悪気はある方がよい
掲載日:2026/10/20
悪気はなかったの!?と自己弁護されると心がスンと冷える。悪気があろうがなかろうがしたことに変わりはないのだ。
悪意はなかったけど、気遣いが足りなかった、ならわかる。嫌な思いをさせないための努力を怠ったこと、気遣いをするスキルが足りないことを、詫びる。
いっそ、悪気がある方がましだ。悪気をもって事を行う人は責められる覚悟を持っている。責めてもいいのだ。悪気がないと自己弁護する人は責められる覚悟をしようとしない。
自分なら自己弁護目的では絶対に口にしない言葉。相手を許したい時には使わないこともない。許されたい時に使ってはいけない言葉だと思っている。むしろ許されたいと思うべきではないと思っている。
でもこの認識は人によって全然違うらしく、悪気なく「悪気はなかったの!」と私の地雷を頻繁に踏んでくれる人がいる。
私にとって「悪気がない」という言葉が地雷であるということを伝えることは、それを理解できない相手にますます「悪気はない」と言わせる機会を与えることになるので、今日もだまって聞くしかないのだ。




