17 方向音痴と似た者姉妹
……迷った。
人気のない廊下で、呆然と立ち尽くす。
え、嘘。第二理科室って今日行ったばっかりだし、三回くらいは行ってるから場所覚えてると思ってたのに。自身満々だったのに。
きょろきょろと周りを見ながら、ため息をついた。
……自分の方向音痴を侮ってたね、うん。
これはないなぁ、と自分自身に呆れて、乾いた笑みが漏れる。
あれだ。私みたいな方向音痴って、ただの方向音痴じゃない。自分の方向音痴具合をわかっていないただのバカだ。何度道に迷っても学習できない。……あ、自分で言ってて落ち込んできた。エリクにも「自分の方向音痴を、もっと自覚しようよ」って言われた気がする。いつだったっけ?
まあ、それは置いといて。
なぜこんな状況なのかというと、だ。
昨日、ノーヴェ語の小テストが受けられなかったことが原因である。その小テストを受けるため、今日の放課後、第二理科室に来るように言われたのだ。
……いや、ちゃんとね? 他の人と一緒に行こうとしたんだよ、最初は。
だけど無関係のマリーちゃんたちを誘うのも悪いし、姉様とエリクのCクラスは体育祭についての話し合いをしていた。
だから、場所がわからないわけでもないし一人で行こうと思ったのだ。
情けないことに、結局迷ったわけだけど。絶賛落ち込み中なわけだけど。(……涙目になんかなってない!)
でも、どうしてこんなに人がいないんだろう? 放課後と言っても、遅い時間ではないからもっと人がいてもいいはずなのに。
とりあえず歩を進めながら、軽く首をかしげる。
歩きながら、教室の……あれ、何て言うんだ? ええっと、名前はわからないけども、入り口にある、教室名が書かれている板、を見てみる。
あ、クラスの教室はないのか。だったら人がいなくてもおかしくはないかもしれない。
学習室、被服室、作法室、音楽室……第二理科室はどこだ。
記憶を頼りに歩いていけば、簡単に見つかりそうなものなんだけどなぁ。……はっ、記憶を頼りにしちゃいけなかったのか。……勉強の記憶力と、こういうのの記憶力って全く別物なんだと思い知らされる。
しばらくそうやって教室名を見ながら歩いていると、耳が誰かの足音をとらえた。
よかった……。誰かに聞けば確実だよね。何だかにおいが狐っぽい(あいつ……いや、あの人じゃなくて、動物名の狐のほう)けど、怯える必要はないだろう。学院内で滅多なことはできないし。
あ、別に狐の獣人さんたちを危険な存在と思ってるわけじゃなくてだよ? ……いや、ちょっとは思ってるかもだけどさ。でも、動物の狐とは違って、獣人はちゃんと理性がある。肉食動物の獣人だって、生肉を食べたりはしないのだ。……ついつい怯えちゃうのはまあ、野生の本能だとしよう。
そう考え、後ろを振り向……いて、固まった。
……うん、確かに狐っぽいって言ったね。わざわざ動物名の狐のほう、って説明までして。
でもさ。
――まさか、個人名のほうの狐だとは思わないよ!?
個人名っていうのとは違うかもしれないが、わかれば何だっていい。とにかく、狐(あの人)だったことが問題なのだから。
……初対面のときも、私迷ってたよね? これ、思いっきり鼻で笑われるんじゃないだろうか。
無視して歩き続けたいところだが、狐は一応先輩で、魔法実技のグループも一緒だ。無視するのは流石に失礼だろう。そもそも、上級生に色々反論、というか食ってかかる時点で失礼なのだが、それは棚に上げといて。
それに、第二理科室に行くのはできるだけ早いほうがいいしね。いや、通り過ぎてくれるならそれはそれでいいんだけど。
狐も私に気づいたのか、しかめっ面になってそのまま歩いてくる。
そして、ぴたっと私の前で止まった。
「……」
「……」
沈黙が痛い。これから道を尋ねるつもりのため、睨むわけにもいかないし。
「…………何かご用ですか」
嫌そうに、ほんっとうに嫌そうに狐は口を開いた。
普通に尋ねればいいのだが、素直に尋ねるのもちょっと嫌なので、ひとまず違うことを口にする。
「どうして貴方に用があると思うのですか?」
「生徒会室に来たのなら、私に用があると思って当然ではありませんか」
「……え、生徒会室?」
あ、確かに生徒会室だ。
そういえば、狐って生徒会長なんだっけ。マリーちゃんたちがいつだったか言っていた気がする。狐みたいな人でも生徒会長って務まるんだな、と思った覚えがある。
まあ、人格に問題はありだが、能力と家柄は申し分ないし。……能力に関しては、魔法実技の授業でわかった。嫌っているはずの私相手でも、きちんと、しかも丁度いいタイミングでフォローしてくれたし。まだよくわからないけど、仕事に私情は挟まないタイプ、かな。
「別に、生徒会室に来ようと思ったわけではありません。ただ迷っただけです。第二理科室の場所を教えていただけないでしょうか?」
堂々と言うことではないが、口ごもりながら言っても馬鹿にされるだけだろう。
……訂正。堂々と言っても、馬鹿にされた。まだ狐は何も言ってないけど、目が馬鹿にしてる。(むむっ)
「第二理科室は、まだ行ったことがないのですか?」
「……今日、行ったばかりですが」
流石にちょっと、いやかなり気まずくて、すこーし目を逸らしながら答えた。
絶対馬鹿にされてるよね……。私だって、今日行ったばかりの場所を教えてと人に言われたら、自分のことを棚に上げて呆れてしまうだろう。
狐が、「もしかして」と何かを思いついたかのような顔をする。
「初めて会ったときも、本当に迷っていたのですか?」
「ええ、そうですよ? どこかの誰かさんは、勝手に自意識過剰な勘違いをしてくださいましたが」
「次に会ったとき、来た道を戻ろうとしたのは?」
「ただ間違えただけです」
「…………」
開き直って答えていくと、狐は馬鹿にするような目から一転、哀れむような目になった。やめてください、そっちのほうが傷つきます。
……それにしても。ムカつくことに、姉様と似た綺麗な青い目だ。青みがかった長めの灰色の髪と、よく合っている。目が冷たく見えるのは、きっと内面の問題だろうね。切れ長なのも関係しているとは思うけど。
「貴方に近づこうなんて、あのときも今も、まったく、これっぽっちも、思っていませんからね?」
まったく、これっぽっちも、を強調して、にこっと笑う。目までは笑わせないのがポイントだ。
まあ、これだけ綺麗な容姿をしているのだ。エリクほどではないが、少し女の人っぽい、中性的な容姿でもあるので、色々と苦労もあったのだろう。公爵家の長男という肩書きも相まって、近づこうとする人は、それこそ山ほどいるに違いない。
けれど、私は狐と、少なくともこの一年は魔法実技の授業で付き合いがあるのだ。下心なんて何もないですよ、と伝えておくべき、だよね? あくまで、義務的に。間違っても、友好的な笑みなんて見せてやるものか。
ほんの少し目を見開いた狐に、更に言う。
「これから先も、魔法実技の授業以外で特に関わろうとは思いませんので、安心してください」
「……そうですか。それはよかったです」
完全に信じたわけではないだろうが、狐の雰囲気が少し和らいだ気がする。
狐は数歩進むと、私を振り返った。
「ついてきてください。第二理科室まで一緒に行きます」
「へっ? いや、その、そこまでしていただかなくとも結構です、よ? 教えていただければ、一人で行きますから」
「一人で行ける自信があるとでも?」
ふんっと鼻で笑われ、むかっとする。
「あります! だから早く教えてください。人にものを頼む態度ではなくて申し訳ないですが」
本当は自信なんてない。ないが、ここでないと言ったら何だか負けな気がするのだ。狐にだけは負けたくない。絶対やだ。……魔法の精度とかは負けてるけど、そういうところは仕方ないんだよ。私は一年生で、狐は三年生なんだから。魔法学院に入学が決まるまでは魔法の練習なんてあまりしてなかったし、私と狐とでは魔法の練習をした時間が違いすぎる。
「申し訳ないと思うのならついてきてください。……貴女のお姉さんが言うには、『生徒会長は困ってる生徒を助けなくちゃいけない』だそうですよ?」
狐はほんの少し首を傾ける。
姉様、何言ってるんですか!? というか、いつ狐と会って、何を話したんですか……。何か口をすべらせていないだろうか。本名を言ったという前科があるため、とても不安だ。
……それにしても。困ってる生徒を助けなくちゃいけない、か。
少し不思議だ。姉様の言いそうなセリフではあるけれど、同時に言いそうにない。言うとしたら、仲のよい人に対してだけだろう。狐のような上級生、しかも親しくもない人にそんなことを言うのは失礼だと、姉様もわかっているはずなのに。誰々は何々をしなくちゃいけない、と他人が言うのは、ただの押し付けだ。
だとすれば、と無意識のうちに狐を見る目が鋭くなる。
この人が何かしたんじゃないだろうか。姉様は滅多なことでは怒らないし、相当失礼なことをしたに違いない。何せ、初対面の私にあの意味不明の御託を並べた人だ。
……でも、そうだとしたらこの人意外に馬鹿なのかな。だって狐は、私たちが王女だと疑っていたはずだし。それも、結構確信的に。
王女……この場合は王家の長女、と言ったほうがいいか。と、公爵家の長男。どちらの地位が高いかと言えば……ちょっと難しいところだが、王家の長女だろう。父様は姉様を溺愛しているし、何かしでかそうものならたとえ公爵家の者であってもただでは済まないだろうし。
そういうことを思いつかない人ではない、と思っていたが、過大評価しすぎていただろうか?
……違うか。私たちが魔法学院に、偽名で通っている意味をちゃんとわかっているということなんだろう。
魔法学院において、身分は関係がない。貴族と庶民の差は自然とできてしまうものだが、先生からの扱いは同じだ。王女と王子(王子はいないが)も例に漏れない。生徒からの扱いは別として。
私だって、自分がもしも庶民で、クラス内に王族がいたら扱いに困る。貴族の時点でもう怖いのだから。
しかし、私たちはこうして偽名で……男爵家の者として魔法学院に通っている。つまりは、王族としての扱いを受けたくない、受ける必要はないということ。
……それがわかっている狐にだったら、王女だということがばれても平気かもしれないな。たぶん、狐以外にも、王女だと知っても何も気にしない人も何人かはいるんだろうけど。
「……姉様がそう言ったのなら、ついていきます。生徒会長、第二理科室までの案内、よろしくお願いします」
変な間が空いてしまったが、気にせずに頭を下げる。
狐が嫌いなことに変わりはないが、口に出す呼び名だけは『生徒会長』に変えることにした。本当は、ずっと二人称で呼ぶつもりだったんだけどね。
ちょっと、ほんのちょっぴりは、警戒を解いてもいいかなぁと思ったのだ。あくまでほんのちょっぴりなので、そこはお間違えなく。
私の雰囲気が変わったのを敏感にも感じ取ったのか、狐は怪訝そうに眉を上げた。
「どんな心情の変化ですか?」
「……何のことでしょう」
にっこりと微笑んだが、内心冷や汗ものだった。
狐怖い。心のうちまで見透かされちゃいそうだよ。
そんな私の考えまで読み取ったのか、狐は少し息を吐いた。
「まあいいです。行きますよ」
歩き出した彼のあとをついていく。少しでも道を覚えようと、視線をせわしなく動かしながらだったので、傍から見たら挙動不審だろうけど。
……夏季休暇くらいまでには、なんとか学院の内部の道を覚えたいなぁ。
しばらく、無言で歩いていく。話しながらだと、今いる場所がどこなのかすぐわからなくなってしまうだろうから、会話がないのはありがたい。
前で揺れるふさふさのしっぽに気を取られつつも、頑張って道を覚える。いや、まだどこも曲がってないから、覚えるような道はないんだけど。でも、生徒会室の近くにどんな教室があるかくらいは覚えておいたほうがいいよね?
「……貴女と」
沈黙に耐えかねたのか、狐は前を向いたままぽつりと言葉を漏らす。
「貴女と、ディアナ・ハーヴァ・ルーナは外見は全く似ていませんよね」
「はい」
嫌味のつもりだろうか、と内心首をかしげながらも、とりあえずうなずいておく。
姉様のほうが何倍も美しいという違いもあるが、そもそも私は獣人で、姉様は人間である。その上、髪の色も瞳の色も違うのだから、私と姉様を見て姉妹だとわかる人はいないだろう。……仲のよさから、姉妹かも? と思われることはあるかもしれないけど。
「ですがこの間、確かに貴女方が姉妹だと思いました。似た者姉妹ですね」
「……それはその、ありがとうございます?」
「疑問系ですか」
疑問系にする以外、どうしろと。
外見は似ていないということは、似ているのは内面ということだろう。うーん、姉様と私は性格も趣味も全然違うと思うんだけどなぁ……。
あ、でもベラちゃんも姉様と会った時に「セレネちゃんと似てるねー」と言っていた気がする。だとすれば、意外と似ているんだろうか。いつも一緒にいるから、自然と似てしまった、とか?
「似た者姉妹、と言えるほど、生徒会長は私と姉様のことを知らないはずなのにと思いまして」
「少ししか知らずとも似た者姉妹と言えてしまうほど、貴女方が似ているということですよ」
「……そう、ですか?」
「ええ。よく似ています」
そうなのか。
……帰りにでも、エリクに訊いてみようかな。私たちのことを一番わかっているのはエリクだし。
第二理科室までつれてきていただいたお礼を言って、狐と別れた。
ノーヴェ語の小テストの出来は……九割くらいかな、とだけ言っておこう。……ごめんなさい、たぶんもっと点数低いです。寂しかったことしか覚えてないです。少し暗い第二理科室で、先生と二人っきりでテストを受けるって想像以上にきつかった。
もう二度と、絶対、ぜーったい、魔法実技の授業で油断なんてするもんか!
* * *
第二理科室のドアを開ければ、姉様とエリクが目の前で待っていた。
……エリクさん? どうしてそんな呆れた顔なんでしょう。しかもちょっと不機嫌ですか? 姉様は苦笑いしてるし。
え、私何かしちゃったかな。
「お待たせしてすみません!」
待たせすぎたのが原因か、と思って、慌てて謝る。しかし違ったようで、エリクも姉様も表情を変えない。むしろ更に呆れている。
何なんだ!? 何をしちゃったのかわかってなくてごめんなさいっ。
耳がびくびくしているのが自分でもわかる。
私の後ろから出てきたノーヴェ語の先生が、第二理科室のドアの鍵をしめた。
「早く帰りなさいね」
そう言いながら、さっさと立ち去ってしまう先生。
待って、待ってください! ちょっとは助けてくださっても……いいんじゃ、ないかな、と。
しょんぼりしながら何か言われるのを待っていると、エリクが小さくため息をついた。
「セレネ。自分の方向音痴を、なめないほうがいいよ?」
……ばれてる!? これはもしかして、道に迷った挙句、狐にここまで案内してもらったことがばれてしまっているんじゃないだろうか。でも、なんで!?
「まあ、今回は仕方ない。体育祭の話し合いはすぐ終わったから、もうちょっと待っててくれればよかったのにとは思うけど、話し合いがいつ終わるかなんてわからないしね」
そう言いながらの、そのじと目は何ですか。
でもそうか、すぐに終わったのか……。エリクが言うとおり、いつ終わるかなんてわからないのだから仕方ない話なのだが、待っていればよかったなぁと思う。狐に案内してもらっても、結局よくわからなかったし。
姉様も口を開いた。
「ここに来る途中で、ラベー先輩に会ったんだー」
「え!?」
「案内、してもらっちゃったんだってね」
まさかの本人からの情報でしたか!
「今度昼休みとかに、一緒に学院の中歩こ?」
「……はい」
姉様の優しい申し出に、うなだれながらうなずく。
姉様と一緒にいられる時間が増えるのは嬉しいが、その理由が情けなさすぎだ。……姉様と一緒だと、会話に気を取られて道を覚えられない気がする。というか、前に案内していただいたときに実際そうだったし。
それを言ったらきっと、姉様に「じゃあ喋らないで歩こうね!」と言われてしまうだろうから言わないけど。姉様と一緒なのに会話なしとか、何そのいじめ。いや、姉様とだったら沈黙さえ心地いいんだけどね? やっぱり会話はほしいよね。
「二人だけだと心配だし、僕も一緒に行くよ」
「じゃあ、エリクも一緒に行こっかー」
「え」
学院内でそんなに心配することってあったっけ? 姉様は私と違って方向感覚がいいし、心配いらないと思うんだけど……。というかまず、学院内で迷う人は少ないだろうし。まだ五月だから、一年生のなかには迷う人もいるかも……いや、いてほしいけどさ。
姉様とエリクと三人で、学院探検……こほん、二人に案内してもらえるのか。
……四月にも案内してもらったけど、二人と一緒だと楽しくて、あまり道が覚えられなかった。よし、今回こそは覚えよう。目指すは、二人に心配をかけない程度まで道を覚えること!
なんて思っていても、やっぱり姉様とエリクと一緒にいられるのは嬉しい。私だけクラスが違うから、普段はちょっと寂しいのだ。
「ふふっ、嬉しそうだね」
「だね」
二人がこそこそと何かを言って、私を見て笑った。その笑顔にはさっきのような呆れや不機嫌さはにじんでいなくて、ほっとする。
……でも、なんで笑ったのさ。
むーっと少し口を尖らせていると、姉様が慈愛に満ちた表情で私の頭をなでた。
「……姉様、大好きです!」
「私も大好きだよ。あ、エリクのことももちろん大好きだからね?」
「うん、ありがとう」
姉様の言葉にエリクは笑顔でお礼を言うと、ちらっと私を見た。
こ、この流れは。エリクにも好きって言わなくちゃいけない感じ? 別にその、異性として、とかそういう意味を持たせないような流れではあるけど、それでも恥ずかしい。
……素直になるって決めたし。す、好きなのは事実なんだから!
「わ、私も……」
けれど、流石に顔を見ながらは言えないので、床を見つめながら口を開く。
「エリクのこと、す、好きじゃなくもないから! あ、いや、違くて、えーっと……ね、姉様よりは下、だから。う、これも違う、いや違わないけど! と、とにかく、す……き、だよ?」
……失敗した!
くっ、これくらいのことも言えないなんて。しかも姉様よりは下、とか本音がぽろりと出てしまったし。ほ、本音って言っても、二人とも同じくらい大好きなんだよ? ただ、もしも二人が同時に危険な目に遭ったとき、迷わず姉様を助けにいくってだけで。エリクだったら自分で何とかするだろう。
……姉様は、家族的な意味で大好きだ。対して、エリクは家族的な意味プラス、恋愛的な意味でも、だ、大好き、なのだ。そう考えるとエリクの方が好きなのか、とも思うが、それはなんだか違う。よくわからないが、姉様よりエリクが好き、ということはない気がする。
だからと言って、エリクより姉様が好きかと訊かれても、結構迷うところであって。
つまりは、二人とも大好きということなんだけど。
……っそ、それを言うのにはまだレベルが足りないかな! たぶん、おばあちゃんになればレベルが上がって平気になるはず!
そう、おばあちゃんになればいいのだ。どうやろう。
……何考えてるんだろう、私。
姉様は、私の頭をなでていたほうの手で、私を抱き寄せた。そしてぎゅーっと思いっきり抱きしめてくる。
「エリク、セレネがかわいい」
「知ってる」
し、知ってる!? さらっと何を言うんだこの人は。
かーっと顔に熱が集まっていくのがわかる。
いやいや、可愛いとかそういうのは挨拶みたいなもので、特に深い意味はなくて、だから気にする必要なんて全然なくて。うん、全然。全然ない。
落ち着け落ち着け……。
「はにゃしは変わるけど! エリク、姉様と私って似てる!?」
噛んでなんかない。
……何この噛みかた! かわいこぶってるみたいで気持ち悪い。わざとじゃないんだ、わざとじゃ。本当に。
なのに二人がぷっと噴き出すので、更に顔が熱くなる。
「ふっ……まあ、くくっ、外はともかく、中はね」
「えー、そうかな? ……ふふっ」
「うん。素直で単純で、変なとこが頑固で、自分より他人のために頑張るところとか? 他にも色々あるよ。もちろん、全く違う部分もあるはあるけど。……ぷっ」
「笑わないでください!」
必死になれば必死になるほど状況は悪化する。そうわかっていても、必死にならないなんて無理だ。
ああもう、やっぱりキャラじゃないことなんて言わなきゃよかった! エリクに対して好きと言うのは、エリクの誕生日とかだけで十分だ。態度で伝わってくれたら一番だけど、それもできないのが悲しいところ。
すーはー深呼吸をして、今度こそ落ち着いて口を開く。
「もう帰りましょう。宿題もありますから。……あと、今のやり取りで疲れました」
「そうだねー」
くすくす笑いながら姉様はうなずいた。
「疲れさせちゃったお詫びに、今日はキャロットケーキを作ろうかな。夕食までには持っていくから」
「ほんとっ!?」
エリクの言葉に、思わず目が輝いてしまう。
エリクのキャロットケーキが食べられるのなら、好きと言った甲斐があるというものだ。(わーい!)
「それじゃあ、ますます早く帰らないとですね!」
「うん、帰ろう帰ろう。私もエリクのケーキ楽しみだなー」
「急ぎすぎて一人でどっかに行かないでね?」
「……そんなことしないし」
「セレネ、私と手繋いで帰ろう?」
「え、そんなに私信用ないですか……」
そんなやり取りをしながら、帰路に着く。
エリクのキャロットケーキは、夕食後、非常においしくいただきました。
途中で、他のキャロットケーキよりエリクが作ってくれたキャロットケーキのほうがおいしく感じる理由に気づいた。……理由なんて、絶対誰にも言うものか。恥ずかしすぎて無理だ。
好きな人が自分のために作ってくれたものだから、とか私どこの乙女だって感じだよね……。