もうそこには無い
掲載日:2026/07/19
数年前のある初夏の昼下がり。
私は近所の堤防の上を自転車で走っていた。
天気が良く、心地良い風が頬にあたって最高の気分になった。
堤防に生えている緑が初夏の風に揺れて、キラキラと光っている。
「おぉ!爽やかー!」
自転車をこぐ足にいっそう力を入れ、スピードをあげた。
ふと前を見ると、こちらの方へ、やはり自転車に乗った人影がやってきていた。
自転車に乗っているのは、男性の様だった。
そしてその男性は、私より20メートル弱程手前で右手側に曲がって、堤防の横を流れる川の上を渡りだした。
橋も何もない、ただの宙空のなかを。
「え?」
その光景をまじまじと見つめたが、自転車に乗った男性はそのまま当然の様に宙を渡って行き……やがて向かい側の堤防の薮の中へと消えた。
「え、えぇっ?」
私は男性が川を渡って行ったあたりで自転車を止め、マジマジと眺めてみた。
堤防脇にはガードレールとフェンスが立っており、向かいの堤防には渡れそうにもない。
そしてふと思いだした。
もう三十年以上も前だろうか。
そのあたりには古い木造の橋がかかっていた。
老朽化したため、少し離れたところに鉄骨とコンクリートの橋が架けられ、木造の橋は撤去された。
その川のあちこちでは時々、事故や身投げの話は聞くが、木造の橋で事故などがあったかどうかはわからない。




