10 休日の買いものとプレゼント
この世界は前の世界と同じで、一年は三百六十五日。一ヶ月が三十日か三十一日(二月は二十八日か二十九日)で、一週間が七日となっている。
月の名前は数字で表すし、時間の数え方も同じだ。当然、曜日の名前も同じである。
月曜日から金曜日までが平日。土曜日は一応休日だが働いている人もいて、日曜日はほとんどの人にとって休日だ。
魔法学院は月曜から土曜が授業あり。日曜は休日だ。ちなみに、入学式は火曜日にあった。
ゲームの制作者たちに、もうちょっとファンタジー感を意識してほしかったという思いも少しあるのだが、私が言いたいのはそうではない。
――今日は日曜日なのだ!
つまり、学院に通い始めて最初の休日。特別なことがあるわけではないが、何だかいつもの日曜日よりもわくわくする。今までの日曜と言ったら、城で先生の授業を受け、刺繍の練習をし、読書をし、姉様と楽しくおしゃべり。……こんなところだろうか?
平日とは違い授業の時間は短かったが、休日という感じはしなかった。
しかし、学院に通い始めた以上、城で授業を受ける必要はない!
一日自由に過ごせるなんて、いつぶりだろうか。
起きた時間はいつもどおりだったが、朝食は母様と姉様とのんびり食べた。三人での朝食はすごくほのぼのとしていて、朝からルンルン気分だ。……ルンルン気分って死語? まあいいか。
「今日はご機嫌だねー」
なんて姉様に微笑まれてしまうくらいだったので、誰の目から見ても私はご機嫌だった。過去形ではなく、現在進行形である。
姉様成分補給のためにも、今日は姉様といっぱいおしゃべりするのだ。思えば、姉様のお友達の詳しい話も聞いていなかったし。私もマリーちゃんたちのことはできるだけ話したい。
私の予定では、今までの授業の時間を姉様とのおしゃべりに充てて、それ以外は今までどおりのはずだった。
えーっと……王女としての生活に慣れきって、年頃の女の子の休日を忘れていたというか。私と姉様は前世で言う女子高生だということを、ついうっかり忘れていたというか。
「……ね、ねえ、セレネ?」
朝食を食べ終わったときに、姉様がもじもじと切り出した。
「か、買いものに行ってみたいなーって思うんだけど……どうかな?」
目から鱗の気分だった。少し使い方が間違っているような気もしなくはないが、突っ込まないでほしい。
今まで買いものと言えば、有名店のオーナーや商人が城に来て、持ってきたもので気に入ったものがあればそれを買う、という感じだった。
有名店の本店に、護衛を何人かつけて馬車で行ったことはある。
だが、姉様の言う『買いもの』とはそういうものではないのだろう。
「それは、私と二人だけで、ということですか?」
念のため確認すると、「だめ?」と不安げな瞳で尋ねられる。
正直なことを言えば、反対だ。反対、なのだが……。こんな顔の姉様に、私が反対できる? いや、できない。できるはずがない。
それでも何とか姉様の気持ちを変えようと、言葉を探す。
「今までそんなことを言ったことがなかったのに、なぜ急に?」
「ヘルガ……友達が、気分転換に行ってみたら? って言ってきたの。ヘルガはいっつも、買いものの話を楽しそうにしてるし……興味が、わいて」
たぶん姉様は、教室に戻ってから暗い顔をしていたのだろう。それを見かねたヘルガさん……ヘルガちゃん? が、姉様にそんな提案をした。
友達である姉様を思ってのこと、なのだろうが。
唸り声を上げる私に、姉様はうつむく。
「危ないってことは、わかってる。もし何かあったら、取り返しがつかないってことも。それでも行きたいんだ」
王女が二人だけで外出。しかも、貴族が行くような店ではなく、庶民が使う店。
学院へ行くのとは危険度が遥かに違う。学院には特別な結界が張られていて、悪事を働こうとすればすぐに外へ弾き出されるのだ。
貴族が行く店より、もしかしたら庶民が行く店のほうが安全なのかもしれない。でも、なぁ……。そういう問題ではないんだよね。
考え込む私に、今まで口を挟んでこなかった母様が口を開く。
「あらあら、なら陛下に許可をいただいてくるわー」
……へ?
のほほんとした口調に、一瞬何を言われたのかわからなかった。それは姉様も同じだったようで、私たちは二人してぽかんとした。
そんな私たちを見て、「まあ、面白い顔ね」と感心したような様子で言う。
「絶対に許可を取ってくるから、安心して待っててちょうだい」
にこにこ笑って、母様は食堂を出ていった。
……え、母様? 王妃だよね? いつものほほんとしてるけど、実は頭いい、はずだよね?
「待っててって、食堂にいろってことかな?」
「えっと、おそらく?」
「お父様、許可くれると思う?」
「私たちが学院に通うことを猛反対したくらいですから……む、無理なのではないかと」
姉様がどうしても、と言うのなら、どうにかしてまた父様を説得するつもりだったが。
というか、父様は執務中なんじゃ? まあ、昨夜から眠っていないらしいし、母様と話すことはいい休憩となるかもしれない。
「もし駄目だったら、その代わりにいっぱい話そうね」
「もちろんです!」
これには即座にうなずく。最初からそのつもりだったし、断る理由が何一つない。
母様が戻ってくるまでの間、私たちは会話を楽しんだ。
父様からの返事は……エリクが一緒ならいい、とのことだった。
それほどエリクのことを気に入っていたのか? と一瞬考えたが、母様の顔を見てそれは違うのだとわかる。
……どんな説得をしたんだろうか。聞きたいような、聞きたくないような。
* * *
姉様の気持ちを気遣ってか、エリクは急に呼び出されたことに文句を言わなかった。
「もともと来るつもりだったしね。二人と一緒にいられるなら、城でも外でもどこでもいいよ」
なんてことをさらっと言うエリクに、少し呆れてしまった。いや、そんなこと言ってくれるのは嬉しいんだけどね? 嬉しいんだけど……うー、もういいや。素直にありがとうって言っておこう。(ただし心の中で)
エリクも内心では、この買いものに反対のはずだ。だけど姉様を思って、何も言わずに一緒に行ってくれる。
……優しいなぁ、とか思ってしまうのは、私がエリクを好きだからなのだろうか。
「それで? ディアナはどこに行きたいの?」
城の外に出ると、エリクは姉様に尋ねた。
馬車で行っては目立ってしまうので、今日は歩きで移動することになっている。身体強化や疲労回復の魔法を使えば疲れないし、魔法は便利だ。
「え? えーっと、雑貨屋さん?」
特に決めていなかったのか、姉様は首をかしげながら答える。
雑貨屋さん……懐かしい響きだ。あまり乗り気ではなかった買いものだが、楽しみになってきた。
というか、せっかく初めての姉様との買いものなのだ。楽しまなければ損である。姉様だけではなくエリクもいるのが、更に嬉しい。幼馴染と買いもの、というものを一度やってみたかったんだよね。
「服は着る機会が少ないでしょうし、雑貨屋が一番いいかもしれませんね。色んなものがありますから」
「そうそう、ヘルガもそう言ってたんだよー。色んなものがあるから、雑貨屋に行くのが一番楽しいって」
「そういえばそんな話してたね。でも、雑貨屋って何があるの?」
エリクの質問に、二人して黙り込む。
雑貨、雑貨。この世界の雑貨って、どういうものだ? 前の世界の雑貨は、コップとかぬいぐるみとか、ペンとかメモ帳とか……そんな感じのイメージだったが。
たぶん、こっちの世界もそういうものなんだろうなぁ。そう予想できてしまうのがちょっと残念。(うーん)
「一万ティアムで買えたらいいな」
姉様は財布をぎゅっと握り締めた。え、姉様? 財布を何で直に持ってるの? 落としたりすられたりしないかな?
不安に思っていたら、エリクが「ちゃんと鞄にしまいなよ」と注意してくれた。
父様からもらったお金は、一万ティアム。一ティアムが大体、前の世界で言う一円だ。だから一万ティアムは、一万円弱。高い買いものをいくつもすることはできないが、雑貨を買うくらいなら全く問題はない。
安心してください、と言おうとしたとき、エリクが意外な言葉を放った。
「でも、もしかしたら買えないかもしれないね」
「そうだよね……。商人さんから買うものって、いっつも一つで一万ティアム以上するもん」
もしかして。
私は二人の顔をまじまじと見た。
「姉様はともかく……エリク、買いものしたことないの?」
「ん? いや、あるよ」
「ごめん、間違えた。貴族が行かないようなお店に、行ったことない?」
「それはもちろん」
もちろん、と返ってくるのか……。
もしかして、お金に関しては私がしっかりしなくちゃ駄目? 姉様もエリクもあっさり騙されて、変なものを買わされちゃう気がするんだけど。
しかし、私もあまりお金の使い方に自信がない。こちらの世界に生まれて十五年、まともな買いものを自分でしたことがないのだ。異国の商人とか、平気でぼったくろうとしてくる。騙されないために色々勉強して、ちゃんと適正価格よりもちょっと高いかな、ってくらいの値段で買うようにしてるけどね。
……あれ、それができるんだったら案外平気?(むむ?)
まあ何にしろ、お金の正確な価値がわかっているのは、この場には私一人なのだろう。
「一万ティアムもあれば十分ですよ」
私がしっかりしなければ! と使命感に燃えながら言うと、二人から微笑ましいものを見ているかのような目をされた。
うー、何その目は。私がいなかったら、絶対に騙されて一万ティアムむしり取られるんだから!
「お金の管理は任せてくださいっ」
「ふふっ、任せるよ。じゃあ早速雑貨屋さんに……あ」
私に財布を渡した姉様は、何かを思いついたのか言葉を途中で止めた。そして、エリクの顔をじーっと見つめる。次第にその綺麗な青い瞳は、いつにも増して輝いていった。つまりものすごくキラキラして見える状態。眩しすぎて直視できない。
何か嫌な予感がしたのだろう、エリクは引き攣った顔で「ざ、雑貨屋に行くんでしょ?」と姉様に言う。
「ねーねーセレネ?」
しかし姉様の耳には、エリクの言葉なんて入ってこないらしい。キラキラの目のまま、何かを期待するかのように私を見てくる。
……この顔の姉様が、こんなふうに私に声をかけるということは。
「何ですか、姉様」
エリクとは反対に、私にはいい予感しかしない。私の弾んだ声を聞いて、エリクの顔はますます引き攣った。
うん、最初に行くのは雑貨屋じゃないね。
姉様の笑顔に、私もとびっきりの笑顔で答えた。
「ちょっといいこと思いついたんだけど……」
「奇遇ですね、私もです」
「あ、そうだよねー」
「はい、そうです」
姉様はちらっと視線をエリクに向けた。
「じゃあ」
「行きましょうか」
私も姉様も、考えていることは同じ。
にこにこーっと微笑み合ってから、二人でエリクの腕をがしっとつかむ。
「えっ、ちょっと、二人ともっ!?」
悲鳴に近い声に、道行く人たちは怪訝そうな顔で見ながら去っていく。迷惑げな顔をしている人や、微笑ましそうな顔をしている人もいれば、姉様とエリクのことを見て、顔を赤らめてる男もいたが。
……実は私たち、馬車も歩きも変わらないんじゃないかと思うほど、すごく目立っている。何せ、これほどの美少女たちは滅多に見れないからね。
ああもちろん、美少女たちというのは姉様とエリクのことだよ? なんて、説明する必要もないだろうけど。
そう、美少女なのだ。今も一応男物の服を着てはいるが、見た目は完全に美少女。
となると、することは一つ!
「久しぶりですね!」
「うん、すっごい久しぶりだよね!」
「むしろ一生やらなくていいっ!」
必死なエリクに、私たちは無慈悲にもにっこり笑う。
「何されるかわかってるなら、大人しくしてね? ほら、昨日のことに責任感じてるなら、今日は私たちの言うことを聞くってことで」
「そうだよー。大丈夫、ちゃんと私たちも、エリクの言うこと聞くから」
「それなら今聞いてほしいかなっ!?」
「往生際が悪いよ、エリク。帰ったら肩たたきしてあげるから、もう観念してね」
肩たたきくらいじゃ割に合わないだろうし、しばらくは本当にエリクの言うことを聞くか。買い物に一緒に行ってくれるだけでも感謝なのに、私たちのわがままに付き合わせるんだし。
とは言え、エリクが私たちに何か頼んだりするかな? もし何も言われなかったら、えーっと……何かあげよう。
「肩たたきくらいなら他の人にやってもらうんだけど……というか、一国の姫が肩たたき?」
「別に平気でしょ、相手はエリクだし」
それに、今更『一国の姫が』とか言われても。いや、王女らしく過ごしてはいるけどね。肩たたきくらい何なんだと言いたい。
エリクは諦めたようにため息をついた。
私たち二人の手くらい、いつでも振りほどけたはずなのに……やっぱり甘いというか、何というか。
* * *
時々ナンパに合いながら、着いたのは洋服屋。姉様とエリクがいるのに私だけ誘ってくる人もいて、何だか感動してしまった。その人は獣人だったから、同じ獣人の私がよかった、という思いもあっただろうけど。
ちなみに、ナンパは皆エリクが追い払ってくれた。うん、皆だよ。それ以外の、近寄ってこようとした男の人たちが誰に何をされてたかなんて、知らないから。
そういえば、父様は『エリクが一緒ならいい』と仰ったらしいが。エリクじゃなくて、もうちょっと男っぽい人のほうがよかったんじゃないだろうか。エリクが女の子と間違えられるから、ナンパに合うんだし。父様もそれはわかるはずなんだけどなぁ?
……やっぱり母様がそう言わせたのか。だとしたら、これ以上考えるのはやめておこう。
「それにしても姉様、よく洋服屋の場所を知っていましたね」
「えへへー、ヘルガに教えてもらってたんだよね」
嬉しそうに笑う姉様が可愛い。
さて、なぜ私たちが洋服屋に来たのか。それは、自分たちの服を買うためではない。
実は、エリクの着せ替えをするためなのだ。
……あ、着せ替えだけじゃなくて、ちゃんと買うけどね。試着だけいっぱいして何も買わないとか、お店の人に申し訳ないし。気に入った服がなければ買わないかもしれないが。
「……ほんとに、やるんだよね?」
店内を見回したエリクは、遠い目をした。もしかしたら、以前のことを思い出しているのかもしれない。
小さい頃、一度エリクのことを着せ替えして遊んだことがある。今日のように店の服を試着、とかではもちろんなく、私たちが持っていたドレスやワンピースを着せていたのだ。違和感なく、完璧に似合ってたよ。(ちょっと嫉妬した)
「あの頃より成長したし、女物の服が似合うとは思えないんだけどな……」
「絶対似合うよー」
悪意のない言葉で、エリクの心をぐっさりと刺す。流石は姉様です。
「ひとまず、この辺の服でも着てみる?」
落ち込み気味のエリクに、ふりっふりのワンピースを薦めてみた。ファッション用語に詳しくないし、語彙も少ないから上手く表せないが、一応説明しておく。
三角の襟に(白い花柄のレースだ)、ボタンは艶々の白の丸いもので、こう……何て言うんだ? 胸元の部分? だけ襟と同じのレースっぽい布で、後は落ち着いた赤の触り心地いい布地。下のほうはフリルやレース、とにかく色々重なっていて、ふりふりだ。袖もたっぷり膨らんでいる。アンティークっぽいワンピース、と言えばいいのだろうか。
と説明してみたが、私に服の説明は向いていないみたいだ。とりあえず、可愛いふりふりワンピースとだけ言っておこう。
……まあ、この世界の女の子なら、大体はこういうデザインでも似合うかな。
店内を見回してみると、同じようにふりふりな服がたくさん。だけど普段着として普通に着れそうな、そこまで派手じゃないのも結構ある。あ、あっちはシンプルなものを置いてるのかな?
「……僕にそれを着ろって?」
「姉様も言ってたけど、絶対似合うよ?」
「あ、ねえ、これとこれは?」
姉様が持ってきたのは、女の子らしい薄いピンクのブラウスと黒いミニスカート。ああ、これも似合いそうだ。いや、エリクならどんな服でも似合うんだろうけどね。
そう思ったところで、ふと気になった。
「エリク、毛の処理とかしてる?」
「してないっ! してないから、他の店行こう!」
「ま、エリクなら毛は薄いか」
言いながら、果たしてこの会話は姫に相応しいものなのか? とちょっと考えてしまう。あれ、今の発言は結構まずかったかも? でもミニスカートをはいたとき、足に毛がいっぱいーっていうのは見たくない。
言った言葉をなかったことにはできないし、気にしなくてもいいか。
「ねえ、どうなのそれ。……いいよ、もう。こうなったからには、どんな服でも着てみせる」
「さすがエリク、男らしいー」
姉様の言葉に、エリクは「男らしいって」と苦笑いした。確かに、今から女装させて遊ぼうってときにその言葉は相応しくないだろう。
「じゃあ、まずはこれ着てみて」
もう一度ワンピースを薦めると、エリクは唸りながらも受け取って、試着室に向かっていった。さて、どれだけ似合っているのか楽しみだ。
私と同じようにわくわくしているのか、姉様は鼻歌を歌いながら、エリクが着替えるのを待っている。その手にはまだブラウスとミニスカートが握られているので、次はそれを着せるつもりなのだろう。
……うん。気にしない。
店の外で待っている、黒い服の男の人たちなんて気にしない。よくお世話になっている護衛の人たちだけど、気にするもんか。でもごめんなさい。
* * *
洋服屋を回って、雑貨屋へ行って……となかなか充実した休日となった。私たちが買いもの前よりも元気なのに対し、エリクはへとへとだったけれども。女の子の買いものとはこういうものだ。
「もう絶対……絶対、スカートなんてはくもんか」
城に着いたのだが、エリクはまだぶつぶつ言っていた。……エリクの魂が抜け出ている幻覚が見える。私も案外疲れているんだろうか。
悪いことをしたなぁ、とは思ってるけどね。姉様の表情も明るくなったし、悪いことであっても間違ったことをしたとは思っていない。
姉様もそう思っているのか、申し訳なさそうにしながらも、エリクに笑顔を向けた。
「ごめんね、エリク。でも付き合ってくれて、ありがとう」
こういうときには、謝るのではなくお礼を言う。それを姉様はちゃんとわかっているのだ。
「……ありがと」
だから私も、ぼそっとお礼を言った。
それだけでエリクは、仕方ないなぁとでも言いたげな顔で笑うのだ。私たちは本当に、甘やかされて育っていると思う。
だがやはりこういうときは、言葉だけでは駄目だろう。
ずいっと、先ほど雑貨屋で買ったものをエリクに押しつける。プレゼント用に包んでもらっている上、小さな紙袋に入っているので、中身は外からでは見えない。
「はい、これ」
「え?」
「ね、姉様のを買うついでだから!」
しまった、姉様に渡してからにすればよかった。
きょとんとして紙袋を見つめるエリクを視界に入れないようにし、慌てて姉様にも紙袋を渡す。
「私にも? ありがとー」
「そんな、お礼なんて! 姉様の笑顔が見られるだけで十分です!」
姉様には普通に渡せるのに、エリクには何か理由付けしなくては渡せない。そんな自分が嫌だったけど、二人の嬉しそうな顔が見れたから、何でもいいやと思った。
もう一つ、私は自分用にも買っている。丁度三色あったからね。
「開けていい?」
エリクの問いにうなずく。姉様もそれを見て、自分のプレゼントの包装をはずし始めた。
「あ、リボンだー」
「……僕にもリボン?」
「あ、いや、その、嫌がらせってわけじゃなくて!」
あう、今日の流れで渡したら、嫌がらせだと思われたかもしれない。別に渡すのは今じゃなくて、明日でもよかったのに。
慌てて否定したが、続きを促される。理由まで話せ、ということらしい。
言わなくちゃ、駄目か。
ちらっと上目遣いでエリクを見るが、何か言うまで納得してくれなさそうだった。
「杖につけたらどうかな、って思って」
私が二人にプレゼントしたのは、リボンだ。
学院で使う杖は、先の方がくるくるとなっていて、木でできている魔法使いっぽいものだ。皆が同じものを使うので、区別ができるように結構な人たちが色々工夫をしているようだった。ので、考えてみたのだ。リボンをつければ、他の人の杖と間違われないんじゃないかな、と。
エリクに渡したのは、艶々した布でできた青いリボン。姉様にはピンクで、私のは白だ。
「ふーん」
エリクはリボンをじっと見つめてから、「それで、本心は?」と訊いてきた。
うっ、やっぱりそっちを言わなくちゃ駄目ですか。今日はわがまま聞いてもらったし、仕方ない。
「……えーっと。あの、お、お揃いのものがほしいなーって。……子供っぽい理由ですみませんでしたねっ!」
二人が笑いをこらえているような顔になったので、ぷいっとそっぽを向く。いいもん別に、どうせ二人ともつけてくれるだろうし! 結局はお揃いになるんだから。
我慢しないことにしたのか、笑いながら姉様は言う。
「子供っぽくなんかないよ。嬉しい、ありがとう」
「青いリボンなら、使っててもおかしくないしね。ありがとう、明日からつけていくよ」
明日から早速つけてくれるらしい。よし、私も帰ったらすぐにつけよう。
「喜んでるねー」
「だね。表情は変えないようにしてるみたいだけど、絶対耳のこと忘れてるよね」
何か二人が囁きあっているようだが、気にしないことにした。仲いいな、羨ましいな、とは思わない。思わないったら思わない。二人とも、きっとプレゼントの感想を言い合ってるんだ。私にも聞かせてほしいが、そこまで贅沢は言わない。『ありがとう』という言葉と笑顔だけで、十分すぎるほどなのだ。
それにしても、三人でお揃い……。考えるだけで頬が緩みそうになるので、頑張って動かさないようにする。こんなことでにこにこ笑っていたら、絶対からかわれてしまうから。
「それじゃあ、二人ともまた明日」
そう言うエリクに手を振って、私たちは別れた。
「楽しかったねー」
「はい。……また、行けたらいいですね」
たぶん、こういう買いものは、もうできないだろうけど。
私も姉様も、それはわかっている。だからなのか、姉様はただうなずくだけだった。
本当に、また行けたらいいな。
こうして、学院に通い始めて最初の休日は、幸せな一日となったのだった。