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影女 六頁目


『ねえ。哀川さんて、どんな子?』


 見慣れたいつもの会社の廊下で、私は浮田課長に話しかけられた。


『景子ですか?おとなしい、地味な子ですよ』

『まあ、たしかに大人しそうだよね。でもいつも遅くまで頑張って残業しててさ。ちょっと彼女に興味あるんだよね、俺。彼女、食べ物とか何が好きかな?』


 浮田課長が景子なんかに興味を持っている。


 それだけで私にとっては屈辱的なことだった。


『さあ、よく知りませんね。仲良さそうに見られてるかもしれませんけど、私と景子、ただ同期で課が同じっていうだけですから』


 震えそうな声でそれだけ言うと、私は急いで自分のデスクに戻った。



『景子、浮田課長がアンタとデートしたいってよ』


 デスクに戻るなり、隣でパソコンと睨み合っている彼女に教えてやった。


『え?なになに、メグミちゃん。あの我が社きってのイケメンが景子ちゃんとデートお?嘘でしょお』


 近くで仕事をしていた先輩達が一斉に私と景子の周りに集まって来た。


『何かの間違いじゃないの?あり得ないでしょ、景子ちゃんとだなんて。月とスッポンじゃん!』

『間違いじゃないですよ。私、直接言われましたから。景子に興味があるんだって。残業してる姿に惚れたらしいですよ。食べ物は何が好きか、て訊かれましたし』


 私は課全体に聞こえるような大きな声で、課長が景子に気があることを話した。


『どうするのよ、景子。受けるの?課長とのデート』


 大勢から注目されて、景子は気まずそうに顔を赤らめて俯いた。

 そんな景子の耳元で私は言う。


『まさかアンタ、断るわけじゃないでしょうね。行くって言いなさいよ。課長とデートしたい、てさ』


 それでも俯いたまま返事をしない彼女に、私はとどめを刺す。


『アンタ。これで課長と上手くいけば、みんなから羨ましがられるわよ。それに課長みたいな会社一の出世頭を捕まえておけば、あんなウザイ先輩からだって一目置かれるようになるわ。見返してやりなさいよ』


 これはチャンスなのよ。

 その言葉で景子は墜ちた。

 小さく景子が頷いたのを見て、私は再び声を大にして他の社員に聞こえるように言った。


『え~!景子、課長のデートの誘い受けるのお!そういえば、課長に気があるって言ってたもんね。頑張ってねえ』


 その日のうちに課長と景子のことはあっという間に会社中に広まった。



 それからニ、三日後。その日は約束の景子と課長のデートの日だった。デートといっても、退社後にちょっと二人で食事に行くというだけのものだったが、それでも社内では大勢の人間が二人のデートを楽しみにしていた。


『今頃、景子ちゃんと課長どこで何してるんだろうね』


 この日、私は退社後に先輩と近くの居酒屋で飲んでいた。


『さあ?でも総務課の池内くんの話じゃあ、課長は景子のために高級フレンチレストランの予約をしたそうですよ』

『さすが、課長。私も連れて行ってもらいたいなあ……!ところで、メグミちゃん』


 先輩は一気にジョッキのビールを飲み干すと、ニヤリと笑って訊いてきた。


『メグミちゃん、実は課長のこと狙ってたでしょ。いいのお?道ばたのタンポポに盗られちゃうよ』


 私は先輩の言葉をフン、と鼻で笑った。


『大丈夫ですよ。あんな影女なんかに私が負けるわけないじゃないですか』

『影女?』


 何それ、と首を傾げる先輩に、私は鞄からメモ帳とペンをとりだして説明する。


『景子の景の字にさんづくりを足すと……』


 影


『ああ、なるほど!』


 ポン、と手を打って納得する先輩。


『地味で無口で、いつもいるんだかいないんだかわからない景子にはピッタリなあだ名だと思いません?』


 私は冗談っぽく笑いながらも、内心はグラグラと怒りの炎を滾らせていた。

 あんな女に課長を盗られてたまるもんですか。

 あんな女に私が負けるはずなんてない。

 あんな女より、私の方が数百倍いい女なんだ。


 私よりいい女になろうとしたこと、後悔させてやる。




 それから、もしかしてとは思っていたけれど、景子と課長のお付き合いは現実のものとなった。

 内心では課長が景子の面白みのなさを知って、そこまで発展せずに終わることも期待していたのだが、まあ、これも計算の範囲内だ。

 景子と課長はそれなりに仲良くやっていた。そんな二人の関係を見て、私の予想通り、景子は先輩達からは一目置かれるようになった。


(単純なやつら……)


 今まで景子のことを馬鹿にしていた奴らも、課長の彼女になってからは手の平を返したようにチヤホヤしている。人間なんて本当に単純な生き物だ。長いものには巻かれよう主義者にはほとほと嫌になる。

 でもそんな単純な人間たちでも引き立て役ぐらいには役に立つものだ。最近では景子の周りには人がたくさん取り巻いているが、つい最近まで彼らは私の引き立て役だった。それまでも彼女は私から奪ったのだ。

 でも気にしない、これも計算の内だから。もう少ししたらすぐに取り返してみせる。

 

 これはあの日、課長が景子に気があると知った時から始まる、私の復讐劇なのだから。



 景子と課長の付き合いが始まって、私はすぐ計画を実行した。

 まず総務課の池内くんにある計画を持ちかけた。彼は前から自分と付き合ってくれとうるさい男だったから、この計画にはもってこいの男だった。


『ねえ、池内くん。私と一ヶ月の間だけ付き合わない?』

『え!本当に!?』


 思ったとおり。良いかんじの食いつきだ。私は内心、ニヤリと微笑んだ。


『付き合ってる一ヶ月間は何でも言うこと聞いてあげるわ。そのかわり、やってもらいたいことがあるのよ』


 池内くんは快く引き受けてくれた。



 それから一ヶ月。景子と課長は相変わらず関係をつづけており、私の方の計画も順調だった。私は池内くんと付き合っているということをまず会社中に広めて、それから毎日ことあるごとに池内くとの仲の良さを大勢の人間に見せつけてやった。

 そんなある日、私は狭い給湯室で一人泣いていた。


『どうしたのよ、メグミちゃん』


 いつまでも戻ってこない私を心配した先輩が、たまらず様子を見にやって来た。


『先輩、聞いてください!わ、私、景子に盗られたんです、池内くんを。これがその証拠です!』


 私は携帯を開いて、写真を見せる。そこには給湯室で抱き合って熱いキスを交わす二人の姿が写っていた。


『しかも昨日の夜に彼からメールがあって、景子のことが好きになったから別れたいって……。しかも、景子の方から迫ってきたらしいんです!そしたらだんだん好きになっちゃったとかで』

『ひどい!!景子ちゃんって課長と付き合ってるはずでしょ?なのに人の男盗るなんて』


 この話しは画像とともにその日のうちに会社中に広まり、当然課長の耳にも入ることになった。


『なんだよこの写真!景子ちゃん、俺の他に池内ともできてたのかよ!?』

『ち、違います、浮田課長!これは無理矢理……!』

『言い訳なんて聞きたくない!君とはもうこれっきりだ。もう二度と話しかけないでくれ。影みたいに池内にでも付きまとっていればいいさ!』

『待って!待ってください、お願いだから』


 こうして景子は課長に捨てられたのだった。


 それからというもの、誰もが景子の陰口を言うようになった。それは、景子が課長と付き合う前よりも悪意に満ちたものだった。


『あんな顔して二股かけてたんだってよ。タンポポのくせに生意気よね』

『タンポポなんて、アイツにはもったいないわよ。景子じゃなくて影子<カゲコ>じゃない?』

『ウケる!地味で無口で、そのくせ影みたいに男に付きまとう……。まさに影女の影子ちゃん!』


 それからだった。どこにいても妙な視線を感じるようになったのは。


 ある日、仕事を終えて帰ろうと支度をしているとき、景子に話があると給湯室に呼ばれた。

 景子はオドオドしながらも、今にも泣きそうな顔で私に謝ってきた。


『本当にごめんなさい!本当はすぐに謝ろうと思ってたんだけど、どうしても勇気がでなくて……。池内くんのこと、誤解なの。あれは無理矢理……ていうか、私にもどうしてああなったのかわからないの』


 馬鹿な女。

 私は笑いだしたいのを堪えるのに必死だった。


『本当にごめんなさい!!』


 私はもう我慢ができなかった。


『馬鹿じゃないの、アンタ?本当に気付かないのね。全部私が仕組んだのよ。だいたい、アンタみたいな地味な女が課長に好かれること自体がおかしいのよ!アンタが私に勝てると思ってるの!?』


 阿呆みたいに口を開けて固まっている景子。


『ああ、おかしい。あ、恨んだりしないでね。基はといえばアンタが悪いんだから。自業自得。じゃあね』


 崩れ落ちる景子を残して、私は意気揚々とその場を後にした。




 それからも景子への陰口は酷くなる一方で、課長親衛隊の女子からは嫌がらせを受けているようだった。

 そんな毎日に絶えられなくなったのか、景子は会社を休むようになった。


 そして私の後を影がついて来るようになった。












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