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15 いつかの夢と兎の魔物

 ――ねえ千湖、聞いてよ! ひどいんだよ!?


 茜が、ぷんぷんという音が似合いそうな顔で言ってくる。

 その声や顔はなぜかぼんやりとしていて。でもそれがどこか心地よくもあり、気にせずに会話を続けることにした。


「何?」

 ――あのゲーム、簡単な選択肢ばっかなのにさ……! 一個だけ、めっちゃ難しいのがあんの。

「へえー」


 そういえばあのゲーム、買ったのにまだやっていない。そんなことを考えながら、特に興味もなかったので適当に相槌を打つ。


 ――真面目に聞いてる?

「聞いてる聞いてるー」

 ――そう。ならいいけど。


 え、いいのか。


 ――あのゲームさ、バッドエンドも結構あるけど。デッドエンドは一つだけなんだよね。

「デッドエンド? ……って、何?」

 ――……たぶん、死んじゃうエンドのこと?

「たぶんなの?」


 茜は顔をしかめて、私を軽く小突く。


 ――うっさい。バッドエンドの一つで、死んじゃうことが多いエンドなの! ま、このエンドは完全なバッドとは言えないかもだけど……。

「そうなの?」

 ――そ。でもいいやそれは。あのね、超何気ない選択肢なのに、間違えたらデッドエンド確定っていうひっどいのが一つあるんだよ。しかも、各ルートに用意されててさぁ。それぞれが、違う場面での違う選択肢なんだけど。


 茜は確かに、あのゲームをやりこんでいる。しかし、どの選択肢でその『デッドエンド』とやらになるのか、などわかるものなんだろうか。各ルート? に一つしかないのに。


「何か詳しいね?」


 そう訊くと、攻略サイトに載ってたの、と返された。


 ――でさ、これ以外の選択肢を間違えても、デッドエンドにはならないんだよねぇ。

「なら簡単なんじゃないの?」

 ――うん。あのゲーム、あたし的にあんま難しくないんだけどなぁ。でもこの選択肢があるから、難易度がかなり跳ね上がるね。

「ふーん」


 よくわからないので、また適当な相槌になってしまう。


 ――あ、バッドエンドは普通になったりするよ? ……正解かと思っても、間違えのときはあるしー。バッドエンドへの選択肢はいくつもあるんだもーん。


 どこか拗ねたような茜に、一応尋ねてみる。


「へー。デッドエンドの選択肢ってどういうの?」

 ――おお、興味出ましたか。

「出てない」

 ――仕方ない、そこまで言うのならば教えてやろう。

「話聞こうよ」


 そういえばそうだった。茜はこういう子だ。

 ……『そういえば』? それじゃまるで、茜の性格を忘れていたような……ん? 茜? 何で私は茜と話してるんだろう。


 ――でもな、ルートによって違うし……。ルカ君のだけでもいい?


 あ、そっか。


 ……これ、夢なんだ。


 夢の中であったとしても、茜と会えたのは嬉しい。できれば、いつもより起きる時間を少し遅くして、少しでも長く茜と話していたい。


「それって、えーっと……茜お気に入りのキャラだっけ?」

 ――そう、めっちゃ可愛いから! なのに腹黒のとことか超いい!

「腹黒なのに?」


 というかルカ君、腹黒なんだ?


 ――だからに決まってんじゃん。可愛いだけのキャラに興味なんて一切ないから。

「そっか?」

 ――ついでにデッドエンドの結末も教えちゃうぞー。デッドエンドって言っても、結構感動的なんだよ! あたし泣いたし!

「茜の泣きツボはよくわかんないし、期待はしてないけどまあ聞くよ」


 途端に、茜はむくれる。


 ――むむっ、なんじゃそれは!

「この間、蟻が超行列作ってたー、って大泣きしてたのは誰?」


 どこに感動要素があるのか全然わからない。

 茜はそーっと私から視線を逸らした。


 ――……えーっとねぇ、まず選択肢の話からするとぉ。

「うわ、こいつ話逸らした」

 ――べっつにー。逸らしてないしぃ。

「ふーん? で、話の続きどーぞ」

 ――ふっふっふー。デッドエンドに続く選択肢って、どのルートでも結構終盤にあってさ……



     * * *


 懐かしい夢だった。

 思わずくすっと笑いながら、ベッドから体を起こす。

 もう少し話していたかったなぁ。しかも、デッドエンドの選択肢を教えてもらえるときに……って、いやいや、笑ってる場合じゃない。何て重要なところで目が覚めてしまったんだ、私の馬鹿ー!


 ……ゲームのストーリーを全然知らない私が、ゲームのことを知れるチャンスだったのに!

 しかも、デッドエンドって何!? 私の姉様が死んじゃうなんて、しかもゲームのシナリオでなんて! うぅ、目が覚めちゃった私の馬鹿。

 思い出せば、何か茜が言ってた気もするが……。少なくとも十五年以上は前の話だ。特に興味もなかったゲームについて、ルナ様が言っていたとおり死ぬ可能性があると思い出せただけで十分であると思おう。

 結構終盤にある、ということしかわかっていないけど。

 そもそも、この夢が正しいのかもわからないけど。(……しょぼん)

 あ、でも確か、以前ルナ様が選択次第で「死ぬ可能性もあるし幸せになれる可能性もある」と仰っていたような。これのことか! でも肝心の部分がわからない!!


「セレネー?」


 姉様の声がして、部屋のドアが控えめにノックされる。

 姉様が私より早く起きているなんて珍しいな、と壁時計に目を……は?


「そろそろ朝ごはん食べないと、遅刻しちゃうよ?」


 見間違えたのかと固まっている間にドアが開き、姉様が顔を見せる。

 そちらに視線を向けて、また時計に戻す。

 一時間、見間違えているんだろうか。しかし何度見ても、時間は七時のままだった。家を出るのは七時半……あと、さんじゅっぷんって? ん?


「……もっと早く起こしてください!」


 ようやく理解したときにはもう、私はネグリジェを放り投げ、クローゼットの制服に手を伸ばしていた。食事用のワンピースに着替える時間ももったいない。あ、部屋に戻ってこなくてすむように、学院に持っていくもの全部食堂に持っていこう。いや、近くの部屋に置いておくか。

 素早くシャツのボタンを留めながら、姉様に謝る。


「怒鳴ってしまってすみません。……姉様はもう、朝ごはん食べましたか?」

「ううん、まだ。セレネと一緒に食べようと思って」


 はにかむ姉様に抱きつく暇もない。感動は心の中だけにとどめておくことにした。

 というか、寝坊なんて滅多にしないのに! 初めての魔法実技の授業がある日に寝坊って、うわー……私何やってるんだろう。もし遅刻でもしたら、狐に何か言われそうで怖い。

 魔法実技の授業の日は、遅刻したらアウトだ。グループの人がどこに向かったかわからないので、午前中一杯学院で自習する羽目になる。


 帽子と杖、鞄を持って、準備は終了だ。やっぱり、前日に教科書とかを準備しておくのは大切だね。まあ今日は、勉強する科目は午後にしかないし……忘れても隣の人に見せてもらえばいいのだが。それは隣の人に申し訳ないから、できればしたくはない。


「あ、準備終わったー?」

「はい、お待たせしてすみません。急いで行きましょう」

「そうだね。……うーん、今日、どれくらいごはん食べられるかな?」


 歩き始めながら、困った顔で首をかしげる姉様。


「ごめんなさいっ!」

「ふぇ、あ、セレネを責めたわけじゃないよ?」


 姉様は慌てたように手をぶんぶん顔の前で振ったが、それでも申し訳ない。

 姉様はいつも六時半頃に起きているから、今日もそのくらいの時間に起きたはずだ。そのときに私が起きていなかったから、姉様は部屋を覗きにきて……たぶん、私は嬉しそうな顔で寝ていたんだろう。だから姉様は、ぎりぎりまで寝かせてくれたのだ。

 推測ではあるが、きっと正しい。


 うー、姉様にまで迷惑をかけてしまった……。

 しょんぼりしていると、よしよしと頭をなでられた。


「早くごはん食べて、学院行こうね。今日は魔法実技だよ」


 セレネもエリクも一緒でよかったー、と微笑む姉様に、今度こそ抱きつく。

 が、長い間抱きついている時間はない。残念に思いながらも、すぐに体を離して再び歩き出す。


 ちなみに、魔法実技のグループ。あれはどうやら、父様の仕業らしかった。

 昨日母様に訊いてみたのだが、母様からは「あらー?」と返ってきただけだった。母様はこんなとぼけ方はしないし、たぶん違うだろうということで、少し心苦しかったが父様の貴重な休憩時間に訊いてみたのだ。

 すると、面白いほどにうろたえた。視線はあらぬ方向をさまよっていたし、「わわわ、私は何もしていないぞ!」と言われたって信じられるはずがない。姉様の嘘の下手さは、絶対に父様からの遺伝だ。


「魔法実技、楽しみだねー」

「はい!」


 そんな感じの会話をしながら急ぎ足で食堂に向かう。

 食堂の隣の部屋に荷物を置いて、用意された朝ごはんを、頑張って三分の二は食べた。相当急いで食べたので少し気持ち悪かったが、まあ仕方ない。……残してごめんなさい、料理人さんたち。

 姉様はまだ食べていたので、その隙に急いで顔を洗いにいって、歯磨きまで済ましてしまう。椅子に座ってお腹を休める間に、髪の毛を侍女さんに梳かしてもらった。


 ……うーん、ちょっと長くなったかなぁ。いつも大体胸の前くらいの長さなのだが、胸の下くらいにまで来ている。少し癖がある髪だから、短くしたら大変なのだが。長いのもあまり好きではないし……うん、もう少ししたら切ろう。

 侍女さん――ベルにお礼を言って、立ち上がる。

 丁度姉様も歯磨きまで終わったようなので、そろそろ城を出ることにした。


「姉様、すみません。急がせてしまって」


 小走りで、エリクとのいつもの待ち合わせ場所……と言っても、この城を出たすぐのところへ向かいながら、私はもう一度謝った。

 だって、姉様がすごく辛そうなのだ。……体力的に。

 顔は赤く染まってきて、息も荒くなっている。やっぱり、少しの距離だとしても身体強化か体力上昇の、というかとにかく何か魔法を使うべきだっただろうか。体力自然回復の魔法とか……はまだ覚えてないけど、すぐに覚えてやる。


「……かい」


 姉様の声は小さく、しかも息が上がっていたのでよく聞こえなかった。

 聞き返す前に、姉様は言い直してくれる。


「あやま……ったの、四回目、だよっ」


 ……えーっと。少し、やってしまったっぽい。むすっとした顔の姉様を見て、困ってしまう。

 起きてから今までで、四回。姉様は『謝ることが大事』だと知っているが、何度も謝られることは嫌う。曰く、「すぐに謝っちゃ駄目なんだよ!」らしい。

 そこまですぐに謝っているつもりはないが、確かに今日は多かった。

 認めても、それを謝るとますます怒らせてしまうのはわかっているので(体験済みなんだよね)、言うべき言葉を探す。


 そんなことをしている間に、待ち合わせ場所に着いた。

 いつもに比べ遅い時間だったので、エリクはもう待っていた。いや、エリクはどんなに早い時間に来たってすでに待ってるんだけど。たまに、何時に来ているのか訊きたくなることがある。

 エリクは、来た私たちを見て首をかしげた。


「……どうしたの? 珍しく喧嘩でもした?」

「してないよっ」


 エリクの問いに、姉様が勢いよく答える。姉様、言葉と顔が一致してません。

 どういうこと? と、エリクの視線が尋ねてくる。言いたくはなかったが、しぶしぶと口を開いた。


「……寝坊したの」

「ああ、なるほど。謝りすぎて怒らせたんだね」


 呆れたように言われてむっとするが、何度怒らせても学習しない私が悪い。なので、「うー」と唸るだけにとどめておいた。

 というか、寝坊したって言っただけなのに! 何でそこまでわかるのさ、エリク。


「ディアナ、怒るのもほどほどにしないと駄目だよ?」

「……わかってるもん」


 姉様が唇を尖らせる。

 怒ってるときの姉様はちょっと子供っぽくて、とてつもなく可愛い。あ、だから私は学習しないのかもしれない。……駄目だな、私。姉様にもエリクにも呆れられてしまっただろうし、ちゃんと反省しなきゃ。

 私をちらっと見て、エリクが苦笑いする。


「ほら、こうなるから」

「……ごめんね、セレネ」


 姉様に謝られてしまって、私は慌てて首を振った。


「いえ、姉様が謝る必要はありません。悪いのは私ですから」

「……そういうとこもよくないんだよ? ううん、セレネだからいいんだけど……いいんだけど」


 何だか悩み始めてしまった姉様。

 なぜかいつも、こんな感じで姉様の怒りは収まる。どうしてなのかさっぱりわからない。


「さて、お姫様方?」


 エリクの声に、姉様と二人してはっと我に返る。

 今何時?


「遅刻してもいいのかな?」

「「よくないっ!」」

「うん、君たちには仲良し姉妹があってるよ。ってわけで、ディアナ」


 エリクはしゃがんで、背中を見せる。

 二度目だからか、しぶしぶながらも姉様はすぐにエリクの背中に乗った。

 ……ばれないように、慎重にっと。そーっと体力上昇の魔法をエリクにかけて、自分には身体強化と体力上昇を重ねがけする。魔法はあまり自分に重ねがけしないほうがいいのだが、そうも言ってられない。というか、体力上昇の魔法を覚えたのは最近だから、どんどん使いたい気分なんだよね。


「ん、ありがとうセレネ」


 さあ出発、と思っていたときだったので、ぎくっとしてしまう。

 ……やっぱり、ばれないようには無理か。


「何のこと?」


 とりあえずつーんとしてみたが、効果はなかった。

 むぅ、もっと魔法の腕を上げよう。人にかけても気づかれないような魔法を開発してやるんだから。


     * * *


「――そっちに行きました!」

「言われずともわかっています」

「セレネ、後ろっ!」


 姉様の言葉に、振り返りざま『火の玉(フ・バーロ)』を打つ。それが当たった途端魔物は燃え上がり、苦しそうな悲鳴を上げて消えていった。その悲痛な声と焦げくさい臭いに、思わず顔をしかめる。

 残されるのは、一枚の薬草だけ。一体どこに隠し持っていたというのか。


 ……深く考えちゃ駄目だ、こういうことは。

 何で薬草が燃えなかったのかとか、考えちゃいけない。


 もう二匹の魔物も無事に倒したようだったので、私は自分が倒した魔物の薬草を拾った。それを持ってきた袋に入れて、皆のほうを向く。


「これで、十体ですね」



 現在、魔法実技の授業中である。


「意外と早く終わったねー」


 にこにこしながらも、少し悲しそうな姉様。自分では一体も倒せなかった上、魔物とは言え、生き物の死を初めて見たのだ。ショックを受けないはずがない。

 ……まあ、私だって普通に倒しているように見えて、魔物を倒すことに相当抵抗を感じている。いや、まさかこれほどとは思ってなかったよ。魔物だし、さらっと倒せるんじゃないかなー、と思っていた朝までの私を叱りたい。……魔物って、意外と見た目が可愛いんだよ。(心が痛い)


「そう? このメンバーならもっと早く終わるかもって思ってたけど」


 エリクが特に疲れた様子も見せずに言う。

 ……うん、君がいる時点で早く終わるだろうとは思ってたよ。


「弱すぎて話になりませんね、この辺りの魔物は」


 ノーコメント。


「……疲れた」


 相変わらず心臓に悪い声だ。ちょっとは慣れたが、完全に慣れるまでにはあと少しかかりそうだ。

 今日、意外と活躍していたのがこの人。

 ミミル・エマール先輩――おわかりかもしれないが、あの不思議さんである。魔法と蹴り技で、魔物をどんどん倒してくれた。(まあ、蹴り技はあんまり使ってなかったけど)


 本当に、このメンバーは濃いと思う。

 姉様、エリク、狐、不思議さん……主人公プラス攻略対象たちとは。というか、ミミルさんが不思議さんだったなんて。知り合いしかいないグループというのは、相当珍しいだろう。

 というか、何考えてるんだろ学院は。


「ニチリンソー以外とも戦ってみますか?」


 エリクが皆の顔を見る。

 ニチリンソーとは、わかる人にはわかるかもしれないが、ヒマワリのような魔物である。真ん中の茶色い部分に、つぶらな目が二つ。そして口があるのだが……まるで作り物のような可愛い牙がね、あるんだよ。


 今日の課題は、このニチリンソーを十体倒して、その証拠として薬草を持ち帰ること。魔物を倒すとアイテムを落とすことがあるのだが、ニチリンソーの場合は他の魔物と違って必ず落とす。だから毎年、一回目の授業の課題はニチリンソーを倒すことらしい。

 ニチリンソーは、スライムの次に弱い魔物だ。ならスライムを課題にすれば、と思うだろうが、スライムはアイテムを落とす確率がとても低い。だから課題には適さないのである。


 課題が終わった後は、好きなように過ごしていいと言われている。学院に戻ってもいいし、他の魔物を倒してもいいのだが。


「魔物、可愛いからなー……」


 姉様が悩ましげな顔でつぶやく。だからあまり、必要な魔物以外とは戦いたくないということだろう。私も同じ気持ちだったので同意しようとすると、狐がふん、と鼻で笑う。


「見た目は関係ありません。そんなことを言っていると、いつか魔物にやられますよ」


 っ……何でこいつ、こんなことしか言わないかな!


 魔法実技の授業では、非常時のために転移石というものを持たされる。グループの一人ひとりに配られ、危なくなったらそれを地面に投げつけるのだ。そうすることで、グループ全員が学院に一瞬で戻れるようになっている。

 もちろん、使う隙もなく魔物に攻撃されて……ということもある。そういうときのために、身代わり石というものがある。くらうと重傷を負うような攻撃を、一度だけ代わりに受けてくれるのだ。

 生徒が死なないように、しかしちゃんと実戦をさせるのは、学院にとって非常に大変なことである。


 とまあ、こんな感じで、魔物にやられる可能性は低い。だが、それでもなくはないので、狐の言っていることはもっともである。

 しかしだからと言って、姉様を傷つけるような言葉は認められない。

 落ち込む姉様の前に出て、狐を思い切り睨みつける。


「姉様は私とエリクが守ります! 貴方こそ、気をつけたほうがいいのではないですか?」

「貴女方がそう甘やかすから、可愛いからと言って魔物を倒せない者になってしまったのですよ? もちろん、それがわかって言っていますよね?」

「そんなことわかっています! だからと言って、いきなり無理をさせるのもよくないでしょう! そんなことしたら、魔物にやられるのが『いつか』ではなく『すぐ』になります。貴方もそれは――」


「セレネ、ストップ」


 エリクに言葉を遮られる。

 どうして、と今度はエリクを睨むと、困った顔になった。そしてその顔のまま、狐に頭を下げる。


「すみません。彼女はディアナのことになるとムキになるので……」

「……親しい者全員、の間違いだと思いますがね」


 自覚はありなので、二人からそっと目を逸らす。逸らした先には、ぼーっと眠そうにしている不思議さんがいた。何だかほのぼのしていて、少しだけ怒りが収まる。

 姉様はもちろんとして、母様と父様……そしてエリク。それからたぶん、マリーちゃんたちのことでも私はムキになるのだ。要するに、仲がいい人全員。悔しいが、狐の言ったことはあっている。


「セレネ、私は気にしてないよ。それに、ラベー先輩が言ったことは事実なんだから」

「姉様……」


 事実だということはわかっているが、納得できるかは別物だ。

 しかし、姉様にこう言われては納得するほかない。

 狐に視線を移すと、心なしか驚いているようだった。どうだ、参ったか。姉様は頭は悪いけど馬鹿じゃないんだよ!

 ……あ、私が姉様を貶してしまった。いや、これは褒めているんだから大丈夫、だよね?

 そんなことを考えながら、嫌々狐に謝る。


「申し訳ありませんでした」

「時間もまだありますし、他の魔物を探しましょう」


 むっ! わざわざ謝ってやったのに無視された!

 ……謝って()()()って気持ちが伝わったんなら、それも仕方ないけど。私が悪いんだけど。でもだからって、無視しなくてもいいのに。


「……あれ? 兎がいる」


 姉様が声を上げる。

 その視線の先を辿ると、そこには確かに兎の姿が。この辺りは弱いと言っても魔物が多いのに、なぜ普通の動物がいるんだろうか。

 ……いや、あの姿には見覚えがある。動物の兎であれば当たり前だが、そうではなく……確か、魔物にいたはず。えーっと、そうだ、チェンランだ。レポートを書かされたのにすぐ出てこないなんて、もっと魔物学について勉強したほうがいいのかもしれない。

 チェンランはこちらに気づいたのか、じーっと私たちを見ている。


「あれは……」


 狐が目を細めたところを見ると、兎の正体を知っているんだろう。


「かわいいー」


 注意を(うなが)す前に、姉様がチェンランに近寄りだした。それを敵意ある行動だと見なしたのか、チェンランが姉様のほうに向かって走ってくる。


「わっ、走ってきた」

「っ姉様、危険です!」


 あまり強くないとは言っても、魔物の突進を受けたら姉様はひとたまりもない。

 慌てて姉様を引き寄せ、代わりに私が前に出る形になる。

 そして逃げ出す暇もなく、チェンランはぴょーんっと高く跳び……。


 私の頭に乗っかった。


「え、や、ちょっ!?」


 半狂乱で振り払おうとしても、全然落ちてくれない。エリクが私を助けようとしているが、チェンランがいるのは私の頭の上。しかもしっかりと踏ん張られてしまっているので、チェンランを無理に引っ張ろうとすると頭がすっごく痛い。爪が、チェンランの爪がっ!


「……水の玉(オ・バーロ)


 不思議さんだっただろうか。

 とにかく、誰かが魔法を使う直前に……。



 ――耳を、噛まれた。


「みゃー!?」


 変な悲鳴が出てしまったが、そのおかげでチェンランは驚いたように逃げていった。

 チェンランがいなくなった私の頭に、すでに打たれていた水の玉がばしゃっと当たる。つ、冷たい……。でもこれは私を助けるために打たれたものだから、感謝すべきだろう。

 お礼を言おうと皆のほうを向いて……違和感を覚える。

 視界が変。背後まで見えているし、何だかものがあまり立体的に見えない。しかも、やけに低かった。

 どういうことだ、と思っていると、皆から凝視されていることに気づいた。


「ぶ?」


 何ですか? と訊こうとして、口から出てきた言葉に唖然となる。いや、そもそも言葉にもなっていなかった。


「ぷぅ、ぶ、ぷ……きー!?」


 いくらやっても、変な声が出るばかり。

 あー……嫌なこと思い出した。そういえば、チェンランの能力って。


 敵を自分と同じ姿に変える、だったね。







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