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13 二人三脚と借り物競争

 さて。魔法学院には、今月末……五月末に体育祭がある。

 体育祭と言っても、そう大きな行事ではない。クラスの団結力を高めるためにやるらしい。それは一年生だけでなく、二、三年生にも関係がある。この学院は、学年が上がるときにクラス替えがあるようなのだ。……学年上がるときのテスト、手を抜こうっと。

 ま、まあそれは置いとくとして。(こほん)

 体育祭では学年対抗で、リレーや二人三脚、騎馬戦などの種目の総合得点を競うのだ。


 ……意外と普通、と思う人もいることだろう。魔法学院なのに、どうして前の世界のような種目ばかりなのか。

 しかも納得いかないのが、これらの種目に魔法を使った状態で出てはいけないのだ。もちろん、途中で魔法を使うことも。身体強化などの魔法を使わずに、純粋に身体能力で競うらしい。

 魔法使いには体力も必要との話だが……何だかなぁ、という感じだ。


 一応、私は運動ができないわけではない。クラスの平均よりはちょっと上くらいかな、と自分では思っている。だから魔法なしの体育祭でも、いいはいいんだけどね。

 問題は、姉様である。

 あの姉様が、果たして体育祭に参加できるのか。少し走っただけで息が切れて、顔が真っ赤になる姉様が。

 リレーは絶対やらなくてはいけないが、走った後に倒れはしないか心配だ。転んで怪我でもしたら大変である。


 だから姉様には、できるだけ体力を使わなくて済む安全な種目に出てほしい。だとしたら何だろう、と黒板に書かれている種目をじーっと真剣に見つめる。

 騎馬戦は論外。二人三脚なんて、絶対に相手の人の速さについていけなくて転ぶ。綱引き……うーん、手を痛めそうだ。障害物競走とか短距離走、長距離走も無理そう。

 残りは借り物競争か玉入れ。姉様がやるとしたら、この二つのどちらかだろうか。


「じゃあ、綱引きをやりたい人ー?」


 体育委員になったベラちゃんが言う。


 今、クラスでは体育祭の種目決めをしている。そのために体育委員を決めなくてはいけなかったので、委員会決めは一昨日やった。

 ちなみに、私は委員会に入らなかった。各委員会に希望者がいてすぐに決まったから、というのもあるが、今入ってもあまり役に立てそうにないからだ。

 ……委員会は、道を覚えてからじゃないとね。うん。


 委員会決めとは違って、種目決めは難航していた。こそこそと小さな声で、「何にするー?」「うーん……」とか話し合う声が聞こえてきている。

 綱引きはあんまりやりたくないんだけど、誰もいないんだったらやろうかな? いやでも、それだったら借り物競争をやりたいし……。あ、一種目じゃなくて、二種目出る人のほうが多いんだっけ。

 二つ出れるんだとしたら綱引きをやっても……と思ったとき、男子のほうの体育委員が、いつの間に用意したのか、厚紙で作ったくじを振ってみせた。


「誰もやりたくねぇなら、もう全部の種目くじで決めるけどいいかー?」

 

 えーっと、確かこの子はトムさんだっけ? よく英語の例文に出てきそうな名前だったのは覚えてるんだけど。うん、たぶんトムさんだ。

 えー? とみんな言いながらも、別に嫌そうな声でもない。


「っし、反対意見もないみてーだし、くじびきっつーことで。じゃ、適当に引きにきてくれ」


 余りものには福がある、だろうか。並び始める人たちを見て、とりあえず最後に引こうかな、と決める。

 しかし、前の席のうさ俺様は席を立たない。どんな表情をしているのかは見えないが、きっとつまらなさそうな顔をしているんだろう。

 うさ俺様にくじを引く気がないなら、私は最後から二番目に引くことになるのか。本当の余りものはうさ俺様に渡ってしまうことになるが、仕方ない。最後から二番目だって、余りものは余りものだ。


 次第に名前で埋まっていく黒板を、ぼんやりと見る。

 あ、このままだと二人三脚になりそう。まあ、それはそれでいいかな。男子とだと嫌だけど、女子同士でやっても構わないって言ってたし。


「確定したところから、順番とか組み合わせとか決めてってねー」


 ベラちゃんの声に、そろそろ行くかと立ち上がる。

 短くなった列に並んで、私の番が来たときには残っているのは二人三脚だけだった。


「セレネちゃんとフィーランド様は二人三脚にけってー」


 くじを引こうとしたら、ベラちゃんはささっと二人三脚のところに私とうさ俺様の名前を書いてしまった。む、何になるか決まっててもくじは引きたかったのに。

 ……そういえば、一人で二種目出る人ってどうやって決めたんだろう? そういう人って、二種目書いてあるくじを引いちゃったんだろうか。


「じゃ、それぞれ決まったことを俺らに報告な」



 二人三脚に出ることになったのは、男女三人ずつの合計六人。……これ、一つは男女のペアができちゃうよね? できれば女の子とペアがいいんだけどなぁ。

 男子は、うさ俺様以外の二人がペアになるらしい。ということは、女子のうち一人がうさ俺様とペアになるってことで。


 ……無理じゃない?


 うさ俺様と二人三脚。絶対、ぜーったい無理。ここはジャンケンして、負けた人がうさ俺様とだろう。

 えーっと、二人三脚の女子はエルザちゃんとニーナちゃん、だよね。たぶん合ってるはず。女子の名前は結構覚えたのだ。

 エルザちゃんとニーナちゃんが何かを話していたので、私も二人のほうへ向かう。

 二人は私を見ると、神妙な顔で口を開いた。


「私たちさ、テランス様とペアになりたいんだ」

「だから、ジャンケンで勝った人がテランス様とでいい?」


 ちらちらとうさ俺様のほうを見ながら、小声で言う二人。

 ……なんと。うさ俺様とペアになりたいっていう、奇特な子が二人も!?

 って、そんなびっくりすることでもないのか。うさ俺様、あんな性格でも女の子に人気あるし。


「私は別に、うさ……フィーランドさんとペアになりたくはありませんから、ジャンケンはお二人でどうぞ」


 しかし、これは嬉しい状況だ。ジャンケンに参加しなくても、女の子となれるのが確定だし!

 笑顔で言うと、二人はびっくりした顔で首を横に振った。


「遠慮しなくていいんだよ?」

「そうそう、テランス様とペアになりたいって言うのは、別に恥ずかしいことじゃないんだから」

「え。いえ、あの、だから私は本当に」

「テランス様とペアになる確率は、誰にでも等しくあるべきだと思うんだよね」

「ね、そんなこと言わないでジャンケンしよ? これで負けたって恨まないから」


 あのですね。遠慮ではなく、本心なんですが。

 なんてことを言わせてくれたら楽だったのだが(言っても無駄かもしれないが)、何かを言う暇も与えてくれずに「じゃーんけん……」とジャンケンが始まってしまった。

 となると、つい反射的に手を出してしまうわけで。


「うー、残念」

「よかったねルーナさん」


 恨めしげな目で見られても、私は悪くない! というか君たち、負けても恨まないって言ってたくせに!

 チョキのままになっていた手に、視線を落とす。


「……あの、私はフィーランドさんとペアになりたく」

「ないとは言わせないから!」

「そうだよ、勝ったくせに!」

「勝ちたくて勝ったわけじゃないんですが!?」


 最初は小声だったのに、段々と声が大きくなっていたらしい。男子二人が、「なになに?」と近づいてきた。


「ああ、ルーナが勝ったんだ?」

「やればいいじゃん、フィーランド……様と」


 軽く言ってくれるな男子二人! 君たちの名前、しばらく覚えてあげないんだから! それに後から言った雀の君、様付け慣れてないんだったら呼び捨てでいいじゃん。うさ俺様なら気にしないと思うのは私だけだろうか。


 むぅ……こうなったらうさ俺様に助けを求めるしかないか。

 少し離れていたところにいるうさ俺様に目を向けると、彼もこちらを見ていたのか目が合って、慌てて逸らされた。そこまで慌てられると、流石に傷つくんだけど。

 まあでも、こんな反応されるのは、やっぱり私が嫌われてしまっているからだろう。……自分で考えて、ちょっと悲しくなってきた。

 いやいや、今は悲しくなってる暇なんてない。


「フィーランドさんも、ペアが私では嫌ですよね?」


 お願いだから嫌だと言ってほしい。自分を嫌っている相手と二人三脚って、精神的にとっても疲れるに違いないだろうし。

 うさ俺様は話しかけられたことに驚いたのか、耳をびくっと動かしてから、そっとこちらを窺うように見てくる。前は肉食動物に感じたのに、何だか今のうさ俺様は小動物みたいだ。……ああ、兎だから小動物でいいのか。(忘れてたわけじゃないよ?)


「…………」


 何かを言いたげに一度口を開けて、それを閉じて、また開ける。そして言われた言葉は、予想外のものだった。


「……別に。お前でいい」

「えっ?」


 私の驚いた声が聞こえなかったはずはないのに、うさ俺様が何かを言うことはなく、前を向いてしまった。

 うさ俺様の言葉を聞いて、数人の女子から小さな悲鳴が聞こえた。え、え、それは何の悲鳴? 面白そう、みたいな悲鳴も含まれていた気がするが、嫉妬的なものもあったような。

 ……違う、違うんだよ! そういう感じのものは何一つないって、わかってくれないかな!?


「ほら、テランス様もこう言ってるんだから。……羨ましいことに」

「ほんっとにね。羨ましいなー。負けたからしょうがないけど」


 悔しげな顔をしたエルザちゃんとニーナちゃん。

 ……もういいや。何にも言わないでおこう。


「じゃあ、二人三脚はー。セレネちゃんとフィーランド様、エルザちゃんとニーナちゃん、ロイク君とジャック君のペアで決定ねー」


 楽しそうなベラちゃんの声に、がくっとうなだれる。マリーちゃんはそんな私を、気の毒そうに見ていた。その視線を嬉しいと思ってしまう今の私は、どこかおかしい。

 ……仕方ないよね。ジャンケンを断りきれなかった私が悪いのだ。相手がうさ俺様だとしても、ベストを尽くさないといけないだろう。


「明日の体育の授業から練習開始だからな。ま、二、三年には勝てないかもしれねーけど、頑張ろうぜ」


 トムさんの言葉に、みんなで「はーい」と緩い返事をした。

 体育祭と言えば、みんなで優勝目指して頑張る行事だと思っていた。しかし、勝てなくてもいいっていう雰囲気が教室に流れている。

 やっぱり、世界が違うとそういうところも変わるんだね。いや、ここが魔法学院だからかもしれないけどさ。魔法が関わらない勝負事にはやる気が出ないんだろうか。


 くじのおかげで時間が余ったので、授業終了のチャイムが鳴るまで教室内なら何でもしていい、とニルス先生が言ってくれた。

 と言われても、何をしようか。一人で小さく首をかしげていたら、マリーちゃんたちが私の席に向かってきた。


「がんばってねー、セレネちゃん」

「ウチは騎馬戦を頑張ってくるから、セレネも頑張ってね」

「……頑張って、ルーナさん」


 マリーちゃんの励まししか心がこもってなかった気がするのは、もしかして私の気のせいですか。気のせいか。そうだよね。

 ベラちゃんはにこにこしたまま、私の前の席のうさ俺様に話しかけた。


「フィーランド様。セレネちゃん緊張しちゃうかもしれませんし、協力してあげてくださいねー」


 ……ベラちゃん、その、何だろう。うぅ、何て言えばいいんだろう。とりあえず、それは言わなくてもよかったんじゃないかな! いや、言いづらいことを言ってくれたことには感謝するけどさ。

 うさ俺様はちらっとベラちゃんを見た後、何も言わずに頬杖を突いた。

 ベラちゃん、笑顔が引き攣ってるよ。ナタリーちゃん、その拳はしまおうね?


「今のはベラが悪いよ」


 ただ一人、冷静な顔でため息をつくマリーちゃん。


「えー、わたしのどこが?」

「……後で教えるからさ、今は違う話しよ?」


 近くにうさ俺様がいるから、ということだろう。

 でも、ベラちゃんが悪いとも言い切れないと思うんだけどな? うさ俺様の態度だって十分悪かったし。

 マリーちゃんはちょっと考えた後、口を開いた。


「そういえば、借り物競争のお題? って、誰が決めるの? カードに書かれてるんだよね?」


 そっか、マリーちゃんは借り物競争をやるんだね。いいなぁ、やってみたかった。

 昨日あった委員会で、ベラちゃんが何か説明を受けていると思っての質問だろう。


「……むふふふふふ」

「うわっ、その笑い方! わかった、もうわかったから何も言わないで!」


 マリーちゃんは耳を塞いで、そっぽを向いた。こういうとき、エルフは耳が長いから不便そうだなと思う。

 しかし、笑い方でわかることとは何だろうか? しかもマリーちゃんが嫌がりそうなこと。

 考え込んでいると、ナタリーちゃんがにやっと笑った。


「なるほどね。期待してるから!」

「まっかせなさーい」

「ナタリー、やらないからって他人ごとすぎるでしょ! やるあたしの身にもなってよ……」


 塞いでいたのは意味がなかったらしい。二人の会話に叫んでから、本当に嫌そうに肩を落とした。

 ……そっか。借り物競争のお題は、ベラちゃんが決めると。

 まだ付き合いは短いが、そうだとしたらどんなことになるかは大体予想がつく。マリーちゃんが嫌がる気持ちもわかるというものだ。普通に『好きな人』とかのお題も書きそうだし。


「ゴールしたとき、お題内容は公開されるんですか?」


 もしお題が『好きな人』だったら、とてつもない罰ゲームだ。流石にそんなことはしない、と思いたいが。


「えー、もちろん。そうしないと楽しくないしねー」

「ベラが担当するなら、盛り上がること間違いなしよ?」

「うぅ、今から気が重い……」


 盛り上がるのは、見ているこっちにしたら嬉しいことなんだけどね。どうせなら楽しいほうがいいし。だけど、やる側はそうは思えないのだろう。実際、二人が笑顔なのに対し、マリーちゃんからはずどーんとしたオーラが見える。

 私は、そのマリーちゃんの肩にぽんっと手を置いた。


「お互い、頑張りましょう」

「……ルーナさん! あたしの味方はルーナさんだけだー!」


 なぜか、感動したような顔で思いっきり抱きつかれた。


「マ、マリーちゃん?」

「あー、ずっるいのマリーちゃん!」

「そうよそうよ!」


 ベラちゃんとナタリーちゃんまで、私に抱きついてきた。

 ……わけではなく。


「ひゃうっ!?」


 ベラちゃんが耳を、ナタリーちゃんがしっぽを触ってきた。

 みみっ、耳はまだいいとして! いやよくもないけどいいとして! しっぽはどうなのかなナタリーちゃん!? スカートの中に手を突っ込むのって女子同士でもしちゃいけないことだと思うんだけどそう思う私がおかしいのかな!?

 というかさ、前に「こんなとこでスカートをめくる気にはなれない」って言ってたよね? 場所は変わってないんだけど、そこのところはどうなんだろうか。


「ちょっと二人とも! ベラはともかく、ナタリーはやりすぎだよ」


 私から体を離して、マリーちゃんは二人を呆れた目で見る。……ベラちゃんは『ともかく』なんだ?

 やりすぎだと言われたナタリーちゃんは、私のしっぽをもう何度か触ってから手を離した。


「予想外にもふもふ……今日はこのくらいにしとくわ。悪かったわね、セレネ」

「い、いえ、大丈夫です」


 謝られたら許してしまうのは、元日本人だからか。

 いやでも、特別な相手にしかしっぽを触らせちゃいけないっていう決まりがあるわけでもないし……。ス、スカートの中が見える範囲に男子もいなかったし、ぎりぎりセーフ! ……かもしれない?


「謝って済む問題じゃないと思うけど……ルーナさんがそう言うなら仕方ない」


 マリーちゃんはため息をつきながら、ナタリーちゃんに「次やったら本気で怒るからね?」と言ってくれた。

 しかし。しかーしマリーちゃん?

 ぼそっと「あたしもやりたいの我慢してるのに」って呟いてるの、聞こえてるからね!


     * * *


「セレネは二人三脚かぁ」


 帰り道、姉様に体育祭で何に出ることになったのかを話した。


「はい。それはいいんですが……問題は、相手の人で」


 おそらく今の私は、苦い顔をしていることだろう。

 私の顔を見て何を思ったのか、話を聞いていたエリクは顔をしかめた。


「まさか男?」

「え、そうだけど。まあ、相手が男子っていうのは問題じゃなくてさ」

「……そこが問題でしょ、何言ってるのかな君は」


 不機嫌そうな雰囲気に、なぜだかわからなくて困惑する。

 男女のペアは、どのクラスにも一つはあるのだ。だから、そこは仕方ないと思える。エリクもわかってると思ったんだけど。

 エリクはしばらく黙っていたが、諦めたようにため息をついた。


「まあいいや。それで、他に何の問題が?」


 ようやく言える、と少し勢い込んで「それがさ」と切り出す。


「相手がフィーランドさんなんだよね」

「……は?」

「え、テランスくん?」


 二人とも、口をぽかんと開ける。うんうん、この反応を待っていた。

 というか姉様、うさ俺様のことテランスくんって呼んでたんだね。私も人の名前は基本下の名前……いや、この世界だったら上か。とにかく、家名じゃないほうで呼ぶんだけど。うさ俺様のことを上の名前で呼ぶ勇気はない。そもそもうさ俺様に君付けは合わないと思うんだ。


「今からでも辞退するのは無理なの?」


 無表情なのが怖い。本当にどうしたんだろうか、エリク。


「無理に決まってるでしょ。決定しちゃったからには、ちゃんとやるから」

「セレネ、テランスくんに嫌われてないよね?」

「……どうでしょう」


 少し考えてから、私は首をかしげた。

 嫌われていると思っていたが、今考えれば違うのかもしれない。

 私の言葉にはちゃんと返事をしてくれて、ベラちゃんの言葉は無視をした。自分より劣っている人とは口を利かないと言っていたし、私のことは認めているが、ベラちゃんのことは認めていない、ということなのかもしれない。

 認めていると嫌っていないはイコールで結ばれてはいないが、ほぼイコールでいいと思う。


『……別に。お前でいい』


 うさ俺様の言葉が耳に蘇る。

 あの言葉が嘘だったとは考えにくい。嫌そうな響きはなかったし。


 ん? ということは、私の悩みは解決か。嫌われていないんだったら、別にうさ俺様が相手でも全く構わないのだから。むしろ、あのとき余計なことを言ってしまったことを謝る機会ができていい。

 何だ、全然問題なんかじゃなかったのか。


「私、フィーランドさんとの二人三脚が楽しみになってきました!」

「ちょっと待った。何がどうなってその結論になったの?」


 拳を握ると、エリクの突っ込みが入った。


「私を嫌ってる相手と二人三脚する、っていうのが嫌だったんだよ。だけど考えてみたら、私はフィーランドさんに嫌われてないみたいだからさ。問題がなくなったら、もう楽しみにするしかないでしょ?」

「でしょ、じゃないよ。何でセレネはそうかな……」

「というか、エリクは何でそんなに嫌そうなの?」

「え?」


 思い切って訊いてみると、エリクはきょとんとした。何だその反応は。


「こっちが『え?』なんだけど」

「うん、私も。テランスくん、そんな悪い子じゃないと思うよ?」

「……それは知ってるよ。知ってるけど、えーっと」


 気まずげに、エリクは視線をさまよわせる。しまった、とでも言いたそうな顔だった。

 続く言葉を二人して待っていると、しばらくしてエリクは真面目な顔で姉様に言った。


「ディアナ、心配じゃないの? 妹が男と二人三脚だよ?」


 その質問を受けて、姉様は私の顔をじーっと見つめた。

 そ、そんなに見つめられると恥ずかしいです。(てれてれ)

 ……なんて冗談は置いとこう。自分でやってて気持ち悪いと思った。


 なるほど、エリクが不機嫌だったのはそういう心配をしてたからなんだね? 妹のような存在の私が、男子とくっついて二人三脚をするのが気に食わなかったと。

 姉様に見つめられていることよりも、一瞬でも嫉妬してくれたと思ってしまったことが恥ずかしい。

 姉様は「セレネが、テランスくんと……」とつぶやいてから、視線をエリクに移した。


「うーん、心配いらないとは思うけど。それでももし、テランスくんが変なことしようとしたら二人で止めよう?」

「……わかった」


 しぶしぶながらも、エリクは納得したようだった。

 私でこれなら、姉様が男子と二人三脚することになったらどうなるんだろうか。私と姉様がどう言っても、納得しない気がするのだが。


「あ、姉様とエリクは何に出るんですか?」

「借り物競争だよー」

「僕は長距離」


 ふーん、エリクは長距離走か。まあ、応援してあげなくもない。うちのクラスの人の次に、になるけど。

 それで、姉様は借り物競争と? ベラちゃんが作るお題、一体どうなるんだろう。それによっては、姉様も大変な思いをするかもしれない。


「……姉様。ベラちゃんがお題を決めるらしいので、変なお題があるかもしれません」


 気をつけようがないので、気をつけてくださいとは言えないが、注意だけはしておくことにする。


「そういうお題を引いても、焦らないでくださいね」

「え? う、うん!」


 よくわかっていない顔で、姉様は勢いよくうなずいた。

 しかし、姉様ならあまり心配はいらない気がする。どんなお題でも楽々こなしそうだ。心配すべきはマリーちゃんだろう。

 それにしても、ベラちゃんがお題を作る……私、借り物競争じゃなくて二人三脚でよかった。そう安心してしまうのは、ベラちゃんに失礼だろうか。


「話は変わるけど、魔法実技の授業、もう少しで始まるね」


 エリクの言葉に、そういえば、と思い出す。

 確か明後日からだったと思う。明日グループが発表されるはずだ。

 魔法実技の授業は、これから週に一回ある。午前中いっぱいを使って授業をやるのだ。最初は国の近くの弱い魔物を倒して、段々と遠くへ行く。このグループが行っていいのはこの辺り、というのが、毎回の授業の最初で言われるらしい。


「私、姉様と同じグループになりたいです」

「私もセレネとー。あ、エリクともなりたい!」


 こういう会話、魔法学のグループが決まる前にもしたよね。

 魔法学の授業では、エリクと一緒になれなかったが……魔法実技はどうだろうか。一年生から三年生まででやるのなら、姉様となれる可能性もかなり低い。

 それでもせめて、魔法実技の授業は。


「……エリクとも、一緒になれればいいな」


 ――ああ、何だ。こんなに簡単に言えることだったんだ。


 あまりにも簡単に言えたことに、思わず笑みを浮かべてしまう。

 驚いた顔の姉様とエリクから、ぷいっと顔を背ける。こんなにやけた顔を、二人に見せたくなかった。

 『少しくらい素直になってみよう』。フェリクスさんと話したときに、思ったこと。


 それがようやく、できたのかもしれない。






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