど、軌道が読みやすい上に遠くからの攻撃だったので、思わず拍手したくなるくらいさっと軽く避ける。

 が、勢い余って転びそうになったのを見て、ひやっとした。て、手出しはしちゃ駄目なんだよね? ああもう、心臓に悪いっ!


 姉様はすぐに立て直し、両手を前に突き出した。魔力が集約する気配がする。そのときにはすでに、マロングは転がっていた勢いで一度上に飛び上がって方向転換し、もう一度姉様へ向かって転がりだしていた。

 姉様の『フ・バーロ』の命中率はそれほど高くない。動いているマロングに、どうやって魔法を当てるのか……。

 とは言っても、マロングは体の正面に向かって転がってくる。それなりの距離まで引き付け、真っ直ぐに魔法を発動させれば確実に当たるのだ。


「フ・バーロ!」

「あっ」


 つい小さな声を上げてしまった。

 姉様、まだ早いです!

 現に、魔法に気づいたマロングは避けてしまった。しかし姉様はめげずに、もう一度魔法を使うタイミングを見計らっている。……ちゃんと、今魔法が当たらなかった理由を理解していればいいんだけど。

 少し不安になったが、今度はマロングを引き付けてからにするようだ。

 しかし、あまり引き付けすぎると、自分にまで火の粉が飛んできてしまうこともある。大丈夫かな、とはらはらしながら見守った。

 今使った『フ・バーロ』は、魔力が安定していた。同じようにすれば、次も何の危険もないはずだ。当たりはしなかったが、実戦で魔法が成功したのだから、姉様も自信がついたのではないだろうか。


 マロングとの距離が二メートルほどになったとき、姉様はもう一度手を前へ出した。


「フ・バーロ!」


 ぼうっと、姉様から出た火の玉は、転がってきていたマロングが避けようとする間もなく当たった。心なしか、先ほどの火の玉よりも大きかった気がした。

 マロングは火に包まれ、甲高い声を上げながら消えていく。

 生き物が、死にゆくときの声。姿。

 その原因となった姉様が、今感じたことは何だろう。


 マロングが消えたとき、栗の実は出てこなかった。

 それを確認して、姉様はふっと詰めていた息を吐いた。


「……姉様」


 声をかければ、頼りなげに揺れる瞳がこちらを向く。

 何と続ければいいのか悩んだのは一瞬で、その瞳を見た途端に、自然と口から言葉がこぼれていた。


「やりましたね」


 そう言って微笑めば、姉様の顔がくしゃっと歪んだ。涙をこらえるように目をつぶって、それから何度もうなずいた。

 そっと近寄ると、姉様は少しぎこちないながらも笑顔を浮かべてくれた。


「でも次は、セレネを不安にさせないようにするから」

「……気づいていたのですか」

「うん。不安な雰囲気いっぱい伝わってきたよ? だから二回目は絶対に外しちゃいけないと思ったんだ」


 知らないうちに、姉様に気を遣わせてしまっていたらしい。でもそのおかげで、本来よりもすんなり初戦闘が終わったのかもしれないし。結果的にはよかったのかな?


「ねえセレネ」


 姉様は私の耳に顔を近づけてささやいた。


「これから、朝の魔法の練習は一緒にやりたいんだけど……いいかな」


 朝の練習をこれからもやるなんて言っていない。それなのにそう確信している姉様の言葉に、思わず目を見開いてしまった。

 結局は、私が今日の朝に魔法の練習をした理由を、エリクだけでなく姉様も気づいていたということなんだろう。



 敵わないなぁ、と思いながらも、私は「もちろんです」と返事をしたのだった。









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