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12 友達の紹介とつぶやき

 昼休みになると同時に、私はCクラスへ向かった。

 道を覚えているかは微妙だったので、マリーちゃんたちについてきてもらっている。いや、最初はマリーちゃんだけに声をかけたんだけどね。姫と話してみたいってことで、他の二人もついてきてしまったのだ。姉様に紹介できるから、別にいいんだけど。


「姉様!」


 教室の入り口で姉様を呼ぶと、姉様は目を丸くして私を見た。


「セレネ? と……えーっと、お友達?」

「少し、話したいことが」


 途端に、姉様は視線をあちこちにさまよわせた。何かまずいことを隠そうとしているような、この反応……もしかして、狐に本名を名乗ってしまったことに気づいていたのだろうか?

 姉様ははっとした様子で、近くにいた女の子に助けを求めるような目を向けた。


「ヘ、ヘルガ……。どうしよう、私何かしちゃったかな!?」


 どうやら、この子がヘルガちゃんらしい。姉様と友達になる子はほんわかした子だと、勝手に思っていたが。ヘルガちゃんはその想像とは違った。

 淡い黄色の長い髪の毛には癖一つなく、無雑作に後ろで束ねられている。少々釣り目がちであるハシバミ色の瞳は、一目見て彼女が強気な性格であるのがわかった。違う可能性もあるが、第一印象はそんな感じだ。


「ディアナなら、知らないうちに何かしてるかもしれないわね」

「ううっ! そんな……」


 私の後ろでは、マリーちゃんたちが「流石姫、美しい」とか「セレネちゃんと似てるねー」とか「兎耳がついてれば……」とか話している。どれが誰のセリフかはご想像にお任せするとしよう。

 しかし、私と姉様が似ている? そう言われるのは嬉しいが、何だか複雑な気分だ。


 姉様は立ち上がって、おそるおそる私のところへ来た。


「どうしたの? 私、何かしちゃった……?」


 この様子では、やはり気づいてはいなかったのだろう。それはそれで問題だが、そこは置いておくとして。

 口を開こうとしたとき、近くにマリーちゃんたちがいることを思い出した。事情を知らない人がいる場所で、姉様にこの話をしちゃ駄目だよね。

 何も考えずにここまで来てしまったことを悔やみながら、私はため息をついてうなずいた。


「ですが、今はその話はできません。後で話しますから」

「……はい」


 しょんぼりとする姉様。本来なら慰めたいところだが、今はそんな気分になれない。城に帰ってから話すとして、慰め役はエリクに任せてしまおう。姉様は真っ青になって謝るだろうから、私も結局は慰めちゃうことになるんだろうけど。

 気持ちを切り替えて、私はマリーちゃんたちの紹介をすることにした。


「この子たちが、一昨日話した友達です」


 私が少し脇にずれて手で示すと、マリーちゃんたちはにっこり笑って自己紹介を始める。


「こんにちは。マリー・アルタ・カステルです」

「ベラ・バルレラ・セイデリアですー」

「ナタリー・ロマン・シャリーノよ」


 姉様も慌てて「ディアナ・ハーヴァ・ルーナです!」と返している。ここで間違わないのに、どうして狐のときに限って間違えたんだろうか。

 ……というか。


「三人とも、貴族だったんですか!?」


 びっくりすると、呆れた目をされた。


「知らなかったの? ルーナさん」

「その、三人の名前も、会話を聞いて覚えたくらいなので……。家名までは知りませんでした」


 クラスの人の名前だって、まだ全然覚えていないのだ。そろそろ他の人との付き合いも始めていこうとは思ってるんだけどね。

 それにしても、三人とも貴族だったとはびっくりだ。カステル、セイデリア、シャリーノ……確か皆男爵だった気が。

 貴族の名前は覚えようと努力はしているが、完璧に覚えているのは伯爵までだ。伯爵が意外と多いんだよね。ものすごく苦労して覚えたので、子爵と男爵までは覚えきれなかった。もっと頑張らなくちゃなぁ。あと百五十家くらい、か……。(人間、記憶力の限界ってあると思うんだ)


「ヘルガ、こっち来てー」


 椅子に座ったままこちらを見ていたヘルガちゃんを、姉様が手招きする。……ヘルガちゃんに見られていたのが、何だか私だけだった気がするんだけど。きっと気のせいだよね。


「ヘルガ・アウアーよ。この中で唯一の庶民だし、呼び捨てでいいわ」


 と、言われても。

 実は私、人を呼び捨てにするのが苦手だったりする。でもマリーちゃんたちは普通に「お言葉に甘えて」と言っているし……。こういう流れでは、呼び捨てにするのが自然なんだろう。


「じゃあ、ヘルガって呼びますね」

「……その喋り方もどうかしら、って思うけど。癖みたいなものなの?」

「はい。気にしないでくれると嬉しいです」


 マリーちゃんたちは何か言いたげな顔をしていたが、諦めたようだった。もしかしたら、私には普通に話してほしいと思っているのかもしれない。だとしたら、ごめんと言うしかないな。


「ところであなたたち、お昼はもう済ませた?」

「あ」


 姉様に話をすることだけ考えていたので、お昼ご飯のことをすっかり忘れていた。せっかく母様が作ってくれたお弁当の存在を忘れるなんて、何てことだ。

 ヘルガちゃ……ヘルガは「それなら」と微笑む。微笑むと、きつい印象の顔がやわらかく見えた。


「わたしたちも食べてないし、ここで一緒に食べない? 四人分の椅子くらい、食堂に行ってる人に借りればいいわ」

「でも私、お弁当を持ってきてないんですが」

「ごめんね、あたしたちは食堂で食べるんだ」

「……なら、セレネだけでもどう? わたしたちがAクラスに行ってもいいし」


 姉様もその言葉にうなずいているが、わざわざ来てもらうのは申し訳ない。


「すぐにお弁当取ってきます」


 ヘルガ……にそう言って、マリーちゃんたちに「また後で」と手を振り教室を出る。


「じゃあ、ウチらもこれで」


 ナタリーちゃんの声が聞こえた。どうせ教室を出たら別れることになるが、一緒に教室を出ればよかったかもしれない。

 なんて考えても遅いので、できるだけ急いでAクラスへ向かう。もし走って狐にでも遭遇したら面倒そうなので、走らずに早足だ。


 そういえば、エリクはどこに行っているんだろうか? 教室の中にはいなかったけど。

 まあ、エリクも友達と食べてるのかもしれない。そこら辺はエリクの好きにすればいいと思っているから、別に何も文句はないが。……文句はない、が、一緒に食べたかったという気持ちがあったことは否定しない。


 あれ?

 そこまで考えて、私はふと周りを見た。

 えーっと。私は今、Aクラスに向かってるんだよね。Aクラスは三階だから、とりあえず階段を探そう。うん、そうすれば平気なはず。ああでも、あんまり姉様たちを待たせてしまっては……。


 ひとまず今の私の状況を言えば。

『道に迷った』

 である。

 さっき来た道を戻ってきているのに、どうして階段が見当たらないんだろう? 考え事をしていたから、見逃してしまったんだろうか。何か二年生の教室っぽいし、こっちじゃないよね。

 そう、もと来た道を引き返そうとしたとき。


「――さくら」


 その声が耳に響いた途端、ぞくっとした。

 桜、って。ただ花の名前を呟いているんじゃなくて。桜って人の名前を呼んでいるような、そんな調子の声。

 だが日本ならともかく、ここでは有り得ない。いや、有り得なくもないんだろうけど、サクラという名の人は滅多にいないだろう。

 私が呼ばれたとは思わない。しかし聞き覚えのある声だったので、私は思わず振り返っていた。


 ……やっぱり、不思議さんだ。

 周りを見てみるが、友達とお喋りをしている生徒、一人だがこちらに興味はない生徒、こちらを怪訝そうに見ている生徒くらいしかいなかった。不思議さんの声に反応している人はいない。

 不思議さんが呼んでいるのが人じゃないとしたら、何を呼んでいるんだろう?


「さくら」


 もう一度、不思議さんが言う。

 うん? 何だか、不思議さんが私を見ている気がするんだけど。

 とりあえず、すすすっと横に移動してみる。


 不思議さんの視線もついてきた。


 今度は反対側に移動すると、また不思議さんの視線がついてくる。

 ……何か楽しい。でも先輩である不思議さんで遊ぶわけにもいかないし、姉様たちを待たせるのも嫌だ。


「桜って、私ですか?」

「……『桜の妖精』」


 『桜の妖精』?

 そういえば私、あの本をまだ返していなかった。早く本を返せと催促しにきたのだろうか。だとしたら、桜ではなくて『桜の妖精』とただ言うだけでいいはず。もっと何か言ってもらいたいが、不思議さんは無口のようだし。少ない言葉から、何を言いたいのか考えなくてはならない。

 ……私が桜か、と訊いた答えが、『桜の妖精』。うーむ。


「もしかして、『桜の妖精』を借りたから桜ですか?」


 不思議さんはこくりとうなずく。

 よし、当たった! ……って、どうして私は喜んでるんだろう?


「……こっち」


 不思議さんは近づいてきて、私と手を繋いだ。そしてくいっと軽く引っ張る。


「えーっと?」


 これで困惑するなと言うほうがおかしい。

 こっち? 何があるって言うんだ。私がどこに行きたいか、不思議さんは知らないはずなのに。仮に知っていたとしても、私は不思議さんにクラスを言っただろうか? リボンの線の色で学年はわかるが、クラスまではわからないのに。

 不思議さんはじーっと私を見ていたが、ふと気づいたかのようにゆっくり首をかしげた。


「……何クラス?」

「あ、Aクラスです」

「……じゃあ、やっぱりこっち」


 反射的に答えると、そう返された。

 手が引っ張られるままについていくが、視線が痛い。何でこんなに痛いんだろうって思うほど痛い。いや、わかるけど! 美形な先輩に手を引かれる後輩って、気になるよね! しかも、まだ先輩後輩で関わりがないこの時期に。


 魔法学院には、先輩後輩で関わる必要があるものが三つある。

 一つ目は、部活。一応この学院には、部活が存在しているのだ。あまり入っている人はいないようだが。そんなことより勉強や魔法の練習をしたい、って人が多いらしい。私も入る気はないし。

 二つ目は、委員会。各委員会に入る委員を、クラスから男女二人ずつ選ばなければいけない。しかし委員会に一年生が加わるのは五月からなので、今は関係ない。……たぶん、不思議さんは図書委員なんだろうね。

 そして三つ目が、魔法実技の授業。これも五月からだ。一年生から三年生までで数人のグループを作り、国というか、町の外に出る。外には魔物がいるから、それを魔法を使いながら倒す授業だ。この『ムーン・テイル』というゲームに戦闘要素があると言ったのは、これのことである。


 まあ、この三つ以外もあるにはあるが、大まかにわければこの三つだ。

 本当に視線が痛いんだけど……。嫉妬の視線も混じっているから余計に。私に嫉妬するのは間違ってるよ。


「……じゃあ」

「あれ?」


 いつの間にか教室に着いていたようで、不思議さんは私の手を離して帰っていってしまった。

 ……しまった、お礼を言いそびれた! 何してるんだ私ー!

 なんて、自己嫌悪に陥りながらも、教室に入ってロッカーからお弁当を取り出す。


 そこで気づいた。またCクラスに行かなきゃいけないことに。

 どうしよう、迷わずにいけるだろうか? というか、どうして単純な道のはずなのに迷うんだ。城で迷うのはともかく、学院で迷ったら駄目だろう!(城は本当にややこしすぎるのだ)

 お弁当を持って立ち尽くしていたら、何と姉様とヘルガ……が来てくれた。


「セレネが帰ってこれるか心配だったから、来ちゃったー」


 にこにこと笑いながら言う姉様に、感動のあまり視界がうっすらにじむ。け、決して、自分の情けなさとか、そういうのを感じちゃったわけじゃないよ?

 対するヘルガ、は苦笑を浮かべた。


「そんな心配しなくても平気じゃないかって、わたしは思ったんだけどね。実際、ちゃんとここに帰れてるわけだし」

「……いえ、ちゃんと、ではないんです。二年生の方が連れてきてくださって」


 若干視線を逸らしてしまう。

 私の言葉に、ヘルガの視線が心なしか鋭くなった気がした。


「二年生の方?」

「はい。えーっと名前は知らないんですが……図書室で一度会ったことがある先輩で。そのときのことを覚えていてくださったみたいです」

「その人、髪の毛と目が深緑で、妖精だったりする?」


 え、とびっくりして目を見開いてしまった。『図書室であったことのある二年生』と言っただけなのに。それだけで、どうして誰かわかるんだろうか?

 その反応を肯定と受け取ったのか、ヘルガは何かを考え込むかのようにうつむいた。そして顔を上げると、私の顔をじーっと見つめる。


「な、何ですか?」

「ヘルガ、セレネが怯えてるよ。ヘルガにじっと見られるのって、結構怖いんだからね?」

「……ごめんなさい。ここに来るまでに、その人が一年生の女子と手を繋いでいたって話をちらっと聞いたのよ」


 ……何? さっきの今で、もうそんなに話が広まってるの!?

 う、でも、さっきの今だからこそ、目撃者が話題にしてただけかもしれないし。別に、私が誰かとかがわかるわけでもないしさ。

 大丈夫、セーフだ。何がセーフなのか自分でもよくわからないけど。


「そんなことより、早くお弁当食べよ? 私お腹すいちゃった」


 姉様がお腹を押さえて、困ったように眉を下げた。タイミングよく、きゅるーと可愛い音が響く。

 数秒の沈黙の後、ヘルガが吹き出した。


「ぷっ、ちょっとディアナ。あなた、お腹を自分の意思で鳴らせるの?」

「まさか! 今のは違くて、えっと、違うんだよ!」


 真っ赤になって反論する姉様が可愛い。

 こんなふうにタイミングよくお腹が鳴るのって、お話の中でだけだと思っていたが……。現実でも起こることなんだね。姉様以外の人がこんなふうにお腹を鳴らしているのは、今まで聞いたことがないけど。

 それとも――ここが、ゲームの世界だから?


 何気なく思いついてしまった考えを、はっと振り払う。

 ……うん。ここはゲームの世界。だけど、ゲームがもとになっているだけで、現実の世界だ。姉様は姉様だし、ディアナ・ヴァルハーナ・ムーンという、ゲームの主人公ではない。

 攻略対象たちのこともそうだけど、私はこの世界の人たちを『キャラ』として見てしまうことがよくある。ここが現実だというのは、私だって理解しているのに。


 姉様は姉様なのだ。私の、大好きな姉様。

 触れば温かいし、抱きつけばそれ以上の力で抱き返してくれる。ここが現実だと認めたくなくても認めてしまったのは、傍に姉様がいてくれたから。

 もう、石月千湖には戻れないんだ。家族にも友達にも会えないんだ。そう気付いて、諦めて、ここでの生活が楽しくなったのは、何年前の話だっただろうか。


「まあ、そういうことにしておきましょ。わたしもお腹すいたし」


 まだ笑っているヘルガに、姉様はむくれる。そういうことをするから更に笑われることを、姉様はわかっていないらしい。

 暗い気分を押し込めて、私は笑顔を浮かべた。


「マリーちゃんたちの椅子を借りてしまいましょうか。あの三人なら、姉様たちが使っても怒らないでしょうし」


 ああでも、姉様と二人で食べるならともかく、ヘルガもいるなら机も借りたほうがいいかもしれない。

 だとしたら私の机は使わずに、マリーちゃんたち三人の机を借りた方がいいか。三人の机は近くにあるので、それほど動かさなくてもいい。


「ついでに、机も借りましょう。私の机とは離れていますから、三人の机を使った方がいいですよね」

「確かにそうね」


 ヘルガはうなずいてくれたが、姉様からは返事がない。心配そうに私を見つめていて、「姉様?」と首をかしげるとはっとした様子でうなずいた。

 ……姉様には、私の気持ちなんてお見通しなのかもしれない。こういうところだけは鋭いから。


 マリーちゃんたちの机を借りて、三人でお弁当を広げる。

 私のは相変わらず、にんじんが多めに入っている。何て幸せなお弁当なんだろう。

 姉様の、料理人たちが作ったお弁当もおいしそうだ。しかし私が気になったのは、ヘルガのお弁当だった。


「……何よ、文句でもあるの?」


 思わずまじまじと見ていたら、ぶすっとした顔をされてしまった。


「日の丸弁当っていう、歴史あるお弁当なんだから。あ、ひ、東のほうの国では有名なお弁当なのよ?」


 日の丸弁当。

 ヘルガのお弁当は、それだった。白いご飯の上に、少し大きめの梅干しがちょこんと乗っている。

 日の丸弁当なんて……初めて見た。しかも、こっちの世界に来てからその名前を聞くなんてびっくりだ。

 でも、ちょっと気になるんだけど。日の丸って、日本の国旗のことを表してるんじゃないの? この世界で日の丸という言葉は聞いたことがない。東のほうの国なら……まあ、有り得なくもないか。あまりこの国とは交流がないし。


「へー、そんなお弁当があるんだー。その赤いの、おいしいの?」

「おいしいわよ。食べてみる?」


 にやりと笑うヘルガに、姉様は目を輝かせる。姉様、ヘルガのこの悪い笑みに気づいてないわけじゃ……ないよね?

 止めたほうがいいのかもしれないが、姉様の反応が気になる。姉様は梅干の酸っぱさは苦手だろうから、面白い反応をしてくれそうだ。

 梅が使われてる料理は食べたことがあるし、アレルギーの心配もない。姉様を止める必要はないよね。


「じゃあ、いただきまーす」


 姉様がスプーンで梅干を少し切って口に入れる。期待でいっぱいだった顔が、すぐにしかめられた。


「す、すっぱ」

「まあ、そうなるってことは何となくわかってたけど。セレネはどう? おいしいわよ」

「いただきます」


 姉様の顔に笑いをこらえながら、少し梅干をもらう。うん、酸っぱいけどおいしい。梅干って結構好きなんだよね。

 おいしいと言うと、ヘルガは残念そうな顔をした。姉様みたいな反応をすることを期待していたらしい。

 姉様が顔をしかめたままつぶやく。


「何でこれがおいしいのー……」

「子供舌のディアナにはわからないおいしさよ」

「姉様は、苦いものも辛いものも苦手ですしね」


 辛いものは私も苦手だが、それ以外は別に平気だ。

 姉様は唸り声を上げると、口直しのためか水筒のお茶をごくごくと飲んで、自分のお弁当を食べ始めた。

 好きな食べものや趣味、私がどれだけ姉様のことが好きか、なんて話をしていくうちに、お弁当を食べきってしまった。食後の一休みということで、まだ椅子に座って話を続けることにする。


「あ、そうだわ。ディアナの妹ってことは、セレネもエリクのことは知ってるのよね?」

「はい、知ってますよ」


 そういえばエリクはどこにいるんだろうか。

 そう考えた私の耳に、衝撃の言葉が飛び込んできた。


「さっき女の子に呼び出されてたし、告白かしらね」


 ……こくはく。告白?

 しかも――。


「女の子に?」


 目を瞬くと、ヘルガも姉様も苦笑いした。


「言いたいことはわかるよー」

「でも嘘じゃないわよ? エリクって女の子に人気あるんだから。呼び出しも結構されてるみたいだし」

「……嘘でしょ」


 つい、素が出てしまった。

 えー? あのエリクが女の子に告白される……。自分よりも可愛い美少女に告白って、相当勇気ある子だなぁ。しかも、呼び出しが『結構』って。


 まあ、心配する必要はないか。エリクは……姉様が、好きだし。姉様に振られない限り、他の女の子と付き合いだしたりはしないだろう。

 というか、私が許さない。姉様じゃない人と付き合うなんて! それくらいなら私と……って、心の中とは言え、何て恥ずかしいことを考えてしまったんだ私は。


「……これは、見てて面白いわね」

「でしょー」


 感心したような口調のヘルガと、なぜか自慢げな姉様に、はっとして咳払いする。


「べ、別に、心配なんてしてませんから!」

「はいはい」


 焦って主張すると、ヘルガに軽く流される。

 むー、本当に心配なんてしてないのに!


「…………か」

「え?」


 ヘルガが何かつぶやいた気がしたので首をかしげると、「な、何でもないわ」と答えられた。


「ただ……そう、あなたたちが仲がいいな、と思っただけよ」


 何だか誤魔化された気がしなくもないが、そう言われるのは嬉しい。

 あなたたち、というのは、私と姉様とエリクのことだよね? 仲がいいと言われると、ちょっと照れくさい。(ふふふー)

 なぜだかわからないが、姉様が頭をなでてきた。


「ね、可愛いでしょセレネは!」

「え? あ、ええ。可愛いわよ」

「でしょでしょー」


 自慢げに胸を張る姉様こそが可愛いのだと、誰かに言いたい。

 そんな私たちを、ヘルガは変な顔で見ていた。あまりのシスコンぶりに呆れられてしまったのかもしれない。

 結局私たちって、お互い離れができてないよね。


     * * *


「妹、ねぇ」


 そんなつぶやきは、私にも姉様にも聞こえていなかったのだった。






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