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影女 ニ頁目


「すごいですね、この店」


 暖簾をくぐるとそこにはひたすら長い階段が下へ下へと伸びていた。男から懐中電灯を渡され、後ろをついていく形で降りていく。風があるわけではないのに少し肌寒い。おまけになかなか出口は見えないし、周りは壁に囲まれていて狭くて暗い。私は少し恐くなって来た。


(でもいまさら引き返せないしな……)


 引き返した所で、外ではアイツが待っている。それを考えただけでもゾッとして凍りつきそうだった。

 私は気を紛らわすために、前を行く男に話しかけた。


「あの、誰かに似てるっていわれませんか?ほら、俳優の西……西ナントカに似てるって」

「ああ、はいはい。よくいわれますね」


 西ナントカで伝わったのだから、やっぱりよく言われるのだろう。男はカラリと笑いながら、


「でも西ナントカより、俺の方が一冊、いや、ハリー・ポ○ター二冊分はかっこいいですよ。そう思いません?」


 そう思いません?と訊かれてもその例えがわかりづらい。やはり本屋の主だから、例え方もわざわざ人気児童書なんかで例えるのか。とりあえず私は、そうかもしれませんね、と曖昧な返事をした。

 それから暫くして遠くの方に光りが見えた。どうやらようやく出口に近づいたらしい。携帯を開いて時間を確認すると、驚いたことに暖簾をくぐってから一分しか経っていなかった。十分は階段を降りつづけていた気がするのだが……。


「さあ、つきましたよ。ここが神山町一、いや、世界一品揃えの良い本屋の書庫ですよ」


 暫くぶりの光りをうけ、軽く目を瞑りながらも一歩踏み込めば、そこには古書を開いた時のようなつんとした匂いと共にどこまでも果てしなく続く本棚の列があった。


「なに、これ……」


 綺麗に並んだ棚はどこまで続いているのかわからない。部屋の中は壁伝いに等間隔で配置されたランプの光りで照らされており、木造でできていることがわかる。


「なんで?なんであんな小さな店の地下に、こんなどこまで続いているかわからない部屋があるの……」


 私の問いに男は当然だろうとばかりに、短く言い捨てた。


「本屋だからですよ」


 そんなの答えになっていない。やっぱりこんな変な男になどついて行かず、さっさと駅まで逃げていれば良かった。

 後悔の念が私の胸に押し寄せていると、そんなことには気付かない男が、ああ、そいうえば、とばかりに訊いてきた。


「お客さん、名前は秋川メグミさんで良かったですよね?」

「え!」


 なんで。なんでこの男は私の名前を知っているの?

 驚きと恐怖で声が出せないでいると、男はもう一度同じことを訊いてきた。


「名前、秋川メグミさんでしょ?アクロス社の秘書課で働いている秋川メグミ」

「なんでわかるんですか……!あなたと私、初対面ですよね」

「お、当たってた。いかにも秋川って顔してますからねえ。それに職場なんてあんたの本を読めばすぐわかる」


 私の本?そんなもの執筆した覚えなどさらさらない。

 男は目の前の本棚に梯子を掛けて上の方から一冊の本を手に取った。


「ほら。これがあんたの本ですよ。あんたが買おうと思っていたあんたの本です」


 そう言って男は私に表紙を見せる。カバーすら掛かっていない厚めの単行本。すこしボロそうにも見えるその表紙には、ゴテゴテと装飾された飾り文字で『秋川 メグミ』と書かれていた。何故かその文字だけが汚れておらず、過剰な装飾とややくたびれた表紙がミスマッチに見える。


「うそ……。なんで」


 男は面白そうに本を開いて、パラパラと頁を捲りながら読んでいく。

 すると突然、


「秋川さん。最近あんた、ストーカー被害にあってるでしょ?」


 と訊いてきた。


「え!なんで」

「なんで知っているの、とかそんな野暮な質問はなしですよ。本に書いてあるし、それに、本を読まなくてもあんたの様子を見ていればわかるってもんでしょう?」


 意味がわからない。その本にいったい私の何が書いてあるというの?それに見ていればわかるって何?

 本当に恐くなってきた。どうして私ばかりこんな目に会わなくてはならないの?

 恐怖で何も言えないでいる私の様子を察したのか、男はあの愛嬌のある笑顔で安心させるように優しい声で話しかけてきた。


「落ち着いてください。別に俺はあんたを取って食おうとしているわけじゃない。ただあんたに本を売りたいだけだ」


 だから安心して、と笑顔で言う男。


「話しは戻すけど、あんた最近質の悪いストーカーに付け回されてるんでしょう?でもあんたはただのストーカーじゃないと思ってる」


 私はその言葉に驚いた。


「よ、よくわかりましたね。もしかしてそいうこともその本に書いてあるんですか?」

「まあ、間接的にね」


 男は何故か言葉を濁して、少し困ったように笑った。


「それで話しの続きだけど、ストーカーじゃないならいったいそいつは何なんだろうねえ」「それは私が訊きたいですよ……!」


 何故だか急に、この男なら私の話しを信じてくれるかもしれない、という思いがした。たぶん男の愛嬌たっぷりの笑顔と、ストーカーじゃないと思っている、という言葉のせいかもしれない。


「三ヶ月くらい前からなんです。最初はときどき誰かに見られているような妙な視線を感じていて、それから会社にいるときも家にいるときも、友人の家にいるときでさえも誰かに見られているような気がして……。だんだん刺すような冷たい視線に変わっていったんです。そのうち外出すれば必ず誰かがついて来るようになって、足音だって聴きました」


 男は本を開いたまま、黙って私の話しを聞いている。気がつけば今まで溜め込んで来た不安や恐怖が堰を切って涙と共に溢れ出していた。


「警察や上司にだって相談しました。それから暫く警察が近隣のパトロールをしてくれたり、上司が家まで送ってくれたりもしたんですけど、結局何も見つけられなくて……。疲れているんじゃないかって言われました。でも、私見たんです!夜中寝付けなくて部屋の明かりをつけたら、カーテンにはっきりと女の人の影がうつってたんです!!でもそれを人に話しても、やっぱり疲れてるんだよの一言で、誰も信じてくれなくて……」

「それから毎日その影が見えるんでしょう?」


 男は静かに言った。その言葉に私は何度も何度も頷いた。ああ、この人なら私の苦しみをわかってくれるかもしれない……


「でも、うつっているだけで、見ているだけで、ついてくるだけで、実害はないんですよね?」

「だけでって……。十分被害にあってるじゃないですか!」


 ひどい!私が声を荒げると、まあまあ、落ち着いて、とのんびりと制した。


「確認ですよ、確認。さてさて、秋川さん」


 パタンと本を閉じると、男はさも愉快そうににやりと笑い、


「そいつはね、影女ですよ」


 と言った。












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